ベルくんちの神様が愛されすぎる 作:(◇)
ベルの様子がおかしい、ヴェルフがそのことを真っすぐに本人に言ったとき、真っ先に返されたのは怒りに似た感情だった。そういえばベルからそういう感情を向けられたのは初めてだ、と。ヴェルフは茶を飲みながら呑気にそう思う。
「…………僕に不備があるって、どういう意味か聞いてもいい? ヴェルフ」
ベルの静かな口調にヴェルフはパーティを組むことを提案した時のことを思い出した。その時は何言ってんだコイツ、と言いたげな視線でありつつも此方の意図を探りに来ていた。
だが今回のベルの表情からはヴェルフは内心を読み取ることはできなかった。何時も通り、といった様子で最初の敵意が無かったのなら、気のせいと感じていたかもしれない。
「いや、そのまんまの意味だ。明らかに何か焦っているだろ?」
「言ってる意味が分からないんだけれど」
む、とベルの表情に苛立ちが混じる。それを無視してヴェルフは言葉を続けた。
「なぁベル、俺は頭が回らない。そんな俺でもお前が何かに焦っているか、問題抱えているかぐらいは分かったぞ。……怪物祭の日以降に何があった?」
怪物祭の翌日……昨日は、普段冒険に行く前に待ち合わせている場所にベルは来なかった。それで今日顔を合わせたと思えば、力を試したいと言わんばかりに一人で10階層まで突っ走っていた。
ベルの冒険に対するスタンスは、『冒険者は冒険をしてはならない』を守る堅実なものだとヴェルフは捉えている。深い階層に挑む前の事前の準備にそれは表れており、そのスタンスのおかげでインファント・ドラゴンからは生き残れたようなものなのだから。
それが我が身など知るかという様子で戦っていれば、問題がないなどとは思えなかった。
「……っ!」
ヴェルフの言葉に怒りを滲ませてベルは口を――開こうとしてそのまま閉じて俯いた。
そして一言呟いた。
「……ごめん」
「謝らないでくれ。俺だって踏み込み過ぎてる自覚はあるんだ。怒ってぶん殴られたって文句は言えねぇ」
人に図星を突かれれば苛立ちを生むのはベルも例外ではなかった。だがヴェルフの言葉がベルにとって気に入らないものであると同時に、どうしようもなく正しいことであるのをベルは理解してしまっていたのだ。
「ヴェルフから見て問題があるところがあれば直す。ヴェルフにこっちの事情で迷惑をかけるつもりはないから……それでいいんじゃないかな?」
「本当にそれで大丈夫だって言い切れるか?」
「……」
ヴェルフの言葉にベルは無言を返答とした。真っすぐな視線を避けるようにベルは目をそらして俯く。
きっと自分はヴェルフに、見かけだけで問題なんて何もないと言うように取り繕うようになるだろう。だがそれがダンジョン攻略には余分で負担にもなり、ヴェルフに迷惑をかけることになるのは目に見えていた。
無言の時間が続く。ヴェルフが急須から茶をつぎ足し、それを口に付けた時ベルは小さくつぶやいた。
「ヴェルフには言いたくない。……言っても仕方ないし、意味がない」
「意味がない、か。それは違うと思うぞ」
言いたくないと言うのなら、そこから先に踏み込むならそれはきっとお節介だとヴェルフは思う。だがその後に来た言葉だけは見過ごせず、言葉を続けた。
「ベル、お前の目の前に居る男は何をとち狂ったのか、スランプが抜けないって理由で
そんなもの周りから見れば意味がない、無駄の一言だった。現にファミリアの団員ですらヴェルフが馬鹿なことを始めたと思っているぐらいなのだから。わざわざ無関係の人物のレベリングに付き合い、装備まで提供するなど酔狂を通り越して愚かだと言えるだろう。
だが今のヴェルフはそうしたことを無駄だとは思わなかった。
「そんで俺は最高傑作の【
以前到達階層である11層に行ったときは、為す術もなくボロボロにされ逃げることしかできなかった。だが最近は常時ではないがそこで戦うことができていた。それに伴い【ステイタス】も上昇し、鍛冶に挑む自分の身体がより明確に分かるようになった。
今日のベルの動きを見れば、自分とステイタスは近いぐらいになっている。ならば11階層で恒常的に戦うことも可能になるだろう。
意味がなく無駄にしか見えない選択が、ヴェルフを先に歩ませたのは事実だった。だからヴェルフはベルはと問う。
「なぁベル、本当にそいつは意味がないのか? お前が問題を打ち明けられないほど、俺は情けない奴なのか?」
ヴェルフは何度もベルに背中を押されてきた。本人にはその自覚は無くとも、ヴェルフはそう思う。
