ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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時系列は七話上と七話下のラストと同時


サブシナリオ2 神達と眷属達

 ジャガ丸の屋台で二つの声が重なった。それは奇しくも同じ内容であり、ヘスティアは一歩下がって口を開く。

 

「と、ごめんよ。横入りしてすまなかったね。先にどうぞ? ……げ」

 

「んあ? いや先にええよ。遠慮せんと――あん?」

 

 だがそこにいたのはロキ……ヘスティアにとって不倶戴天の相手であり、なんでこんな奴に気を使ってしまったんだと言葉を濁す。

 ロキもそれに気が付いたのか、怪訝そうに言葉を濁すとヘスティアに向かって大きなため息を吐いた。

 

「はぁ~ホントなんなんドチビ? ほんの数日しか経っとらんのに顔合わせるとか、ちょっとウチのこと好きすぎんやろ」

 

「だ・れ・が・だ! 万人受けしない滅茶苦茶濃い性格している癖に、よくそんなこと言えたもんだね!」

 

 ロキに指をさしてヘスティアは反論する。必要以上に会いたくない相手のことが好きだとか指摘されるのは彼女にとって鳥肌が立ちそうな言葉だ。

 

「おいそれ他の神達(アホども)見てもそんなこと言えるんやな? 万人受けしなくても万神受けしとるやつらばっかりやろ」

 

「少なくともボクの周りの神は灰汁が強いのは少ないよ。ヘファイストスは勿論、ミアハやタケミカズチはお隣さんだけど良くしてくれるし」

 

 ヘスティアの深い交友関係についてロキは知らないが、知っている限りで思い出す。ミアハ、タケミカヅチ、ヘルメス。成程背中から刃を刺されそうなことを除けばまともと言える連中が集まっているではないか。

 

「なんで男神の(比較的)当たりくじばっかドチビの周りに居るんや……」

 

「日頃の行いの差ってやつさ。天下のロキ様はやっかみも多いんだろう?」

 

「まぁーそれは否定せんけどな。ウチの周りは腹黒とウェーイと馬鹿しか居らへんし……比較的ドチビが安牌って可笑しないか?」

 

 可愛い眷属達が居るから別にかまわへんのやけど。そうロキは言葉を区切った。

 実際ヘスティアはロキにとっては話していて感情を揺さぶられる相手でもある。神にとっての楽しいは正にその瞬間であり、クソうざいことを除けばヘスティアは当たりくじであると言えた。

 

 ヘスティアがロキに怪訝な表情を向けようとしたところで二神(ふたり)に声がかけられた

 

「ちょっとちょっとヘスティアちゃん。お友達としゃべるのが楽しいのは分かるけど、ずっとそこに居られたら困っちまうよ」

 

「あっと、ごめんおばちゃん。あと別にコイツは友達じゃないよ」

 

「ほら、そっちの別嬪さんも。ちょっとサービスして盛って渡しといたから早く避けとくれ!」

 

「お、ありがとなー。……つかドチビ、顔覚えられるほどここの常連やってたんやな」

 

 ジャガ丸くんの中身は三つ、どうやらロキとヘスティアの分だけのようだ。だがヘスティアの目にベルが再び注文をしているのが映り、屋台の前から少し場所を空けてロキとヘスティアは会話を再開する。

 

「常連も何も此処はバイト先だよ。知られているに決まってるじゃないか」

 

「ほーん、へーん、ほー。良いこと聞いたわー。勤労ご苦労様やで」

 

 にやにやと表情を変えたロキに、ヘスティアは口をとがらせて答えた。

 

「……なにさ。そんな風に言う君は随分と暇そうじゃないか。働かずに眷属に養ってもらって食べるご飯は美味しいかい?」

 

「最高に美味いに決まっとるやろ! 可愛い眷属と一緒に食べるアレは、成功の味って奴やな! やー、前の遠征明けで飲んだ時は最高やったで!」

 

「このやろう……」

 

 ウチ野郎じゃないもーん、と。笑うロキに対してヘスティアは歯ぎしりする。ファミリアの大きさについては月とすっぽんであるため何も言い返せなかったからだ。

 

