ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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書きたい場面は筆が勝手に進んで好き。
今回もキャラクターが独り歩きしたので少し違和感があるかもしれません。


六話中

貴方(ベル)にとって魔法とはなんですか?』

 

 物語の姫のような装いのその女性は、真っ直ぐな視線をベルへと向けてそう尋ねた。

 

 英雄たちの持つ力の一つ。困難を打ち砕き、未知を切り開いていく自分の憧れを秘めた力。そう答える。

 

お前(ベル)にとって魔法とはなんだ』

 

 極東の武士のような出で立ちの男性は、心の底を見抜くように視線を向け尋ねる。

 

 自身の歩みを先に勧めるためのもの。上を目指すために必要な武器。自分が得られるはずがないと諦めた力。そう答える。

 

『貴方はなぜ魔法を求めますか?』

 

 ……力が欲しい。

 それは魔法じゃなくていい。自分の血肉に、手足となって動かし限界を引き延ばせるものなら何でもいい。

 魔眼でも、超能力でも、異業者でも、武術でも、スキルでも。自身の力に成るのならなんだっていい。

 

『何故力を欲する?』

 

 『おとうさん』は英雄だ。

 僕は只の人だ。

 英雄の最期は、物語の終わりは、別れだ。

 只の人は置いて行かれて、その後の世界が続いて行くだけだ。

 別れたくない。終わりになんてしたくない。

 英雄になんてなれなくてもいい。ただ、その隣に居る資格が欲しい。

 劇的な物語なんて無くてもいい。ただ、英雄の未来が欲しい。

 

『それでもきっと、終わりは来てしまいますよ?』

 

 知っている。終わりは全てにいつか訪れる。

 だから僕は納得したいんだ。後悔したくないんだ。

 未来で活躍する力じゃなくて、今を走るための、今の最善を行うための力が欲しい。

 

『幼子のようだな』

 

 知っている。後の事は、大人になったら考えるよ。

 

『だからこそ、私達は貴方に助けられました』

 

 男性は苦笑しながら言い、女性は僕の回答に微笑んだ。

 

『業火の如く猛々しく、唱えよ』

 

『雷霆の如く疾く、唱えなさい』

 

『その時ベルの力になろう(なりましょう)お前(あなた)が真の憧憬を求め続ける限り』

 

 

 その力は、僕が憧憬を失ったとき、同じように使えなくなっていた。

 

 

――――

 

「(マズイ、マズイ、マズイ、マズイ!! って……そんなことは知っているんだよ!)」

 

 ヘスティアを握る手に思わず力がこもり小さな声が漏れた。すいません、と声を掛けようとしたところで、ベルは背後にある圧倒的な存在感を意識に入れてしまった。

 シルバーバック、11階層以降にでる大型のモンスターであり、ベル自身も何度も顔を合わせているため知っている。ベルが準備万端の状態で対峙したとして、6割は殺されると判断する相手だった。

 そう、装備を含めて万端だ。間違ってもギルドの支給品のナイフと型落ちの防具で戦っていい相手ではなかった。万全でも出会ったのなら対応をヴェルフにぶん投げて補助に回る、そう対処したモンスターでもある。

 

 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ。

 ベルが思い浮かべたのはオラリオ東の地図だ。自身が走っている場所と地図を比べ、シルバーバックの図体が通れない場所を選んで進む。

 目的地はバベル、ミノタウロスから逃げようとした時と目的は同じで、行けば対処できる冒険者は確実に居るからだ。

 

「……くそっ、こっちもダメか!」

 

 そんなベルの思考を読んだように、路地裏へと繋がる道は閉鎖されていた。

 怪物祭の影響で住民たちや外からの観客が余計なトラブルに巻き込まれないように配慮したものだろう。

 それがベルの行こうとするルートを狂わせる。道中で他の者に気を取られてくれと願うが、屋台や馬車を跳ね飛ばして追い掛けるシルバーバックは、まるで熱でもあげている様に此方を追いたててくる。

 

 神様を抱えて建物の上を走る? ダメだ僕の【力】のステイタスじゃ神様を抱えてそこに上る前に潰される。

 囮になって神様だけでも逃がす? 最終手段だ。僕の【耐久】じゃ一発まともに喰らったらマズイ。

 【敏捷】を生かしてシルバーバックから逃げる? 今やっているだろう! 神様置いて逃げる気か!

