ベルくんちの神様が愛されすぎる 作:(◇)
『ヘファイストス・ファミリア』メインストリート支店の執務室で、ヘファイストスは自身が作った剣を模したペンダントに、自動防御のエンチャントをかけなおしていた。ヘスティアに渡してあったそれは
そしてその友神――ヘスティアといえば、執務室に備え付けてあったソファに座りぼんやりと何かを考えているようだ。活発な彼女の印象とは反対で、心なしか二つに纏めた髪もしょんぼりと地面に向かって垂れている。そして時折こちらをチラチラと何か言いたげにして、口を開こうとして噤むの繰り返しだ。
ペンダント、ヘスティアにとってはお守りの調子を見てもらいに来た、というのがヘスティアがここに来た口実だった。ほかに何か言いたいことがあるにもかかわらず切り出さないヘスティアに、ヘファイストスはいい加減言いたいことがあれば言えと言いたくなっていた。
ペンダントの手入れが終わりヘファイストスはそれを持って立ち上がる。ヘスティアの視線を無視して、彼女の座るソファの横へと音を立てて座った。
「できたわよ。それで、あんたは何時までそうしているつもり?」
「……迷惑かな?」
苦笑交じりに言うヘスティアにヘファイストスは額に手を当てて溜息を吐く。
「迷惑というより鬱陶しいわね。何時ものあんたはどこに行っちゃったのかと思ったわよ」
「えっと、いや、これには訳があってさ。そういえば! 執務中だったんだろう? 忙しいところに中断させちゃったけれど、大丈夫なのかい!?」
この期に及んで引き延ばそうとしているヘスティアを見て、ヘファイストスは指で円を作るとヘスティアの額めがけてそれを弾いた。
あうっ、という小さな悲鳴がヘスティアの口からこぼれる。
「私はこれから休憩よ、今決めたわ。確かあんた今日は店のシフトに入っていたのに、ここで長居していてもいいのかしら?」
休憩時間がずいぶん長いようだけれど、とヘファイストスは言葉を続ける。
ヘファイストスが運営している武具店のアルバイトは、ヘスティアが居候していた時代から続いている。じゃが丸くんの屋台でのアルバイトを始めてからその日数は減ったが、どの日に店で働いているかはヘファイストスも把握していた。
「あはは。……どうも身が入っていないことがばれちゃってね。今日はもういいからって帰されちゃったよ」
「前はそんなことあったら蹴りを入れられていたのに、だいぶ変わったわね」
「ぐぅ、君のお店の子たちは容赦がなさすぎると思うな。神をなんだと思っているんだ」
「あんたがグータラし過ぎたからでしょうに。私も鍛冶師から牛飼いに転職するとは思わなかったわよ」
ヘファイストスはヘスティアが天界から降りてきて怠惰な生活をしていたことを思い出す。年がら年中本を読んだりして働こうともせず、ついには夕飯のお代わりを遠慮しなくなったヘスティアにヘファイストスは突き付けたのだ。
『今のあんたを養ってくれるような眷属なんて居ると思っているの』と。
「神友を牛扱いは流石に酷いってヘファイストス!」
「安心なさい。今は馬ぐらいまでランクアップしているから、精肉する予定はなさそうよ」
「文字通り馬車馬のごとく働かされているから、勝手にひき肉にされそうだよ。もう少ししたらハンバーグにでもなるんじゃないかな」
「そうなったらロキやフレイヤ辺りに食べられそうね」
「ひぃ! なんで今その名前を出したんだい!? ガネーシャのところの神の宴で君も見ていただろう!?」
その言葉にヘスティアはショックを受けたらしい。客観的に見て今の自分はクソニートだと気が付いたのだろう。それでも本の中の姫のように王子様が迎えに来ると考えているなら、ヘファイストスは容赦なく追い出していたかもしれない。
まぁそこで、どうすればいいかな、とヘファイストスに相談されたため、とりあえず自分の生活ぐらいは何とかしろとアルバイトを勧めたのだ。
結果は……いろいろ問題を起こしたが勧めたのはヘファイストス自身である。それでももう少しぐらいなら居候させてもいいかと思う程度には頑張っていたため、ついつい甘やかしてしまったのだった。
