超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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9話、無粋な乱入

 その乱入者はただ佇んでいた。

 

 何をするでもなく、一夏と鈴のどちらかに目を向けている風でも無く、恐らくISの全方位視覚によるものなのであろうが、ただ場を俯瞰で観察しているようであった。

 

 その観察も、何かに特別な興味を向けているわけでもなく、淡々と見つめている。

 

 誰かの悲鳴が耳に入ってしまう。

 誰かの泣きじゃくる姿がどうしても眼に入ってしまう。

 聞きたくも無いもの、見たくも無いものが溢れていた。

 

 先ほどまではこんな風ではなかった。

 観客たちは熱狂していたはずだった。

 それほどの闘いであった。

 鈴はリスクを恐れなかった。

 終盤に鈴が一夏を抱え、自分もろとも衝撃砲で撃ったのである。

 自分にもダメージと痛みはあるが、相手により大きなダメージと痛みを与えることができればそれでいい。

 強烈な闘い方であった。

 一夏がそれに応えることができたからという側面もあるが、鈴がその闘い方で一夏も観客も沸かせたと言う方が正しい。

 

 いや、それも違う。

 確かに鈴がこれほどの闘いをしなければ観客は沸かなかっただろう。

 だが、それと同じように鈴の想いに一夏が全力で応えなければあれは生まれなかった。

 "あれ"とは何か?

 一夏は言葉でうまく言うことができない。

 敢えて言うなら、この闘いを観る全てのものが共有する価値のあるもの。

 そんなあいまいな言い方しかできない。

 

 その熱狂の中でようやく決着が着くはずであった。

 一夏と鈴のどちらが勝っていたか。

 それは分からない。

 ダメージレースでは鈴が有利だった。

 最後に抱き着いてきた時も勝利を確信していたはずだ。

 だが、一夏も何もしないわけがなかった。

 武器をISの格納領域に仕舞い、引きはがす為に鈴を殴ったのである。

 狙いは腹であった。

 当然それだけでは勝てない。

 だから、殴りながらタイミングを窺っていた。

 

 ――篠ノ之流。

 密着した状態で、相手の肉体に拳をめり込ませる技術があったはずである。

 もっともそれは本来、背にある地面を背中で押してそれにより拳を叩きこむ技であったはずだ。

 

 その技がそのまま使えたとは思えない。

 しかし、その技の理合を生かして予想外の一撃を鈴に与えられたかもしれない。

 最も、本当にそうすることができたかは分からない。

 出来なかったかもしれない。

 

 一つ断言できることがあるとすれば、もうそれは誰にも分からない。

 そのことだけである。

 あのまま続ければどうなったのか。

 それは永遠に分からないのだ。

 

 あの乱入者さえいなければ。

 きっと、勝つにしても負けるにしても、その結果を受け入れることができただろう。

 そんな闘いをしていたのに――。

 

「織斑くん。鳳さん。今すぐアリーナから脱出してください」

 

 真耶からの通信が一夏と鈴に入った。

 曰く、先生がすぐに制圧に来るからと。

 真耶の台詞にはいつもは感じることのできない、威厳のようなものが感じられた。

 

「――いや、先生たちが来るまで俺たちが食い止めますよ」

 

 真耶の言う通りに避難するつもりはなかった。

 食い止める。

 その言葉にしても一夏の本心では無い。

 

 ぶちのめす。

 一夏の肉体にその黒い思いが転がっている。

 決着への未練、観客の悲鳴。

 蓄積されたそれらがどす黒い鉱石となっている。

 

 後は燃やすだけだ。

 火をつければ最後。

 もう自分で自分を止めることはできないだろう。

 目の前のISのエネルギーを危険領域まで痛めつけるか、最終防御機構が発動させるほどに追い詰めるまでは。

 そうでなくともアリーナのバリアを突き破るISを放っておけば観客に被害が出るかもしれない。

 だとしたら、ここで闘わない選択肢は無い。

 そして、やるのなら、援軍が来る前にこの手でケリをつける。

 一夏が強く歯を噛んだ。

 

