課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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「月光仮面も決して主役じゃない。裏方なんだな。
 だから『正義の味方』なんだよ。決して正義そのものではない」

「正義の味方はあくまで味方で、正義そのものではない。
 でもね、せめて皆が正義の味方になれば、この国は間違った方向に行かなくても済むんだよ」

 ―――『正義の味方』という言葉を生み出した男の発言より抜粋


旅の途中

 頭痛がする。

 致命傷を受けた後、普通の回復魔法で急速に怪我を治した時特有の頭痛だ。

 シュテルは特徴的な頭の痛みに、意識を覚醒させた。

 

「……う」

 

「! 気が付いた!?」

 

「……ユーノ・スクライア……」

 

「よかった、意識もはっきりしてるみたいだね」

 

 心臓を抜き取られてから10分と経たない内に、ユーノは青い顔で飛翔し、先程の交戦でトレーディに念入りに破壊されたシュテルを探し出していた。

 そして、見つけ出してすぐに回復させる。

 スカリエッティの統合まで計画が進んだこの段階において、彼女は貴重な戦力であるからだ。

 

 シュテルは己の状態を確認する。

 "何も問題はない"。

 強いて言うなら、トレーディとの戦いで積み重なったダメージが大きいことくらいか。

 

 次いで戦場の状況を確認する。

 動いている魔力の数から、シュテルは誰かに説明されるまでもなく、ロッテとアリアが選んだ道とその末路を察したようだ。

 同時に、あの青年の現在の状態も察していた。

 

「……あの二人は、逝ったのですね」

 

「……」

 

 感傷に浸るような時間はない。

 シュテルは心の中で冥福を祈り、痛む体に鞭打って立ち上がる。

 

「仕掛けましょう」

 

「……分かった。僕も手伝う」

 

「助かります。横合いから思い切り殴りつけてやりましょう」

 

 今はただ、倒すべき敵を倒すことだけを考えていた。

 

 

 

 

 

 キン、と金属がぶつかる音が鳴り響く。

 魔法により異常な耐久力を得たトレーディの右拳と、エリオの槍がぶつかった音だ。

 

「くっ」

 

 左側面に回り込もうとするエリオを見て、トレーディは左に腕を向ける。

 されど、その動きはただの誘い。

 エリオは巧みに歩を刻む歩法で走行の軌跡を折り曲げ、トレーディの右側面を走り抜けるようにして、トレーディの右脇腹を切り裂いた。

 

 少年の槍は少女の肉を見事に断っていたが、その傷はすぐに下がってしまう。

 

「この程度じゃ、何度切ってもわたしは倒れないよ?」

 

「なら、倒れるまで攻め続けるだけだ!」

 

 強靭な生命力。魔力量にあかせた自動回復魔法(リジェネ)

 戦闘機人として調整された、デフォルトで再生が早く頑丈な肉体。

 これでは生半可なダメージは有効打にもなってくれない。

 

「サークルプロテクション・バースト」

 

 トレーディはユーノから簒奪したサークルプロテクションを展開し、それを自らの意志で爆発させる。

 プロテクションの破片が、まるでガラスの破片のような殺傷力を持ち、360°全てに勢い良く飛び散った。

 

「く、これは……!」

 

 エリオは顔を庇って後方に飛ぶが、薄手のジャケットを貫通し、プロテクションの破片がいくつかエリオの体に突き刺さってしまう。

 

「エクスプロージョン」

 

 続いて、名も無き管理局員から奪った爆発の魔法で追撃。

 トレーディはこれがエリオに当たるとは思っていない。

 だが、無意味であるとも思っていない。

 案の定、エリオは爆発自体はかわしたものの、爆風の破壊範囲から逃げ切れるまでには至らず、爆風の衝撃と熱にダメージを受けてしまっていた。

 

「っ!」

 

 少年の肌が焼かれた。

 けれど、顔を腕で庇ったおかげか、眼球までは焼かれていない。

 この程度ならまだ戦えると、エリオは戦意の熱を更に熱く加熱させる。

 

 エリオが跳び回り、トレーディが広範囲を巻き込む攻撃だけをセレクトして撃つ。

 高ランク魔導師であれば、溜めもない即射のこんな魔法の余波は、高性能なバリアジャケットで難なく防げる。

 だがエリオは今、ソニックフォームだ。

 低威力の爆風でさえ、今の彼には致命傷となりうる。

 

「速いだけならただのカモ。速いだけで勝てるなら、皆そうしてるの」

 

 機関銃の連射速度に近い連続爆発。絶え間ない爆撃の嵐。面で攻める爆発魔法。

 トレーディは早くも、ソニックフォームの特性に合わせた攻め手を展開してきた。

 今なおトレーディを速度で上回るエリオであったが、戦いの流れを敵に奪われかけていることに歯噛みする。

 

(そうだ、フェイトさんだって常時ソニックフォームで戦うなんてことはしてなかった。

 このフォームにはリスクもある。けれどリターンもある。

 もっと、もっと考えろ。工夫が足りない。速さが足りない。強さが足りない―――!)

 

 エリオの動きを先読みしたトレーディの爆破魔法。エリオはそれに超即反応し、魔法で急制動をかけると同時に、急造のバインドで自分の足を地面に固定、一瞬で自身の速度をゼロにする。

 予想以上の急制動に、トレーディの魔法は当たらず、エリオの遥か前で爆発した。

 

「んっ?」

 

 エリオは走る・加速、加速、旋回、全てを全力全開で実行する。

 新たな爆発が彼に迫るが、エリオはすかさず跳躍。

 『爆風よりも速いスピードで』横に跳ぶことで、今度は至近距離の爆発からさえも逃げ切ってみせた。

 

「一歩で移動できる範囲をより広く。

 一瞬の間に踏む込む回数をより多く。

 踏み込むことでの方向転換をより高精度に。うーん、対応も地味なの」

 

 トレーディは圧倒的な出力にあかせて、縦横500mの魔力壁を構築。

 それを蹴り飛ばし、文字通りの『面制圧攻撃』として前進させた。

 破壊の力が込められた魔力壁が、高速でエリオに飛んで来る。

 

「プラズマスマッシャー!」

 

 エリオは瞬時に砲撃を構築、ある程度の収束率で地面に向けてぶっ放した。

 地面に大穴が空き、エリオがそこに身を滑り込ませると、彼の頭上を魔力壁が通り過ぎて行く。

 魔力壁が頭上を通り過ぎた直後、エリオは穴の中から跳び出る。

 その瞬間、彼の目の前には穴から出た瞬間を狙っていたトレーディの笑顔があった。

 

