課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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では、最後の大舞台を始めましょう


最終章 生まれる前から求めた一人
課金が大好きです 今度は嘘じゃないっす


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『自分』さえ捨ててでも、守りたいものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、人は選ばなければならない。

 

 残酷な二択があるとしよう。森の中の分かれ道をイメージすればいい。

 二つの道、どちらかを選び選ばなかった方を捨てなければいけない選択を迫られる。

 どちらを選んでも、何かが失われる。そういう二択だ。

 機械であれば、合理的な計算を行ってどちらかを選ぶだろう。

 凡夫であれば選べないか、選んだ後に後悔するしかないだろう。

 

 だが、天才を始めとする一部の人間は、第三の選択肢を作り出す。

 二つの道の間に広がる森の中に身一つで突っ込んで行くようなことをするのだ。

 彼らは今までになかったものを作り出す者達であり、時に既存の選択肢には囚われない。

 第三の選択肢を選ぶのは、機械にはない人の権利である。

 

 されど、勘違いしてはならない。

 彼らは『第三の道を選ぶ』という選択をしただけなのだ。

 二つの道のどちらも選べずに選択から逃げ、結果的に第三の道を選ぶ弱者とは違う。

 彼らは好き好んで新たな道を切り開く強者なのである。

 胸を張り()()()()()()()ということが、彼らの強さを証明している。

 

 選ばなければならない。

 力強き者、心強き者、繋がり強き者が勝つのがこの世界だ。

 選択できないことは弱さ。選択できることは強さ。

 よい終わりを迎えたいのなら、人は絶対に選ばなければならない。

 いつまで経っても選べないのなら、待っているのは残酷な結末だけだ。

 

 

 

 

 

 転送ポートの前で、初対面だとまず確実に感情が読み取れない無表情のシュテルが、覚悟を決めた様子で青年に話しかける。

 まるで、決死の想いでの告白か、決死の覚悟で果たし状を差し出そうとしているかのようだ。

 

「私、そろそろ大勝利が見えてきたと思うのです」

 

「シュテル、何の話だ」

 

「マスターも変わってきましたし。いえ、決定的な一線は越えていないと思いますが」

 

「シュテル、何の話だ」

 

「しからばハッキリさせておきたいのです。

 勝者は私か、ナノハか。あるいは両方か。それとも両方が敗者なのか」

 

「シュテル、何の話だ」

 

「そういうわけでマスターの前でナノハと話し合いがしたいのです。同行をお願いします」

 

「えええ……」

 

 ぼんやりした話をすんじゃねえ、だいたい分かるけど、といった顔で青年は困り果てる。

 転送ポートには既にシュテルの魔法がかけられている。

 あとは超エグザミア級の魔力が溜め込まれた転送魔法を起動し、未来の座標を入力して飛ぶだけという段階だ。

 

「いいからさっさと行け。お前今日はエルトリアに泊まりだろう」

 

「パジャマパーティーです」

 

「……お前、21歳相当のくせにパジャマパーティーか……」

 

「世界に生まれてからなら私12歳、ディアーチェとレヴィは1歳です。セーフですよセーフ」

 

「こんにゃろう」

 

 それを言うならマテリアルの記憶と記憶は数百年分あるババアじゃねえか、と言わないだけの優しさが彼にはあった。

 

「いいですか? 私は明日帰ってきます。

 帰って来たらすぐナノハに会いに行きましょう。それで決着です」

 

「そんじゃ今日の内に手土産用に東京ばな奈でも買ってくっかなあ」

 

「すごくどうでもいい感じに流すのやめてください」

 

「ほら行けそら行けさっさと行け。怪我と病気だけはしないようにな」

 

「うむぅ。行ってきます」

 

 シュテルが消えて、青年は歩きソシャゲをし始める。そしてアインハルトに注意されてやめた。

 通りすがりの通りすがルトに手持ち無沙汰にされ、少年はやや早足に屋上に移動。

 誰も居ない屋上で、綺麗なベンチに横になる。

 このベンチは先日、彼と戦闘機人組とロリ組で塗り替えたばかりのものだ。

 

「あー、ありゃシュテル本気だなあ……参った」

 

 新暦77年春。今日も次元世界は平和だった。

 課金王が対決すべき世界の危機など見当たらない。

 スカリエッティの起こした大騒動はここ数日で完璧に終局し、後は時間をかけてじっくりと復興していくだけという段階だ。

 次元犯罪者もあの騒動ですら収めた時空管理局に脅威を感じたのか、全体的に様子見に入っているらしく、かなり大人しい。

 

「太陽の下で走るイベントは最高だぜ!」

 

 青年はソシャゲのイベントをひた走る。

 晴れてるんだからゲームなんかやってないで外に遊びなさい、という言葉が一般家庭から続々消えていった世情を示すかのように、青年は輝く太陽の下で元気にソシャゲをやっていた。

 イヤホンが、彼の耳に軽快なBGMを届けている。

 

 そんなBGMの中に、『足音』が混じった。

 外の音なんてイヤホンのせいで聞こえないはずなのに、"ゲームの中の音かな?"と思う余地もないくらいにハッキリと、イヤホンの外から足音が届いたのだ。

 ただ耳にするならただの音。

 されどこの状況で聞こえるのなら、それは音でもなんでもない。

 青年の思考は一瞬でその異常に気付き、体を起こす。

 

「楽しんでいるようじゃないか」

 

 いつからそこに居たのか。

 青年の視線の先には、スカリエッティと同じ容姿をした男が立っていた。

 だが、青年はその姿に驚かない。

 「生きていたのかスカリエッティ」という言葉も出て来ない。

 出てきた言葉は、第三者が聞いていたなら首を傾げるような言葉。

 

「―――なんだ、お前……()()()?」

 

「いい質問だ。何も分かっていない人間からは、そういう質問は出て来ない」

 

 『それ』は笑った。

 『それ』が笑うと、笑顔が見えない。『それ』の顔の周辺の世界が歪むからだ。

 "見えない笑顔を浮かべる"『それ』は、片手を上げて指をパチンと鳴らす。

 

「とりあえず、リセットだ」

 

 そうして。

 

 全ての次元世界は、唾を吐き捨てるような気軽さで、消滅した。

 

「え」

 

「今、お前と私を除く全て、全ての次元世界が消滅した」

 

「―――え?」

 

「この『何もない世界』を見れば、それが誇張でないことは分かるだろう?」

 

 絵師が描いた絵を破り捨てるように。

 プログラマーが作ったプログラムを削除するように。

 芸術家が彫った彫刻にハンマーを振り下ろすように。

 世界が消えて、彼らだけが残される。

 

「そして、君もリセットしよう。神から与えられた分の力は、私が預かる」

 

 残された二人の片方が、スマホを握っていた青年が消し去られる。

 ……否、()()()()

 人としての体が消えていき、青年は生まれる前の姿に戻った。

 『戻されてしまった』。

 

 その一瞬で、全ては消えた。

 彼が今日まで生きて来た記憶も。

 今日まで積み上げてきた努力の証も。

 今日まで繋げてきた人の絆も。

 今日まで生きてきた過去も。

 彼が生まれた瞬間から、今日までの間にあった全てが消える。

 

 その上、今まで奇跡に繋がって来た"条理を覆すガチャの力"さえも奪われてしまった。

 

