課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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付き合いが長くなるにつれて敬語を使わなくなり、ロッテアリアと呼び捨てになるようになったクロノ
姉妹に愛称で親しみを見せつつ、ずっと敬語を使い続けたかっちゃん
周りの人があいつは礼儀知らずだなーとかっちゃんに向かって呟いている間、リーゼ姉妹にはちょっとだけ違うものも見えていました


課金田一少年の事件簿 課金田一少年の決死行

 『魔女クロゼルグ』。

 古代ベルカの時代に、課金王ベルカとも一応友人だった人物だ。

 交友関係としてはクラウスと最も親しく、ベルカやオリヴィエと面識があり、エレミアと極めて仲が悪い……といった感じだ。

 課金王ベルカ視点では、雷帝と同じくらいの親交があった友人である。

 古代ベルカ発祥の、厳密には魔法とは別の魔法体系を持つ魔女。それがクロゼルグ。

 

 その子孫にして、アインハルトと同様に魔女クロゼルグの記憶を継承した少女が居る。

 それが、『ファビア・クロゼルグ』だ。

 

「予定より早いご到着で……なんて、茶化す空気でもなさそう」

 

「悪いファビア、休める場所を貸してくれ」

 

「ん、落ち着くまでここに居ていいよ」

 

 彼らが第四管理世界から移動したこの場所は、ファビア・クロゼルグが管理する『クロゼルグの森』。古代ベルカの崩壊時に、森と土地ごと別世界に移動したという逸話のある森だ。

 ここにはクロゼルグ家の森林管理施設があり、事実上の無人世界であるものの、人が数人であればいつまでも暮らしていけるだけの設備がある。

 彼らはトレーディから逃走し、ファビアが迎えてくれたこの施設にて、休息を取っていた。

 

 ここもまた、イデアシードがあるとされている場所であった。

 イデアシードを集めるため、青年は色んな世界の人間に声をかけていた。ファビアもまたその一人。彼女はこの世界でイデアシードを確保し、封印処理をして彼らを待っていたのである。

 ファビアが彼にイデアシードを渡し、これで四つ。

 残りは三つで、その内一つは管理局にある。

 

「……皆、お疲れみたい。ゆっくり休んで」

 

「サンキュー、ファビア」

 

 皆が施設内に入っていく中、エリオだけが外に残って景色を睨みつけていた。

 トレーディの襲来を恐れているのだろう。

 だが、何分経ってもトレーディが来ることはない。

 トレーディは来なかったが、ほどなく施設の中から、二人分のコップにお茶を入れて持って来た青年が現れ、片方をエリオに渡していた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「気張ってるな、エリオ」

 

「……もしかしたら休む間もなく来るかも、と思っていたんですが。来ないですね」

 

「すぐここに来てないのは……たぶん、"寄り道"してるからだな」

 

「寄り道?」

 

「追っては来ている。それは間違いない。

 だが目標だけに真っ直ぐ効率的に向かうほど、あれは真っ当な頭を持ってないだろ」

 

「……確かに」

 

 また、誰かを食べているのか。

 そう思うと、コップを握るエリオの手に力が入る。

 人々が殺されるかもしれないという恐れはあれど、殺されるかもという恐怖はなかった。

 エリオはただ、罪の無い人々が犠牲になることと、自分達が負けてしまうことで『あれ』を今止められる人間が居なくなることだけを恐れている。

 自らの死を恐れる心は、とうの昔に意志で克服している。

 だが、自らの死で増えてしまう人々の犠牲は、意志だけでは克服できなかった。

 

「不安か?」

 

「……正直に言えば、そうです。勝ち筋が見えて来ないですし……

 全力で戦えるのが僕だけで、その僕でも足手まといになりそうなのが、現状ですから」

 

 敵は強大で残酷だ。

 死を恐れぬ勇者であっても、あんな手合いと戦うとなれば、否応無しに敗北を意識させられてしまう。

 不安を感じない方が変だろう。

 

「今はオレの方が、お前よりもお前のことを信じてそうだな」

 

「え?」

 

 少なくともこの瞬間は、エリオより青年の方が、エリオの勝利を信じていた。

 自分の勝利を信じる気持ち、仲間の勝利を信じる気持ち。

 各々の性格や状況下によって、前者が後者を上回ることもあれば、その逆もある。

 

「オレの好きな言葉の一つを教えてやろう。『全力全開』だ」

 

「それって……」

 

「オレの知り合いが、とりあえず何も考えず、その一瞬に全力を込める時の口癖だ」

 

 この青年の生き方、信念、信じるものには、たびたび青年の周りに居た人物の影が見える。

 

「とりあえず全力出しきっとけば、なんとかなることも多い。

 自分を信じて全力出すことだけ考えておけ。面倒なのはこっちで考えとく。

 どうせ全力出し切って負けるのなら、最初からどうにもならなかったんだ、くらいの気持ちで」

 

「……Kさん」

 

「なんとかならなかったら、オレが何とかしてやる。

 お前は全力を出し切ればいい。そうしたらオレも随分助かるからさ」

 

 彼の言葉と、その言葉にチラつくエリオの恩師の影が、エリオの背中を押してくれる。

 小さな不安は、小さな勇気に転換された。

 

「オレに足りないもんはお前が気付いた時に補ってくれ。

 お前が全力を出してどうにもならなかったら、そこで足りない分はオレが補っとくから」

 

「……はい!」

 