 エリオはその顔を、思いっきり蹴る。全力で蹴る。

 トレーディの顔を踏み台にして、エリオは地面に向かって跳躍、着地。

 そして高速移動魔法と併用した巧みな歩法で、瞬時にトレーディの背後を取って雷の槍を叩き込んだ。

 だが、足りない。

 

「火力が足りないのよー?」

 

「ぐうっ!」

 

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 基礎出力値が違いすぎる。

 トレーディはこれでも倒れる気配すら見せず、体表で莫大な余剰エネルギーを爆発させる。

 この少女にはダメージにならなくても、今の少年には爆風だけでダメージになる、そういう爆発であった。

 

「攻撃も足りない、防御も足りない、足りてるのは速さだけ。ダメダメじゃないの?」

 

「……いいんだ、別に、これで。

 仲間に足りない分は僕が。僕に足りない分は、僕の仲間が埋めてくれる」

 

「? あなたはずっとひとりぼっちで戦ってるのよ?」

 

「居るさ、傍に! 心は一緒に戦ってるんだ!」

 

 あの時聞いたフェイトの言葉が、エリオの胸の中でその重みを増していく。

 

――――

 

「先人から若人へ、過去から未来へ、大人から子供へ。

 受け継がせ、継承させることで、絶え間なく続いていく。それが命だ!」

 

「誰もが他人と繋がっている!

 その繋がりを、力にしている!

 スカリエッティ、自分の作ったものにしか助けてもらえないお前とは違う!」

 

「命はより強く、より高度な命を生み出そうだなんて目的で作って良いものでも……

 まして、お前の楽しみのために、玩具として弄くり回していいものでもない!

 大人しく投降しなさい! 広域指名手配次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ!」

 

――――

 

 フェイトはエリオと同じく人造の生命であり、エリオと同じくオリジナルを愛する親を幼少期に見てしまった者であり、エリオの先を行く先人だ。

 エリオよりも先に、彼女は答えに至っている。

 『命』という問いかけに対する回答を手にしている。

 

 ゆえにこそ、フェイトに共感するエリオは、フェイトと同じようにスカリエッティの絶対的な敵対者と成り得る少年だった。

 

(あの時のフェイトさんの言葉の意味が、僕の中でどんどん大きくなっていく)

 

 一人の人造生命として。

 一人の管理局員として。

 一人の男として。

 この敵に、負けるわけにはいかない。

 そう自分に言い聞かせながら、エリオは愚直に速さで勝負し続ける。

 

(そうだ。管理局員(ぼくら)は受け継ぐことで強くなる。

 奪うことで富み、奪うことで笑い、奪うことで強くなる犯罪者(やつら)を、倒すために)

 

 フェイトと出会ったあの日からずっと、色んな人に色んな物を貰って、彼は強くなってきた。

 その全てが、速さに注がれている。

 生まれたその瞬間からずっと、トレーディは他人から奪って強くなってきた。

 その全てが、破壊に注がれている。

 不器用に、真っ直ぐに、ひたむきに、エリオは速さだけを武器にして破壊に立ち向かっていく。

 

(僕らは、他人を踏みつけにする奴らを倒すために。

 他人から何かを受け取って、受け取ったものを、いつか次の誰かに受け継がせていく。

 フェイトさんだって、きっと色んな人から何かを受け取って、僕にくれていたんだ。

 なのはさんだって、ゼスト師匠だって、六課の大人の皆だって……Kさんだって、そうなんだ)

 

 何度転がされても、諦めない。

 何度傷付けられても、敗北は受け入れない。

 何度吹っ飛ばされても、防御になんて力は注がない。

 エリオは熱く覚悟を決める。

 今、この瞬間だけは、自分を守るのに力は使わない。

 自身の全てを、"自分じゃない誰か"を守るために注ぎ切る。

 

「負けられない……受け継ぐ力が! 奪う力に! 負けちゃいけないんだ!」

 

 街を一瞬で荒野に変える爆撃の中を駆け抜けながら、エリオは叫ぶ。

 

「よくぞ吠えました、若人よ。私も手を貸しましょう」

 

 その瞬間、その声と共に張られた結界が、戦場ごとエリオとトレーディを包み込んだ。

 

「あれ、まだ死んでなかったの?」

 

「シュテルさん!?」

 

 少年と少女が揃って結界の外を見て、結界の構築に集中するシュテルとユーノの存在に気付いた。

 エルトリア復興に携わり、その高い知力と魔法開発能力を高く評価された理のマテリアル。

 結界構築に高い才能を持って生まれた、スクライアの傑物。

 二人がかりで構築にかかっているこの結界。それが普通の結界であるはずがない。

 

 トレーディの魔導感覚器は、シュテルの力が先程までとは比べ物にならないほどに膨れ上がっている――元に戻っている――ことにも、気が付いていた。

 

「もしかして、力が戻ったの? それでもわたしには勝てないと思うけどなぁ」

 

「マスターの命が正常な状態に戻った以上。私も100%の力が出せます。

 とはいえ、私の可能性を食らった貴女相手では毛の先程の勝ち目も無いのもまた事実」

 

 リーゼ姉妹が彼の命を救ったことで、シュテルの力は完全な状態に戻っている。

 一時は彼が瀕死だったことでシュテルも危険な状態だったが、その状態も既に脱した。

 体に残るダメージは大きいものの、それも結界を構築するだけならば影響はない。

 

「なので、貴女の力を削らせていただきます」

 

 かくしてシュテルは、今の自分が使用できるリソースの全てを、この結界に注ぎ込んだ。

 

 結界がトレーディだけに作用し、少女の膝を強制的に折らせる。

 

「ち、力が抜け……なにこれ!? ドクター!」

 

「落ち着くんだ、トレーディ。これは力を封じる結界だ。

 だが、この完成度と圧力の強さは、尋常ではないな……」

 

「以前、我が身を犠牲にして強敵を封印したことがありまして。

 ただその結果が、かなり情けないものだったのですよ。

 これはいけない、せめて次はもっとちゃんと封印せねば、と思ったのです。

 まさかこんなにも早く、私より強い者を封印結界に捕らえる事になるとは思いませんでしたが」

 

 これはシュテルの封印結界。

 あっさりユーリが封印を抜けて出て来たこと、シュテルが死んだら泣いてしまいそうな主が居たこと、その二つを考慮して作られた彼女の新たな封印魔法。

 未だ単独で使用できる完成度ではないが、ひとたび完全に発動すれば、シュテルが選択した相手からシュテルの戦闘力を差し引くという効果が生まれる。

 