『クロッゾ』に対して反発するだけの自分の考え方を変えてくれた。インファント・ドラゴンと戦ったときはベル自身の利を求めるのではなく、ヴェルフが前に進むための選択を取った。
ヴェルフならできると、ベルならできると信じ合い、背中を合わせ命を預け合った。
だからベルが困っているのなら力になってやりたいと思ったのだ。
「ヴェルフはさ、なんでそこまで聞いてくるの?」
「あん?」
「ヴェルフが僕にそこまでやる理由がないのに」
だというのにそんなことを言ったベルにヴェルフは思わずため息を吐いた。そして指を突き付け口を開く。
「ベルお前なぁ、自分の友人が目の前で問題抱えてんのに何もしないなら、そいつのことを友人なんて言えるかよ」
ヴェルフにそう言われたベルはキョトンとした表情を返した。そしてヴェルフが指を突き付けたまま気まずい沈黙が部屋に流れる。
自分がクサい台詞を言っていることに気が付いたヴェルフは、その恥ずかしさをごまかすように言葉を続ける。
「そ、それだけじゃなくてだな! 剣は持ち主の半身だ! つまり持ち主だって半身は剣だ! だったら鍛冶師の俺が問題見たっておかしくねぇだろ!?」
「……ありがとう、ヴェルフ」
「くそっ、小っ恥ずかしいことあんま言わせんなっての」
ここに来て初めて小さく笑いを見せたベルに、ヴェルフはどさりと背もたれに背を預けて呟く。顔に手を当てれば熱が上がっているような気がした。
ベルはヴェルフの言葉が嬉しかった。本気で、本音で力になりたいと言うヴェルフの真っすぐな言葉が僅かに心を溶かし小さな笑いがこぼれたのだ。
「うん、ごめん。――少し愚痴を言うね」
だからそれは溶けた心の本音の部分だった。それが促すままにベルは言葉を紡ぐ。
――
ベルの話は単純なものだった。
怪物祭の日、大切な人を自分では守れなかったという無力を味わい、それを
だからもっと先に行きたくて
「……【英雄】になりたいんだ」
全ての理不尽をぶっ壊すような英雄に。背中を押してくれた神様に誇れるような男に。
自分を残して去っていった『
ベルの言葉をヴェルフは黙って聞き続ける。ベルの本音を受け止め宙を見上げ思案して呟いた。
「……英雄、か」
最強――オッタルに何を言われたのかベルは語らなかった。だがきっとベルの根源にあるのは悔しさだとヴェルフは考える。
ヴェルフ自身も自分の無力さから停滞し、がむしゃらにダンジョンに向かったことがある。そして結果はろくでもなかった。
「事情は分かった。先に進みたいなら止めねぇよ。だけど余裕を持たないのは違うんじゃないか?」
ヴェルフが指摘したいのはそれだった。今回自分が最初に問題だと思ったこともそれだったのだから。
ベルは無茶はしていない、だが余裕は無かった。ヴェルフ自身、一度自分を見直してベルと組んで自分に入り過ぎていた力を抜いた。そうして現在前に進み続けている。
「抜きっぱなしの剣は強いのか? 俺はそう思わない。空気に晒しっぱなしの剣なんざ、直ぐに錆びて朽ちていくだけだ」
強いというのは力だけではないだろう。ヴェルフの言葉にベルは首を振った。
「……でも、凡刀じゃあ名刀には敵わない。そこまで行ける力は僕には無い。だけど……」
そんなことはないと、そう言いかけたヴェルフは口を閉ざす。続く言葉があることに気が付いてその先を待った。
「……だけど戦場で振るわれ続けた凡刀が、力を宿した名刀に代わることだってある」
一瞬ヴェルフの思考が固まった。
そしてベルが言っていることが何を意味しているのかを理解し、怒鳴るように叫んだ。
「ふざけんな! その在り方は妖刀や、正しい意味での『魔剣』と同じじゃねぇか!」
戦場で振るわれ続ける――即ち多くの者を斬り捨て血を啜った剣に力が宿る例はある。そこに蓄積した思い、怨念や悲しみは刃を研ぎ澄まし、容易く障害を絶つ剣と化す。
それを極東では妖刀と、他の地方では邪剣と、物語では担い手をやがて滅ぼす『魔剣』と呼ばれるのだ。
自身を叩き、目の前の物を全て超えていき強くなると、ベルの言った言葉はそれと同じだ。ヴェルフはその在り方を認めるわけにはいかなかった。友人としても鍛冶師としてもその道を進ませるわけにはいかないと叫んだのだ。
「でも、力だ。それさえないのなら、何も語れないし意味がない!」
ヴェルフの言葉を真正面から否定してベルは言う。
惰弱、貧弱、虚弱、軟弱、小弱、暗弱、柔弱、劣弱、脆弱――ベルに投げかけられた言葉は悔しさとなって心を削った。
弱い自分は途中で倒れ、
力が無ければ何も語る価値は無い。
「それで自分をぶっ壊してどうすんだ!