 余計なことを考えるより、真っ直ぐ全力で突っ込んで行った方が強い人種も居る。

 青年はエリオの様子が少し改善されたのを見て、心中でほっと一息。

 エリオは気付かなかったが、そこには、エリオが一定の結果を出してくれなければ詰みに近くなるこの状況への、青年の焦りがあった。

 

 無数のスカリエッティのせいで援軍もあまり望めない。

 今、管理局のイデアシードが護衛付きでこの世界に送られて来ているとの通信が入っているが、その戦力もどこまで期待できるか分からない。

 幸い、敵は電気が弱点。エリオが突破口を開いてくれる可能性は十分にあった。

 彼はスカリエッティを知るがゆえに、誰よりも現状の詰まされ具合を把握している。

 

「今は休め、エリオ。明日からのお前を頼りにしてる」

 

「はい、分かりました!」

 

 どの道、使った魔力を回復させ、疲労を抜く時間が必要だ。

 エリオとシュテルには特に、しっかりと休んで貰わなければならない。

 青年の指示を受け、エリオは余計な思考に割くはずだった時間を、休むための時間にあて、就寝の準備を始めようとする。

 エリオが施設内に入って行くのと入れ替わりに、リーゼ姉妹が施設内部から出て来た。

 

「あ、K。ちょっとそこどいて、探知の魔法仕込むから」

 

「え、まさかこんなところで魔力使う気ですか?」

 

「ばーか、流石にそんな無駄遣いはしないっての」

「この施設の魔導炉を少し借りるのよ。寝てる間も動くように」

 

「分かりました、お願いします」

 

 自身に残された魔力を使わぬまま、ロッテとアリアは手早く探知の魔法を仕掛けていく。

 これで、トレーディが不用心に来ればすぐに分かるようになった。

 少なくとも、人が見張っているよりかは高精度に見つけられるだろう。

 仕掛けを終え、ロッテは青年を見て、なんともなしに口を開く。

 

「あのさ」

 

「なんですか、先生?」

 

「これで最後かもしれないからさ、聞いておきたいと思ったんだ」

 

 これで最後になんてさせませんよ、と青年が口にする前に、ロッテは二の句を告げる。

 

「……闇の書の事件の後から、ずっと聞きたかった、でも聞けなかった」

 

 普段軽い話し方をしているロッテらしからぬ重い声。

 

「聞く権利が無いと思ってたし、聞くのが怖かった」

 

 ロッテの脳裏には、姉妹が仕組んだ闇の書の活動の結果、死にかけてしまった少年の姿が思い浮かべられていた。

 

「なあ、私達は……あんたにとって、いい師匠だったかな?」

 

 そして、青年の脳裏には。

 自分が死にかけた時、本気の心配を顔に浮かべ、自分の無事を喜び、心からの謝罪を口にしてしまったことでボロを出してしまった、あの日の師匠の姿が思い浮かべられていた。

 

「はい」

 

 青年は迷いなく、そう答える。

 

「子供の頃のオレは、お二人に色んなことを教わりました。

 でも、それ以上に二人に感謝してることがあります。

 『ここに居ていいんだ』と何気なく言ってくれたこと、それを態度で示してくれたことです」

 

 姉妹はきょとんとしていた。師事に関することだけでなく、意外なことをこの青年が感謝していたからだろう。二人にとっては、なんてこともない言葉であったはずだ。

 

「先生も、お嬢さんも、『ここに居ていいんだ』と言ってくれた。

 子供の頃のオレって、あの言葉が妙に好きだったんですよね、何故か」

 

 この青年の前の人生を知るものが居ない以上、この青年が何故それを嬉しく思ったのか、理解できる者は居ない。

 

「あの言葉が嬉しくて……オレはあの頃からずっと、お二人のことが大好きですよ」

 

 懐かしそうに青年が笑って、姉妹が照れくさそうに頭を掻く。

 

「まったく」

「この子はもう」

 

 ロッテは長年聞きたかった、けれど聞きたかったことを聞き、予想以上の答えが返って来たことに、どこか満足げに頷いていた。

 

「そっか……うん、ありがとう、バカ弟子」

 

 悲劇とは呪いだ。

 闇の書はかつて多くの呪いを残した。

 その一つが今ここで、綺麗さっぱり消し去られる。

 

「あんたは大したやつだよ。

 私達もお父様も、地獄のような気持ちで最期を迎えるって、そう覚悟してたはずなのにね……」

 

「お父様も安らかで暖かな気持ちで死ねるなんて、思っても見なかったでしょうね」

 

 死を受け入れているかのような二人の言葉に、青年はその言葉を撤回させる目的の言葉を選ぶ。

 

「そういう死亡フラグ立てるのやめましょうや。

 何せオレは、死亡フラグ破壊の名人。

 死亡フラグをいくら立てようと、片っ端からぶっ壊しちゃいますぜ。はっはっは」

 

「たまーに褒めたらこれだよ、アリア」

「まあ、死亡フラグとやらを壊してくれるのならいいんじゃない?」

 

 死を受け入れているが、死にたいわけではない。

 ゆえに姉妹も、命を助けられたならそれを受け入れるだろう。

 青年の望みが叶う可能性は、もうそこにしかない。

 そんな青年と姉妹のやり取りを、ドアの向こうから、エリオが覗き見し立ち聞きしていた。

 

「……」

 