「そうこなくっちゃね」

「鈴は大丈夫なのか?」

「ふふん。私がここで退くような女に見える」

 

 鈴からの通信が一夏に入る。

 謎のISを挟んだ正面で据わった眼をしている。

 

 おおむね一夏と同じかそれ以上に危ない思考をしているらしい。

 

 その気持ちは一夏にはよく分かった。

 鈴もまた永遠に着かない決着に胸を焦がしているのだ。

 許さない。

 石のような思いが鈴の中に転がっているのが一夏には分かった。

 

「駄目ですよ! 応援が来るまで――」

 

 真耶の台詞の途中であった。

 敵性のISが熱線を放ってくる。

 応答する暇もなく。

 それがこの闘いのゴングになった。

 

 

 

 

 

「それにしても見事な物ですわね」

「ああ」

 

 観客席から箒とセシリアがその闘いを観ていた。

 周りの席には誰もいない。

 ISがバリアをぶち破って乱入してきた際に全員が出入り口に殺到したのだ。

 いや、まだ残っている。

 

「あなたたちは逃げなくても良いの?」

「それはこちらの台詞ですよ。黛先輩」

 

 新聞部の副部長、黛薫子がいた。

 

「取材ですよ。取材」

「取材?」

「どうせ、扉も閉まっているわけですし、それなら時間を有意義に使いたいと思うのは当然ですよね?」

「それで、取材ですか」

 

 やれやれと息を吹く箒の横で、セシリアは非難の声を上げた。

 

「あまり感心しませんわね」

「あなたたちだって同じじゃないですか」

「わたくしは加勢をするチャンスを窺っているだけですわ。

 もちろん、ブルーティアーズも待機状態で身に着けていますわよ」

「篠ノ之さんはどうして残ってるんですか?」

「私もセシリアと同じだ。少しでも一夏たちの力になりたかった」

 

 だが、と箒は目の前の闘いを見て呟いた。

 ISも持っていないのにどうやって、という疑問を押し流す呟きであった。

 

「その必要はなさそうだな」

 

 アリーナの中ではあの乱入者を相手に一夏と鈴の二人が闘っていた。

 敵は間違いなく強敵であった。

 アリーナのバリアを貫く熱線からしても、その火力はISに致命的なダメージを与えることができるものだ。

 それでいて、機動力もある。

 全身のスラスターを噴射することにより相当な速度を得ている。

 

 その強敵を相手に一夏たちは――。

 

「完全に圧倒していますわね」

 

 セシリアのその言葉の通りに闘いは推移していた。

 

 

 

 乱入者が熱線を放つ。

 いくらなんでもアリーナをぶち破った時のような出力は出ていない。

 威力より手数重視の攻撃。

 あろうことか、その熱線を剣のように振り回す。

 

 それを一夏は潜り抜ける。

 放たれる一閃は乱入者に当たらない。

 

 圧倒的な機動力で離れた位置に移動し、そこを鈴に狙い打たれる。

 不可視の衝撃を長い腕で叩き落とし、その前に現れるのは一夏。

 ブーストにより一瞬を移動した乱入者の距離はまさしく弾丸に適した距離であった。

 瞬時加速で近づいてくる雪片による零落白夜は避けるのは困難。

 長い腕を振った時の勢いをそのままに回転ゴマと化して、乱入者は一夏を迎撃せんとする。

 より長い射程で叩き落とすのが狙い。

 

 蹴り――。

 白式はボロボロでありながらも脚部は未だ生きている機動力、その要の一つ。

 剣よりも長い脚の射程で回転の軸を捉える。

 瞬時加速による速力が乗った蹴りは乱入者を後退させ、力の制動を効かない状況に叩き込んだ。

 

 迎え撃つのは鈴。

 乱入者も長い腕を振り攻撃に転じようとするが、鈴が両手で握りしめた双天月牙は射程も長い。

 鋭さも比ではなかった。

 狙いすまされた一撃は長い腕を弾き、隙だらけになった全身にありったけを叩きこむ。

 怒りが込められた一撃は積み重なり、確かなダメージへと変わっていき――。

 

