課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
課金田一少年の事件簿 スロット山荘殺人事件
ギル・グレアムの葬式は、つつがなく行われた。
「皆様、今日はお忙しい中――」
スカリエッティのミッドチルダ襲撃時、グレアムはスカリエッティを倒す戦いに参戦した。……無理をして、参戦してしまった。
―――あなたは……! 今、闘病中だったはずでは……!?
クロノがそう言う声を振り切って、病魔に蝕まれた体に鞭打ち、最後には立っていられなくなるくらいに摩耗していた。
それが祟ったのだろう。彼の容態は一気に悪化してしまった。
スバル達が六課に入ったのが新暦75年。
エルトリアとこの世界に繋がる穴が空いたのが、新暦76年。
そして今日、新暦77年の春。
ギル・グレアムは、静かに眠るように息を引き取っていた。
葬式には多くの人が集まった。
疲労の色が濃く見える者も多く、忙しい中無理をして時間を作って来たことがよく分かる。
他に家族も居ないグレアムの葬式は、物腰丁寧なリーゼアリアが主導して進めていた。
「――彼もきっと喜んで――」
皆の前でよく通る声を出すアリアを見ながら、義腕を指でなぞり、青年は無言で前を見つめていた。
「――喪に服し――」
視線の先には、
隣の席にはクロノ。
普通ならば直接的な血縁者に割り当てられる席、ロッテ・アリアに次ぐ位置の席にクロノと青年は座らされていた。
それが、グレアムやリーゼ姉妹にとってクロノと青年がどういう存在だったかを如実に語る。
「――では、順に――」
一度は違う目的から敵対したものの、グレアムへの親愛と尊敬が目減りしたことはない。
それはクロノとこの青年、両方に共通する気持ちだ。
幼少期に指導してもらい、面倒を見てもらった想い出は、まだ二人の胸の中にある。
青年は笑顔で死したグレアムに花を捧げたが、心と表情は一致していなかった。
葬式が一通り終わり、休憩室に引っ込んだ青年が、ネクタイを外してポケットの中に放り込む。
ボタンを上から二つ外して、ポケットの中からスマホを取り出した。
気晴らしに何かソシャゲをやろうとするが、どうにもやる気が起きず、手の中でスマホをくるくると暇潰しに回す。
疲れているんだろうかと、青年は眉間を揉む。
(最近。忙しかったしな)
疲労感と倦怠感で思考が変な方向に行きそうになっている。
一週間寝る間も惜しんでイベントを走り続け、ランキング報酬をゲットした直後の疲労感を超える疲労感。
青年がぐでっとしてると、休憩室のドアが開き、葬式に参列していたプレシア・テスタロッサの姿が見えた。
「お疲れ様」
「プレシアさん? お疲れ様です。いや、オレは基本座ってただけですけど」
青年はからからと笑う。
「あなた、弱くなったわね。いいことだけど」
そしてプレシアの言葉に、首を傾げた。
「あなたが落ち込む姿を、片鱗とはいえ見たのは初めてかもしれない」
「落ち込む? オレがハゲだったら
『笑いすぎて髪生えるわ』
とか言ってたであろうくらいには明るいハート状況ですよ」
「意味が分からないわ」
替え歌の『ハゲの歌』を綺麗に熱唱できる青年がキメ顔を決めると、プレシアは呆れた顔で溜め息を吐いた。
「葬式でまで笑顔で居る必要はないのよ」
「笑って送り出しますよ。 あの人が、オレを心配しないで、安心して空の上に行けるように」
青年はさっぱりとしている。
クロノにとっても、彼にとっても、グレアムは親に次いで親しい大人だ。
その死を笑顔で送り出すというのは、字面にすれば簡単だが、実際にやるのはとても難しい。
だが、青年はそれを実践していた。
笑ってグレアムを送り出していた。顔に悲しみなど微塵も浮かべていない。
されどこの青年が、最近までグレアムの病気を治そうと八方手を尽くしていたことを、プレシアは知っている。
「運命は覆せても、寿命だけは覆せない」
プレシアの言葉に、青年は言葉を返さない。
グレアムの病は治せなかった。
プレシアやグランツの病は治せた。
何故、そこに違いが出るのか?