 シュテルの戦闘力を100と仮定する。

 100以下の戦闘力の者は強制的に戦闘不能。

 100以上の戦闘力の者は戦闘力から100が差し引かれることになる。

 封印結界発動中はシュテルも身動きができないが、集団戦では極めて有効な新型封印結界魔法であった。

 

「貴女は強い。成長する上、私達の研究もしっかりしている。

 私とナノハであれば、勝つことはできなかったでしょう。貴女を強くするだけだ。ですが……」

 

「む、むむむ……!」

 

「私と戦う想定は山のようにしてきたようですが、私と戦わない想定はしてきましたか?」

 

「―――」

 

 自分で戦うことには拘らない。ただ、合理的な選択にのみ拘る。

 どこまでも冷静で、敵に回せばこれほどやり辛い相手も居ない。

 シュテルは、トレーディが戦いやすい相手を戦場に上げる気など、さらさらなかった。

 

「トレーディ」

 

 少女がこっそりと這わせていた髪の毛を電撃で焼きながら、雷を纏うエリオが槍を握り直す。

 

「来い」

 

 ダン、と無駄な動作で無駄な音を立てる踏み込みで、トレーディが前に出る。

 すっ、と無駄の無い動作で音も立てない踏み込みで、エリオが前に出る。

 

「わたしが勝つのよ!」

 

「僕らが勝つんだッ!」

 

 瞬きの間に放たれた槍の突き、その数120。

 トレーディも加速できるだけ加速し、死ぬ気で食らいついて全ての攻撃を弾く。

 されど、それでも速さが足りない。

 鎬の削り合いに一手遅れて、トレーディはこめかみにエリオの回し蹴りを受けていた。

 

「あぁはぁあっ!」

 

 蹴り飛ばされたトレーディが転がるようにして起き上がり、両手を地面に突き刺す。

 そして、少女は内在する"戦闘機人の能力"の全てを解き放った。

 強化された全てのインヒューレント・スキルが発動し、地面がめくれ上がり、あらゆる物理現象や特殊能力がごちゃまぜになって、破壊の嵐となってエリオに迫る。

 

「だぁらぁっ!」

 

 対し、エリオも地面に槍を突き刺す。

 膨大な魔力の雷が地面をめくり上げ、電気を吸収・拡散させるはずの土壌を砕くほどの雷撃が、トレーディの破壊の嵐を迎え撃つ。

 二つの大きなエネルギーが衝突し、閃光が二人を包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷と破壊がぶつかり合う結界内部。

 閃光と土埃のせいで、結界の外からでは内部を覗けない。

 並の魔導師であれば、結界の中でも何も見えなくなってしまっているだろう。

 シュテルとユーノは回復魔法でも抜け切らない蓄積ダメージに歯を食いしばりながら、自分達の横で足を止めた、一人の男の顔を見上げた。

 

「通してくれ、シュテル」

 

「! マスター……」

 

「オレに、決着をつけさせてくれ」

 

「……ご武運を」

 

 青年はシュテルの肩を軽く叩いて、前に踏み出す。

 

「頑張って」

 

「ああ」

 

 青年はユーノの拳に拳をぶつけて、一時的に穴が空けられた結界の中に踏み込んでいく。

 

「!? Kさん!?」

 

 その姿を視界に捉えたエリオの目が見開かれ、動きが止まった。

 石砕きの回復をエリオに飛ばす青年に、トレーディは呆れと嗜虐の笑みを浮かべて、猛獣のごとく猛然と飛びかかる。

 位置が悪い。ここからではエリオでも間には入れない。

 

「なーんで、ここにきちゃったのー? かなー!」

 

 追いすがるエリオが追いついてくるその前に、少女は青年の首をもぎ取ろうとして――

 

「……え?」

 

 ――殴られた。

 

 戦闘力など皆無のはずの、この青年に。

 近接格闘縛りで戦えば、おそらくキャロにさえ負けるはずだったこの男に。

 彼の弱さを知るものであれば、絶対にありえないと言い切れる光景。

 だが現実に、油断していたとはいえトレーディの初撃は回避され、青年にカウンターパンチを合わされ、その拳に殴り飛ばされていた。

 

 その拳の重みに、トレーディは覚えがあった。

 ほんの少し前、合体した姉妹に殴り飛ばされた時の拳の感触、それにそっくりだったのだ。

 トレーディの感覚を通して、スカリエッティはこの奇術のタネを即座に見抜く。

 

「……はっはっは! これは驚いた!

 余程親和性があったのかな? それとも奇跡というやつか!

 まさかリーゼ姉妹の魔導資質と身体資質の一部すら、継承していたとは!」

 

 技術、技量、経験。そういったものをエリオが受け取ったのと同様に、青年は二人から命を受け取っていた。

 受け取った命は、彼の生命そのものに変化をもたらす。

 知性や意識への変革ではない。

 魔力量、身体能力といった、生命力に直結するものにのみ変化は現れた。

 

 "魔導師ランクD程度で頭打ちになる"と断言されていた少年は、姉妹から魔力と身体能力、メインとして使えるだけのミッドチルダ式魔法を継承されていた。

 難しく解釈する必要はない。

 心配症な師匠(あね)が、いつか死にそうで心配な弟子(おとうと)の命を守るために、最後にちょこっとだけ置き土産をしていった。ただ、それだけのこと。

 

「君にとっても棚から牡丹餅、といったところか。

 高ランク魔導師の仲間入りをした感想を聞きたいところだがね」

 

 スカリエッティは興味深そうに聞き、笑う。

 

「こんな強さなんて、欲しくなかった」

 

 青年は魂を吐き出すような口調で語り、何も表情を浮かべない。

 

「オレ自身が戦う力を求めたことなんて、数えるほどしかなかった!

 いつだって願ってたのは、強くなることじゃなくて!

 欲しいものは、オレ自身が振るう力じゃなくて!

 オレの周りで皆が楽しそうに笑ってることで!