 姉妹を助けようとする青年という構図が、何故か駄々をこねる子供な弟と、それをなだめる姉のように見えた。

 エリオは何故そう見えてしまったのか分からず、首を傾げて歩き出す。

 

 

 

 

 

 何故あの三人がそう見えてしまったのか分からないまま、小さな疑問を抱えてエリオは寝床に向かおうとする。

 その途中、風呂上がりのシュテルとばったり遭遇してしまった。

 風呂上がりの彼女には不思議な色気があって、大して薄着でもないというのに、エリオはちょっとだけドキドキしてしまう。

 

「シュテルさんも、もう休むんですか?」

 

「ええ。マスターに変わった様子はありましたか?」

 

「Kさんは、あっちでロッテさんとアリアさんと話してましたよ。

 これで本当に、主を失った使い魔を生かす方法があるのなら、ハッピーエンドって感じです」

 

「それはできます。保証しますよ。

 イデアシードを活用すれば、少なくとも命の継ぎ足しという技術は確立できますので」

 

 命が尽きている人間に命を継ぎ足す。

 単独では生きられない主を失った使い魔に命を継ぎ足す。

 形而下と形而上を繋げるイデアシードであるのなら、それも可能となるらしい。

 

「命の継ぎ足し、成程、それで……」

 

 エリオはイデアシードで本当に何もかも上手く行くのかと、心の中で小さな疑問を抱えていたのだが、その不安も既に消え失せていた。

 少年の中で、"あの青年が姉妹を助けるために一生懸命研究したんだ"というバックストーリーが出来上がると、その技術を疑う気持ちなんてどこかに行ってしまったのだ。

 

「Kさんの師匠を助けるための研究が、スカリエッティを倒す力になったんですね」

 

「違いますよ」

 

「え?」

 

 あの技術は姉妹を助けるために作られ、スカリエッティを倒すために応用された。

 そんなエリオの思い込みを、シュテルが切り捨てる。

 

「あの技術は、病に侵されたグレアム氏を救うために研究していたものです」

 

「―――」

 

「間に合わなかったんですよ、マスターは。

 グレアム氏を助けるために積み上げたものを、姉妹を救うために使おうとしているだけです」

 

 あの青年の傍にずっと居なければ、知ることができないこともある。

 

「努力したのに間に合わなかったんです。

 全力を尽くしても駄目だったんです。

 マスターは……頑張ったから辛いんです。

 だから今、普段の彼では見せないような弱さが、表に出そうになっている」

 

 適当にやったことが失敗しても、人はなんとも思わない。

 頑張った事柄が失敗すると、人は泣きたくなるほど辛い気持ちになる。

 失敗した後の苦痛こそが、その人がどれほど本気だったかを証明する。

 彼の辛さは、エリオには全く見えていなかった。

 彼が大抵の失敗や挫折、爆死や喪失では挫けもしない人間であったというのも、その一因だろう。

 

「……マスターは"大人になってしまった"ことを痛感しています。

 月日が変えたものもあれば、変えなかったものもある。

 ゆえに、子供の頃の彼にはあったのに、今の彼には無いものもある。

 子供の時にできたのに、大人になるとできなくなってしまったものもある。

 マスターはあなた達の中に、子供の頃の自分が持っていたものがあると思っているようです」

 

「僕らの中に?」

 

「あの日、あなた達がゼスト達を倒した時。

 あの時から、彼はあなた達をそういう風に見ています。言うなれば、『未来と可能性』」

 

 自分より後に生まれて、自分より若く、自分より後から走り始め、いつしか自分を追い抜き、自分より先に行ってしまった、自分の次の世代の子供達。

 青年視点、エリオ達はそう見えていた。

 

「古代ベルカで、遠い未来の仲間を見てしまった。

 成長するヴィヴィオ達を見守る道を選んでしまった。

 とうとう未来の世界も垣間見てしまった。

 未来(あなたたち)の影響で、マスターはもう、気付いてしまったんだと思います」

 

「気付く……何に、ですか?」

 

 今日までの日々が、彼の中に積み重なっている。良くも、悪くも。

 

「自分がもう、ただ誰かから何かを受け取り継承するだけの立場でないことに。

 自分に色んなものを受け継がせてくれた人達と同じ、未来に何かを託す立場になったことに。

 自分がもう、子供の頃の自分には、戻れなくなってしまったことに」

 

 大人に救えないものがあり、子供に救えるものがある。

 この世界において、そういう事件は数え切れないほど起こる。

 時の流れは、人をいつまでも子供のままでは居させない。

 

「それは悪いことではありません。

 少なくとも、私は喜ばしく思っています。

 けれども……それを『弱体化』と表現するのもまた、間違ってはいない」

 

 21年。

 青年は、21年という年月を生きた。

 昔から今まで変わらず彼の中に在る強さがあった。

 時の流れが、人との出会いが、彼に与えた強さがあった。

 時の流れが、人との出会いが、彼から奪った強さがあった。

 

「頑張りましょう。私達だけでも、強く在らなくては」

 

 シュテルは暗に"彼に頼られるのはいいが彼に頼るな"と言い、エリオは強く頷いて答える。

 

「困った時は、マスターでなく私を頼って下さいね」

 

 それを見て、安心したように微笑んだシュテルは、割り当てられた部屋に引っ込んで行った。

 シュテルが休息に入ったのを見て、エリオもまた割り当てられた部屋に入り、休息に入る。

 

 シュテルにかつての強さはない。

 リーゼロッテにかつての強さはない。

 リーゼアリアにかつての強さはない。

 けれども、もしかしたら……最も『強さ』を失ってしまっているのは、あの青年なのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が休んでいる間にトレーディが来る、という事態をエリオは当然想定していた。

 ゆえに眠りは浅く、彼は施設の外で大きな音がしたと同時に飛び起きて、数秒後にはバリアジャケットを纏い施設の外に飛び出していた。

 

(魔力は九割がた戻ってる……行ける!)