……病には、寿命と、そうでないものがあるからだ。
「あなたの能力はあなたの心に多大に影響を受けている。
覆したいと願った運命に僅かなれど覆す可能性を残し……
けれども、人の生のサイクルという運命だけは覆せない。
生まれ、成長し、人を助け、他者を育て、老い、緩やかに死んでいく……
あなた自身が肯定する命のサイクルは、あなたの心と繋がる能力では覆せない」
寿命死と病死を明確に区別することは難しい。
だが人間には、神がそれぞれに設定したかのように、定められた寿命が存在する。
天寿という言葉あるように、寿命とは天が決めるもの。
永遠の命を実現させたスカリエッティとは違う、命のリレーを肯定する者では、定められた命のゴールを覆すことは叶わない。
「だから、あらかじめ言っておくわ。私が死んでも、そこに何かを感じる必要はないと」
プレシアがアリシアを失い、再会するまでが26年。
そこから今日に至るまでが12年。
アリシアの享年が5歳であること、プレシアの結婚が二十代だったことを考えれば、その年齢は推して知るべし。
彼の親しい知り合いの中で、次に寿命死を迎える可能性が高いのは、プレシアであるということだ。
「グレアムと、私で慣れておきなさい」
青年は何も言わない。
「奇跡のような幸せを得た。
ありえない救いを貰った。
十分。もう十分よ。これ以上を私は望まない。
ギル・グレアムがそうであったように、私の死も悲劇にはならないわ」
青年は何も言わない。
「悲劇でないのなら、覆す必要はない。気を病む必要など、どこにもないのよ」
青年は、何も言わなかった。
次元世界群は、地獄への道を緩やかに進んでいた。
複数世界に数百人のスカリエッティが跋扈して、それぞれの思考とそれぞれの目的から、幾多の次元世界を荒らし始めたからだ。
国家という形態の影に隠れ、世界を蝕むスカリエッティが居た。
管理外に過剰な技術と武力と兵器を与え、間違った情報も織り交ぜて与えることで、管理外世界を管理世界にけしかけ戦争を起こすスカリエッティが居た。
単純に、時空管理局に機械兵器で攻め込むスカリエッティが居た。
ロストロギアで一つ世界を滅ぼしたスカリエッティも居れば、管理世界でロストロギアを暴走させようとして捕縛されたスカリエッティも居た。
一人一人が、ミッドチルダを攻め落としかけた、かのジェイル・スカリエッティに類する能力を持っている。
それでも次元世界が滅んでいないのは、時空管理局とそれに協力する各組織が、獅子奮迅の活躍と奇跡のような勝利を重ねてきたからだろう。
課金王の仲間達、及び課金王の仲間達と同様に奇跡のような勝利を重ねる才覚を持った管理局の名も無きエース達。
聖王協会やソシャゲ管理局などの協力組織、民間の格闘競技や魔法競技で名を馳せた一般人の民間協力者、果ては管理世界の軍隊まで総力を上げて世界を守らんとする。
一度は引退した者達が次々と現役復帰するという喜ばしい事件もあり、次元世界を守護する戦力は新暦以来最高と言われるレベルに達していた。
だが、それでもなお、世界は地獄となりかけていた。
これでもなお、戦力は足りていなかったのである。
ギル・グレアムの葬式が行われているのと同時刻の別世界。第三管理世界・ヴァイゼンにおいても、スカリエッティによる暇潰しの争乱が引き起こされていた。
「また来たぞ!」
管理局員の一人が叫ぶ。
傷だらけの管理局員が数人、唸り声を上げながら立ち上がる。
彼らの視線の先には、数十台の無人戦車――スカリエッティの一部が独自に進化させたガジェット――が並列して走行していた。
先月は、AAAクラスの魔導師が五人は居た。敵も強くはなく、楽勝だった。
二週間前になって、AAAランクの魔導師は三人になっていた。
先週に、AAAランクの魔導師は居なくなった。
その翌日には、この世界に派遣された戦える管理局員の数は2/3になった。
強くなっていく敵に、負傷と死亡で減っていく仲間に、管理局員達は真綿で首を絞められるように追い詰められていく。
それでも"人々を守る"という使命感と奇策だけを頼りにして、彼らは一週間を耐え抜いた。