 全身を捻る。

 正体不明のISは攻撃を受けながら、なおも反撃せんと捻った身体を駆動させる。

 その腕を鞭のように振るい、先端が鈴の頭部に届こうとする。

 

 全身の駆動は腕の先端に流れ、その威力はISをしても重い。

 だが、零落白夜には及ばない、と鈴は前に出た。

 一夏の剣を弾いたように、いや、それよりも容易に弾き飛ばす。

 

 その間に接近してくる一夏の零落白夜を恐れ、乱入者はスラスターのブーストにより射程外に逃れる。

 

 そこから、また一夏と鈴が近づくためのやりとりが始まる。

 

 この闘い、一夏と鈴のペアは近づこうとし、乱入者は遠ざけようとする、構造になっている。

 一夏と鈴はこの近づくか、ということに関してうまく答えを見出していた。

 

 まずは一夏が突撃を敢行する。

 零落白夜の威力を存分に知っているだろう乱入者は回避を選択する。

 乱入者の回避後の隙を衝撃砲で狙い撃ち、その場に釘付けにして鈴の近接か一夏の零落白夜に繋げる。

 

 基本的にはこういう流れで闘いは進んでいる。

 

「でも、不思議ですね。どうして、二人はあんな風に攻めていけるんですか?」

 

 薫子の言葉は二人の尋常じゃ無い攻めのことを言っていた。

 時折、乱入者の動きが今までのパターンから大きく外れることがある。

 一夏と鈴の相打ち狙いの動作。

 

 それにより衝撃砲での誤射が三回、あるいは零落白夜で危うく鈴を斬りかけたことが一回あった。

 

 なのに、二人はそれを気にする様子がなかった。

 それどころか、一夏は全身に走る衝撃砲の勢いを利用して乱入者に肉薄し、鈴に至ってはもっと過激なことをした。

 

 鈴から見て左に逃げ行く無人機と右から迫ってくる零落白夜。

 ある種の絶体絶命を前にした、鈴の眼は平常通りであった。

 

 すでにチャージしてあった、衝撃砲を左の無人機に向けて放つ。

 狙うのは末端。

 全身のスラスターにより発生した推力は、一部のスラスターが纏めて衝撃を受けたことで不均衡になる。

 同時に衝撃砲の勢いを利用して、右へ移動。

 右腕で一夏の腕を掴んだ。

 

「オオッらぁッ!!!」

 

 乱入者に向けて一夏を投げ飛ばす。

 鈴はスラスターを点火しつつもその場に留まり、移動に使われるはずのエネルギーをPICにより回転へと変えたのである。

 爆発的な勢いで投げ飛ばされた一夏は、そのまま乱入者に斬りかかる。

 

 そんな攻防があった。

 

 試合で使ったことを総動員した一瞬の攻防には、二年の黛子も驚くほかなかった。

 そして、例え同士討ちしても攻めることをやめない二人。

 

 何が二人にそれを可能としているのか。

 

 技術。

 なるほど、技術は大事だ。

 繰り広げられている戦術はこの場に適している。

 その戦術を成り立たせているのは技術に他ならない。

 

 相打ちは発生している。

 その相打ちさえも二人は攻撃のチャンスへと変換しているのである。

 

 それを可能としているのは、やはり技術だ。

 だから、やはりこの闘いの根幹にあるのは技術に違いない。

 

 だけど、本当にそれだけだろうか?

 

 薫子の内部で違う、と声が鳴る。

 

 なにが?

 

 それには応えてくれない。

 ただ、違うと響くのみである。

 

 歯痒い。

 その痒みに耐えかねて、薫子は箒とセシリアに問うたのだ。

 この疑問の正体が何か、早く聞きたくて仕方なかったのだ。

 

 セシリアが口を開いた。

 

「あの二人は、恐れていないのです」

「何をですか?」

「同士討ちのことですわ」

「なんですって!?」

「何故恐れていないのかは、箒さんに訊くのが一番いいですわね」

 

 セシリアはすっと箒を見た。

 

「どうして私に振るんだ?」

「わたくしが解説しても構いません。

 しかし、それでは大事な何かを取りこぼしてしまうように思えるのです」

「私だって同じさ。あの二人がどういう風景の中にいるのか、感じることしかできない」

「そうでしょうか?