 

 コンディションは万全。

 十二分に戦える。

 そう考え、外に飛び出した。……なのに。

 

 エリオの目に映ったのは、襲撃して来た敵ではなく、敵が放った火により燃える広大な森の姿だった。

 

「なっ……」

 

 炎は四方八方の森を飲み込んでいる。

 ストラーダの温度センサーがエラーを起こしてしまうくらいに、その炎の温度は高く、炎が広がっている範囲は広かった。

 下手人なんて、分かりきっている。

 魔力反応からも、こんなことをする精神性からも、それは明白だ。

 

「この広大な森の中から探すのが面倒だからって、普通全部焼こうだなんて考えるか!?」

 

 クロゼルグの森は、地球で言えばロシア程の面積がある。

 古代ベルカの終焉期にこの管理外世界に移動され、その後ずっと繁茂を繰り返していたからだ。

 トレーディも最初は普通に彼らを探していたのだろう。

 だが森があまりにも広大だったため、途中で飽きたのだ。

 飽きたから、放火した。

 全てを燃やす森の大火は、焼け死ぬ森の動物の姿は、彼女をさぞ興奮させたことだろう。

 

 トレーディは転移と放火を繰り返し、彼らの居場所を特定する気があるのかも分からない適当さで、クロゼルグの森に放火していく。

 ロシアと同等の面積の森が、今はその六割ほどが炎に飲み込まれていた。

 やがて、全ては炎に飲み込まれるだろう。

 ここが事実上の無人世界であったことが不幸中の幸いだった。

 でなければ、森の面積からして、何億人死んでいたか分からない。

 

 現在進行形で、森の動物達が何十億と焼き殺されているという不幸の中の、ほんの少しの幸いだった。

 

(この炎は……目的は……だとしたら!)

 

 エリオは燃える森を見て、ハッとする。

 何かに気付いたらしく、少年はデバイスの起動程度にしか使ってなかった微小な魔力の使用を、感知できない域にまで一気に抑制した。

 反応が早かったエリオに続いて、他の仲間達も続々施設から飛び出して来る。

 状況を把握した青年が声を張り上げた。

 

「くそ、このタイミングで……!

 エリオ! 三時間前に時空管理局から連絡が来た!

 イデアシードの運送にかこつけて、イデアシードと援軍を送ってくれるそうだ!」

 

「分かりました! 立ち回りを考えます!」

 

 期待できなかった援軍が来るかもしれない。

 希望が持てるいいニュースだ。エリオの胸中にも希望が湧いて来る。

 この状況で援軍を送ってくれるとは、時空管理局も相当無理してくれたに違いない。

 

 だが、ファビアにとってそんなことはどうでもよかった。

 彼女の目が見ているのは、燃える森だけ。

 少女の瞳に映るのは、先祖代々守ってきた、自分の命と同じくらいに大切な森が、燃えている光景だけだった。

 

「森が……森が!」

 

「行くなファビア!」

 

「でも、火を消さないと!」

 

「―――今! 魔法を使うな!」

 

「……えっ?」

 

 魔法で出した水をぶつけるファビア。

 だが、それはこの状況において最悪の悪手であった。

 ファビアを止めようとする青年の肩に、虹色の髪の先が乗る。

 

「みぃつぅけた」

 

 ファビアの魔法使用を感知。

 感知と同時に転移。

 そうして彼の後ろを取ったトレーディが、小さな舌で青年のうなじを舐めていた。

 

「トレーディ―――」

 

「いっただき―――」

 

 他の誰も間に合わない。

 されど、閃光の反応と雷光の速度を見せたその少年だけは、間に合った。

 

「紫電一閃!」

 

 エリオの瞬間反応、高速移動、雷の斬撃。

 振り下ろされたそれを、トレーディは青年を突き離して跳ぶことで難なく回避する。

 そして返す刃で迫るエリオの第二撃を、右手に生やしたエネルギーの刃で迎え打った。 

 

「しでんいっせーん!」

 

 エリオと同系統の技、燃える炎の斬撃で。

 紫電一閃と紫電一閃。雷と炎の斬撃がぶつかり、押し負けたエリオが吹き飛ばされる。

 少年は燃える大木に背中を打ち付けて、今の斬撃を放ったトレーディを、信じられないものを見るような目で見ていた。

 

「今の、は……シグナムさんの……!?」

 

 トレーディが放った斬撃は、シグナムの紫電一閃そのもの……いや、シグナムの紫電一閃以上の威力とキレの紫電一閃であった。

 トレーディはエリオの疑問に答えを返さず、遠くで魔力弾の準備をしていたシュテルを睨み、その足元から――地面の下を通して伸ばした――虹の髪の毛を生やす。

 シュテルに驚く間も与えず、その髪の毛はシュテルの両手と杖に絡みついた。

 

「しんどうはさいー」

 

「!?」

 