だがそれも、もう終わりだろう。
この数の敵を、この数の管理局員では止められない。
「くそっ、救援はまだかよ!」
「踏ん張れ! ここを通せば市街地に到達されちまうぞ!」
苦し紛れに魔力弾を撃つ管理局員。
たとえ効かなくとも、最後まで諦めないという意思表示。折れない意志の弾丸だ。
だが、その魔力弾を『走って追い抜く』女性が現れ、女性は青い髪を揺らして疾走。
そのままの勢いで、戦車を鉄拳のデバイスにて殴り抜いた。
「てやああああっ!!」
殴られた戦車が吹っ飛び、その向こうの戦車に当たりそれも吹っ飛ぶ。
玉突き事故のように、殴られた戦車に何台もの無人戦車が巻き込まれ、鉄拳から叩き込まれた魔力の爆発に飲み込まれた。
「おい、あれ……」
「ああ……!」
「すみません、遅れました! 下がっていて下さい!」
数台まとめてパンチ一発で仕留めた青髪の女性に続き、現れた橙色の髪の女性が砲撃を撃ち、戦車の一台をスクラップへと変える。
ボロボロの管理局員の一人が、その二人に見覚えがあったようで、はっと目を見開く。
スバル・ナカジマとティアナ・ランスター。
あの激動の一年を越え、そこから更に一年力と技を磨いた戦士達が、ここに居た。
「あれが……話に聞く特務六課のストライカー級コンビ!」
脅威対策室・特務六課。
かつて実績を上げた機動六課を前身とする、特務機動隊である。
その戦力は一騎当千、かつそこそこ人数も居ると評判だ。
今の管理局で最も活躍度と知名度が高いチームである。
機動六課のメンバーを中核に据え、教導隊を中心とした他部署の強力な魔導師をローテーションで所属させ、スカリエッティ事件に『常時』当たらせる。
休暇は『何日』ではなく『何時間』で管理される特殊勤務形態。
そのおかげで、どこの世界のどんな場所でスカリエッティがやらかそうと、機動六課のフルパフォーマンスに近い戦力を瞬間的に叩き込めるという機動部隊なのだ。
今の時空管理局で最初に過労死者が出るとしたらここ、と評判のチームでもある。
「物陰から頭を出さないで下さい!」
ティアナは管理局員達にキツめの声を張り上げて、二丁銃から弾丸型のバインドを連射。弾丸が当たった戦車の履帯内部の車輪が、バインドに絡め取られて動かなくなる。
デバイスが空間に投影しているパネルには、この一ヶ月で管理局員達が集めた無人戦車のデータから、ティアナが手ずから組み立てた戦車の行動予測と詳細データが映し出されていた。
「スバル、右から!」
「うん!」
動きが止まった戦車を、スバルの拳が片っ端から殴り壊していく。
戦車も当然抵抗するが、戦車側にスバル達のデータはなく、スバル達には散っていった管理局員達が残してくれたデータがあった。
『仲間が後に託してくれた』という事実が、一方的な破壊をもたらしていた。
「すっげ……」
全ての戦車がスクラップになったその中で、夕焼けのような橙と、青空のような青が揺らめいている。美しさより、可愛らしさより、力強さを先に感じる。
そんな二人だった。
二人を見ながら、新人の管理局員がぼうっと呟く。
「僕、去年入った新人ですけど……あの人達に憧れて、局に入ったんですよ」
「そりゃあいいや。目標としちゃ悪くねえだろ」
スバルとティアナがさっさと戦車の検分を始めたため、物陰に引っ込んでいた管理局員達も周囲を警戒しつつ、戦車の分析をすべく走り出していた。
「こいつら、戦った相手の動きを学習するタイプね。
長々と戦ってるとうちの隊長陣でもヤバい奴らよ」
「ティアの言う通り、速攻で仕掛けて正解だったってことだね」
この戦車は、時間をかけて戦い続けるといつか絶対に負けるタイプだ。
戦闘機人やガジェットにも学習能力とデータ共有機能があったが、この無人戦車のそれは更に強力なものであると言える。
他の管理局員がデータを残してくれていなければ、スバル達でも危なかっただろう。
短期決戦以外に正解がなく、しかも一定価格で量産できるという最悪な兵器だ。
おそらくは、管理外世界で人相手に使い、相当な試行錯誤を行ったと思われる。