ベルはヘスティアを守る剣のようなものだとヴェルフは思う。だからこそ、すぐに朽ちて居なくなってしまう『魔剣』のような在り方を否定する。
ベルはその在り方を肯定する。どんなに本人に適した剣だったとしても、担い手を生かせないのなら意味がないのだと。
「【
「それでも前に進んでる奴が、お前の目の前に居るだろう!?」
ヴェルフ自身、自分の才能を投げ捨ててそれでも頂を目指している。それではたどり着けないと
「ヴェルフは、僕と違う!」
「何が違うってんだ!?」
「ヴェルフは! 『クロッゾ』っていう『
ベルの悲鳴のような言葉に、ヴェルフはとっさに言葉を返すことができなかった。
才能を捨てるのと才能が無いのでは万倍の違いがある。後者から見れば前者は愚か者にしか見えず、妬み恨むのだ。ヴェルフの同僚たちがヴェルフにそうしたように。
ベルは自分の肉親のことを知らない。どんな風に生まれ何をしていたのか、気が付けば神に拾われたベルは気にもしなかった。
だから自分がどこまで行けるのか、その縮尺定規の一つを持てず、勝手に決めた【憧憬】を目指して走り続けたのだ。だがそれは旅の道中で失い、新しい【憧憬】はゴールがどこにあるのかも見えないほど遠い。
「何もできないのが怖い……違う、意志に体が追いつけなくなるのが怖いんだ」
一人、前を進んでいるはずなのに、ゴールは遥か先で姿かたちも見えない。何もかもしなければ、自分の限界を走り続けなければ辿りけないかもしれない。たどり着けるかどうかも分からない。
だからただひたすらに余裕を切り捨てて走り続けた。【
「……カッコ悪いや。だからヴェルフに言いたくなかったんだ」
背もたれに体を預け、俯きながらベルは呟く
前が暗くて歩くのが怖いと言っている幼子と同じだ。あるかもしれない石に怯えて、ゴールがどこにあるかも分からないのに走り出して弱音を吐いている。
恰好悪い、情けない、そんな自分がベルは嫌だった。
ヴェルフにベルを止める言葉はもう見つからなかった。いや、止める言葉はあってもヴェルフは言うことができなかった。
なぜなら本人がその【憧憬】を諦めることが正しいと知っていて、だけどそれでも諦めたくないから無茶を繰り返してもがいているのだ。
賢い者なら身の丈合わない夢など持つのをやめろと言う。それが正しいのだから。
ヴェルフはそれらを理解し、静かに目を閉じる。
そして何かを思案し、暫し静かな時が流れた後に口を開いた。
「ベル、二つだけ確認させてくれ。辿り着けないって分かっていて、それでもお前は前に進み続けるのか?」
ヴェルフの言葉にベルは頷いた。
「うん。……それは、諦める理由にならないから」
「……とんでもねぇ壁があっても、それでもか?」
「立ち止まることはあるかもしれないけれど、諦めたくない」
ベルはヴェルフの問いに対して肯定する。その視線は真っすぐにヴェルフに向けられている。
諦めるつもりはないと、例えそれが届かぬ【憧憬】でしかないとしても折れはしないとベルは返した。
「じゃあ分かった、そこまで言うんだったら決めた」
故に、ヴェルフはその言葉に笑みを見せた。
半端なものではない、ベルが最後まで最後まで貫き通すと言うのならば、自分も最後まで突っ走る。
賢い者なら知ったことかと放りだしてしまえばいい。自分になんの利も害も無いのなら、自己責任だと言ってそのまま行かせてしまえばいいのだから。
それがきっと正しい選択だ。
だがここに居る『
ずい、と体を前に出してヴェルフは言った。その瞳には一片の迷いもなかった。
「手ぇ、貸してやる。お前が折れないって言うのなら、お前が頂点に行くための剣を作ってやる」
ベルがヴェルフの言葉を理解するのに数秒必要だった。そして理解できた時に生まれた感情は怒りだった。
「なんで……? ヴェルフにそんなことする理由なんて無い! 同情するつもりなら……」
「同情するつもりはねぇよ」
ベルの言葉を真っ先に切り捨てる。真っ正面からの否定にベルが言葉を失っている間にヴェルフは先を続けた。
「言っただろベル? 剣っていうのは担い手の半身だ。ただ良い剣ってだけじゃ半分なんだよ。担い手が最高じゃなければ、その剣は最高にならねぇんだ」
