超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

12 / 84
11話、空間武闘

 アリーナにいる人間は大晃がISと生身で闘ったことなど知らない。

 ただ、流している血は、まばらにある火傷の跡は、大晃が今まさに潜ってきた修羅場の残り香であった。

 

 眼が当たりを見渡すように動き、それを追いかけるように大晃の顔は傾いていく。

 一夏と鈴が見える。

 箒とセシリアと薫子が見える。

 そして、観客たちが見える。

 皆一様に怯えている表情を見せている。

 中には眼に涙の跡を付けている者もいた。

 

 大晃の明るい顔に、ほんの少しだけ影が差した。

 僅かに、しかし、はっきりと憂いのようなものが顔に出ている。

 巨大な黄色の塊に巨大な青色の塊が混ざりこんで、大晃の巨大な感情が僅かに色を変えたようであった。

 それでも大晃は笑っていた。

 どす黒いものを胸に抱えてもなお、大晃は笑っていたのである。

 野太い、どこか哀しい笑みであった。

 初めて見せる哀しみの表情であった。

 

 大晃は乱入者を見た。

 フルフェイスのISは大晃を測るようにカメラを向けていた。

 視線が交わりあい、大晃の顔をカメラが大きく映した。

 その顔には哀しみが消えていく様子が克明に映っていた。

 

 身体の中を駆け巡っていく感情が、肉体という回路を通ることで色が変わっていくように。

 青色の感情が黄色に変換されるように。

 あるいは色の強さが増幅されるように。

 

 哀しみは闘いへの欲求となり、闘いへの欲求は歓びとなり、歓びは歓喜の表情となる。

 大晃の表情は彼の体内で循環されている"もの"の模様が顔に表れたようであった。

 

 ――にぃ。

 

 いつになく不敵な笑みを浮かべて、大晃は足を踏み出した。

 一歩一歩を味わうように、丁寧に前に進んでいく。

 

 その歩みを誰も止めようとはしなかった。

 その歩みを誰も止められはしなかった。

 

 徐々にその速度は増していく。

 一歩一歩進むごとに、歓びが増幅され、それに耐えかねたように足が動いていく。

 最後には感情が赤く振り切れていた。

 走りだして、一気に駆け上がっていた。

 

 観客席とバリアの間には深い溝がある。

 決して観客がバリアに触れないような構造は、城の堀を想像させた。

 その溝を乗り越えて大晃は遮断シールドの前に立った。

 立って何かを見定める。

 眼は無人機を見ているようでもあり、シールドを見ているようでもあった。

 

 シールドに有る、有るか無しの明滅を見ているのか――。

 

 それに気が付いたのは管制塔の千冬と真耶、そして限られた生徒だけであった。

 

 シールドは二度に渡り破られた。

 その都度修復されるわけではあるが、限界近くの出力を出し続けた結果、シールド発生装置は不安定な状態になっていた。

 それに伴うシールドの不調も相まって、切れかけた電球のように不安定な明滅がシールドに発生している。

 

 大晃が光に包まれ、"無手"に身を纏い、腰を下げた。

 膝にあるゆとりは、その実バネでもある。

 発生した力が撓みに弾性を与え、今にも地から撥ねそうな気配が生まれる。

 

 大晃の眼がシールドの明滅を捉え――、

 

 迅ッ――。

 

 解放された力は強烈な推進力を生み、極小の隙間を見事に突き抜け、大晃の身体を侵入者の懐に容易く届けた。

 

「紛ッ」

 

 突き出された大晃の拳が侵入者に潜り込んだ。

 金属同士が衝突する音がアリーナに響いた。

 

「何だぁ――」

 

 大晃は何かに気づいたように眉を顰めた。

 

「機械かよ、お前さん方」

 

 拳からの感覚でフルフェイスのISが無人機であることを見抜いたようであった。

 いつの間にか、大晃を挟むように二機の無人機は位置取りをしている。

 

「じゃあ、"あれ"をやったのは一夏と鈴か――」

 

 最初に撃破された無人機の残骸。

 そこから闘いの痕跡を読み取り、何があったのかを紐解くような視線。

 

