課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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光秀「今日、本能寺(うち)ね……親居ないの……泊まりに来ない?」

みたいなラブコメ考えたりしたんですけど投げました


エピローグ・エンドロールのプロローグ

 エレベーターの中で、彼はソシャゲをやっていた。

 相も変わらず、彼は子供の頃からずっと続けている趣味を楽しんでいる。

 海鳴の人間の一部が今の彼を見れば、幼少期から変わらない彼の姿に溜め息を吐くことだろう。

 

「んー」

 

 今の彼は、変わったとも言えるし、変わっていないとも言える。

 彼と特に親しい人は、長話していると「何か変わった?」と聞いてくる。

 長い付き合いがあっても深い付き合いがない人は、「お前は変わらないな」と言ってくる。

 そういう塩梅だ。

 

 彼の美点が失われたと思う者も居るかもしれない。彼の美点は失われていないと思う者も居るかもしれない。

 彼の欠点が消えたのだと思う者も居るかもしれない。彼の欠点は消えていないと思う者も居るかもしれない。

 彼は変わった。けれども、それは当然のことなのだ。

 生きている限り、人は外からの影響を受け、良くも悪くも変わっていくものなのだから。

 

「ん?」

 

 エレベーターが指定の階で止まり、扉が開く。

 青年は迷いなく外に踏み出し、自室の扉を開いて入る。

 だが外したネクタイを放り投げようとしたその瞬間、自室のベッドでうつ伏せになって漫画を読んでいる、キリエ・フローリアンの姿を発見した。

 少女は漫画を楽しみながら足をふりふりと動かしており、扉が開いた音で青年の帰還に気付いた様子。

 

「あ、おっかえりー」

 

「なんで居んのお前」

 

「アミタと喧嘩しちゃってね、一週間くらい匿って欲しいのよ」

 

「あ、今回はお前が悪いんだな」

 

「……」

 

「お前自分が悪いと自覚してる時くらいしか逃げ隠れしないしな。

 かといって謝りたくない流れの時は、中々謝らないでほとぼり冷めるの待つし」

 

「……女の子の内心を理解して、言及と見ないふりをちゃんと選択できる、それが……」

 

「いい男の条件、だろ? 二回目じゃねえかそれ」

 

 キリエは漫画を伏せて、掛け布団に顔を埋めてばったり倒れる。

 言われたくない点を指摘されたからか、まるでうつ伏せの死体だ。

 膝から先の足だけがぱたぱたと動いている。

 

「つかパンツ見えてんぞ」

 

「!?」

 

「嘘だ」

 

「こ、この男はっ……!」

 

「オレの周りにそういう奴結構居るが、なんで見られたくないのにミニスカ穿いてんだ。

 見られたくないならシュテルみたいに鉄壁のロングスカート穿けばいいだろうに」

 

「うっさい!」

 

 顔を赤くして飛び起きたキリエが青年を睨む。

 青年は笑って、手の中で回していたスマホをポケットの中に放り込んだ。

 

「オレも日々弱くなってるらしい。お前のことをもう笑えねえなあ」

 

 彼に起こった変化は、彼と親しい者なら誰でも知っている。

 話していない者も居るが、彼自身が親しい相手に酒の肴に話すなどして、その変化を隠そうともしていなかったからだ。

 だからか、キリエはその言葉の意味を誤解せずにちゃんと理解し、彼に微笑む。

 

「あらあら。運が良いのか悪いのか。今回は私の番、なのかしらね?」

 

「? 何の話だ?」

 

「前の話よ」

 

 思い出されるのは、未来の世界の最終決戦の前に、彼がキリエに伝えた言葉。

 

――――

 

「でもきっと、上っ面で取り繕ったそれも、お前なんだろうな」

 

「お前はそれでいいのかもしれない。着飾ったままで。

 弱さを取り繕って、それでも人を助け続けて。

 真面目で一生懸命で、責任感が強いのに他人を頼るのが苦手で、"いい子"に見られるのも苦手」

 

「だけど、そんな自分で在り続けるお前に、救われる誰かも居る。オレがそうだった」

 

「お前のその(つよ)さを、オレは信じる」

 

――――

 

 キリエは彼の弱さを笑わない。

 彼もキリエの弱さを笑わなかったからだ。

 彼女は一つ一つ、彼が彼女に言った言葉を口にする。

 

「いいんじゃないの? 別に。

 ならそれは、あなたがわたしに言った言葉が、そのままあなたに返るってだけの話でしょ」

 

 情けは人の為ならず。善意は巡る。言葉も巡る。

 形のないものは人とから人へと伝わり、自分に返って来ることさえある。

 それは因果応報と呼ばれることもあれば、人から人へと継承される技術に似たものだと言われることもある。

 人を助ける人間は、いつか誰かに助けて貰えるということだ。

 

「わたしも、あんたのその(つよ)さを信じてる。

 泣いてる人を見捨てられないのは弱さだけど、泣いてる人を見捨てないのは強さだもの」

 

 かつて彼に肯定された者として、今度は彼女が彼を肯定する。

 

「"この人ならわたしを見捨てない"っていう確信と安心があれば、信頼できる。そうじゃない?」

 

「……まあ、それは……そうだな」

 

「でしょう? 人情を捨てられない人って、結局強さと弱さが裏表なのよ」

 

