課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
とある世界のビルの屋上で、シグナムとフェイトが対峙する。
フェイトの背後には課金少年も立っていて、かなりシンプルな二対一の構図だ。
結界を展開するフェイトを見て、シグナムは無言で剣を構える。
「こちらフェイト・テスタロッサ。目標、補足しました。戦闘を開始します」
『了解。すぐ援軍が向かうから、無茶はしないでね』
フェイトはエイミィに通信を送り、彼女からの通信を受け取る。
管理局の決まり事でしかない、本来ならば隙になるはずもない、ほんの数秒のやり取り。
だが敵を目の前にして数秒という隙を晒す甘さを、シグナムが見逃すはずもない。
シグナムは自分がフェイト達に負ける可能性を摘み取るため、この場で最も弱くかつ厄介な、
だがシグナムを上回る速度で割って入ったフェイトによって、その斬撃は受け止められていた。
「ッ」
素早く下がり距離を取るシグナム、少年を庇うように動くフェイト。
両者は武器を構え、互いの目を真っ直ぐに見据える。
「あなた達を、止めに来た」
「悪いが、止まる気はない」
フェイトはシグナムを捕らえたい。
シグナムは援軍が来る前に逃げ切りたい。
フェイトの方が速い以上、シグナムはフェイトを手早く倒す以外に道はなく。
「そちらに譲れないものがあるように、こちらにも譲れないものがある!」
両者は同時に踏み込んで、フェイトの魔力刃とシグナムの実体剣は再三激突した。
散る火花、響く衝突音、もはや少年では目で追うこともできない亜音速の剣閃の応酬。
フェイトは速さでシグナムを上回り、シグナムは技量でフェイトを上回る。ゆえに、互いに自分の強みを活かし、相手の強みを殺そうと立ち回っていく。
速さと技の衝突は、やがて技の方に軍配が上がった。
フェイトの
そして下から上に跳ねるようなシグナムの返しの一撃が、フェイトの首に迫り来る。
「
しかし、そうは問屋が卸さない。
少年の口座の金が溶け、フェイトの『今すぐには行動できない』状態が『今すぐ行動できる』状態に移行、『すぐに大技が出せない』状態が『すぐに大技を出せる』状態に移行する。
フェイトは瞬きの間に後退し、斬撃を回避。そのままシグナムに向かって、ノータイムでとびっきりの大技を放った。
「サンダーレイジっ!」
雷が、シグナムの視界を埋め尽くす。
そんなフェイトとシグナムの戦いの映像を、クロノは横目に見ていた。
彼は飛行魔法で現場に急行している最中であり、アンチメンテを通してアースラに送られている戦闘の映像を受け取り、移動と平行して状況の把握に務めていたようだ。
映像を一旦切り、クロノは飛行魔法を加速させる。
「やっと捕捉できたか……厄介極まりないな」
ヴォルケンリッターの脱走からしばしの時が流れていた。現在は八月初頭である。
だが、時間経過の割に闇の書の被害者はあまり増えないまま、ヴォルケンリッターと管理局員の戦闘回数もあまり増えないまま、事態は進行していた。
何故か?