 一夏と鈴は最初に乱入してきた無人機を相手にした。

 それは自分たちの闘いを刻み込むものであった。

 だから、無人機の残骸は正しく闘いの記録そのものでもあったのだ。

 少なくとも大晃にとっては――。

 

「良い闘いっぷりだ。俺も見習わなくちゃな」

 

 背に奔る恍惚の感情を味わうように、喜びの声を上げる大晃。

 いつか一夏とも鈴とも闘ってみたいという、欲望。

 それが大晃の中でマックスを迎え――、

 

「GYAAAAAAAAッ!」

「URUUUUUUUUッ!」

 

 その巨大な感情に動かされるように、二機は飛んだ。

 大晃から漂う感情を拾い上げるように、電子音をまき散らす。

 正面と背面から突き刺すように、腕を鋭く突いた。

 

 大晃は前に出た。

 前方の無人機には頭部にカウンターとして拳を突き込んだ。

 最後の無人機には腹部に前傾姿勢になる勢いを利用した蹴りを叩き込んだ。

 金属が拉げる音が響いた。

 

「区別がつく様にしてやったよ」

 

 よくよく見ると、正面から攻撃したほうは顔面が凹み、背面から攻撃したほうは腹部が凹んでいる。

 

 大晃の余裕の様子からか、無人機たちは近接戦闘では勝ち目がないことを悟ったのだろう。

 二機は距離を取ろうとした。

 遠距離からの砲撃で片付けるつもりらしかった。

 

 大晃はそれを許さない。

 

 まず"顔面が凹んだ"方に狙いを絞った。

 正面に無人機を据えて、PICの莫大な出力は大晃を前に押し出す。

 

 その速度は全ISの中でもトップクラスに位置するが、軌道は単純。

 無人機は全スラスターに火をつけ、その軌道から逃れるように動いた。

 

 だが、大晃は止まらなかった。

 静止しなければ進路を変えられない筈の大晃は、直線を進んでいく。

 もし、今までと違うことがあるとすれば、大晃がその正面に無人機を捉えていたことであった。

 進みながら大晃はその身体の向きだけを変えて、無人機を自身の正面に置き続けていたのである。

 いや、それは正確ではない。

 ISの勝負では相手の動きから次の予想して、その位置に弾丸打ち込む。

 銃の照準を合わせるときのように、大晃は少し先の無人機を正面に捉えたのである。

 

 大晃は一瞬静止したが、進行方向は既に済ませていた為、静止したように見えた時にはもう前進していた。

 

「……ッ!」

 

 迫られた無人機はその動きが予想外だったのだろう。

 乾いた音が漏らして、また、逃れようとしたがそれができなかった。

 全力で移動するということは、それゆえに制御が難しいことを意味する。

 例え、大晃の狙いが分かっていようと、全スラスターを点火した時点で軌道を変えることはできなかったのだ。

 

 大晃は右腕で掴んできた。

 回転を始めて――。

 

「KIYAAAAAAAッ!」

 

 空気を大きく巻き込み、轟音を起こしながら、"腹部が凹んだ"無人機に向けて投げた。

 弾丸のような速さで飛んでいく。

 投げられた無人機の電子音が悲痛であった。

 

 "腹部の凹んだ"無人機はその軌跡から逸れた。

 この行動は"飛び道具"からの回避と攻撃を兼ねている。

 何故なら大晃は自らが投げ飛ばした"頭部の凹んだ"無人機の陰に身を隠していたから。

 大晃への射線が通る位置へ移動する必要があったのだ。

 

 ――キュイィィン

 

 砲台にエネルギーを込める音を響かせながら、"腹部の凹んだ"無人機は大晃を確認する。

 陰になっていた大晃の姿がカメラにしっかりと映っていた。

 

 だが、無人機のAIには警鐘にも似た電流が流れた。

 相手が見えることへの有利よりも相手に見られることへの不利を、今初めて数値として認識できたような。

 相手に見られてその不利を初めて認識できたような。

 無人機はその姿を見て、大晃の危険性を思い知ったのである。

 狙っていたのは無人機だけではなかったのだ――。

 