「再始だ。新たな人生を送るといい」

 

 生まれる前の姿に戻された青年は、消し去られた世界と共に時を巻き戻され、原初に還った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少年は、前の生に関わることを全て忘れ、海鳴市に生を受けた。

 幼少期からソシャゲに並々ならぬ執着を示していたものの、両親はそんな息子に理解を示し、好きなように生きられるよう便宜を図ってくれていた。

 少年に親しい友は居ない。

 両親の仕事の関係で海鳴市の片隅に居を構えたものの、様々な要因が絡み合って、この少年に同年代の親しい友人はただの一人としていなかった。

 

「……?」

 

 少年は自宅の居間でソーシャルゲームをやりながら、小さな違和感を感じ取る。

 何かが変だ。

 そう思うも、小さな違和感はすぐに霧散する。

 小さな違和感を感じ、それを気のせいだと切り捨て、次の瞬間には忘れていることなど、普通に生きていれば数え切れないほど経験する当たり前の事柄だ。

 

「どうした?」

 

「ううん、なんでもないよ、父さん」

 

 ただ、家族には恵まれていた。

 理解者であり、好きなように生きることを許可してくれる家族。

 この両親を、少年は深く愛していた。

 よく愛された子供は、大人になってからも正しく子供を愛することができるという。

 この両親は、この少年に"人の愛し方"をちゃんと教えられる親であったようだ。

 

 父が息子の様子が何か変であることに気付き、母も息子の様子が変であることに気が付いた。

 

「……」

 

「どうかしたの? 私に何でも相談してみなさい。大丈夫、私はあなたの母さんだもの」

 

「……分かんない」

 

「分からない?」

 

「何が変なのかも、分からない。多分気のせいだと思うんだけど」

 

 子供の曖昧な不安に、母は子を抱きかかえ、ハッキリとした答えを返した。

 曖昧な問いに対するハッキリとした答え。

 それは人生における全ての困難に対し振るえる、真理の刃だった。

 

「迷った時は、心に従いなさい」

 

「心に……?」

 

「他の人に、貴方の心は貴方を通してしか見えないわ。

 貴方の心を直接見てあげられるのは貴方だけ。

 そして、貴方の心を一番近くで見守ってあげられるのが貴方だけであるのと同じように……

 心もまた、一番近くで貴方を見守ってくれてる、貴方に一番近い貴方の一番の味方なの」

 

 母は、人が人生で困難にぶつかった時、どうすればいいのかをよく知っていた。

 

「迷った時は心に聞いて、心に従いなさい。何にだって、それが一番よ」

 

「……うん」

 

 母に抱きしめられ、少年の心から小さな違和感が痕跡も残さず消えていく。

 少年は幸せだった。

 たとえ素敵な出会いがなくとも、この上なく両親に恵まれていた。

 愛されているということは、幸せである。

 この日々が続く限り、少年はいつまでも幸せなままだった。

 

 ―――だから、だろうか。この幸せが、この日の夜に終わってしまったのは。

 

「あ」

 

 その日の夜。

 少年の家に、見たこともないような怪物が襲来した。

 怪物は悲鳴を上げる間も与えず、少年の両親を一口で噛み殺す。

 あっという間の出来事だった。

 少年は何のアクションを起こすこともできないまま、怪物が振るった尾が眼前に迫るのを、車に轢かれる直前の猫のようにぼうっと見ていた。

 

 少年は知る由もなかったが、それは『ジュエルシードモンスター』と呼ばれる化物だった。

 

「……え」

 

 激痛を超えた激痛。

 尾の一撃は致命傷となり、過剰な痛みで少年から正常な思考力を奪う。

 規定値を超えた痛みが脳の機能をショートさせ、幸か不幸か正常に痛みを感じるという機能さえ、一瞬にして粉々に破壊されていた。

 

 潰れた耳に血が詰まり、頭蓋骨の中から漏れて来た何かが血に混じって、血と一緒に耳を塞ぐ。

 何も聞こえない。

 何も感じられない。

 片目は潰れ、もう片方の目も潰れかけ、皮膚は擦り切れ、鼻も千切れ、口の中もズタズタだ。

 五感のほとんどを失った少年であったが、耳周りの肉と骨がぐずぐずに壊され、ぽとりと地に落ちたおかげで、耳に詰まっていた血が流れ出る。

 

「―――リカル―――エルシード―――封印―――」

 

 そうして彼は、懸命な少女の声を聞いた。

 どこか、聞いているだけで元気が出て来る声だった。

 死の淵にあった少年の意識が、半歩分この世界に帰還する。

 少年は声の主に目を向けようとして、動かない体と苦痛に呻く。

 彼の体は動かなかったが、少女が自分から少年の視界に入って来てくれたことで、その姿を見ることができていた。

 

(綺麗な瞳だ)

 

 潰れかけの目で、少年は少女の姿を見る。

 

(その瞳が涙で濡れてるのが、勿体ないくらいに)

 

 可愛らしい容姿に、白を貴重とした素敵な衣装を纏った、栗色の髪の少女。

 初めて見る少女だったが、不思議と警戒心を抱かせない雰囲気を持っていた。

 

「―――!」

 

 少女は何かを叫んでいるようだが、耳にまた血と頭蓋骨の中身が混じったものが詰まってしまった少年の耳には、もう届かない。

 少女は泣いていた。

 見ず知らずの少年の死を覆そうとして、覆せなくて、泣いていた。

 だからか、少年は少女が叫んでいる言葉を、目で見るだけで理解してしまう。

 

 「死なないで」と、少女は叫んでいた。

 

(この瞳は……

 真っ直ぐに人のことを見ていて。

 真正面から人と向き合おうとしていて。

 真心で人のことを想っている、そういう子の目だ)

 

 少女の涙に、少女の叫びに、何も応えられないまま少年は目を閉じる。

 命が失われる感覚に身を委ねながら、彼の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまらない、リテイクだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少年は、前の生に関わることを全て忘れ、ミッドチルダに生を受けた。

 代金ベルカ式を習得しても、それがなければ魔導師ランクDで頭打ちになる程度の魔導師だったが、合縁奇縁でリーゼ姉妹の薫陶を受けることになる。

 大きな資金源を持たなかった彼は結局魔導師としては大成しなかったが、貴重なフルバックの補助魔導師として、海の前線で戦う人間の一人となっていた。

 

「ちーっすかっちゃん」

「今日もソシャゲやってんな」

「むしろやってなかったらどうしようかと」

「とにかく、今日もお仕事だ」

「一旦中断中断。その辺にしといて、続きは休憩時間にな」

 

 気のいい仲間や同期、友人にも恵まれ、管理局の正式な一員としての人生を彼は歩んでいた。

 問題があるとすれば、ただひとつ。

 あらゆる巡り合わせが最悪の形で噛み合って、彼の年齢が二桁になる頃には、次元世界は未曾有の危機に陥ってしまっていた、ということだった。

 

「最近次元世界やばくね?」

「そりゃ皆思ってるが、俺らは管理局員だ。弱音も愚痴も厳禁だろ」

「まあ何とかなんだろ、多分おそらくきっと」

「希望的観測ー」

 

 知人であれば毎週のように死ぬ。

 友人であれば毎月のように死ぬ。

 特に親しい人間でさえ、年に一人は死んでいった。

 心許せる戦友も、例外ではなかった。

 けれども皆、無理して笑ってこの現実を生きていた。

 