 欲しかったものを手に入れたくて頑張るのが、オレの人生の全てで!」

 

 欲しいものを手に入れるために頑張っても、欲しくなかったものだけが手に入って終わるなら、そこに意味があったとしても嬉しさを感じることはない。

 

「力が欲しくて、頑張ってたんじゃない……ただ、あの二人に、生きていて欲しかった……!」

 

 『欲しい』『欲しかった』。

 彼の人生は、この二つだけで表すことも出来る。

 欲しくて手に入れたもの。

 欲しかったのに手に入らなかったもの。

 それは人であったことも、物であったことも、ゲーム内通貨であったことも、幸せであったことも、笑顔であったことも、未来であったこともあった。

 

 彼はいつだって、欲しいものに向かって真っ直ぐに進んでいた。

 欲しいものが手に入らなかったことも、欲しがっていなかったものが手に入ったこともあり、けれども最後は欲しがっていた『笑顔』が手に入ったから、彼も笑って終われていた。

 彼の生涯は、欲しいものを求める直線の連続である。

 直線の連続ではあるが、欲しいものがあちらこちらにあったため、全体としてみればぐちゃぐちゃに当てもなく伸びているようにすら見える。

 それでも、その一つ一つを、彼は真摯に求めていた。姉妹の命もそうだ。

 

 なのに喪失を引きずらず、一度泣いたらそれで全てが吹っ切れたかのように立ち上がり、今こうして戦場に立っている青年の姿に、少女の髪に浮かぶスカリエッティが首を傾げる。

 

「ならば、君は何故立てる?

 そんなにショックだったのなら、何故こんなにもすぐに戦える?」

 

「決まってる。あの二人の死が、グレアムさんの死が、悲劇じゃなかったからだ」

 

 それでも、彼がこの戦いの場に赴いたのは。

 姉妹が青年に最後の教えを残し、最後の継承をちゃんと済ませたという、証明だった。

 

「人の死が絶対の悲劇であるのなら、全ての人間は悲劇で人生を終えることになる。

 何故なら、人間は絶対に死ぬからだ。

 いつの日か絶対に終わるからだ。スカリエッティ、お前と違ってな」

 

 スカリエッティには理解できないだろう。

 理解できたとしても、共感できない考え方だと吐き捨てるに違いない。

 人の死は悲劇なのか? 悲劇であるのなら全人類が悲劇の運命にあるのか? そうだとしたら救いがないのではないか? そうでないのだとしたら、人の死は悲劇ではないのではないか?

 ……そんな葛藤や迷いは、スカリエッティとは本質的に無縁のものだったから。

 

「だけど、死がイコールで悲劇でないということを、あの人達が伝えてくれた。

 命を懸けて伝えてくれた。死は絶対の悲劇じゃない。

 あの二人は笑って逝った。笑顔で終わる悲劇があるか?

 二人は死の間際に、心の底から笑っていた。笑顔で終われるなら、それは悲劇じゃない」

 

 いつだって、どこだって。よい終わりには、笑顔が添えられている。

 

「あの二人は、オレの師匠(せんせい)として……

 最期に教えてくれたんだ。

 死はイコールで悲劇じゃない。全ての人生が悲劇で終わるはずがない。

 いつの日か、必ず死ぬのが命だから。

 自分のためだけに生きて、誰ににも何も受け継がせず死ぬのが本当の悲劇。

 何かを継承し、誰かの中に生きた証を残す……そうすれば、死でさえ悲劇じゃなくなるんだ」

 

 受け継がせて消えていった姉妹の姿が、脳裏に蘇る。

 誰よりも生き汚くこの世にしがみついているスカリエッティの姿が、目に映る。

 リーゼ姉妹、スカリエッティ、トレーディ。

 それぞれの『死に対する向き合い方』は、全員が全く違う方向を向いていた。

 

「なら君は、誰かに自分の果てなき欲望でも受け継がせるのかね?」

 

「人生で大切なことはソシャゲから教わった。そいつを伝えるだけさ」

 

 何を継承させるのかと、無限の欲望は問うた。

 彼らしい答えを、変わっていないようで変わっている心の回答を、無尽の欲望は返答とした。

 そこに、スカリエッティは大昔に共感したものを見る。

 

「やはり君は私の同類だ。変な方向に進んでしまったのが残念でならない」

 

 "自分になれなかった者"を見る目で、スカリエッティは青年を見下す。

 その様子が、エリオの怒気と豪雷を更に強力なものへと変える。

 

「スカリエッティ。お前はいつから科学の天才じゃなくて、煽りの天才になったんだ?」

 

「煽っているつもりはないさ。単なる事実だよ」

 

 噛み付いてくるエリオにも、スカリエッティはどこ吹く風だ。

 青年を見ているスカリエッティを髪の中に押し込んで、トレーディはシュテルの力が抜けた分、シグナム等を含めた高ランク魔導師数人分の可能性を総動員し、踏み込む。

 

「話長いの」

 

 迎撃に動くエリオ。少年の突きを受け流すように防ぐトレーディだが、今のエリオの速さと鋭さを相手にしては流し切れない。足に深々と槍を突き刺されてしまう。

 だが、止まらない。

 トレーディはそんなものは気にせずに、エリオの後方に居た青年の首へ足刀――魔力の刃を伴う蹴撃――を放った。

 

 30分前の青年に対してなら必殺となった一撃。

 されど、今の青年であれば頭を下げるだけでかわせる一撃だった。

 トレーディの足刀は空振り、青年の加速魔法を受けたエリオが追いついて、少女に近接雷撃魔法をぶち込む。

 

「痛っ!?」

 

 飛び込んだ勢いのまま、トレーディは地を転がった。

 青年は続いて筋力強化の魔法をエリオにかけ、まだ加速魔法の加護を受けるエリオが走る。

 エリオは単純に前に踏み込むのではなく、右斜め前に"ズレるように"踏み込んだ。

 少年の体が、走行の最中に踏み込みに合わせて15cmほど右にスライドする。

 

 一瞬で立ち上がったトレーディは、エリオに対し攻撃魔法で迎え撃とうとした。

 だが、その瞬間に青年の手から糸のように細い魔力光線が放たれる。

 魔力光線はエリオの左脇の下を抜け、左腕の内側を抜け、魔法を撃とうとしたトレーディの首に命中した。

 

「!」

 

 少女の息が止まり、魔法が止まる。

 そこに追加でダメージ加算の魔法をかけられたエリオが踏み込み、下から上に切り上げる。

 トレーディが青年の魔法で止まっていたのは一瞬だけだ。次の瞬間には回避行動に移っている。

 放たれた一閃はクリーンヒットしなかったものの、トレーディの頬を縦に切り裂いていた。

 

「くっ」

 

 傷は瞬時に再生して消える。

 トレーディは数十本のウイングロードを展開し、その先端に魔力刃を付けての立体空間制圧攻撃を実行した。ひと目には数え切れないほどのウイングロードが伸び、彼らを狙って次々と地面に深く突き刺さっていく。

 その攻撃を、加速魔法をエリオに重ねがけした青年と、青年を抱えて飛び回るエリオが避ける。

 

「プラズマスマッシャー!」

 

 全てを回避し終えたエリオは青年を降ろし、拡散効果を付与した砲撃魔法を撃ち放った。

 トレーディは瞬時に魔法の特性を見抜き、雷が飛ぶよりも速い思考速度でシールドを展開。

 盾のように構え、それを防ごうとする。

 