 大晃は移動しながらにして、もう打撃の予備動作を完了させていたのである。

 

 その意味に気が付いた時にはもう遅かった。

 大晃は途中で投げ飛ばした無人機をさらに拳で叩いたのだ。

 叩かれた無人機は軌道を変え、速さを増し"腹部の凹んだ"無人機にぶつかる。

 

 こうして、二機の無人機は不本意な合流を果たすことになった。

 酷い様子であった。

 

 外殻が欠けて、中の配線が一部剥き出しになり、この二機が機械であることを否応なしに主張している。

 ぶつかり合う時の衝撃を逃がそうと、"腹部の凹んだ"無人機は腕部で自らを庇った。

 投げられた方の無人機は既に大晃に打撃を受けていたので、いくらか損傷が激しかった。

 そこに腕部が埋まってしまったのである。

 埋まった腕部には配線が絡んでいる。

 

 二機は絡まり合ってしまったのだ。

 子供に滅茶苦茶にされて、壊れてしまったおもちゃを連想させる姿。

 どこか哀しい光景であった。

 

 その二機に突き刺さるのは拳。

 近づいた大晃が放った拳が、絡み合った二機を同時に押した。

 外殻に拳の跡が刻まれた。

 拳の衝撃が二機を吹き飛した。

 

 大晃が全身を引き絞る。

 右腕を振り上げ、捩じり、力を溜める。

 空気に伝搬するほどの力み。

 その力んだ状態で静止する肉体。

 

 その間に広がった無人機との距離。

 

 それが一気に零になる。

 力みを開放し、捩じれが強烈な打撃へと変換された刹那。

 大晃は無人機を懐に据えていた。

 何とも奇妙であった。

 

 肉体の動きはその場で腕を振るっただけのことである。

 前に出る動作など微塵も見られない。

 ただ、虚空に向けて決められた技を放つようにしか見えない。

 しかし、その肉体は位置を変えている。

 

 決められたレールの上を滑るように――。

 肉体を空間ごと動かしたかのように――。

 

 技を放ち終わった大晃は、淀みなく次の技に繋げる。

 右腕を振り切った姿勢で、筋肉に力を籠め、左拳を握る。

 無人機の進路と技を出す速度、そこから最適な位置を割り出す。

 ルートを修正し、前に出た。

 爆発的な速度であった。

 

 PICにより移動と回転が同時に行われ、解放された力は損なわれることなく拳に到達した。

 

 左のアッパーが斜め上に、

 右の振り下ろしが直下に、

 左の突きが水平に、

 無人機はまるでピンボールのように弾かれている。

 眼で追うのがほとんどできない速度であった。

 

 それが唐突に地面に叩き付けられていた。

 土煙が巻き上がり。

 晴れると、そこにはやや歪ながらも球状の鉄の塊が出現していた。

 

 表面に敷き詰められた拳の跡が、無人機の成れの果てだという唯一の証明であった。

 

 

 

 

 

 一夏は保健室の前にいた。

 

 聞きたいことはいっぱいあった。

 あの無人機が一体なんであったのか、誰の差し金で乱入をしてきたのか。

 ISのシステムを乗っ取ったのは、無人機とはどういう関係にあるのか。

 

 そして、大晃がアリーナにいない間どこにいて、何をしていたのか。

 何より、大晃は無事であるのかどうか。

 

 闘いが終わってから、大晃はすぐに保健室に押し込められた。

 声をかける暇もなかった。

 千冬が管制室から飛び出して、大晃を強制的に連れて行ったのだ。

 闘いの激しさからは想像もつかないが、やはり危険な状態であったらしい。

 

 その千冬も今は大晃と同じ保健室にいる。

 外から声は聞こえないが、大体の雰囲気で分かる。

 千冬は大晃を説教しているのである。

 相手は怪我をしているが、教師としては言って置かなければならないことがあるのだろう。

 

 手と足が血塗れになるほどの怪我を負い、軽い火傷がまばらにあったあの状態で闘ったのだ。

 大晃の肉体がどれほどの負荷に耐えられるかは別として、あれほどの無茶を見逃すわけにはいかない。

 それは一夏にも良く分かった。

 今こうして自分に心配を掛けさせていることには怒りにも似た感情がある。

 

