ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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一話下

 昼からもう三時を過ぎたところで、ダンジョンを運営管理する『ギルド』のロビーには少しずつ人が増えてきていた。ダンジョンから探索を切り上げてきた冒険者たちが、魔石の換金を行うために『ギルド』へと訪れ始めていたのだ。

 冒険者に成るためにはギルドに登録しなければならない。だがその前にどこかのファミリアに入らなければならない。そのためギルドではファミリアの募集があれば斡旋なども行っている。オラリオで一旗揚げるとなれば、まずギルドに訪れるのが一番だろう。

 本日の宿を取ってこの場所に訪れたベルもその例に漏れず、受付を済ませてギルドの職員を待っているところだった。

 

「お待たせしました、今回担当させていただくエイナ・チュールです。よろしくお願いします」

 

「はい、ベル・クラネルです。よろしくお願いします」

 

 ベルがエイナに初めに感じたのは、親しみやすそうな人、という印象だった。尖った耳や美しいと言える容姿は、もしかしたらエルフなのかも、と想像させるには十分である。

 だが凛とした雰囲気は無く声色は朗らかだった。だけど失礼が無いようにしないと、と。ベルは椅子を引いて座り直す。

 

 話は滞りなく進んでいった。ベルの装いからエイナは彼が今日オラリオに到着したばかりだと分かり、冒険者における基本的なルールを確認する。

 ダンジョンの出入りについてやファミリアのこと。そしてベル自身の望みについての確認だった。

 

「(ベル・クラネル、十四歳。五年前から旅人として各地を渡って、商いと賞金稼ぎをしながら生活。オラリオでは冒険者を希望……うーん)」

 

 ファミリアの入団を希望しているということで、ベルに事前にある程度の経歴を書いてもらっていたが、エイナはその内容で頭を悩ませることになる。

 旅をしながら商い、此処まではいい。農村から行商人について旅に出る子供は多く、そこで商いを学んだと言うのならおかしな話ではない。だが問題は賞金稼ぎの方である。

 

「えっと……どうでしょうか?」

 

「(この子が……賞金稼ぎ? ……ひょっとして嘘?)」

 

 カッコいいよりも可愛らしいと呼ばれそうな顔つきに小柄な体格。赤い瞳や白い髪はウサギを連想させる、小動物系男子と言う奴だろう。

 持っている軽装やナイフの外観は使い込まれているように見え、それでいてしっかりと手入れはされている。しかし恩恵を受けていないヒューマンが少年と言える年齢で戦う事ができるのだろうか。

 賞金をかけられる相手は外れの村に発生するモンスターや、武装化した盗賊など、そこに居る大人でも対処しきれない者達である。それを彼が戦い倒してきたということだ。どうもちぐはぐな印象を受ける。

 

「あのー」

 

「っと、ごめんなさい。ベル君、この賞金稼ぎって記入されているところなんだけれど……」

 

 エイナは記入用紙を見せて言葉にしながら、内心でしまったと思う。頭の中でベルを年下の少年として見ていたせいか、つい名前の君付けで呼んでしまった。

 ベルの表情を窺えば、名前で呼ばれたことに少し驚いたのか目を丸くしている。だが記入用紙に指されている項目を見て、困ったような笑みを見せた。

 

「あー、やっぱり信じられませんか、エイナさん?」

 

「(むぅ……)うん、ちょっとだけね。ギルドを通してファミリアに行ってもらうから、どうしても疑わなきゃならなくて」

 

 自然にファーストネームで呼ばれたことに、平静を装いながらも少しだけ複雑な気分だった。

 エイナ自身、友人達や冒険者たちからファーストネームで呼ばれているし、寧ろ苗字で呼ばれ馴れていないから、名前で呼ぶようお願いする方だ。当然ベルにもそう言うつもりだった。

 だけど自然に名前を呼ばれたことで、名前呼びは特に気にしないのでフレンドリーに話しましょう、と言外に伝えてきたのだ。確かに商人らしく懐に入り込むのは得意そうなのだけれど……年下の少年にやり込められたような気がしてちょっと面白くない。

 勿論ベルにそんな気は無いのだが。

 

「(むむむ……可愛いけれど可愛くない)」

 

「ああ、そのことなんですけれど……僕元々恩恵を受けていたんです。おか……神様はもう居なくなってしまったんですけどね。恩恵もその時無くなってしまったみたいだから、そこには記入しなかったんです」