「クリスタルケージ!」

 

 だが、雷の砲撃が着弾する直前に、青年のケージ型バインドが発動した。

 三角錐型の魔力の壁が、トレーディと着弾直前の砲撃を囲い込む。

 そして、砲撃は着弾し―――密閉空間の中で、雷が拡散した。

 

「うわはぁっ!?」

 

 密閉空間に電気を流す空間攻撃。盾で空間は防げない、というわけだ。

 トレーディが頑丈なシールドではなく、360°全てを覆う防御を選んだなら、ケージを発動しなかった青年の強化魔法で強化された砲撃がそれを貫通していただろう。

 流動的に、相手に合わせる的確な攻撃。

 一部のズレもなく、相方に合わせる完璧な連携。

 トレーディがどんな行動を選んでも、この二人はトレーディの動き・相方の動きに合わせた最適な行動を選択し、トレーディを追い詰めている。

 

「なんでこんなに息が合って―――」

 

「Kさんは支援魔法がメインの完全後衛型フルバック。足を止めて仲間を支援するタイプだ」

 

 そこには、単純明快な裏があった。

 

「僕がいつも一緒に戦っている、キャロと同じタイプ!

 そして師匠はリーゼロッテにリーゼアリア! 合わないはずがないだろう!」

 

 エリオが彼に合わせるのは、極めて容易なことだったのだ。

 キャロは一時期この青年のフルバックスタイルを参考にしていたから、なおさらに。

 

 姉妹からの継承のおかげで、青年の魔力リソースは単純に二倍。

 強化魔法をかけられるペースも約二倍だ。

 今までは『金を使いすぎれば破滅する』という理性的なブレーキを、『この程度は微課金』という意識で誤魔化して仲間の強化を行っていたが、自分の魔力で行うのであればそれもない。

 それでエリオを強化しているのだから、力はあっても経験不足なトレーディではひとたまりもない。

 

「絶体絶命じゃないか、トレーディ!」

 

「そっかー、これは困ったの。とても困ったの」

 

 トレーディの窮地に、スカリエッティが喜んでいるのか焦っているのか分からない声を上げる。

 少女は困ったような表情を浮かべて、両手足を地面にべたりと着ける。

 そして、少女の虹色の髪が広がり、そこから闇が吹き出して来た。

 

「じゃ、行ってね。皆!」

 

 吹き出す闇から生まれた暗色の化け物達は、先程放たれたものと同じもの。

 死の色に染められた可能性だ。

 一つ一つが知性を除けば、オリジナルより強化されているという特性を持っている。

 強力な魔導師は、更に強力に。

 一般人でさえ、その可能性を突き詰めた戦闘者に。

 魔法の才能があるだけだった子供も、最高クラスの魔導師になって彼らに襲いかかる。

 トレーディが喰ってきた人数が多かったのもあり、可能性の洪水はとてつもない規模となっていた。シュテルの結界も、どうやらこれを一人分としか認識していないらしく、干渉は無い。

 

 それに立ち向かうのは、エリオと青年の二人組。

 エリオが前、青年がその後に続き、二人は闇の群体に真正面から突っ込んで行った。

 

「突き抜けるぞ、エリオ!」

 

「はい!」

 

 青年はひたすらに強化を重ねる。

 少年はひたすらに周囲の敵を切る。

 一度でも足を止めれば、その瞬間から袋叩きだ。

 止まれない。

 進み続けなければならない。

 迷えば死、躊躇いは死だ。

 されど逆説的に言えば、前を見て前に進み続ける限り、二人の希望は途切れない。

 

「負けない……絶対に、負けない……!」

 

 槍は止まらない。

 息は切れ、体は重く、疲労が体に伸し掛かり、ダメージは泥のように積み重なっている。

 なのに、槍は止まらない。

 エリオの意志は、肉体の状態などとっくの昔に凌駕していた。

 背中に感じる彼の気配が、むしろ槍を加速させている。

 

「自分の欲望のためにしか戦えない、お前らみたいな奴に、負けてたまるかッ!!」

 

 叫ぶエリオの視線の先には、笑うスカリエッティとトレーディの顔があった。

 あと少し。あと少しで、トレーディの元まで辿り着く。

 

「今日ここで、証明するんだ!

 自分の笑顔のためにしか頑張らない奴に!

 皆の笑顔のために戦う人は、絶対に負けないんだってことを!」

 

「飛べエリオ! ツインブースト!」

 

 エリオは青年のミッド式・代金ベルカ式の二重フル強化を受け、槍を追加刃付き・ブースター付きのものへと変形させ、放たれた矢のように一直線に飛んで行く。

 それは、さながら神話で神の矢に例えられる雷のよう。

 

「みーんなで笑顔になるために戦ってるならさ!

 わたし達が笑顔で居ることを喜んでよ!

 わたし達をもっと笑顔にしてよ! ねえ! なの! あははははっ!」

 

 そんなエリオの突撃を、トレーディは外部に具現化させた被害者達の残滓を盾にして防ぐ。

 トレーディに殺された人達が、死後も盾のように扱われ、数人まとめて串刺しにされた。

 槍の先は人の残滓を貫通するも届かない。少女に届かせるには1mほど足りていない。

 反撃に動く少女。

 だが、反撃に動くのはまだ早い。

 まだ、エリオは止まってなどいないのだから。

 

「エリオ! 全力全開ッ!」

 

「はい! 全力全開ッ!」

 

 男の限界は、超えるためにある。

 

「フェイク・ザンバー!」

 

 エリオの槍先から"最も尊敬する人"の魔力刃を模した物が伸び、少女の胸に突き刺さった。

 トレーディの弱点である電撃が、最大威力で少女の胸に流し込まれる。

 

「―――あ、がッ……」

 

 非殺傷設定込みであったためか、少女は体内の力がごっそり削られる感覚を感じていた。

 足がふらつく。

 体が上手く動かない。

 胸の奥に、何かよく分からない不安がある。

 それが『敗北の予感』であるということさえ、少女は知らなかった。

 誰も教えてくれなかったからだ。

 

「こんなん、じゃ、倒れないの」

 

 雷はトレーディの動きを止める。

 エリオはすかさず距離を詰め、槍を放り投げて雷を付与した左右の拳で二連撃。そして落ちて来た槍を掴んでトドメの一撃を、雷と共に袈裟に振り下ろす。

 

「紫電一閃、三連!」

 

 必倒の攻撃を三度連続で打ち込む必殺技を、一息の間に打ち込んだ。

 だが、トレーディは倒れない。

 電撃が弱点の身で、ゼストの意識を刈り取った最強の技を食らってなお倒れない。

 その目はエリオではなく、その向こうの、義腕の青年へと向いていた。

 

「まだ……まだ……! わたしは、まだわたしの、欲しいものが―――」

 

 少女は青年に手を伸ばす。

 紫電一閃三連で体は動かないはずなのに、青年を求めるように手を伸ばす。

 それが、エリオに『もう一撃』を決断させた。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。

 疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ!