ヴォルケンリッターが高町なのはを始めとする一部の管理局戦力を警戒し、管理局に見つからないことを第一として行動していた上、管理局員の足止めも無視するようになったからだ。
隠密と逃走に徹されれば、闇の書の騎士達を捕らえることは非常に困難である。
ヴォルケンリッターは浮いた駒と化した管理局員くらいしか狙わず、課金蒐集も蒐集されたことに気付かないような人間や、課金アカウントを放置している人間からこっそり蒐集するやり方を徹底していた。
明らかになっている被害者は、近代ベルカ式の局員とミッド式の局員が一人づつ、そして課金蒐集された一般人が数人程度しか居ない。
その上、曲がりなりにも歴戦の勇士達だ。高ランク以外の管理局魔導師では歯が立たず、足止めすることすらできやしない。
派手に動かないヴォルケンリッターがここまで厄介であるだなんて、誰もが思っていなかったことだろう。
(できればこのチャンスを逃したくはないが)
今の状態では、騎士の補足は事実上の運任せ。
せめてシグナムだけでも捕縛したいとクロノが思うのも、むべなるかな。
「クロスケー、人使い荒いんじゃないの?」
「黙って付いて来てくれ、ロッテ。
君らは貴重な高ランク魔導師なんだ。対ヴォルケンリッターの決め手になってもらう」
フェイト、クロノ、リーゼロッテにリーゼアリア、そこに
だが気合十分なクロノとは対照的に、ロッテはどこかやる気が無さそうに見える。
「あんま急くのは感心しないけどねえ」
「……」
だらだらとしているロッテに、クロノが胡乱げな視線を向けた。
クロノがこういう目をする時は、大抵Kに何かを吹きこまれた時だと、横合いからそれを見ていたアリアが思う。
ただ、何を吹き込まれたのかまでは分からなかった。
「お、Kが見えた……ってあれ?」
現場に到着し、クロノ達は戦っているフェイト達を視界に捉える。
だがいつだって他人の予想を斜め上に超弩級に裏切るかの少年は、クロノ達が到着したそのタイミングで、シグナムに"ジュエルシードを蒐集"されていた。
「あいつは本当に良い意味でも悪い意味でも予想できないな!」
閃光、爆発。
クロノは次元震が起きていないことを確認し、安堵の息を吐きつつ、ロッテとアリアを連れて更に飛行魔法を加速させた。
フェイトのサンダーレイジに対し、シグナムはカートリッジロードからの必殺斬撃『紫電一閃』で対抗。紫電にて雷光を断ち切るという妙技を見せた。
「!?」
それが戦いの流れをシグナムの方へと傾け、シグナムは残り少ないカートリッジを一気に消費して攻め立てる。結果、シグナムはフェイトの背後を取り蒐集可能なところまで追い詰めた。
「そっちは一人でも、こっちは一人じゃないんだよ!」
「!」
シグナムはフェイトの背後から蒐集を行おうとするが、後衛の少年が踏み込んだことでフェイトの背中を少年が守る形となり、シグナムが蒐集の魔法式を展開した腕が少年に迫る。
少年は石を一つ使い切る術式での防御魔法で、それを受け止めようとした。
が、全体的に能力が平均以下の少年がそうそう上手く動けるわけがない。
フェイトはさらっと少年を庇って守ったが、あれはあれで中々難しいのだ。
ジュエルシード購入、ジュエルシード排出、石を魔法陣に組み込んで防御魔法ブーストという行程を一瞬で終わらせようとした少年であったが、シグナムの攻撃タイミングを完全に把握ミスした上に、術式展開にかなりもたついてしまっていた。
典型的な、練習した動きしかできない凡人が応用の動きをしようとして大失敗したこの構図。
これがまたとんでもない形で噛み合った。噛み合ってしまった。
フェイトを背中からぶち抜くつもりであったシグナムの腕は、ジュエルシードに命中。
蒐集発動。ジュエルシード吸収。余剰魔力大爆発。
闇の書に大量の魔力が流れ込むと同時に、少年とシグナムはド派手に吹っ飛ばされていた。
少年はフェイトがなんとか優しくキャッチ。
シグナムはギャグ漫画のように吹っ飛んで行き、空の星になっていった。
おそらくは死んでいないだろうが、この場の全員が目を疑ったことだろう。
「大丈夫か、フェイト!」
「あ、うん、私は大丈夫だけど……」
