課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
「ファーストキスがレモン味というのなら、唐揚げ食う度にファーストキスの味がするのか」
「え、唐揚げってレモンかけるものなんですか? 僕かけたことないです」
「私もないわー、猫だし」
「私もないねー、猫だし」
「マスター、私だけはあなたの味方ですよ……!」
「味方のふりして"レモンは少数派だ"みたいな言葉をぶっ刺してくるのやめろやシュテル」
口の中で転がすという意味では、ディープキスと同義であるとさえ言える。
「話を戻そうか。……なっちゃんやシュテルと同じ顔をした、13番目か」
「元より、戦闘機人は優秀な人間の遺伝子を素体に使っていると聞きます。
クイント・ナカジマさんの遺伝子等と同じように、なのはさん達の遺伝子も……」
「だろうなぁ。考えてみれば、素体に使うには最高最適の人間なんだ」
なのはやシュテルの遺伝子を素体に使うなら、デフォルトでAAAからSランクの魔導師に匹敵する戦闘機人が作れるはずだ。
何の強化がされてない状態でも、彼女らは天才に分類される者達なのだから。
そこに『人の可能性』の後付けを加えていけば……過去最強の戦闘機人が出来上がる。
「Kさん、戦えますか?」
「……やりづらいな、とは思う。その辺計算してんなら本当にクソ野郎だわあいつ。スカだけに」
「ひどい」
課金厨VSクソ野郎の構図。トレーディは確実に、この青年を殺す目的で作られていた。
「あれがスカリエッティの妨害と見ていいんでしょうか?」
エリオが疑問形で言い、皆が考え込む。
少年が疑問形で言ったのも、そこに肯定の言葉が来ないのも、彼らがトレーディの行動にどこか違和感を感じているからだろう。
「妨害なら、直接こっちに来ない?
なんでその辺の人間を捕食してんのさ。
『食事を邪魔されたくない』って目的のためだけにやった行動、っぽい気がする」
ロッテがその違和感を口にする。
「そうね、妨害なら隠れに隠れてから奇襲すればいい。
もしもそうされてたら、どう警戒してても私達の一人はやられてた気がするわ。
なのに、敵はそのメリットを捨てて、他でもできるようなことをして存在が発覚して……」
アリアがその言葉に続ける。
「妨害だとしたら無駄が多すぎる。
妨害でないとしたらタイミングが良すぎる。マスター、どう思いますか?」
シュテルが青年に話を振ると、彼は少し考えてから言葉を紡ぐ。
「趣味、かな」
「……趣味?」
「ジェイルも、スカリエッティも、常に最高効率で敵を追い詰めるタイプじゃあなかった」
青年はおそらくこの場の誰よりもスカリエッティと戦って来た、この場の誰よりもスカリエッティを知る者である。
戦闘機人の上位ナンバー然り、スカリエッティは自身の形質を一部の戦闘機人に継承させる。
不可解な行動は、トレーディが生来の狂気と、スカリエッティの形質の一部を継承しているからなのだと考えればしっくり来た。
「机に座ってた時、ふとした拍子にお菓子に手が伸びる。
手持ち無沙汰な時、ふとした拍子にポケットの中のスマホに手が伸びる。
長い時間勉強した後、休憩の時間にふとまだ読んでない漫画に手が伸びる。
トレーディが人を襲ってその可能性を捕食してるのって、そんな感覚なんじゃないか」
「……
「そうだ」
信じられない、といった顔をしているエリオとは対照的に、青年はそれもあり得る、といった表情を浮かべていた。
「スカリエッティは、トレーディを制御しきれてないんじゃないか?
そもそも完全に制御できてるなら、食われるなんてこともないだろう。
スカリエッティがトレーディの手綱を握ってる、ってオレ達は無意識の内に考えてた」
"スカリエッティが取り込まれていた"。
青年は他の四人と違い、そこにこそ着目していた。
すなわち、主導権がどちらかにあるかという点にこそ目をつけていた。
「だけど、そうじゃなくて。
あくまで主体はトレーディで、スカリエッティが外付け思考回路のように扱われてるとしたら」
「……生みの親を殺して、取り込んで。
半ば本能的に、自分に足りない『知能』『知識』『冷静な判断力』を取り込んだと?」
「なんじゃそりゃ。ありえない……って言いたいところだけど」
察しのいいアリアとロッテが補足し、深く考え込む。
話の締めに、シュテルはこの推測を黙って聞いているエリオの話を振った。
「モンディアル君は、どう思いますか?