 いっそのこと自分や神様に似ている他の人物にシルバーバックを押し付けてしまおうか。 ぶっ殺すぞベル・クラネル。

 

 頭の中にいくつも浮かぶ選択肢をベルは却下し続ける。思考はクリアなまま広がっているのに、有効な選択が一向に浮かび上がらず舌打ちしたくなった。

 

「ベル君! 君は……勝てない、のかい?」

 

 全力で走り、息絶え絶えに尋ねるヘスティアの言葉にベルは唇をかむ。

 

「……無理です。十中八九アレに勝つことはできません」

 

 そもそも今手持ちにある武器は護身用に持っているギルドの支給品の短刀だけだ。モンスター共通の弱点である魔石が存在する体内を斬るためには、最低限シルバーバックの剛毛を裂ける必要がある。その切れ味をベルが今持つ短刀は持っていない。体外から殴って魔石を砕くなど、最低限【力】のステイタスがBを超えてから発言できるものだ。

 情けなさと悔しさで思わず歯を食いしばる。

 

「――だめだっ! ベル君そっちは!」

 

 手詰まりだ、そう考えたときヘスティアの悲鳴のような声がベルに届く。同時に虫食い穴だった地図が目の前の光景と共に補完された。

 

 そこは広域住宅街への入り口だった。度重なる区画整理によって形成された人口のダンジョン、『ダイダロス通り』はオラリオの住民からそう呼ばれている。

 ベルの頭の中に描いた地図は、ダイダロス通りの入り口を区切りに真っ黒に塗りつぶされている。無理もない、ダイダロス通りの道のりは設計者どころか住民ですら分からないのだから。

 

 ご丁寧に他の場所へ向かう道は怪物祭が無くとも閉鎖されているという詰みの状態だ。ダイダロス通りへ向かうか、という選択をベルは鼻で笑う。行き止まりから行き止まりへ行ってどうするつもりだと。

 

「……ベルくん?」

 

 ベルは足をゆっくりと止めてヘスティアへと視線を向けた。

 肩で息をして膝を抑えるヘスティアは、素人目で見てもこれ以上走り続けるのは無理だと判断できる。

 不審に思うヘスティアの声をベルは無視し、ベルの頭の中で新しい選択肢をはじき出す。

 

「神様、僕が今からあの大猿を引き付けます。神様はダイダロス通りに向かって逃げるか、隠れるかしてください」

 

「そんなこと、できるわけないだろう!」

 

「確かにダイダロス通りは危険な場所です。でも僕が必ず迎えに行きます。最悪夜まで地下にでも隠れていれば……」

 

「違う! ボクは君を置いて、行くことなんてできないって言っているんだ!」

 

 知っている。(じぶん)はこの神様がそう言う事を知っているのに、否定しなければならない。

 

 その言葉を無視してヘスティアに背を向けて、迫るシルバーバックへと視線を向けた。

 

 もっと力があれば、なんて何百回思ったか分からず、それが無駄なことだと知っているから思考を動かしてきた。

 

 笑え、不安を微塵も表情に出すな。自分の背後には守らなければならない方が居る。

 自分は英雄になんてなれない。だけど、英雄の在り方だけは知っているのだから。その背中を見続けてきたのだから。

 

「貴方が居ると邪魔なんです、神様」

 

 突き放す言葉に背後から息を呑む声が聞こえた。

 納得させるだけの理由があればいい。感情が邪魔するならその感情を損なう事を言えばいい。

 

「ベル……くん」

 

「幸いアレの相手はしたことが有るので、逃げ続けて時間稼ぎなら何分でもできます。ただ、貴方が居るとそれができない」

 

 足手まといを置いて何とかできるほど僕は強くありません。そう言葉を区切るベルは、振り向くこともせずにシルバーバックを見据えている。

 

「だけど君は逃げ続けてどうするんだ!? いつかは捕まって……」

 