「おいクオン、なんでオレの心配はしないんだ」
「自分の胸に聞け!」
どうやら受けた爆発の衝撃はシグナムの方が数段大きかったらしい。
ジュエルシードを溶かして強化するつもりだった防御魔法が、有益に働いたようだ。
「オレもシグナムもフェイトも全員ビックリしてたわ。
「ああ、僕もビックリしているさ! この顔を見れば分かるだろう!」
わっはっは、と笑う少年。フェイトは苦笑しているが、クロノは怒鳴らずには居られない。
やはり課金中の課金厨に常識的な生き方を求めるのが間違いなのだろう。
「悪い、クオン」
「……いや、僕もジュエルシードを魔力蒐集される可能性を考えていなかった。おあいこだ」
けれど、諍いもここまでだ。
少年が謝り、クロノが話に一区切りをつける。
シグナムがこの世界から消えたことを認識し、彼らは一旦アースラに戻るべく動き始める。
「あのさー、こう言うのも何だけど、Kが一番闇の書の完成に貢献してない?」
「こらロッテ!」
「え、マジすか先生」
「だって金も魔力もあんたが一番食べられてるでしょうが」
ロッテは課金しないと飛べない少年を吊り下げて運びつつ、ちょっとばかりからかっている。
アリアはロッテをたしなめるが、アリアもちょっとはそう思っているだろう。
現状闇の書のメインランチが彼であるということは事実なのでしょうがない。
「どうだった? 君の代金ベルカ式から見て、闇の書の課金蒐集機能は」
「管理者権限が使えれば蒐集されたアカウントや金は戻って来る。
管理者権限が使えなければ全部消える。たぶんそんな感じ……だと思った」
「そうか」
「だけど古代ベルカ式と代金ベルカ式はちょっと勝手が違うからなー」
「ちょっと? かっちゃん今クロノにちょっとって言った? ちょっとなの?」
古代ベルカ式と代金ベルカ式、ちょっとしか違わない説。
このままでは後手後手に回りかねない。
対闇の書戦略は基本的にクロノが練っていたが、潜伏を徹底するヴォルケンリッターをどうにかするには、闇の書を根本的にどうにかするためには、あまりにも情報が足りていなかった。
クロノは戦力を流動的に運用し、ヴォルケンリッター発見時にすぐさま鎮圧できる程度の戦力は残しつつ、残りを情報収集や小学校への通学など私用時間に当てさせていた。
課金少年もまた、闇の書に関する情報を集めるために動いている。
遺跡発掘の専門家であり、古くからあるものを調べる分野のエキスパートであるユーノが、クロノに『無限書庫を使いたい』と申し出た時、少年は"昔無限書庫で見たもの"を思い出していた。
少年からその内容を聞いたクロノは、ユーノと課金少年を無限書庫にやれば事態が好転すると判断する。そのため、少年はユーノと合流しようとしていた……のだが。
流石にスクライア一族から離れて一人で活動しすぎていたからか、それとも闇の書の危険性が周知されていたからか。ユーノはここに残って闇の書に対処したいと主張し、スクライアの大人達を説得することに、かなり難航しているようだった。
少年はユーノを待ちつつ、ソシャゲのチャットルームに入って時間を潰し始めた。
NAME:千葉県のKさん:おっすおっす
NAME:PSP:おっすおっす
最近はやはやしか居なかったチャットルームに、PSPが居る。逆にはやはやは居ない。
少年は何かあったのだろうかと思いつつ、適当に振られた話に応じ始めた。
NAME:PSP:廃人のお前がログイン減ってるーって聞いてはやはやが心配してたんだけど
NAME:千葉県のKさん:いや通り魔に襲われて
NAME:PSP:はぁ!?
このPSPなるハンドルネームの人物は、一番匿名性のあるネットに向いていないと常々少年は思っていた。煽り耐性がない。ネットの住民特有の適当に盛った話を真に受ける。リアルとネットの割り切りがあまりできてない。
そういうところを少年は好ましくも思うが、絶対に匿名掲示板に放り出してはいけない人物であるとも思っていた。
NAME:PSP:なんだそりゃ! 犯人の住所晒せ、ぶっ飛ばしてやる!
NAME:千葉県のKさん:どうどう
NAME:PSP:どうどう、じゃねーよ!
