ベルくんちの神様が愛されすぎる 作:(◇)
サブシナリオ1は全部で3話ぐらいになりそうです。
ただ絶対必要だったので、頑張って書ききります。
時系列が少し前に戻ります。
それはヴェルフとベルがパーティを組んでから暫く経った頃の話だった。
報酬の分配などの契約内容など細かいことを決めて、互いの強さと連携の確認が済んだのが先週のことだ。
そろそろヴェルフの適正階層である10階層に向かおうという話になったところで、ぽん、とヴェルフの肩に手を置かれたのである。
ニコリと笑うハーフエルフのギルド職員が居た。
ひきつった表情を向けるベルとは対照的にヴェルフは何が起こるかわからず首を傾げ……数時間後には机の上の解答用紙に脳を揉まれる羽目になった。
「待、待て、待ってくれ! あと少しで出てくるんだ! もう少しだけ待ってくれ!」
そして現在、出現モンスターや地図といった10~12階層の知識、パーティプレイ、契約内容の注意事項などを教え込まれ、その確認のテストを行っているところだ。
机の上の解答用紙を奪おうとしてくるエイナの手を躱しながら、ヴェルフは焦るように叫んだ。
「もう時間ですよヴェルフさん、いい加減諦めてください。ベル君もきっちり手を止めているんですから」
エイナの片手にはベルが記入していた解答用紙があり、隣で唸らせていたべルは机に突っ伏してダウンしていた。
「あれは頭がパンクしているだけだ……ってなああああ!」
ヴェルフの手元にあった紙……解答用紙をするりとエイナは回収する。そしてすぐに手元にあったバインダーの上で採点を始めてしまった。
「規則31の5……契約破棄時……対応……過去の判例……対策……」
頭から湯気を出し、脳から勝手にこぼれた言葉がベルの口から出ていた。
ヴェルフが聞いていた内容は大体知っているし、いいよね、と逃げようとしたところを同じく捕まったらしい。過去の揉め事の判例や冒険者たちの対応など、ギルドの職員にでもなるんじゃないかと言わんばかりの内容に脳がショートを起こしていた。
「ふんふんふん……間違えちゃいけないところは全部あっているし、うん、二人とも合格! お疲れ様だけど、間違えたところはしっかり見直してね」
天使のような笑顔を見せるギルド職員……エイナにヴェルフは返せる言葉がないと言うように背もたれへ体を預けた。
ベルはようやく脳内の整理ができたのか、突っ伏した体から顔だけ上げて恨めしそうにエイナへと視線を向けた。
「……エイナさん。勉強していて思ったんですけれど、この問題の内容、もしかして10階層進出に関係なかったんじゃないです?」
今回ベルが解いていた問題は、ファミリア間の抗争や住民たちと起きた問題、その解決や判例など。いわばオラリオの規則や法などと呼ばれるものだった。
ヴェルフとベルは違うファミリアであるが、さあ今から10階層に行くぞ、というとき学ぶ知識としては少し重いものだった。
「そうだよ? サポーターとしての今のベル君に必要な知識は前に全部教えちゃったから、これから必要になることを先に予習したほうがいいと思ってね」
エイナはジト目のベルに対して何かおかしいかな、と毅然と返す。
ベルは過去の旅で発現していたスキル――【憧憬一途】の影響からか知識を蓄えることは慣れていた。それは当時ベルが求めていた種類の【力】に一番沿うのが知識や技術であり、スキルはその意思を後押しした。それこそスポンジが水を吸い込むように
もしも少し立場が違ったとしたら、【憧憬一途】がもたらしていたのはステイタスへの成長補正だったのかもしれない。