「此処は『オラリオ』です。アレより強い冒険者は幾らでも居ます。ガネーシャ・ファミリアも解決に動いているでしょう。その救援を待ちます」

 

 淡々とヘスティアがこの場所に残る理由を潰していく。逆に残れば障害になると理解させ、遠ざけようと言葉を繋いだ。

 ベルが言った言葉は一つも嘘が無い。嘘をついたところで神様に見破られるからだ。

 ただヘスティアが無事なら自分はどうでもいいという思いと、救援が来るのは完全な運任せで目途は一切立っていないことは話していないだけだ。

 

 鞘からナイフを抜いて逆手に構える。ギルドで支給され整備以外に空気に晒していなかったその刀身に頼りなく思う。

 ヴェルフの作った型落ちの鎧は、何時も冒険で使っている装備よりも薄く、シルバーバックの一撫でで破けてしまいそうに感じた。

 道具は道中でミアハから貰ったポーション一つ。ここまで来ると笑いすら出そうになった。

 

「行ってください、目途は立っているので、必ず何とかします」

 

「……ベル君の馬鹿」

 

 ヘスティアの呟きとこの場から離れていく足元がベルの耳に残る。そしてベルは自嘲の笑みを表情に浮かべた。

 神達に嘘は通用しない。だから先ほど言った言葉が嘘だという事がばれてしまっていた。それでもこの場所を離れていったのは、この場所に居ないことがベルのためになると理解したからだろう。

 

 シルバーバックは寵愛を受けた者と似た光を持つナニカを追い掛ける。掴まなければならない、献上しなければならない。自身の本能が塗り替えられ、それを達成しろと叫んでいる。

辺りに小さな光のナニカは居ない。その代りに番兵の様にダイダロス通り前に立つ人間を、自分が先に行くための障害だと理解し、その拳を振り上げた。

 

 追わなけば。追ってアレを捕まえなければ。続く寵愛を受けなければ!

 

 ちっ、と。僅かな痛みをシルバーバックは感じた。

 

 振り下ろした拳の先の障害が視界から消えて居た。自分の手にある拘束具の鎖をトントンとのぼり、頭の横を何かが通り過ぎて着地する。

 人間の手に会ったのは刃物。光に反射し鈍く光るそれを視界に入れ、シルバーバックは自分の頬に手をやった。

 指先にわずかに着いたのは自身の血だった。そして視線をずらせば頬をわずかに裂いた、という結果を残した人間がそこに居る。

 そして指を二本立てて手の甲を向けた。くい、くい、と。二つの立てた指を曲げかかってこいと挑発する人間がそこに居た。

 

「アァアアアアアアアアアアア!!!」

 

 寵愛を受けるべきこの身体によくも傷を! よくも邪魔を! そう意味を込めてシルバーバックは咆哮する。

 

「……ああ、嫌だなぁ」

 

 まるで、自分の目の前で居なくなった『おとうさん』の様なことをしている。

 オラリオで背中を守ってくれた(ヴェルフ)は居らず、切り開くための切り札(まほう)は失って。

英雄の武器(神のナイフ)はそこに存在すらしていない。

 

 ベルはなんだか無性に泣きたくなった。

 

――

 

 アイズ・ヴァレンシュタインとロキはオラリオ東部の闘技場近くに居た。

 ロキと祭りを回りガネーシャ・ファミリアの催しが始まる時間頃に、アイズが街の異変に気が付いた。それを確かめようと近くのギルドの職員に質問をしたところで、今回の騒動に気が付いたのだ。

 東部全域に向けてモンスターが脱走した。そして東通りでは自分の知人である少年と神が楽しげに話していた場所でもあることをアイズは思い出す。フレイヤ達と会合した時、ロキは聞こえなかったがアイズの耳には外の喧噪と共にベルとヘスティアの声は聞こえていたのだ。

 そしてそれを聞いて表情を変えたフレイヤ。アイズが頭の中で関連性があると感づいたのは当然だった。

 

「ロキ、これは……」

 

「……そーやなぁ、ウチとしてはアイツがそんな短絡的なことするとは思わへんのやけど」

 

