安城大晃が何故これほどの怪我を負っているのか。
それを説明するためには、試合開始前に時間を戻さなければいけない。
「安城大晃さんですよね」
校舎からアリーナに移動する最中、一人きりになった大晃に声を掛ける者がいた。
大晃が振り返ると、そこには金髪を長く伸ばした女性がいた。
それなりにキャリアを積んでいるような女性であった。
「わたくしこういうものです」
大晃に名刺を手渡す。
巻上礼子と書いてある。
「IS装備開発企業"みつるぎ"、の人間ですか」
「はい」
「折角来て貰った所申し訳ないのですが、俺のISは好き嫌いが激しいんですよ。
貴方の所の装備を俺のISが気に入る保証はありませんよ」
珍しく丁寧な口調で大晃は答えた。
その大晃の答えを聞いても、礼子はにこにこと笑みを崩さない。
「わたくしどももそれは承知しております。
しかし、ISの反応を見て、その情報を製品へフィードバックしたいと考えているのです」
もっとも、その礼子の言葉も怪しい。
一度男性のIS操縦者が使用したことを大げさに宣伝したいだけかもしれないからだ。
「分かりました。そういうことなら協力しましょう」
「ありがとうございます。では場所を変えてお話ししましょう」
玲子が浮かべて笑みがこの瞬間ひどく扇情的なものに変わった。
"そういうこと"を誘っているようにも見える。
「ああ、待ってください。今からだと試合に間に合うかは微妙ですから。
アリーナに行くのが遅れることをクラスメイトに伝えてきます」
大晃がクラスメイトに事情を説明してから二人は移動を始める。
そして着いたのは教室からもアリーナからも距離のある、更衣室であった。
今の時間、学園の生徒はアリーナにいるか、教室でクラス対抗戦を見物するかのどちらかである。
人が周りにいる様子はない。
「ここならゆっくり"話"ができるんじゃないですか」
ドアを閉めて、先に中に入った玲子に、ゆっくりと大晃が振り返る。
その先では玲子が笑っていた。
「ふふふ」
「そんなに俺と話ができるのが、嬉しいですか?」
「ええ。こんなに上手くいくとは思いませんでした」
玲子が浮かべる笑みの質。
それが変わっていく。
にこにこと温かい笑みを浮かべていたはずが、冷えていく。
「わたくし、貴方に謝らなければありません」
「へえ。一体どうして?」
「本当のご用件を伝えそびれてしまったからです」
まだ、玲子は丁寧な物腰を崩していない。
しかし、言葉遣いとは裏腹の冷たい声色が、不穏な空気を醸し出している。
「貴方のIS――"無手"を頂きに来ました」
決定的な言葉であった。
不穏な空気が重さを増した。
「こいつは困ったなぁ」
大晃は困ったような様子で笑っている。
どこかワザとらしい笑みだ。
嬉しそうにすら見えてくる。
「ガキ。笑ってねえで何か言ったらどうなんだ」
ムカつくぜ。
そう吐き捨てる玲子の前に突然何かが放り投げられた。
もし、投げつけられたのであれば、彼女は瞬時に判断を下せただろう。
「分かった。"無手"をやるよ」
大晃は"無手"の待機状態である手甲を投げ渡したのである。
玲子は受け取ろうとして咄嗟に手を伸ばして――、
その腹に強い衝撃を受けたのである。
大晃からISを奪え。
そう指示があったときは無茶だと思った。
指定された日時に学園祭のようなイベントであれば、紛れ込んで襲い掛かることは容易かもしれない。
しかし、クラス対抗戦は学園祭のように外部から大々的に人を呼んでいるわけではない。
潜り込めたとして、ターゲットが上手く食いついてくれるかも怪しい。
あくまで、IS学園に起こる異変を探るのが目的であるからできる範囲でいい。
決して無理はしないで欲しい。
愛してやまない上司からはそう言われたが、やはり期待には応えたい。
だから、大晃と接触して、ひと気のない所に誘い出した時にはもう上手いこといったと思っていた。
半ばミッションを完了した気分にさえなっていたのだ。
――色仕掛けに騙される男など敵ではない。
その思惑は大晃にぶち壊されたのである。
「うがぁッ!」
うめき声を上げた玲子であったが、腹部にはISを部分展開してある。
強い衝撃と痛みこそあれどダメージは少ない。
吹き飛ばされそうになるのをどうにか堪えた。
「てめぇッ……!」
手を伸ばした玲子の腹には蹴りが放たれていた。
もし、部分展開が遅れていたら、ダメージで闘うどころではなかっただろう。
それが容易に想像できるほどの威力があった。
「俺も謝らなくちゃいけないな」
良く響く、大晃の声が癪であった。
今すぐ消し去りたい、と思えるほどに。
「"無手"をやるなんてのは嘘さ」
悪戯が成功した子供のように大晃はカラカラと笑う。
その意向返しの言葉がトリガーとなり、玲子の身体が光り、瞬時に姿が変わった。