 からかうように少女は笑って、青年も屈託のない笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、ファッション悪女」

 

「どういたしまして、ファッションアイアンハート」

 

 ストレートに礼を言われたのが気恥ずかしかったのか、キリエは手を振って彼の部屋から出ていこうとする。

 読みかけの漫画があるためにどうせすぐ戻って来るのだろうが、純情ウブでシャイなキリエは今の状態で彼と顔を合わせていられないのだ。この空気にも耐えられないのだろう。

 

 部屋を出て行こうとするキリエと入れ違いに、部屋の外からエリオが顔を覗かせた。

 

「すみません、Kさん、入っていいですか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 キリエが出て行き、帰り際にもう一度悪戯っぽい笑みを見せていった。

 青年はエリオを椅子に座らせ、コーヒー牛乳を入れたカップとクッキーを乗せた皿を出し、自身はベッドに腰掛けて腕を組む。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いいってことよ、安物だ。……なんとなく、長い話になりそうだしな」

 

「……はい」

 

 エリオには、姉妹の最期を看取った兄弟子と話しておきたいことがあった。

 その会話に何の意味も無かったとしても、そこに価値はあるのだと、信じていたから。

 

「聞きたかったんです、Kさんに。二人の師匠の昔の話を」

 

「長くなるぞ?」

 

「長くして下さい。たくさん話して下さい。そうしてくれた方が、僕は嬉しい」

 

 エリオの知らないリーゼロッテの話。

 エリオの知らないリーゼアリアの話。

 エリオはそれを聞きに来て、青年はそれを了承した。

 懐かしそうな、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、目を閉じた青年は暖かな想い出を一つ一つ掬い上げる。

 

「そうだな、二人と出会った時の話からするか。あの二人は木漏れ日の中で―――」

 

 一つ想い出を掬い上げ、一つ想い出を語る度に、一つ蘇る感情があった。

 ある想い出を語ると、エリオは心底驚いていた。

 ある想い出を語ると、エリオはとても呆れていた。

 ある想い出を語ると、エリオは楽しそうに笑っていた。

 ある想い出を語ると、エリオは姉妹を思い出してしんみりとした顔をしていた。

 

 けれども、総じて見れば青年も少年も笑い合ったまま。

 懐かしい想い出に様々な感情を感じながら、二人は姉妹の想い出を共有していく。

 胸の奥に抱いた想いを共有していく。

 

 笑えて話せるからこそ、笑い話。

 

 リーゼロッテとリーゼアリアの死で終わったこの物語も、既に笑い話となっていた。

 

 なればこそそれは悲劇ではなく、既に乗り越えた試練なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカリエッティという存在がこの世界から消え去る前に、『それ』は顕現した。

 生まれた、という表現も正しくない。

 製作された、という表現も正しくない。

 受肉した、という表現も正しくない。

 やって来た、という表現も正しくない。

 復活した、という表現も正しくない。

 次元世界に平和が訪れる前に、『それ』はスカリエッティのクローン素体の一つを使って、この世界に出現していた。

 

「ふむ」

 

 容姿はスカリエッティそのものだ。

 だが、もはやスカリエッティではない。

 それはスカリエッティの統合に巻き込まれたことからも分かるだろう。

 精神そのものも、内在する魂も、脳の中身すらも一瞬で塗り潰されたスカリエッティの体は、既に『それ』が世界に存在するための楔でしかない。

 

「20年以上か」

 

 『それ』は初めて手に入れた人の体の調子を確かめるように、手足から指先までくまなく細かく忙しなく動かし、何の不調もないことを確かめる。

 

「予想以上に、時間がかかってしまったな。奴の転生から時間が経ちすぎている」

 

 次に、能力の調子を確かめる。

 『それ』が右腕を振ると、99の次元世界が消滅した。

 『それ』が左腕を振ると、消滅した99の次元世界が一瞬にして元通りに復活した。

 指を鳴らして新たな世界を作り上げ、手を叩いて作ったばかりの世界を溶解させる。

 能力の調子も、不調は見られない様子。

 

「しかも波長が合ったのはスカリエッティの肉体……なんとまあ、因果な」

 

 『それ』は、この世界の海鳴市で新たな生を受けたはずの『彼』を目標に定める。

 

「皆が望むなら、そうしよう。

 皆が望まずとも、誰か一人が願ったのならそうしよう。

 そうあるべしと定義され、君達が祈った世界の終わりを、私がここに形にしよう」

 

 『それ』は、彼の敵だった。人類の敵だった。世界の敵だった。宇宙の敵だった。生命の敵だった。倫理の敵だった。秩序の敵だった。

 されど、敵であると同時に、穿った見方をすれば味方とも言えるものだった。

 

「他人を憎んだことがない者だけが。

 自分の外側に不幸の原因を求めなかった者だけが。

 自分の人生に何一つ不満を持たなかった者だけが、私に石を投げなさい」

 

 世界そのものの代弁者のような物言いで、『それ』はかの青年を目指して動き出す。

 

「それで、何が変わるというわけでもないが」

 

 スカリエッティの肉体を彼が手にしてから13日後。

 

 その13日で得た肉体を己の物に変質させ、『それ』は彼の前に現れていた。

 

 

 




最後の伏線回収=最終章

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