「かっちゃんよー、お前なんか最近あの高町なのはと仲良いって聞いたぞー」

「末期戦のラブロマンスかよこのやろー」

「死ね。うらやま死ね。爆死しろ。死んでしまえこの野郎」

 

 出会いがあり、別れがあり。

 親しくなっては死に別れて。

 仲良くなるたびに喪失して。

 一人、また一人と、真綿で首を絞めるように大切な人が消えていく。

 

「……あーあ、随分少なくなっちまったなあ」

「他のとこはもっと死んでるんだ。贅沢言えねえよ。なあ、かっちゃん」

 

 それは、鉛筆を削るような毎日だった。

 自分という鉛筆は、使えは使うほど尖った部分が丸くなり、使えなくなっていく。

 だから削る。擦れて使えなくなった分だけ、自分を削る。

 摩耗して、削って、摩耗して、削って……

 その果てに、自分が使い物にならなくなってしまうことが見えている、そんな日々。

 

「俺、管理局辞めるよ。

 なんてーかさ……辛いんだ。もう無理だ。

 最後まで俺に付き合わせて悪かったな。ありがとよ、かっちゃん。じゃあな」

 

 仲間が一人、また一人と減っていく環境に息苦しさを感じ、少年も前線から退いて後方勤務に移ることを決めた。

 そこで旧知の知人であるクロノ・ハラオウンが艦長を務めるオペレーターに就任できたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

「久しぶりだな。君の尽力に期待する」

 

「あいよ、ハラオウン提督」

 

 このまま、つまらないけれどもそこそこ楽しい人生を送りながら歳を取っていくんだろうか? なんて、思いながら日々を生きて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リセット。次の人生を始めたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少年は、前の生に関わることを全て忘れ、アルザスの片隅に生を受けた。

 先祖からの伝統なんてなんのその、都会に出てバイトして多機能型自動発電式デバイスを購入、時間があればソシャゲをするという大不良であった。

 破天荒なため子供に好かれるものの、大人の受けはたいそう悪い。

 しかも固有の術式を何となくで使用し、先祖伝来の召喚術には一切適性がないという始末。

 本来ならば里から叩き出されてもおかしくないようなバイタリティとフリーダムさを併せ持った少年であったが、少年には幼い妹がおり、両親も既に他界していたことから、妹が独り立ちするまでは里から叩き出されるのを免れていた。

 

 何せその妹は、里の誰もが無視できないほどの大きな才能を抱えていた少女だったから。

 

「お兄ちゃん、何してるの?」

 

「見て分からんか妹よ、お前への誕生日プレゼントを作っているのだ」

 

「……天井まで届くサイズのケーキとか、初めて見たなぁ……」

 

 この世界における彼の家名はル・ルシエ。

 妹の名前はキャロ。

 世界を繰り返す度、彼は世界の中をズレ動いていく。

 機械さえも多用されないこの里において、彼は子供達の憧れと好意の的だった。

 

「あっ、敵の攻撃だ!」「これどうやって操作してるの?」「あ、防御した」

「すげーなんか回避してる」「触って操作してるんだって」「うわっ速っ」

「おれもゲーム欲しいなあ」「欲しいよなあ」「なあなあ貸してくれよあんちゃん」

 

「お前ら画面は見せてやるから、静かに仲良くしろ」

 

 子供に群がられ、子供にゲーム画面を見せながらプレイする彼は、昔からずっと里の子供達の人気者で、子供に悪影響を与える存在として大人に疎まれる子供だった。

 

「お兄ちゃん、そろそろご飯にする?」

 

「ん、ああ」

 

 ちゃんと働き、兄として稼いで妹を食わせてやる兄という構図。

 妹は兄に感謝し、兄もまた妹を育てることにやりがいを感じていた。

 貧しく、忙しいけれど、幸せもある日々だった。

 その日々も終わる。

 無情に終わる。

 妹が突然病に倒れてしまったことで、兄は岐路に立たされていた。

 

「……え?」

 

 熱にうなされ、赤くなった顔に玉のような汗を浮かべるキャロの横で、彼は里長から残酷な現実を伝えられる。

 

「……今、なんと?」

 

「キャロの病気は治せん、と言ったのだ」

 

 外世界から違法次元航行者が持ち込んだ、異世界の病原菌。

 この世界の人間が一切の抵抗力を持たない、そういう病魔だった。

 こういうことが起こり得るために、世界間航行は管理局の手で綿密に管理され、管理外世界への渡航は厳しく制限されているのだ。

 不運にも、キャロはそういう類の病気に罹ってしまっていた。

 予防接種で簡単に防げる、けれども一度かかってしまうと高度な医療と高価な医療費が必要になってしまう。そういう類の病魔が、彼の妹を蝕んでいた。

 

「対症療法だけでも使う薬は高額。根本的な治療薬ともなれば、どれほどになるか……」

 

「……」

 

「待て、どこに行く?」

 

「金があればいいんでしょう、金があれば」

 

 そうして彼は、ただ金だけを求めて、次元犯罪者の組織に仲間入りした。

 元より、彼の気質は秩序側に必ず属するというものではない。

 秩序を軽視しているわけではないが、いざとなれば法の裁きを受けることも覚悟の上で、犯罪者に身を(やつ)すことも躊躇わない性情を持っていた。

 

 キャロには内緒で、彼は違法に金を稼ぐ。

 里の大人の一部は彼の所業を知っていたが、止めることもせず、通報もしなかった。

 里の判断でいつでも彼を管理局に突き出していいという約束。その時は「里は何も知らなかった」と証言するという約束。その代わり、彼がやっていることを里は黙認するという約束。三つの約束が、キャロの命を助けようとする彼の行動を里に許容させていた。

 

 キャロに隠れて、彼は妹の命を永らえる金と、命を救うための金を集め続ける。

 

「……金も、あと少し」

 

 最初は小物であるがために他者の目につかなかった彼も、稼ぐ額が増えるにつれ、活動期間が長くなるにつれ、他者の目につき始める。

 

「……あと少し……」

 

 キャロの容態が急変し、すぐにでも完治させなければ命が危ないと医師に宣告された時、彼は決断を迫られた。

 妹を見捨てるか。

 時空管理局が護送している大金を奪うという、不可能と言っていい強盗作戦を実行するか。

 見捨てるか、事実上の自殺かという二択。

 彼は妹の死ではなく、自殺の道を選んだ。

 

「あと少し、だったのに……!」

 

 そうして、必然の結末として、彼は管理局員に取り押さえられた。

 彼を取り押さえたのは、彼と同年代の20歳にも届いていなさそうな年頃の少女であった。

 管理局において、エース・オブ・エースと呼ばれている怪物。

 汚れのない白色のバリアジャケットを見ているだけで、彼は相対的に自分が汚れているように感じ、自分が落ちる所まで落ちたことを自覚させられてしまう。

 

「邪魔だ、離せっ!」

 

「……なんであなたは、そんなに悲しそうな目をしているの?」

 

「―――っ」

 

「最初から今まで、あなたはずっと、泣いてる子供みたいな目をしてる」

 

 バインドで動けなくなった彼に、逃げられなくなった彼に、彼の心の奥深くまで見透かしているかのような少女の声が突き刺さる。

 その言葉は正しく、優しく、暖かで、今の彼にとっては毒でしかない言葉だった。

 

「分かった風な口を利くな!」

 

「……ごめんね。でも私、あなたと話がしたい」

 

「話……?」

 

「うん。もしかしたら、何か力になれるかもしれないよ?