判断基準になるのは、直接相対したモンディアル君の感覚だけなのですが」
「……なんとなく、それが正解な気がします。
なんというか……あの『狂気』は、誰かの手の平の上には収まらない、そんな気がしました」
エリオも青年の推測に同意する。
この少年もまた、幾多の戦場を越えてきた勇士だ。その感覚は信用できる。
トレーディはスカリエッティの指示で動く狂人というよりは、スカリエッティの頭脳から引用・参照ができる狂人であると考えるべき存在なのだろう。
イデアシード回収の邪魔という目的を持ちつつも、好き勝手に行動し、気まぐれに人を殺して肥大化していく怪物。それがトレーディだ。
「どうしたもんかな……次の世界は、第四管理世界ファストラウム。
管理局の影響や警備がしっかりしてる、初期からの管理世界だ。
ここなら襲いかかられても、なんとかなりそうな気がしないでもないが……」
「マスター、一つ策が」
「ん? 教えてくれ」
「今の内に、第四管理世界の滞在予定時間を短く設定しておきましょう。
そして時空管理局の方に申請する、第四世界から次の世界への渡航時間も早く設定する。
ここからは、一つの世界に滞在する時間を少なくするんです」
「……成程。休める時間は減るが、いい手だな。
トレーディはオレ達を追って来る。
世界をこまめに移動すれば、市民虐殺の邪魔もできるかもしれない。
追跡戦に近い形になれば、オレ達は交戦を最小限に抑えつつ、逃げるだけで勝てる……」
「その通りです。
勘違いしてはならないのは、私達にトレーディを倒す義務はないということです。
私達の目的はあくまでスカリエッティの根絶。
トレーディの危険性を報告し、援軍を待ちつつ、私達は目的達成を第一としましょう」
彼らはイデアシードを回収するだけでいい。それで目的は達成されるのだ。
強い敵など高町なのは辺りに丸投げしておけばいい。
問題は今のところ強い魔導師のほとんどが数百のスカリエッティの対応に追われていて、ほぼ全員手が空いていないという現状なのだが、それも永遠というわけではない。
スカリエッティを全部潰し、手が空いた全員でトレーディを潰す。
シュテルが言っている作戦とは、そういうものだ。
これなら現状、逃げているだけで十分に目的達成できる。
「よし、そうと決まれば寝るぞ!
ここからは数時間の睡眠も貴重になる!
後エリオ! 今日のお前はよくやった!
仕留められなかったのは仕方ないが、お前が持ち帰った情報に随分助けられたぞ!」
「……はい! ありがとうございます!」
最後の最後に、少年の"助けられなかった罪悪感"を和らげて、彼らは仮眠を取った。
深夜の二時に世界移動を行い、彼らは第四管理世界・ファストラウムに到着していた。
世界間時差のせいでファストラウムは朝の七時頃の時間帯であり、やや寝不足な彼らの目に、輝ける朝日が眩しく突き刺さる。
「いやあ、懐かしいね、アリア」
「そうね。最近来てなかったものね、ロッテ」
「もしかしてお二人の故郷なんですか?」
「ちゃうちゃう。まあ今の流れだとそう思われてもしゃーないけど」
「ここはクロノ・ハラオウンとリンディ・ハラオウンの出身地なの」
「!」
「そして私らが、そこのアホとクロ助に結構長い間修行つけてた地でもある」
「うん、本当に懐かしいわ」
ここはかつて、青年が幼かった頃にリーゼ姉妹の修行を受けた地の一つ。
エリオとシュテルを除いた三人にとって、懐かしさすら感じる地だ。
青年が手招きし、エリオがなんだろうと歩み寄る。
青年は転送所の柱の影と、転送所の近くにある木の肌を指差していた。
「見ろエリオ。ここの柱には当時のオレとクオン……クロノの背比べで刻んだ線がある」
「仮にも公共機関の管理局転送所の柱に何してるんですか!?」
「そしてこっちの木には当時のオレがフレ募集のために書いた個人コードが有る」
「仮にも! 公共機関の! 道の傍に生えてる木にぃ!」
もうここまで来ると、エリオの中から人を凄惨に死なせてしまった暗い気持ちは、綺麗さっぱり消え去っていた。後にはトレーディを倒さなければという前向きな使命感だけが残る。
だが、世の中はバランスが取れるようになっているのか、青年が手続きのため受付に向かうと、青年の幼少期を知っている様子の中年の男性が、青年の顔を見るなり顔を青くしていた。
「お、お前は十五年前の課金厨!