 虹の髪の毛が、杖が、両腕の肉と骨が、粉砕される。

 

「く、あっ……!?」

 

 痛みに悶えるシュテル、大木に打ち付けられたエリオに、そこでトレーディの砲撃が叩き込まれた。

 

「気張って防げ、二人共!」

 

 そこで飛ぶ、青年の防御強化と回復の魔法。

 致命傷級のダメージがエリオ・シュテルの防御によって重傷レベルのダメージに収まり、そのダメージが石砕きの回復により全快される。

 後方支援と援護に特化した代金ベルカ式の青年が居なければ二人は死に、彼らの皆殺しはここで確定していたかもしれない。

 

「なんでだ……なんで! お前がその技を使える!」

 

 エリオが叫び、トレーディは彼が何故怒鳴っているのか分からない様子で、小首を傾げて素直に答えた。

 

「管理局の船があったの。

 イデアシードをこっちに極秘で運んでたみたい。

 その船にはね、強い人が何人も乗っていたの。

 きっと、ひみつのひみつであなた達の援軍に送るつもりだったんじゃないかなあ」

 

 そう言って、トレーディは。

 

「だからね、強い人はちょっとつまみ食いして!

 イデアシードも奪って、船は壊して、どこかの世界に捨ててきたのよ!」

 

 手にした一つのイデアシードと、無邪気な笑みを、同時に彼らに見せていた。

 

「そんな……!」

 

 敵に、イデアシードの一つを奪われてしまった。

 『逃げながらイデアシードを集めればいい』というシュテルの策は破綻した。

 イデアシードの完成には、この化物との交戦が必須条件となる。

 

「クロスファイアー、シュートー!」

 

 吹き荒れるトレーディの魔力弾の嵐。

 シュテルとエリオはなんとか回避し、青年とファビアはロッテとアリアが抱えて避ける。

 できれば、この場でトレーディからイデアシードを奪っておきたい。

 トレーディは強敵と戦う度に強くなる。

 ならば、これ以上時間を与えてしまうのは、最悪の悪手のはずだ。

 

 問題は、この場に留まり戦った場合、トレーディに勝てる可能性が億に一つも無いという点にある。

 

「マスター!」

 

「分かってる! ファビア、手伝ってくれ!

 逃げるぞ、転移だ! 先生、お嬢さん、術式演算補助をお願いします!」

 

「でも、森が! 火を消さないと、森が……!」

 

「手遅れだ!」

 

「……っ」

 

「……ごめんな。オレ達が、あんな奴を連れて来たせいだ」

 

「……ううん、悪い奴がやったことは、悪い奴のせい。気に病まないで」

 

 ファビアの気に病んだ様子に、青年の胸が痛む。

 転移の時間を稼ぐため、エリオとシュテルが前に出る。

 ロッテとアリアの指導で総合的な完成度をメキメキと上昇させているエリオ、多少の力の差ならどうとでもできる理のシュテルだが、相手が悪すぎる。

 

「ディバインバスター&ブラストファイアー!」

 

 高町なのはの魔法を教わった者の魔法と、シュテルから奪い取った魔法でシュテルの防御を打ち崩し、森を焼いた炎の魔法でトレーディはシュテルを焼き潰す。

 

「……ぁっ」

 

「シュテルさん!」

 

 皮膚さえ炭化したシュテルを、エリオが命懸けで助け、抱え跳ぶ。

 

「エリオ! そのままこっち来い!」

 

 回復のための時間さえ、もはや命取り。

 ゆえに青年はエリオを呼び、シュテルの回復の手間さえ惜しんで、四人がかりで組み上げた即席転移魔法陣を起動した。

 

「転移!」

 

 それがただの時間稼ぎでしかない、状況を悪化させるだけの悪あがきにすぎないと知りつつも、彼らに逃げる以外の道はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移魔法で跳んだ先、そこにあった街に、エリオは少し寂れた印象を受けた。

 ミッドチルダや、第四管理世界ほどには発展していない。

 けれども、海鳴市と比べればこちらの方が発展しているように感じる、そんな街。

 

「第六管理世界……なんとか、到着したか」

 

「第六?」

 

「ああ、ここは都市部だからあまりそう見えないが……

 ここの東部は『アルザス』と呼ばれる、キャロ・ル・ルシエの出身地だな」

 

 ここは、第六管理世界。

 都市部は番号の新しい管理世界相応の町並みがあるが、都市部から少し離れるとそこには広がる大自然、巨大な竜の楽園がある。

 日本で言うところの、駅周りが凄まじく発展しているのに、駅から離れるとど田舎丸出しの光景が広がっている地域、みたいな世界だ。

 彼らはこの世界の都市部、それも管理局の支部に近い地点に転移して来ていた。

 ここにも彼らが求める物、六つ目のイデアシードがあるらしい。

 

「キャロの、出身世界……」

 

 青年は仲間の回復に動いていたが、惨憺たるありさまであった。

 青年の石砕きの回復魔法で、シュテルに外傷はほとんど残っていない。だが意識も戻っていない。戦闘続行は不可能だ。

 ファビアは先祖代々守ってきた森を焼かれて、ショックでまともに動けそうにない。

 前線で満足に戦える状態なのはエリオくらいのものだ。

 

 最初から弱体化していた青年達。弱体化なんてしていなかったトレーディ。

 戦えば戦うほどに、青年達はリソースを削られ、力を弱めていく。

 戦えば戦うほどに、トレーディはその力を増していく。

 ジリ貧であった。

 

