課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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 PSPのなのはGODでの姉妹会話を見る限り、原作でもグレアム提督はSTS前に死んでそうという悲しみ。エリオ君の「STS新人で最も多くの人間の教えを自分のものとした」って設定が好きです


課金田一少年の事件簿 課金術殺人事件

 広がる海を見ていると、よく分からない感傷が心に生まれる。

 初めて見る海のはずなのに、どこかで見たことがあるような既視感。

 少々の生臭さを感じさせる潮風が、海が命の故郷であることを思い出させる。

 『海鳴りの音が聞こえる街』と評判のこの街で、エリオは海を眺めていた。

 

「ここが日本の海鳴市。

 Kさんと、なのはさんと、八神司令の故郷……

 フェイトさんやシグナムさん達の、思い出の場所……」

 

 進んだ技術で作られた街でもなく。

 かといって自然保護の対象になるような自然がある街でもなく。

 なんとなく落ち着く感じがする、そんな街だった。

 

「ではマスター。私はイデアシードの探索に」

 

「ああ、頼む」

 

「え? シュテルさんだけで探しに行かれるんですか?」

 

「この世界のイデアシードは、海の中にあるらしいんだ」

 

「……なるほど」

 

「私のサーチャーを一つ置いていきます。何かあればすぐに分かりますよ」

 

 エリオも探索系の魔法を使えなくもないが、専門外なため論外。

 リーゼ姉妹も現在保有している魔力を使い切れば消滅するため論外。

 課金厨は上記の三人以上に論外。

 力が弱まっても技術が残っている以上、シュテルが一人で探索するのが一番効率的だろう。

 シュテルは念の為にと、青年の側に一つ透明なサーチャーを浮かべる。

 

 青年はサーチャーを引き連れ、近場にあった自動販売機を指差しエリオに話しかけた。

 

「エリオ、この中だったら何が好きだ?」

 

「え? その中なら……右下のやつでしょうか」

 

「はいガチャン」

 

「あっ」

 

 青年は素早い動きで自動販売機に金を入れ、指を走らせる。

 そしてその場の全員に、それぞれの好みに合わせた飲み物を投げ渡した。

 シュテルは飲み物を受け取り、礼を言ってから空へ。

 この場で唯一青年に飲み物の好みを把握されていなかったエリオも、先の質問の意味をこれで遅まきながらに察したようだ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「気にするな、弟弟子。

 オレはお前の兄弟子に当たるわけだしな。こんくらいは当然の奢りだ」

 

「あんた今日まで弟弟子とか居なかったもんねえ」

「末弟、末っ子? みたいなもんだったもんねえ」

 

「嬉しいの? ちょっと教えるとかじゃないちゃんとした弟子が、私達に出来て」

「嬉しいんだろうねえ」

 

「見ろエリオ。これが若者の心の中を勝手に決めつけるおばあちゃんズの姿だ」

 

「「 ぬわぁんですってぇ! 」」

 

「あ、あはは……」

 

 ロッテが青年にまっくのうちっまっくのうちっし始め、エリオが青年に買ってもらった飲み物に口をつける。そこでふと何かを思い出した様子で、アリアがエリオに話しかけた。

 

「ああそうだ、エリオ。

 シュテルがイデアシード見つけるまで、ちょっとこっちの用事に付き合ってもらうよ」

 

「それはいいですけど……この管理外世界で、用事なんてあるんですか?」

 

「ま、ちょっとお墓にね」

 

 一度青年の家に寄り、青年は正装に着替え、一行は海鳴市の墓地へ移動する。

 墓地の管理施設の受付前に青年が行くと、受付の人が親しそうに青年に話しかけていた。

 青年が墓を手入れする道具を借りて、手桶の中に柄杓と一緒に入れる姿は、正装と相まって至極真っ当な人間に見えるという幻術じみた現象を発生させていた。

 

「ああしてると、凄く立派な社会人に見えますね」

 

「私からみれば図体デカくなっただけのガキだけど……エリオには、そう見えるんかねえ」

 

 ロッテがジト目で"大人ぁ?"といった感じに青年を見ていると、会話を聞いていたらしい青年が苦笑しながら戻って来る。

 

「オレ今年で21ですけど、正直ハタチ越えたからって大人になった感じはしませんよね。

 財布の金は増えましたし、できることも知識も増えましたし……

 子供のバカっぽさに昔の自分のバカっぽさを見て懐かしくなったりしますけど、それでも」

 

「まあ……」

「それはねえ……」

 

「え、Kさんそんな風に思ってたんですか?」

 

「おうよ」

 

 エリオから見れば、なのはやフェイトは大人だ。

 この青年もダメなところが多々あるものの、それでも『ダメな大人』には見えている。

 なのに、青年は自分が大人になった気がしないと言う。

 

「大人になった、って実感は無いが、オレもハタチ越えちまったしなあ……

 こう、子供の面倒見てやんなくちゃ、って思ったり。

 未成年だからって免除されてた面倒臭い手続きやるようになったり。

 あー周りの奴皆結婚してんなーとぼんやり思ったり。

 こう、あれだろ? 趣味やってない時くらいは、なんかそれっぽい感じにする的な。

 ヴィヴィオとかの教育に悪い行動取りすぎると、ハルにゃんお姉さんに怒られるしな」

 

「じゃあまずソシャゲやめろや駄目弟子」

 

「そんなことするくらいならオレは死を選びます。そういう大人にゃなりたくない」

 

 そういう意識を持ってるくせに、人生の大半を課金やソシャゲに注いでいる生き方が、本当にダメな感じであった。

 ダメな大人だ。青年は自分が大人じゃないと言うが、エリオの中ではダメな大人というイメージが急速に固まっていく。

 墓地を歩いている最中も会話していたが、会話すればするほどダメな大人というイメージは加速していった。

 

「ここだな、目的地は」

 

「このお墓……刻まれた名前……これって……」

 

「はやはやの……八神はやての両親の墓だ」

 

 エリオにとっては初めて来る場所。

 青年にとっては何度か来た場所。

 姉妹にとっては、数え切れないほどの回数来た場所。

 