背中からは八つの装甲脚が伸びている。
「おい、逃げるなんて考えるなよ。
そのISを使えば逃げはできるだろうが、そうしたら私が何をするか位の想像はできるだろ?」
玲子が害意を持ってIS学園内暴れればどうなるか。
大晃が震えてるのを見て取ったオータムは"お前が逃げるのならそういうことになる"と、逃げないように脅すことが目的の台詞を吐いた。
「逃げる? 何で俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ」
大晃の背に奔っている震えは恐怖によるものではなかった。
歓喜が身体から溢れているのである。
「こんなに楽しい時間を過ごせる、お礼をあんたにしたいくらいなんだぜ」
笑みを深める大晃。
感情を隠している様子はない。
ただ、嬉しそうにしている。
「上等じゃねえか」
空気が両肩に圧し掛かっていると感じるほどに重い。
そんな中で玲子はついにキレた。
眼が怒りで吊り上がり、とんでもない形相になっている。
「このオータム様がッ! 亡国機業のオータム様がッ! てめぇをぶっ殺してやるッ!」
玲子、改め、オータムが大晃に接近戦を挑む。
真っ直ぐに突っ切る、と見せかけて直前で進路を変更。
瞬時に大晃の背後に回った。
八つの脚で、宙空に張ってある見えない蜘蛛の巣を移動しているような。
複雑でありながら、安定感のある見事な動きであった。
――例えISを展開したとしても、背後からの攻撃は防げまい。
装甲脚を振るう。
そこに走るであろう感触と大晃の苦痛にゆがむ顔を想像して、いびつな笑顔となる。
上段、
中段、
下段――、
のみならず。
右上、
左上、
右下、
左下――、
それらの方向から攻撃が迫る。
建設現場で鉄骨が矢継ぎ早に降り注いでくるような、もはや事故に巻き込まれるような一幕。
大晃はそれら全てに対処した。
間合いの外ぎりぎりに移動し、
踏み込んでからの一撃は逸らし、
なおも振るわれる手脚は体捌きで幻惑し、
ダメージを受けることなく立っている。
だが、それよりも――、
「てめぇ、何故ISを展開しやがらない……!」
責めているような響きがオータムの声にはあった。
大晃は生身のままであったのだ。
「流石に反撃は無理かい」
大晃はそれを無視して言った。
その言葉は果たして、回避に専念すれば避け切るのは容易いと言いたいのか。
あるいは、攻撃を続けられればこちらからは攻撃できないと言いたいのか。
オータムには分からない。
ただ、生身の人間にISでの攻撃を避けられた。
その事実が、重い石となってオータムの中に転がっている。
「それ位はしてくれないとなぁッ!」
石を吐き出すようなオータムの言葉であった。
オータムの攻撃は苛烈さを増す。
今度はまた一味違う攻め方であった。
装甲脚の八つの内、下二つでPICを利用し浮き上がる。
即座に大晃の側面に回り込む。
横から頭を狙った突き。
これを仰け反ることで大晃は避ける。
残った下半身に向けての薙ぎ払い。
後方宙返りにより離脱しようとした所に――、
ドゴォッ!!
二本の脚で大晃に素早く追いつき、突進の勢いもそのままに、突きを放つ。
いまだに宙空にいる大晃に六本の鉄の柱が殺到する。
大晃は吹き飛んで、壁に激突する。
水平に落ちる、と表現できるほどの勢いであった。
大晃は素早く立ち上がる。
ダメージは致命傷には程遠いが、無視できるものでもない。
身体に受けた傷を確認しながら、大晃は言った。
「少しだけ奥の手を使わせてもらうぜ」
「余裕こいてんじゃねぇよッ!」
大晃の言葉にどこか底知れないものを感じつつも、オータムは戦法を変えない。
二本の脚は移動に専念し、最適な位置を維持しながら、六本の腕で攻撃を加える。
八脚の巨大蜘蛛が上半身を起き上がらせて闘っているようであった。
その蜘蛛は巨体に似合わない素早さであった。
大晃も脚を使って避けていくのであるが、オータムはそんな大晃を追い詰めていく。
醜悪に、しかし、どこか安心したような表情のオータムは眼を見開いた。
大晃が自分から跳んでいたのである。
それも高い。
三メートルほどはある部屋の天井を頭髪がこすっている。
腰を軸に自然と頭部が下がり、脚が上がる。
宙空では動けないこの男が何故――。
考えてすぐにどうでもよいと、その疑問をオータムは片づける。
どうでもよかった。
この男を無茶苦茶にできるのであればそれで十分だった。
上の二本の脚。
それを下から上に突きつける。
天井に大晃を縫い付けて、あとは一気にケリをつけるつもりであった。
大晃はそれを避けた。
オータムの想像をはるかに超えた速度で大晃が床に着地したのである。
四肢を駆使する獣のように、手脚で床を掴んでいた。
――天井を蹴りやがった!