 

 それを証明することもできませんから、と。そう言うベルは少し寂しげだった。

 

「えっ? ……そうだったんだ。ごめんなさい、踏み入ったことを聞いて」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 捨てられた仔犬のような表情を見せるベルに、エイナはちょっとだけきゅんとした。分かり易くチョロかった。

 さて仕事の事を考える思考は、ベルの言葉に対して悩ましげだった。神様が天界に送還される事例は確かにある。そして恩恵を受けた眷属が残されるという事態は当然考えられることだった。

 眷属に『神の恩恵』を送っているのは神そのもので、天界に行って繋がりが消えてしまえば、すぐにとは言わないがやがてそれは失うものだ。そうなる前に団員も他のファミリアに移籍するなどして、引き続き恩恵を受けるのである。

 現にオラリオでも突然二人の神が失踪したため、残された大手のファミリアの団員のスカウトが一時期盛んになったことを覚えている。

 だがベルはそれができなかったのだろう。少なくとも神の恩恵が完全に消えてしまう程度の時間は過ぎているようだ。

 

「それでファミリアに入っていたって言うけれど、どこのファミリアに?」

 

 外のファミリアの話とは言え、天界へと戻ってしまった神様の事ならオラリオでも噂になっているかもしれない。また後で自分が調べるためにエイナは尋ねる。

 

「本人は『セポネ』と名乗っていましたけれど、たぶん偽名だと思います。初めて会った時、おとうさんに呼ばれた名前と違う名前を名乗っていましたから」

 

 初めて会ったときしか呼ばれていなかったため、ベル自身も『おかあさん』の名前を覚えていなかった。

 ちなみに『おとうさん』の偽名は『ハデス』である。尤も村でもそう名乗っていたため、ベルはそれが本名だと思っていたのだ。

 

「セポネ……ペルセポネ様かな? 完璧に偽名だね、ペルセポネ様はハデス様と一緒にまだ天界に居るって話だから」

 

「ええ、おとうさんも『一足先にアイツの名声広めといてやるぜ』とか言ってました」

 

 なんて余計なお世話をしているんだろう、ベル君の父親は。そうエイナは成長して破天荒になったベルをイメージに置きながら苦笑する。

 

「(あれ?)」

 

 少しだけ話の流れがおかしかったことにエイナは内心で首を傾げた。しかし気にならなかったという事は大したことではないのだろう。

 とにかくベルが賞金稼ぎだった、という理由も分かった。ダンジョン攻略を目指すファミリアに入るには良い経歴であり、紹介することも問題は無い。入れるかどうかは募集をしているファミリア自体が決めることだ。

 エイナとしてはベルに冒険者にはなってほしくない。その職業がどれだけ過酷で、どれだけの夢が潰えてきたのかを知っているからだ。これが田舎からきて世間知らずの少年だったら、考え直す様に諌めるだろう。

 しかし目の前に居る少年はそれを知っていてなろうとしている。それなら一人の大人として扱うべきであり、エイナが止めることはできなかった。

 

「聞きたいことはこれぐらい、かな。資料を纏めてくるから、少し待っててくれる?」

 

「分かりました、よろしくお願いします」

 

「と、ごめんね、一つだけ聞き忘れてた。ベル君の最終的なレベルはどれぐらいだったの?」

 

 1であろうことは予想が付くため、聞かなくても良い質問であったため後回しにしていたことだった。聞いたのもエイナが真面目であったため一応聞いておく、という程度の話だった。

 問われたベルは困ったように目を逸らし、あー、うー、と呻いた後にエイナの耳元によって口を開く。

 

「……一応、ギリギリのところでレベル2でした」

 

 エイナの悲鳴のような驚く声が響きベルは耳を抑えた。

 

――

 

「……やっぱりそうなるよなぁ、聞けば聞くほどレベル2って上級冒険者の範囲内じゃないか」

 

 とぼとぼと冊子片手にギルドから出てきたベルは、ギルド内での反応に溜息をついて歩く。レベル2ぃ!? とエイナが驚いて叫んでしまったせいで、ベルもある程度レベル2の冒険者が貴重な存在であると察しがついた。僕の知り合いがです! と弁解するように声を出して言わなかったら、少しだけ面倒なことになっていたかもしれない。