 だが――、

 

 一夏の腹の中には大晃の闘いが残していたのもがあった。

 そこから、湧いてくる疑問。

 

 やれるか、あれが――。

 

 その問いが腹の底から湧いてくる。

 それは強烈な答えから生まれたものであった。

 

 楽しい――。

 大晃の闘いはそう叫んでいた。

 血が流れてジュクジュクに傷んだ皮膚、あるいは、観客たちの怯えた姿に覚えた己の憂いという感情。

 それらの全てを是と認める、強烈な答えであった。

 

 その答えが大晃の肉体からばら撒かれて、種のように埋め込まれていた。

 その種が疑問として芽生えていたのだ。

 

 普通だったらやれない。

 金輪際、闘いたくない。

 そう思って、逃げてしまうだろう。

 しかし――、

 

 考えは続かなかった。

 声を掛けられていたからだ。

 

「考えごと?」

 

 鈴が隣にいた。

 いや鈴だけではない。

 この場には、箒もセシリアもいたのである。

 

 ここにいる四人もまた大晃のことが気になっていたのだ。

 

「少しな」

「何を考えていたの?」

「大晃のことだ」

 

 鈴に自分の思っていたことを素直に話した。

 

「そんなことを考えてたの?」

「そうだ」

「で、どうなの?」

「普通だったらできない」

「普通だったら?」

「ああ」

「じゃあ、普通じゃなかったらできるの?」

 

 一夏は鈴を見た。

 次に箒、その次にセシリア、と周囲の人間を見渡した。

 逆にここにいる全員が、一夏を見ていた。

 一夏と鈴は声を潜ませていたわけではない。

 しっかり、と全員がこの会話を聞いていたのだ。

 

「最初の一機をぶちのめしてやって、また、二機が襲ってきたとき。

 俺はこれ以上は限界かもしれないと思ったよ」

「本当?」

「ああ、逃げだそうとしてもおかしくなかったかもしれない。

 勝てる公算も少なかったし、死ぬかもしれなかったからね」

「じゃあ、なんで逃げなかったの?」

「おい、もう忘れたのか?

 大晃が来る直前に言ってたじゃないか」

「何か、言ってたっけ?」

「鈴、お前が居たからだよ」

 

 あっ、と鈴は思い出した。

 "今日の試合が楽しかったのは、お前の闘い方が凄かったからだ"と一夏は言っていた。

 そして、"他でもない、お前に見て欲しいんだ"とも、闘いの直前に言っていた。

 結局のところ大晃がやってきたので一夏が闘うことは無かったのだが…。

 

 そのときの台詞が再生され、見つめてくる一夏が重なり合い、鈴は顔をわずかに赤くした。

 "お前のお陰だ"という言葉には愛の告白に匹敵するほどの甘さがあった。

 

 一夏は鈴が台詞を思い出したことだけを察知した。

 鈴の恋心には気づかずに、それでいて、自分の問いの答えには気づくあたり、一夏は器用に鈍感であった。

 鈴の顔の赤さには何の疑問も抱かずに、一夏は続ける。

 

「俺があのとき闘おうとできたのは、お前が居たからだよ。

 証明したかったんだ」

「……何を?」

「俺が誰かのために闘えるってことさ」

 

 言ってから一夏は頷いた。

 自分の気持ちを改めて言葉にして、自分の声でそれを聞いて納得したのだ。

 胸に言葉が染み渡るようであった。

 

 その言葉は疑問への答えにはなりえない。

 実際、大晃が味わったような痛みを感じたとき、自分がどこまでやれるのか。

 依然、分からないままだ。

 だが、その問いを前にしたとき、自分はあのとき闘おうとした。

 自分自身を証明するために、何かを守るために闘う決意を固めることができたのだ。

 その想いを胸に、疑問と対峙することができる。

 それだけで十分であった。

 

「おい」

 

 一夏がそこまで思ったとき、鈴に呼びかける人間がいた。

 箒が静かに視線を向けていた。

 

「何よ?」

「私も一夏と同じ意見だ。

 今日の試合、乱入戦、全ては鈴が一夏を引っ張ていたと言っても過言ではない」

「へえ」

「正直、今日の闘いは思わぬ収穫でいっぱいだった。

 篠ノ之流を教える人間として礼を言うよ」

「どうしたの?

