IS学園。
インフィニットストラトス――通称ISの操縦だけでなくIS操縦者に必要とされる技能を習得するための学校である。
その目的から生徒と教員は女性で構成されている。
その一つの教室、一年の教室には本来ならあり得ない光景があった。
海外の生徒が多くいるのは日本の学校としては珍しいことのようにも見えるが、IS学園が世界で唯一のIS教育施設であることを考えれば特質すべきことではない。
このクラスの教鞭をとる教師が、世界最強のIS操縦者でありブリュンヒルデの称号を持つ織斑千冬である、ということさえ些細に思えるかもしれない。
何故なら、ISを使えるはずのない男が二人もいたからである。
一人は痩せ型でありながらバランスよく肉がついていた。絞られた身体にはバネがありそうである。
良く通った鼻、戸惑いの奥に強い意志が籠る瞳。
美少年と分類される端正な顔つき。
異性を引き付ける顔をしていた。
この男の名前は織斑一夏と言う。
本来なら場違いなこの男も、今この場では"まだ"周囲に溶け込んでいた。
もう片方の男。
彼がここに居る人間の中で最も異質であった。
身長180センチ、体重100キロを超える肉体には異様な存在感があった。
色とりどりの花の中に日本庭園でよく見る大岩がごろんと転がっているような――
クラス中の視線が注がれているが、男は動じてなかった。
厚い唇、獅子鼻、大型犬を感じさせる眼。
それらが愛嬌のある顔になって周囲を眺めている。
自己紹介でその男はこう言った。
「俺はIS学園でたくさんの物を手に入れたいと思う。その過程で俺が自分のことを教えるように、皆のことも俺に教えて欲しい。
ISの知識は皆に及ばないと思うが俺も皆の力になることができるはずだ。この一年を楽しく過ごそうじゃないか」
穏やかに言ったその言葉で彼の自己紹介は終わった。
彼は安城大晃と名乗った。
ホームルームの自己紹介が終わってから、一夏は早々に大晃に会いに行った。
クラスメートだけではなく学校中から集まった女子から向けられる奇異の視線と漏れてくる会話で少々参っていた。
しかも、女子は何かを恐れているようにある一定の距離から近づいてこない。
まだ、詰め寄られている方がましだったかもしれない。
女子の中にもう一人いる男子の存在は、そんな一夏にとっては救いであった。
「なあ、安城さん」
一夏が声を掛けると大晃は無邪気に笑った。
大晃の笑みに見惚れながら一夏は手を差し出す。
「織斑一夏だ。一夏と呼んでくれ」
その手は大晃に優しく包み込まれた。
でかい手に握られているというのに怖さを感じなかった。
手で握られているだけなのに全身が暖かくなったような、大晃からの熱が手を通して流れ込んでくるような不思議な感覚。
「安城大晃だ。よろしくな一夏」
こっちも名前でいいと言いながら大晃は伸びをした。
「あんたはどうしてここに来ることになったんだい?」
「試験会場でIS学園の受験生と間違えられたんだ」
「間違えられた?」
「ああ。他の高校を受験するつもりだったんだけどな、IS学園と同じ試験会場だったから不意に部屋に押し込まれてしまったんだ。その部屋にISが置いてあった」
「ほう」
「鎧みたいに鎮座していたそいつに気づいたら触ってた。起動したときは驚いたよ。男の俺が何をしたところで動くわけでもないただの物、そう思ってたのにな……」
一夏は話しながらそのISを思い出していた。
白――としか表現できないISに触れ、動き、あまつさえそれを理解する。
そんな異常ことができた上に、ISと繋がることさえできたときはその出来事が夢だとばかりに思えた。
一夏は信じられない話だと大晃に同意を求めた。
「妙な話だろ」
「ああ、その通りだな」
偶然ISと出会い、偶然ISに触れてその素質が明らかになる。これほど妙な話もなかった。
仕組まれた出来事であると考えてもおかしくない。
周りの女子はそう思いながら、真剣に聞いている。
一夏にISの素養があることが分かってからメディアはそれを熱心に伝えていたが、政府の保護により直接的な取材はほとんど行われなかった。