 何しろ所詮は過去の話である。今の自分にそれ相応の働きをしろと言われても無理だし、恩恵を失ったせいか覚えていた魔法も使えない。開けていて思う存分に動かせた身体は思考についてこれず、レベル0の状態に擦り合わせるまで何度も転んだことを覚えている。

 

「『おとうさん』はレベル2なんて大したことないって言っていたのになぁ……」

 

 何時もの様に話半分で聞いとけばよかった、と小さく溜息をつく。

 少し歩いた後噴水のある広場のベンチに腰掛けて、先ほどエイナから渡された冊子に目を通した。

 それは入団募集中のファミリアの詳細だった。詳細と言っても表面上の事しかないが、方針や傾向などは入団を決めるための十分な指針に成る。どんなファミリアが有るのか、ベル自身これからの事を考えると楽しみでもあった。

 

「……うーん、やっぱり商業系のファミリアが多いな。そっちを中心にするつもりは無いんだけれど……」

 

 パラパラと冊子をめくっていき、エイナのチェックが付けられたファミリアを確認する。基本的にファミリアの団員は飽和状態にある。人手が欲しい、と言う意味では店の核を自分の眷属に任せたいと商業系のファミリアの方が募集は多かった。

 商いのまねごとをしていたと説明したからだろう、チェックはそれらのファミリアが多い。尤も、エイナ自身が冒険者よりもそれ以外の商人として大成してほしいと言う無言の意思表示だったのかもしれない。

 

「悪くは無いけれど……やっぱり【ロキ・ファミリア】の入団試験を受けてみようかな」

 

 勿論商業系のファミリア中でもダンジョン攻略をしているものもある。鍛冶や調剤、娼館など多岐に渡る。しかし金銭を得て大成するつもりはベルにはなく、純粋にダンジョンに挑みたいと思っているのも事実だ。

 『おとうさん』が見ていた光景を見てみたい。ベルにとってそれが一番の目的だった。

 他の人や神は『おとうさん』の事を笑うだろう。女の人に騙されて、『おかあさん』に折檻されて、それでも懲りないでナンパを仕掛け、ついでに誰かを助けて、いろんな人振り回されるのに周りを笑顔にする。

 どこか【アルゴノゥト】を連想させる『おとうさん』は、ベルにとって間違いなく偉大な英雄だった。

 ベルは苦笑する。『おとうさん』の様にはならないと決めたはずなのに、こうして今自分は『おとうさん』の後姿を追っているのだから。

 

「それじゃあとりあえず受けるとして……一応、【ヘルメス・ファミリア】の推薦状もあるけれど、あんまり頼りたくはないし――ん?」

 

 冊子の上あたりを見ていた時、景色の奥に見覚えのある後ろ姿が見えた。

 二つに分けた漆黒の髪と白を基調とした服を纏った少女が、探し物をするようにキョロキョロと辺りを見渡している。そして時折何かを話しかけては断られ、がっかりと肩を落としていた。

 

「……ヘスティア様? と、確か冊子には……」

 

 あった、と。ベルは巻末近くにある新設ファミリアの項目で手を止める。

 新設、とあるが団員数に関しては0人と、まだ結成すらしていない状態だった。神様が新しくファミリアを新設するという事で、一応巻末に乗せておいた、と言う程度の扱いになっている。

 そこもエイナによってチェックが入っていたが、ベルはその項目を見るつもりは無かった。単純にメリットデメリットの問題で、損が多いと感じていたからだ。

 

「勧誘の最中なのかな、あっ」

 

 肩を落としていたヘスティアだったが、トトトトとベルと反対方向へ走って行った。どうやら違う場所で勧誘を始めるらしい。

 空も見れば茜色に染まった空はだんだんと暗闇を帯びてきている。魔石で外灯を照らすこの街で暗闇は縁の少ないモノになってきていた。宿は食事つきで取っているため、今戻れば丁度いい時間で夕食を始められるだろう。

 ヘスティアは今日オラリオを訪れたベルよりも、危ない場所はしっかりと把握しているだろう。夜中に一人女性を、という気遣いは必要ない。

 

「……」

 

 だがベルはどうしてもその後ろ姿が気になって、隠れるようにヘスティアの後を追いかける。一定間隔の距離で、なるべく気配を消して。

 

 