 ねえ、教えて? あなたはなんで、こんなに多くのお金が必要だったの?」

 

「……話す、義理なんて……!」

 

 身動き一つ取れないというのになおも心の抵抗を続ける彼に、里から彼を追って来た彼の同年代の男が、大声を上げて彼を止めようとする。

 その声色は、悲痛だった。

 

「カっちゃん、もうやめてくれ!」

 

 その声色だけで、彼は自分が間に合わなかったことを知る。

 

「もう手遅れだ! キャロは、キャロはもう、ついさっき……」

 

「―――」

 

 悪行のツケは払わなければならない。

 結局彼は何も守れないまま、何もかもを失い、法の裁きを受けるのだろう。

 罪は多く、大きく、彼自身の意志で行ったことである以上、さしたる減刑も望めまい。

 

 最後の最後に、自分を止めたエース・オブ・エースを恨みを込めた目で睨んで、けれどもそれに何の意味も無いことが分かっているためにすぐにやめ、彼は項垂れる。

 自分の中で何かが潰えた音を聞き、彼は静かに瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リスタート。これで人生を繰り返させた回数も百を超えたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少年は、前の生に関わることを全て忘れ、時の庭園にて生を受けた。

 プレシア・テスタロッサが生み出したアリシアクローン。染色体異常によって『男性』として生まれてしまった失敗個体として、彼は生まれてすぐに廃棄処分にされる。

 廃棄場に山積みになったアリシアの失敗作の山の上に、彼はボトンと落とされた。

 

「あ……ぐっ……」

 

 アリシアクローンはアリシアの死亡時と同年齢の肉体を持って排出される。

 幸か不幸か、そのおかげで、彼は生誕と同時に活動を開始することができた。

 腹が空く。

 力が足りない。

 生命力も尽きかけだ。

 だから彼は、理性さえ芽生えていない頭で……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「かぐ、ぅ、ぁ……」

 

 それは思考も意志も芽生えていない彼の脳が死の淵で発揮させた、死に物狂いの生存本能と動物的な欲求の合わせ技。

 人間の精神を確立する前に、彼は人肉を食して生きる道を見つけ出していた。

 腐った肉を食い、吐く。

 腐った血を啜り、腹を壊す。

 他アリシアクローンの体内でまだ生きていた抗体を食してしまったことで、体内で他者の抗体が暴れ回る。

 人間性が生まれる前に人間性を摩耗させるような、そんな地獄の光景だった。

 

 死ねない。

 死にたくない。

 死んでたまるか。

 その一心で、必死に生きる。

 

「……醜い害虫が、(ごみ)の中で生き残っていたようね」

 

 ある日にそんな彼の姿を見てしまったプレシアの感情は、想像に難くない。

 死体の山の上で、他のアリシアの死体を食らうアリシアの失敗作。

 人の心さえまだ芽生えていないそれに、プレシアは身の毛もよだつ生理的嫌悪感を感じた。

 

「目障りよ、出来損ないの失敗作」

 

 ゆえに、施設の焼却機能を起動する。

 山のように積み重ねられた死体も、まだ生きていた彼も、まとめて焼かれて灰になっていく。

 死が積み重なる地獄は、一瞬にして燃え盛る炎の地獄へと姿を変えた。

 地獄の苦しみの中、彼は一つの生を終了させる。

 

 かろうじて残った彼の死体は、後にこの庭園を訪れた一人の少女によって墓に埋められたが、死後の出会いを語るほど意味のないこともないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幾度となく繰り返せ。何度も忘れ、何度も生まれ、何度も終われ。擦り切れるまで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少年は、前の生に関わることを全て忘れ、地球の東京にて生を受けた。

 今時は子供でもソーシャルゲームをしている時代だ。

 他人に対し微妙に他人事な空気も相まって、少年は東京ではそこそこ上手くやれていた。

 そんな中、家族旅行に行こうと父と母が言い出し、少年もそれに同行する。

 

 旅行先は親の友人が喫茶店を開いているという、海が綺麗なことで少しばかり名を知られた街、海鳴市。

 少年はその街の、海の見える公園にて一人佇んでいた。

 親は近くには居ない。

 少し、一人になりたい気分だったのだ。

 

「こんにちわ」

 

「……? こんにちわ」

 

「旅行で来た人ですか? この辺ではあんまり見ない顔と服で、大荷物だなあ、って思って……」

 

「……ああ。それで、迷子だと思ったと。いい子なんだな」

 

「え、エスパーさんですか!?」

 

「言動見れば分かる」

 

 そこで少年は、一人の少女と出会う。

 栗色の髪に笑顔が似合う、何故か自然と心を許してしまう少女だった。

 少女は少年が迷子なのではないかと思ったらしく、それとなく少年を案内しようとしていたらしいが、この少年にそういう可愛げはない。スマホの地図アプリ万歳というやつである。

 

 奇妙な出会い方をして、二人は海を見ながら意味もない会話をし始めた。

 今日のこと、昨日のこと、明日のこと。

 親に何か用があるらしくて外に当てもなく遊びに出て来た、という所まで同じだったことには驚いたが、それが話を更に弾ませる。

 少年がとんでもないことを言ったり、少女がそれに驚いたり呆れたり怒ったり。

 なんでもないことを、二人はずっと話していた。

 

「でも、よかった。沢山のお別れがあったけど……あのクリスマスに、頑張ってよかった」

 

 少女は時々、海を見て懐かしそうに言葉を漏らす。

 まるで、そこで何かがあったかのように。

 まるで、そこで何かが終わったかのように。

 九歳の少年と同年代らしき少女がそういう様子を見せることに、少年は何か不思議な感覚を覚えていた。

 

「もしもあの時、私が……私達が失敗してたら。

 こうしてかっちゃんとお友達になることもなかったんだなあって、思うもの」

 

 少女は、『高町なのは』と名乗った。

 少年もまた、彼女に名を名乗った。

 少女は彼をかっちゃんと呼び、少年は彼女をなっちゃんと呼ぶ。

 何故か、互いの呼称はその呼び名に落ち着いていた。

 

 二人は楽しく話し、時間は過ぎ、やがて……必然の結末がやって来る。

 

「! 魔力はんの……、っ、とそうじゃなくて!」

 

「!? なんだ!?」

 

 なのはは何かに気付き、何かを隠すような仕草、何かを誤魔化すような仕草を見せる。

 少年は驚き、海の底から湧き上がって来る『闇』を見つめた。

 闇は海上にて固まり、高町なのはとほとんど同じ容姿をした少女へと姿を変える。

 杖を握る少女と、首に吊った宝石のような何かを握ったなのはは対峙し、睨み合っていた。

 

「私が、もう一人……?」

 

「私は星光の殲滅者。貴女が討ち滅ぼした、闇の書の闇の残した陽炎」

 

 少女は現れるなり、夢を見ているかのような目つきで、悪夢のような行動を行う。

 なのはの隣に居た少年の胸を、抜き撃ちの魔力弾で貫いたのだ。

 

「……あ」

 

