ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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今回は短め


八話上

 リリルカ・アーデにとって冒険者は世界で最も嫌悪する存在だ。卑怯で傲慢で、弱者である自分を嘲け笑い搾取し簡単に裏切るのだから。

 だからサポーターとして冒険者たちに同行し、彼らを罠に嵌めアクシデントに見合わせて金品を強奪してきた。ソーマ・ファミリアを脱退するために、でなければ自分はずっと解放されずに、ファミリアの弱者として生きることしかできないだろう。

 自分の姿は鏡に映った冒険者たちのようだ。何もできないから他者を踏み台にして生きている。そんな姿はきっと惨めで、見苦しい。だから冒険者たちと同じようにリリルカは自分自身のことも嫌いだった。

 

『(本当に、なんでそんなどうでもいいことを考えていたのでしょうか)』

 

 無駄なことを考える暇があれば、冒険者に対してもっと非情になるべきだった。『リリルカ・アーデは少しだけ弱かった』。陥れた冒険者を完璧に殺してしまうほどの悪意と意志の強さを持ち、結果に移せれば不覚をとることも無かった。

 

『ぐっ……ぎぃ!』

 

 骨が軋む音と連動したようにリリルカの口から苦悶の声が漏れる。折れた肩に足裏を押し付けられ、煙草でも消すように踏み潰される。

 周りにはそれを眺めるもの、リリルカの荷物を漁るもの、ダンジョンのモンスターを警戒するもの、話し合いをしているものがいる。例外なく共通していることは、誰一人リリルカを助けようとはしないことだった。

 

『はっ、ゴミクズ(サポーター)が』

 

 数分前には文字通り囲んで棒で殴られていたのだから、冒険者がこちらに向ける嫌悪の表情は最早見慣れたものだ。面白がって行うのではなく、本気で嫌悪されているため救いようがない。

 

『……同情するか?』

 

『まさか。あれはやり過ぎだとは思うけれど自業自得だろう? あのサポーターに騙されたのは同じだし』

 

 少し離れた場所で話すのは冒険者の中でも比較的マシな性格の者たちだった。いくら騙されたとはいえそれだけの報いを受けているのだから、これ以上自分たちが報復するのは気が引ける。

 ここにいるパーティの共通点はリリルカに騙された者たちであることだ。過去に様々な形で損害を受けている。そのためリリルカへの報復、または損害の補填のために協力し合ったのだろう。

 自分の仲間(ソーマ・ファミリア)の誰かが適当に小金を握らされて自分(リリルカ)の情報を流したか、逆に促したか、その辺りだろうとリリルカは想定する。どちらでもいい、どちらでも最悪であることに変わりはない

 

『おい、行くぞ。山分けに参加できなくなっちまう』

 

『この程度でいいのか? ここでぶっ殺しちまった方が後腐れなくていいだろうが』

 

『お前がんなことしなくてもモンスターが片付けてくれるさ』

 

 その言葉を聞いた冒険者は舌打ちすると、リリルカへ向かって唾を吐き捨てる。べちゃ、という顔に当たった不快感に顔をしかめる余裕もなかった。

 やがて冒険者たちは居なくなったところで、リリルカはゆっくりと体を起こして呟いた。

 

『好き勝手、……やってくれましたね』

 

 足は動く、走れば痛みが出るだろうが短距離は可能だ。荷物も道具もない、このままダンジョンに居て、モンスターに襲われればどうしようもない。

 

『……逃げ、ないと』

 

 幸いダンジョン内でも浅い階層で、マップは一通りリリルカの頭の中にある。少しでも早く脱出しようとリリルカは足を動かした。

 

『(歩けないほどではないですが、荷物や金品は全部持ってかれましたと)』

 

 体は散々まさぐられており、財布はおろか数本あったポーションすらない。文字通り素寒貧だ。

 

『(金庫の鍵まで無し……貞操を奪われてなくておめでとう、と言ったご様子。はは、此処まで来ると笑えて来ますね)』

 

 零れた笑みには完全に諦めが含まれている。オラリオの金をコツコツと金品に変えて馴染みの金庫屋に保管していたものも、暴行を受けていた最中に情報を漏らしてしまった。今まで貯めてきた資金は全部吹き飛んだということだ。

 

 地上まで帰還し自分が今とってある宿へと足を向ける。リリルカのボロボロな姿を何人も目撃しているが、誰もが知らぬふりをした。オラリオではよくある話であり、冒険者は勿論、一般人ですら面倒ごとはごめんだと言った様子だ。

 ぽつぽつと雨が降り出す。リリルカの今の心情を表していたような曇り空はいつの間にか黒い雲へと変わり、雫を落とし始めた。

 

『(帰って治療薬を飲んで、商売道具を買いなおして……新しい宿を探して、)』

 

『……その後、どうしろって言うんですか』

 

 雨が降り注ぐ。傘もなく雨に打たれるだけのリリルカの歩みは遅い。

 路地裏を抜けてあと何分か歩けば自分の宿、と言ったところでリリルカは足を足をもつれさせる。べしゃり、と雨でぬかるんだ地面の泥が跳ねる。

 