さておき、スキルは失い吸収は遅くなったものの、その残滓の影響なのかダンジョンの知識も早期につけることができた。それが今回勉強会のハードモードに巻き込まれる原因になったのだが。
「そこは手始めに、10階層以降についての復習とかやると思ったんですけれど……」
「え、なに? 今から復習をやりたいって?」
「ひっ、ごめんなさいなんでもないです!」
分かればよろしい、と答えるエイナにベルは何とも言えないような表情を返した。知識が重要であることはわかる。だが今本当にこれは必要なのか、という思いが少しだけあった。
それがエイナも分かったのか、小さくため息を吐いてベルの目の前に人差し指を突き付けて言う。
「確かに今すぐ必要な知識じゃないけれど、君はヘスティア・ファミリアの団長なんだから。むしろ必修ものだって私は思うよ」
今回の復習ついで、と言うようにエイナは改めてメリットをベルへと言い聞かせた。
先ほどベルがテストされたのは主にファミリア間の争いについての対処方だった。
ファミリア間の抗争に基本的にギルドは不介入である。だが住民たちに危害が出た場合や、ファミリア自体がルールを破っていたなどの理由があればギルドを通して抗議することができる。
お上に言いつけてやる! という行為をそのファミリアの主神がどう思うかは別の話だが、弱小である内はその抗議方法の存在は身を守るための知識の一つだった。
「今回のケースだとヴェルフさんとの直接契約にギルドを挟むっていうのは堅実な方法の一つだね。手間は掛かっちゃうけれど、相手に信頼を伝える、自分の利益を守るっていう二つの目的に使われるのが一般的かな」
「それは初めの方でやったので大丈夫です。……融通が利かないのが難点なんですよね」
ヴェルフにパーティを組まないかと言われたとき、ベルも少しの警戒があった。そのためギルドを通して契約をしていた。しかしヴェルフとの信頼ができた今は、わざわざギルドを挟むのは手間でしなかった。
現在は契約内容を変えてギルドを通さずやり取りをしている。
「その通り。きちんと実践ができているなら教えた甲斐があったよ」
自分が担当している冒険者が堅実に歩みを進めていることが嬉しく、エイナの表情に笑みが浮かぶ。
それを隣で聞いていたヴェルフは頷いて感心していた。ファミリアの団長というのはそんなことも考えているのか、と。
「椿の奴もその辺りをやってたのか…? まぁ俺はそこまで関係な」
「ヴェ・ル・フ・さ・ん? 貴方も他人事じゃないんですからね? せっかくですから追加でベル君の内容を覚えていきますか?」
「待った待った、もう入らないっての!? 今日覚えたはずの内容まで零れちまうぞ!」
ギンと鋭い視線を向けたエイナを遮るように、ヴェルフは手を前に出して首を振った。
ヴェルフとしてはエイナはギルドの受付嬢としては珍しい人物だと考える。冒険者とギルドの受付嬢の間柄はドライであることが普通であり、個人勉強会などを開いているのはエイナぐらいなものだろう。
「ヴェルフさんの担当者から話は聞いています。全然顔を出してくれないってぼやいていましたよ」
「まぁ、確かにしばらく顔を出していなかったな」
ヴェルフがギルドで担当されていた人物は美人だったことは覚えているが、それ以外の詳しいことは殆ど覚えていなかった。
以前ソロで行き詰まっていることを相談したが、パーティを組むことを勧められて以降使用していなかった。ファミリア内でヴェルフは爪弾きにされており、それができないため別の方法を考えようとしたからだ。