「まずは、邪魔なものの排除を」

 

「―――! なんてことするのっ!」

 

「破壊と混沌、殺戮こそが我が望み」

 

 少女は間髪入れず、続けて魔力弾をなのはに放つ。

 なのはは回避しながら何かをしようとしているが、間に合わない。

 何かを使うのだとしても、それが一瞬で使えるものなのだとしても、間に合わない。

 

 だから、胸を貫かれた少年は、反射的になのはを突き飛ばしていた。

 なのはを突き飛ばして助け、代わりに星光の殲滅者が放った炎熱付与の魔力弾を受ける。

 皮膚が焼け、肉が溶け、骨が焦げ、命が燃え尽きる、地獄のような死の実感があった。

 

 けれども、後悔は無かった。

 自分の命を犠牲にして助けた子供が、自分よりずっといい子だった。

 ただ、それだけで……命を懸ける意味はあったのだと、そう思えたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでちょうど一万回目か。百万を目安にして繰り返すとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 500万回の人生と死を超えて、彼は地に伏せていた。

 いや、地に伏せるという表現は正しくないだろう。この空間に地などどこにも無いのだから。

 世界はまたしても消失し、今は『それ』が再構築する時を待っている。

 世界が消えた後の何もない空間で、彼は倒れたまま動かなかった。

 

 魂の疲労、負傷、負荷は積み重なる。積み重なって、彼を蝕む。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そういう状態だ。

 他人から自分への継承はおろか、過去の自分から現在の自分への継承さえされていない。

 繋がりが残らず、何も繋がらず、ぶつ切りに人生が繰り返されるという最悪。

 

 青年は仰向けに倒れた姿勢で、何もかもがあやふやでどれもこれも分からない精神状態のまま、自分を見下す『それ』に問いかける。

 

「……お前は……なんなんだ?」

 

「私は君だ。私はお前だ。けれど君ではなく、お前でもない」

 

 『それ』は問われれば応える。

 余裕があるからでもなく、慢心しているからでもない。

 ただ単に、人から何かを問われて嘘をつくという機能を持っていないからだ。

 

「私は君から生まれたものであり。

 君と同時に生まれたものでもあり。

 君より遥か前、人類というものが次元世界に誕生した頃から存在するものでもある」

 

「……」

 

 容姿はスカリエッティそのものなのに、『それ』を見ていると、彼は歪んだ鏡の向こう側を覗いている気分になってしまう。

 

「私は元よりこの世界にあったもの。

 それが二つの基幹を取り込んで意志と力を得たものだ。

 一つは、五百万の生まれなかった世界の可能性。

 君がリセマラで選ばなかった世界のことだ。

 そしてもう一つが、前の人生における君を構築していた要素。

 意図せずして君が捨て、砕いてしまった人間性の欠片達だ」

 

 人類にカテゴライズされる生命がこの世界に誕生した瞬間からずっとあった『何か』が、転生の際に砕け散った前世の彼の記憶と意志の欠片を取り込み、意志を得た。

 前世の彼に選ばれなかった世界――生まれなかった世界――500万以上を取り込み、力を得た。

 意志と力を得て、『それ』はもう一人のスカリエッティとして顕現している。

 

「それらの素材から生まれた以上、君と私は存在の双子と言っていい」

 

「存在の、双子」

 

「君は覚えていないだろうが……『ビッグバン』とは、そもそも誕生の現象だ。

 あれこそが私の素が生まれた瞬間。私という概念が正しく誕生した現象なのだよ」

 

 "ありえない可能性を引く"のが彼なら、"ありえなかった世界"を力とするのが『それ』であり、五百万以下の数の世界がぶつかって来たとしても、『それ』は力負けしないだろう。

 

「ソーシャルゲームが君を生み、君が私を生み出した。

 君という存在は、ソーシャルゲームの無い世界では生きられない。

 間接的な話にはなるが……ソーシャルゲームなんてものがなければ、この世界は滅びなかった」

 

 『それ』がそう言うと、彼の瞳に力が宿る。言葉に力が戻る。意志に力が生える。

 

「オレのせいにするのはいい。

 お前が自分の罪を反省するのはいい。だがソシャゲのせいにするのはやめろ」

 

「おお、怖い目で睨むじゃないか」

 

 魂の芯はまだ折れていない。

 既に幾度となくリセットされ、ほぼ全ての記憶と力と経験、絆さえも失っても。

 理不尽ソシャゲをコケにされたなら、彼は神にだって噛み付いてみせる。

 力が戻った意志に鞭を打ち、青年は『それ』に問いかけた。

 

「……お前、名前は?」

 

「私に名前はない。 あえて言うなら、『再始』という概念こそが私の名だ」

 

「再始……?」

 

「子供は、ゲームが好きだろう?」

 

 『再始』は、突然妙な例え話をし始めた。

 

「だが、失敗するとすぐ適当になる。

 戦闘の途中で失敗すれば、ただ主人公の死を待ってボタンを連打し……

 育成の途中で失敗すれば、すぐに対象を捨てるか適当に流すようになる。

 それは人生というゲームも同じ。

 つまらない失敗や挫折で、人はすぐに人生というゲームを真面目にすることをやめてしまう」

 

 されどその例えは、妙に的を射たものだった。

 

「上手く行って積み上げている内はいいが……

 失敗して積み上げたものが崩れると、途端にやる気を無くす。

 一生懸命積み上げるのを止め、適当に流して生きるようになってしまう。

 そのくせ、『人生をやり直したい』と思ったりもする。

 『あの時の失敗がなかったら』『子供の頃から努力してたら』だなんて考える。

 果ては娯楽に別世界に行って人生をやり直すもの、文字通りに生まれ変わるものを求める始末」

 

 再始は人を馬鹿にしているのではない。見下しているのでもない。ただ単純に、人をずっと見てきた結果、人という総体を低く評価しているだけだ。

 

「100点満点の人生を生きている実感など、誰もが持っていないというのに……

 人は空想の世界に夢を見る。

 今の自分よりも高得点な人生を。今の自分よりも素晴らしい自分を。過剰なまでに都合よく」

 

 再始は、人のそういった感情に価値を見出していない。

 

「人生に苦痛を感じ、愚痴を言いながらもしもの人生を夢想する。

 欲しい物が手に入らない人生に溜め息を吐き、創作の人生に没頭する。

 来世の救済に期待して、身を投げる。

 よくなる保証なんてないのに、考え足らずに職を変える。

 "こんなはずじゃなかった人生"を、今を否定する。

 "こうであって欲しいという人生"を、もしもの世界を切望する。

 私はそういった、『間違った再始の思念』の集合体が肉の体を持ったものだ」

 

 やり直したい、と普通の人は時たま思ってしまう。

 悲嘆や悲痛が絡まないのなら、その再始の念の大半は間違ったものであるというのに、だ。

 

「『今あるものを終わらせて、新しいものを始める』。

 それは世界のサイクルの一つだが……

 人間の思念は、世界のサイクルに沿わない形で、これを望むことがある。それが私だ」

 

「お前は、人の思念の結晶なのか?」

 

「そうだ。思念の残響であり思念の集合体だ。

 『やり直したい』

 と誰かが願えば、その願いはそのまま私の力となる」

 