「移動しよう。止まってても始まらない」

 

 青年は皆を引き連れ、この世界にある時空管理局の支部に向かう。

 この世界の戦力は他世界からの援軍待ちで、相当にギリギリまで追い詰められている。第四世界のような支部管理局員の助太刀は期待できない。

 いや、できたとしても、トレーディの餌になる可能性を考えれば、呼ばない方がマシだ。

 

 支部の一室を借り、残留ダメージが大きいシュテルを寝かせる。

 ファビアの保護を事務方の時空管理局員に任せる。

 そうしてようやく、青年・ロッテ・アリア・エリオの面々は現状の打開策を話し合える段階に入ることが出来た。

 

「どうしたらいいんでしょうか。

 まさか、敵にイデアシードの一つを奪われるなんて……」

 

「取り返すしかないな。どっかで奇襲を仕掛けるっきゃない」

 

「……ですね」

 

「罠、即興で罠を仕掛け……あ、ダメだ、スカリエッティ居るんだった」

 

 青年は姉妹の方に目を向け、無言の意思疎通。

 姉妹はそれを受け、青年の望み通りに現状のエリオの戦力評価を語る。

 

「もうちょっと、もうちょっとだけでいいから、修行の時間さえあればいいんだけどねえ」

「エリオもほぼ仕上がってるんだ。

 後は本人の中で何かがハマったみたいな感覚があれば……

 スタイルとして完成したものが、自分の血肉になった感覚が得られれば完成なんだけど」

 

「そうなんですか?」

 

「少なくとも、ちったあマシになるよ」

S前後(ニアS)の領域に足を踏み入れられる……とは、思う」

 

「でもそれだけで勝てる相手じゃありませんよ。

 四割状態のシュテルさんだって、おそらくSランク相当の戦力だったんですから」

 

 頭が痛くなるような行き当たりばったりだ。トレーディという想定外のせいとはいえ、この行き当たりばったりの内の何か一つが当たらなければ、勝ち目がないというのが痛い。

 イデアシードでスカリエッティを駆逐しないと、仲間の手が空かないというのも痛い。

 苦しい現状は続く。

 

「ともかく、長居してたらヤバい。一刻も早くこの世界のイデアシードを確保して……」

 

 彼らの窮地は、続く。

 強大なエネルギー反応、トレーディの魔力波形、盛大な爆発の音……それらがセットで青年達の感覚を揺さぶり、彼らの表情を苦悶の色に染め上げる。

 奴が、来たのだ。

 彼らに休む暇も与えぬままに。

 

「……早過ぎる! Kさん、これはっ!」

 

「分かってる! 先生、お嬢さん、シュテルを起こしておいて下さい!

 オレとエリオがイデアシードを確保して帰って来たら、すぐに移動します!

 少しは休ませておきたかったが……ああ、クソッ! これはちょっと笑えん!」

 

「気を付けて!」

「死なないように! それ第一!」

 

 青年はイデアシードを見つけ、さっさとこの世界から移動するつもりだった。

 もはや彼らにトレーディを倒せるだけの余力はない。

 被害を減らすには、彼らが逃げる以外の手段など無かった。

 なのに。

 街の光景が、青年と少年の足を止めさせる。

 

「うわあああああああああああああっ!!」

 

 無数のネズミ。

 人に群がる人食いネズミ。

 悪夢のような群れが、街中で人を襲っていた。

 エルトリアで似たようなものを見た青年だからこそ、"生物的本能で人を食い殺す"ネズミと、"人の悪意によって動くネズミ"の見分けがついた。

 これは、人の悪意で動くネズミだ。

 

 路面を走って逃げる人の足を齧り、痛みで転んだ人に群がる。

 二階や高所に逃げようとする人を、壁を走って追いかけて食らう。

 目玉や動脈など、痛そうな場所や死にそうな場所を狙って齧る。

 人の悪意で動くネズミは、悪辣だった。

 

「この魔力反応は……このネズミ全部トレーディです、Kさん!」

 

「あいつの髪の毛は切り離してもあいつの一部だった。

 それを利用して、変身魔法と併用してるんだろうが……クソっ!」

 

 小さく分かれているならあるいは耐久力も、と考え、青年はジャケットの内ポケットからGooglePlayカード四枚を引き抜き、義腕にスラッシュ・イン。

 四万円分の魔力を、友人の魔法の構築に費やした。

 

「カートリッジロード……力貸してくれ、ディアーチェ! アロンダイトッ!」

 

 古代ベルカで青年の腕を吹っ飛ばしたウーンズの魔法はアロンダイトの改造系。なればこそ、ナハトからウーンズゆかりのデータを得た今、彼にアロンダイトが使えないはずがない。

 イマイチな制御と才能の無さから来る雑さで、ディアーチェほどに強力な魔法としては放たれなかったものの、着弾することで衝撃波を発生させる砲撃は大雑把にネズミを一掃していく。

 青年はそれに並行し、大量の石を一気に砕いた。

 砕かれた石が癒やしの力となり、町の人間の死傷者数を一瞬にして『0』にしてみせていた。

 

「わっ、凄い。ちゃんと殺されてない人なら、そうやって治せるんだね、すごーい」

 