 ロキは訝しむように虚空を見つめそう呟く。

 ロキとしてはさっき別れたばかりで問題を起こすなど、私が犯人ですと伝えてきている様なものだと考える。フレイヤが問題を起こすとしても少しばかり時間を置くと考えていた。

 ギルドの職員、ひいてはガネーシャ・ファミリアからモンスターたちの掃討を頼まれそれは了承した。

 だが自分の知人が何か謀に巻き込まれている、それを理解しアイズはわずかに焦る。そしてその様子を見逃すロキではなかった。

 

「……アイズたん、行きたい場所があるなら行ってもええよ。ウチが居たら足手まといやろ?」

 

「……ロキ」

 

「いやー眷属の心中察して背中を押すなんて、ウチはなんてええ神なんやろなぁ? どこぞのドチビとは大違いやでー」

 

 けらけらと笑うロキにアイズの中に浮かんでいた焦りが、心をざわめかすのを止めていた。

 

「ただ、他の所でもモンスターは騒ぎを起こしとる。無事確認したらガネーシャんところを手伝ってやるんやで」

 

「だけどロキはどうするの?」

 

 モンスターが暴れているというのなら、この場所も危険であることに変わりない。

 

「んーウチはそうやなぁ」

 

「アイズー! ロキー!」

 

 ロキが口を開こうとしたところで二人に声をかけた人物がこちらに向けて走ってくる。良く通る聞きなれた声が、ティオネのものだとアイズは分かった。

 それを聞きロキはにんまりと笑った。

 

「まっ、丁度あの眷属()達も居たしウチの事は気にせんでもええよ。ただ、ウチのデートすっぽかすんやから、後でちゃーんと埋め合わせをするんやでー」

 

「わかった。ありがとうロキ」

 

 気を使ってくれた自分の主神に一礼して、アイズはすぐさまその場所から駆けた。

 この大勢の観客の中からベルとヘスティアを探すことは難しい。それなら脅威となる場所に居るモンスターを優先的に倒せばいいとアイズは判断する。

 

 初めに確認したのは高所から街を見下ろして、東通りで騒ぎが起きている場所に向かって跳躍する。

 着地と同時にトロールを一閃し撃破する。討伐に来ていた他の冒険者の驚く顔を無視して、次の場所へ向かう。裏通りを抜けて、東通りのメインストリートへ。避難する住民たちとは逆方向に向かってアイズは駆けた。

 その先にモンスターが居る。全員倒せばひとまずは危機は無くなると、そう考えたアイズの耳に静かな男の声が届いた。

 

「止まれ」

 

 アイズはそれを無視しようとして、眼前に立ちふさがる男に足を止めざるを得なかった。

 

「……貴方は」

 

「この先に行く必要はない、『剣姫』」

 

 それは猪人だった。防具などの身体を守る武具は一切装備しておらず、その手に武器は握られていない。

 それでもLv.5の自分が敵わないと感じてしまうほど、その大男――オッタルの存在感は大きなものだった。

 オラリオの住民たちはオッタルとアイズを無視して我先にと逃げようとしている。言葉を、圧を、向けていたのはアイズただ一人だったという事だ。

 

「この先にモンスターが居る」

 

「ならば俺が対処しよう。俺は主神より命を受け此処に居る」

 

「私は、貴方を信用できない」

 

「する必要はない。派閥同士が敵対している以上、それは無用だ」

 

 淡々と返すオッタルの言葉にアイズは奥歯を噛んだ。昼の会話の後に、オラリオの最高戦力とも言える人物がこの場所に居る。その状態で何も起こすつもりはないと考える程、アイズは無知ではなかった。

 自身の持つ借り物である細剣に目を向け、すぐにそれを抜く選択肢を捨てた。此処はダンジョンではない。戦うと成ったらギルドが介入し、多大なペナルティを科せられるだろう。

 ならばどうするか、と言ったところでアイズは思考が行き止まる。舌戦の経験はアイズはあまりない。冒険者の諍い程度ならともかく、ファミリアを左右する謀は主神や、フィン、リヴェリアの戦場だった。

 

「(……無視して、通る!)」

 

 アイズはそう判断し再び動こうとする。それを見逃すオッタルではなく、アイズが行動するより先に口を開いた。

 