唯一、大晃と一夏が記者会見という形で質問を受けたことがあったが、政府の人間が主導で話を進め二人が話したことと言えば今後の意気込みくらいのものであった。
一夏は一通り話をしてから訊き返した。
「大晃はどこでIS適性が分かったんだ?」
「研究所でだ」
「研究所?」
「ある知り合いのIS技術者に呼び出されてね、そこでISと引き合わされた」
「どうして?」
「実は幼いころにあのISとは対面を果たしていてね。そのときに資格を得たらISを渡してくれると告げられていたんだが、つい最近に資格を得たとか何とか言われたんだ」
可笑しいだろう、と大晃は口を釣り上げている。
それを見て一夏は思わずおもしろいなと口にしていた。
「そんなに面白い話だったか?」
そう言う、大晃の言葉を一夏は訂正した。
女性しか扱えないISを大晃のような男が使えるというのは面白い話だったが、それだけではなかった。
「大晃の話も面白かったけど、おもしろいと言ったのは話のことだけじゃない」
一夏は大晃の顔を見る。
一夏はこの状況で多少なりとも緊張して話しているというのに、大晃は無邪気に笑っているだけであった。
「こういう状況でそういう顔でそんなことをここで話せる、大晃がおもしろいって言ったんだ」
それが無性におかしかった。
大晃は無邪気な顔のまま首をかしげる。
「俺が?」
「そうだ」
一夏はそう言って黙った。
大晃も穏やかに口を閉じている。
心地よい沈黙が二人の間に流れる。
周囲の視線と話し声を二人は気にしていないようだった。
「ちょっといいか?」
不器用な声が沈黙を遮った。
その声の主を見て大晃が興味深そうに声を上げた。
黒く長い髪には艶があり、それをリボンでポニーテールにしている。
きれいな顔つきであったが、瞳には強い意思が見て取れそれが少女に厳格なイメージを与えていた。
しかし――、
「悪いが、一夏を借りてもいいか?」
そう言う少女の声には余裕のなさがにじみ出ている。どこかその厳格さが空回りしそうなタイプにも見える。
そんな少女はどうやら一夏の知り合いらしい。
自己紹介の時からずっと一夏を見ていたのだ。
「ああ、構わないがどこに連れて行くんだ?」
「廊下だ。ここじゃ人目に付くからな」
騒然とする周りに構わず進める少女であったが、大晃が異を唱える。
「じゃあ、ここで話をすればいい。どうせ遠くには行けないだろう」
「しかし、ここは人目に付く」
「人目に付くのは廊下でも同じさ」
大晃は廊下を見ろと言わんばかりに大きく頭を傾ける。
そこには他のクラスや学年から来た生徒がいる。学校中の生徒が集まっているので廊下も混雑している。
下手をすれば教室よりも人は多いかもしれない。
まだ納得できない様子の少女を一夏はなだめる。
「なあ、箒。もういいだろ。どこに行っても同じだよ」
「……なんだ。覚えていたのか」
「ああ。忘れるわけないだろう、幼馴染なんだし」
「……そうか」
「剣道の全国大会で優勝したらしいじゃないか。おめでとう」
「どうして知っているんだ?」
箒の声に動揺が走っている。嬉しさを噛み殺しているようにも見える。
それに気づかない様子で一夏は続ける。
「新聞くらい俺でも読む」
「なぜ新聞を読むんだッ!?」
箒の大声に周囲も一夏もひるむ。
「いっ、いけないのか?」
「そういうわけじゃないが…」
気まずそうに黙る二人。
何かに気づいたように大晃が間に入った。
「あんた、あの篠ノ之かい。俺はあんたのことをよく知っているよ」
"あの篠ノ之"という単語に箒は強く反応した。
「あの人のことは関係ないッ!」
周囲が思わず静まり返るほどの怒鳴り声。箒は顔を伏せる。
気まずい沈黙であったが大晃の様子は変わらない。
ただ、箒の返答の意味がよく分からない様子で口を開いた。
「あの人?俺が知っているのはそんなことじゃない。あんたが剣道の全国王者ということ、そして――」
そして、という大晃の言葉で箒は疑問に思った。
もし自分のことを事前に知っているとしたら、自身の姉か剣道くらいのものだろうが?