ティアナがロングアーチにデータを送り、そうこうしている内にこの世界を守っていた管理局員達も戦車の分析を開始。
その行動に迷いがないのは、スバル達が来てくれたことで安心を得たからなのだろう。
ティアナは呆れを顔に浮かべる。
「あんなに不安そうだったのに、私とスバルが来た途端、元気なものね」
「今はどこも不安がってるから仕方ないよ。
ほら、今一部のニュースサイトとかでよく言われてる……」
「……アルハザードは滅んだ。
古代ベルカも滅んだ。
そして、管理世界文明も滅びる……ってやつでしょ?」
数百人のスカリエッティの暗躍。
実際危険なスカリエッティは200人程度と言われているが、それでも十分すぎる。
全てのスカリエッティが同時に後戻りを捨てた蜂起を行えば、その瞬間に管理世界は崩壊する可能性があるほどだ。
「管理局は軍隊でもなければ、何かを支配してるわけでもないからね。
あくまで複数世界による運営、権限代行、世界単位での世界間問題管理が基本……
徴兵なんてできないし、そそのかされた他世界からの侵略にも慎重な対応しかできない」
「お役所だもんね、私達」
「管理外世界がスカリエッティの食い物にされてる。
管理外世界がスカリエッティにそそのかされて他世界に侵略しようとしてる。
って事実を知ったところで、そこから何ができるのかって話よ」
「……悪人の方が、得しちゃうんだよね」
「どんな世界でも、どんな事柄でもそうでしょ。
悪人は罰せられるリスクと引き換えに、どんな手段だって選べるんだから」
時空管理局は管理外世界に極力関わらず、危機が迫った時だけ秘密裏に管理外世界を守り、管理外世界が自主的に外の世界に旅立つ日を待っている。
それは一種、ウルトラマンが地球を見守るスタンスに近い。
管理外世界を制圧し、従順な下位世界として征服することも、自分達に逆らう勢力が発生する可能性を摘み取ることもできただろうに、時空管理局はそうしてこなかった。
そこに、最高評議会の三人が目指した理想が絡んでいることは、まず間違いないだろう。
その在り方を、スカリエッティは最大限に悪辣に利用した。
管理外世界に潜んで、世界を食い物にしながら戦力を集めれば、管理局は簡単にそれを止められない。
スカリエッティに煽られただけの管理外世界の人間が管理局に戦争を仕掛けて来たなら、対応は更に困難を極める。
管理外世界でスカリエッティが戦乱を煽り、兵器を売るというマッチポンプを行っていても、管理局はおおっぴらにそれを止めることができなかった。
管理局はこの問題に、意見を真っ二つに割っていた。
管理外世界への介入を原則禁止とするルールを捨てるか。
今のままの在り方で管理外世界に対応し、それ以外の道を探すかだ。
前者は、管理局が管理局の在り方を捨てるという意味で管理局が終わる。
これは、管理外世界で今もスカリエッティに苦しめられている罪なき人々を救わないと、という使命感で動く人間に特に強く支持されている。
後者は、この状況に対応できないという意味で管理局が終わる。
これは、管理世界の人間が管理外世界を支配する構図に繋がってしまうかやめるべきだ、という管理外世界の人の権利を守ろうとする人間に強く支持されていた。
とはいえ、この両派が反目しているということはない。
目指すものはただ一つ。"スカリエッティぶっ殺す"で両派は意見が一致しているからだ。
「善意と良心が有る組織、手段を選ばないといけない組織。
善意も良心も無い個人、手段を選ばなくていい個人。
それらがぶつかりあえば、手段という点でどうしようもない差が生まれてしまう」
「手段を選ばないで戦うか。
手段を選んで頑張るか。
そのどっちかってことだね。私は後者の方が好きだけど!」
「はいはい、んなこと聞かなくても分かってるわよ」
管理局が良心、良識、倫理を捨てられない限り、管理世界はスカリエッティに勝てない。
だがそれを捨ててしまえば、管理局は最悪の組織になる可能性を生んでしまう。
どちらに転んでも、先に見えているのは地獄。