 それが……『八神』と名を刻まれた、この墓前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とても長く、何を祈っているのかも予想できないくらいに長く、リーゼ姉妹は墓前で手を合わせていた。

 墓の向こうに何かを伝えているのだとすれば、どれほどの言葉を伝えているのだろう。

 はやての現状か。ヴォルケンの現状か。姉妹とグレアムの現状か。

 『口には出せない』と決めた謝罪や懺悔も、墓前に捧げているのかもしれない。

 

「……とても、長いですね」

 

「色々あったんだよあの姉妹。色々とな」

 

 大切な人の仇であるヴォルケンリッターに言えないようなこと。

 姉妹が加害者となった件での被害者でもあり、闇の書によって加害者にされかけたはやてにも、言えないようなこと。

 この墓前でしか言葉にできないようなことも多いのだろう。

 

 青年は一年に一回はこの世界に来て、はやての現状を伝えたりしながら墓を掃除する。

 姉妹は年に数回は来て、無言で長く手を合わせ、軽く掃除してから去って行く。

 そんなルーチンが、ここ十数年ほどの間に繰り返されていた。

 姉妹に至っては、闇の書事件が起こる前からこの墓の掃除を定期的にしていたほどだ。

 

 友として彼は。被害者から加害者になることを決めた者として、彼女らは。

 この墓前に、ずっとはやて絡みの言葉を心で捧げて来た。

 

「これが最後の墓参りになる、とかも考えてんじゃねえかな……」

 

「え?」

 

「ま、そうはオレがさせないが」

 

 リーゼロッテもリーゼアリアも、死にたいわけではない。

 ただ、新しい主を選ぶ気がないだけだ。

 新しい主を選ぶくらいなら、死んだ方がマシだと思っている。

 そういう形で、亡きグレアムに誠意と忠誠を見せているだけなのだ。

 

 生きられるなら、生きた方がいい。青年はそう思っている。

 そう思っている青年とシュテルも、一つの命をユニゾンの維持で共有しているだけの危うい状態だ。何か一つ間違えれば、二人まとめて死にかねない。

 リーゼ姉妹は、人生の最後に彼らを救って終わりたいのだろう。

 

 現在イデアシードを集めているこのメンバーは、同じ目的と同じ方向性を持っているようで、その実"仲間の生存と未来"という点で地味に食い違っている。

 

(イデアシードで解決するって言うけど……本当に解決するのかな……)

 

 全員助けることもイデアシードなら可能、とエリオは聞いていたが、言いようのない不安が胸の奥に渦巻いている。

 何か、どこかがおかしくなってしまいそうな、そんな予感。

 

「おい、エリオ」

 

「……」

 

「エリオ? エリオ・揉んでやる君ー?」

 

「人の名前をいじってなんてことを! ……って、あれ?」

 

「考え事するのはいいが、話しかけられたらすぐ答えるように。オレが悲しむからな」

 

 考え事に没頭しすぎていたエリオが意識を現実に戻すと、彼らはいつの間にか『翠屋』という看板が立てかけられた店の前に立っていた。

 

「ここ入るぞ、って言ったんだ」

 

「は、はい!」

 

 青年に先導され、

 

「ちーっす、おせやさまですー」

 

「いらっしゃ……あら、あらあらあら! かっちゃんじゃない! 恭也ー! かっちゃんよー!」

 

 カウンターに居た女性を見て、エリオは"歳を取ったなのはさん?"と自分の目を疑う。

 そのくらい、その女性は21歳のなのはに似ていた。

 疑うだけにとどまらず、こする。盛大にこする。

 そうこうしている内に、青年の知り合いらしいその女性は、店の奥に引っ込んでしまった。

 数人の客が居る店内は繁盛し過ぎでもその逆でもなく、落ち着く雰囲気が作り上げられている。

 

「Kさん、あの人知り合いの方ですか?」

 

「高町桃子さん」

 

「え」

 

「なっちゃんの……高町なのはのお母さん」

 

「……歳の離れたお姉さんとかじゃなくてですか?」

 

「お母さん」

 

「……若いですね」

 

「この家の人はだいたいこんなもんだ」

 

 高町家凄え……とエリオは女性が引っ込んだ店の奥を見つめる。

 と、その時、客の一人が腕時計を見て立ち上がる。

 その客とスマホを手の中で回していた青年の目が会って、互いに思わず声が出る。

 

「あ」

 

「あ」

 

 運が良いのか悪いのか。彼の旧友、月村すずかがそこに居た。

 

「ちょっ、アリア! この店いつの間にかボタン式呼び鈴設置してる!」「ロッテうるさい」

 

「またお知り合いですか? Kさん」

 

「月村すずかさん。友達の友達」

 

「ひ、酷い紹介された! 親しくなくてもちゃんと友達だったでしょ!?」

 

「だってお前、オレのこと嫌いじゃん……互いになっちゃんとかアリサの方が仲良かったじゃん」

 

「嫌いじゃありませんー。悪い人じゃないけど深く関わりたくないな、って思ってただけで」

 

(あ、この人Kさんの友達だ。間違いない)

 

 少年は察する。

 会話のノリから察するものもある。

 だが同時に、幼少期にちょっと距離を取っていた友人であるというのも察した。

 

「12年ぶりかな?」

 

「そうだなあ。12年会ってなかったのか」

 

「なんだか……変わった? かっちゃん」

 

「そう言われても。オレにはどこのことを指してるのか分からん。具体的に頼む」

 

「前はシド・ヴィシャスだったけど、今は戦国武将の森長可みたいな……」

 

「おいもっと分からなくなったぞ」

 

 アリサとはまだ会う機会があり、なのはとは色々とあったものの一応顔を合わせていたが、この青年とすずかは本当に12年間顔を合わせていない。

 時々会っている人、毎日会っている人にも分からない青年のゆっくりすぎる変化が、すずかの目には見えているらしい。

 その例えが的確かどうかは別として。

 

「あ、ごめん、森長可よりずっとマイルドな感じ」

 

「更によく分からなくなったな……」

 