「この場は【猛者(おうじゃ)】オッタルが承った! 【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタイン、他の場を任せる!」

 

 それはアイズに向けていた時とは違う、一帯に響き渡るような声で言った言葉だった。

 なぜこのタイミングでその言葉を言ったのか。理解する前にその言葉の結果は、アイズ達の周囲から現れた。

 

「【猛者】だ……【猛者】が来た!」

 

「本当か!? 本当だぁ!!!」

 

「【剣姫】も居るぞ!」

 

「都市最強の【フレイヤ・ファミリア】が来てくれたぞぉ!! みんな落ち着けぇ!!!」

 

 オッタルは決して謀が得意ではない。だがファミリアの団長である以上、それに触れない事は許されなかった。故に不慣れな者を相手にするなら言葉だけで有利になることは可能だった。アイズはオッタルが言った言葉の意味を理解する。

 歓声を上げたのは周りに居るオラリオの住民たちだった。周囲へと存在感を与え声をあげたオッタルの姿を見て、悲鳴とは違う形で湧き上った。

 

「っ! 貴方は!」

 

「【剣姫】! ここは俺一人で充分だ。他に手を求める者の場所へ急げ!」

 

 強く、雄々しく、まるで理想的な英雄の様(・・・・)に振舞うオッタルに、アイズは何かを言うことができず唇の端を噛んだ。

 オラリオの住民たちはオッタルの普段の姿を知らない。今の立ち振る舞いを彼の知人、例えばアレンが見れば『誰だお前』と素で言い、フレイヤが見れば『オッタルったら』と笑いを堪えきれずくすくすと声が漏れるだろう。それだけ普段の彼とかけ離れた姿だ。

 だが、オラリオ最強の称号は、今オッタルが行っている理想の英雄のような立ち振る舞いは、自然とこの場一帯を守る守護者のように感じさせた。

 

 それはアイズも同じだ。ならば、その場に介入しようとしている自分はただの邪魔者でしかないことも分かった。

 

「……っ」

 

 この時点で自身が剣を触れることは許されなくなった。鍛え上げてきた腕が今この場では何の意味も待たず、悔しさが胸に溢れる。

 今この場所で自分が介入しようとすれば、声高々にオッタルはロキ・ファミリアの眷属に邪魔をされたと言う事ができるだろう。彼自身がそのようなことする気質には見えないが、できるという時点で問題だ。

 彼自身が行わなくとも住民からギルドへ報告が行く。最悪実害が出ればペナルティを貸される可能性をアイズは否定できなかった。

 

 自分達に傷をつけないようにするのは、この場を後にするだけ?

 

 ふと、ロキの事を楽しげに話すヘスティアの姿が。

 ミノタウロスから逃げて全力を尽くしたベルの姿が脳裏に過る。

 

 アイズは一歩前に出て、真っ直ぐにオッタルの視線と合わせた。そして静かに口を開く。

 

「この先で、私の大切な友人が襲われている。助けたいから通してほしい」

 

「……返す言葉は先ほどの物と同じだ」

 

 アイズの言葉にオッタルはわずかに表情を変えた――ように見えた。周りの住民たちには分からなくともアイズにはそう感じた。それは舌戦に応じるアイズの事を意外だと思った事で出た表情だろう。

 

 アイズの言葉に周囲がざわめく。その内容は困惑する者、非難する者や納得するものなど様々だ。

 大切な友人と言えるほどの付き合いは無く、実際に追われているかもわからないが、そこは嘘をつく。

 舌戦の参考にするのはロキ。あの手この手で自分の要求を眷属たちに通そうとする狡猾な主神は、どうやって自分に要求を呑ませる?

 事件の全貌は見えて居ない。ならば自分が最低限通すべき要求は?