NAME:千葉県のKさん:『ソシャゲがきっかけの傷害事件。ソシャゲが人の心に与える悪影響』
NAME:千葉県のKさん:とか、そういうニュースが流れるの俺は嫌だぞ
NAME:千葉県のKさん:それでまたソシャゲ民は肩身が狭くなるんだ
NAME:PSP:そりゃそうかもしれないけどよ
ソシャゲ民が嫌うことの一つに、リアルで事件を起こすソシャゲプレイヤーが居る。
そういう事件が起こるたび、"ソシャゲプレイしてるような奴らはやっぱ頭おかしい"と、普通の人達が当然のように思ってしまうからだ。
普通の人はそういった事件に対し"ソシャゲや課金はやっぱ人に悪影響を与えるんだ"と思い、他のプレイヤーは"大半のソシャゲプレイヤーは正常なのだから事件の原因はソシャゲ以外にある"と主張する。
どちらが正しいというわけでもないのが悲しいところだ。
NAME:PSP:知り合いがやられたら黙ってらんねえだろ
NAME:千葉県のKさん:俺は気にしてない。仲良く終われるようにしたいんだよ、
NAME:千葉県のKさん:仲良くな。適当になあなあにして有耶無耶にすれば、何か許した感じに
NAME:PSP:アホか
NAME:千葉県のKさん:アホじゃねーし
NAME:PSP:お前が気にしてなくても、お前の周りは絶対に気にしてんだろ
こいつお礼参りとかきっちりお詫びとか好きそうだな、と少年は思う。
PSPは加害者が寛容な奴に甘えて許される、ということが苦手なタイプであるようだ。借りはちゃんと返す、悪い事したらちゃんと償え、というタイプなのかもしれない。
NAME:PSP:その悪い奴がまた出て来たらあたしに言え。んでもって現場の住所とか書け
NAME:PSP:あたしは悪い奴に鉄槌を下す、鉄槌の騎士だからな!
NAME:千葉県のKさん:鉄槌の騎士(笑)
NAME:PSP:何笑ってんだ殺すぞ
NAME:千葉県のKさん:お前が殺すのかよ、守ってくれよ
これで短気でなければなあ、と思いつつ、指先が消えるほどのスピードで少年は文字を入力していく。鉄槌の騎士というワードにちょっと引っかかるものがあったが、"正義の鉄槌"という言葉が日本にあることを思えばそう変な言い回しでもないと、そう自分を納得させていた。
NAME:千葉県のKさん:というかそこは騎士じゃなくて正義の味方でいいんじゃないですかね
NAME:PSP:あー
NAME:PSP:悪い。正義の味方とか、名乗れるほどお綺麗な人間でもねーんだわ
NAME:千葉県のKさん:半分くらいヤンキーだもんなお前
NAME:PSP:あ? ジャンキーが何言ってやがる。この課金ジャンキーめ
あれこれ話してからチャットルームを退出する少年。ユーノの足音が聞こえてきたため、この辺で切り上げるべきだと判断したようだ。
「ごめん、待たせた!」
「いんやそんなに待ってないぞ」
少年はユーノを連れ、管理局本局の一室へ向かう。
嘱託魔導師の身分証明書をかざし、セキュリティが厳しい区画に入って行く仕事人風な姿に、ユーノはとてつもない違和感を感じていた。
「失礼します」
やがて辿り着いた部屋に入ると、ユーノと部屋の中に居た老人の目が合った。
老人は静かに微笑む。
子供をどこか安心させる、何十年も生きてきた老人特有の、穏やかさと人生の厚みを感じさせる笑みだった。
「ギル・グレアム提督。ご挨拶に参りました」
「君か。そちらの少年は、連絡にあったスクライアの子かね?」
「はい、初めまして。ユーノ・スクライアと申します」
少年がユーノと共に会いに行ったのは、ギル・グレアム提督という男であった。
今は本局の提督という役職に顧問という肩書きで後進の育成をしている立場ではあるが、艦隊指揮官や執務官長の就任経験もある、歴戦の猛者である。
本局であれば知らない者の方が少ないくらいの人物だろう。
日本の警察で例えれば浅見光彦の兄よりちょっと偉かったこともある、レベルの人だろうか。
「そんなに肩肘張らずとも、昔のように気安く接してくれてもいいのだが」