「……ファミリア内で組まない理由を聞くことはしませんが、貴方はこのパーティのリーダーでもあるんです。直ぐにとは言いませんが、ファミリア外で長くパーティを組むのならサポーターに必要な知識や、オラリオの決め事に関しては知っておくべきだと思います」
――
「(……たっく、ぐうの音も出ないな。そういう道を選んだっていうのは自覚しているけどよ)」
自身がソロで続けていたのは半ば意地のようなものだった。それが足を引っ張っていた自覚もあり、エイナから苦い言葉を貰うのも自業自得だ。知識の獲得、という見方によっては余計な手間をかけてしまうのも事実だろう。
だが、とヴェルフは思う。悪いことばかりではない。
「ギィ、ギギ!」
そこは10階層のルームだ。ダンジョンへと潜ってきたヴェルフはそこまで来たところで、インプたちと遭遇、そして今は逃げている所だった。
ヴェルフの少し後ろから不快な鳴き声とインプたちの足音が聞こえてくる。確認してみれば6匹のインプがヴェルフ一人を追いかけている状況だ。一体の強さはそうでもないが、連携を組んでくるインプはこの辺りの厄介者の一つだった。
普段ソロで活動していたヴェルフなら道具の出費を覚悟し、傷だらけになりながら対処していた相手である。しかし口元でにやりと笑みを浮かべたヴェルフは足でブレーキをかけて体を反転させる。
ヴェルフが立ち止まることでインプたちも同じように足を止めた。インプは知恵者だ。ゴブリンならそのまま突撃していたが、インプはヴェルフの行動の意味を探った。ヴェルフは右手で大刀の柄を持ちその底を左手で叩いた。
一瞬の静粛の後、それをヴェルフが迎撃を決めたと判断しインプは雄たけびを上げて行動を開始した。
「ヒィィヤァア! ギガァ!?」
瞬間、先頭を走ろうとしていたインプの足にナイフが突き刺さり、先頭が地面に転び、それに後続のインプも足を取られる。それと同時にそして視界に白い影が広がった。
横からの強襲を仕掛けたのは霧に紛れて隠れていたベルだった。ベルの主要武器の短刀はインプの胸へと一撃を与え、ベルは引き抜きながら足の裏で体を蹴り飛ばす。
「よう、お疲れさん」
飛んでくる仲間の身体を受け止めるインプが最期に見たのは大刀を横薙ぎしたヴェルフの姿だった。
それで二体のインプが絶命する。残りは四体。小賢しく回る頭は逆にこの時点でお荷物となり、奇襲によって喚きだすインプたちは再度大刀を構えたヴェルフへの反応が遅れた。
再度インプへと向かったヴェルフは動揺しているところを一撃で両断する。残りが三、そして逃げ出そうとしているインプの姿が見えた。
「逃がすかよ! 一匹と槌頼む!」
逃がして増援を呼ばれるのは面倒であるが、近接攻撃のみのヴェルフでは中距離への攻撃はない。叫んだヴェルフは大刀の鍔を鷲掴みにして後ろに引くと、そのまま大刀を逃げ出そうとしているインプに向かって投げ込んだ。
【器用】と【力】のステイタスの補正で矢のように放たれた大刀は、インプの背中へと直撃しそのまま地面に縫い付けた。
「シャアァアア!!」
一体は初撃のナイフで転んだところをベルに絶命させられている。最後の一体となったインプは武器を手放したヴェルフを見て飛び掛かる。防具で受け止めはできるが追撃する武器は無い。責め時であると判断したインプの前にとどめを刺し終えたベルが立ちふさがる。
【■■軌跡】■術。
「シッ!」
跳躍し一撃を与えようとしたインプにタイミングを合わせて、ベルはその顎へと掌底をぶつけた。その勢いでインプは押したプロペラが回るように一回転 、二回転と宙を舞った。
地面へと転がったインプへとヴェルフが追撃に走る。近くを横切る直前にベルの手からヴェルフの予備武器である戦槌が軽く放られた。
ああちくしょう、戦いやすいなぁおい!