 

「……貴方が対応するなら、一人の犠牲者も出さないと誓えますか」

 

「それをお前に誓う理由は無い」

 

 オッタルはにべもなくその言葉を切り捨てる。

 周囲からアイズを急かすような雰囲気を感じる。問いをするのなら一つか二つが限界だ。だから最初に決めたように、オッタルを真っ直ぐに見据えてアイズは問う。

 

 

「それなら、貴方の主神(めがみ)にも誓えませんか」

 

「…………それを、言うか」

 

 

 アイズの身体の中心線に、大剣が突き刺さった。

 

 それはアイズが幻視したものだ。

 最深層に位置する者達が発するようなそれ。周囲に居る住民一人にすら伝えないように濃縮された殺気は、アイズ一人へと向けられている。

 殺気(それ)を受けるのは慣れている、とはいえオラリオ最強の存在が発するものに、アイズはわずかに足を後ろに下げた。

 

「(大丈夫。手出しをできないのは相手も同じ。だから)」

 

 殺気は一瞬の物だった。目を閉じ何かを考えたオッタルは、やがて静かに口を開く。

 

「未熟なこの身が犯した万一の失態で、我らが神の名を汚すことはできん。尽力はする、お前に言えるのはそれだけだ」

 

「……ありがとうございます」

 

 手ごたえは、あった。尽力をするという言葉を引き出した。それ以上は望めないと感じ、アイズは目を閉じることで謝意を示す。

 そしてそのまま背を向けると、再度モンスターたちの位置を確認するため足に力を込めた。

 

「【剣姫】、二度とその言葉を言うな」

 

 フレイア・ファミリアの眷属にとって女神への誓いという言葉はジョーカーである。使った者を勝たせる札であり、文字通り殺す札でもあるということだ。

 今回で言うならば、『お前の行動は敬愛する主神に誓う事ができない程度の、お粗末なものなのか』と聞いたのと同じだ。今現在のオッタルだったからこそ踏みとどまった。フレイヤ・ファミリアの特定の眷属にそれを言ったのなら、即座に爆発して周りの住民を巻き込み戦争になっていただろう。

 オッタルは去ろうとするアイズの背中に向かって言外に警告を放つ。アイズはそれに応えず、無言でその場から消え去っていた。

 

 その後アイズは、ロキ・ファミリアの団長と副団長にこっぴどく怒られることになった。そして去り際にオッタルが言った言葉の意味をそこでようやく理解した。

 

――

 

 シルバーバックの大腕が振り下される。風圧で民家に置かれた植木鉢が落ちて音を立てて壊れ、潰された木箱から零れた埃が宙に舞った。

 家庭の園芸用に用意された腐葉土たちが辺りに散らばり、舞った埃がシルバーバックの視界を一時的に奪う。

 

「アアアアアアアアアア!! ……アゥ?」

 

 吼え立て次の一撃を与えようとしたシルバーバックだが、戻ってきた視界に首を傾げた。

 自分は少年を相手にしていたはずだが、また(・・)その姿が消えている。視覚だけでなく聴覚を頼りに辺りを探してみるが、場所が分からない。

 嗅覚も同じだ。辺りに人の匂いは感じられず、シルバーバックが少年は逃げ出したのだと判断する。

 

 ならば続けてアレを追おう。あの小さな光を手にしなければ。

 

 ダイダロス通りへと足を向けようとしたシルバーバックの耳に、とん、という音が聞こえた。

 肩に何か乗った。森の地面の匂いを感じ反射的にそちらを見れば、土で薄汚れたベルの姿があった。そこでようやくシルバーバックは、視界を失った一瞬でベルが腐葉土で臭いを消し、隠れていたことを理解する。

 

「ガァァァ!!!」

 

 身体に付着した泥を振り下ろすようにシルバーバックが腕を振るえば、その勢いのままくるくるとベルは中を舞い、両手両足で地面へと着地した。それと同時に低い姿勢のままシルバーバックへの足元へと走る。

 ベルを踏み潰そうと何度も足を上げて地面へ向かって踏みしめた。だん、だん、という地面の敷石を砕く音が響き渡るが、肝心の人を潰した音は聞こえてこない。

 暫くすると、狙いを付けていたはずの人間の姿は無い。先ほどまで足元に居たはずの茶色に薄汚れた人間の持つ、目立つ白い髪は辺りに無かった。

 

 逃げられた、そうシルバーバックが思うより先に、自分の背後から跳躍する音が聞こえた。

 

