ベルくんちの神様が愛されすぎる 作:(◇)
命と千草の元に戻った桜花は渡されたポーションを一気に飲み、自分が置かれている現状を整理した。
火球を受けた命の身体は重体だ。千草が直ぐに治療薬をかけて応急処置をしたとはいえ、焼け爛れた装備からその下の身体がどうなっているのか想像するのは容易かった。中層を目指してサラマンダーウールを使った装備は火傷を減らしたが、生を繋いでいるのはステイタスによる器の頑強さもあるのだろう。
荒い息を吐く
『撤退するぞ』
その言葉に千草が目を見開いた。
『待って桜花、そうしたら此処は』
『全滅するな。だがそんな事実よりも俺はお前たちのほうが大事だ』
選択をせずに逃げた自分のせいで命は傷ついた。全ては自分が未熟だったからだ。ならばもうファミリアの首領として間違えるわけにはいかない。
何かを言おうとした千草を桜花は視線で止めた。口論をしている暇はないと、その意味を込められたものに千草は口を閉ざす。
『逃げるんですね』
そんな彼らの場所に場違いな第三者の声が響く。
そこに居たのは少女だった。自分の身の丈以上のバックパックを背にし、フードを被ったパルゥムの少女――リリルカは、無価値の物を見るような視線で彼らを見つめていた。
桜花はさりげなく自身の武器の柄に手をかけた。この少女が自分たちの撤退を阻害するのなら、手にかけてでも行かなければならない。だがその予想とは外れてリリルカは小さくため息を吐いただけだった。
『別に邪魔するつもりはありませんよ。逃げるか戦うか聞きに来ただけなので。ああ、一応クラネル様に説得も頼まれていましたか』
『……あいつ等か』
リリルカは桜花たちのことなどどうでもいいといった様子だ。ただ仕方なく来た、といった態度の彼女に桜花は自分と壁役を交代した男を頭に浮かべた。
ベルがリリルカにお願いしていたのは桜花の説得だった。壁役を交代して回復した後、Lv.2の冒険者ならば十階層のモンスターは十分突破可能な相手に過ぎない。ならば彼らが撤退という選択を取ることは予測できたことだった。
『ならお前は俺たちを説得に来たんじゃないのか』
『だから、別に。私嫌いですから、冒険者なんていう連中は』
桜花たちが戦わないと分かればベルもそれなりの選択を取るだろう。それ以上のことをリリルカはするつもりはなかった。
さらに言うのならリリルカは冒険者という存在が嫌いだ。野蛮で力任せで弱者をいたぶる、そのくせして困難から簡単に逃げだす冒険者という人種が大嫌いだった。
だから裏切ることだって戸惑いは無い。リリルカは今まで何度も冒険者たちを騙してきた。利己的な判断だけで見るのならば、ベルを裏切って桜花たちの撤退についていくことがリリルカにとっての最善だった。
『ああでも、しいて言うのなら私は貴方たちみたいな冒険者は大嫌いです』
困難から、脅威から、簡単に逃げようとするような奴らがリリルカ・アーデは一番嫌いだった。
賢い選択肢ではなく、少し前の彼女であったのなら迷わず見捨てていただろう。
だけどベル・クラネルとヴェルフ・クロッゾは別だ。たった一度とはいえ助けられてしまった。大嫌いな冒険者という人種に、自分たちを窮地に追い込む選択を取らせその上でリリルカは助けられてしまった。借りを作ってしまったのだ。
そんなものを忘れて生きるズルい選択をしたくなかった。自分がどうしようもない弱者だったとしても、せめて自分が信じた『神様』に恥じない生き方をしたかったのだ。
桜花たちをもう興味は無いといった様子で、リリルカは彼らに背を向けて歩み始めた。情けなさや悔しさ、それを払拭するかのように桜花はその後ろ姿に声をかける。
『お前はどうするつもりだ?』
『
リリルカは戦場へと駆けだした。その後ろ姿に桜花は何もできず、ただ自分の拳を握りしめた。
ぎり、と桜花は奥歯を噛んでただその悔しさに耐える。自分はタケミカズチ様の眷属だ、その神に恥じないような生き方をしたいに決まっている。