 場所を移した後もヘスティアは変わらず勧誘を始めていた。冒険者の風貌の者は避けて、行商人や若者、時には店を出している者にまで様々だった。

 それでも最終的には首を横に振られ、落ち込むヘスティアの後姿がそこにあった。もう十人も勧誘をしたところだろうか、茜色だった空は闇の色と星の光に変わり、街の外灯が辺りを照らし始めた。

 空を見上げて今どれぐらいの時間なのか分かったのか、ヘスティアは大きく溜息を吐いていた。その様子では成果は無かったのだろうとベルは思う。

 

「きゃん」

 

 とその時だった。ヘスティアが空を見ていたせいか、前から来ていた住民に気が付かずぶつかってしまったようだ。通り道の端に倒れかけたヘスティアはその勢いのまま尻もちをついて小さな悲鳴を出した。

 ぶつかった冒険者風のヒューマンはどうやらヘスティアに気が付かなかったのか、そのまま隣に居る仲間と談笑を続けている。ヘスティアの手を取って立たせる誰かは誰も居なかった。

 立ち上がることもせず、尻もちをついたまま暫くぼんやりとしていたヘスティアは俯いたまま動かない。ベルからは彼女の前髪が遮っていてその表情は見えなかった。

 

「……やっぱり駄目なのかな」

 

 小さく、沈んだ声の呟きはベルには全部聞こえなかった。ただベルには彼女がこのまま放っておけば消えてしまうのではないかと思うぐらい、小さく沈んだ姿だった。

 

「神様、こんなところでぼんやりとしてたら風邪をひいてしまいますよ?」

 

 気が付けば、ベルは彼女に声をかけていた。

 

――

 

「……もう、こんな時間か」

 

 暗く闇に染まった空を見上げながらヘスティアは呟く。

 一日中辺りを歩き回って勧誘をしてみたものの、結局一人たりともファミリアに入ってくれる者は居なかった。

 梨のつぶて、という訳ではなかった。話を聞いてくれる人も実際には居るのだから。それでも断られるのは、ファミリアに入ろうとする者たちがより良い場所に行こうと向上心を持っていたからだ。

 この街で神の恩恵を受けたぐらいで粋がる馬鹿者は居ない。受けたうえでのし上がってやるという者たちがファミリアに入ろうとするのだ。そうでない者は元々ファミリアでの生まれの者達ぐらいだった。過去に一人だけファミリアに入りたいと言った少女も、結局生まれのファミリアが有るから無理だった。

 だからヘスティアが断られ続けるのも当然だったと言えるだろう。より広く商売してやると、コネや自衛能力などを求めてファミリアに入りたがる商人や、国を出て自分を売り込もうとする戦士など、新設のファミリアなど見向きもしない。

 

「きゃん!」

 

 と、その時予想外の衝撃が横から来て、ヘスティアは道端に尻もちをつく。

 見ればぶつかったヒューマンは此方を見向きもしない。気が付かなかったのだと分かるが、文句の一つでも言ってやろうと思い……何もせずにそのまま俯いた。

 徒労感の方が憤る感情よりも上回ったからだ。

 

「(……結局、一日全部費やしてやってみたけどこんなのか)」

 

 今日はヘスティアなりに頑張ってみたはずだった。いろんな場所を歩いていろんな人に話しかけて。

 だけど足が痛くなるぐらい歩き回って勧誘してみても、結果はこの通りだった。昼ごろに頑張ってみようと決心した自分がバカみたいに見える。

 せっかくの休日を棒に振ってしまったのだから、それなら行きつけの本屋で様々な物語に目を通す方がよっぽど有意義だった。

 

「……やっぱり駄目なのかな」

 

 尻もちをついたときの痛みや情けなさ、自分への悔しさでじわりと視界が滲む。

 今日はもう帰って寝てしまおう。そうしなければ情けなさで何もできなくなってしまいそうだった。

 

「神様、こんなところでぼんやりとしてたら風邪をひいてしまいますよ?」

 

「えっ?」

 

 不意に声を掛けられた。

 見れば自分の前に武骨な小さな手が差し出されている。思わず掴むとそのまま身体を起こされ、掴み返された手のひらは思ったよりも力強かった。

 

「あ、ありがとう……って、ベル君?」

 

「はい。昼方ぶりですね、ヘスティア様」

 

 昼ごろに会った少年にもう一度会ったことにヘスティアは驚くも、起き上がった拍子に涙が零れ頬を伝ったのを感じ、慌てて目を擦る。なぜかベルには情けない姿を見せたくは無かった。