ハラオウン! ハラオウンの坊主は一緒じゃないのか!?
お前の外付けストッパーのあの少年はどうした! 一緒じゃないのか!?」
「もう結婚して二児の父ですよ。
オレに構ってる時間より家族に構ってる時間の方が圧倒的に長くなってます。寂しいもんです」
「Oh……」
「それよかちょっと通信頼みます。
管理局の方に警告送った手前、この世界に到着した時刻場所付き証明書出さないと」
青年がまともにさっさと"この世界にこの時間に到着しましたよ"という証明書を仕上げ、"ヤバい奴が来てるから警備強化と援軍よろしく"と改めて申請を出す。
その光景に、中年の男は幻覚でも見せられている気分になっているようだ。
次第に泡を吹き、白目を剥き、膝を折り始めていた。
「これは夢か……夢だな……あの課金厨が、こんな……」
「あの頃のオレだと思って貰っちゃ困る。課金ペースは十倍以上になってますよ」
「よかった! 間違いなくあいつだ!」
受付の名も無きオッサンに見送られ、彼らはファストラウムの大地に降り立っていた。
「うわー、町並みも随分変わっちゃって……アリア、あそこの中学校無くなってるよ」
「そらこの世界少子化が進んでるんだもの、当然でしょロッテ」
「というか森が無くなってますね、全体的に。
先生とお嬢さんによく稽古付けられてた広場も無いですし。
あっ、すげえ、なんかよく分からない球技スタジアムとスーパーが併設されてる……」
「は!?」
「は!?」
この世界をよく知っている三人が先導し、一行はファストラウムを歩いて行く。
時々警邏の管理局員とすれ違うものの、この世界は平和そのものだった。
この世界におけるスカリエッティの侵略は、まだ街が脅かされる段階には到達していない様子。
「うわあマジだ、Kとクロ助が登ってた大きな木とか無くなってる……」
「時間の流れって残酷ね……」
「使い魔はお婆ちゃんになっても容姿でその辺自覚できませんしね」
「……」
「……」
バシンバシンと青年が使い魔に叩かれる音がした。
「ったく、んじゃ私達は支部に向かうよ」
「細かい話はこっちでしてくるよ。エリオ借りてくからね」
「Kさん、シュテルさん、イデアシードの捜索はお願いします」
「任されました。そちらもお気をつけて」
「先生、お嬢さん。お願いします」
「あいよ。まあエリオに体力はそんな使わせないさ、貴重な戦力だし」
「後はスタイルを仕上げて、エリオの中でカチッと何かがハマるのを待つだけだしね」
リーゼ姉妹は、エリオを引き連れて時空管理局の支部、ファストラウム地上本部へ。
詳細な報告と、そこで管理局の機材を使ってエリオの技量を更に引き上げにかかる。
シュテルは土地勘のある彼を連れて、イデアシードの探索へ。
トレーディ対策でこの世界に数時間しか居られない以上、時間は無駄に使えない。
「綺麗な世界ですね、マスター。どこか、海鳴市に似た雰囲気がある気がします。」
「……ああ、言われてみればそうだな。
リンディさんが海鳴市を好きだった理由ってもしかして……いや、今度直接聞いとくか」
シュテルは広範囲を魔法で探り、範囲を時に絞り、時に伸ばし、時に深化させ、主と町中を歩きながらイデアシードの捜索を続ける。
「こういうゆっくりとした時間は、久しぶりですね」
「忙しかったからな。オレとお前は特に」
ここ一年であれば、青年は仕事とソシャゲくらいしかした記憶がない。
時々友人や仲間と楽しく過ごしていたものの、記憶の大半を占めるのはソシャゲと仕事だ。
その間、シュテルはずっと彼を支えていた。
心許す仲間が居る、エルトリアの復興と二足のわらじで。
「なあ、後悔とかはしてないのか。色々と」
「後悔とは何でしょうか、マスター」
「そりゃ、色々だ」
「ありませんよ、後悔なんて。よい生涯であると、胸を張って言えます」