そう思ったと同時にルーム全体にヴェルフの怒号が響き渡った。
一つ、深呼吸をした。そしてゆっくりと拳を開き、前を見据えて呟く。
『俺は、このファミリアの団長だ』
選択を間違えるな、背負っているものを投げ捨てるな、切り捨てるべきことを戸惑うな。
苛立ちも感情も一つ一つ潰していく。取るべき選択に向かって桜花は手を伸ばす。
『……行って、ください。桜花、どの。まだ手は、あります。』
掠れた
わずかに目を見開いた桜花は、その言葉に対して迷いなく首を振った。
『それはできない。あいつらに全部押し付けることが胸糞悪いなら、後で俺をどうしてくれてもいい。だから――』
『でも、桜花どのが、したいこと、は。そうではない、でしょう?』
きっと自分たちの誰もが桜花の行動を肯定する。それは自分たちの主神であるタケミカズチも例外ではない。優しく大きい、眷属たちの父親のようなその偉大な
そんな主神の眷属だからこそ、桜花は主神に恥じぬ人物として生きてきた。その思いが変わることは無い。だから彼らの友は、主神は、彼をファミリアの団長として着いてきたのだから。
『桜花』
千草が一言、彼の名を呼んだ。微笑みを浮かべたその表情が、桜花に行って欲しいという思いを込められたものだと理解した。
『命、千草』
桜花は二人に背を向けて戦場へと視線を据えた。そこには己の【
だけど、そうでありたいと願った桜花の憧憬もそこにあった。
『悪い、行ってくる』
『行ってらっしゃい』
これを最後にしようと桜花は決意する。ただの冒険者である桜花が、自分のためだけの選択をすることを。
武器を握りしめて地面を蹴り飛ばす。冒険者たちが作り出した隙を縫って、桜花はインファント・ドラゴンへと肉薄した。
――
「策はあんのかぁ!? タケミカズチんとこの旦那ぁ!!!?」
「ある! みんな、そのまま聞いてくれ!!」
戦闘に参加した桜花に冒険者は湧き上がるも、その視線や警戒はインファント・ドラゴンに、向けられたままだった。
桜花の一撃でインファント・ドラゴンが怯み、その隙に桜花は叫ぶようにして己の勝機を皆に伝えた。
「今から30秒後、範囲拘束魔法を放つ! それの解除と同時に、攻撃魔法を使える者はそれに合わせて魔法を使ってくれ! 千草ぁ!! カウントを頼む!」
命の重力魔法である【フツノミタマ】は大型のモンスターに放てば一種の拘束魔法となる。ファミリア外の者達が多く居るため、また壁役として前に出ており使用できなかったが、今は戦線を離れているため詠唱することも可能だった。
そして高威力の魔法による一斉攻撃、上位の存在であるインファント・ドラゴンをしとめるには、そうしなければならないと桜花は判断した。
ここにきて全員、切り札を伏せる必要はない。各々から了承の声が響き渡った。
「聞いたな
「上等よブ男! あの子の魔法に巻き込まれないように注意しなさいよ!」
「魔法使いの前にコイツを行かせるなぁ!」
「カウントを開始します! 30! 29! 28……」
それぞれが行動を開始する。それぞれが声を掛け合い、囮を務め、攻撃を行った。
――
「ベル! ベル! 無事か!? リリスケ! ベルは大丈夫なのか!?」
「一応は無事ですよ。確認したならさっさと戦線に戻ってください、こっちはリタイア組の場所ですから」
ヴェルフを庇った冒険者から、
そこにはうめき声をあげる冒険者たちが雑に置かれ、リリルカがハイポーションをベルの口に突っ込み飲ませている姿があった。
桜花が戦線に参加すれば冒険者たちも戦い始めるだろう、その時出た負傷者をインファント・ドラゴンの攻撃の範囲外に出して欲しいとベルに言われていた。リリルカはその通り、荷物のように冒険者たちを引きずり離脱させていたのだ。
誰かのせいで桜花が戻るより先に冒険者たちが暴走したが、リリルカはおまけだと言うようにそこで倒れた者たちを回収したのだ。