 バルエル・ザルエル・ブラウゼルっ!」

 

 生半可ではないトドメの一撃。

 因縁の決着の一撃。

 最後の一撃。

 それは、姉妹から技を継承して初めて使えるようになった、尊敬するあの人の大規模魔法。

 

「―――フォトンランサー・ファランクスシフトッ!!」

 

 しつこく、しつこく、どこまでも追って来たしぶとい悪魔に。

 フェイトが離れて使う魔法を、エリオは至近距離からの必殺魔法として放つ。

 それが、全てを決着させるラスト・アタックになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 非殺傷設定とはいえ、やりすぎなくらいの圧殺攻撃。

 それを受けたトレーディは、仰向けに倒れたままピクリとも動かない。

 

「勝っ、た?」

 

 彼らは勝った。

 だが、そこから彼らが予想もしていなかった事象が始まる。

 トレーディの体が、末端からグズグズと崩れ始めたのだ。

 崩れた体は液状化し、黒い泥となってから揮発して跡形もなく消えていく。

 

「え……非殺傷なのに!?」

 

「やれやれ、困ったことをしてくれた」

 

「! スカリエッティ……!」

 

 倒しただけで殺してはいないはずだった。なのにトレーディは死に始めている。その謎を、勝手に出て来たスカリエッティは知っているようだった。

 

「私の想定外の暴走、暴食。

 私の想定外の反乱、私の捕食。

 正式なメンテナンス抜きの長期稼働に、不眠不休の捕食の連続。

 システム想定を超えた吸収頻度に吸収量、なのに調整すらしない。

 それでまともに生きられると思うかね? 元より、一度でも止まれば死ぬ運命だったのだよ」

 

「お前、それを分かってて……!」

 

「それはそうだろう。死ぬ前に私が分離すれば、私は死なないのだから」

 

「―――!」

 

「トレーディは傑作だが失敗作さ。

 彼女には彼女の生の意味を最大限に形にしてもらい、誰よりも華々しい終わりを迎えてもらう」

 

 スカリエッティにとっても、自分をいつ殺すか分からない失敗作など手元に置いておきたくはないだろう。されど同時に、トレーディはシュテルやなのはを殺せる成功作でもある。

 スカリエッティは、この少女に相応の死を与えようとしているようだ。

 少女と敵の共倒れこそが、スカリエッティの望む最高の結末。

 

「トレーディ、トレーディ、このままだと君は死ぬ」

 

「……死ぬ、の……わたし……」

 

「けれど、もっと他人を取り込めば生き長らえる。

 確定した滅びを先送りにするだけだが……

 滅びる速度を上回る速度で他人を取り込み続ければ、君は永遠に生きられる」

 

「……ぁ……」

 

「私が教えたとおりに生きなさい、トレーディ」

 

 悪魔の誘惑とは、こういうものを言うのだろうか。

 

「君はずっと、可能性を残す殺し方をしてきた。私が教えた通りに。

 君は正しい。否定者が何人居ようと正しいのだ。

 人は何も残さずに死ぬことが多い。

 それゆえ君の"殺したけど死なせない殺害"は、人の救いにもなるものだ。

 君の中で、死んでいった人は生き続ける。

 どうせ無価値な人間のまま死ぬ人間がほとんどだったんだ。気にすることはない。

 その人の苦痛と引き換えに、無情で虚しい人の死を価値ある最期へと変える。

 よく考えてみたまえ、何が悪い? 君は無価値な人の死を、有意義な結末へと変えている」

 

 直前に青年やエリオから聞いていた言葉を使って、それっぽい詭弁で飾り立て、スカリエッティは今日までずっとそうしてきたように、トレーディに歪んだ意識を植え付ける。

 

「それとも、このまま無意味に死ぬのかい? トレーディ。さあ、頑張って」

 

 死をちらつかせ、トレーディの生きたいという気持ちを煽る。

 スカリエッティに悪や残酷を嗜好する趣味は無いが、それが必要となれば残酷な悪にもなれるのがスカリエッティだ。

 親が子を煽る。

 少女はスカリエッティの言葉を素直に受け取り、身じろぎして、拳を振り上げる。

 そして、拳を叩きつけ、スカリエッティを髪の闇の奥へと押し込んだ。

 

「な」

 

「あははぁ。ドクター、もういいの。ねえ、そこのお二人さん!」

 

 出て来ようとするスカリエッティを尽きかけの力で抑え込みながら、少女は崩れる顔で笑って、エリオと青年に呼びかける。

 崩壊した顔から、皮膚の1/3と左の眼球がずるりと落ちた。

 

「今まで隠してたけど、わたしとっても悪い子なの!

 悪い子は生きてちゃいけないの! 悪い人はやられないといけないのよ!

 わたしは殺しながら生きるの! だから死なないといけないの!

 怖くても! 痛くても! 苦しくても! 悲しくても! それしかわたしは知らないもの!」

 

 無邪気に笑いながら、トレーディはそんなことを言う。

 このまま彼女が滅びれば、スカリエッティも共に滅びるだろう。

 そうすれば、世界には平和が戻る。

 トレーディが死を受け入れているのが本当であるのなら、これ以上の結末はあるまい。

 

 少女は笑っていた。

 人を殺す時も笑っていた。

 親のスカリエッティを殺した時も笑っていたのだろう。

 自分を殺す時にすら、こうして笑っているのだから。

 

「わたしはこう生きていくことしか知らないし、こう死ぬのが当然だってことしか知らないの!」

 

 自らの死ですら楽しんで、人に必要な何もかもを教わらないまま人を殺し始めてしまった化け物は、笑う以外に死を咀嚼する方法を見つけられないでいる。

 

「一緒に死にましょ、ドクター。変わる気がないわたし達は、きっと生きてちゃいけないの」

 

「―――」

 

 その言葉に、スカリエッティが溜め息を吐き、何かを受け入れた様子で目を閉じる。

 トレーディの体が崩れ、その崩壊に最後のスカリエッティが巻き込まれていく。

 

「これで終わりか……なんと呆気ない」

 