 また(・・)身体に上ってくる。それを理解したシルバーバックが取った行動は、咆哮(ハウル)だった。

 冒険者たちを恐怖(スタン)に陥れるソレだが音という衝撃波その物だ。ベルが上ってくるより先にそれを放とうとした時だった。

 

 瞬間、自分の身体の後ろから跳ねてシルバーバックの目の前を通って地面に落ちていくベルの姿がシルバーバックの視界に入る。元々取ろうとしていた行動、咆哮(ハウル)を放とうとシルバーバックは息を吸い込んだ。

 

 その口目掛けて、ベルは落ちながら手だけの力で持っていた土を投げ込んだ。

 

「ゴガァッ! ガァッ! ガォ!!」

 

 空気に混じり余計な固形物がシルバーバックの気管へと向かい、咳となって辺りに吐き出した。

 反射的に閉じる目に、再度映るのは街の中だとは思えない静寂だけだ。

 自分が対峙し潰そうとしているはずの人間は、再び影も姿も消えてなくなっていた。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 シルバーバックの苛立ったような咆哮が一帯へと響き渡った。

 

 

 そして隠れながらもその咆哮を聞いていたベルは――粗い息をなるべく殺しながらシルバーバックの前から隠れた。

 

「(もう十分近く経つのになんで誰も来ないんだ!)」

 

 勿論それを声に出すことは無い。対峙している相手に余計な情報をくれてやる余裕はベルには無かった。

 ベルにとっては既に何時間も戦っている様な気分で、それでも稼げた時間は十分と少し。それはベル自身が稼げるだろうと考えた時間と同じだった。それだけの時間が有れば上級冒険者ならオラリオを一周どころか何周でもできる時間なのだから。

 

「(……きついな)」

 

 背中の神聖文字の跡が火傷した様に熱い。呼吸が落ち着かない。汗はひっきりなしに身体中から溢れ、自身の匂いや汚れが気になるなど余計な情報まで頭の中で考えてしまう始末だ。

 そして相手の一撃は必殺で、自分がやっていることが所詮は遅延戦術に過ぎないことも一因だった。

 

 戦場に行こうとしている兵士に向かって泥団子を投げ込み、靴の中に画鋲を仕込む。無視しようとしたところで目の前に油をまいて転ばせ、それを指差して笑って挑発する。

 ベルがやっていることは英雄などとは程遠い、クソガキの所業と同じだった。それでよかった、時間を稼ぐという結果を残しているのだから。

 

「(考えろ、考えろ、考えろ!)」

 

 思考を動かす。

 ステイタス、残り体力、残り精神、精神状態、戦場配置、使用可能道具。詐術、交渉術、武術、逃走術、鉄鎖術。可能な限りを思い浮かべて瞬時に次の行動を選択する。

 

「(今できる最善を探せ、考えることを止めるな! できるだろう僕なら! それだけの【軌跡】を歩んできたんだから!)」

 

 自己暗示で精神を落ち着かせた。可能な限り空気を取り入れ体の中に酸素を送り込む。その直後に、空気がわずかに動いたことをベルは察知した。

 シルバーバックが黙り込み、辺りに静寂が訪れる。自分を無視して先に行こうとしているのか、その考えは此方に静かに向かう足音が否定した。辺りを視覚以外の感覚で探っていたのだろうと結論付ける。

 影が揺れる。陸上選手のように四肢を地面につけたベルは、シルバーバックの影が素早く動いた瞬間を見計らってスタートを切った。

 

「ガァアアアアアア!!!」

 

 振り下ろされる拳がベルが隠れていた物影を壊した。既にその場所にはベルは居らず、シルバーバックの足元を抜けて左手に有る拘束具の鎖へたどり着くと、その巨大な鎖を折れた街灯へと引っかけた。

 そしてわざとシルバーバックの前に出て――鼻で笑った。

 びきり、とシルバーバックの血管が音を鳴らす。それを見てベルは次の行動を予測した。

 

「(左なら上等、右で来るなら回避を、どちらかな、とぉ!)」

 

 シルバーバックが動かしたのは先ほど鎖を引っかけた左腕だった。怒りでベルを叩きつけようと振りぬいた左腕は、いとも簡単に街灯を曲げて引っかかった鎖を外した。

 想定外の刺激により、同時にベルへと叩きつけようとした鎖がシルバーバック自身の手首へと巻き付いた。金具の拘束具に辺りそれがへこむ鈍い音と、自身の力で叩きつけられた僅かな痛みにシルバーバックは気を取られた。