天井を足場に見立てて、大晃は跳んだのである。
そのことに気が付いた時には、獣の姿勢でたわめられたバネが解放されていた。
慌てて振り返るオータムの顔面に拳が奔る。
「うがぁッ!」
ISへのダメージは少ないが、肉体への衝撃を全て殺してくれるわけではない。
もっとも、その衝撃にしても大したことはないが、それでも生身のそれも素手でIS越しの肉体へ衝撃を伝える。
とても、考えられないことであった。
オータムの呻きは屈辱に打ちのめされた精神の悲鳴であった。
じゅぅう――。
そのオータムの耳にやけに響く音があった。
それは肉を焦がしたときの音であった。
熱した鉄板に肉を置いた時よく聞くあの音であった。
大晃の拳がISのバリアを叩いた音であった。
「まあ、楽しくやろうや」
大晃の声がやけに嬉しそうであった。
拳の薄皮一枚は焼けたはずであるのに、その痛みは顔に出ていない。
代わりに、歓喜が顔全体に深い笑みとして形作られた。
八つの装甲脚が近接戦闘モードから遠距離戦闘モードの機銃に切り替わる。
機銃の乱射音がけたたましく鳴った。
それはオータムの絶叫のようであった。
なんだこいつは――?
そう思いながらオータムは闘っている。
もうなりふり構わなかった。
機銃を乱射するごとに、部屋に備え付けられているロッカーがハチの巣となる。
放たれた弾丸は部屋にあるものをめちゃくちゃにしていく。
中には原型さえ残らないものさえある。
しかし、弾丸は決して大晃に当たることはなかった。
大晃は弾丸の軌跡を見ていた。
機銃の射線を常に意識して闘っていた。
そして――、
「うぐぅッ」
時折こうしてオータムに蹴りか拳かを叩きこむ。
機銃モードのままでも装甲脚を振るうことはできる。
すぐさま、大晃のいる地点に打撃を加え、逃げ行く大晃に弾丸を打ち込む。
しかし、狙いを着けて弾丸が発射されたその瞬間に、射線上から大晃の姿は消えている。
大晃の動きを読むこともまた困難であった。
まず、その動きは迅い。
まるでダイナマイトの爆発であった。
それだけであれば大晃を捉えることができただろう。
その動きが恐ろしいまでに流麗であった。
例えるなら、複雑に入り組む配管。
そこを爆発的な速度で流れる激流。
爆発的な勢いを肉体に刻んだのであろうコースで無理やり制御する。
しかも、この速度が一定ではない。
あるときは恐ろしく緩く。
あるときは恐ろしく速く。
同じ動きでも非常に緩急があるのだ。
だから、目が慣れない。
攻撃の頻度が上がってやがる――!
オータムを中心に移動する、大晃の動きの半径。
それが徐々に狭まっている。
大げさに避けていたのが、より斜線を引き付けるように。
複数の射線の内側に入らなかったはずが、それをくぐるように。
回避がより紙一重になっていく。
結果、攻撃のチャンスが増える。
縦横無尽に上からも下からも、大晃は攻撃を仕掛ける。
オータムの視界、前後上下左右のどこかで必ず攻撃を放つ大晃がいる、という異常事態である。
オータムには理解できない。
大晃の拳が放たれ、拳が爆発的な速度で引き戻されると、赤い何かが部屋の壁にこびり付いた。
それは血であった。
大晃の拳はバリアに叩き付けられていく過程で、手の甲がボロボロになっていたのだ。
それでも攻撃をやめないものだから、ジュクジュクになった手の甲が腫れ上がり、それが潰れ、そこから血が出てきたのだ。
脚もひどい有様であった。
靴は焼け切れたから脱ぎ捨ててあり、足の甲も手の甲と同様に血まみれである。
突きと蹴りを放つ度に激痛があるはずであった。
熱によって赤くなった鉄板を素手で触るようなものである。
普通なら、闘うどころではない。
大晃はそんなことを無視して闘っている。
むしろ攻撃の激しさは増していた。
――糞!