 やり直したい、やり直してみたい、もうちょっと上手くやれたんじゃないか、そう考えたことのある人間は、この世界に何人居るのだろうか。

 次元世界全てを合わせれば、何人になるのだろうか。

 人類史全てで合算すれば、その数はもはや数え切れまい。

 その全てが、再始の"世界を消滅・回帰・再構築する力"の骨子となっている。

 

「学校だろうと、ゲームだろうと、仕事だろうと同じことだ。

 人は再始を考え、願い、渇望する。

 『ああ、なんだか上手く行かなかった』

 『あの時ああしていればよかった』

 『この記憶を持って生まれ変われたらもっと上手くやれる』

 『もしあの時に時間を戻せたなら、もっと本気で頑張るのに』

 ……人生にやり直しなどないと知っているくせに、やり直しを願うのだ。醜くな」

 

 人生にもしもなど無い。

 人生にやり直しなど無い。

 無いはずなのに、人はそれを求めずにはいられない。

 だからこそ、()()()()()が誕生してしまった。

 

「そのくせ、もしやり直しが実現したとしても、何も変えられない者ばかり。

 怠けて失敗した人間は何度繰り返そうと怠けて失敗する。

 うっかり失敗する者はどんなに気を付けようとまたうっかり失敗する。

 人を見下して失敗した者は、もう一度やり直しても人を見下し失敗する、

 平和な世界でぬくぬくと生きる人間くらいしか、こんな醜い願いは持たないのだよ」

 

 『変わりたい』という願いと、『やり直したい』という願い。その二つは性質から価値まで完全に真逆であると、再始は考えている。

 

「貧しい世界に生まれ、地獄の中を生きながら餓死する子供が居たとしよう。

 そんな子供は、人生が地獄であると知っているから、『人生をもう一度』だなんて願わない」

 

「……」

 

「豊かであり、人生は基本的に楽しいものだと妄信している者だからこそ。

 もう一度やり直せば、自分は前よりいい結果に終わらせられると妄信する者だからこそ。

 『もう一度やり直したい』などという驕り高ぶった願いを持つのだ。哀れなことにな」

 

 苦しい人生を生きた者、人生が30点以下の者の大半は人生のやり直しより、終わりを求める。

 人生が70点80点と高かった者ほど、軽い気持ちでやり直しを求める。

 傲慢、哀れと、再始は手酷い言葉を選んでいるが……その言葉には時折、やり直しを求める人間に対する、潰される虫に向けるような小さな憐れみと同情が見えた。

 

「私は人の思念が生み出した、新たな世界を始めるために既存の世界の滅びを招く者。

 ゆえに私が存在する限り、世界が破滅する要素は無制限に発生し続けるだろう」

 

「―――」

 

「私は人の思念より生まれ、人の世界に再始、すなわち終焉をもたらすもの。

 永遠に続く人の文明、世界は存在しない。私が居る限り。

 ゆえに、いつかは必ず滅びるのだ。

 私は消えない。あまねく世界に、今ある世界と人生を嫌う者が居る限り」

 

 つまり、この存在は。

 

「これまで私達は、幾多の次元世界に破滅を喚ぶだけの、再始の思念体でしかなかった」

 

 世界を直接的にリセットする力を得るために、世界の隅で虎視眈々とその機会を待っていた。人と世界そのもの敵であるということだ。

 

「だが、とうとう受肉した。お前のおかげだ」

 

 この青年の転生と誕生を悪質に利用して、この存在はようやく世界に受肉した。

 人と世界にとっては、最悪なことに。

 

 存在するだけで次元世界に滅びを招き続ける存在。

 それが世界を直接的に消滅させる力を得て、実際に消滅させてしまった。

 

「全てに終わりを。再始のための終焉を。

 他の全ての人間が望んでいなくても構わない。

 一人が一度、世界の終わりを望んだ、それだけでいい。

 その一人が本心から望んでいなかったとしても構わない。

 たった一度、ただ一度、望んだことがあるのなら、それだけでいい」

 

 人らしい姿。

 人のような意志。

 けれど、再始の根本はどこまでも人ではない。

 

「私は、我々は、小さな一度きりの祈りであっても、決して蔑ろにはしない」

 

 理性という手綱を外された、剥き出しの感情。思念の結晶体とは、そういうものだ。

 

「望まれた。ならば叶えよう。私は神に等しい世界の力と、人の心の器を得たのだから!」

 

 人に望まれていないとしても、人に望まれたから、再始は世界を消滅させる。

 

 そこに、矛盾は存在しない。

 

「既に最初の世界は消え失せた。

 消し、巻き戻し、再構築して一セットの繰り返し。

 既に『世界』は五百万回の消去と上書きを繰り返され、全てが私の手の内にある」

 

 幾多の次元世界を内包するこの世界、その構築要素の全てが再始の手の中にある。

 もはや再始は万能を超えた全能に近い。

 彼が神から得た力でさえ万能には程遠いというのに、これは既に限りなく全能に近いのだ。

 

「君にも選択を与えよう。

 何、繰り返しの人生を押し付けたのは私の趣味ではない。

 君の行動への因果応報にはあれが相応だと思っただけだ。私にも君に向ける慈悲はある」

 

 最後の最後に、再始は彼に選択を与える。

 与えるだけだ。それが慈悲だと思っている。

 彼が選択した後、彼を消し、世界を本当に始原の状態にまで巻き戻す気で居るくせに。

 彼を生かして返す気なんて微塵もないくせに、残酷な選択だけは与えようとする。

 

「今、私の手の中にはしぶとく世界に残り続けた二つの要素がある。

 一つは君の人との繋がりの可能性。

 おそらくは、繰り返しの中で特定の人物群と繋がりを持てた原因だ。

 一つはお前のソシャゲとの運命性。

 お前は何度どんな世界を繰り返そうと、長く生きれば必ずソシャゲを手にしていた」

 

 右手の上に彼と人との繋がり、それを可視化し物質化したものを浮かべる。

 左手の上に彼とソシャゲの繋がり、それを可視化し物質化したものを浮かべる。

 再始はその二つを、彼の前に突きつけた。

 

「どちらか一つを、握り潰すのだ。そうすれば跡形もなく消えるだろう」

 

「……な」

 

「選んで残すといい。選んだ方には手を出さないと約束しよう。

 選ばなければ、両方選ばなかったとして両方を消そう。残したい方を選ぶといい」

 

 選択肢なんてあるわけがない。

 彼がどちらを選ぶかなんて分かりきっている。

 彼の魂は、生まれる前からソシャゲの色に染まっているのだから。

 再始がそれを把握していないはずがない。

 

 つまり、これは―――『彼の手で彼と他人の繋がりを消滅させる』という悪辣な企みだった。

 だというのに、再始に悪意はない。

 それどころか"自分は慈悲を見せている"という認識でいる。

 選択させずに消し去ることもできるのに、最後に選択させてやるのだから十分に有情だろう、という理屈だ。

 その慈悲には、あまりにも人間らしさが足りていなかった。

 

「悩むほどのことじゃないだろう?」

 

「当たり前だろう。考えるまでもない」

 

 記憶もない、過去もない、繋がりもない、経験もない。全てがリセットされ、根源的な欲求だけで動いている今の彼に迷いはない。

 "再始される"ということは、そういうことだ。

 彼の手が人との繋がりの方に、迷いなく伸ばされる。

 少し力を入れれば、彼の手はそれを瞬時に砕くだろう。

 