「エホッゲホッ……つぅ、ありがとう、アーデさん」
「さん付けはやめてください。ムズムズするというか、気持ち悪いです」
「えっと、ごめん。ヴェルフ、今何がどうなってる?」
ベルは意識を取り戻し左腕の痛みに苦悶の声を上げつつも、それは表情に出さずヴェルフへと尋ねた。
インファント・ドラゴンの一撃を食らいベルは弾き飛ばされたが、幸いとなったのはこのルームの地形だった。
地面は草原で柔らかく、吹き飛ばされた方向は壁から遠く離れていた。そのため地面へと激突する瞬間に転がるようにして勢いを横に流すことができたのだ。当然無傷とはいかず、左腕がガタついている。
「あの大男が復帰した、もう少ししたら拘束魔法をやるから魔法で一斉攻撃するらしい。カウントは今やってるやつだ!」
耳を澄ますとベルの耳に千草がカウントを行っているのが聞こえてきた。残り時間は25、この後のことを思考し、結論を出したベルはヴェルフへと口を開いた。
「ヴェルフ、お願いがある」
――
戦況にはいくらか余裕が出た。桜花の示された作戦は端的に言えば30秒間魔法使いを守れという単純なものだった。だが桜花の攻撃も継続的に通すために、冒険者たちは盾役と囮と回復を交代しながらインファント・ドラゴンの気を引き、命の魔法を待った。
「【救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣】」
詠唱が進む。だが冒険者たちにとって数秒が何倍もの時間となって身に降りかかる。
千草のカウントが進む。すでに15を切った。瞬間、インファント・ドラゴンの前兆に誰かが反応し叫んだ。
「
「させるかぁあああああああああ!!!」
息を吸い込むインファント・ドラゴン。全てをスタン状態に追い込むその攻撃の前兆。
その言葉を聞いた瞬間桜花は動いた。自身の持っていた斧を後ろに引くと、そのまま振りぬいて手を放したのだ。
投擲された斧はインファント・ドラゴンの身体に着弾し、その巨体を揺るがせた。ごふ、と息を漏らしたインファント・ドラゴンは、それでも吐き出さないように耐えたのだ。
だがその息を漏らした瞬間、桜花の目に見えたのは炎だった。そしてその首元の鱗が紅く光った。その変化を、その前兆を見て桜花は叫んだ。
「
桜花の言葉に冒険者たち全員が動いた。
インファント・ドラゴンと詠唱を続けている魔法使いの間に、特に拘束魔法を唱えていた
燃やされ死ぬかもしれない、なんて恐怖はもうインファント・ドラゴンに挑んだ時点で狂気に包まれて燃えていた。せめて攻撃に耐えようと、インファント・ドラゴンのブレスに身構えようとした時だった。
その声は響いた。
「【燃えつきろ、外法の業】!」
瞬間、インファント・ドラゴンの口の中で爆発が起きた。
「グォグググ!!!?!?」
唐突な出来事に誰もが一瞬あっけにとられ、行動を停止した。唯一その魔法を放った人物ともう一人だけが何が起きたのかを理解していた。
ウィル・オ・ウィスプ。ヴェルフが唱えた
敵と正面から向き合い戦うヴェルフ・クロッゾという人間の本質が表れたその魔法は、自身の外から持ってきた力に頼ることを否定したのだ。
ヴェルフが魔法を放つよりも先に、その横を駆け抜けた誰かが居た。
その白い影は――ベルは誰よりも早くインファント・ドラゴンへと肉薄する。手にあるのはヴェルフの作った短刀である
ヴェルフの魔法は魔法に対するカウンターであり、ヴェルフのタイミングが外れれば失敗しそのままブレスは放たれていただろう。だがベルはそれが必ず成功すると『決めていた』。
リリルカを助けるために愚かな選択をしたヴェルフを、祖に
ヴェルフの中に確かに【英雄】の片鱗を見たのだ。ならばこの状況で【奇跡】でもない困難など、乗り越えていくだろうと『決めつけた』。
だからベルのその一撃は迷うことなくインファント・ドラゴンへとぶつけられた。爆発によって顎を上げてしまったその場所に、ブレスの前兆に紅く光った鱗があった。