ソロではできなかったことが、手が届かなかったところに手が届く。心理的な余裕やその効率にヴェルフは思わず口元で笑みを作る。
最後お願い。
任された。
すれ違いざまにベルと視線を交わし、ヴェルフは戦槌を握りしめる。倒れ起き上がろうとしたインプの頭へ向かってそれを振り下ろした。
グギ、と小さい声を上げてインプが絶命する。そして周囲を視野に入れつつ残心をとった。
周囲に増援は無し、ベルもそれを理解していたのか、ヴェルフが投げた大刀を取りに向かっていた。そしてインプの片足を持って引きずりながらこちらに来て、大刀の柄をこちらに向けた。
「武器を投げるのは少し無茶だったんじゃないかな?」
「ま、上手くいったんだからいいだろう? ありがとな、ベル」
大刀を受け取り
思わず零れたようにヴェルフは口を開く。
「やっぱあれだ、パーティプレイ、ってのはいいもんだな」
ヴェルフの言葉にベルも笑みを見せて応えた。
――
六階層以下ではベルはヴェルフのサポーターを務めており、戦闘以外の補助は基本的にベルの仕事だった。
インプたちから魔石を剥ぎ取った後、道中は平和なものだった。すでに他の冒険者が通った後であったため、目的地である10階層の奥、11階層入り口へと向かう一つ前のルームには戦闘もなく進むことができた。
11階層に挑む、ベルとヴェルフの今日の目的はそれだった。無論11階層とはいっても直ぐに逃げられるよう奥には進まず、最初の部屋で狩りを行うつもりだったのだ。
「着いたら持ち物の確認をして……丁度いいから昼食をとろうか」
「あの先はレストポイント、って奴だろ?」
「そういうこと。エイナさんの講義のおかげかな」
「身になってんのを実感しないときっついけどな」
ベルが指定した場所のことを聞いてヴェルフはエイナの講義の内容を思い出す。
11階層へ向かう入り口があるルームは一種のセーフティエリアだと言えた。見晴らしが良く奇襲をかけられる心配が少ないことや、出現するモンスターが変わる直前の場所であるためだ。10階層で安定している冒険者なら、モンスター達が出ても問題なく対処できるだろう。
そしてもう一つの理由は、それらの条件が整っているため冒険者が休息場所に選ぶことが多い。そこで休憩を取れ、というのはもはやダンジョンの中では一種の慣習であり、人が集うため万一の場合に協力を求めることができる。
そのため限りなく安全、といえる場所だった。問題があるとすれば、その場所で倒れたモンスターについてだった。
「っと、先客がいたか」
目的の場所についた二人が目にしたのは、多くのモンスター達の死体とそれを狩ったであろう数名の冒険者たち。そして魔石を取ろうとしているサポーターの少女だった。
フードを被っている姿から種族の特性は見えないが、背の低い姿からベルはパルゥムではないかと予想する。そこでまじまじと見ていたせいか、ふとそのサポーターが顔を上げた時視線が合った。
「……っ!」
ベルたちの姿を見てキッと睨みつけたサポーターは、直ぐに辺りにあったモンスター達の死体を一つの場所に集めた。これは自分たちの物だ、とこちらに誇示しているのだろう。
手際よく行ったその姿にベルは感心する。自分もヴェルフのサポーターとしてこの場所に居るが、魔石回収の手際が良いとは言えなかったからだ。
「んなことしなくても盗るつもりはないぞ?」
「あっちからはわからないから仕方ないよ。丁度いいからあっちに警戒を任せて僕たちも休もう」
「そうするか。飯だ飯!」
フロアに設置された岩を背に、持っていた荷物を地面に置いて昼食を取り出した。ベルはサンドイッチでヴェルフは握り飯を。
最低限の警戒はしつつも
「おおいサポーター、さっさとしてくれよぉ! 日が暮れちまうぞぉ!」
「……はい」
バーカダンジョンに日はねぇよ! そうだそうだとゲラゲラ笑う冒険者たちに、サポーターの少女はぺこりと頭を下げてそのまま作業を続けた。休息を取り続けている彼らは手伝おうとするつもりはないようだった。
その光景にヴェルフは眉を顰めるも行動に起こすことは無かった。ただ嫌なものを見たと残っていた握り飯を口に詰め込み水で流し込んだ。