「こんな選択で間違えるやつは、自分の中で大切な物の順番が分かってない愚か者だけだ」

 

 選択の内にも入らないだろう、こんなものは。

 彼の中ではソシャゲが一番重く、人との繋がりなど0に等しい重みしかない。

 天秤にかけるまでもないのだ。

 そもそもの話、選択という概念そのものが成り立っていない。

 

「だから、間違えるわけがない」

 

 手に力を入れ、彼の手が絆を砕こうとした、その瞬間。

 

 

 

―――迷った時は、心に従いなさい

 

 

 

 迷ってなんかいないのに。何か、誰かが、囁いた気がした。

 

「間違えるわけがないんだ」

 

 手に力がこもる。迷いなく、彼の手が握ったものを千々に砕く。

 

「―――オレが―――間違える―――わけが―――」

 

 

 

 そうして、彼の手は―――自分とソーシャルゲームの繋がりを、握り砕いた。

 

 何もかもを忘れたはずの彼の心は、ソシャゲではなく絆を選んでいた。

 

 

 

「……な、に?」

 

 そうして初めて、再始の顔から余裕と笑みが消えてなくなる。

 

「バカな……お前は、何をしたのか分かっているのか!?

 自分の過去・現在・未来の全てを失い。

 自分が生きてきた歴史の全てを失い。

 出会ってきた全ての人間との繋がりをリセットされ。

 他者という己自身を定義するものを何もかも失ったのが、今のお前だ」

 

 ソシャゲとの繋がりを破壊した、ただそれだけなのに、彼は崩れ落ちるようにその場に倒れる。

 

「なのにお前は、自分で自分を定義するためのものさえ否定した。

 ソシャゲさえあれば、お前は自分を"こういうものだ"と定義し続けられたのだ。

 なのにお前は、自分が自分であるために必要な定義さえ投げ捨てた。お前は……消える」

 

 存在証明。

 人が生きていく上で、あってもなくても変わらないもの。

 自然に生きていれば、自然に身に付いているもの。

 "この人間はこういう人間である"という定義と証明、そして確立。

 世界さえ消え去ったこの空間で、それさえ無くせば、人は形さえ保てない。

 

「アイデンティティを失い、精神を崩壊させ、魂を溶解させ……それでもなお、選ぶとは。

 お前にとって友とは、仲間とは、大切な者とは……それほどまでに大きなものだったのか!?」

 

「……わっかんねえよ」

 

 全てを奪われ、世界の再始によって幾度となく上書きされていた彼に残されていた、最後のものさえ失われていく。

 なのに。

 "失われた"はずなのに……何故か、彼の心は満ち足りた気分になっていた。

 

「オレだって、こっちを選ぶつもりなんか無かったよ。

 自分にとって一番大切なものを選んで、それに手を伸ばしたつもりだったんだよ。

 それで、オレの魂を、ソシャゲの方を選んだつもりだった。……なのに、だけど、それでも」

 

 彼は選択を間違えなかった。だから心が満ち足りている。

 

「頭じゃなくて、オレの心に従ったら……オレの心は、こっちを選んでた」

 

 真に心が求めていたものを、彼は選び取ることができたのだ。

 

「オレの心に、何かが残ってたんだ。だから……オレの心は、こっちを求めたんだ」

 

「……何も、残っていなかったはずだ。君の中には、お前の中には、何も……

 誰も見ていないというのに、友も見ていないというのに、お前は何故意味のない選択を……?」

 

 彼の体が消えていく。

 彼の先の選択は、自分で自分の全てを否定するようなものだ。

 彼は自分の求めたものを守った代わりに、自分の全てを自分で否定した。

 それゆえに、途方もない苦痛と共に彼の命は消えていく。

 

「……選択を間違えた後の人生は、苦難に満ちている。救いもない。

 だからこそ、私のようなものも生まれる。

 せめてもの情けだ、介錯してやろう。それだけが、今のお前の救いになる」

 

 再始が手を伸ばす。

 その手が触れた瞬間に、彼は消えるだろう。

 苦しみもなく、悲しみもなく、跡形もなく。

 そうすれば、本来この世界の住人でない彼は、この世界から完全に消えてなくなる。

 

 希望の光は、どこにも見当たらない。

 

「……違う……オレの救いは……」

 

 近寄る手が、彼に迫り……そして。

 

 

 

 

 

 彼の体から伸びる(やみ)の中から、杖が現れ、伸ばされた再始の腕を叩いて弾いた。

 

「よくぞ約束を守った。今度は真っ先に我を喚んだな、我が主よ」

 

 希望の光が無かったとしても、希望の闇はここにある。

 

「お前は……」

 

「この男を臣下とする唯一無二の王よ。名乗るこの名は―――闇統べる王(ロード・ディアーチェ)

 

 闇より来たりて、闇統べる王は闇を放った。

 

「貴様に闇を届けに来たぞ! ジャガーノートッ!」

 

 ディアーチェが放てる最大最強の火力技。

 本来ならば発射点を空間に固定して敵を圧殺する威力を出すのだが、ディアーチェは彼を抱えて発射点を自分の体に固定することで、反動をその体で受け止める。

 そうして彼女は、攻撃と後退を同時に実行してみせた。

 一瞬で大きく下がった彼女は、腕の中の彼が漏らしたか細い声を聞く。

 

「……ディアーチェ……?」

 

「! ……くくっ、それでいい。それでこそ我が主よ。

 名は重要だ。貴様にとっては初対面だろうに……我が名を呼ぶか。か弱き勇者だな、貴様は」

 

 ディアーチェのジャガーノートの直撃を食らった再始だが、髪の毛一本揺れさえしない。

 服もはためいていないし、ダメージもない。

 一体どういう防御力をしているというのか。

 だが、その顔には驚愕が浮かんでいた。

 

「……バカな、世界は残さず消した。来れるわけが……」

 

「彼女は、私達が連れてきました」

 

「お前は……ユーリ・エーベルヴァイン……?」

 

「彼に過去で救われ、彼に未来で救われた私が! 今を無限に繰り返す彼を助けるために!」

 

 ディアーチェに続き、魄翼で世界を引き裂きユーリが現れる。

 そしてユーリが空けた穴から、時の穴を広げて姉妹が参上した。

 

「私達は時の操手にして!」

「運命の守護者!」

 

「「 フローリアン姉妹ッ! 」」

 

「時を、越える者達……!」

 

 かつてスルトの一部と同一化していた少女。

 スルトの技術の一部を、アクセラレイターという形で組み込まれていた姉妹。

 その三人を見て、再始は彼女らがどうやってこの場所に来たかを理解した。

 だが、理解はしたが納得はできない。

 

 もはや全ての世界は消え、全ての過去も未来も消し去ったはずなのに。

 

「そうか、時渡りのロストロギアに触れた者達の力で……

 いや、無い。それはありえない。

 この男の現代は、過去にも未来にも食い込んでいた。

 現代の世界を消滅させた時点で、過去も未来も連鎖して消え去ったはずだ」

 

「何をくだらんことを言うておる。無かったことになど、なるものか!

 今ある世界を貴様が何度消し去ろうと! 未来も過去も無くなりはせんわ!」

 

 そんな『再始の思い上がり』を、ディアーチェの高笑いが否定する。

 

「生きた証とは世界ではない、心に刻まれるものだ。

 人、それを想いと言う!