例えば一級冒険者たちが持つような強い武器が良い武器だと一言に言えない。それを下級冒険者が持てば剣の力を自らの力と勘違いし驕り始め、やがて身を滅ぼすことになるだろう。
担い手が自身にとって最高の者でなければ、最高の剣とは力を発揮できない欠けたものになるのだ。
そして損得勘定や強者を最高だと定めた場合で考えるのなら、オラリオの【最強】に差し出せるような武器を今作れるとヴェルフは思ってはいない。ベルの存在は丁度いいと言えるだろう。
「だったら僕じゃなくていい。このオラリオに、僕以上の冒険者なんて幾らでもいるじゃないか」
「だけどお前はなるんだろう? 最強を超えていく【英雄】に」
今はまだ弱い、だけど折れずに歩き続けるとベルは決めていた。だったらたどり着けばいい。たどり着かせればいい。そこに居るのはヴェルフ自身が作った【最高】の剣に見合った【最強】だ。
「お前の目標もオラリオ最強っていう頂で、俺の目標もヘファイストス様すら超える鍛冶師っていう頂だ」
そして道は途中まで同じだ。【冒険】で自らの身体という【器】を作り上げるという点まで共通しているのなら、最後に道が別れようとも共に歩くことはできる。
ベルもヴェルフも、オラリオでダンジョンを進む【冒険者】だ。冒険を二人で行って何が悪い、たまたま頂上に行く道が冒険だったのなら、一緒に行って何が悪いと言うのか。
「壁があるなら一緒にぶっ壊せばいい。半端に曲がりそうならぶん殴ってでも真っすぐ向かせればいい」
「そら、お前と俺が立ち止まらないで進み続けるなら、いつかは
躓きそうな石があるなら全部踏み潰せ。壁があったのなら全部砕け。ゴールが見えないなら灯り照らして全部の場所に行け。
諦めないのならどこかにゴールは見える。そこに向かって歩けばいいだけのことだ。
お前と俺ならそれができるだろうと、ヴェルフはベルに言う。
「……ヴェルフは、僕がそこまで行けないとは思わないの? 道から外れて逃げ出して、そうしたらヴェルフ自身の時間を無駄になることが怖くないの?」
どうしてヴェルフがそこまでできるのかベルには分からなかった。
無駄足になったとき、もう頂上に行くのに間に合わなくなるかもしれない。それが怖くないのかとベルは問う。
「高々人生を少し無駄にしただけで、それは俺が頂点を諦める理由になるのか?」
お前が諦めないように、俺も諦めてたまるかとヴェルフは言う。腕が取れようが目を失おうがそれは諦める理由にはならない。
辿り着けずともそれでも歩き続けたいという強い意志を見た。ならばへばるような真似をして負けてたまるかと言うだろう。
「まぁ、こう言ってる俺が折れかけることだってあるだろうよ。そうしたら尻を蹴り飛ばしてくれるとありがたい」
その辺は持ちつ持たれつって奴だ、と。ヴェルフは茶化すように言った。
ヴェルフ自身、先のことなど分からない。腕が無くなればショックで立ち止まるかもしれないし、今持っている意志を誰かにへし折られることもあるだろう。
だけどそれでも隣で歩き続けるベルが居るのなら、それに負けるかと思い再び歩き始められるはずだとヴェルフは確信する。
「……分からないよ。ヴェルフにそこまでしなきゃならない理由がないのに、どうして?」
ベルは訳が分からなかった。ヴェルフの言っていることが全部本音で、本気であると理解できたからだ。
ヴェルフの示した道には何の保証もない。それどころか愚かだと言われても否定できないような、そんな道だ。自分の人生を無駄にするようにしか見えないその選択肢を、迷い無く取れるヴェルフが分からなかった。
「んだよ、何度も言わせんなベル」
自分とベルは対等だ。命を預け合った仲間だ。もしもどちらかに差が有ったのなら、ここまで踏み込むことはできなかっただろう。
だけど『ヴェルフは
仕方ない奴だと言わんばかりにヴェルフは口を開いた。
「お前が、俺の
同情? 違う。これは友人の力になりたいという自身のエゴの押し付けだ。断られても仕方ないような馬鹿な提案だ。
だからどうした俺は『クロッゾ』だ。賢い選択を蹴っ飛ばした『大馬鹿野郎』の末裔だ。だったらその選択を俺が取って何が悪い。
「行こうぜベル!