 

「えっと、ベル君はどうしてこんなところに? 迷子にでもなったのかい?」

 

「……実のところそうなんですよ。取った宿が何処にあったのか忘れてしまって。流石に迷子になったなんて恥ずかしいから探していたんですけれど」

 

 そろそろ見栄も晴れ無くなる時間帯ですよね、と。困ったようにベルは笑う。実際にヘスティアを追いかけていたら本当に迷子になってしまったのである。

 釣られたようにヘスティアも笑みを見せる。

 

「全く仕方がないなぁ。どこの宿だい? ボクが知っているところなら案内してあげるよ」

 

「本当ですか? えっと……」

 

 ベルの言った宿はヘスティアも知っており、丁度彼女のホームであるさびれた教会に向かう道の上にある場所だった。

 じゃあ丁度いいとベルとヘスティアは並んで道を歩き始めた。

 

「それで、ベル君はもうロキの所には行ったのかい?」

 

「いえ、今日はまだギルドに行った帰りですから。実はちょっと迷っているんです。この冊子をギルドで貰ったんですけれど、いろいろあったので」

 

 ベルが見せた冊子はヘスティアにも見覚えがあった。新設するという事で募集を頼んだのだが、巻末の端の方に書かれていたことに憤慨した物だった。しかしそれは過去の話である。

 ヘスティアはベルがまだどこに入ろうか、何処に行ってみようかと揺れている見て内心で喜んだ。もしかしたら今なら彼も自分のファミリアに入ってくれるかもしれない。

 

「そ、そうなのかい? まだ迷っているって言うならぼ、ボクの……」

 

 と、そこまで言ってヘスティアは押し黙った。

 昼ごろに話して分かったことだが、ベルも今まで勧誘してきた者達と同じように向上心は高かった。だから今勧誘したところで同じように断られるのではないだろうか。

 だって自分に何ができるのだろうか。生活も友人に頼りきりで、お世辞にも器用に立ち回れるようなことはできない。丁度今日も何にも成果もあげられず、時間を無駄にしただけだった。

 ヘスティアは自分の中から暗いものが出てきたのが分かり、ほんの少しの間俯いた。

 

「……神様?」

 

「や、何でもないよ! それよりもギルドで推薦状とかは書いてもらえなかったのかい? それがあれば大分スムーズに話は進むと思うけれど」

 

 押し黙ってしまった事をベルが不審に思って話しかけられたようだが、それを何でもないと伝えるように明るい声でヘスティアは返す。

 

「ギルドでは書いてもらえませんでしたけれど、一応【ヘルメス・ファミリア】の推薦状を伝手で書いてもらっています」

 

「ヘルメスの? ……うーん、ヘルメスかぁ。良いとも悪いとも言いにくいから、何と言っていいかな」

 

 ファミリアの推薦など滅多にもらえるものでは無いが、ヘルメスの事だからオラリオの外で旅に出たときに書いたのだろうとヘスティアは当たりをつける。

 

「だけどあそこは放任主義だから縛りも緩いし、一からやり直すっていう点では向いているかもしれないね。問題はそこの神自体がなかなか旅から帰って来ない事だけど。まぁ帰ってくる間にロキの所の入団試験でも受けてみたらいいんじゃないかな」

 

「え? でもヘスティア様は……」

 

「いや確かにボクはロキが嫌いだよ? 今度会ったら中指立ててやるさ。だけどロキ・ファミリアの規模は本物だ。君が冒険者として大成したいと言うのなら、受けてみる価値は在ると思う」

 

 ロキについては憎いあんちくしょうであることは否定しない。ただそれでもヘスティアの耳に簡単に届くほど【ロキ・ファミリア】の名声はオラリオに広がっている。

 ベル・クラネルが何か目標が有ってダンジョンに挑むと言うのなら、そこ以上に良い環境はほとんどないだろう。……少なくとも、何も無い自分の所とは違って。

 ずきりと胸が痛む。それを無視してヘスティアは明るい声でベルに話しかける。

 

「まぁボクからはこんな所かな。とはいえたった一度しかない君の人生なんだ、どこのファミリアに行ってもボクは君を応援するぜ!」

 