「……そうか」
自分に喚ばれたこと、こういう生涯を送らせたこと、今までかけた苦労のこと、エルトリアに居る時間を減らさないといけないくらいの忙しさ、その他様々なこと。
一つ一つ口にしてしまえば、とても多くの時間がかかっただろうが、彼はそのどれもを口にすることはなく、シュテルは全ての問いに対し"後悔していない"と答えた。
「
「いいんです」
「いいのか」
「はい。一番大事なものは、ここにあります」
「……そうか」
あちらにはシュテルと仲のいいユーリや、フローリアン姉妹が居る。
そして何より、他の誰よりも長い付き合いがあったレヴィと、ディアーチェが居る。
青年が気を使っているのはそこだ。
されどシュテルは、この世界の友人や仲間と、そして何より『彼』の方を重んじていた。
「妻より好きな友達が居る人も居ます。
友達より親の方が大切な人も居るでしょう。
親より恋人の方を愛してる人だって居るはずです。
『一番好きな人』というのは、そういうものです。
友情であっても、愛情であっても、信頼であっても、尊敬であっても……」
青年は心配している。シュテルは何も心配していない。
何故ならば。
「『その人が一番好きなんだ』と言える時点で、その人は幸せなんだと思います。私のように」
今この瞬間、この次元世界において、シュテルはこの青年よりも幸せな存在であるからだ。
「『君が一番好きな人は誰?』と聞かれて、即答できない人の方が大多数なんですから」
"一番好きな人は誰か?"と言われて即答できるのは、ほんの一部の人間だけだろう。よく考えてから答えられる人でさえ多数派ではない。多くの人は、今現在の自分が一番好きな人が誰かなんて考えてもいないのだから。
今のシュテルは幸せだ。
青年がこのシュテルより幸せな存在になるには、今現在何かが足りていない。
「……シュテル、あのさ……」
青年が何かを言おうとし、口を噤む。それと同時に、シュテルは地面の下に魔法を打ち込み、地面の深く下に埋められていたケース入りのイデアシードを、あっという間に掘り出していた。
「イデアシード確保。
地殻の奥深くに、古代の耐熱ケースに収められて埋まっていました。
遠い昔に、マグマの中に沈められたりしたもののようですね」
「お前にはいつも助けられてて感謝してるよ、本当に」
これでこの世界のイデアシードも回収完了。これで三つが揃い、一つが管理局保有という状況になった。半分以上が揃った、と言い換えてもいい。
青年の感謝の言葉に、シュテルは微笑みからかいの言葉を告げる。
「マスター。その謝意を行動で示したら、何をしていただけたりしちゃうんでしょうか」
「お前最近この無茶振り楽しんでないか? そうだな……」
どうしたもんか、と妥当な行動を青年が考え始める。
青年が何やら考えているさなか、シュテルが視線を横に走らせた、その瞬間。
ぱちん、とシュテルの魔法が、何かに弾かれて弾けた。
「……いえ、マスター。やはりいいです。今言った件は無かったことに」
「どうした、シュテル」
「これをご覧ください」
シュテルの魔法の質が変わる。
先程までのようなイデアシードを探すためのものではない。
『隠されたものを絶対に見つけ出す』魔法だ。
シュテルの高い技量を相手にすれば、技術面でシュテルの多少上を行く程度の術者の魔法では、この魔法から隠れることは出来ない。
そして案の定、『これ』はシュテルほどの技量を持たないものの仕業であったようだ。
シュテルの魔法が、魔法技術によるテクスチャを引き剥がす。
その上、青年にも分かるように『それ』を着色し、可視化させてみせた。
「結界……!」
「他人の高度な結界をそのままコピー&ペーストしたかのような違和感。これは、おそらく……」
シュテルがそっと触れると、結界に人が通れるだけの穴が空いた。