「これが予言に記された破滅? でも何か違うような……」
見えているのは、世界の終わり。
「どうしたもんかしらね……あいつは、何か考えてるのかしら」
次元世界群は、地獄への道を緩やかに進んでいた。
グレアムの葬式から二日後、ミッドチルダの転送所に、赤毛の少年が現れる。
エリオ・モンディアル。元機動六課部隊員、元自然保護隊員、現特務六課の少年だ。
少年はキャリーバッグ片手に、溜め息を吐いて転送所の外に出る。
「『いいから休め』って言われてもなあ……」
余程の閑職でもなければ、今の管理局員に暇な時など存在しない。
忙しいが、世界の未来がかかっているというのは皆分かっている。
死にたくない、世界を終わらせたくない、そんな気持ちで皆必死に働いていた。
皆巧みに休暇を消費しながら、労働基準法に引っかからない程度に働いていたのだが、エリオはうっかりやらかしてしまった。
ほとんど休みを取らないまま、連日戦い続けてしまったのである。
法の守護者である管理局員が法律違反だなんて笑い話にもならない。
と、いうわけで。
エリオは労働基準法から逃げ切るために、一週間の連休を取らされたのであった。
これで帳尻を合わせるということらしい。
だがエリオには、休暇を満喫するつもりなどさらさら無かった。
(どこかの世界に行って、緊急時の超法規的措置ってことで、応援に行けないかな……)
クラナガン等の街は平和なものだが、空気は最悪だ。
外の世界からの避難民もちらほらと居て、空気が微妙に張り詰めている。
他の世界に行けば、一部の世界はまだ末期戦さながらの戦いを続けていることだろう。
管理局員は出勤日に地獄を生き抜き、休日に平穏と平和を堪能するというローテーションをまだ維持できているが、それもいつまで続くことか。
正義感や使命感が強い者ほど、この状況でじっとしては居られない。
エリオは無茶なことに、連勤の疲労がまだ残る体で、どこかの世界で戦っている者達の助太刀に回ろうとしていた。
あの日、ゼスト達との戦いで見えた『自分の限界』と『それを超える方法』が。
あの日、倒したはずのゼストでさえ戻った最後の最後で、脱落してしまった悔しさの衝動が。
エリオ・モンディアルの足を止めさせない。
あの日の戦いの後、戦闘記録を眺めている時に耳にしたフェイトの言葉は、今でもエリオの脳裏に焼き付いている。
―――先人から若人へ、過去から未来へ、大人から子供へ。
―――受け継がせ、継承させることで、絶え間なく続いていく。それが命だ!
その言葉は、エリオの心によく染みた。
多くを学んだ。多くを習った。多くを教わった。
ならばそれを
憧れの大人達の姿を胸に抱き、エリオはずっと修行と実戦を重ねていた。
あの戦いから二年。
エリオはまだ、望む領域に手を届かせていない。
フェイトにも、ゼストにも、及ばない魔導師のままだ。
魔導師ランクは既にオーバーAAAと呼ばれる域に達していたが、それでもなお、フェイトとゼストの背中ははるか遠くに見える。
何か、『本質的な強さ』が足らない気がしてならないのだ。
エリオは自分が大人になるために必要な壁を越えていない気がしてならない。目指した大人になるために見なければいけないものを見ていない気がしてならない。
けれどそれが、とても近くにある気がして、今日も槍を振るっている。
(……無駄な考え、休むに似たり。焦りすぎても仕方ない。ゆっくり歩いていこう)
深呼吸して、エリオは心の中を整理する。
とりあえず情報を集めてからどっかの転送ポート使う予定立てよう、と思ったまさにその時。
エリオの視界に、マジックでスマホを増やしてお手玉している青年の姿が入って来た。
「えっ」
目をこする。目を見開く。幻覚でもなく、現実だった。
「ソシャゲは案外、入力→少し待つ→入力という時間ロスが多い。
ローディングなんかも時間ロスだ。
問題なのは、単純作業のローテでもこの時間ロスが発生することなんだな。
だがこうして十個くらいスマホをお手玉すれば、入力してから高く上に投げれば……
宙を舞っている間に時間ロスはだいたい終わる!