 トレーディの意識を引くことと、トレーディにダメージを与えること。

 その二つの目的で撃った砲撃は、前者の目的だけを達成させる。

 ネズミ達は再集合・再構築を果たし、変身魔法が解かれたことで、元の少女のトレーディとしての姿を取り戻していた。

 

「トレーディ……!」

 

「でもわたし、追うのも好きだけど、追われるのも好きなんだ。あなたに追って欲しいなぁ」

 

 トレーディの両手には、それぞれ一つづつイデアシードが握られていた。

 一つは管理局から奪い、クロゼルグの森で見せつけたものだろう。

 トレーディは青年達を追うことでしかイデアシードのある世界を知ることが出来ない。

 つまり。

 

「! 二つ……まさか、この世界のイデアシードも!?」

 

「早い……いや、早いなんてもんじゃ……!」

 

「欲しい? 欲しいの? じゃあ、追って来て!」

 

 この世界のイデアシードは、既にトレーディに先に取られてしまったということだ。

 シュテルの可能性を吸った時、イデアシードを探す魔法も奪っていたのだろう。

 トレーディは青年達を誘い、近隣にあった小学校へと飛んで行く。

 移動先が小学校であったことが、彼らの中に大きな不安を生み、二人から逃走という選択を奪い去っていた。

 二人は走り、辿り着いた小学校で、それを見る。

 

「……あっ……」

 

 泣き叫ぶ子供達。

 群がる無数のゴキブリ。

 口元が異常発達したゴキブリが、子供の肉を齧る咀嚼音。

 トレーディの髪の先から、彼女の細胞が変身したゴキブリが次々と生み出されている。

 悲鳴。絶叫。助けを求める涙声。

 そこは、地獄だった。

 小さな地獄だった。

 小さな子供が泣き叫び、血と肉と可能性を略奪される、血塗れの地獄だった。

 子供が笑顔で虫の足を折るように。無邪気な子供を、無邪気な悪意が侵食していた。

 

「大人より子供の方が、たっくさん可能性があるの。

 知らなかったなあ。子供の方が大人より可能性に満ち溢れてるのよ」

 

「―――!」

 

 野生動物に人間を食わせてはならない、という言葉がある。

 その野生動物が人間の味を覚え、人間を好んで食べに来てしまうからだ、と言われている。

 トレーディは子供の味を覚えてしまった。

 これからは子供も好んで食べるだろう。

 トレーディは、加速度的にその『最悪さ』を増していく。

 子供達を理不尽に傷付ける悪の姿に、その瞬間、エリオの中で何かが切れた。

 

 そして、何かがカチリとハマる音がした。

 

「……お前ッ!」

 

 文字通りに『子供を食い物にしている』トレーディに、過去の記憶とトラウマを刺激されたエリオの怒りと正義感が、爆発する。

 

「強化魔法を乗せる! 全力全開で行け、エリオ!」

 

「サンダー……レイジッ!」

 

 フェイト・テスタロッサが得意とした範囲攻撃魔法、サンダーレイジ。

 この魔法の特徴は、"指定範囲内の狙った目標にだけ当てられる"という点にある。

 この旅が始まる前は練度不足の魔法であったが、この旅の中で姉妹が『コツ』を掴めるように指導したこと、その指導がこの瞬間に実を結んだことで、エリオのサンダーレイジは既に実戦レベルのそれに達していた。

 エリオは既に、この魔法を近接仕様のアレンジ版、原型の範囲攻撃版、その両方を流麗に使い分けられる域にある。

 

 放たれた雷は子供を一切傷付けることなく、子供達に群がるゴキブリ女(トレーディ)だけを強制的に絶縁破壊した。

 

「わきゃっ!?」

 

 トレーディが元の姿に戻り、青年が回復魔法と記憶の操作魔法――これもエルトリア由来――を携え、子供達の心と命を救いに動く。

 対しエリオは、電気のショックで元の姿に戻ったトレーディが、元の姿に戻った瞬間に見せた隙を見逃さなかった。

 

「ストラーダ!」

 

《 Sonic move.Blitz action 》

 

 怒りに燃える意志と、怒りに飲み込まれていない意思が過去最高の相乗効果を生み、エリオの中で様々なものを組み上げ、形にする。

 『移動を加速する魔法』、『動作を加速する魔法』が高度に組み合わされる。

 今日までの日々に年単位で積み上げたもの、リーゼ姉妹の指導、その二つが組み合わされる。

 ゆえに、エリオは初速から過去最高の速度を叩き出し、過去最高の精度でフェイントを織り交ぜながらトレーディに接近。

 

(まだ行ける……まだ上に行ける……まだ、この上がある!)

 

 トレーディにまともな反応さえ許さぬまま、元の姿に戻ったトレーディが手にしていた二つの宝石、すなわちイデアシードを掠め取っていた。

 

「あっ!」

 

 不意打ちに近かったとはいえ、トレーディを出し抜くスピード。

 そこに冷静な判断が加わった見事な動きだ。

 直接攻撃に動いたところで、どうせ倒せない。

 イデアシードの奪取だけを狙ったのは、賢明な判断だった。

 

「また速く、強くなってる……私とおんなじ? おんなじ力を持ってるの?」

 

「……お前と、一緒にするな」

 

 奪う者。

 受け継ぐ者。

 二人は自分の強さの源を外に求めるという意味で同類で、正と負と言っていいくらいに正反対な存在でもある。

 少女にはそれが同じに見えるようだが、誰からも奪っていないエリオからすれば、同類扱いは苛立ちの元になるだけだ。

 