青年とシュテルは念話で一報送り、それから結界の中に足を踏み入れる。
位相がズラされた、世界の影に隠れた世界。
そこには、いくつもの血痕と、血溜まりの数と同じ数のデバイスが転がっていた。
「時空管理局の汎用デバイス……じゃあこの血痕は、管理局員のか?」
「この結界は、私でも今まで気付いていませんでした。
管理局側でも認識していなかったのでしょう。
おそらくは、管理局員だけを認識して内側に取り込む結界……
"仲間が消えた"と不審に思った管理局員が仲間を探しに来れば、それも取り込まれる」
「これはヤバイな。厄ネタだ」
青年とシュテルは生存者を探し、捜索の果てにようやく一人の生存者を発見する。
だがその生存者は、どこか様子がおかしかった。
「たすけて」
涙も、鼻水も、唾液も垂れ流し。
バリアジャケットを纏っていて、デバイスを手に持っていることから、その男が管理局員であるということが伺える。
外傷はどこにもない。
強いて言うなら、その右手に血塗れの女物のネックレスが握られているのが、血なまぐさい印象を与えてくるくらいだ。その男が死ぬ要素はどこにも見当たらない。
なのに、何故―――こんなにもこの男から、死の気配が濃厚に感じられるのか。
「おれの、なかに、あいつが」
男が助けを求めるように手を伸ばし、青年が駆け寄ろうとして、シュテルに手を掴まれる。
「いやだ」
シュテルに引き止められた青年の足が止まった、その瞬間。
男の全身の穴という穴から、無数の赤黒い触手が生えてきた。
「え」
眼孔から生えた触手が、目玉を貫き、目玉を突き刺したままゆらゆらと揺れる。
鼻の穴から生えた触手が、顔の肉を切り刻む。
耳の穴から生えた触手が、こめかみを貫き、頭蓋骨の中をかき混ぜる。
口から生えた大量の触手が、地面に向かって伸び、広範囲の地面を覆い始める。
やがて触手が男の体を覆い尽くし、男の姿は見えなくなった。
「なんだ、これ」
男を飲み込んだ触手が集まり、縮小化し、やがて人の形を取る。
「んきゃー、変身魔法楽しいの。
こんなに使い勝手がいいのなら、もっと早く取り込んでおくべきだったのよ」
風になびく虹の髪、無邪気な笑顔、なのはやシュテルと同じ顔。
誰に教わるでもなく、名を聞くまでもなく、彼らは察した。
この少女が、トレーディだ。
「把握しました。貴女が13番目のナンバーズ、トレーディですね」
「そうなの、なの。あれ、わたしと同じ顔? ええと、どっちかな」
「トレーディ、トレーディ。あれはシュテル・スタークスの方だよ」
「ありがとうドクター!」
現れたスカリエッティの生首との会話レスポンスが早すぎる。
文字に書き起こした会話を一人の人間が早口で読むとこうなるのだろうが、二人の人間が向き合って会話をすれば、絶対にこういうテンポにはならない。
スカリエッティが彼女に取り込まれ、彼女がスカリエッティの思考能力を利用しているというのが、今の会話だけで手に取るように理解できた。
「マスター、援護を。モンディアル君から聞いていたものより、魔力が増しています」
「了解した。……食えば食うだけ力は増えます、ってか」
弱体化したシュテルの能力を補うべく、青年は金を虚空に溶かしていく。
現在のシュテルの力は全開時の四割。ブーストを乗せれば良くて五割。
それでも十分過ぎる程の強さがあるが、この相手と戦うのであれば、これでも不足なくらいだ。
「一つ、聞かせていただきたい。
貴女は何故、こんな回りくどいやり方で人を殺して回っているのですか?」
「人の可能性が最も発揮されるのはいつ?
それは、追いつめられた時! そして、生きたいと強く願った時!
ドクターが自分の邪魔をした奴らの姿から、しっかりと学んだことなのよ!」
「……それは、つまり」
「追い詰めて追い詰めて!
痛めつけて痛めつけて!