「……つかドチビ、思ってたよりも普通やな。怪物祭でえらいことになったって聞いとったんやけど」

 

 一しきり笑ったロキだったが、会話の様子から普段と変わりないと感じていた。初めての眷属が死にそうになった、あるいは死んだのであれば、取り乱すのではないかと考えていたのだ。

 

「なんでそんなことまで……まさか」

 

「ちゃうわ! オラリオででかいこと起きたらそら探るやろ。そんで情報が入ってきただけや」

 

 しかしロキのそんな考えなどヘスティアには届かず、自分の身体を隠すようにしたヘスティアにロキは思わず反論する。

 

「そんで……大丈夫みたいやな」

 

「……うん。悪いね、心配してもらったみたいで」

 

 そしてここまでの情報が集まれば、ヘスティアもロキが此方を気遣っていることを理解した。遺憾ではあるがそれに対して礼を言わないつもりもなく、言葉を返しロキに視線を合わせた。

 

 何言ってんだコイツと言わんばかりの表情をロキは浮かべていた。

 

「……気持ち悪! 冗談やめーやドチビ。うわ、鳥肌まで立ってきたわ」

 

「こ、ここ、このヤロー! ボクが譲歩に譲歩を重ねて言葉を絞り出したってのに!」

 

 食って掛かるヘスティアにロキは楽しげに笑う。

 

「別にウチ頼んどらんしー。ヤローじゃあらへんしー。ドチビやしー」

 

「そんなんだから男と間違えられるような体形なんだ。腹黒になり過ぎて次はどうするつもりだい? 黒いところが見えてへそ出しの服なんて着れなくなるよ?」

 

「どうやらドチビとはいい加減決着つけんとならへんようやなぁ?」

 

「上等だ。それなら今日こそ……待った」

 

「あん?」

 

「似たようなこと、最近あったような気がする」

 

――

 

 主神二人が勝手に会話を始めてしまい、それぞれの眷属は残されることになった。手持無沙汰なこともあり、ベルはアイズに話しかけようとしたところで目の前に籠を差し出された。

 

「えっと、これは?」

 

「お見舞い」

 

 アイズの表情に感情は見えず、淡々と渡されたそれにベルも何事かと考えた。果物と液体が入った小瓶が袋に包まれている。色合いからそれがポーションであることが分かった。

 

「……ひょっとして僕ですか?」

 

「うん。怪我をしたって聞いたから、ポーションを選んでみたけれど……」

 

「確かに怪我をしたのは事実ですけど……なぜそれでアイズさんがお見舞いの品を?」

 

 ベルの一番の謎はそれだ。アイズとヘスティアが知り合いであることは知っているが、たかが数分話しただけの自分に対して見舞いをするほどの義理は無いはずだ。

 それがベルではなくヘスティアに当てられたものだから自惚れるなと言われれば、流石にベルもへこむ自信はある。だがアイズの様子からそれもない。

 

「それは私が……」

 

 そしてそのことはアイズも分かっており、事情を説明しようとしたところで団長の言葉が頭を過ぎった。

 

『いいかいアイズ。君のことだからその気に掛けているって子に全部話してしまいそうだけれど、オッタルと対峙して居たことは話さないほうがいい。知らないほうが良いことだ』

 

 成程、駆け出しの冒険者が一級冒険者たちの企みに巻き込まれるなど悪夢でしかない。知ってしまったから、が鍵となって事件が起こる可能性も低くはないだろう。

 しかしアイズ自身がベルとヘスティアとの繋がりを匂わせてしまった以上、ある程度有名な自分と知人であることになってしまい、面倒ごとがベルに行くかもしれない。

 

「(私と、ベルやヘスティアさんと関わりを持っていると広めてしまったこと。問題が起こるかもしれないこと。それを遠回しに伝えないと。)」

 

 アイズは自分が言わなければならないことを整理し、口を開く。

 

「えっと…………私が君に気があることを周りの人に知られて、迷惑だと思ったから?」

 

「!!?!?」

 

 アイズ自身コミュニケーション能力は高くはない。君に、という言葉の前には『神ヘスティアと』、という言葉が入るはずだったが、アイズは抜いて話してしまっていた。

 その結果ベルには『ベルのことが好きだったことが周りにばれて、自分も有名人だから迷惑をかけるかもしれない』と翻訳されて伝わってしまっていたのだ。

 