 今の彼は海鳴のシド・ヴィシャスではなく、海鳴の森長可(マイルド)らしい。

 森短可くらいだろうか。

 わけがわからない。

 

「変な人なのはそのままだけど。ロックな人から、戦う人になったっていうか。

 なんというか、前はもっとハチャメチャでかつ力強い感じだった、ような……」

 

「オレも老けたってことだ」

 

「同い年の元クラスメイトを前にして何を言ってるの?」

 

 シド・ヴィシャス曰く。

「俺はたくさん年を取る前に死んじまうと思う。何故だかわからないけど、そんな気がするんだ」

「年齢なんて関係ないんだ。たとえ99歳でも子供でいることは出来る」

「俺は自分のやりたいことをしたいんだ。世界中がそれを好きじゃなくても全然構わない」

 であるという。ロックな生き方をするとはそういうことなのだ。

 

 しばらく会っていなかったすずかだからこそ、この青年の中からロックンローラーの魂が失われていることに気付けていた。

 今の青年にギターで他人を殴るロック魂は残っていない。ギターを売ってその金で課金する課金魂が残っているだけだ。

 生き方が課金厨のそれであっても、あまりロックな生き方をしていない。

 

 すずかは雰囲気から、そこを察したのである。

 

「あ、そうだ、帰る時間なんだった……ごめんね、私帰らないといけないんだ」

 

「そか、気をつけて帰れよ。……あ、そうだ。

 12年前にお別れする時、うっかりすずかにだけムラサキカガミの話してすまんかったな」

 

「……あああ! よかった! よかった! 忘れてて! 中学の途中まで覚えてたよ!」

 

 現在、月村すずか21歳。奇跡のような回避であった。すずかはおしとやかな雰囲気に似合わない大きな声をぶつけてから、この場を去って行く。

 

「いいんですか、あれで」

 

「いいんだよ、オレらはこれで」

 

 エリオの疑問をどこかに投げ捨て、何事もなかったかのように彼らは席についた。

 

「これどういうケーキなんですか?」

 

「ケーキの間にプリンが入ってるんだな、これは」

 

「お、おお……なんか凄いですね。これにします。でも、なんだかどこかで見たような……」

 

「ソシャゲ管理局と提携してるからな、ここ。オレはカキンと冷えたアイスケーキにしよう」

 

「私チーズケーキで」

「私もチーズケーキで」

 

 ウェイターが来たならばすぐに、全員分の注文を伝え……ようとするが、青年は来たウェイターが見覚えのある青年だったために、目を丸くした。

 

「よく来たな。翠屋(うち)の売上に貢献していくといい」

 

「キョウさん。珍しいですね、実家に居るの」

 

「運が良かったな。これも奇縁というやつか」

 

 高町恭也。この家の人間ではあるが、結婚と同時期に引っ越したはずの男であった。

 実家に居てもおかしい人間ではないが、実家に居るのが珍しい青年ではある。

 

「エリオ。

 この人はさっきの月村すずかさんのお姉ちゃんの旦那さんで、なっちゃんのお兄さんだ」

 

「そうなんですか?初めまして、なのはさんの教え子のエリオ・モンディアルです」

 

「どうも。なのはの兄の、高町恭也だ。

 しかしなんだ、つまらない紹介だな。オレの兄です、くらいの紹介をしても構わんぞ?」

 

「勘弁してください、キョウさん……」

 

 ニヤッと笑う恭也の言葉は、なのはとの結婚という意味なのか。それとも家族同然兄弟同然の関係だろうという意味なのか。付き合いのないエリオには、いまいち判別がつかなかった。

 と、いうか。

 先程の桃子さんのせいで、エリオはこの男の年齢さえもよく分からないでいた。

 

「エリオ。若く見えるけど子持ちで31歳だからな、この人」

 

「えっ!?」

 

「うちは皆若く見えるからなあ。美由希も既婚者だと名乗ると驚かれると言っていた。

 今や高町家の未婚も、うちのちっさい子となのはだけだ。まあ、心配はしてないんだが」

 

 兄が結婚し、姉が結婚し、結婚していないのは末っ子の妹のみ。

 だが、まだ21歳であること、"あて"があることで、恭也は何も心配してはいない様子。

 問題なのは、この課金厨が結婚する気なんてものをまるで持っていないという点にあるのだが。

 

「ええと、じゃあさっきの月村すずかさんは、なのはさんの義理の姉……」

 

「そういうことだな。ちなみにはやはやの親友、フェイフェイの友人でもある」

 

「世間って、意外と狭いんですね……」

 

「この街の有名な人間は、だいたい繋がり有ったりするからな。しかも変人が多い」

 

(Kさんに変人と言われたら自殺を覚悟する人、結構居ると思います)

 

 エリオがそう考えたのがいけなかったのだろうか。

 店内に20代の若者が四人入って来て、ワイワイと騒ぎながら注文しようとする。

 明らかに迷惑な客。

 店の雰囲気にそぐわない客。

 だがその四人は、店に入って青年を見た途端、その表情を喜怒哀楽に染め上げた。

 

「王だ」

「王の帰還だ」

「逃げろ! 真の仲間にされるぞ!」

「連絡網を回せぇ!」

 

 そして、全員店の外にノータイムで逃げ去って行った。ニ人は敬礼してから逃げて行った。

 

 青年はそれを見て、鼻の下を気恥ずかしそうに擦る。

 

「へへっ、オレも若い頃はヤンチャしたもんだ」

 

「僕から見ると今でもヤンチャしてるんですけど……

 昔はもっと酷かったんですか……? 今より……?」

 

 戦慄するエリオ。青年の幼少期をよく知るロッテとアリアは、深刻な顔で語り始めた。

 

「九歳頃にはそこそこ落ち着いてたよ。いや、その頃も大体こんなんだったけど」

 

「昔のこいつ、『犯罪者はソシャゲの養分にしていい』ってちょっと考えてたからね。

 直接的に射幸心を煽る直射弾、課金するよう誘導する誘導弾とか開発してたからね……」

 

「うわぁ」

 