 視界の端でベルが死角へ移動しようとしているのが目に入る。逃がすまいとシルバーバックは両腕による猛攻をベルへと浴びせた。

 

 

「(……僕が、英雄だったのなら)」

 

 

 こんな戦いをせずともこの問題を解決できるのだろう。あっという間に打倒して勝利という結果を残すことができるのだろう。それとも物語で魔物を打倒する様に、雄々しく猛々しい戦いを繰り広げるのだろうか。

 その資格が今の自分にはない。非力な自分に敵を打倒する力は無く、虫の様に地面を這いつくばって次の生を探している状態だ。

 

 『クロッゾ』の名を持つ、英雄の片鱗すら見せる友は今この場所に居ない。

 紛れもなく英雄であった『おとうさん』はこの世界に居るかも分からない。

 

 自分より上の格上にできることはない。自分にできるのはそれを打倒できる英雄の補助をすることだけだ。

 自分が持つ武器の何もかも通じないのなら――

 

 

「(……いや、一つだけ、ある)」

 

 

 シルバーバックの猛攻を回避しながらベルは思う。それは確実なことが一つもない、最初期で却下した案の一つだった。

 参考にしたのは自身のステイタス、魔力Gという項目と空白の魔法の欄だった。

 魔法の成長はオラリオに来てから一度も成長していない。それはヘスティアの神の恩恵を受けた最初期から、I(しょきち)が並ぶステイタスに魔力Gがぽつんと残されていたのだ。

 

 自分がオラリオに来る前、魔法を使用可能になったきっかけは呪文書(グリモア)によるものだ。神の恩恵を受けずとも呪文書を読めば魔法は発現する、アレはそういう道具だ。

 神の恩恵を受けたことでそれが上書きされたとベルは判断した。……それが失っているのではなくただ使用制限がかかっているだけなら?

 

「(……策ともいえない馬鹿な考えだ。今まで使えなくなっていた魔法が、今この場で都合よく使えるようになるなんて)」

 

 それこそまるで英雄のようだ。極限で追い詰められた状態で、力を覚醒させて怪物を打倒する。熱く猛々しい物語の一幕。

 それこそ自分には似合わない、華やかなその戦いをベルは否定する。だが――

 

「(今は、今だけはっ……!)」

 

 自分がそうした英雄であってほしいと願う。そうありたいと願う。

 自分がヘスティアの前でやったのは英雄の真似事だ。不安を感じさせないように笑い、あたかも不死身の英雄でもあるかの様に振る舞った。嘗て自身が幻視した『おとうさん』の背中を再現しただけだった。

 それでも、と。ベルは思う。

 

 

「(最後までっ、その真似事を貫かせてよ!)」

 

 

 不意に、自分の足がもつれた。

 何度も地面に叩きつけられるシルバーバックの連撃、そして自分の姿勢、すぐに立て直したベルだったが、次の一撃が回避できない事を悟った。

 

 無意識に手を前に突き出した。それは嘗て自分が行っていた魔法を使う前動作であり、何をしようとしているかベルは理解する。

 『奇跡』が欲しい。今この場だけでいい、英雄のような奇跡を。

 

 業火の如く猛々しく唱えよ。雷霆の如く疾く唱えなさい。

 

 二つの声が頭に響き渡る。同時に背中から焼ける様な熱を感じた。

 丹田に力を籠め、息を吸う。嘗て自分が直ぐに最善を得たいと願い、習得した速攻魔法、詠唱を必要とせずに即時発動するそれの名を、ベルは叫ぶように唱えた。

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突き出した手からは、何も出なかった。

 

「……そりゃあ、そっか」

 

 ベルの口から乾いた笑いが漏れる。

 自分の目に映る世界がモノクロに変わり、周りが全て水の中にでもいるかのようにゆっくり動いている。

 

 その光景にベルが既視感を覚えたと同時、シルバーバックの拳がベルに突き刺さった。

 

 

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