「……少し時間空いたから武器の調子診てもいいか?」
「ん、わかったお願い」
食事が終わりベルが食べ終わるまで手持無沙汰になったため、断りを入れて二人の武器の状態を確認する。細かく精査するのではないが、ヴェルフがざっと見た様子ではおかしな場所は無い。このまま使い続けても大丈夫だろう。
そうしている内に魔石の回収は終わったのか、そのサポーターは冒険者たちが休んでいる場所へと向かってしまった。
警戒を深めたほうがいいだろうか、そう少し思うが同じようにこの場所にいくつかの足音か近づいてくる。着物を纏った極東風の服を纏った者たちのパーティや剣や双剣、槍などを携えた女性のパーティ、屈強な体を持つ男たちのパーティなど様々だった。
朝食事をとれば空腹になるタイミングもほとんど同じだ。休息場所に来る冒険者たちを見て、再度ヴェルフは警戒を緩めた。
「と、お待たせ。もう少ししたら行くけれど、その前に打ち合わせをしようか」
「だな。武器に関しては問題ないぞ。作ったばっかりで問題があったら流石に自信を失うけれどな」
冗談めかしていうヴェルフに苦笑しながらベルはヴェルフから短刀を受け取った。
ベルの短刀――ヴェルフが名付けた銘は【
ヘスティアやヘファイストスといった神達からは
二人は11階層以降での隊列や優先順位などについて話を進める。注意すべきモンスターの特徴や対処方法の再確認を行い、ある程度問題ないと判断したところで持ち物の確認へと移った。
「ポーションは3本渡しておくね。こっちには7本残っているけれど、切れたらすぐに言って欲しい。あとは……ハイポーション3本。1本はそっちに渡すよ」
「……用意できたのか、それ」
「ナァーザさんに頭を下げてなんとか。……使うときは躊躇なく使って欲しいけれど、使ったら使った本数だけ白米と漬物生活になることは覚悟してね」
「おう……白米だけの生活になったこともあるから何とかなるだろ」
以前ヴェルフがソロで十一階層に挑んだときは、後でその生活を送らなければならなかったため、それに比べれば心持ちは楽だった。
ベルが次に取り出したのは卵程度の大きさの黒い物体だった。
「撤退用にモルブル一つとボムになったのが一つ」
「……用意してくれたのか、それ」
「ナァーザさんに頭を下げまくってなんとか」
「頭下げ過ぎてもうそろそろ地面に埋まってんじゃないか?」
因みにベルとヴェルフがであった頃はヴェルフの金欠状態は続いており、ベルが紹介したのがミアハ・ファミリアでモルブルボム開発のアルバイトだった。悲鳴を上げるナァーザとのたうち回るベルとヴェルフ、慌てるミアハとショック状態になったヘスティアと散々な目にあって開発されたものである。ベルとヴェルフがソレを見つめる目は忌々しげでもあった。
そして最後にベルが取り出した道具は布で包まれた棒状の物だった。それが何か、理解したヴェルフは眉を顰める。
「そいつは――魔剣か」
「うん。……ごめん、配慮が足りてなかった」
「気にすんな、ソレは俺の意地の問題だ」
ベルが取り出したもの、それは魔剣だった。無論【クロッゾの魔剣】ではなく、威力も下級冒険者が持つものだと直ぐに想定できた。
ただそれでも自身の魔剣への嫌悪感は否めず、それが表情に出ていたようだった。
万一の場合を脱出できる火力が有るのと無いのとでは安全性は段違いだ。ヴェルフ自身も切り札の代名詞である魔法は覚えているが、それは所謂【魔法封じ】の魔法であり直接的な火力には成り得ない。
「……ソレは違うし準備したなら必要だってことも分かっているだが、どうしても名字のことを思い出しちまってな」
「【クロッゾ】の?」
「ああ、それだ。本当にろくな事してねぇぞこの名字。余計な力を持ってくるわ、エルフに作った武具をぶん投げられるわで踏んだり蹴ったりだ」
「ははは……」
「笑い事じゃねぇって。……いや笑い事にしてくれたほうがマシか」
はぁ、と。肩を落として小さくため息を吐くヴェルフにベルは乾いた笑いをこぼした。そして話題に出ていた【クロッゾ】という名前のことについてベルは思い出す。