 ちょっと引くエリオ。

 何故こんなにマイナス要素が増えているのに、プラスの印象が消えないのか。

 "そういう人だから"という認識が刻み込まれているからだろうか。

 欠点を隠さず明け透けにされない人間は、取り繕っている人間のように一瞬で幻滅されることがまずないというが、この青年はまさしくそれだった。

 一定の寛容さがなければこの青年と付き合いを持てないのは、今も昔も一貫している。

 

「いやあ、昔の方が課金額は抑えめでしたし言うほどでも」

 

「ガキより大人の方が課金額上になるのは決まってんだろ、ドアホ」

 

 親の財布を盗んで課金する子供より、毎月生活費を計算してフルに課金する大人の方が課金額は多くなる。課金とはそういうものだ。

 課金厨という人種において、子供から大人になっていく過程は、課金額の増加によって可視化させることが出来る。

 

「知ってるかエリオ? 十数年前にこいつの誕生日があったんだ」

「それで、私達は誕生日にケーキ買おうとしたわけよ」

 

「そしたらこいつがケーキ買うの止めてさ。なんて言ったと思う?」

「『ケーキの代金分のお金ください。課金するので』よ!?」

 

「「 子供の頃のこいつほんっとうに頭おかしかったからね!? 」」

 

「は、ハモった! 姉妹の声と心がハモった! 酷い! 凄いんじゃなくて酷い!」

 

「わー、オレの赤裸々な過去大公開だ。恥っずかしー」

 

「だったら少しは恥ずかしそうにしましょうよ……なんでけらけら笑ってるんです……?」

 

 全く恥ずかしそうにしていない青年の笑いに、エリオは深く深く溜め息を吐いた。

 話しながら食べていれば、ケーキなんてすぐになくなってしまう。

 青年は会計伝票をレジまで運び、四人分の代金をささっと支払った。

 

「ほい、ごちそうさま。キョウさん、会計お願いします」

 

「ああ」

 

 そして、"これも縁か"と、普段実家に居ない既婚者の恭也が今ここに居るという幸運をちょっとだけ利用することにした。

 

「それと、そうだ。キョウさん、この後時間ありますか?」

 

「? まあ、時間があるからここの手伝いをしているわけだしな」

 

「いや、エリオに稽古つけてもらおうかと思って」

 

「!?」

「ほう」

 

 今、この青年に同行している仲間で満足に戦える状況なのはエリオしか居ない。

 そのエリオをことあるごとに鍛えようとしているのは、エリオと同様に、青年もこの先に何か嫌な予感を感じているからなのだろうか。

 

「ほら、言ってたじゃないですか。

 あの麻雀で他人の牌使って上がる時のあれみたいな名前の中国系のマフィア。

 それと戦ってて、槍を使ったりする中国拳法家と結構やりあったとか」

 

「……よく覚えてるな。話したのは随分前だぞ?」

 

「んで槍の技術も一応修めて、それの対策や御神流風に噛み砕いた技も会得したとか」

 

「確かに言ったが……」

 

「そこのエリオは槍使いなんです。

 魔法抜きの試合で、ちょこっと色々見せてやってほしいんですよ」

 

 シュテルが連絡してくるまで時間があるというのも本当だ。嫌な予感を感じていたエリオも、自分に新しい強さを積み上げることには肯定的だった。

 

「僕としては、願ってもないことですけど……」

 

「大丈夫大丈夫、オレが言っても信用が足りないかもしれんが、損にはならないから」

 

「ヴィクターさんの件でそこは疑ってません。ただ」

 

「俺の事情か? いや、構わんぞ。 武術は生涯他者と高め合うものだ。

 とはいえ、シグナム以上に俺を高めてくれた好敵手は居なかったがな」

 

「え? あの人と知り合いなんですか?」

 

「ん? ああ。昔、ある夜にな―――」

 

「―――」

 

「―――」

 

 意気投合を始めた二人の男の会話が盛り上がる。

 そこに、青年にひと声かけてからアリアも加わって行った。

 

「武術だけ修行したんじゃ偏るからね。魔法の指導もしてくるよ」

 

「お願いします」

 

 恭也、エリオ、アリアは裏の道場へ。

 ロッテと青年は、高町家の隣にある青年の家へ移動し始める。

 外に出た青年がポケットからイデアシードを取り出すと、ヴィクターから貰った時よりも輝きを増した宝石が、日光を受けて煌めいていた。

 

「……ん? なんかそれ、前より輝き増してない?」

 

「イデアシードはイデアをエイドスに変えるロストロギア。

 想い出を力にも変えられる代物です。

 やっても大して変わらないとは思いますが、想い出があれば力が蓄積されるんですよ」

 

「へー」

 

 昔を懐かしむ、昔話をする、昔の知り合いに会う、故郷を歩く。

 それだけでイデアシードは僅かながら力を増すようだ。

 足音が聞こえてきて、青年は素早くイデアシードをポケットにしまう。

 聞こえてきた足音の方に目を向けると、そこでは複数人の子供が一人の子供に荷物を持たせ、笑いながら荷物運びをさせていた。

 

「おい、ちゃんとうちまでランドセル運べよなー」

「だらしねえぞー」

「お前がやるって言い出したんだからなー」

 

「……」

 

 典型的ないじめの光景。

 いや、いじめですらないのかもしれない。

 小学生が自分より弱い小学生に荷物持ちをさせる光景。これは単純に、小学生の間での格付けとそれを受け入れる子供、という構図に過ぎない。

 格付けでしかないため、解消する手段がほとんどない。そういうものだ。

 

 だが、アリアより直情的で、男性寄りの女性といった精神性を持つロッテにとって、これは絶対に見過ごせないものだった。

 

「ちょっとあんたら、そういうのはやめな」

 

「えーなんだよおばちゃん」

「うぜー」

「ほっといてくれよー」

 

「……上等だガキ共。いじめっ子には相応の罰が下るって親に教わんなかったのかなー?」

 

 片手の指の骨をポキポキと鳴らし、ロッテがおしおきのゲンコツを振り上げる。

 なのだがその拳は、振り下ろされる前に青年に掴み止められた。

 