「どこでそんな切っ掛けがあったんですか!?」

 

「前に(ヘスティアさんとはお店で)会っているけれど」

 

「そ、そんなに少しだけで(惚れるん)ですか!?」

 

「(? 確かにヘスティアさんが働いているお店に行くことは余りないかもしれない)やっぱり変なのかな?」

 

 突然の告白で頭が空回りしているベルと、フィーリングだけで話しているアイズの会話は変にかみ合った。そしてアイズはヘスティアのこともベルに伝えたと思っているが、口に出ていなかった。

その結果、どこかおかしいのだろうかと首をかしげるアイズに、ベルは言葉を詰まらせた。

 

「変だとは言いたくありませんけれど……」

 

 否定の言葉を言いつつもベルは続く言葉に言いよどんだ。

 いわゆるチョロい女性というのをベルは何度も見てきている。『おとうさん』が甘い言葉を囁く、やだ素敵抱いての即落ち二コマコンボが何回あったのか覚えていない。まぁ三コマ目で必ずギャグ落ちになるのだが、問題は殺意満々の女神ですらそれが起きたのだ。

 ベルとてアイズのような美しい少女に告白(勘違い)をされれば慌てるし、もしかしたらと思ってしまう。まだまだ思春期の少年なのだ。それでも冷静に情報を聞き出そうとしているだけ頭の回りは早い。から回っているが。

 

「……周りの方というのは、アイズさんと同じファミリアの仲間ですか?」

 

「うん。それもある。ロキと団長も知っていて、オラリオの人たちも知ったかもしれない」

 

「……成程そうですか」

 

 アイズは控えめに見ても人気者だろうと想像できる。美貌にしても庇護欲をくすぐる性格にしても、ファミリアの団員やオラリオの住民からすらも一目置かれているだろう。それが恋慕の情を抱く相手が居るとなれば、確かに面倒ごとに巻き込まれるだろう。ここまでがベルの勘違いであるという事実が無ければ。

 

「(告白の)返答は……すこし待ってもらえますか?」

 

「(? 何か悩んでいるのかな……)うん。それならその間にジャガ丸くん、注文しておくね。どれがいい?」

 

「い、いえ! 僕が買っておきます! 何がいいですか!?」

 

「??? ……それなら、新作の味を」

 

 今は告白に対して答えられないから少し待ってくれ、というベルの言葉に対して、アイズは会話の返答を少し待ってくれという意味でとらえた。数分もあれば言いたいことの整理も付くだろうというアイズの心遣いは、勘違いしている最中のベルには逆効果だった。

 ベルからしてみればさっさと告白の返答をしろと言われたようなものなのだから、パシリという安易な逃げの一手を取ることも仕方なかった。

 

「(どうしてそうなった!?)」

 

 ジャガ丸くんを注文しながらベルは内心で頭を抱える。

 告白をされたのは人生初であり、未知の情報に対してベルの頭はから回っていた。屋台からジャガ丸くんを受け取り、アイズに渡す段階になってもどうすればいいかなど分からない。うやむやにせずに全て受け止めた『おとうさん』はクズだったけれど偉大だったと再確認する始末だった。

 

「えっと、新作の味っていうのを貰ってきました」

 

「ん、ありがとう。いただきます」

 

 ベルからジャガ丸くんを手渡されて表情を緩ませたアイズは、礼もそこそこにそれへとかぶりつく。

 先ほどの会話など知らんと言わんばかりの行動に、この段階でベルも『アイズがベルに惚れてる説』が怪しいことに気が付いた。

 

「(分かった! たぶん勘違いだ!)」

 

 告白が本当だったのなら父親以上のクソヤロウ案件だが、ベル自身も手一杯だった。少し時間をおいて冷静さを取り戻そうと無理やり思考を切り替える。

 

「……むぅ」

 

「それ、イマイチでしたか?」

 

「……珍しい味、だと思う」

 

「……美味しいですか?」

 

「…………」

 