「死なんて呆気ないもんだろ、スカリエッティ。普通はそうだ。劇的になんて終わらない」

 

「いやはや……十分劇的さ。私の人生は、君を倒すためにあったようなものだからね」

 

 果たして、スカリエッティの予測と計画を本当に覆したのは、誰だったのか。

 

「行きたまえ、最後で最初の舞台が君を待っている」

 

 スカリエッティは最後の言葉を残し、崩壊に巻き込まれて消えた。

 

「……さようならなの、ドクター……」

 

 トレーディが寂しそうにそう言って、目を閉じた。

 その容姿が、幼い頃のなのはやシュテルとそっくりだったからだろうか。

 その表情が、泣いているように見えたからだろうか。

 その様子が、あまりにも孤独の悲しみに満ちていたからだろうか。

 青年はトレーディの手を取り、頭を撫で、子供をあやす時のように自身の体温を伝えていく。

 

「触らないで」

 

「もう休め、大丈夫だ。

 瞳を閉じて、次に開いた時、お前は今よりもっと素敵な人生を始められる」

 

「生まれ変わりなんて信じてるの? あるわけないの」

 

「あると思ったほうが素敵だろ? BADENDで終わった人生に、『次』があるんだぜ」

 

「……そういう希望的観測は、苦手なの。嫌い」

 

 姉妹のように、人生の最後がよい終わりであることが、きっと最高なのだろう。

 けれども、もし人生の最後がよくない終わりであったなら。

 "その次"があることを、信じてみてもいいのではないだろうか。

 『次』があったとしても、なかったとしても、きっとそれは救いになるだろうから。

 

「あなたなんて、だいっきらい……だいっきらい、だいっきらい……」

 

 手の暖かさを、頭を撫でる優しい手を、トレーディは目を閉じ、安らかな気持ちで堪能する。

 

「でも、だいすき……手を握ってくれた人も、頭撫でてくれた人も、初めて……」

 

 そうして、最後の最後に、素直な気持ちを吐き出して、消えていった。

 

 手の中でぐずぐずに崩れて消えていく虹の髪の毛を見やりながら、青年は力強く立ち上がる。

 

「エリオ」

 

「はい」

 

「帰るか」

 

 振り返れば、遠くにシュテルとユーノが見える。

 帰ったら目一杯食べようと、青年は思う。

 そうしてから丸一日くらい寝ていようと、青年は考える。

 そうしてからパーティーでもして、土産話を溜めに溜めて……それから姉妹の立派な墓を立ててやろうと、青年は決意する。

 

 エリオが見上げる青年の顔には、青空よりも晴れやかな笑顔が浮かんでいた。

 

「あの世に笑い声が届くくらい、盛大な笑い声を上げながら、帰ろうぜ!」

 

「―――はいっ!」

 

 空に向かって、彼は叫ぶ。

 

「お二人共! ありがとうございましたぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁっっっ!!!」

 

 空の上にまで、その言葉が届くようにと、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んで、目覚めて、スカリエッティは研究所の中に居た。

 死んだはずなのに自分の意識が続いていることに驚き、スカリエッティはかつて自分の素体が生み出された研究施設、すなわち自分にとっての故郷に自分が居ることに驚いていた。

 

「ここは……何故、私は……」

 

「人はその生涯でいくつも『落ち着く場所』を手に入れる。

 儂と出会う時、その者が持つ『落ち着く場所』の記憶が自動再生されるのじゃ。

 ここはお前さんがその生涯の中で、一度でも安心を感じたことがある場所ということじゃよ」

 

「……ご老人、あなたは?」

 

「神、とでも名乗っておくかの」

 

「神……」

 

 不思議と、その言葉を疑う気にはなれなかった。

 今のスカリエッティが死者であり、この神が本物であるからだろう。

 スカリエッティは真実と現実を探求する研究者。

 歪んだ知性で真実を認めない、なんてことはしない。

 

「何故だろうね。負けて滅びたと言うのに……

 何故こんなにも清々しくて、穏やかな気分なのだろう。

 悔しさなんて一欠片もない。勝者であった時にも、こんな気分になったことはなかった」

 

 神は人を超えた存在だ。その目は、スカリエッティ自身が気付いていないスカリエッティの真実ですら、ひと目で見抜く。

 

「お前さんはようやく、『ジェイル・スカリエッティでないもの』になれるからじゃろう」

 

「……なに?」

 

「お前さんはジェイル・スカリエッティとして作られた。

 次のスカリエッティとなるよう求められて生まれた。

 次のスカリエッティとして生きることを望まれ、そう生きた。

 誰に言われるまでもなく、生まれた時からある記憶と意思に従って生き、死んだ。

 お前さんはジェイル・スカリエッティの意思のままに生きたが……

 『お前さんの固有の意思』でこの世界を生きたことなど、()()()()()

 

「───」

 

 全てのスカリエッティは、『スカリエッティ』という同一の存在だった。

 だが、そのスカリエッティももはやその全てが死んだ。

 死した後のスカリエッティ達に、神はとても小さな導きを示している。

 

「ま、ジェイルの意思はお前さんの意思でもある。

 ゆえにお前さんは徹頭徹尾自分の意思で動いていたとも言える。

 が、同時に終始自分の意思で生きていなかったとも言える。

 ……ま、そういう矛盾を抱えながら生きるもまたよし。矛盾してこその人間じゃしの」

 

「……そうか。そうだったのか。この、私の中に生まれた不思議な解放感は……」

 

 スカリエッティは納得した様子で頷く。

 生きている間は、指摘されても鼻で笑っていたであろう指摘。

 死して『スカリエッティ』から解放されて、初めて気付く小さな気持ち。

 神の言葉は、砂地に染み込む水のようにすっと染みていった。

 

「ここを通ったスカリエッティは皆、死んだ後にそれに気付く。

 そして全てを忘れ、次の人生に旅立って行きおったよ。生まれ変わるというわけじゃな」

 

「そう、か」

 

 今、スカリエッティにもようやく分かった。神は慈悲を示しているのだ。

 

「よく頑張った、ジェイル・スカリエッティ」

 

 こんな悪人にも、善人に対するものと同じように、平等に。

 

「儂はお主の人生の全てをちゃんと見ておった。

 紛れもなく極悪人じゃ。善行を為したことなど一度もない。

 それでも、お主は頑張った。

 全てを見ていたワシが、断言しよう。お主はよく頑張った。よくやった。

 この世の全ての人間が認めぬお主の努力を、儂が認めよう」

 

「―――」

 