「まあまあ、先生」

 

「ちょっ、おま」

 

「少年達よ! そんなことよりソシャゲやろうぜ!」

 

 そして始まる、ソシャゲ演説。

 否、洗脳。

 人生の大切なことは全てソシャゲから教わった、とばかりに飛び出すソシャゲ由来の人間倫理の数々。ソシャゲの良さをつらつらと連ねる詭弁の嵐。

 それでいて、人生を破滅させるような在り方、他人に迷惑をかけるような在り方は徹底して否定するという隙の無さ。

 最初は興味も薄そうだった小学生達も、数分後には目を輝かせ始める始末。

 最終的にはいじめっ子もいじめられっ子も自分の荷物をそれぞれ持って、将来的にどんなソシャゲをやるかを明るく語りながら、帰路についていた。

 

 この小学生達は幸か不幸か、携帯電話を持っていなかった。

 中学校、高校に上がってちゃんとした携帯電話を買って貰ったなら、課金厨にはならずとも立派なソシャゲ厨になることだろう。

 それが良いことか悪いことかは別として。

 

「お待たせしました、先生。……? どうかしたんですか?」

 

「……あ、ああ、いや、ちょっとびっくりしたんだ。それだけ。なんでもない」

 

「そうですか? ならいいですけど」

 

 少年達の無邪気な悪意を短時間でソシャゲの善意に染め上げた青年は、彼に掴み止められた拳をじっと見つめているロッテに声をかけ、自宅に遠慮なく入っていく。

 ロッテは小学生へのソシャゲ洗脳より、青年が自分の拳を止めたことを……正確には、自分がカッとなって問題を起こしそうになったのを、彼に止められたことに驚いていた。

 

「あーびっくりした」

 

 昔はいつだって、Kが問題を起こして、ロッテがそれを止める立場だったからだ。

 

「……まっさか、あの子に、『暴力はよくない』みたいに止められる日が来るなんてね……」

 

 やんちゃだったはずの弟に理性的に諭された姉のような気持ちに、彼女はなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

「お待たせしました。イデアシード、回収完了です」

 

「お疲れ、シュテル」

 

「マスター、誠意は言葉ではなく行動です」

 

「……肩揉んでやろう」

 

「! あ、ありがとうございます……! 凄く嬉しいです……!」

 

 最近無欲だったシュテルに欲が出てきたのはいいが、これで満足してしまうのはどうなのだろうか、と青年は彼女の肩を揉みながら考える。

 面倒臭いのか、単純なのか。

 

「いやあ、シュテルは有能だね。

 私達みたいな臨時護衛が主の護衛代わるだけで、こんなに有用とは」

 

「多芸な理のマテリアル、か。

 私達と同じ使い魔みたいなもんだと思ってたけど……

 これはなんというか、普通に一人の優秀な魔導師と変わらないね」

 

 ロッテとアリアからの評価も高い。元より、多芸で知性派なのがシュテルの売りだ。力を減じられた状態でさえ高く評価されているのだから、フルパフォーマンス時の評価は推して知るべし。

 一行は青年の実家に宿泊。

 今日の深夜二時頃に次の世界に渡航する予定となっていた。

 

 時に、男同士で風呂に入ったり。

 

「見よエリオ。手を合わせて風呂のお湯を撃ち出すこれが、ディバインバスターだ」

 

「なのはさんに怒られますよ!?」

 

 帰って来た青年の両親に、緊張しながら挨拶したり。

 

「ふぅ、マスターのご両親にご挨拶してしまいました……」

 

「シュテル、お前一度も名乗ってなかったから……

 うちの両親、お前をなっちゃんだと思ったままだぞ」

 

「!?」

 

 コンビニで買ってきた菓子と飲み物をつまみつつ、今後のことを話し合ったりしていた。

 ヴィクターから貰ったイデアシードには、既にシュテルが入手したイデアシードが接続されている。空いた端子は、これで残り五つだ。

 

「これで二つ。残りは五つ。今日照合結果が来てたが、管理局にも一つあるそうだ」

 

「なら、残りは事実上四つですね」

 

「そうだな。ファビアに連絡取って次は……」

 

 順調だ。

 順調すぎる。

 順調すぎると、逆に嫌な予感が増してしまう。

 そろそろ、スカリエッティの一人くらいは察知している頃だと、青年は予測していたのに。

 何のアクションもないということが、逆に不気味だった。

 

 だが、それは杞憂に終わる。

 

「―――っ!」

 

 このタイミングで、『敵』は来たのだから。

 

「魔力反応!? 何この数!?」

 

(デコイ)の散布……で、あればいいのですが」

 

 百や二百ではきかない魔力反応が、突如海鳴市に現れる。

 街中に散らばった魔力反応は、囮なのか本物なのかも分からない。

 だが、ここが管理外世界である以上、一つたりとも見逃すわけにはいかなかった。

 シュテルは瞬時にデバイスを起動、バリアジャケットを纏い窓の外へと飛び出した。

 

「魔力反応の九割九分は私が対処します。マスター、皆と協力して残りをお願いします」

 

「任せた、シュテル」

 

「任されました」

 

 シュテルは飛翔し、サーチャーを大量に飛ばして魔力反応の確認に動く。

 

「オレ、先生、お嬢さんで1チーム! エリオは単独!