その疑問はすぐに解けることになる。
「あの篠ノ之流を扱えることだけ」
気にした様子も無く大晃は言葉を放つ。
篠ノ之流。
その単語を聞いて箒は眼を見開いた。
「良く知っているな。ずいぶん前から道場を開いてはいないはずなんだが……」
「古い武術を調べるのが一つの趣味でね、篠ノ之流は古い文献に散見していたんだ」
箒の実家はその篠ノ之流の道場を営んでいた。
ある事情から一家は散り散りとなり、道場は閉めたのだ。
「ウチは古くから続く流派で実戦でも使えるものだが…。まさか、このクラスに知っているものがいるとはな…」
「昔、訪ねたことがあった。道場が閉まっていたのは残念だったな」
「なんだ、わざわざ道場まで来たのか?」
その質問に大晃は答えない。
俯いた顔が影になって見えないが、白い歯を笑みから零している。
「……ここで篠ノ之流を使える人間と会えるなんてな」
立ち上がった大晃から不穏な空気が漏れる。
眼から口から蒸気のような白い煙がぬらぬらと教室を空間ごと塗り変えてしまうように……。
何が起こっている!?
箒の身体は異変を敏感に感じ取っていた。
「なんてツいてるんだ」
そんな大晃の顔はあくまで変わっていない。
それなのにその無邪気な顔がそのまま怪物に変わっていくような感覚だけがあった。
箒が感じ取った異変が空気に混ざりこみ、ようやく周囲の人間もそれに気づき始めた。
「どうしろと?」
しかし、この中で箒だけが呑まれていなかった。
周囲には戸惑いが広がっている。
ISを使える男子を目当てで来た女子全員が二人の会話を把握しているわけではない。ここは見晴らしのいいステージではないのだから当然だ。
しかし、大晃のその不穏な空気は、周囲のざわめきとともにすぐさま伝染していく。
何らかの危機感が情報の伝達を速めていた。
「そうだな……。一つご教授願えればうれしいな」
「どうやって?」
「ここで技を掛けて貰いたい。剣が主体ではあるが、素手で掛ける技も篠ノ之流には在るはずだ」
大晃は右腕を差し出す。
制服を裏から押し広げているような腕には鋼鉄の棒のような重さが感じられる。
「俺から君に仕掛けるようなことはしない。安心してくれ」
気遣うような、労るような物言いが箒の表情をさらに険しくする。
「篠ノ之流を……、舐めているのか」
異様な雰囲気が教室を異界に変えていく。
二人を中心にした輪は広がっていく。
二人を近くで止めようとしているのは一夏のみ。
「おい! こんなことはやめろッ! 誰も箒に喧嘩なんて売って……」
「いま私は彼に訊いているんだ」
そんな言葉を箒は取り合わない。
篠ノ之流の名を出したとき、正直箒は嬉しかった。
もはや誰も知らない朽ちるだけの剣術。
その技を本気で知りたいと、実際に調べ行動したことは称賛に値する。
しかし――、ここで技を掛けさせる無遠慮さ。
篠ノ之流への侮辱。
それは許せないことだった。
例え本気でなくとも、冗談であっても、火がついてしまう。
大晃はあっけらかんと言ってのけた。
「篠ノ之さんが本気を出すのなら、そういうことにしてもいい」
「なッ!?」
一夏が驚愕の声を上げるのと同時に、箒は両手で大晃を掴み。
2mほど大晃の身体が浮いた。
腕をつかんだ際に生じる、有るか無しかの力み。
それを利用し、大晃の身体全体に伝え、横回しになおかつ中空に放り投げる。
箒はそれをしたのだった。
ここまでの動きは一瞬のはずなのに、不思議と鮮明に見えた。
まるで羽毛が浮いたかのようにふわりと、天井に足がつくほどの高さを――。
そして、動けぬ大晃を背中から地面に叩きつけんと――。
「らぁッ!」
打ち墜ろすッ!