ヴェルフはベルに手を差し出した。それは握手ではなく、腕相撲のような肘を下にして掌を横に向けたものだ。
一緒に行こうぜ、という馬鹿男からの提案だ。それを見て――ベルは何かが胸からこみ上げた。
「ヴェルフは、馬鹿だ」
こみ上げた何かがぽつぽつと目から零れた。
ベルには先導し、後ろから見守る
だけど隣を歩き、ともに行こうと言ってくれた対等な友は居なかった。ヴェルフがそう言ってくれたのが、ベルはどうしようもなく嬉しかったのだ。
「馬鹿、俺が馬鹿なことぐらいとっくの前に知ってるぞ」
笑うヴェルフにベルも釣られた。涙は止まらないけれど、嬉しいという感情が止まらずそれは表情にも表れた。
「本当に、本当に、大馬鹿野郎だ。」
だけどそんな『おとうさん』のような『大馬鹿野郎』がベルは好きだったのだ。
ベルはヴェルフに差し出された掌に向かって、自分の掌を音が鳴るほど強く叩きつける。そして思いっきり握り締めて笑みを見せた。そうしてヴェルフも掌を握り返して笑った。
――
「ほら、そいつで顔拭いとけ」
ヴェルフは部屋に備え付けてあったタオルをベルに向かって投げつける。受け取ったベルはそのまま顔を拭った。
「ヘスティア様を心配させたんだろう? 謝るついでにデートでも行って機嫌をとっとけ」
「……うん」
自分がヘスティアに心配をかけていたことはベルにも分かる。ヴェルフのおかげで余裕を持てた今だからこそ、ヘスティアを悲しませてしまっていたことが実感となって返ってきた。
「……ヴェルフ、これ汗臭い」
「ここにハンカチなんてお上品なもんあると思ってんのか」
――
日が高く真上に来る頃、ヘスティアは自分のホームへと向かって歩いていた。ヘファイストスの昼食の誘いを断り、とぼとぼとオラリオの街並みを歩くヘスティアの表情は暗かった。
道中は多くの人々が行き交っており、人々の軽快な声が辺りから響いている。その中を歩くヘスティアは最早異分子だった。
ヘファイストスに武器の作成を断られ、自分ができることが無くなってしまいヘスティアは落ち込んでいた。『今はまだ見守ってあげなさい。必要なら私が(ヴェルフと)話してみるから』とヘファイストスから言われている。だがただ待っていることしかできない歯がゆさはどうにもならない。
「……よし! だったら今日こそベル君にガツンと言ってやる!」
心配させるなと、それでも無視するならこっちにも考えがあると、徹底的に纏わりついてやると決心する。
「……あれ? 神様?」
そんな決意をしたヘスティアの耳に、その話題の本人の声が届く。振り向いてみればそこには唖然とした表情のベルが立っていた。
「え、……ベル君!? なんでここに?」
「ええと、その」
ヴェルフの工房から離れたベルは、一度ヘスティアと会って謝りたいと思ってバイト先まで行っていた。しかし従業員に、今日は帰らせたと言われホームへと向かっていたのだ。
その道中は当然『ヘファイストス・ファミリア』メインストリート支店からホームに戻るヘスティアと同じだった。ワンクッション置こうと何か買って帰ろうと考えていたベルは、思わぬ遭遇に思わず口をまごつかせた。
「……ベル君、ボクは君に言いたいことが」
「心配かけてごめんなさい!」
そしてヘスティアが何かを言おとするまえにベルは頭を下げた。ヘスティアに嫌われてしまったらどうしようと、そんな子供のような思いが彼女の言葉を聞くより先に頭を下げさせたのだ。
「……え?」
「いや、その。……神様に心配かけてしまいました。だから……」
思わぬ言葉にヘスティアはポカンと言葉を漏らした。そしてベルの様子に刺々しさが無くなっていることに気が付く。
その表情からベルが自分が抱えていたものを解決してきたと分かり、嬉しいと同時に少し悔しくなった。結局自分は何もできなかったと思ったからだ。