苦しんで苦しんだその時こそ! 人の可能性は最も強く輝くの!」
スカリエッティは研究者だ。科学者だ。
観察、研究、学習、引用……戦闘者とは異なる強さがスカリエッティにはある。
彼は学習していた。
敵対者からも学習していた。
それも、最悪な形で。
シュテルは感情が見えない顔を更に冷たい感情で満たし、杖を振って構える。
「分かりました。私と貴女が分かり合えても、共存は絶対にできないということが」
「? あなたがわたしの中に入ったら、それは共存じゃないの?」
「それは良く言っても隷属ですよ。人は共存を望んでも、隷属は望みません」
溜めもモーションもほとんどない初撃の砲撃。
それが、挨拶代わりの一撃だった。
シュテルの強化を継続しながら、青年はトレーディの動きを分析し始めた。
(……雑だな。技能が時間経過で定着してるのは分かる。
でも技能が増える度に、それが更に不揃いになっちまってるんだ)
その感想は、エリオと大まかに同じだった。
雑。その一言に尽きる。技が練られておらず、技にまとまりがない。
統一感が無いということは、技が綺麗に繋がらないということ。
ちぐはぐという名の隙が出来てしまうということだ。
攻撃の中で隙を作ってしまえば、畳み掛けられず、勝利に繋げられない。
防御の中で隙を作ってしまえば、攻撃をねじ込まれ、痛打を貰ってしまう。
力はトレーディの方が上なのに、戦いの流れは終始シュテルが主導権を握っていた。
「もー、なんで当たらないの!?」
「私が司るのは理。即ち技。貴女が人外の理と力で戦おうとも、いなして差し上げましょう」
空を飛ぶシュテルにトレーディも付いて行くが、近中遠の距離を巧みに調整するシュテルの動きにまるでついて行けていない。
飛び道具をシュテルに放っては撃ち落とされ、接近しようとすれば腹に砲撃を叩き込まれ、隙を突いたと思ったら罠のバインドにかかり、炸裂魔力弾を山ほど叩き込まれる。
トレーディが攻めても引いても、シュテルは巧みにその裏をかいて追い詰めた。
これがジャンケン勝負であるのなら、シュテルはとうに50連勝はしているだろう。
なのに。
トレーディはシュテルの攻撃を紙一重で逸らし、間一髪で受け、精一杯に防いでいた。
見方を変えるのであれば、それは……決定打だけは一発も入っていないということを意味する。
(力なら、奴の方が僅かに上だ。
だけどシュテルの方が技で上を行っている。
この程度なら、一分か二分で決着はつく……と思ってたんだが……)
流れは完全に決まっている。
形勢ももう揺らがないだろう。
だが、勝敗だけが決まらない。
(絶妙に、押し切れてない)
彼もシュテルの勝利は疑っていないが、この敵の面倒な部分は多分に伝わってきていた。
(こいつは……相当、シュテルの動きを事前に研究して来てるな)
おそらく、あの戦いの中でティアナ達から得た教訓だろう。
弱者が強者を倒す方法。未熟者が一流を倒す方法。格下が格上を倒す方法。
すなわち、入念な事前準備と相手の研究。
なのはやシュテルと同じ顔に、シュテルの動きを研究し尽くしたがゆえの動き……13番目は確実に、スカリエッティにとって面倒な相手を鏖殺するための調整と準備が施されていた。
それでも、このまま行けばシュテルの勝利は揺らがない。
「信じらんないの、もうっ!」
「!」
だからだろうか。
トレーディはシュテルに強化魔法を継ぎ足す面倒な後衛・Kを狙って、IS・レイストームとヘビィバレルを複合した攻撃を撃ち放った。
シュテルは瞬時に降下し、彼の前に立つようにして攻撃を遮断する。
「信じられないのは……貴女の行動です!」
隙が無い。弱点が無い。シュテルはまさしくエース級だ。弱体化してもなおそれは変わらない。
彼女本人に隙を探しても、弱点を探しても、無いものは突けない。
ゆえに、トレーディはシュテルの弱点をシュテルの外に求めた。
スカリエッティの頭脳を使って悪辣に考え、『彼』を狙った。
そして想定通りに状況が動いたことに喜び、無邪気に笑う。
「あ、やっと地面に降りたね」
ぷすり、と地面に降りたシュテルの足に何かが刺さる。
「!? 髪の毛!?」
それは、髪の毛だった。