「ああああああああああああ!!!!!」
モンスターの外殻は鉱物と同じ、『熱すれば柔らかくなる』。ドラゴンたちが最も守りたい急所、即ち逆鱗と呼ばれる場所にベルはそのナイフを叩きつけた。
容易く突き刺さったナイフをベルはひねり上げる。インファント・ドラゴンの悲鳴が響き渡った。
「ガグァガガアァアアアアアアアアア!!!!!?!」
暴れるように首を振り回すインファント・ドラゴンのその動きを、片手を短刀の柄に、両足をインファント・ドラゴンの首を大地のようにして踏みとどまる。短刀を引き抜こうとその足に力を入れたが、わずかに刺さった部分が軋むだけで抜けなかった。
「(刀身部分が溶けてくっついた!? ああもう、こんな時に!)」
そこはインファント・ドラゴンが吐息を炎のブレスに変換する器官のような場所だった。そこに突き刺さった短刀の素材はシャドーウォールの爪、即ちモンスターの外殻だった。そのため武器がその熱に耐えきれず、インファント・ドラゴンにくっついたのだ。
そこを潰せれば人間でいう喉仏をはぎ落したようなものだ。しかし現実に短刀ごと鱗を剥ぎ取るにはベルのステイタスが足りなかった。
「7! 6! 5!」
千草のカウントが進む。魔法に巻き込まれればどうしようもない。
くそ、と。悪態をつき柄から手を放そうとしたとき声は届いた。
「ベル!!!!!!!」
「ばっっか…!!」
数秒で魔法が発動するその効果範囲に、ベルの元へと飛びこんだ
ヴェルフが魔法を放った後、誰よりも早く行動したのはベルだが、その次に早く行動したのはヴェルフだった。ベルの後ろ姿を見てそれを追いかけるようにして走り出していたのだ。
インファント・ドラゴンの逆鱗に短刀を突き立て、引き抜くことができずに窮したベルを見て、何も考えずにヴェルフは飛び込んだのだ。
ベルがピンチだ、それなら危険だろうが何だろうが、自分が辿り着かずにどうすると。ただそれだけでヴェルフは動いたのだ。
ベルの手の上からヴェルフは短刀の柄を掴む。一瞬の視線の交差の後ベルは叫んだ。
「せぇーーーー!!!!」
「のぉ!!!」
掛け声と同時にベルとヴェルフはインファント・ドラゴンを壁のようにして蹴り飛ばす。
ぶちぶちぶち、と。喉の逆鱗が剥がれ引き千切られる痛みでインファント・ドラゴンは叫んだ。
弾かれるようにしてベルとヴェルフは地面へと墜落して転がった。そして冒険者の回収をしていたリリルカに拾われ戦闘から離脱する。
同時にその言葉がルームに響き渡った。
「2! 1! ゼロぉおおお!!」
「【天より降り、地を統べよ――――神武闘征】!! 【フツノミタマ】!!」
悶えるインファント・ドラゴンの真下に作られた複数の魔法円陣が発生する。大きな円のように配置されたその真ん中に一筋の光が貫けば、そこを中心として重力の檻が発生した。
「今だ! 10秒後に解除する! 魔法を使える奴は全員詠唱しろ! 攻撃前衛! 回復を済ませて武器を構えろ!」
「10! 9! 8……」
桜花の指示が冒険者たちに届けば、重力の檻に囚われたわずかな時間を使って魔法使いは詠唱を開始し、前衛は回復と武器の補充を済ませた。
サポーターは、リリルカや千草はその間にも辺りを駆けた。回復薬を失ったもの、武器を失ったものにそれを届け、戦闘不能になった者たちを離脱させた。
「2、1、0! 魔法お願いしまぁす!!!!!!」
千草の言葉とともに重力の檻は解除される。同時に複数方向から放たれた色とりどりの魔法は全てインファント・ドラゴンへと着弾した。
爆音が響き粉塵が舞ってそれが煙となりインファント・ドラゴンの姿が見えなくなる。
ここで終わってくれ、だれもがそう思い桜花ですらこの後の指示を出せずにいた。
煙が晴れる、インファント・ドラゴンは、
「グ、ゴォ、ガ」
立って、そこに居る。