クロッゾ、というのは一人の男の名前だった。とある一般人が体を張って精霊を助け出し、その代償で傷を負った。そして精霊が恩からその身を削って助けたところ、その子孫に魔剣を打つ力が宿ったらしい。
その家名を名乗る血脈はそれを初代と呼んでおり、神の恩恵によって魔剣鍛冶師としての力を発現し――そしてその驕りから精霊に呪われ力を失った。だが力を失う前に被害を受けた者も存在しており、エルフはその代表だといえるだろう。
呪われた魔剣鍛冶師、そう周りから呼ばれている。その異名もまた、ヴェルフが避けられている一因であることは否定できなかった。
「ただ、この名前や力が無かったなら、そのまま歩いて行けたんじゃないかって思う時がある」
言っても意味ねぇ言葉だけどよ、と。ヴェルフは呟く。
魔剣鍛冶師ではない、ただの鍛冶師としてのクロッゾだったのなら。自分はただ炎へとひたすら向き合い頂へ目指していたのだろうか。
無論それは仮定の話であり、自分の家名を含めてヴェルフは成長してきている。だが足を引っ張るその力や汚名が煩わしくなったことも事実だった。
ベルはその言葉を黙って聞き続ける。もしも、のIFはベル自身も何度も思ったことがある。ベルは自分の肉親を知らない。だから自分がどこまで行けるのだろうか、という論拠、物差しの一つを失っていた。
もしも自分が本当に『おとうさん』と『おかあさん』の子供だったのなら、それともあの二人が神ではなく人であったのなら。いや神であることを知らなかったのなら。
自分はもっとひねくれずに、真っすぐに【英雄】を目指していたかもしれないのに。
それは単なる言い訳であることの理解も自覚もあった。だけど現在のベルは【英雄】を目指さず歩いてきて、【憧憬】を失いそこに居た。
後に新たな【憧憬】を目指すことになるが、この場所に居るベルはまだ自分の道をヘスティアに投げていたのだ。
「(……そっか、ヴェルフも同じなんだ)」
真っすぐに【英雄】を目指せばいいのに、ただその隣を目指すという半端な道を歩み続けたベル。
どちらも正道を行かず、捻じ曲がった道を歩んでいるという共通点があった。
本来ヴェルフは多弁な性格ではない。自身のファミリアの団員、団長にもこれほど自身の思いを吐露することは無いだろう。あるとすれば自らの主神ぐらいなものだ。
ヴェルフ自身に自覚は無いが、ベルにこれだけのことを話したのは互いが持っている共感のためだった。
「(……だけど)」
ベルは思う。
ヴェルフの言葉を理解できるし納得もできる。当然共感もできた。
「俺はこの血が、この力が嫌いだ」
呪われた魔剣鍛冶師。、その業を初めから抱き抱かされたその名を持つ男のことをヴェルフは嫌いだった。
共感から来たヴェルフの感情の欠片にベルは小さく答えた。
「それは違うと思う」
ベルの視線が真っすぐにヴェルフへと向けられる。威圧も大きな存在感もない。だがその瞳に秘められた意志の強さにヴェルフは目を見開いて驚いた。
「……違うってのは、何がだ」
ベル以外の誰かに言われたのなら真っ向から反抗していただろう。自身の内面を否定されて、完全に冷静でいられるほどヴェルフは大人ではなかった。
だが互いに共感を持っていた状況で、ヴェルフは無意識だが肯定の言葉が返ってくると考えていた。だから否定の言葉が来るとは思っておらず、返答は力ないものだった。
「クロッゾ――初代の人が魔剣鍛冶師の力を得た始まりは、助けた精霊の血を身に受けたことだよね?」
「……ああ、そうだ」
「その身を犠牲にしてでもその精霊を守ろうとしたから、その精霊も血を分けようと思ったんだと思う」
初代クロッゾは名字もない、売れない鍛冶師の人間だった。神が認めるほど平凡な人間だったと語られている。
たとえ後の繁栄の基礎を築いたとしても、それは精霊の血によるものが殆どであったのだろう。
「只の人が、見知らぬ誰かを助けるために自身の命を懸けて、そして助け切ったんだ」
だが話を聞いたベルも理解できることが一つあった。