「あなたのビリビリ、やーだなー。私の不具合にそのまま刺さるの」

 

「不具合?」

 

「わたし、食べすぎてるみたい。

 そのせいでドクターの耐電コーティングが内側からの圧力で壊れちゃってるの。

 人と機械は同じように電気で動く。だから電気で繋いで動かす。

 それが戦闘機人の基本コンセプトだから……わたし、電気に弱くなっちゃってるの」

 

「……ああ、やっぱり、その在り方はスカリエッティの想定外だったのか」

 

「うん。だからわたしはその内、ドクターが要らなくなるくらい頭もよくなるの」

 

 弱点と言いつつ、その弱点を喰らっても一向に倒れる気配がない少女。

 そんな少女が無邪気に笑って、エリオの手の中のイデアシードが霞んで消える。

 

「!? 幻術!?」

 

「知ってる? こういうの、『念のため』って言うらしいの」

 

 手で触っても違和感が無いレベルの幻術。

 人の可能性を取り込んでも、肉体と違って意識に直結する知性の成長は遅かったが、これだけ取り込めば知性の成長も始まるということなのだろうか。

 少女は既に、他人を欺けるだけの知性を手に入れていた。

 この知性もまた、時間と共に成長する。人を喰う度に成長する。

 

「さあ、殺さないように殺してあげるの。一つになるのよ!」

 

 一度追ってもらって満足したのか、少女は再び追う側へ。

 既に可能性を食らった子供達には目もくれず、青年と少年を見て舌なめずりする。

 

「エリオ! ここで戦い続ければこの子達を巻き込む!」

 

「……ちくしょう!」

 

 踏ん切りがつかないエリオに、目の前の悪を放っておけないエリオに、ここで戦えば子供を巻き込む可能性があると警告する青年の声が届く。

 判断は一瞬だった。

 トレーディが飛びかかり、青年がエリオに加速魔法をかけ、一つの壁を越えつつあるエリオが青年を抱えて後方に跳躍する。

 少年は青年を抱え、トレーディに背を向けて逃げ出した。

 

「逃さないのよー!」

 

 青年達の予想通りに、トレーディは子供達を見ることもせず、男二人を追い始める。

 だが途中、狭い路地でジグザグに追跡戦が始まったと思ったら、すぐにエリオ達の姿は消えてしまった。

 見えるのは外された下水の蓋と、そこから入れる入り組んだ地下水道の道。

 どうやら彼らは、地下水道に逃げ込んだようだ。

 速度から考えて、ここで追跡戦を行っても、トレーディが追いつける可能性は低い。

 エリオは今、状況次第では速度という一要素において、トレーディに食らいつけるかもしれないほどに速い。

 

「ドクター」

 

「うむ。彼はより速く、より精密に動けるようになったようだね。

 転移魔法の後を追って転移できるトレーディ相手ならこの方がいい。

 ただ速いだけの存在に引き離されてしまえば、トレーディは追えないのだから」

 

「追えないの?」

 

「ああ」

 

「つまんなーい。じゃ、また課金王さん達が世界移動をするのを待つの」

 

「そうしたまえ。どうせ、次の世界が決定的な戦いの場になるだろうからね」

 

 トレーディは次なる獲物を探す。

 次に彼女の目に入った人は、彼女に食われることになるだろう。

 無差別に、理不尽に、彼女は殺す。彼らが世界移動するまで、それを繰り返す。

 それを知っているがゆえに、地下水道の彼らは一切の減速を行わず、全速力でシュテル達と合流すべく動いていた。

 

「Kさん」

 

 エリオは青年を抱えたまま、歯を食いしばる。

 

「僕は、あいつが許せない。あいつを倒したい。あいつに勝ちたい」

 

 槍を強く握る。道を示す(ストラーダ)の名が、今はとても重い。

 

「こんなにも強く、こんな気持ちを抱いたのは、初めてです……!」

 

 その感情の爆発が、エリオの中で何かをカチリと噛み合わせていく。

 

「その気持ちを大事にしろ、エリオ」

 

 少年が噴出させている、その真っ直ぐな気持ちに。

 青年は尊敬のような、憧憬のような感情を抱く。

 

「間違っていることに対し間違っていると口にすることは、大切なことだ」

 

 現在、彼らが持つイデアシードは四つ。トレーディが持っているのが二つ。

 

 残りは一つだ。

 

「この世界に長居もできない。

 時空管理局の方から、超法規的措置として世界移動無制限の許可も出た。

 一刻も早くこの世界を出て、トレーディをこの世界から引き離そう。

 幸い、次の目的地は管理外世界かつ、無人世界だ。他の何も気にしなくていい」

 

「無人世界? そこで一からイデアシードを探す、ということでしょうか」

 

「いいや、渡してくれる人が居る。最後のイデアシードを発掘した一族……スクライアの代表が」

 

 イデアシードを揃える旅の終着点。

 スカリエッティ、そしてトレーディとの因縁の決戦の地。

 それが次の世界。

 勝つか負けるか、生きるか死ぬか、どんな形で決着が着くかすらも分からない。

 

「ユーノ・スクライアが、オレ達を待ってる」

 

 逃げて、逃げて、逃げ続けて。

 

 最後に逃げるべきその場所では、彼の友が彼を待っていた。

 

 

 




ユーノとジュエルシードで始まって
ユーノとイデアシードで最後の前に一区切り

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