 大きく距離は離さず、常に念話を繋げながら二手に別れるぞ!」

 

 そして彼らもまた、海鳴に迫る脅威を確認すべく、家を飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは海鳴市の廃工場、その一角。

 

 何かが切れる、音がする。

 

「ちょきちょきー、ちょきちょきー」

 

 何かが切れる、音がする。

 

「あ、上手く切れた。コツを掴んだの」

 

 何かが切れる、音がする。

 

「うーん、もっと上手くなりたいなあ」

 

 三人の男が居た。柱に縛り付けられ、座ることも逃げることも許されていなかった。

 『魔力のハサミで満足するまで切った』一人目の男の喉に、少女は使い終わったハサミを突き刺す。ハサミは喉に突き刺さり、それが致命傷となった男が死ぬまで、そこに残っていた。

 

 少女……トレーディは、二人目の男に向かう。

 ぼとり、と耳が落ちた。

 ぼとり、と乳首が落ちた。

 ぼとり、と唇が落ちた。

 ぼとり、と鼻が落ちた。

 ぼとり、と頬の肉が落ちた。

 ぼとり、と両目が落ちた。

 ぼとり、と両の瞼が落ちた。

 二人目が絶命した頃には、ぼとりと落ちたものは全て、二人目から流れ落ちた血の海にずっぽりと沈んでいた。

 

「あ、死んじゃったの。だらしないのよ。

 ま、いっか、刃こぼれしちゃったけど、これがまだ使えるし……」

 

 殺されているのに、男達は悲鳴も上げない。助けも求めない。喋らない。

 喋らない? いや、違う。男は()()()()()()()()()()()()()

 

 口が開かないのなら、声は外に漏れない。

 絶叫も、悲鳴も、口から外に出ていかない。

 鼻から音が多少漏れたとしても、それは助けを求める声にはなりはしない。

 

 助けを求める見苦しい声は許さないが、漏れる苦悶の音は聞きたい。

 

 そういう行動原理が、ここには見えた。

 

「刃こぼれしたけど、心配しないで! 仲間外れはさみしいって聞いたことがあるの!」

 

 刃こぼれしたハサミで、少女は一生懸命に三人目の男を切り刻む。

 一回では切れないから、何度も何度も。

 ちゃんと切れるまで、何度でも同じ場所を切り刻む。

 皮膚が裂け、血が吹き出し、脂が漏れ、骨が削れ、神経や筋が千切れる過程を、むしろ楽しんでいるかのように、何度も切り刻む。

 

 そうして、三人目も絶命した。

 

「さーって」

 

 少女は振り返り、そこに居た『四人目』を視界に捉える。

 四人目は、溶けた鉄を口の中に流し込むことで口を塞がれていた。

 四人目の男は両手両足も縛られていたが、仮に縛られていなかったとしても、迂闊に逃げようとはしなかっただろう。

 逃げようと思う心さえ、既に折られていた。

 

「……な、なんだ……これ……?」

 

 幸か不幸か。

 運が良いのか悪いのか。

 その現場に最初に辿り着いたのは、エリオ少年だった。

 あまりにも凄惨な現場に吐き気を覚えるが、歯を食いしばってそれを乗り越える。

 エリオはそうして、血の海の中で微笑む、虹色の髪のなのはを見た。

 

「君は……誰だ?」

 

「わたし? わたしトレーディ! ドクターの作ったさいしんさいこーの戦闘機人!」

 

「……予定されてた妨害か。しかも、なのはさんやシュテルさんと同じ顔……」

 

 この顔、明らかに特定の人物にメタを張っている。

 エリオは念話で状況を伝えつつ、できれば『彼』が来る前に片付けたいと考えていた。

 手の中に出した槍を構え、エリオは少女へと向ける。

 だが呼びかけの言葉を発する前に、少女は動いていた。

 

「あ、戦う? じゃ、片付けるね!」

 

「なっ……!?」

 

 少女は突然、廃工場の隅に巨大な火柱を発生させる。

 そしてそこに死体を放り込み、死体と同じようにまだ生きていた四人目の男も放り込んでいた。

 生者も死者も、諸共に灰になっていく。

 生きている人間と死んでいる人間を区別していないかのような、残酷な所業。

 それを見たエリオは絶句し、紡ごうとした言葉を見失ってしまう。

 

 言葉を失ったエリオの驚いた顔をどう解釈したのか、少女はちょっとだけ考えてから、少年に理解させるための説明を始めた。

 

「知らないの?

 人間ってね、とっても熱い炎にくべると、とってもいい薪になるのよ!

 人の沸点は233℃! 発火点は360℃! たくさん脂が詰まってる、燃えやすいものなのよ!」

 

「お前……! 今の行動に対する言及が、それだけなのか!?」

 

 人間をまるで、ラードのように扱う物言い。

 エリオは怒りの言葉を吐くが、少女はここで怒られる意味を理解できない。

 小首を傾げて、エリオの言葉の意味を考える少女だが、結局意味は理解できていない。

 

「……?」

 

 話が通じない。

 相互理解ができない。

 エリオが知る限りでは、最悪な環境で生まれ育てられた人造魔導師でも、戦闘機人でも、ここまで破綻はしてはいなかった。

 

「お前みたいな悪質な殺人犯は、初めて見たよ」

 

「わたしを殺人犯なんていけない人と一緒にして欲しくないの!

 わたしはみんなを殺したけど、誰も殺してないの。

 ご飯を食べて、みんなと遊んだだけなの。何も悪いことはしてないのよ」

 

「……皆と遊んだ、じゃないだろう。皆『で』、遊んだんじゃないのか?」

 

「それ、同じことじゃないの?」

 

 会話をすればするほど、よく分からない苛立ちが湧き上がってくる。

 言葉を交わせば交わすほど、自分の中の何かが削れる気がする。

 トレーディは、そういう少女だった。

 エリオは少女の言葉をまともに聞くのをやめようとするが、それは間違いだ。

 

 この少女はおかしな精神性を持っているが、その言葉は心から直接湧き出たもの。

 ゆえに、その言葉には真実が含まれている。

 

「同じことなの! 皆と遊ぶのも、皆で遊ぶのも! 殺すのも、殺さないのも!」

 

 少女が四肢を床に着け、虹色の髪をぶわっと広げる。

 すると、髪の間に『闇』が生まれた。

 闇は広がり、虹色の髪を飲み込む。

 虹色に煌めいていた髪すら見えない闇の底から、数え切れないほどの『何か』が浮かび上がって来る。

 

「ドクター! 出て来て!」

 

「ん? トレーディ、何かあったのかね……おや、エリオ・モンディアルじゃないか」

 

「!? スカ……スカリエッティ!? の、生首!?」

 

 闇の底から浮かび上がって来たのは、首だけになったスカリエッティだった。

 首があるはずの場所には、赤黒い引きちぎられた切断面だけがある。

 胴体から力任せに引きちぎられたかのようなその首に、エリオは生理的嫌悪感という言葉で表すことさえ生温いような、そんな感情を抱いていた。

 

「お前……一体、どうして……!?」

 

「ん? 君は見ていなかったのかね?