 にっ、と。ベルにヘスティアは笑みを見せる。

 嘘ばっかりだ。応援なんて本当はできるとは思えなかった。目の前の少年に良い神様だと見せている自分は愚図でノロマで容量が悪くて、背伸びをしているだけに過ぎなかった。

 だけど今日自分を立たせてくれた彼の前では、格好いい神様でありたいとヘスティアは思ったのだ。

 

「さぁーて、そろそろ君の言っていた宿に着くよ。夜ももう遅いから……ベル君?」

 

「……その、えっとですね」

 

 捜していた宿が見つかり声をかけたところで、ヘスティアはベルが急に立ち止まっていたことに気が付いた。

 数歩と言う距離だろう。何か言いたそうにして口ごもる彼を妙だと思いつつも、ベルの言葉を待つ。

 

「……ヘスティア様のファミリアはどうなんですか?」

 

「ボクの? ダメダメ、団員は居ないし家も借り物、貯蓄に至っては空っぽ寸前だよ。止めておいた方が」

 

「ええと、だからそうじゃなくてですね!」

 

 ベルにとって最大の助言に成るようヘスティアが答えると、欲しかった答えではなかったのか、頭を振って言葉を遮る。

 なんだろう、と首を傾げるヘスティアに、ベルは意を決したように口を開いた。

 

 

「どうしてヘスティア様は僕をファミリアに誘ってくれないんですか!」

 

「……………………へ?」

 

 

 突然の言葉に何を言っているのか分からない、というようにヘスティアは間抜けな返事を返す。

 

「だ、だってベル君が言っていたんじゃないか! 新設するファミリアに入るメリットなんてないって」

 

「それはそうですけど、それはそうですけど!」

 

 ヘスティアは正しい事を言っているが、それでも納得いかなそうにベルは応える。

 

「……さっきも言ったけれどボクのところには何にもないよ。ボクなんかの所よりも他のファミリアの方が」

 

「なんか、なんて言わないでください! 僕はヘスティア様の所が良いです! 何にも無くてもそれでもヘスティア様のファミリアに入りたいです!」

 

 ヘスティアへと近づいたベルは、咎めるようにヘスティアの額を指先でぐりぐりとつつく。不敬であるだとか、そんな考えはベルの頭の中から吹き飛んでいた。

 あう、と額を抑えるヘスティアは、何が理由でベルがそんな事を言いだしたのか分からなかった。自分が今まで言っていたことに何もおかしいことなんてなかったはずだ。

 

「……どうしてベル君は、ボクのファミリアに入りたいんだい?」

 

 訳が分からなかった。ベルの目的が何なのかヘスティアは知らないが、少なくとも自分の所に入るのは遠回りにしかならないだろう。きっと他のファミリアに入る実力があるにもかかわらず、だ。

 肩で息をするベルは呼吸を整えると、表情を崩して笑みを見せる。ベル自身、これが愚かな選択であるという事は分かっていても、それでもそれを無視していい理由があった。

 

「……今日話していて、他のファミリアに行くよりもヘスティア様と居たいなって、そう思ったんです」

 

「……」

 

「……」

 

「……え、それだけかい?」

 

「はい」

 

 なんてことは無い。ベルが決めたのは、ヘスティアという神様が気に入った、ただそれだけのことだったのだ。

 

 かぁ、とヘスティアは自分の顔が熱を持って赤くなるのを感じていた。嬉しさだとか羞恥だとか、いろいろな物が入り混じっていて。それはベルも同じだったようで、耳まで赤くした顔が彼の白い髪が良く映えさせていた。

 恥ずかしさを誤魔化す様にヘスティアは笑い、ベルも同じようにそれに乗っかった。

 

「は、はははは! なんだいベル君! 君って案外チョロいやつなんだな!」

 

「育ての親がチョロかったんだからしかたないですよ! それに、凄く浪漫が有るじゃないですか!」

 

「浪漫?」

 

 ベルは年相応の様に屈託のない笑みを見せて言う。それこそが自分の目的であると、夢であると言うように。

 

「何にもない所から伸し上ってでっかいことを起こすなんて、なんだか物語の英雄みたいじゃないですか」

 

 それこそ男のロマンですよ、と。ベルは笑う。

 ベルの口から洩れたその言葉は、きっと『おとうさん』の繋がりを求めて無意識に発した物だったのだろう。

 『まるで体験してきたように』語る『おとうさん』の物語に出てくる英雄は、初めは何もない所からのスタートで、やがて大きな事を成し遂げて物語をハッピーエンドに導いた。その思い出が彼を突き動かしたのだった。