光の三原色のように虹色の色彩が高度に混じり合い、不可視の色となった髪の毛だった。
髪の毛は一瞬で多量の血を吸い、シュテルを一瞬貧血でクラリとさせる。
「シュテル!」
青年が髪の毛を引き抜こうとするが、髪の毛による吸血は一瞬で、さっさと逃げ去ってしまう。
シュテルが回復魔法で抜かれた血を補填するが、間に合わない。
追撃の魔法が来る前に、トレーディは摘んだ髪の毛を口の中にするりと落とした。
「いただきまぁす」
咀嚼。
捕食。
吸収。
シュテルから抜かれた多量の血液が、『シュテルに内在した可能性』を与える。
そこに弱体化の影響など無い。
元より、喰らっているのは可能性なのだから。
トレーディはそうして、全力時のシュテルの可能性を、内部に取り込む。
四割まで力が落ちたシュテルの強さを40とする。トレーディの強さは総合的に見れば約30。
ゆえに、全開時のシュテルの可能性を喰らったトレーディの強さは―――130。
現時点でのシュテルの三倍以上の、潜在ポテンシャルを得ていた。
「しまった……!」
「う、ふふふふふ……ふふふ! とっても気持ちいいの! 生まれ変わったみたい!」
餌の体液を吸うおぞましい虫のように、トレーディは血を吸って力を増した。
ならば、次に取る行動は一つ。
「こーんなに大きな力をくれて……ありがとうっ!!」
「!?」
何も考えない、広範囲への破壊攻撃に他ならなかった。
他の誰でもないシュテルの力を吸収して得た魔力と、戦闘機人特有のエネルギーを複合した広範囲へのレーザー攻撃。それが、結界の中に莫大な破壊をもたらした。
シュテルは青年を抱えて飛ぶが、攻撃はあまりにも広範囲に及び、トレーディが自分で展開したであろう結界ですら粉砕してしまう。
「な、なんだ!?」
そして、このタイミングであるというのが、最悪だった。
青年とシュテルが呼んだ管理局の援軍は、この結界の周囲に展開していて、今まさに結界の分析に入ったタイミングだったのだ。
結界が崩壊し、トレーディの目が、数十人の魔導師達に向けられる。
捕食者が餌を見る目と、幼い子供が友達を見る目が、少女の目の中で綺麗に融合していた。
「わたしと一緒に、ずっとずっと遊びましょ?」
少女の虹の髪が、ライアーズマスクの延長の能力で、数百mレベルに伸長。
シュテル達を除いたこの場の魔導師全員に、髪の先を突き刺していた。
「う、が……」
「なんだ、これ……防御魔法を、貫通して……」
「……力……抜け……」
「うん、魔導師の方がふつーの人よりお腹いっぱいになるの!」
「シュテル、マズい! 焼き切れ!」
「了解です!」
青年の指示で発射されたパイロシューターが、刺された髪の毛を残さず焼き切る。
今の一瞬で吸血されてしまった。トレーディはまた強くなるだろう。
だがシュテルがここで介入しなければ、魔導師は全員死に至る。
吸血でふらふらと地面に降りて来る魔導師達を尻目に、トレーディは邪魔をしたシュテルの顔を見る。……いや、睨んだ。無邪気な笑顔とは違う、不可思議な怒りがそこにあった。
「もう、邪魔しないで欲しいのよ」
そうして、青年を抱えたシュテルの回避と逃走、トレーディの追撃が始まる。
トレーディの攻撃は相変わらず雑だ。シュテルの力という扱いきれない強大な力を得たせいか、攻撃精度は先程の攻撃よりも下がっている。
しかし、それを補って余りある強さを手に入れていた。
現在、トレーディの強さは現状のシュテルの倍以上。
逃げ回るシュテルを攻撃している内に、力の扱いに慣れてきたのか、徐々に現状のシュテルの三倍近い力を扱えるようになっている。
このまま行けば。
このまま力の扱いに慣れてしまえば。
シュテルの力が全開状態に戻ったとしても、限界突破抜きでは絶対に勝てなくなってしまう。
「くっ……!」
撃たれ、撃たれ、撃たれ。
青年というお荷物を抱え。
やがてシュテルは、追い詰められる。
トレーディがそのタイミングで砲撃を撃てば直撃、というところまで追い詰められてしまう。
「おーわりっ!」
そのタイミングで、トレーディは砲撃を撃った。
青年を抱えて必死に飛ぶシュテルに、回避の手段はない。