 刃で殺す。炎で殺す。食い殺す。潰して殺す。

 どの行為で殺したのであっても、この子にとってそれは『捕食』だ」

 

「捕食……まさか、さっきの人達を殺してたあれも、捕食……!?」

 

「私も食べられてしまったのだよ、はっはっは」

 

 闇の底から、スカリエッティ以外の者も浮かんで来る。

 次に浮かんで来たのは、闇から這い出そうと必死にもがき続ける、顔の半分が吹き飛んだクアットロだった。

 

「たす……たすけ……取り込まれ……助けて……」

 

「く、クアットロ……?」

 

「……わたしたち……えいえん……このまま……」

 

 這い出そうとしたクアットロだったが、やがて闇の底に引きずり込まれ、沈められる。

 

「人はね、誰もがおっきな可能性を持ってるの!」

 

 クアットロの泣いて助けを求める懇願が見えなかったかのように、少女は嬉々として語り出す。

 

「凡人だってね、死ぬ気で努力して!

 本気で仕込みを行えば! どんな強敵にだってあっさり勝てるのよ!

 何も持っていない人でも、自分を壊す気で頑張れば、長い時間の果てに一流になれるの!」

 

 それは奇しくも、機動六課の新人だった頃のエリオ達が証明し、スカリエッティが彼らから学んだ、世界の真実の一つ。

 

「私はそれを取り込んで、"可能性が行き着いた形"として行使できるの!

 なの! なの! 素敵でしょ! 素敵でしょ! 羨ましいでしょ? 羨ましいでしょ?」

 

 少女が持たされた力、その原型はただ一つ。

 人の可能性を、加害と殺害という形で取り込む力。

 

「助けてくれ」「助けてくれ」「助けてくれ」

「助けてくれ」「助けてくれ」「助けてくれ」

「助けてくれ」「助けてくれ」「助けてくれ」

「助けてくれ」「助けてくれ」「助けてくれ」

 

 先程のクアットロのように、少女に殺害という形で取り込まれた者達が、髪から生まれた闇の底から次々と這い出して来る。

 浮かび上がる度に沈められているが、数が多いせいか代わる代わる浮かび上がって来ている。

 それは死の群れ。可能性の群れ。人の残骸の群れ。

 

「嫌だ」「こんなのは嫌だ」「苦しい」「悲しい」「辛い」

「死んだ時の痛みが今もずっと」「助けて」「死なせて」

「終わらせて」「殺さないで」「殺して」「死にたくない」

「なんでこんなことに」「嫌だ」「僕らが何をしたっていうんだ」

 

 体も、心も、命すらも無駄なものとして削り取られた、絶望に染まる純化された可能性の群れ。

 

「人の可能性は、体にも心にも魂にも命にも宿らないの!

 人の可能性だけを集めるなら、そんなものは邪魔なものなのよ!」

 

 定められた命が尽きたグレアムは、運命を変える力でも救えなかった。

 課金王の削られた命は、命を継ぎ足しでもしなければ救えない。

 ならば、()()()()()()()()()()

 これが、その問いに対しスカリエッティが出した一つの答え。

 

 人は体で成立するものではなく、心で成立するものでもなく、魂で成立するものでもなく、命で成立するものでもない。

 『人の本質は命ではなく、内包した可能性に宿る』。

 そういう仮説と、その仮説を立証するための機能が生み出された。

 

 それを実装した13番目の戦闘機人こそが、トレーディ。

 

「私はね、可能性の塊なの! 人の可能性を煮詰めたものなのよ!」

 

「これが……こんなものが、人の可能性……!?」

 

 闇に沈められた人の残滓が、何か言葉を口にしようと必死にもがき、闇から口だけを出す。

 闇の上に数十の口が浮かんでは沈み、沈んでは浮かび、助けて、助けてと叫ぶ。

 無数の助けを求める口だけが、少女の浮かべる闇に浮かび上がっていた。

 

「……分かった」

 

「うん? 何が分かったの?」

 

「お前は、絶対に許さない!」

 

 "こんなもの"を許容できる寛容さは、エリオには無い。

 エリオは遮二無二、槍を携えて少女に襲いかかっていた。

 少女は笑い、廃工場に捨てられていた無数の鉄屑に意識を向ける。

 

「あはは、ランブルデトネイター!」

 

「!?」

 

 少女の体から波動が放たれ、その波動に飲み込まれた鉄屑の全てが、手で触れてもいないのに、大爆発を起こした。

 エリオの高速移動が止まり、爆風が彼の体を叩く。

 

「その力は、ナンバーズNo.5、チンクの――」

 

「ヘヴィバレル!」

 

「――っ!」

 

 少女の口から、目から、赤い破壊光線が放たれる。

 まるで、ホラー映画で亡霊が目と口から吐き出す血のようなそれは、必死に回避したエリオの横を通って、廃工場の壁を吹き飛ばす。

 破壊光線が着弾した廃工場の壁すらも、赤黒い血のような色合いで融解していた。

 

「エリアルレイヴ。ライアーズマスク!」

 

 回避したエリオに、少女は間髪入れずボード状に固めたエネルギーを乗りこなし、接近。

 肉体を変化させる技能の応用で、自身の右腕を丸太ほどの太さもある豪腕へと変え、エネルギーを纏わせてエリオを殴り抜いた。

 エリオは槍で防ぐも、その衝撃で数十m吹っ飛ばされてしまう。

 

「ぐ……づ……!」

 

 "全ての戦闘機人の力を使える"。初期コンセプトからして、トレーディはそう作られていた。

 

「他の、戦闘機人の力まで……」

 

「ドクターがね、頑張って新しいの作ったり!

 前から居る戦闘機人の遺伝子ゲットして、同じの作ったりして!