 一口食べてアイズは複雑そうな表情を見せる。好物のジャガ丸くんであるため、フレーバーが微妙でも美味しくないとは言いたくない。だが不味くはないが口に合わないのも事実だ。そのため捨てるという選択肢は浮かばなかった。

 

「もしよければ交換しませんか? ほら、まだ僕の方は口をつけていませんし」

 

 冷静になればベルとて空気を読んで気を遣う程度のことはできる。恋愛ごとが絡まずに女性に振り回されるのは旅の最中でもオラリオでも体験してきた。

 ベルの言葉にアイズは目を丸くする。

 

「いいの? ……でも口を付けちゃったけれど」

 

「あっ……。 いいです問題ないです!」

 

 口を付けたぐらいで慌てることでもないのだが、先ほどの告白のような言葉があったからベルは妙に意識してしまった。

 アイズもそのまま新作ジャガ丸くんを渡そうとして――考えた。

 

 果たしてこのまま微妙な味のジャガ丸くんを渡していいのだろうか、と。

 

 流れではあったがベルに使い走りをさせてしまい、その上で口に合わないから食べて、というのは、なんだか威厳が無いような気がするとアイズは思う。

 せめてもっと美味しいものであれば自分も気にすることは無かったのに、そう思ったアイズにとある人物の言葉が思い出された。

 

『アイズたんが食べさせてくれるなら何でも美味やー! アイズたーんあーんしてやー!』

 

 たしか怪物祭に出掛けたとき、ロキがそんな感じのことを言っていたような気がする。

 ロキの言っていることは所々怪しい。だが自分が技を放つときその名前を言うと威力が上がる、というものは間違っていなかった。

 ならば自分があーんをすればジャガ丸くんが美味しくなる可能性がある……?

 

 それならやってみようと、アイズの行動は早かった。

 

「あーん」

 

「え゛っ」

 

 その一言と共にジャガ丸君を差し出されたベルは、驚きの声が漏れて体が硬直した。

 

「あーん」

 

「いや、その」

 

「……嫌、かな?」

 

「いやいやいや嫌ではないですけれどぉ!?」

 

「じゃあ。あーん」

 

 アイズも仲間や完全な他人にそれをするほど羞恥心が無いわけではない。だがベルとアイズの距離感はちょっと試してみるためにはちょうどいいぐらいだったため、アイズの押しが強かった。

 しかしベルとしてはたまったものではない。先ほどまでの自分の勘違い、という仮説が音を立てて崩れ落ちているのだ。まさか本当に……と疑念を抱いてしまうことを責められないだろう。

 ついには圧に負けてアイズの持つジャガ丸くんへと近づいた。

 

「い、いただきます」

 

 さく、と心地よい音がした。

 

「美味しい?」

 

「味が分からないです……」

 

 しかし混乱していて商品名も見て居なければ、味も上手いかどうかも分からなかった。

 

「そっか。やっぱり嘘だったのかな?」

 

 対してアイズはロキの言葉が実は嘘であると思い始めていて、恥ずかしがるそぶりは一切なかった。

 

「そっち、貰っていい?」

 

「ど、どうぞ」

 

 そもそも食べさせあいをするという話ではなく、交換するつもりだったのだ。ベルも手に持ったそれを渡そうとして……アイズの口元ぐらいの高さでジャガ丸くんを上げてしまった。

 

「(……これってもしかしてアイズさんに、あーん、をしてしまったのでは!?)」

 

 しまった、と思うよりも先にアイズは動く。それは手ではなく、ベルに差し出されたそれをそのまま食べようと近づいてくる。

 

「(え、えええ、えええええ!?!?)」

 

 まさか、まさか本当に!