 

「そ、それじゃあ、本当にボクのファミリアに入ってくれるのかい?」

 

「はい。神様が良ければ、僕を【ヘスティア・ファミリア】に入団させてくれませんか?」

 

 改めて礼を行い頭を下げてベルはヘスティアへと言う。

 ヘスティアからの答えは無い、ちらりと彼女を窺えば、ぷるぷると何かをこらえるように震えていて、やがてそれは爆発した。

 

 

「っっぃぃぃいやったぁぁああああああ!!!! ベル君ベル君ベル君ベルくぅううううん!!!!!!」

 

「わわっ!!」

 

 

 勢いよくベルへと飛び込んできたヘスティアはぎゅっとだれにも渡さないとでも言うようベルを抱きしめる。そして彼の胸板へとぐりぐりと顔を押し付けた。

 急なことで周りの人達に見られていても、なにそんなこと気にするものか、とヘスティアは喜びを表した。

 

「ありがとう! 本当にありがとう! 君がボクのファミリアに入ってくれて本当にうれしいよ!」

 

 顔を上げて至近距離から顔を見せられ、ベルはどきりと自分の胸が高鳴ったように感じた。

 目尻に嬉し涙を溜めて、喜びを顔いっぱいにだした彼女の表情は、ベルが今まで生きてきた中で一番心を動かされた顔だっただろう。

 もっと良いファミリアに入れるだとか、ヘスティアに会う直前まであったそんな賢い考えはベルの中から吹き飛んでいた。

 

 今思えば、泣きそうに見えたヘスティアへと無意識に声をかけていた時から、自分の腹は決まっていたのかもしれないとベルは思う。彼女に笑ってほしいと、心のどこかで思っていたのだろう。

 

『ベルも、女の子が居たら優しくするんだぞ。泣いている子が居たら笑わせてやるんだ』

 

 そう子供の頃伝えた『おとうさん』の言葉をベルは本当の意味で分かっていなかった。自分の周りに居る女の人は強い人ばかりで、結局泣かせてもいるため『おとうさん』を軽蔑したこともあった。

 

「(……くそう、『おとうさん』が女の人を笑顔にしたがる理由が分かったかもしれない)」

 

 だってそうして見られた彼女の笑顔は、とても綺麗なものだったのだから。

 そしてこれからも彼女のファミリアで彼女を笑わせられるのだから、何処のファミリアにもない特典だと胸を張って言う事ができるだろう。

 チョロい上に安い人間だな、と。ベルは思わず苦笑した。

 

「ベル君が入団してくれるなら百人力さ! ダンジョンの底もあっという間だよ! それこそロキの所なんかにも負けたりするもんか!」

 

「まったく、調子に乗らないでください」

 

 ベルがヘスティアの額に軽くチョップすると、あう、と小さな悲鳴が返ってくる。恨めし気に視線が返ってくるが、それでも喜びを隠せないのか、頬をだらしなく緩ませている。

 結成したぐらいで有頂天にならないでください、そう言おうとした時ベルのお腹から既視感のある音が響いた。

 ぐぎゅるるる、と。

 ああ、そう言えば宿に行かなかったから晩御飯食べていなかったんだ。そんなことを考えるベルだったが、くすくすと聞こえてきたヘスティアの笑い声に顔が赤くなったのが分かった。

 

「ふふ、なんだかボクと会うといつもベル君はお腹を空かせているね」

 

「いや違っ……これは晩御飯を取り損ねてしまったからで……」

 

「いいさいいさ! 遠慮することなんてないよ! 今日は君が初めてボクの眷属(かぞく)になった記念として、いろいろ買って夕食はパーティと行こうじゃないか! ふふん、ベル君、今夜は君を寝かせないぜ?」

 

 

 行こう、と手を引く神様に釣られるようにベルも走り出す。予約を取り消さなかった宿の事だとか、今後の事だとか今はただどうでもよく、彼女の笑顔を見れたと言う幸福を噛み締めていた。

 

 

 

 これが、彼らの物語の始まりだった。

 それは冒険譚と呼べるものでも、英雄の物語と言えるものでもなかったかもしれない。

 でもある日何処かで、一番初めに彼女の眷属になった少年は呟くのだ。

 

『僕のところの神様が愛されすぎる』、と。

 




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