『(……疲れ、ました)』

 

 起き上がろうと膝をついたところで、リリルカは体を脱力させて壁を背に座り込んだ。宿に戻ったらポーションを使うなりして、傷を治療しなければならない。先のことを考えなければならない――それらが面倒になった。

 

 ぼんやりと雨が降り注ぐ空を眺め、ぽつりと言葉が零れた。

 

『かみさま、かみさま、かみさま』

 

 どこの誰とも知らぬ神にリリルカは呟く。

 なぜ神は下界に降りてきてしまったのだろう。なぜ神は只の神様で居てくれなかったのだろう。

 『運が悪かった』と。『神様が悪いんだ』と。そう思うための生贄としての神が存在しないのなら、いったい自分は誰を恨めば良かったのだろうか。

 

 最期に思うのが自分が悪い、という結論であるのなら、自分の生に意味なんてなかったのに。

 

 

 

 

『ふーんふふーん。今日の晩御飯はちょっと奮発してお肉に――げ』

 

 能天気な声がリリルカの耳に届き、思わず顔をしかめる。空に向けていた視線をその声の主に向ければ、傘を指して怪訝な表情をした少女、神が自分(リリルカ)を見つけていた。

 そして視線が合ってしまい、その神はなんといっていいのかと狼狽える。リリルカはその様子をぼんやりとどうでもいいと言った様子で眺めた。

 

『えーと、君。大丈夫かい? 随分と痛んでいるみたいだけれど』

 

 痛んでいるとはとんだご挨拶だ。自分はこの神の前にしたら、腐り落ちて転がっている林檎と左程変わりはないらしい。

 

『……大丈夫に見えるのなら、神たちの目はガラス玉かなにかですね。傷だらけで曇り切っているのなら、取り替えることをお薦めしますよ』

 

 リリルカは皮肉気に言葉を返す。

 神は遥かに長い時を生きるが、その神の外見は自分と同じか、それより少し年上に見える。しかし反応は外見相応で、リリルカの言葉に見るからに機嫌を悪くした。

 

『む、そんな言い方は無いだろう? 心配してやってるのにさ』

 

『してくれとは誰も言っていません。余計な世話です』

 

 リリルカの言葉にむむむ、と唸り神は言葉を探す。そして皮肉を返すように言葉を吐く。

 

『……自分で大丈夫じゃないって言っといて、ボクに心配するなって言うのは変な話じゃないかな?』

 

『しつこいですね。……神なんて連中に手を借りるのはまっぴらごめんだと言っているのが分かりませんか?』

 

 何かしようともがいている自分が何もできず、何もしないくせに世界を動かす連中のことを好きになれるはずがない。

 それに、今更だ。幾ら頼ろうとしても何の反応を示さなかった主神(ソーマ)様を見て、神が自分に何かすることなどないと理解していたのだから。

 

『同情されたくはありませんよ。さっさと消えてください』

 

『……ふん。そこまで言うならもういいよ。冷たい地べたじゃなくてちゃんと家に帰って寝るんだね』

 

 リリルカの言葉を聞いて神は自分の帰路へと足を向けた。そしてその足音は少しずつ遠ざかっていく。そして後に戻るのは雨の音と静粛のみ。

 何分そうしていたのか、リリルカはわからない。いくら神の恩恵を受けているとはいえ、このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。だけどやはり体を動かす気にはなれない。

 空は雨と灰色の雲。それを眺めながらリリルカは――何かが此方へ駆けてくる音を聞いた。

 

『ああもう! やっぱり大丈夫なんかじゃないじゃないか!』

 

 先ほどの神の少女は、手に救急箱を持ってリリルカを見下ろすように立った。そしてしゃがみ込んでリリルカの傷に手を当てると、不器用に治療する。

 

『じっとしていておくれよ? 手当なんてあまりやったことがないんだからな』

 

 手当、と言ってもリリルカからすればヘタクソの一言だった。包帯の巻き方は滅茶苦茶で、骨が折れた部分を抑えるものだから痛みで声が僅かに漏れる。添え木を使って固定すると、リリルカの折れてない部分を持って背負う。

 リリルカも小柄とはいえ人だ。それなりの重さがあり神の少女はよろめいた。

 

『ふぎぎぎぎ、重い。くそう、これぐらいヘファイストスのとこの道具に比べたらなんのそのって!』

 

 どうやらこの神は自分をどこかに運ぼうとしているらしい。その事実にリリルカは馬鹿なことをしていると考えるだけだ。

 ふと、昔のことを思い出す。ソーマ・ファミリアから逃げ出そうとして、離れた場所で花屋の夫妻に――

 

『……なにをしているんですか? 余計な世話だと言ったはずです』

 

 そうだ、余計な世話だ。自分は何一つ返せない。それどころか面倒ごとを運ぶだけだ。だからもう、何もかも勝手にさせてほしい。

 

『だったら(ボク)に嘘をつくな! ボクの帰り道にわざわざ倒れるな! 神なんて連中は我儘なんだから、君の言うことを聞いてやる理由なんてあるか!』

 