「つぅううううぅぶぅううせぇえええええええええええええええ!!!!!!!!」
誰かが叫んだ。それと同時に動ける冒険者は全員武器を持ってインファント・ドラゴンへと突貫した。
武器をインファント・ドラゴンへと何度も叩きつける。弱って動けないなら好都合だと狂ったように武器を振り回した。
――
「いて!! いでででででぇ!! もうちょっと丁寧に運んでくれってリリスケ!」
「この運び方が一番効率よくて楽なので別料金になりますね。クラネル様、起きていますよね? 次はどうしますか?」
インファント・ドラゴンから短刀ごと逆鱗を引き抜いたベルとヴェルフはリリルカによって回収されていた。お返しと言わんばかりにベルの首根っこを掴み、ヴェルフの腰の帯を掴みながら走っていたため、ベルは首が締まりヴェルフは顔面を地面に何度もぶつけていた。
やがて戦闘範囲外でリリルカは足を止めると、静かに二人を地面におろす。小さくせき込むベルは、ジト目でリリルカを睨む。
「たった今起こされたよ。……たぶんもう大丈夫じゃないかな」
「ええ、リリもそう思います」
「大丈夫って何が……あー」
ベルとリリルカの言葉の意味が分からなかったヴェルフは、視線の先にある光景に納得した。
インファント・ドラゴンは立っているが、もはや泥酔しているかのようにふらふらで、行動に力は無い。それに気が付かず全力で武器を叩き込んでいる冒険者たちは、もはや死体蹴りをしているようなものだった。
インファント・ドラゴンの風前の灯はいまだに狂気から離れない冒険者によって散々に踏み潰され、やがてあれだけ暴れまわったとは思えないほど小さな悲鳴を上げてその地面に倒れ伏した。
「死ね! 死ね! 死ねぇえええええええ!! らぁああああああ!!!」
「くたばりやがれこのや……あ?」
倒れてもわずかに身動きをすればまだ冒険者たちは武器を振り下ろし――やがてそれが動きを止めたことに気が付いて手を下す。
武器を持って突貫しようとする冒険者を、狂気から離れた者たちが抑える。
「…………動いて、ない?」
そして誰もがインファント・ドラゴンが死んだことを理解したとき、起こったのは爆発だった。
「いよっしゃああああああああああ!!!! ざまぁみろクソ竜このやろう!!」
「おわった!? おわったんだよね! うぁあわああああん神様あああああああ!!!!」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
誰もが歓声を上げてその結果を喜んだ。自分たちがインファント・ドラゴンをしとめた。狂気から現実に戻りそれでも生還できた結果に言葉にならない叫び声が辺り一面から広がった。
「……なんつーか、アレだ。まだ生きてる実感が無ぇ」
「同感、いろいろあり過ぎてもう神様に会って寝たい」
「リリもお二人の言葉に共感しますけれど、まずはアレを何とかしてからにしてもらっていいですか?」
リリルカが指さした方向をベルとヴェルフが視線を送れば、そこにはルームの入口いっぱいに詰まったモンスター達が居る。そしてゆっくりとルームへ侵入してくる姿があった。
モルブルボムの効果が切れ、栓がされていた入り口からあふれてきたのだ。
その姿は他の冒険者たちも気が付いたのだろう。歓声が一度止まると、各々の武器を再度構える。
「おおい、タケミカズチとこの旦那ぁ! 空気が読めねぇ馬鹿が入ってきたなぁ!?」
「本当だな。……各パーティから一人代表で、インファント・ドラゴンの解体を手伝ってくれ! 残りは水を差したモンスター達の討伐だ! こんなところでヘマなことをするなよ!」
『おう!!!!』
彼らにとって残ったモンスターなど余談に過ぎない。各々がパーティの垣根を越えて協力したその場所では、散らばるモンスターなど有象無象に過ぎないのだから。
そして冒険者たちはダンジョンから帰還する。傷だらけで肩を貸されたものだって多いが、それでも誰もが外の空気を吸って、恥も何も知るかと言わんばかりに歓声を上げた。