「って、そうじゃなくてボクのことは別にいいんだよ。それよりもヘファイストス、その」
「なに?」
もじもじと何かを言おうとするヘスティアの言葉をヘファイストスはじっと待った。ヘスティアにとっては言いにくいことであると分かるが、言ってくれなければ自分も分からない。
意を決して口を開いたヘスティアの言葉はなんとなく予想できたものだった。
「……お願いがあるんだ」
「久々に来たわね……それで、なにを?」
ヘスティアがヘファイストスに頼みごとをするのは久しぶりだった。オラリオでの生活がまだ勝手がわからない頃や、アルバイトで大ごとになった時など頭を下げて頼み込んでいた。
眷属を得てからその様子もなく、独り立ちしたと安心したところだったのだが、今回来たのは想定外だったといえるだろう。
「ボクのファミリアの眷属のために、武器を作って欲しい」
「………………………ふう。とりあえず理由を話してちょうだい。二つ返事で返せるほど私は自分の腕を安売りするつもりはないわよ」
そして言われた内容も予想外だった。ヘファイストスは頭を再起動させるために息を一つ吐き、親しさを少し消した声色でヘスティアに言葉を返した。
ヘスティアはヘファイストスの店でアルバイトをしており、そしてその主神が作成する武具の価値を理解していた。理解したうえでその頼みごとをしてきたのなら、普段のように簡単に聞いてやるわけにはいかなかった。
「わかっているよ。実は……」
そうしてヘスティアの言葉に耳を傾ける。
怪物祭で襲われたこと、眷属であるベル・クラネルがそこでヘスティアに語ったこと。そして今、【英雄】になりたいともがき続けていること。いろいろ尋ねたいことはあったが、まずはヘスティアが語り終わるまでヘファイストスは待った。
「ボクにできることなんてとっくの昔にベル君はやってると思う。それでも、力になりたいんだ」
「……」
ヘスティアの話を聞いた後も、ヘファイストスは言葉を返さず、口元に手を当てて考えたままだ。
ヘスティアが巻き込まれた怪物祭での事件について。巻き込まれたことは知っていたが、まさかベルが大怪我を負うほど関わったことは知らなかった。まぁ元凶についてはアタリはつくが、触れるなら火傷では済まない相手のため、今度会ったとき一言二言伝えようと考える。
そして話に出てきたベル・クラネルについては軽くだがヘファイストスも知っている。以前ヘスティアがファミリアを結成したと報告に来た時、さんざん自慢していたためである。そして団長である椿・コルブランドが目をかけている眷属――ヴェルフ・クロッゾが今共に行動している人物であるためだ。
「……話は分かったけれど、それは本当に私の助力が必要とは思えない。今は見守っていてもいいんじゃないかしら?」
自分の無力が許せなくて力を得ようとする、そうした
だが自分への怒りはいつか収まるため、それだけを糧に人は走れはしない。周りを見る余裕を見つけて、導かれているのだと分かって、そうしてようやく走らずとも前には進めることに気が付くのだ。
抜き身の刀のような人物であったとしても、ヘスティアが鞘となって迎えてやれば収まるべくところへ向かうだろう。ヘファイストスはそう考える。
ヘスティアはその言葉を聞いて顔を上げる。見せた表情はやはり不安げで、ぽつりとこぼすようにヘスティアは呟いた。
「……怖く、なったんだ。ベル君が止まらずにずっと先に行っちゃうんじゃないかって」
英雄になってほしいと、そう願ったのは自分だ。そして英雄になると決めたのはベル自身だ。止める資格は自分にはなくて、そしてベルは無茶を無茶だと思わず走り続けている。
「ボクの言葉は、ベル君に届かないんじゃないかって」
声が震えヘスティアの視界がにじむ。
ベルがオラリオに来る前に来た道で、歩みを止めたのは憧憬が砕けてからだ。ならばまたオラリオで新たな【憧憬】を得た今は?
前は彼の『おとうさん』――男神が導いていたため、道を外れず走り続けていた。それが居ない今は? ダンジョンという当たり前のように命を奪っていく場所に居る今は?