 

 いよいよ現実味が無くなってきたベル。周りの光景がやけにスローモーションで見えて、アイズがそれを食べようとしたところで、

 

「はむっ!!」

 

「ふんっ!!」

 

 二つの影によってそれは中断された。

 一つはヘスティア。下から急に現れた彼女はそのままベルが差し出したジャガ丸くんへとかぶりつく。そしてもう一つはロキ、手に持ったジャガ丸くんをアイズの口の中へと詰め込んだ。

 助かった、でもちょっと残念。とそんなことを思ってしまったのが運の尽きで、じろりとヘスティアから送られた目線にベルはたじろいだ。

 

「ベルく…むぐ…ボクは怒ってる。デートと言ってたのに他の女の子と一緒に居るなんてどういうつもりだぁ!?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 確かにデートと言う名目でヘスティアと共にいたのに他の女性と何かをするのは失礼だ。というより『おとうさん』以下の屑野郎じゃないか! とベルは内心でショックを受ける。

 

「しかも寄りにもよって相手が……相手が……あい…」

 

 そして怒り心頭であったヘスティアはその相手をこき下ろそうとして言葉に詰まった。

 ベルが対応していたのはアイズで、ヘスティア自身アイズがすごく良い子であることは普段お客として顔を合わせたり、前の一件があったため知っている。ロキの眷属でなければファミリアに入って欲しいと思う程度には気に入っていた。

 そのため言葉の矛先はベルへと向かっていった。

 

「あ、相手にあーんなんて破廉恥なことをするなんて! ボクは君をそんな子に育てた覚えはないぞ!」

 

「やってません! 未遂です! どちらかというと僕が被害者です!」

 

「……でも実は嬉しかったんだろう?」

 

「…………ちょ、ちょっとだけ」

 

「ベールくん?」

 

「(いったいどうすればよかったんだろう。助けて『おとうさん』)」

 

 怒りの背景と表情がマッチしていないヘスティアの笑顔にベルは泣きたくなった。

 反省している様子のベルではなく、今度はアイズへとヘスティアは指をさす。

 

「くぅ、ベルくんもそうだけどアイズくんもボクの眷属を誘惑するのをやめるんだ! 狙ってやってるのか!?」

 

「それは……ロキがそうすると美味しくなる、って言っていたから」

 

「……ロキ?」

 

「こっち見んなやドチビ! ちゃうてアイズたん。それはウチ限定やし、他の奴にやったらあかんって」

 

 自分の眷属をNTR(ねとら)れてたまるかと、その意志は一致していたため、貴様まさか裏切るのか、という意志が込められた視線がロキへと向けられる。

 対してこっちだってNTR(ねとら)れかけているんだから我慢せや、と。アイズの勘違いさせるような行動を咎めながらロキはヘスティアへと視線を返した。

 

「……それ、本当?」

 

「マジや」

 

 しかし二神の視線の応酬など知ったことかとアイズはマイペースに考える。そしてロキの言葉は嘘疑惑がある。

 

「……ヘスティアさん」

 

「なにさ……って!?」

 

「あーん」

 

 それならもう一度試してみようと、今度はヘスティアに向けてアイズはジャガ丸くんを差し出した。

 

「んなぁ!? ちょ、ちょっとアイズくん!?」

 

「あーん」

 

「こ、これでもボクは神で……」

 

「あーん」

 

「くうううううううう!! はむっ! ……美味ふぃ」

 

「ドチビィイイイイイイ!?」

 

 負けた。だって可愛いんだからしかたない。可愛いは正義、アイズは可愛い。ロキもヘスティアもそんなことは知っていた。ベルはその光景を見て勘違いの仮説が立証され始めてきたが、ちょっと複雑そうな表情を浮かべた。

 

 対して今度は騙されなかったと、ちょっと得意げな表情のアイズ。完全勝利だった。 

 

「ずるい、ずるい、ずるいわー! なっ? なっ? アイズたんウチには?」

 

「嫌です」

 

「なんでやー!? 前はやってくれたやん!?」

 

「嫌です」

 

「そ、そや。それならウチがあーんしたる。それならええやろ?」

 

「ヘスティアさん、あーん」

 

「アイズたぁぁぁあああん!!!」

 

 一人と二神が振り回される、そんな光景を周りはオラリオではよくあることだと普段通りの空気が流れている。

 それはベルたちも例外ではなく、騒がしくも穏やかな雰囲気が辺りには流れていた。

 

 

 

「――っち」

 

「え?」

 

 それを中断させたのは一つの視線だった。

 

「神様?」

「ロキ、なにかあった?」

 

 ロキの舌打ち、そしてヘスティアの驚いたような声に眷属達の表情に真剣さが宿る。

 