「いえ、一応公式に記録が残る面会ですので。こうさせてください」
「ああ、分かった。ならまた今度の機会を待つとしよう。
もっとも、昔一時期グラブルおじさんと呼んでいたのはどうかと思ったが」
「すみません、名前聞き間違えてたんです……」
ギル・グレアムをグラブルおじさんと呼んでいた件でユーノは"なんだこいつ"といった目で隣の友人を見て、大人に昔の失敗を指摘され照れた様子の少年を見て"なんだこいつ"と更に思う。
「ユーノ君。その子を頼むよ。いくつになっても目を離せなさそうな子なんだ」
「はい、すごくよく分かります!」
「昔から魔法開発においても感性には目を見張るものがあったのだが……
魔法を完成させるために理論を組み立てるのが苦手な子でな。
その子はどうにも自分の考えの詳細を、地に足ついた考えで固めるのが苦手なようだ。
少し理屈っぽい人間がそばに居てくれないと、どこに行ってしまうのか分からないのだよ」
「ですよね!」
(ゆっちーの返事が力強すぎてやばい)
ピ、ピ、ピ、とグレアムが手元の画面を操作すると、少年のデバイス・アンチメンテに必要なデータが送信されていく。
「無限書庫の利用許可は出しておいた。自由に使うといい」
「ありがとうございます」
グレアムに深く深く頭を下げ、別れ際に一瞬子供らしい信頼の表情をグレアムに向けて、少年はユーノと共に退室していった。
「行こう、ゆっちー。無限書庫に」
世界の記憶を収めた場所、無限書庫へと向かうために。
『無限書庫』。
それは数えるのも億劫になる数の世界を観測し、常識外れの精度で世界の何もかもを書物という形で記録して、何も削除せず保存し続けるという超巨大データベースだ。
ここに無い情報は無い、と断言する者も居るほどの、無限の本が並ぶ書庫。ここに無い情報は少年の課金癖を治す方法くらいのものだろう。
その情報量と引き換えに、専門のチームを組んで年単位での調査をしなければ目的の物が見つからないという有り様であったため、利用者はそう多くなかった。
情報収集のため、ユーノは一族が得意とする検索魔法を引っさげてここに辿り着く。
だが少年の語る『無限書庫の真実』は、ユーノの心胆を寒からしめていた。
「―――ということで、無限書庫には本来月3000円の課金を勧めるシステムがあったんだ。
だが課金機能そのものは生きていても、それをアナウンスする通知システムの方は壊れてた」
「え? じゃあ何? 無限書庫が不便なのって意図的だったの? 課金させるために?」
「ああ、そうだ。
『無限書庫マジ便利』
『でもデフォの検索機能クソだわ』
『月3000円の定額課金くらいは安いもんだな』
と思わせて、金を搾り取るためのシステムが、ここにある……」
代金ベルカ式魔導師だからこそ気付けた、もはや代金ベルカ式魔導師でもなければ気付けないようになっていた、無限書庫の本当の本質。
それは、"意図的に無課金ユーザーが使いづらいようにする"というものであった。
「よくあることだ。
普通に使ってるとちょっと不便に感じる程度の塩梅。
だが課金して機能を開放すると、一気に便利で使いやすくなる。
便利さ、使いやすさに格差を作るタイプの課金誘導システムだな」
「酷くない?」
「酷くない」
イラストサイトの検索機能を、課金で拡張する。
ゲームで戦艦などを保有できる数の上限を、課金で上昇させる。
動画サイトで課金しているユーザーを優先的に優待する。
などなど、課金で『強さ』『レア物』ではなく『便利さ』を買うことは世の中珍しくもない。
「第一無料で使わせてもらってるんだ。文句を言える立場じゃないだろ」
「うーん……」
「もっとも、ゆっちーみたく自分でアドオン作って検索機能改良できる奴も居るが」
「僕の検索魔法はブラウザのアドオン扱いかぁ……」
少年は今日までこれに課金する意味を見出だせていなかったが、ユーノとの出会いを経て、月額3000円課金を開始する。
年3万6000円課金。
とりあえず十年後まで課金を続ける予定のため、出費は36万課金と見るべきだろう。