ベルが自分の目の前から居なくなってしまうのではないか、それがヘスティアはどうしようもなく怖くなったのだ。
「ボクが彼のためにしてあげられることなんて何もない。だけど、ただ見ているだけなのは嫌なんだよ……」
「……」
ぽろぽろと、ヘスティアの目から涙がこぼれる。ヘスティアがどう考えてみてもベルを止める方法は思いつかなかった。だからせめて、前に進むための力を渡したかったのだ。
ヘスティアの言葉をヘファイストスはじっと受け止め……ハッキリといえばベルに対して文句を言いたくなった。よくも私の神友をこんな風に泣かせてくれたなと。もちろん言わないが。ヘファイストス自身にも立場があるのだから。
「お願いだヘファイストス。ベル君のために、武器を打ってほしい」
ヘスティアは深々と頭を下げる。そのまま行けば地面に頭をつけてしまいそうだとヘファイストスは思った。
ヘファイストスはヘスティアに対してかなり甘いことを自覚している。このまま彼女に頭を下げ続けられたら、最終的にはこちらが折れてしまう未来がはっきりと見えるぐらいには。
ベルという冒険者についてヘファイストスは詳しく知らない。英雄を目指し破滅していく、どこにでもいる人であるというのが今のベルに対する印象だった。さらに直接会ったことはないため、聞いたままのことだけで判断すればベルに対して良い印象は持っていない。それでも、自分の神友がこうも心配している眷属であるのなら、何とかしてやりたいと思うのも事実だった。
「ヘスティア」
ヘファイストスは考える、今の自分がすべきことを。こうして自分に頭を下げた神友のためにどうすることが一番なのか。それを決めて改めて口を開いた。
「私は、あんたの眷属のための武器を打たない」
「ヘファイストス!」
「勘違いしないでほしいのは!」
悲鳴のようなヘスティアの声を遮るようにヘファイストスは言葉を続けた。
「あんたのことが嫌いになったわけでも、ベルって子がどうでもいいと思ったわけじゃない。……そこは誤解しないでちょうだい」
ヘスティアの反応は予想していた物であり、彼女が何か勘違いする前に無理やり自分の思っていることを先に伝えた。
感情が高ぶったり治まったりでまだ揺らいでいるのか、何とも言えないあいまいな表情のままヘスティアは頷いた。
今すぐどこかに駆け出したりすることは無いだろう、そう判断したヘファイストスは話を続ける。
「私がそういう結論に至ったのは二つ理由があるわ。一つ目だけれど……私はあんたに『貸し』を作りたくない。今回の頼みがどれだけ重いことになるのか、あんたも理解しているでしょう?」
「……それは」
ヘスティアは言葉に詰まった。今回ヘファイストスに作る借りは今までの比ではないことを理解していたからだ。
ヘファイストスの作品を実際に購入するなら、オラリオの一等地に城を建ててもまだ足りない程度の金額が必要になるだろう。ファミリアを率いる立場であるヘファイストスに直接頼み込んでいる時点でタブーに踏み出している。自分の働きに対する対価についてヘファイストスは軽くするつもりは一切無かった。それは自分の眷属たちの作品を軽く見ることにも繋がるためだ。
「貸し借り程度で縁を切るつもりはないけれど、私はあんたとは対等で居たい。……あんたは違うのヘスティア?」
「……そういう聞き方はずるいよ、ヘファイストス」
ヘファイストスも今自分が言った言葉はずるいとは思うが本心でもあった。
天界に居た頃、ヘファイストス自身が眼帯で隠している場所のことで指をさされ、笑われたことも何度もあった。それを気にせず接していたのがヘスティアであり、そこから彼女とは神友となった。
ヘスティアがオラリオに来たとき色々世話をしたのは確かだが、それをヘファイストスは貸しだとは思っていなかった。もしもヘスティアとヘファイストスの立場が逆だったらヘスティアも同じことをしただろう。今の立場の違いなど、早く下界に降りてきたか否かの違いでしかない。
だが今回の話は別だ。ヘスティアに対する明確な『貸し』である。貸借にはどうしても立場に上下が出る、それがヘファイストスは嫌だったのだ。
沈んだ表情になるヘスティアにヘファイストスは小さくため息を吐く。それは悲観的なものではなく、仕方ないな、とお節介心が漏れたものだった。
「もう一つの理由は、あんたの眷属の情報を纏めて考えてみたけれど、やっぱり私の助力は必要ないっていう結論が出たからよ」
「え? ……君がそう言うなら根拠があるとは思うけれど、なんでそう思ったんだい?」
「まぁさっきのはおまけみたいな物で、こっちが主な理由ね」
そう、先ほどの理由だけではヘスティアの頼みを断るには少し弱い。ヘファイストスが自分の意思を呑み込めば済む話であり、いざとなればできなくはなかった。
「私がベルって子に持った印象は抜き身の刀と同じものよ。研ぎ澄まされているのに簡単に折れてしまいそうな、そんな感じの子だと思った」
ただしそれは神達から見れば癖の強い子供でしかない。そういった意味では懐の深い存在であるといえるだろう。それはヘスティアやヘファイストスも例外ではない。
「あんたならその子の鞘になってあげられると思ったけれど、……現状は違うんでしょう?」
「そう、だね」
口の端を噛むヘスティアはどこか悔し気にそう答える。