「誰かに見られていたような気がした。これは……」

 

「バベルの方からか。あんの色ボケ、覗きはヤメロって言うたのに懲りんやっちゃな」

 

 ヘスティアとしてはバベルに住むような上位ファミリアの主神に心当たりは無かった。あるとしたらヘファイストスだが、彼女は今執務中だったことを覚えている。

 心当たりのある様子のロキにヘスティアは尋ねた。

 

「色ボケ、っていうのは?」

 

「あー、フレイヤの奴。まぁウチとドチビが一緒に居るのが珍しかっただけやろ」

 

 何しろウチも有名神やしなーと。ふざけたように言うロキではあったが、フレイヤの迂闊な行動に舌打ちしたくなった。

 都市最大のファミリアに睨まれれば、オラリオから出ていくと言う選択も十分に出る。というよりその主神に狙われていると分かれば誰だってそうするだろう。

 

「へぇ……そういえば彼女の眷属には助けてもらったんだ。今度しっかりお礼をしに行かないと」

 

「そん時はウチを呼べ。いや、マジで。ファミリアの等級が違い過ぎるとこは、神の宴扱いにしとかんと危険やし、なんかあるかと疑われるで」

 

「別に君に言われなくても……分かったよ、覚えておく」

 

 ロキの表情には真剣さが込められており、ヘスティアもしぶしぶではあるが頷いた。

 知人の神に会いに行ったらその眷属に背中を刺される神も昔は居た。今はギルドによって神の宴での狼藉は厳しい罰則が科せられるため、会合を神の宴扱いにすることも珍しくない。

 

「そうしとき。たっくあの色ボケ、手ぇ付けるならウチの関係ないところでやれや」

 

 ロキはバベルへと手の甲を向けるとそのまま中指を突き立てる。なにやってんだ、というヘスティアの視線がロキへと突き刺さった。

 

――

 

「あら、バレちゃったわね。やっぱり覗き見じゃダメかしら」

 

「必要ならば、席を準備いたします」

 

「それも魅力的だけれど止めておくわ。ロキに釘を刺されちゃったし、貴方をまた魅了されたら私、悲しいもの」

 

「…………」

 

 外面的には何の変りもないが、表情に出ないように必死に抑えているのだろう。そんなオッタルにフレイヤは窓から見下ろしていたオラリオへと目を離すと、オッタルへと視線を合わせた。

 

 怪物祭で見せたヘスティアの表情にフレイヤは自身の感情が大きく揺さぶられるのを感じていた。嗜虐的なものから愉悦、好奇心や感嘆を得てそれらを楽しんだ所で――オッタルがヘスティアを庇ったところまで目撃した。

 瞬間、フレイヤは硬直した。フレイヤは人の持つ魂を色として見ることができる。そしてオッタルの持つそれがヘスティアとの接触によって変わったのが見えてしまったのだ。

 眷属の他の誰かならまだ納得できたかもしれない。だがオッタルはフレイヤが最も寵愛してきた眷属だ。それに、これまでフレイヤに全て向けられた思いのうち、数千分の一ではあるが他の『女神』が占める。その事実は確かにフレイヤにとって衝撃だった。

 フレイヤの意思に反すれど自身の主神のために動くことができる、オッタルはそういう男だった。だがそれがフレイヤには一見裏切りのように見えてしまったのも要因の一つである。

 そしてそれらは供をしていたアレンも気が付きオッタルに指摘し、そしてオッタルも事実である以上否定はしなかった。その結果アレンはオッタルのそれを裏切りだと捉え衝突することになってしまった。

 今でこそフレイヤ・ファミリアは落ち着いているが、それが原因で暫し荒れた。周りから触ったら大怪我をする爆弾扱いされる程度には。

 

 最終的にはオッタルが自主謹慎、フレイヤが落ち着きを取り戻しすぐに復帰した。理由としてはフレイヤがオッタルの変化を成長であると見たからだろう。

 

 

「ああそれとも、彼女(ヘスティア)が地上にもう居なければ、貴方の心を揺さぶられる心配をしなくてもいいのかしら?」

 

 つまりは消せと、その意味を込められた言葉にオッタルは微塵も動じず応える。

 