 少なくともわたくしより多くのことを感じ取れているのではなくて?」

「おだてても何も出ないぞ」

「貴方がどう感じているのかはこの際、置いておきましょう。

 ただ、わたくしは貴方の方が目の前で起こっているかをよく分かっていると考えているのですわ。

 だから、ぜひ貴方の思っていることをそのまま話していただけませんこと?」

「……そこまで言われたら仕方がない」

 

 箒は再び一夏と鈴の闘いを眺めた。

 箒の身体からぐつぐつと情念が湧いて出てきた。

 

「まず、一つ言っておかねばならないことがある。

 セシリアはあの二人が同士討ちを恐れていない、と言っていたな」

「ええ、言いましたわ」

「その表現は少し違う。何故ならあいつらは同士討ちを多少は恐れているからだ」

 

 その言葉に薫子が反応した。

 

「なら、どうしてああいう風に闘えるんですか?

 相打ちを恐れて闘えば連携は疎かになりますよ」

「黛先輩。

 彼らはは少し前まで武器を向け合っていました。

 その中では、一回攻撃したらそれで終わりとはなりません。

 伺い続けた結果、ようやく手に入れた機会を一回程度の攻撃で満足する、なんてことはありえないからです。

 当然、チャンスを手放すまい、と攻撃を続けることになります。

 そうしてくる相手にこそ最大の恐怖があります」

 

 薫子とセシリアは黙って聞いている。

 

「この闘いではそんなことはありえない。

 二人は味方なのだから。

 味方を執拗に攻撃し続けることはない。

 せいぜいが一度で、凌げばもう攻撃は自分には向かない。

 試合で感じていた相手への恐怖に比べればどうと言うことはないはず」

 

 薫子に向けていた、敬語。

 それが剥がれ落ちて、箒の感性が剥き出しになった。

 

「闘いを良い所で邪魔されて、あいつらは悔しかったんだろうな。

 分かるか?

 今のあいつらの闘い方は試合での闘いと同じだよ。

 決してダメージを恐れはしない。

 もしも、恐れるとするのなら敗北につながる攻撃のみ。

 そして、そうでないのならどれほどの苦痛を味わっても良い。

 それ以上の苦痛を相手に与えることを考えれば良い。

 そういう闘いをしている。

 どうしてか?

 あいつらはあの乱入者に見せつけてやりたいんだ。

 自分たちのあの闘いはこれほどのものだった、と示す為に闘っているんだ」

 

 箒の言葉と同時に爆発音が響いた。

 四肢をもぎ取られた乱入者が無残にも火を噴いている。

 切り取られた四肢から血が流れておらず、無数の配線が見え隠れしている。

 

「あれって、無人機?」

 

 一瞬だけギョッとした、薫子が呟いた。

 よくよく見ると、乱入者のものと思える残骸からは血が一滴も流れていない。

 人じゃなくて良かったと胸をなでおろしながらも、驚いた。

 

 ISとは人が動かすものである。

 適合した人間のみが操ることができ、機械などで遠隔操作できるものではなかった。

 そこに例外はない。

 なかったはずであった。

 今の今までは――。

 

「あの無人機ってやつは確かに優れたものを持っていた。

 一夏と同等の速さを持ち、鈴の衝撃砲よりも射程・火力を持った武器がそれだ。

 しかし、それだけで通用するほどあの二人は甘くはない」

 

 箒は乱入者が無人機であったことを、認識してはいるらしい。

 しかし、自分の世界に入っている。

 闘い。

 未だにそれが続いているような興奮が、箒を包み込んでいる。

 セシリアもまたその箒に同調している。

 

「良い闘いだった」

「ええ。そうですわね」

 