もしかすれば彼女は自分の力不足のせいで、などと考えているかもしれないが、ヘファイストスはそうは思わない。
ベル、ヘスティア、ヘファイストスだけの話なら自分はベルのための武器を制作していただろう。だが――
「ただ、納まるはずの鞘まで傷つけるっていうならその刀は異常よ。そして――」
ヘファイストスが今回の件を断った一番の理由は。
専属の鍛冶師を差し置いて勝手に武器を作られたら、たとえそれが主神でもあっても怒りを生むだろう。
「刀の異常を診るのは、鍛冶師の仕事よ」
――
「ちょっと待ってくれベル。速すぎだ、道中の奴らを回収しきれなかったぞ」
十一階層入り口、そのまま自分たちのボーダーラインを超えてしまいそうな勢いで走るベルに、ヴェルフは思わず焦ったように声をかけた。
怪物祭の次の日、待ち合わせの場所にベルが来なかったため、ダンジョンでの探索もそこそこに切り上げその次の日を迎えたのだが、その日は普通にベルは待ち合わせ場所へとやってきた。怪物祭の騒動に巻き込まれて一日拘束されていた、とヴェルフはベルから聞いている。それ以上ベルから語ることは無く、謝罪もされたためそのままにしてダンジョンに向かった。
その時ベルから提案があったのだ。大きくステイタスが伸びたから、十一階層までは自分一人でやらせてほしいと。
ヴェルフとしては半信半疑でベルのサポーターに回っていた。だがヴェルフが魔石を回収する時間を持てないほどベルはどんどん先に進んでしまい、目標地点である十階層の奥までたどり着いたのだ。
「ヴェルフ……? と、ごめん。気が付かなかった」
「気が付かなかったって、お前なぁ」
十一階層から下はヴェルフにとってソロでは対処できなくなる場所であり、ベルとパーティを組んだ後も万全の状態でないのなら行かない場所でもある。今まではステイタスの適正でいえば到達しているのはヴェルフだけであり、自然とメインアタッカーを務めベルがその補助をして成り立っていた。
だが今回実質ソロで十階層の奥まで到達したベルを見て、ヴェルフは十一階層以降でもベルがメインアタッカーを務めても問題ないと判断した。急激な成長に思うことはあるが、状態はほぼ万全だ。
「…………」
自分の仲間が急成長したのならヴェルフとしては喜ぶところだろう。だが、なにか違うとヴェルフは違和感をもっていた。成長した本人が喜ばず、淡々とモンスター達を倒しながら進む姿をヴェルフはベルが怪物祭の前と全く違う状態であると感じたのだ。
本当にこのまま行っても大丈夫か? 行かせても大丈夫か?
「
ヴェルフはベルに近づくとじっとその表情を窺った。突然のことへの驚きと、先に早く進みたいという焦燥感でわずかにベルの表情が変わった。
「……どうしたの、急に」
「……あーすまんベル、装備に不備がある。割と致命的な、それこそ俺の工房じゃないと何ともできそうにない奴だ」
「えっ!?」
そしてこのまま行くと自分たちは死ぬ可能性が高いから、今回は行かないほうがいいとヴェルフは判断を下した。
「……さっき戦ってた時に壊れた? ……見たところおかしいところは無いように感じるけれど」
ベルは自分の手足を動かして自分の装備を確認する。道中での戦闘で多少汚れてはいるが、短刀の切れ味も体を守るライトアーマーの安定さも変わっていない。
ならばヴェルフの装備の方かとベルは考えるも、それはないと思いなおす。ここまで戦いはベルが全て行っていたため、ヴェルフの装備が損傷するというのは考えにくい。
だがベルの言葉に対してヴェルフは首を振って答える。
「素人目だと分からない場所だ。……もっとも、装備の不備を出した俺が言えたことじゃないけれどな。悪かった、ベル」
「そんなことは……」
ヴェルフに先に頭を下げられベルは次の言葉を失った。嘘なのではないか、とベルは思ったが、ヴェルフが自分の仕事の出来で嘘をつく理由がわからない。それに嘘だと断言できる根拠もなかった。
「……分かった。それってすぐに直りそう?」
「俺の工房で何とかできるかも、ってところだな。今日は戻ったらそのまま見たいんだが、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。それなら戻るときはまた――」
「今度は普通に俺も戦いながら帰るぞ。流石にその状態で一人でやるのは事故起こしてもおかしくないからな」
「……分かった」
しぶしぶベルは頷いて立ち上がり来た方向と真逆へと歩みを進めた。
ヴェルフもそれについていくため立ち上がると、一度十一階層への入口へと目を向けた。
そこは冒険者たちにとっては一種の休憩場所でもあった。開けた空間の見通しは良く、大きく警戒せずともモンスターの到来がわかるからだ。ギミックの発生も少なく広く場所を取れるため戦いやすい場所だと言えた。
そしてヴェルフにとってはある意味では特別な場所であるといえる。
「ヴェルフ?」
「ああすまん、今行く」
ベルの手にはヴェルフが制作した武器の短刀――『下鱗刀』が握られている。それは今まで生きてきた中でヴェルフが一番だと言える傑作だ。
下鱗刀を制作した時点でヴェルフはスランプから抜け出すことができていた。だがそれでも今でもベルとパーティを組んでいる。
ヴェルフはその武器の素材を落としたモンスター――インファントドラゴンとこの場所で戦った時のことを思い出した。
サブシナリオ インファントドラゴン