我が女神(あなた)がそれを望むのならば」

 

 本気だった。神の前では嘘はつけない、だからこそフレイヤもその言葉が本心であることが分かった。

 オッタルがフレイヤに向ける思いの強さは変わらない。ヘスティアの一件で彼女にも思いを向ける余裕ができた。思いの強さが100%から101%まで余裕ができたのなら、それは成長したと言えるのだ。

 

「……冗談よ。貴方の成長を見守れないのなら、それこそ主神失格だもの」

 

「ありがとうございます、フレイヤ様」

 

 そう、成長したのだ。だからフレイヤもヘスティアには複雑な感情を持っていた。

 オッタルからフレイヤへと向ける思いの全てを量で換算すれば微塵も変わりないが、それはそれ、これはこれだ。自分の一番が他の『女神』に思いを向けられるのは複雑なのだ。

 それを差し引いてもヘスティアという女神はフレイヤにとって面白い存在であり、複雑さは増していった。しかし、

 

「だけど、彼女に纏わりついているあの眷属はどうかしらね」

 

「フレイヤ様が気に留めるほどの価値はない男です。必要ならば、掃除致しましょう」

 

 フレイヤ『が』気に留める価値もない者だ、それは嘘偽りのない本音だろう。だが遮るように言ったのはオッタルが無意識のうちにベルを庇っていたからだとフレイヤは気が付いた。その事実に少しだけ不快感が漏れる。

 フレイヤの言葉が戯れであり、オッタルは自身の言葉に否と返されることを知っている。それを無視しても面白いかもしれない、そうフレイヤは思う。しかしオッタルやヘスティアのことを思えばそれをしないという選択肢をとることになるだろう。そこまでオッタルは知っているのなら、成程これほどの者に思いを向けられるヘスティアとベルに嫉妬せざるを得なかった。

 

「今はいいわ。それが楽しいことだとも思えないもの」

 

 嫉妬、まさかこの自分が。成程下界の子供たちはこんな感情に突き動かされていたのかと、今更ながらフレイヤは思う。

 だが既知だらけの天界では受けることが無かったその感情を知ることができたのだから、それは面白いことのはずだとフレイヤは笑みを浮かべた。

 

―ー

 

「それで、アイズたんはフィンからの宿題はきっちり終わらせられたんか?」

 

「あっ………えっと。ジャガ丸くんを奢ってもらったから、それでなんとかできる、……かな?」

 

「どーやろか。フィン次第やなー」




次回二巻から

ベルの過去編をやる予定が無いのでプロットを一部公開。作成時が原作8巻発売時だったのでそこまでの情報を参考にしたもので、現在と差異があります。
以下プロット

―ー
 オラリオで最大ファミリアを率いていたかもしれない男、自称『ハデス』他称『【ネタバレ!】』。ちょっと別の所のファミリアの神を【FUCK】したところを妻の自称『セポネ』他称『【ネタバレ】』にばれてた事を察知。オラリオから追放される、もとい逃走を始める。ファミリアの眷属たちは各地へと散った。自分たちの主が居なくなったことに不満はあるが納得はしている模様。地雷原(セポネ)の上でタップダンスしていた男なのだから、いつかこうなるのだろうと諦めがあった。
 なおセポネが眷属をハデスの確保に遣わせなかったのは、自分が追い詰められないから、という理由らしい。神様の考えることは分からない……とオラリオの住人たちからは同情的な意見を寄せられている。
 所は変わってハデス、人の身に落とされているにもかかわらず圧倒的な身体能力と技術で、セポネの襲撃を避けながら世界を巡る冒険者をしている。いくら巨大なファミリアの主神とは言え、常日頃からあるセポネファミリアとの襲撃には、身体を鍛えなければ対応できないのだ。
 オラリオの外にも昔ダンジョンから抜け出した魔獣の子孫がおり、強さは劣化しているものの常人では倒せない。そんな懸賞首を刈っていた。本人曰く「眷属も恩恵も無いくらいで俺が死ぬかよ」
 なお雷の魔法はバンバン使っていた模様。乱れる千の雷と暴風。一応人類カテゴリに入っているものの「なにそれチートじゃん!」と言われても文句は無いだろう。だが本人の努力で(セポネの襲撃に耐えるため)そこまで至っているのだから強制送還は出来なかった。
 口も上手くイケメンでナンパ癖とあればかなりモテた。行き行く街でパートタイムラヴァ-と合体していた模様。面倒くさい事情もちも居たが、黄門さまや暴れん坊将軍のように解決していった。パートタイムラヴァ-が純粋なラヴァ-になるのも当然で、セポネのイライラゲージがレッドラインまで上がっていく。知らぬはハデスだけである。