 箒とセシリアは感慨深げに頷いていた。

 薫子は呆れていた。

 無人機の存在よりも闘いを見つめるこの二人に。

 今の闘いに胸を焦がしているこの二人に。

 そして、何より――。

 

 自分自身に。

 薫子もまた無人機の存在に驚いてはいる。

 しかし、先ほどの闘いが無人機のインパクトを上回っていた。

 闘いの興奮がまだ収まっていなかった。

 

 

 

 

 

 千冬と真耶。

 二人は何者かによって閉鎖されたアリーナ解放の指揮をしている。

 アリーナの状況を確認できる展望台から闘いを目の当たりにしていた。

 

「……意外に早かったな。だが、気は抜けない」

「そうですね」

 

 誰一人負傷者が無く、無人機を撃退できたことに安堵の息を吐きそうになる。

 しかし、まだ終わってはいなかった。

 

 恐らく世界初の無人機が襲撃してきたことで、IS学園として対処は必要である。

 セキュリティのロックは未だに解除されていない。

 上級生からなる精鋭が解除に向かっているが、まだ時間がかかりそうだと返答を受けている。

 アリーナのバリアも限界ぎりぎりの出力で張られている。

 

 それがおかしいのだ。

 

 無人機は破壊されているのである。

 今回のことを企てた人間が目的の達成を諦めたのであればシステムのハックを解除すればいい。

 そうなっていないということは、まだ何かの企みがあるから。

 つまり、まだ終わっていない。

 二人の会話はそれを確認するためのものであった。

 

 そして、予想の通りであった。

 またしても、熱線がアリーナに降り注いでいた。

 それも二つ。

 

 ぎしり。

 二人は悔しそうに歯を噛んだのであった。

 

 

 

 

 

 二つの熱線はアリーナのバリアを貫き。

 当然貫かれた部分は、バリアが消失することになる。

 そこにバリアが張り直される前に、二機のISはアリーナに侵入したのである。

 

 一夏は二機の無人機を見る。

 先ほどのものと同じ性能がこの二機にはありそうであった。

 

 ――これ以上やれるのか?

 

 一夏は前を見ながらにして、後ろに佇む鈴の様子を確認する。

 肩で息をしている。

 珠のような汗で全身がベッショリとしている。

 鈴がこの二連戦でどれだけ消耗していたのかが分かる。

 

 俺のせいだ。

 一夏の罪悪感が膨らみ始めている。

 先ほどの無人機との闘いでも、無人機よりも鈴の存在感の方が大きかった。

 鈴は同士討ちを躊躇しなかったのである。

 それはこちらもそうであった。

 鈴に零落白夜を当ててしまってもいい、と考えたわけではない。

 執拗に狙い続けるのならともかく、たった一度の接触で鈴に零落白夜を当てる自信はなかったのだ。

 ある種の信頼がそこにはあった。

 

 だから、無人機との闘いも合わせて二度、鈴は一夏の零落白夜と対峙したことになる。

 それだけ消耗しているのだ。

 

 一撃受けても致命傷にならない一夏と、一撃受けることさえ許されない鈴とでは消耗の度合いはあまりにも違った。

 

「鈴、お前は退がっていろ」

「嫌よ」

 

 鈴を庇うように構えた。

 背後から声がかかった。

 

 あたしも闘える。

 鈴がそう言っている。

 まだ、やれる。

 その言葉には力がある。

 しかし、鈴は明らかに無理をしていた。

 そんな状況で無人機とやればどうなってしまうのか。

 誰かが鈴を守らなければいけなかった。

 

「退がってくれ」

「嫌」

 

 それでも鈴は退こうとしない。

 まだやれると意地になっているのか。

 自分ひとりではどうにもならないと思っているのか。

 あるいは、自分を心配してくれているのか――。

 

「鈴。俺は今日ずっとお前に頼っていたよ」

 

 無人機から目を離さないで、一夏は続けた。

 

「今日の試合が楽しかったのは、お前の闘い方が凄かったからだ。

 無人機を早々に倒せたのは、お前が零落白夜を上手く凌いでくれたからだ。

 お前が凄いから俺は思いっ切り闘えたんだ」

 