初代クロッゾは『大馬鹿野郎』だった。たとえ精霊が相手にできないほどのモンスターと対峙しても、その精霊を守ろうとしたのだ。そうして守り切るという結果をはじき出した。
そんな『大馬鹿野郎』のことを何というのかベルは知っている。助けられた者が、その存在に何を思うのかベルは知っていた。
「ヴェルフの名前は、その
だからこそ、それは誇るべきものだとベルは言う。
ベルに肉親は居ない。気づいたら神に――『おとうさん』に拾われて日常を過ごしてきた。唯一つなぐのは、クラネル、というどこにでもあるような名前だけだった。
自分の先祖が何をやってきたのかベルは何も知らないからこそ、ベルは何の業も背負わずこの世界に居る。そして『おとうさん』と歩んできた【軌跡】があり、捻じ曲がった道だったとしてもそれを誇っている。
ヴェルフに否定してほしくなかったのだ。『おとうさん』のような【英雄】のことを。ベル自身が持っていないからこそ、『クロッゾ』という男はヴェルフの誇りにしてもいい存在であることを。
「――――……。」
ヴェルフはベルの言葉に言葉を失い、しばし何かを考えるように背の岩に体を預けた。
呪われた魔剣鍛冶師、【クロッゾ】の名に残ったのはわずかばかりの地位とその悪名だけだ。それはクロッゾの名を継ぐ者たちが作り上げた汚名だった。
自身に流れる血とその力は、それらと同じであると思うのが嫌だった。
だがベルの言葉を聞いて思ったのだ。初代クロッゾに血を分け与えた精霊は何を思ったのだろうか。
何かしらの力が宿ることは知っていて、例え初代がどんな人物であれ、人間が欲に塗れればどうなるのか分かっていた。
だけどそれでも生きてほしいと思ったはずだ。その願いを籠められ発現した力ならば。
その力を失ったのは精霊からの【呪い】なのではなく、きっと――
「ヴェルフ!」
ベルが叫ぶように声を上げた。
同時にヴェルフは立ち上がり大刀を構える。そして外に意識を向ければ返ってきたのは地震のような地響きだった。
「……んだ、これは」
音が聞こえてくるのは11階層への入り口だった。下のフロアからモンスターが上がってくることはある。だがそれは数多いものではない。この場所に居るのなら周りのパーティと少しでも協力すれば難なく退治できてしまうものだ。だからこそこのルームはセーフティエリアと呼ばれているのだから。
だが、コレは何かが違う。その違和感に周りのパーティも気が付いたのだろう。各々が武器を構え脅威の到来に備える。
「……けて ……れ」
初めに聞こえてきたのは足音と小さな声だった。だがそれはだんだんと大きくなり、ルームへと突入した。
「たたたす、助け、助けてくれぇえぇええええええ!!!! うげぇらっ!!?」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
めきめきめき、と。11階層の入口が音を立てひび割れる音が聞こえた。それほどの体格の持つ何かがこの場所にやってきた。それをこの場所に居る全員が理解する。
初めに叫び声をあげて逃げながらルームに入ってきた男は、その怪物に跳ね飛ばされてルームの中に転がった。
「嘘だろ……ここは十階層だぞ!?」
冒険者の誰かが悲鳴のように叫んだ。
十階層と十一階層の間にはモンスターの変化から壁があった。そして中層攻略に目途を立てているパーティはこの場所を休憩位置とはしない。
だがその場所に現れたのは――上層最上位のモンスター、実質の階層主。
インファントドラゴン、その存在がルームに体を出して咆哮をあげた。
原作では4ページの描写で退場したモンスターごとき楽勝だと思いました。
クロッゾの解釈についてはプロット制作時点ではオリジナルです。新刊でどうなってるか考慮していません。
クロッゾは平凡な人間→体を張って精霊を助けた→精霊の血を引いている。
オラトリオ4巻を見る→精霊が出る。
森を薙ぎ払えるほどの力を持った魔剣が作れるようになった
→ぐらいの力を分け与えられるほどの精霊
→が対処できなかったモンスター
→それを撃退した普通の人間クロッゾ
……コイツ、逸般人か一般人(古代)か。