受け続けた拳の威力から大晃の肉体がどれほどのものなのか、オータムも大体分かってきた。
その肉体は獣と同等であった。
獣の中でもさらに特別な個体に匹敵し得るものである。
オータムのISにはほぼダメージはなかった。
肉体には蓄積された疲れのようなものがあり、重さを感じるが大したことはなかった。
しかし、恐怖がオータムを飲み込もうとしていた。
その恐怖の出どころは一つの疑惑、もっと言うのなら、ずっと前から持っていた疑問であった。
何故、大晃はISを展開しないのか?
もし、大晃が自身のIS"無手"を全展開であれ、部分展開であれ、それをすれば十分にダメージは通るはずである。
しかし、目の前の男は生身の拳で殴り続けている。
蹴り続けている。
それが楽しいのだと言わんばかりに。
身体に奔る痛みがうれしいのだと言わんばかりに。
オータムはそれが恐ろしかったのだ。
大晃が何を考えているのかさっぱり分からなかった。
次の瞬間なにをしてくるのか、想像もつかなかった。
だから、次の一撃が生身の拳である保証はない。
気が変わった大晃がISを纏うことだってありうるのだ。
そして、想像がつかないのは精神だけではなかった。
その肉体もオータムにとっては底が知れなかった。
獣のような肉体である。
弾丸を撃ち込めたとして、即座に死ぬとは思えなかった。
逆襲の可能性がある。
つまり弾丸を受ければ、大晃も流石にISを装着して攻撃してくるだろうということであった。
この闘いにルールはない。
こちらが殺すつもりの攻撃をしている以上、相手も殺すつもりで攻撃してくるのは可笑しなことではない。
ガキが相手なら殺し合いにはなるまいと高を括っていたが、そんな期待はとてもできなかった。
目の前の男がこちらを本気で殺そうとしたときに、どうなってしまうのかは想像もしたくなかった。
だから、もしやるのなら、確実に仕留めなければいけなかった。
ISを展開する時間すらも与えることなく、気が付いた時にはもう死んでいた。
そういうやり方が必要であった。
オータムが考えていると、大晃は急に攻撃をやめた。
後ろに下がって、誰かに声を掛けるように話し始めた。
「そこにいるのは誰だい?」
第三者がこの部屋に忍び込んでいたのである。
「あら、良く気付いたわね」
そこには、IS学園の制服を着た女子がいた。
手には"修羅場"と書かれた扇子を持ち、不敵に笑っている。
心から笑っているように見えるが、その笑みの裏に何を思っているのか分からない、不思議な笑みであった。
青いショートヘアを扇子の風で揺らして、口を開いた。
「随分と暴れてくれたようね」
オータムと大晃は派手に闘っている。
そのどちらのことであるのか、あるいは両方のことであるのか。
どうとでも取れるような言い方を少女はした。
「まさか、生徒会長"更識楯無"さんが来るとは思っていなかったですよ」
一体目の前の少女が誰なのか?
確か……、とオータムは事前に合った情報を掘り返した。
名前は更識楯無。
IS学園で最強という肩書を持つ、生徒会長であった。
ロシアの国家代表を背負っていることからも、その実力の高さは窺える。
所有するISは"ミスティアスレイディ"。
水を操る能力を持っているはずであった。
それだけでも厄介だというのに、楯無には更に裏の顔があった。
暗部。
それも対暗部に特化した暗部という名門に生まれた人間であり、若干16歳でありながらその当主である。
暗部という言葉から出る陰鬱さは楯無には見られない。
しかし、仮にも更識家当主であるはずの楯無が甘い相手には思えなかった。
間違いなく、更識楯無は屈指の難敵のはずである。
「私もあなたのことは知っているわよ、"大晃"くん」
「へへへ……。まさか、俺を知っているなんて、生徒会長は手が広いですなぁ」
「……貴方がどうしてこんな馬鹿げたことをしたのかは、後で聞かせて貰うわよ。
それよりも貴方、オータムと言ったかしら。
貴方にも少し"話"をして貰わないといけないわね」
大晃に釘を刺しつつ、楯無は言った。
楯無の"話"とはつまり、オータムに所属組織はもちろんその目的、そして何故このタイミングで仕掛けてきたのか。
そういうことの"話"をしようと言っているのである。
穏やかな話し合いとはいかない筈であった。
しかし、楯無の出現にオータムは安堵していた。
なるほど確かに楯無は暗部の出である。
学生としては破格の実力を持っているのだろう。
それでも大晃のように理解の埒外ではなかった。
オータムに組織の情報を吐かせると楯無は言っている。