―――
「っしゃあお疲れぇ!」
「お疲れ様! ヴェルフ! アーデ!」
「はい、お疲れさまでしたクラネル様、ヴェルフ様」
そこはバベルの簡易食堂の一角だった。換金を済ませて腰を据えるところを見つけたベルたちのパーティは、テーブルの中央に換金して金貨の詰まった袋を中心に置いて打ち上げをしていたのだ。
それぞれのグラスをぶつけて乾杯をする。リリルカもおり軽く済ませるために頼んだものは酒ではない。だが気分が高揚してる彼らはそれでも十分だと言うように愉快げだった。
「じゃあ最初に分配をしようか。とりあえずアーデにはこの中から四割先に渡すね。ギルドの人に分配してもらったから大丈夫だと思うけど中身は数えてほしい」
「だな。今日は助かったぞリリスケ。ありがとうな」
「……えっと」
テーブルには三つ金貨の入った袋が置かれている。初めにリリルカに手渡されたのは、テーブルの上で一番大きな袋だった。全体の四割が入った金貨、20000ヴァリス以上にもなるそれを、二人は雑にリリルカの前に置いた。
「……いいのですか?」
「? 何が? それよりも次だけど」
「おうそうだな! あんだけでかい魔石で山分けも大きかったんだ。あのドラゴンの素材を使った装備を作って……うまいもん食っても釣りがくるだろ!」
ヴェルフは上機嫌でリリルカの言葉を聞いていない様子で、ベルは契約通りだったのだから何がおかしいのかと疑問を浮かべている様子だった。
残る袋は二つ大きいものと小さいものだった。ヴェルフはそれを見てわずかに表情をしかめた。ベルがいつも通り、報酬を8:2で割ろうとしていたと思ったからだ。
「なぁベル、今回は8:2で割るのは止めようぜ。俺もベルもお互いに居なかったら死んでいたんだから、今回は山分けしないか?」
「……そう? 流石に助かるかも。報酬が流石に厳しかったから」
ベルの言葉にヴェルフは何か違和感を持った。そして大きい方の袋を掴むと、それをリリルカの前に置いた。
「「……えっ」」
「それ、残りもアーデさんの分。じゃあヴェルフ、山分けしようか」
小さい袋をヴェルフの前に置き、唖然とする二人を置いてベルは軽く言った。
「ちょちょっちょっと待ってくれベル! なんだってあんだけあった金貨がこの袋一つに収まっちまったんだよ!?」
「な、なんですかこの大金! どうして私の所にこんなに山が来るんですかぁ!!?」
「あーーうん。契約通りに分配したらそうなっちゃうんだよね」
頬を指先で掻きながらベルは何と言うか迷った。そしてその内訳を詳しく話し始める。
リリルカに支払うお金は全体の4割だった。緊急時だったため破格のものになったが、大きな問題ではない。問題は今回の報酬内容だった。
今回の換金内容はインファント・ドラゴンの素材を含めていないものだ。そしてインファント・ドラゴンは1フロア当たり4体程度しかいないレアモンスターである。その素材は当然高額なものになる。
さらに言うならばベルとヴェルフが最後に引き抜いた短刀、そこには『インファント・ドラゴンの逆鱗』というレアドロップがくっ付いていたのだ。レアモンスターのレアドロップは上位のファミリアですら依頼に出すほどの素材だ。高額にならないはずがない。
ヴェルフとベルは鍛冶の素材としてそれを使いたいため、換金には出さずにキープしていた。そのため素材+換金したヴァリスで計算すれば以下の状況になってしまうのだった。
「というわけで、うん。正当な報酬だから気にしなくてもいいよ」
「……いや、流石に貰うのが悪いと言いますか、貰いますけれど!」
「マジかぁ……マジか」
リリルカは慌てて金貨の入った袋をしまい、ヴェルフは額に手を当てて天井を見上げた。
「でもヴェルフも今回の戦いでランクアップするだろうし、これぐらいは直ぐ稼げると思うよ?」
「そうだな! そうだよな! 良しだったらもうこの報酬は使っちまうかベル!」
