奇跡という他なかった。
排気口から流れる排気音、パーツが稼動して響かせる駆動音を打ち鳴らす、白を基調とした車体に、赤いラインが刻まれ、ヘッドライトの部分には独特な形をしたエンブレムが施されているバイクに跨がり、その男は現れた。
黒のスラックスに、白のワイシャツ、その上から羽織られたライダースジャケット。
何処にでも居そうな男に見えるが、その男の纏う覇気は、恐ろしいほどの威厳に満ちていた。
『なぜ、あやつがっ!!』
俺の視界と同期した映像から、男の姿を捉えたのだろう。
頭の中に流れる声の主が、驚いた声をあげる。
対する男と視線が交差する。
男は真剣な眼差しで俺に問いかける。
「お前は、一体?なぜ、その姿をしている」
男の問いに答えることはできない。
沈黙だけが、場を支配し、時間だけだ過ぎていく。
「その少女に何をした」
足元に倒れる刀奈に目を向け、表情に怒りのような感情を混じらせ、再び男が口を開くが、やはり返答の声は出せない。
『タイプライダーよ。その男を抹殺せよ!』
指示と共に、体が動き動き出す。
敵対する対象の顔つきや体型を元に、体内に内蔵されたデータベースを参照、相対する男の情報が仮面の中に投影され表示される。
表示されたデータを元に、攻撃方法か選択され、この場での最適解ーーー破壊ーーーを実行するために最速、最短の行動が行われる。
「破壊、実行」
対象に一瞬にして近づき、強烈で苛烈な拳打が振るわれる。
振るわれた拳により、ゴウゥッという音が鳴り、激しい風が巻き起こる。
標的に正確に命中すれば一撃で全てを粉砕するであろう拳、しかし、この場に破砕音が響くことは無かった。
「脈はある。強い力で首を締められ気絶したのか」
男が居たはずの場所にはバイクだけが残されていた。
声の方向へ振り替える。
男は膝を折り、倒れている刀奈の首に手を置き、彼女の無事を確認していた。
「幼い少女を、その力で亡き者にしようとするその行い、許すわけには行かない」
立ちあがり俺を睨み男は告げる。
「抹殺」
男に対峙し、睨み返すように俺の体も向かい合う。
「いくぞっ!ふんっ!」
男が掛け声と共に、左手を腰だめに、右手を斜め上方に突き上げた構えを取る。
それに合わせ、男の体、腰の位置に銀色のベルトが現れる。
沈黙に包まれていたこの地に、一筋の風が舞う。
そよ風ほどのその風は、徐々にその強さを増していき嵐のように巻き起こる。
舞い上げられた塵芥が視界を不明瞭にする中、俺の視界から視線は、構えを取る男を捉え続けていた。
「ライダァァァァー」
突き上げられていた右手が、半円を描くようにして右上方に向け動かされる。
巻き上がっていた風が男のベルトに向かうよう集っていく。
「変ッ身ッッッ!!」
男の言葉と同時、右上方に伸ばされた右手が引かれ、左手が突き出される。
ベルトの中心に施された風車が、風を巻き込み、回転する。
そこから放たれる眩い光の奔流が、男の姿を隠す。
そして、光が収まったとき、そこには男の姿はなく、俺の今の姿と酷似した仮面を被った存在が立っていた。
「いくぞ」
男が一言発した瞬間、腹部に衝撃が走る。
「グ、ガッ!?」
視認できない速さで繰り出された一撃に反応できず、無防備な状態で銀色のグローブに包まれた拳を受け、後方に吹き飛ばされてしまう。
拳を振り抜いた体制から構えを取り直し、俺を見るその赤い瞳は、爛々と輝き、その男の強さを物語る。
黒いスーツの上に纏う、緑のプロテクターは、傷ひとつなく、全ての攻撃を防ぐであろう強固さを醸し出す。
仮面ライダー1号――
俺の姿の元となった存在であり、俺をこの姿にした組織の前身である存在と、長い戦いを繰り広げていた者。
この世界にはない『仮面ライダー』という概念を生み出したはじまりの男が放つ存在感が、場の空気を支配する。
しかし、恐怖という感情を持たない、ただシステムによって動くだけの機械人形は臆することはない。
コンクリートの道を踏み砕くほどの力を足に込め、対象を抹殺するために飛びかかり、千切れた右手を気にすることなく殴りかかる。
「グッ」
振るわれる拳の猛襲に1号はくぐもった声を上げる。
地を踏む足が下がることは無いが、疲れを知らない機械の体は、息継ぐ間も無く拳を振るい続け、その度に、重い音を立て、攻撃を喰らった箇所に傷をつける。
「ぬうぅ、トアッッ」
一方的な攻撃に耐えていた1号の拳が唸りをあげ、俺の顔に直撃する。
衝撃により、動きが止まり、攻撃も終わる。
そして、ダメージを負った顔の部分を覆う仮面の一部が砕け、装甲が落剥する。
内部機能が壊れたのか、仮面内に表示されていたデータ群の表示が消える。
『な……を、…ている。殺……しろっ!』
頭の中に響く声も、損傷の影響を受けたのかノイズ混じりで、途切れており、最後はブツリという音と共に交信が途絶える。
次いで、痛みを感じたが、一瞬でその感覚は途切れてしまう。
「アアアアァァァァッッッ!」
苦しむような音声を発しながら、立ち上がり再び標的に向かう体。
足が地を踏みしめる度に、地面を踏みしめる感触を感じる。
「同じ手は通用せん!」
振りかぶった拳を、掌で掴むようにして止められ、殴ろうとする形から、組み合う体勢へと変化する。
拮抗し合う力が、地面に伝わり放射状の罅を入れる。