それはそれで物騒な話ではあったが、理解はできる。
自分が楯無であるなら、そうするからである。
しかし、大晃は違う。
どういう理由があろうと、自傷行為紛いの真似などできるはずもなかった。
増してや、大晃は自分の血が流れていることにどこか恍惚としている節がある。
勝手に楽しんでいる分にはどうでもいいことであるが、その矛先が自分に向いてくるとなれば話は別である。
そんな大晃と二人きりでいるよりはずっと良かった。
そして――、
「もう遅ぇよ」
オータムは歪に笑った。
僅かに緩んだ時間を生かして、温存していた切り札を発動させたのだ。
最後の手段、ISの自爆。
機体をコアから引きはがし、エネルギーを暴走させて自爆させる。
これこそが切り札であったのだ。
確実に大晃が死ぬ、チャンスを窺っていたのであるが、これは一度使えばISが使えなくなる代物だ。
大晃と二人きりであればその踏ん切りもつかなかったかもしれない。
その意味では楯無が現れたことは、オータムにとっての助け舟になったのだ。
「退がってッ!」
楯無の叫んだときには、大晃はもう動いていた。
全身のバネを生かして背面に跳んだ。
大晃の身体を追いかけるものがあった。
機体を中心にエネルギーが爆風となって、解放され、大晃の身体に追いつき――。
楯無が叫んでからほんの一秒も立たない間に、部屋は閃光で埋め尽くされた。
そこはどこにでもある部屋であった。
高校のロッカールームとしてはかなり広いかもしれないが、別に特別なものなど置いていない。
授業で着替える機会も多いIS学園にとしては、別にいくらでも替えが聞く部屋である。
だからと言って、ここまでしてはいけないだろうと楯無は改めて部屋を見渡した。
部屋に設置されていた大量のロッカーは全てが穴あきか、原形を留めていない。
床や壁も弾痕でボロボロになっている。
ISによる強打に耐えうる堅牢な部屋ではあるが、その表面は傷だらけとなっていた。
部屋の中心には何かが爆発したような焦げた跡がある。
その中でもひと際目を引くのは、壁に空いた二か所の穴である。
穴の内一つはオータムが逃走する為に空けたものだろう。
恐らく、自爆の寸前に機体から逃げるために必要な機能だけは手元に残していたのだ。
そして、それで穴を空けて、去ったのだろう。
では、もう一つの穴は何か?
それは大晃が突きやぶった穴である。
爆風が推進力となり、速度を増した大晃の肉体が壁を突き破っていたのである。
IS学園は全体としてかなり堅牢な作りになっている。
その壁を破るほどのスピードでぶつかったとなると、真っ当な人体なら粉々になりそうである。
楯無は大晃が無事でいるようには思えなかった。
だから、大晃が穴の向こうから何事もなく部屋に入ってきたときには、安堵の思いと何とも言えぬ驚愕が混じっていた。
「――ひどい有様ね」
「ええ、流石に堪えましたよ」
楯無は大晃の肉体を見回して、そのおおよそのダメージを読み取った。
幸い、弾丸が命中した様子はないが、拳と足が酷い。
拳からは血が流れており、患部の状態はよく見えないが、血を洗い流せばその下からはジュクジュクになった手が見える筈であった。
足も同じようなものである。
本当ならISに生身で闘うなどと馬鹿なことをした大晃を問い詰めたいところであったが時間が惜しい。
自分はオータムを追いかけることとして、楯無は指示を出すために大晃に向き直った。
大晃は保健室に直行させるつもりであった。
「私はさっきの女を追うわ。あなたは――」
「分かっていますよ」
大晃は楯無の言葉を遮った。
意図を汲んだ様子を見せた大晃に、楯無は頷いた。
「アリーナにいる敵を片づければいいんでしょう?」
「えッ!どうして――」
知っているのか、と続けようとした楯無を無視して大晃は部屋を飛び出した。
アリーナに向けてすさまじい速さで走り出し、楯無が止める暇さえなかった。
楯無は部屋に立ち尽くした。
血の匂いを嗅いだ。
それは部屋にこびり付いている血だ。
大晃が敵の攻撃によって撒かれた血ではない。
大晃自身の攻撃によってまき散らされた血であった。
その血の匂いの中に大晃の本性を垣間見た気がした。
楯無は大晃に遅れて部屋を出た。
オータムを捕まえるためである。
部屋は無人となった。
壁と床はボロボロで爆発物の跡さえあり、人一人は通れるほどの穴が二つも空いている。
戦争でも滅多にお目にかかれないような部屋には血がこびり付いており、人が何人かは死んでいるような印象があった。
ここにある修羅場の跡は、獣がいたことを示していた。