 言葉に出すことで、不定形だった罪悪感がはっきりとした形を持つ。

 固形物のようなそれを前に自分にできることは何か。

 一夏は自分に問うた。

 

「今度は俺の番だ。

 俺がどれだけのことを出来るのか、そこで見ていてくれ。

 お前が頼りないからってわけじゃない。

 他でもない、お前に見て欲しいんだ」

 

 鈴が何かを言う前に一夏は意識を己の内部に向ける。

 この窮地を脱する方法を探しているのだ。

 

 ザザッ――。

 

 暗い光景に走るノイズ。

 そうあれは大晃に追い詰められた時にも見た光景だ。

 男に囲まれている。

 

 あれはいつのことだったろうか。

 

 思い出そうとすればするほど、頭には痛みが走る。

 思い出してしまえばもう戻れない。

 灰色の記憶が自分をどう変えてしまうのかも分からない。

 だから、痛みという形で脳が警告しているのだ。

 

 いいさ――。

 

 一夏は構わない。

 どうなってしまってもいい。

 

 だから――。

 

 木霊する悲鳴。

 涙を眼から流す観客の顔。

 それだけではない。

 千冬の顔。

 真耶の顔。

 箒の顔。

 セシリアの顔。

 そして、鈴の顔。

 それらが浮かんで、一夏を見つめていた。

 

 最後に大晃の顔が浮かんで問いを発した。

 

 お前さんはどうしたいんだい――。

 

 一夏は答えた。

 

 俺は――俺に関わる全てを守りたい。

 大晃、お前も含めてな。

 

 そうかい、そうかい、嬉しいことを言ってくれるじゃないか――。

 

 一夏の中に浮かんだ大晃はそうやってはにかんでから。

 

 突如、一夏は強烈な存在感に包まれた。

 こういう存在感を持つ人間を一人しか知らなかった。

 

 まあ、でもよう――。

 

 頭の中の大晃は、困ったようにぼりぼりと頭を掻いている。

 

 今日の所は俺に任せておきな――。

 

 身体を包む熱気が形をとって口を利いている。

 一夏はそう感じた。

 

 気が付くとアリーナの観客席を含めた全ての人間はその動きを止めていた。

 無人機も動きを止めていた。

 出入り口の一つに恐らくはメインのカメラを向けていた。

 

 安城大晃がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 ロックされた扉は破壊されている。

 この男が扉を掴んで、引き千切ったのである。

 その後ろではロックの解除に奔走していた上級生が唖然としている。

 

 手の甲から血が流れていた。

 足もよくよく見ると靴を履いていない。

 手と同じように足の甲から血が流れている。

 

 全身にも血が滴っていた。

 

 そして、薄いやけどの跡が身体中にちらほらと――。

 

 もともと、この闘いを仕組んだのはこの男であると言ってもいい。

 本来ならクラス代表になるはずだったが、セシリアと一緒に辞退することで一夏がクラス代表となった。

 クラス代表になった一夏の闘いを一番楽しみにしていたのもこの男であった。

 

 当然アリーナで試合を観戦するものだとクラスメイトは思っていた。

 しかし、観客席に大晃の姿はなかった。

 

「ちょっと、野暮用ができてね」

 

 大晃は周囲の人間にそう話してる。

 曰く、IS関連企業の人間が訪ねて来たと――。

 

 世界でも希少性が高い、男のIS適正者。

 何故この時期にと思わないでもないが、早いうちに手を出しておいた方が得だと考える企業もあるだろう。

 そう納得したのであったが。

 

 この男はどこで何をしていたのか!?

 

 恐らくはその企業の人間は危害を加えるため、大晃に接近したのであろう。

 その人間が身分を偽っていた可能性も十分にある。

 

 そういう事情を知らない人間が大半ではあるが、この異常時に何者かの襲撃を受けたことは想像がつく。

 しかし、何があったのかという問いを誰も投げかけることはできなかった。

 

 周囲は騒然としている。

 それに大して気を払った様子もなく、大晃はただ立っていた。

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