だが、彼女が砲撃を発射するほんの一瞬前に、放たれていた砲撃もあった。
「プラズマスマッシャー!」
放たれていたのは、雷の砲撃。
トレーディの砲撃発射と同時にその砲撃は腕に当たり、トレーディの砲撃を腕ごと弾く。
弱点の雷撃というのもあって、少女の砲撃は明後日の方向に飛び、地平線に消えるほど長い大通りを真っ二つに両断していた。
「二人共、大丈夫ですか!」
「エリオ!」
「なんだこりゃ……どんだけ派手にやってんのさ、街中で!」
「ロッテ! 相手がこういう手合いだってことは、分かってたはずでしょう!」
エリオ、ロッテ、アリアが合流。この状況では心強い援軍だ。
全力を投入させると後が大変なことになるが、使える頭数が増えるというのは単純に良い。
「もー、邪魔ばっかりなのー」
トレーディは適当に攻撃を始め、広範囲に散らばるそれをシュテルとエリオの障壁が防ぐ。
適当に撒き散らすような攻撃の一部でしか無いはずなのに、シュテルとエリオの防壁は今すぐにでも壊れそうなくらいに軋んでいた。
エリオの魔力をロッテとアリアが外部から操作しその効果を高めるという、器用なことをしているが、その上でこの防御は長持ちしないだろうと推測できる。
シュテルは思考を開始。そして、一瞬で答えを出す。
この状況を打開する方法は、多くなかった。
「逃げましょう、マスター」
「え?」
「奴らの狙いは私達です。幸い、イデアシードは確保済み。
しかも渡航許可が降りた時間帯です。
この惨状では転送ポートは停止しているでしょうが……転移魔法なら、いけるはずです」
「……オレ達がこの世界から離れることで、この街から奴を引き離すってことだな」
「ええ」
「四の五の言ってる時間はないな。エリオ、防御頼む!」
「わ、分かりました!」
エリオが今ある魔力のほぼ全てを注ぎ、全員を守る魔力盾を展開。
ロッテとアリアは魔力を使わず術式の補助。
シュテルは防御にリソースを回すのを止め、ほんの数秒で転移魔法を組み上げる。
エリオの魔力盾に大きなヒビが入ったのと、シュテルの転移魔法が発動したのは、ほぼ同時であった。
「ん、逃さないんだからっ」
トレーディはそれを見て、慌てる様子もなく転移魔法を使用。
無論、他人から可能性と共に奪い取った転移魔法だ。
魔法初心者であるにもかかわらず、トレーディは他人の転移魔法を見て転移先を特定、後を追うように転移するという高等技能を披露していた。
移動した先はどこかの管理外世界の森。間違いなく彼らが逃げた先の場所であるはずだ。
だが、居ない。
シュテル達の姿が、どこにも見えない。
「あれー? ドクター、どういうことなの?」
「連続転移さ。
転移魔法をスタック・短時間連続発動することで、転移先を誤魔化す方法だ。
高等技能を超える最上級高等技能。この場所に転移した後、別の何処かに転移したのだよ」
「あ、そういうこと。分かったの」
森の中に突如現れたトレーディに何かおぞましいものを感じたこの世界の生物が、森の中に住まう40mクラスの竜が、トレーディに吠え立てる。
だが、トレーディはそちらに興味の目線さえ向けない。
スカリエッティの生首とひたすらに語り、彼らを追う方法を考えているようだ。
生理的嫌悪感、生物的本能に従い、竜はこの危険生物を排除しようとする。
幼い少女を噛み砕こうと、40mの竜が大口を空ける。
そして、トレーディは……口をおぞましい形に変え、巨大化させ、竜を丸呑みにした。
一口で食われた竜が、化物化し巨大化した少女の口に咀嚼される。
あまりにも巨大になってしまった口の端から、潰れた肉と血が吹き出した。
少女は竜を咀嚼、消化、吸収し、ものの数秒で食事を終えて、幼く小さな少女の姿へと戻る。
そして、あまり満足していない顔で、どこか遠くの誰かを見つめる仕草を取った。
「ああ―――課金王さんが欲しいなぁ。あの人と一つになりたいなあ」
「好きにするがいい。君の遺伝子が赴くままに」
「はーい!」
ここは、とある管理外世界。
古代ベルカが滅びる前に管理が異世界に移された、とある管理者が司る森。
Kはこの森を、『クロゼルグの森』と呼んでいた。
夜道で会いたくない系ボス