「じゃあとりあえず闇の書の検索、始めようか」
「おう」
「その次は参考資料探して代金ベルカ式の改良もやろう。燃費がちょっとばかり悪すぎる」
「お、おう」
かくして課金ユーザーとして活動を始めた二人は、ユーノの検索魔法と合わせてたった一日で闇の書関連の情報収集を完了し、過去に居たらしい代金ベルカ式の使い手の情報を集め始めた。
管理局サイドだけを見れば、ヴォルケンリッターにいいようにやられているようにも見える。
だが、ヴォルケンリッターサイドから見れば、この事件は全く違う姿を見せる。
近代ベルカ式の魔導師とミッド式が一人づつ、一般人の課金ソシャゲユーザーが数人という被害が出てしまっているということは、裏を返せば騎士四人がフルに動いてもこれだけしか集められていないということでもある。
「クソ、やべえ、時間が足りねえ……蒐集が間に合ってねえ……!」
ヴィータが怒りのままに、壁に拳を叩きつける。
ここは海鳴大学病院。"緊急搬送された"はやてが今入院している病院である。
闇の書の侵食速度が騎士達の蒐集速度を上回り続けた結果、とうとうはやては日常生活も送れない状態になってしまったのだ。
高町なのははヴォルケンリッターが全員揃っていても勝てない相手。
クロノ・ハラオウンはヴォルケンリッターを一対一ならば倒せる強者。
リーゼ達もヴォルケンリッター二人までならかなりの確率で勝利可能で、フェイトもヴォルケンリッターの中で最も強いシグナムに迫る強さだ。
ユーノもアルフもヴォルケンリッター相手に渡り合うくらいは出来る。
ここに代金ベルカの援護が加われば、もう勝てるわけがない。
リーゼ達は本局の仕事があるらしく、ほとんど戦場には顔を出していなかったが、それでもなのはの顔と砲撃が頭の隅をちらつくたび、騎士達は派手な行動を自粛せざるを得なかった。
「落ち着け、そして静かにしろ、ヴィータ。ようやく眠れた主はやてが起きてしまう」
蒐集効率は、管理局に発見される可能性に比例する。
メリットを上げればデメリットも上がるのだ。
発覚すればBAN確定の規約違反行為をしてしまったユーザーの気持ちに近いかもしれない。あの魔砲に見つかれば全て終了、今度こそ脱走は無理だろう、というのが騎士達の共通見解だった。
「私達に、もっと力があれば……
私の癒しの風が、もっと多くのものを癒せれば……!」
泣きそうになるシャマルの肩に手を置き、ザフィーラは彼女を慰める。
「お前だけのせいではない。
主の苦しみを除けないのであれば、それは我ら全員の責任だ」
ザフィーラは口数こそ多くないが、それは彼が無駄口を叩かないからだ。
彼が口を開けば、そこから出て来る言葉には重さがあり、含蓄がある。
「一回は目まで戻ったってのに……くそっ!」
「大当たりはそう続かない。あの少年は、狙うにしても不確定要素が少し大きすぎるしな」
「あれは開けるまで中身が分からないびっくり箱よね……
死にかけたのにはすごくビックリしたわ。大丈夫だったかしら……」
地球でも上位に入る課金兵であるかの少年は、課金蒐集一回でとてつもない量の力を書に注いでくれた。加え、先日ジュエルシード一個分の魔力を魔力蒐集されてもいる。
闇の書が蒐集している二つの要素を蒐集させた上、"闇の書が想定していた一回の蒐集量"を完全にオーバーした蒐集量は闇の書を誤作動させ、紙パックに息を思いっきり吹き込んだ時逆流してくる飲み物のように、はやてに視力を逆流させるという奇跡を引き起こしていた。
だが、それも一回きりの奇跡だった。
足はそのままの状態、やがて目の代わりに『大切な人と繋ぎ暖かさを感じる腕』の機能が奪われてしまい、両親と騎士達含む家族で撮った写真の全てが消え失せ、魔力面からの侵食ははやてから『口を通したものから水と栄養を吸収する』身体機能までも奪い取ってしまう。
入院したのは、そうしなければ、はやてがすぐにでも死んでしまうからであった。
「魔法生物を狙うような、捕まる危険性を排した安全策でじっくりやっていく時間はもうない。