 世界を砕くロストロギアはあれど、兵器で想いは砕けない。

 そんなことはアルハザードでも、古代ベルカでも、誰もが知っていたことよ!」

 

 無茶苦茶な理屈だ。

 世界は消えても想いは消えない、想いがあれば奇跡は起こる。

 そんな理屈を言っているに等しい。

 

「貴様が天地を砕く力を持っていようと、壊したのは今だけだ!

 過ぎ去った過去も、未だ来ぬ未来も、この程度で砕けるほど柔ではないわぁ!

 過去・現在・未来を繋ぐ想いがある限り、時を越えて我らは必ず駆けつけよう!」

 

 だが、その無茶苦茶な理屈を、彼女らは現実のものとしている。

 

「この男に、未来を届けるためにな! やれい、アミタ、キリエ!」

 

「時を越え、今ここに集え彼の過去の仲間達! アミティエ・フローリアンの名の下に!」

「時を越え、今ここに集え彼の未来の仲間達! キリエ・フローリアンの名の下に!」

 

 アミタとキリエのヴァリアントザッパーが、全ての世界が消え去った後の虚空の空間に突き刺さり、世界さえ存在しないその空間に二つの巨大な穴を空けた。

 一つは十数年の先に繋がり、一つは数百年前の過去に繋がっている。

 そうして、過去と未来から仲間達がやって来た。

 

 記憶の再現でもなんでもない、過去と未来の、正真正銘本人がやってくる。

 彼を、助けるために。

 

 二つの穴から、未来(ヴィヴィオ)過去(オリヴィエ)が現れ、頷き合う。

 二つの穴から、未来(ジークリンデ)過去(ヴィルフリッド)が現れ、拳の背を合わせる。

 二つの穴から、未来(アインハルト)過去(クラウス)が現れ、肩を並べる。

 二つの穴から、未来(スカリエッティ)過去(ジェイル)が現れ、邪悪に笑う。

 二つの穴から、未来(トーマ)過去(カリギュラ)が現れ、互いにへっと皮肉げに笑い合う。

 

 現代において生きてはいない過去の死人が、十数年後の未来から来た"大人になった子供達"が、青年を庇うように並び立つ。

 世界の危機に、正義も悪もない。生者も死者もない。

 そしてこの青年は意外と、正義にも悪にも好かれたことがある人間だった。

 カリギュラは叔父さんとして、オリヴィエの味方だから来ただけだなのだが、それはそれ。

 

 再始はありえぬ奇跡に、心揺らがせる。

 この戦力に負けるかもしれない、と思ったからではない。

 踏み潰そうとしたアリが、小さな奇跡とはいえ、あり得ぬ奇跡を起こしたからだ。

 

「今ある世界を全て消し去ってなお、未来と過去はしがみつくというのか」

 

「ああ、そうだとも」

「ええ、そうですとも」

 

 アインハルトとクラウスが、仲間達の心の声を代弁する。

 

「何故ならば、遠い過去にも……彼と繋がる友情はあるからだ」

 

「何故ならば、遠い未来にも……彼と繋がる友情はあるからです」

 

 そして、未来から新たな援軍が現れる。

 

 それは、十数年後の未来から来た、立派な大人になった姿の……エリオ・モンディアルだった。

 

「ここには死んだ人も居る。まだ死んでない人も居る。

 そもそも正義の味方も居れば、悪役だって居る。

 だけど、僕らの心は一つだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 お前を殺すのはこの俺だ、なノリで来ている者を始めとして、続々と過去や未来から援軍が来ている。

 エルトリアの魔導師や、雷帝に率いられた古代ベルカの兵士達まで来ていた。

 ヴォルケンリッターになる前のヴィータ達まで居て、武器を構えている。

 そしてまた一人、彼を守る者が現れた。

 

 現代の世界は完全に消し去られ、何度も繰り返される時間の檻となっていた。

 だが世界がそうなる前に、未来に移動していた者も居た。

 シュテルである。

 彼女は最初から、この世界の繰り返しに巻き込まれてすらいない。

 彼女はディアーチェの抱える彼の頭をひと撫でし、レヴィを従えて一歩前に出た。

 

「シュテル・スタークス……」

 

「ナノハを見て理解が及ばなかったのが、貴方の誤算です」

 

 シュテル・スタークスは、誰よりも高町なのはを認めている。

 なのはと彼の繋がりの強さを認めている。

 高町なのはがシュテルを認め、シュテルと彼の繋がりの強さを認めているのと、同じように。

 

「彼が言っていたはずです! 生まれる前から、ナノハを信じていたと!

 何度生まれても、それは変わらない!

 彼が何度も生まれ変わらされているのなら! 今この瞬間も、彼は彼女を信じている!」

 

 彼が彼女を生まれる前から信じていたということが、この奇跡に繋がる一因だった。

 

「貴方も気付いていたはずですよ。

 気付いていたけど、その価値を理解できていなかった。

 あの人と、高町なのはが、どんな世界でも必ず出会っていたことに、その意味に!」

 

 再始も気付いていた。

 だが、さして気にも留めていなかった。

 五百万の世界の繰り返しの全てで、彼と彼女が出会っていることを、瑣末なことだと断じて重要視すらしていなかった。

 

「出会いの形は関係ない。

 構築される関係の形さえ関係ない。

 マスターとナノハは出会い、そこから始まる。

 たとえ、その結末が悲劇であると定められていたとしても、変わりはしない」

 

 そこにこそ、過去と未来の救援というこの奇跡の原因がある。

 

「何もかもを忘れても、何もかもがなかったことにされても、消えないものがある」

 

「……まさか」

 

「ありえないと貴方は思うでしょう。それが答えです。

 マスターとナノハは、何度も出会った。

 何度も何度も、数え切れないほどに『ありえない』を積み重ねた」

 

 『ありえないイレギュラー』が積み重なり、ありえない事象が起こる余地が生まれ、ディアーチェらの無茶苦茶な理論が『ありえないこと』を実現する可能性を生んだ。

 

 それは、木槌で厚い壁を叩き続ける作業に近い。

 一回や二回ではゆらぎもしない。

 けれど、五百万回も叩けば、壊れない壁などないだろう。

 

 『彼と彼女が出会う』という名の木槌の一撃が、『ありえない』という名の厚い壁を、五百万回叩いて壊した。

 "ただ出会っただけ"という名の、世界の条理を殴り壊す圧倒的暴力。

 それが奇跡に繋がったのだ。

 

「ふむ、成程、理解した。それで私を倒して終わり……と思うかね?

 残念ながら、君達が一千万人づつ居ても私には敵わないと思うのだが」

 

「不肖、シュテル・スタークス。

 ハッキリと自覚している、面倒臭い女の特徴を持ち合わせています。

 それは……尋常でなく、諦めが悪いということです」

 

 なのはと彼が繋いだバトンを、シュテルが受け取る。

 

「貴方が世界を掌握した神を気取るというのなら。

 我らはそれを打ち倒す、勇者となってみせましょう! この世界に生きる人間としてッ!」

 

 これが、再始とそれに抗う人類の戦い、その開幕を告げる宣誓となった。

 

 

 




ラスボスとは、『リセマラそのもの』であります。世界のリセッターであります

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