ばちん、と自分の頬をたたき気を取り戻したヴェルフは、今回の戦いの目的を思い出した。元はと言えば純度の高い経験値を得ることが目的だったのだ。そして道具や装備が壊れることも想定済み、だったら今回の冒険は成功だったのだろう。
後日、結局ランクアップはしておらず、残念会を開くことになるのだがそれはここでは語らない。
「ははは、そうだね。たまにはいいか! 火鉢亭にでも行く?」
「おう! 祝勝会といくか! せっかくだからリリスケも一緒にどうだ?」
「――……いえ、せっかくですがリリはここで失礼させていただきます」
ヴェルフの言葉にリリルカは一瞬何かを考えると、すぐに首を振って誘いを断った。
そして椅子から立ち上がるとぺこりと二人に頭を下げた。
「そうか、分かった。またなリリスケ!」
「今日はありがとう、アーデ」
「ええ、ありがとうございました。またご利用していただけたら幸いです」
――
変な冒険者たちだとリリルカは思った。
目の前にいるのが自分のような弱者なら、契約なんて知らぬふりをしてしまえばいい。所詮はダンジョンの中での口約束なのだから。
ヴェルフの誘いを断ったのは、リリルカが彼らのことを信頼していないからだった。誘いをかけ、後ろから襲い掛かって報酬を強奪するぐらいのことを今までパーティを組んだ冒険者は簡単にやってきた。
結局信頼のできる場所まで必要分以外の金貨を宝石に換金し、金庫に預けるまでリリルカは二人の襲撃を警戒した。だが何も起こらず肩透かしを食らった気分だった。
「……祝勝会、行けばよかった」
ぶつりと、リリルカはヴェルフに誘われた言葉をつぶやいた。自暴自棄になって、命を
ベルとヴェルフとパーティを組んだのはほんの数分、戦闘の後はただついていって報酬を待っていただけだった。それでも自分の掌の中に何かがあった。
冒険者は嫌いだ。だけど、と。リリルカは確かに思った。
自分が神様と出会った、あの時のように。
「お、
「バーカ、中身が詰まってなけりゃしょうがねえだろう!」
「ひっくり返せばわかることだろ。 おおい、アーデ、さっきお前俺たちのサイフ拾ったよなぁ?」
くすんだ瞳でその光景を視界入れ、リリルカは思う。
私は冒険者という人種が大嫌いだ。
―――――――――
工房に辿り着きヴェルフはインファント・ドラゴンの記憶をそこで一度閉じた。
あの後ヴェルフはインファント・ドラゴンの素材を使ってベルの武器――『下鱗刀』を作り上げた。それは今まで生きてきた中で最高の作品だったと言えるだろう。素材はまだ残っており、Lv.2になり【鍛冶】のアビリティを得た暁には、完璧となった武器を送ろうと思っていたのだ。
「と、散らかっているけど適当に座ってくれ」
「分かった。それで装備の不備ってのはどの辺のこと? 先に装備を外した方がいいかな?」
「ああ、まぁ着たままでいるのも窮屈だろ。全部外してくれていいぞ」
工房の備え付けてある魔石が付けられた魔法瓶と急須を用意し、茶葉を適当に入れて湯を入れる。ベルはヴェルフの言葉に違和感を持ったが、言われた通りにライトアーマーと武器を外して置くと、適当な椅子を持ってきてそこに座った。
ベルはヴェルフの様子がやはり気になった。装備に不備がある、と言われたからわざわざ10階層から引き返してヴェルフの工房まで来たのだ。なのにその本人は人でも招くように先に茶を淹れ出したのだから。
ベルの体面に座ったヴェルフは急須から湯呑に注いだ茶を渡した。
「ほら、まぁとりあえず飲んでくれ」
「ありがとう……それで、装備の不備についてだけど」
「ああ、あれ嘘だ。悪いな」
「……はぁ!!?」
ヴェルフの言葉にベルは思わず叫んだ。その反応に意に介さずに茶をすする。そして一度盆に湯呑を置くと、真っすぐにベルに視線を向けて口を開いた。
「不備があるってのはお前のことだ、ベル」
次から本編に戻ります。
次回一部最終話