かといってあの日戦った魔導師達から逃げられない、そんな状況を作るわけにもいかない。
デメリットとメリットを考えつつ、我らは綱渡りをしなければならない。全員、気を抜くなよ」
シグナムが声をかければ、病室のはやてを囲むように立っていた騎士達が、揃って頷く。
「ん……」
やがてはやてが目を覚ます。
騎士達の会話で起きたのではなく、闇の書の侵食による痛みで起きたことは明白だ。
彼女が漏らす声は、この上なく苦しそうなものであったから。
「はやて!」
「主はやて!」
「はやてちゃん!」
「我が主!」
四人が心配そうに声を上げ、ヴィータに至っては駆け寄ってすぐさまはやての手を取り、その手を握ってはやてに話しかけていた。
だが、そんなヴィータを、目覚めたはやては不思議そうに見る。
「あなた、誰や?」
そしてはやては、握られた手をやんわりと離し拒絶して、頭を抱えて記憶の海を探り始めた。
「―――」
「私は確か、家にずっと一人で、これまでもずっと一人で、それで倒れて……」
大切な人との想い出に価値があることは、誰でも知っていることだ。
想い出は時に忘れられ、想い出は時に想い出補正で改竄され、想い出は金や物にもならない、想い出の持ち主にとってのみ価値がある、虚構の価値と呼ぶこともできるもの。
過去は過去。記憶は記憶。それでも、幸せな想い出というものは、何よりも素晴らしい宝物で。
はやての目と同等以上の価値のものであるとされ、はやてが騎士達と過ごした記憶は奪われた。
それは、八神はやてにとって、ヴォルケンリッターとの想い出が……自分の目と同じかそれ以上に大切な存在であるのだということを、証明していた。
はやてが自分の目と同じかそれ以上に大切に想っていたものだからこそ、書はそれを喰った。
それは、家族に向けられていた愛の証明。
あまりにも残酷な形での、『はやてに愛されていた証明』だった。
「は、はやて! あたしだよ! ヴィータだよ!」
ヴィータははやてに詰め寄って、はやてが元気だった頃に買ってもらったうさぎの人形を握り、突きつけながら、懇願するように言葉をぶつける。
「こののろいうさぎの人形だって! はやてに買ってもらった大切な宝物で!
ほ、ほら! これ見て思い出してよ!
あの時間は楽しくて、ずっとずっと忘れない記憶で、あの時間が大切な宝物で……!」
「あの、私らたぶん初対面だと思いますよ。誰かと勘違いしとるんやないかな?」
「……ぁ」
目がじんわりと熱い。足が震える。自分が真っ直ぐに立っているのかも分からない。悲しくて、悲しくて、悲しくて。ヴィータは泣きたかった。叫びたかった。怒り狂いたかった。
「ッ、はや―――」
「ヴィータ」
そんなヴィータを、シグナムが手で制する。
いや、もはや押さえ込んでいると言った方が正しいか。
シグナム、ザフィーラ、シャマルは比較的平静を保ってはいるが、その心の中は荒れ狂う嵐のような状態になっていることだろう。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしたようで……失礼します」
「ええですよ。知らない人とも仲良くしなさい、って育てられた私ですから」
ニコリと笑うはやて。
家族に向ける笑みではない、他人に見せる笑みだった。
今のはやては騎士達にとって大切な人であるのと同時に、笑顔一つとっても騎士達を傷つける毒の塊でもあった。
だから。四人揃って逃げるように部屋から出て行った。
「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょうッ!」
病院の外に出て、草地から緑が見えなくなるくらいに地団駄を踏むヴィータを、誰も止めなかった。その怒りは、悲しみは、荒れ狂う感情は、騎士達全員に共通のものであったから。
「もう余裕はない。やるぞ、シグナム、ヴィータ、シャマル」
「!」
「ザフィーラ、まさかお前……あれは絶対にやらねえって、あたし達の間で決めてただろ!」
「他にどんな方法がある?