 神はわがままだ。それは古来から変わることが無い。

 神の少女も例外ではない。今彼女が背負っているリリルカが勝手にしたいと言うのならそうすればいい。こっちも勝手にするのだから。

 

『いいか! 草汁みたいな液体を飲ませた後には布を使ってお湯攻めしてやる! 頭に熱風を当てたら体に沁みる変な液体を体に塗りたくろう! ああ、手足を布で拘束してやってもいいや! 最後にはいやらしい場所から出した白い液体を煮込んだ、吐しゃ物みたいな状態の料理を食べさせてやるからな! 覚悟するんだ!』

 

――

 

「これが今日の取り分です。間違いはないと思いますが金額の確認をお願いします」

 

 オラリオの軽食屋の一部分で、ベルは男に袋に詰められた硬貨を渡していた。その男はサポーターであり、その日はベルとヴェルフのパーティに参加して荷運びを行っていた。

 大きな背負い袋を持つその男は袋から袋に移す形で金額を数えると、媚びるような笑みをベルへと見せた。

 

「へへ、確かに。ありがとうございましたぁ、旦那がた。また必要になったらよんでくだせぇよ」

 

「ええ。また機会があればよろしくお願いします」

 

「……おう。お疲れさん」

 

 ベルは礼儀正しく頭を下げ、隣に憮然とした表情で座っていたヴェルフは軽く手を挙げて応える。

 男が見えなくなった辺りでベルは小さくため息を吐いた。そして隣のヴェルフへと話しかける。

 

「ねぇヴェルフ……どう思った」

 

「あんま人様を区別できるほど偉いつもりはねぇけどよ、アレはダメな分類だろ。マジで荷運びだけだったぞ」

 

「だよねぇ……ちなみに二人で行くよりも稼げているから効率的なのは確かだね」

 

「釈然としねぇ」

 

 ベルは軽く肩をすくめるとヴェルフも頭が痛いと言った様子で額を押さえた。

 

 ベルがヴェルフの実力に追いつき前に出られるようになると、サポーターとしてではなくコンビで冒険を行うようになった。より対処できる場面が増えた半面、所持容量や効率性、戦闘の継続性の関係でサポーターを新たに雇うべきだという結論に至った。

 だがベルもヴェルフもオラリオで正式にサポーターを雇うのは初めてであり、その仕事の出来とハイエナぶりを目の当たりすることになった。

 荷物を運び、戦闘後に魔石を回収する。それ以外のことは一切行わず、さらには魔石を隠してくすねる始末である。魔石の交換時にベルが少し情報を集めたが、それはフリーのサポーターにとっては当たり前のことのようだ。

 

「募集しているのは補助役(サポーター)であって運び屋(ポーター)じゃないんだけれどなぁ」

 

「ベルがやっていた事が普通だと思っていたから違和感がすげぇぞ。次に会ったのがリリ……リリ……リリスケだから、なおさらそれが普通だと思わされたってのに」

 

「リリルカさんだって」

 

 偶発的なことでインファント・ドラゴンでの戦いでサポーターとしてパルゥムの少女を雇ったことがある。一度きりでヴェルフにとって名前すらうろ覚えであるが、その仕事ぶりは覚えていた。危険の中で走り回り、死んだモンスターの死骸を片付け、必要な道具を必要な場面で受け渡した。戦闘補助(サポーター)、という役目を正しく果たしていた。

 ベルやリリルカの仕事が当たり前だと思っていたヴェルフはその落差に驚かされた。そしてふと閃いて口を開く。

 

 

「そうだ、リリスケじゃだめなのか? 俺たちが組んだのは一回限りだったが、いい仕事していたと思ったんだが」

 

「それは思ったからエイナさんと調べたんだけれど……ギルドの方は手が空いているサポーターについての情報に、アーデさんは載ってなかったんだ」

 

 面識もあり腕も確かである。そのためベルもアドバイザーのエイナに尋ねたが、結果は芳しくなかった。

 

「繋がる線が無いなら無理か。オラリオはかなり広いから出会うのも……居た」

 

「ん、それだけじゃないんだけれどね。ギルドに紹介されないってことは……ヴェルフ?」

 

 会話の不自然なところで口をつぐんだヴェルフに、ベルは首をかしげる。そしてヴェルフの見ている場所へ視線を向けると、道を縫うように走っているフードの少女が目に入った。

 同時にベルの前をヴェルフが横切った。

 素早く地面に置いていた荷物を拾いどこかへと駆けだしたヴェルフを、ぽかんと呆けながら見ているだけだった。

 そして慌てて椅子を蹴り倒して追いかける。

 

「……ちょ、ヴェルフぅ!?」

 

「見つけた! 追いかけるぞベル!」

 

「そういうことは先に言ってよ! ああもう、まだ頼んだ軽食貰ってなかったのに!」

 

 ベルの悲鳴がオラリオへと響き渡る。だがこの街にとって冒険者達が慌しいことは何時も通りのことであり、普段と変わらず喧噪が広がっていた。

 




ベル⇔ヘスティア
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