羽毛が100キロもの体重を取り戻す光景。
泥ッ
その音で、残像を残すような鋭さで打ち付けられたかに見えたが。
打たれた杭のように、両足をわずかに床に沈ませながらも大晃は立っていた。
「すごいな」
涼しい顔でそう言いながら、薄く汗を掻いている。
「なるほど、書物に載るわけだ」
「あんなに高く放られれば、それだけででかいダメージになる」
「しかも、あんなに柔らかく宙に放られたんじゃ対処の仕様がない」
「なかなかの腕前だな」
大晃の賞賛の声が不思議とよく響いた。
「そうか、天井を蹴ったのか」
箒の見上げる視線の先には、若干の凹みのついた天井がある。
恐らく大晃は叩きつけられる瞬間に天井を蹴ったのだ。
そして、腕に力を籠め、箒の力を逆に利用し足から着地してのけた。
しかも、それを一瞬の内で行ったのである。
「こんな風に破られるとはな」
「もし、ここが屋外だったらどうなったことかと考えると、ぞっとするな」
「おまえが挑発をするのが悪いんだ」
「悪かったな、篠ノ之さん」
いつの間にか、いつもの教室に戻っていた。
箒は静かに納得していた。
大晃に篠ノ之流を侮辱する気などない。
一つ技を掛けて身体を動かしたからか、思いもよらぬ攻略法を見た関心からか、あるいは大晃の賞賛の言葉からか箒の中の炎は収まっていた。
篠ノ之流の後継ぎとして見ていてくれたことに喜びを感じていたのかもしれない。
「箒でいい。いきなり技を掛けて済まなかったな」
「いや、頼んだのは俺なんだ、気にする必要はない。でもいいのかい?」
「ああ、おまえは私の流派を侮辱するつもりはなかったようだしな。代わりにおまえを大晃と呼んでいいのなら」
「じゃあそうさせて貰おう」
すっと大晃の右腕が伸びた。
「これからの一年間、よろしく」
「ああ」
今度は技を掛けるためではなく、大晃との間に芽生えた何かを確かめるように箒は大晃の右手を取った。
ぱち、ぱちと手を叩く音が周囲に伝搬していく。
一級のやり取り。
それが見物していた人間の心を動かしていた。
いつの間にか拍手は教室にいた生徒の全員に広がっていた。
「はあ、なんか俺のこと忘れてないか?」
「悪いな心配かけちまって」
「すまん一夏」
「怪我が無くてよかったんだけどな」
一夏は安どのため息をつきながらふと箒に視線を向ける。
「お前、まだ古武術を続けていたんだな」
「そうだ、もっとも趣味の域を出ていないが」
「あんなすごい技使っておいて何言ってるんだ?」
大よそ並の鍛錬であのようなことはできまい。
一夏は納得しがたいものを感じているが箒はやはり否定する。
「あの技は本来両手ではなく片手で掛けられなければならない」
その言葉の意味を一夏も輪を作る女子達も理解できない。
「剣で片手が塞がっているからな」
大晃の補足に、あっという声がどこからか漏れる。
篠ノ之流はあくまでも剣が主体。
剣を握ったまま残った片手で自由自在に技が掛けれるようになれば、選択肢も増える。
「そう言ってる時点で趣味じゃないよな」
一夏はそれでも箒の主張を認めなかったが。
「なんだ、この騒ぎは?」
このクラスの担任の、千冬がやってきた。
それで騒動は収まり、最初の授業が始まった。