あれをやれば、まだ闇の書が完成するまで主が保つ可能性はある。
あれをやらねば、我らが守るべき主は全てを奪われ虚無の中で死んでいくだけだ」
はやての記憶の喪失は、ザフィーラに最後の覚悟を決めさせる。
ヴォルケンリッターが絶対にやらない手段として事前にあげていた手段があった。こんな状況になってもヴィータが拒絶する手段があった。守護の獣がやると決めた手段があった。
「我らは騎士だ。主より先に散ることは、我らの誇りであり誓いでもある」
騎士は主の死の後に残るべきではない。
主と共に死ぬか、主より先に死ぬか。それでも、たった数秒の差しかなくとも、主を守り主より先に散ることが騎士の果たすべき責務である。
はやてを生かすため、ザフィーラは蒐集のために必要な攻めの二人と、唯一の援護要員を残し、他三人よりも"消えた場合のデメリット"が少ない自分を捨てに行く。
「だけど、ザフィーラ!」
「シャマル」
胸に拳を当て、ザフィーラは悲嘆に暮れる三人に強い言葉を投げかける。
「私も男だ。ならば、通したい意地もある」
「……っ……」
ザフィーラが笑い、シグナムが歯を強く食いしばり、ヴィータが涙をこらえ、シャマルが両の手で顔を覆う。
闇の書を片手に、もう片方の手をザフィーラに向け、シグナムは書の機能を起動した。
「蒐……集っ……!」
《 Sammlung. 》
かくして、ザフィーラは仲間の手で書に吸収されていく。
シグナムは仲間を手にかけ、その罪悪感を胸に抱く。
ザフィーラのリンカーコア、はやてに付き合って始めたソシャゲのアカウントデータが吸われ、魔法生命体である彼は自身の全てを書に食い尽くされ、事実上の死に至る。
「決して諦めるな。四人揃わずとも、我らは主を守る守護騎士なのだから」
プログラムが消えただけだ、いくらでもどうにでもなる、だなんて考えられるわけもなく。
仲間が最後に遺した言葉は三人の胸に突き刺さり、彼女らの心を更に追い詰める。
「ばっかやろうッ……!」
主に忘れられ。
仲間をその手にかけ。
なおもヴォルケンリッターには何の希望も見えてこない。
ヴィータの悔しげな涙混じりの嗚咽に、八月の虫が奏でる音色が溶けていた。
ちりん、と風鈴が鳴る。
夏の殺人的な日差しに扇風機で耐えながら、少年は自室の机の鍵を開け、引き出しを引く。
彼が引き出しから取り出したのは、20枚のカード。
それは絶対に使わないと心に決めていたはずの、本当の意味での彼の切り札。
「よし」
所持数限界にまだ余裕が有ることを確認してから、少年はそこに20枚のカードを放り込む。
闇の書に関する因縁の全てに決着がつく、そんな一日が始まろうとしていた。
『大好評連載中 Fate/stay night 前回のあらすじ』
「回すのは構わんが……別に、当ててしまっても構わんのだろう?」
課金に狂うバーサーカーの狂剣が、ガチャのサーヴァント、ガーチャーに迫る。
もう課金は懲り懲りだ、無課金でいりやと妥協する者を確殺する一閃。
課金する金はまだアルトリアと叫ぶガーチャーがそれを回避する。
ガーチャーは距離を取り、すかさず財布がカラドボルグを弓につがえて発射した。
シンジられない課金額が生む力、まさにクズの力、葛木。ハサン覚悟で出す課金力!
ガーチャーはマスターを逃がすために残ったが、ここで勝てる可能性がSSR一発引きよりも低いことを理解していたし、倒すには金を借りバーンすることが必要なことも分かっていた。
それでも、今の彼に後悔はない。
たとえ後になって後悔したとしても、借金までして高シコリティキャラを手に入れたあの時の決断は、決して、間違いなんかじゃないんだから―――!