「その顔、人間なのか?」
正面から向かい合う形となり、砕けた仮面から俺の素顔が見えたのだろう、1号が疑問の声を上げと共に、腕に加わる力が弱まる。
「まずいっ!?」
力が弱まった一瞬の隙を突き、俺の体が1号を押し返す。
ガガガッっという音を立て、1号の足が後ろに下がって止まる。
(動揺したのか?だが、ここで1号を倒させるわけにはいかない)
そう思うのと同時、視界がスクリーンを通して眺めていたようなものから、自身の瞳を通して見る光景へと切り替わる。
掴みあう手の、握ったものと、握られた二つの感覚を捉え、体のコントロールが戻ったことを理解する。
相手を押すために腕に込められていた力を緩め、流れに身を任せる。
「トウッ!」
1号の力に負けて体勢が崩れ、後方に仰け反ったのを、彼が見逃す訳はなく、右足から繰り出された蹴りが体に突き刺さり、俺を吹き飛ばす。
(まだ、コントロールが完全には戻っていない)
無様に地面を転がって、砂埃を巻き上げ停止する。
直ぐ様立ち上がり反撃に移るようににシステムから送られる命令と、それを阻む俺の今の意思とがぶつかり合い、立ち上がろうとする体の動きががたつく。
その僅かながたつきで起こるタイムラグが、相手からの追撃を可能にし、さらに体へのダメージを蓄積させていく。
ここで、コントロールを奪取してから徐々に明確になってきていた痛覚が、与えられるダメージの多さも相まって、俺の思考を阻害した。
結果。
再度、体のコントロールをシステムに奪われ、1号への反撃を許す事になってしまった。
「抹殺」
「グッ」
向かい合い、互いに防御や回避を行いながら攻撃を繰り出していくような、互角のやり取りが繰り広げられる。
攻撃を受けた側は、間違いなくその後の攻防で不利になるであろうそのやり取りは、俺の体が無理矢理に体を捻らせて攻撃を避けた後に放った蹴りを1号が受ける形で決着する。
「マズイッ、このままでは!」
直ぐ様体勢立て直す1号であったが、時すでに遅し、手の無い右腕から放たれるパンチが眼前に迫っていた。
「クッ」
与えられるダメージを軽減しようと腕を交差する1号。
しかし、その体に衝撃が襲うことは無かった。
「マニ、合った」
1号の顔の2、3センチ目の前で腕が止まっている。
「ナァ、頼ミがあるンだ」
「意識が戻ったのか?」
「意識はアった、タダ、体が動かせなかっタ」
体のコントロールを奪われそうな感覚を受けながらも、会話を行う。
この願いは俺にとっては重要だが、1号にとっては、ただの厄介事でしかない。
申し訳ない気持ちを心にしまいこみ口を開く。
「……してくれ」
「何故、そんな願いを」
「理由はいいんだ。この体が、俺の自由に動くうちに、俺を、殺してくれっ!」
これが俺の願い。
伝説の戦士が目の前に現れ、自身の意思を取り戻したからこそ出来る選択、そこには様々な想いが込められている。
これまで、操られながら奪い傷つけてしまった人々への贖罪。
再び、体のコントロールを失い、人を傷つけてしまうことへの恐怖。
俺が生きていることで不幸になる存在が多すぎる故に、俺は、この世から消えることを選んだ。
「意思ある者の命を奪うことなど出来ない」
1号は、俺の瞳を見つめたまま言葉を紡ぎ、願いを断った。
「何故、あんたなら出来るだろ!いや、あんたにしか出来ないんだよ!!」
怒りのボルテージが一瞬にして上がり、声を荒げてしまう。
一方的な願いではあったが、彼なら実現できると、叶えてくれると信じていた。その期待が裏切られ、俺は心が暗くなっていくのを感じた。
だったら――
思いつくと行動を開始する。
左足を一歩分下げ、1号の脇腹目掛けて振り抜く。
会話をして警戒を緩めていたようで、吸い込まれるように1号の腹部に蹴りが入る。
「やめろっ!」
1号の言葉を無視し、攻撃を繰り返す。
一撃一撃が彼の体を傷つけていくが気にしない。
彼も俺の攻撃を止めさせることができないと悟ったのか構えを取る。
「それでいい……」
俺は後方に跳躍、その後高く飛ぶ。
体の背部に付けられたスラスターを起動しながら、浮遊する。
「いくぞ!」
「くっ、ならば!」
1号も俺同様に飛び上がる。
それも俺より高い位置に。
そして、空中で前宙を行い、足を俺に向かって突き出す。
俺も1号に向かい足を突き出し、スラスターによって加速していく。
仮面ライダーと呼ばれる者たちが持つ
数多の悪を屠ってきたその一撃が俺に向かってくる。
その姿を見て、俺は1号に向けた足を下げ、ただスラスターだけを起動し続ける。
勢いに乗った僕ら二人の動きを止められるものはもう何もない。
僕は無防備な状態のまま。1号のキックを体に受け地面に落ちる。
「なぜ!?」
着地した1号が問いかけてくる。
俺の体からは激しく火花が散っている。
もう時間はそこまで残されていない。
「死にたかった……。自由に動かせない俺の体が、人々を屠る姿を見ているのは、もう無理だ……」
「くっ!」
悔しそうな声を上げる1号。
彼には申し訳ないことをしたと思う。
けれど、それよりも、これ以上俺自身が誰かを傷つけるのを止める方が俺にとって重要だった。
火花の量が激しさを増していく。
タイムリミットのようだ……。
「あり、がとう……」
一言だけ、彼に礼の言葉を伝え、俺の体は爆炎に包まれた。