 わたしに食べさせてくれたのよ! ドクターってばすっごい天才なの!」

「はっはっは、照れるね」

 

「……可能性を自分のものにする、って……こういうことか……!」

 

 浮かび上がるスカリエッティの生首の声でさえ、今は煩わしい。

 

「ライドインパルス! ツインブレイズ!」

 

 少女が跳ぶ。その一瞬で、少女はエリオの斜め後方上という死角を取っていた。

 走る悪寒と死の予感。

 殺される、という確信。

 エリオはその感覚に逆らうことなく、うなじを槍で守る。

 そうして、自分の首を刎ねようとした少女の手から生えた双剣を弾いた。

 

「あれ?」

 

「サンダーアーム!」

 

《 Thunder Arm 》

 

 エリオはフェイト直伝の雷の拳を振り、少女は髪を生き物のように動かし盾として、それを防いだ。少年も効くとは思っていない、牽制の技。

 

「わきゃっ!?」

 

「え?」

 

 だが、髪で防いだ少女が悲鳴を上げて、後方に跳んで逃げるように距離を取る。

 

(こいつ、まさか……電気に弱い?)

 

 何故かは分からない。だがこの少女は、スカリエッティが作った最高傑作らしくもなく、雷という分かりやすい弱点が存在しているようだ。

 エリオは静かに、呼吸を整えながらゼスト直伝の構えに戻す。

 

(戦って分かった。こいつ、エースかストライカーならストライカーだ。

 格下を潰すために居るんじゃない。

 おそらく、全開のシュテルさんを殺すとか、そういう目的で作られている……)

 

 魔導師は突き詰めるといくつかのタイプに分けられる。

 その中でも有名なのが、『エース』と『ストライカー』という区分だ。

 エースには不敗の強さ、ストライカーには状況を打開する勝負強さが求められる。

 厳密に区分するなら、隙が無くて格下と同格に必勝になれるのがエース。

 格下に負けることもあるが、時に絶対的な強敵や劣勢を打倒するのがストライカーだ。

 

 エリオやゼスト等はストライカーに区分され、この少女もストライカーに区分される。

 格下に絶対に負けない者ではない。

 何度負けようが這い上がる者なのだ。

 格上に時に勝ち、時に必勝の策を組み上げることもある者なのだ。

 

(僕の背後を取った時もそうだ。

 呼吸の音、動作の音、存在感……そういったものを隠せてないから、僕に気取られた。

 だから必殺にはならなかった。この戦闘機人、まだ動きが甘い、素人じみてる)

 

 人の可能性を食らって力を増すのなら。

 この少女は、まだいくらでも強くなる。

 強くなるために、いくらでも殺し続ける。

 少女の強化は、少女の殺戮と同義であるからだ。

 

(―――ここで倒す。でないと、次に会った時には、負ける!)

 

《 Blitz Action 》

 

 エリオは相打ちさえも覚悟で挑み、踏み込む。

 ゼストやシグナムでも認めるようなキレの一閃が、少女に放たれた。

 

「ディープダイバー」

 

「!?」

 

 少女はそれを、"無機物に潜行する力"を突き詰めた先にある、"物理攻撃を透過する力"で回避する。攻撃をかわされ、エリオの体が泳ぎ、隙が出来た。

 少女は単純にチャンスと考え、手に生やしたエネルギーの刃で追撃しようとする。

 

「甘い」

 

「ぎゃにぃっ!」

 

 そして、右手で槍を持ち、左手を銃のような形にしたエリオの電撃背面撃ちに、胴体を強く撃ち抜かれていた。

 エリオは流れた体を武術特有の足さばきにて、ワンアクションで立て直す。

 そして体勢を立て直すのと並行して準備していた雷の魔法を、至近距離からトレーディに当て、少女を吹っ飛ばした。

 

「サンダーレイジぃッ!」

 

《 Thunder Rage 》

 

「ふんぎゃあっ!」

 

 練度不足、短時間簡易発動と不安要素を内包して放たれた雷の魔法は、トレーディを強かに打ち据えた。

 だが、弱点の攻撃を食らってもなお、異常にタフなこの少女は、倒れる気配がない。

 

「もー許さない! ここでわたしの中に取り込んじゃうのよ!」

 

 よし、食いついた、とエリオは心中でほくそ笑む。

 トレーディの性格はもう大体掴めていた。

 なればこそ、逃げられないよう、こういう流れを作り出したのだが……

 

「トレーディ。もう帰ろう。もう寝る時間が近いし、君には他にも食べたいものがあるだろう?」

 

「そっかな? ドクターが言うならそうする!

 もう帰る! 次はもっとたくさん食べて、もっと強くなってから来るからね!」

 

「! 逃がすか!」

 

 スカリエッティの一言で、流れが変わってしまう。

 さあっと血の気が引き、エリオは必死に距離を詰めて槍を振るう。

 だが少女は、一瞬にしてその場から消え去ってしまっていた。

 

「レーダーやセンサーに引っかからなくなるIS、フローレス・セクレタリー……

 あらゆる身体検査に引っかからない変装のIS、ライアーズマスク……

 人と機械の知覚を騙す幻覚のIS、シルバーカーテン……

 無機物に潜り込めるIS、ディープダイバー……

 これを複合されたら……逃げられたって、絶対に追跡なんてできないじゃないか……!」

 

 迂闊だった。

 仕方がないとはいえ、エリオはあの狂気の空間の中でも、気付いておくべきだったのだ。

 トレーディ一人なら、脅威ではない。

 あれが脅威なのは、傍で知恵を与えるスカリエッティの残骸が居るからなのだと。

 

「くそっ!」

 

 エリオは廃工場に転がる人の残骸を見る。

 燃やされ灰になった人の残骸を見つめる。

 トレーディの闇に呑まれた人の残骸を思い出す。

 

 あまりにもやるせなくて、何もできなかった自分が情けなくて、彼は壁に拳を叩きつけていた。

 

 




 槍……雷……ショタ……恭也……ベルカ雷光拳……うっ、頭がっ……!
 この胸を刺す痛みは一体……!?

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