 神はこの世の全ての命を見ている。

 情けない人間も、格好いい人間も。

 だらしない人間も、立派な人間も。

 救いようのない外道も、その身を他者のために捧げた聖人も。

 努力できない半端者も、努力を積み上げた努力家も。

 遊ぶことしか考えていない者も、他人のためになることだけを考えている者も。

 子供も大人も。男も女も。宗教家も無宗教も。人もそうでないものも。

 善人も、悪人も。

 等しく、全ての命を見ている。

 そうして、全ての命の生涯を見た上で、その命が死した後に、こう言ってくれるのだ。

 

 『よく頑張った』と。

 

 それがどんなに小さな努力だったとしても、構わない。

 本人が忘れていたような小さな努力ですら、神様はちゃんと見ている。忘れていない。

 本人が誇らしげに他人に言えないような小さな努力さえ、神様は微笑んで、その人生の終わりにその努力を褒めてくれる。

 きっとそれは、どんなことよりも『報われた』という気持ちをその命に与えてくれる。

 

「あなたが神であることに、今納得したよ」

 

 スカリエッティも、頑張っていた。

 ずっと頑張っていた。

 誰にも認められなかったとしても、目標に向かって頑張っていた。

 それが悪行だったからこそ、大半の人にはその努力を否定されることだろう。

 ゆえに、その努力を認められたことで、スカリエッティは初めての感情を抱いていた。

 

「ほっほっほ、神は誰にでも優しいんじゃよ。人を愛するのが我らの仕事のようなもんじゃ。

 他には何もせず、人が繁栄するも滅亡するも成り行きに任せる。

 それもまた、我らの在り方じゃからな。

 我らは寄り添う者。愛する者。見守る者。支配する者でもなければ、敵から守る者でもない」

 

 基本的に干渉はしないのだ、と神は微笑む。

 

「儂も"次の人生を与える"以外に人に救いを与えられん身じゃ。

 次の人生でちゃんと幸せになれるかどうかは、お前さん次第じゃろう」

 

 神が指し示した『次の人生へと向かう道』を見ながら、スカリエッティは神に問う。

 

「私以外の私にも、全員に一人づつこう言って回っているのかい?」

 

「幾多の次元世界で構築される『この世界』という枠の中で死んだ者には全員会っておるよ。

 ワシは神。つまり全ての生物の父じゃしな。虫や獣や魚とも楽しく話して送り出しておる」

 

「……全ての命に声をかけてから送り出しているとは、随分多忙なようだ」

 

「"忙しい"などという概念は、時間に縛られたお前さんらだけが持つ概念じゃよ。

 神にそんなものは関係ない。やろうとしているか、していないか、それだけじゃ。

 神は時間に縛られず、世界に偏在する。

 儂という個として、死した全ての命と同時に一対一で話すという矛盾も可能じゃの」

 

 "矛盾を矛盾のまま現実にできる、不可能を不可能のまま実行できる、それが神じゃ"と老人の神は言う。全知全能には程遠いがの、と笑う。

 もっとも、時間に縛られないとはいえ体感時間等諸々はそのままであるため、21年前に神はある男の破天荒さに吹っ飛ばされてしまったのだが……それはまあ、語る必要のない話だろう。

 神にも予想できない者が居る、なんて話をここでしてもしょうがない。

 

「お前さんと儂が話している間にも、儂は別の者と話しておる。

 ほれ、お前さんの話が長いせいで、あちらの方が先に終わってしまったようじゃぞ」

 

 スカリエッティが、神に促されるままに振り向く。

 そこには、居心地が悪そうに目を逸らすトレーディが居た。

 

「トレーディ」

 

「……ドクター」

 

 トレーディが最後の造反をスカリエッティに見せてから、体感で十分程度しか経っていない。

 少女からすれば気不味いにも程があるだろう。

 スカリエッティは苦笑し、少女の手を握る。

 驚く少女を導くように、『次の人生へと向かう道』をスカリエッティは指差した。

 

「生まれ変わるまでの、ほんの数分の短い旅路だろうけど。一緒に行くかい?」

 

「―――! ……はいっ、ドクター!」

 

 『父親』にそう言われて、トレーディは無邪気な笑みを浮かべた。

 色々とあった二人だった。

 その関係は単純に良好とは言えない。だが険悪であると言うには程遠い。

 二人は共に多くの人を殺した重犯罪者で、死んで当然のこともしてきた。

 ……けれども、この二人が自分の意志()()でそうしてきたのかと聞けば、それはノーであるとも言えるだろう。

 

 この二人は許されない。この二人に与えられる救いは、許されることではない。

 死して終わり、次の人生を歩き始めることだ。

 

「感謝する、神よ。次の人生では善行を積んでからここに来るとしよう」

 

「ほう、ジェイル・スカリエッティからそんな言葉が聞けるとは。少し驚きじゃの」

 

「別に、大したことじゃないさ」

 

 彼は善悪に拘りはない。

 死して初めて、彼はこう思うようになっていた。

 "多少不自由でも、あっちの陣営に付いたほうが楽しかったのかもしれない"と。

 

「ただ……あちら側の流儀に合わせて好きに生きるのも、楽しそうだと思っただけだよ」

 

 欲望に善悪はない。ジェイルは始点が邪悪であっただけだ。

 もしも、生まれ変わってまた出会えるなら。

 その時こそ、スカリエッティも、トレーディも、きっと―――

 

「行こう、トレーディ」

 

「うん!」

 

 新たな人生の始まり、古い人生の終わりを、神は見送る。

 

「さて」

 

 そして、神の世界から外界を見下ろした。

 

「儂には生まれ変わらせることはできても、人を幸せにする力はない。

 人は生まれ変わった後、己の力だけで幸せにならねばならない。じゃが……」

 

 視線の先には、エリオやシュテルやユーノと一生に笑い合う、一人の青年の姿。

 

 全ての命を大切に思うあまり、完璧を維持できないくらいの重荷を背負ってしまい、かつてちょっと失敗してしまった神の心に、安心が満ちる。

 

「幸せそうではないか。友に裏切られた、一から十まで破茶目茶だった男よ」

 

 グレアム、リーゼロッテ、リーゼアリアにも暖かな言葉をかけて次の人生に送り出した一人の神は、いつかの未来に青年がここに来る日を、楽しみに待っていた。

 その時こそ、神は言うのだ。

 『よく頑張った』、と。

 彼の人生の全てを見守り続けている神は、彼の人生の最後に、彼の人生の努力の全てを、『よく頑張った』という言葉で飾る日を、楽しみに待っていた。

 

 

 




次回エピローグ。その後最終章です
この作品完結させてからもう一つ連載初めても年内に完結させられそうなペースでよかったです

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