入力→投げる→入力→投げるのローテで複数のソシャゲを同時に処理することが可能なのだ!」
「すげー! にいちゃんすげー!」
「できても何の役にも立たない感じがすげー!」
「この人バカだー!」
どうやら青年は転送待ちの子供達がその辺を走り回らないよう、子供達の相手をしてやっているようだった。
他に方法もあるだろうに、実に彼らしい方法でやっていた。
その青年と、エリオは何度か話したことがある。
「モンディアル君ではないですか」
「あ、シュテルさん。あの人の護衛ですか」
「そうですね。今日は私一人で護衛というわけでもありませんが」
無感情な顔をしたシュテルも現れ、エリオは彼女に頭を下げる。
シュテルの言葉を聞き、エリオが視線を動かすと、青年の近くのベンチに座るリーゼロッテとリーゼアリアの姿が見えた。
「あの人達、確か高ランク魔導師の……最近物騒だったから、護衛を万全にしたってことですか」
なるほど、とエリオは首を縦に振る。
いいえ、とシュテルは首を横に振った。
「そうでもありませんよ。私は全盛期の四割程度の力しか出せませんし」
「え?」
「マスターが車椅子生活を余儀なくされていた原因、闇の欠片は除去されました。
お陰で体調は回復し、マスターは健康体を取り戻しましたが……
削られた命の残量は、戻らなかった。
削られた寿命が、増えることはなかった。
課金魔法を無力化する魔法の発明者の置き土産か、課金の魔法も極めて効きが悪い」
どいつもこいつも死に体だ。
課金王ですら、完全に正常な体を取り戻すには、"あと一つ"何かが足りていない。
「この前"コツ"を掴む機会がありまして。
今はマスターと私の命を
そのせいで常時四割、瞬間最大値六割弱の力しか出せなくなってしまいましたが」
シュテルも主の生命維持にリソースを割かれ弱体化。
リーゼ姉妹に至っては、"死んでいない"だけ。
「リーゼロッテさん、リーゼアリアさんにしても同様です。
彼女らは主を失った使い魔。
戦闘を行えば数秒で、そうでなくとも数日で自然消滅する者達です」
新たな主を選ぶ気がなく、これ以上生にしがみつく気もない姉妹は、既に死に向かうレールの上に乗っていた。
「けれど、そんな戦力であっても、かき集めずにはいられませんでした」
命を分けてもらっているだけの男、弱体化した魔導師、死んでいないだけの主を失った使い魔。
投入できる戦力は全て投入されている現状で、絞り出すように抽出された希少な戦力。
「今、動ける人間というのは多くありません。
治安を担う組織の全てが、余力を残せない全力の闘争を余儀なくされています」
だが、それでも、ここで戦力を絞り出す必要があったのだ。
「ですが、望外の幸運もありました。モンディアル君、私達と一緒に来ませんか?」
「一緒にって、どこに?」
「世界を救うロストロギアを手に入れる旅に、ですよ」
「……世界を救う?」
群れ成すスカリエッティという悪夢から、この世界を救う唯一の希望を、掴むために。
「あるロストロギアがあります。
マスターはある場所で、それを制御するためのウーンズという男の技術を手に入れました。
それを活用すれば、あるいは……
次元世界という体を蝕むスカリエッティという病魔を、全て駆除できるかもしれません」
「本当ですか!?」
「それだけでなく、死にゆく運命を覆すことも可能であると聞いています」
物語が始まる。
最後に要された物語が始まる。
あるロストロギアを巡る物語が始まる。
「マスターはスカリエッティの打倒とリーゼ姉妹の救済のため。
リーゼ姉妹はスカリエッティの打倒とマスターの救済のため。
私は、その三つの目的を全て果たすため……それを探しに行きます」
エリオは偶然に偶然が重なり、その舞台の中央に立つ機会を得た。
「おそらくは数日で終わる旅。
スカリエッティの妨害もあるでしょう。
戦わなければならない私かあなたが、高確率で死に至る旅。
危険な旅となりますが、あなたの力を借りたいのです。来てくれますか?」
「はい!」
「よい返事です。なのはがよく仕込んでいるのが分かります」
課金王とジェイル・スカリエッティ、古代ベルカから続く因縁も、これで最後。
この物語が、彼と『ジェイル』の最後の戦いとなる。
「よろしく、エリオ。握手しとこうぜ、オレの命も預けるんだしな」
「よ、よろしくお願いします!」
「よし、笑え! エリオ! 笑って行って、笑って帰るぞ!」
笑顔で帰ると、彼は言った。
「さあ行くか! この面倒臭くて陰鬱な空気、スカリエッティごと全部まとめて吹っ飛ばしに!」
笑顔で帰れると、保証してくれる者は誰も居なかった。
今回の話はしんみりとした話と、グロい話の合わせみたいな話です。最終回とはまた別の、かっちゃんのための最後のイベントストーリーとなります