 ある日ハデス、一人の捨て子を拾う。白い髪という特徴が自分に似ていたため子連れ狼状態でセポネの目を騙し眩ませるだろうという屑い理由で拾って行く。ベル、クラネルという名札が付いていたため、自分の名前もついでにハデス・クラネルに変更。
 いい加減逃亡生活も疲れてきた頃であり、セポネの目も他に向けられたため、暫くの間大人しくして居ようと片隅にある村に住むことを決めた。
 そろそろラヴァ-ズと合体しに行こうかなー、と言うときにぐずるベルをうっとおしく思う事は無かった。手のかかる自分の眷属を手放すことなどしたくはなかったし、愛らしく思っていることも事実だった。
 元のファミリア? 奴らはもう十分やって行けるだろうと判断している。つまり自分の子供が大学を卒業して完全に手がかからなくなった親と同じ感覚だった。

 ベル、幼いころ英雄に憧れる。そのためには強くならなくちゃな、とハデス言う。強くなりたいとせがむベル、それじゃあ農作業の後に鍛錬するかと護身術よりもちょっと上の鍛錬を。
 へとへとになる農作業の後に訓練、当然の様にスタミナはついた。ちょっと鍛錬をきつくしても英雄に成るんだ!ときらきらとした目で言うベル、ハデス思わず鍛錬に力を入れてしまう。それでも追い付いてくるベルは、かなりの速度で成長する。コイツはでかいことをやらかす奴に成ると、ハデスさらに訓練を厳しく。夜は冒険譚を聞いていつか冒険するんだと夢を大きくするベルとそんなベルを微笑ましく見るハデス。血は繋がってなくとも二人は確かに親子だった。
 村の外に冒険に出かけた子供たち、ゴブリンと遭遇。二体、とてもじゃないが勝てないが、農作業用のナイフを持っていたベル、自分がやるしかないと震える体を押さえて応戦。直ぐに子供たちは村に報告し、真っ先にハデスがクワを持って駆け寄った。
 一体をなんとか倒したベル、ゴブリンAに身体を刻まれ足をもつらせて倒れる。後ろには二体目のゴブリンBが。もうだめだと思ったときにハデス駆け寄ってぶったおす。NOUGYOUによって培われた肉体はゴブリンの頭を粉砕し、顔面を陥没させた。
 幸い切り傷で済んだベル、治療をしたあとに怒られる。村の外に行くなと言ったはずだ、と。
「だがなベル、俺は親としてはお前を怒らなきゃならないが、男としては称賛したいぐらいだぜ?」
「友をお前自身の手で守り切った。少なくともあのガキどもにとっちゃお前は絵本の中の英雄と同じだ」
「よく頑張ったな、ベル」
 ぐしゃぐしゃと固くなった手で頭を撫でるハデス。感極まって涙を零すベル。
 ハデスの言ってることを当て嵌めるなら、自分にとって自分の父こそ偉大な英雄だ。
 僕は貴方のような偉大な人に成りたい。貴方が誇りに思えるような人に成りたいです
「成れるに決まってんだろ! 俺様が信じる。世界中のだれもが笑っても、俺はそいつを信じてる。それに、お前の親であることを俺は誇りに思ってるよ」
 今日はゆっくり休め、と。頭を撫でる手を心地よさそうに感じるベル。何時しかそれは睡魔に変わってゆっくりとベルの意識を落としていった。
 ベルくんちの『おとうさん』は偉大過ぎる

 なお数日後セポネが来襲してくる模様。

 ハデスとセポネはそれぞれ偽名。本名は察しの通り。
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