「ベル君、悪いと本当に思っているなら、無茶はしないと約束してくれるかい?」
ヘスティアが一番怖かったのはそれだった。無茶を重ね続けて居なくなってしまうことが怖かった。しかしベルはその言葉に言葉を詰まらせる。そして何かを決心して口を開いた。
「無茶は、するかもしれません。だけど! 神様を心配させることはしません! ……なるべく」
勢いよく言った言葉は最後の最後で不安げなものになり、尻つぼみになって消えた。
「なんだってぇ? ボクの聞き違いかなぁ? なるべくって聞こえたような気がするんだけどなぁ?」
「ご、ごめんなさい神様」
自信満々とは言わないけれど、いつもはっきりと言い切るベルにしては珍しいとヘスティアは思う。
できればその言葉だけは言い切ってほしかったな、と思うと同時に仕方ないかとも思った。
子供は、無茶をするものだ。親は、それをハラハラしながら見守るものだ。少なくともヘスティアの思う家族とはそういうものだと考える。
「ふふ、もういいよ。ベルくんは冒険者なんだ、無茶することを否定することはできないよ。……だけど、できればボクを蔑ろにしないでくれると嬉しいな」
「……はい、必ず」
ヘスティアの言葉は穏やかで慈愛があった。だがその表情には微笑みと同時に僅かに憂いが見えたのだ。
それが今回彼女を蔑ろにしてしまったことの結果なら、ベルは次は無いように心に刻む。
【英雄】になりたい、……でもその根源には『
「……よし! 言質は取ったぞベル君! それならボクのデートを断るような蔑ろな行為を君はしないよね!?」
「え、ええ!?」
先ほどの愁いを帯びた表情は何だったのか。反転させて笑みを見せるヘスティアにベルの思考は追いついてこなかった。
たちまち手をとられ引っ張られたベルは促されるままに足を動かす。
「ほらほらまだ日は高いんだ。買い物ついでにいろいろ見て回ろう! とりあえず……うん、ボクもお腹すいたからジャガ丸くんでも食べよう!」
どうせ君もお腹すいているだろう? そう言ったヘスティアの言葉にベルは否定できないでいた。冒険は途中で切り上げてそのままヴェルフと話をしたため、結局昼食を取り損ねていたのだ。
流石に外で偶然会うたびにお腹が減っていると思われてはたまらないと、お腹が鳴らないかひやひやしながらベルは思った。
ジャガ丸くんの屋台に向かうヘスティアの表情は笑顔で、ベルも釣られたように笑う。自分が余裕を持たずに走り続けて居たのなら、これは見られなかったのだろう。
だから今こうして笑えることが嬉しくなった。
「「おっちゃん、じゃが丸くん幾つか頼む
ヘスティアと誰かの声が同時に響き渡った。
第一部終了。読んでいただきありがとうございました。
次回はサブシナリオ2か二部に入ります。
▼フラグ【パーティ離脱】が無くなりました。以後ヴェルフの自動離脱は無くなります。
▼フラグ【椿・コルブランド】が達成されました。以降イベントが開始されます。
フラグ【■■■■■・■■■】開放されました。フラグ【■友■炉】の第一フラグ達成されました。
以下ステイタス
ベル・クラネル
LV.1
力E 耐久F 器用B 敏捷B 魔力E
魔法【ファイア・ボルト】
スキル【軌道軌跡】
・早熟する
・軌跡を辿る『限り』効果持続
・発生条件 一定量の【ステイタス】を放棄する
武器 【下鱗刀】 / 短刀【影次郎】
防具 【兎鎧】
ヴェルフ・クロッゾ
LV.1
力A 耐久C 器用A 敏捷C 魔力H
魔法【ウィル・オ・ウィプス】
スキル【
・魔剣作成可能
・作成時における魔剣能力強化
・■■を■■にした■■■■時における■■以外■■■■付与。
武器 【大刀】 / 【戦闘槌】
防具 【着流し】/ 【軽装】