 やけに持ち上げてくれるじゃない?」

「……だが、一つ勘違いしないで貰いたいんだ」

 

 尊敬の念が籠っていた箒の声が鋭いものに変わっていく。

 箒と鈴の視線が重なる。

 磁場が――、眼に見えぬ何らかの力が――、二人の間で生まれている。

 

「一夏に篠ノ之流を教えたのは私だ。

 一夏がお前について行けたのは、私が教えた篠ノ之流があったからだ」

「……ふーん」

「そこだけは勘違いして欲しくないからな」

 

 一夏の闘いの根底には篠ノ之流がある。

 鈴との闘いでも、白式の機体性能と単一機能により救われている部分はあったものの、立ち振る舞いの源泉は篠ノ之流である。

 そして、篠ノ之流を教えるのは箒である。

 つまり、一夏は自分を必要としている、と箒は主張しているのだ。

 

「確かにあんたの言う通りね」

「物分かりが良いんだな」

「ええ。あんたもあの試合が自分一人のお陰だなんて、言うつもりは無いんでしょう?」

「まさか。

 試合があそこまで高まったのはお前のお陰だ。

 そこはしっかりと分かっているつもりだ」

「ふふん。だったら良いわよ」

 

 鈴は気持ち良さそうに笑った。

 面白いと思っていた。

 箒の歯切れの良い物言いがである。

 箒は嫉妬していた。

 鈴と一夏の闘いでどれほどのものを共有したのか。

 それに焦りに似た思いを抱いている。

 

 普通ならもっと意地の悪い言い方になる。

 特に片思いをしている人間はそうだ。

 鈴は経験則からそれを知っている。

 己自身にもその心当たりはある。

 

 だが、箒は違った。

 お前は凄い。

 お前に感謝したい。

 しかし、私は負けん。

 勝つのは私だ。

 

 そう言っているのだ。

 一夏と鈴の闘いの価値を認め、尊敬の念を抱きながらも、勝つのは私だと己を鼓舞している。

 

 真っ直ぐすぎるほどに、真っ直ぐな言い方であった。

 だから、鈴は好感を覚えたのだ。

 

 その二人の会話に流石に違和感を覚えた一夏であったが、口を開く前に――

 

「もう入ってもいいぞ」

 

 千冬が保健室の扉を開けたのだった。

 

 

 

 病室のベッドに大晃は寝かされていた。

 手と足には包帯が巻かれている。

 全身にも包帯が巻いてあり、それは全身余すことなく怪我をしていることを意味していた。

 

「大丈夫ですのッ!?」

 

 セシリアが小走りで駆け寄った。

 病室ということもあり声は小さいが、セシリアの声は悲鳴のようでもあった。

 

「大丈夫だ。命に別状はないらしい。

 数日はベットの上で過ごすことにはなるらしいが、心配はいらんよ」

 

 大晃がそう言う。

 全身に包帯を巻いた状態であっても、普段と変わっている様子はない。

 気負いもなく横になる姿は、山脈のようでもある。

 そんな大晃をセシリアはじろりと睨んだ。

 

「一体、どんな無茶をすればそんな大怪我ができるんですの!」

 

 セシリアは開口一番にそう言った。

 セシリアが大晃を非難するのにはそれなりの理由があった。

 

 大晃は手や足から血を流していた。

 普通人であればあり得るかもしれないが、拳や足を鍛えている大晃の場合だと事情が変わってくる。

 人は襲われれば、抵抗をするか逃げることを選ぶ。

 抵抗する場合、人は己の中にある最も優れた武器を選んで使う。

 大晃が最も信頼する武器――、すなわち、己の肉体である。

 拳が――、

 足が――、

 それらが大晃にとっての最大の武器である。

 使わないわけがなかった。

 その武器が傷ついている。

 つまり、拳でも足でも壊せないほどの硬いものを殴りすぎたから、大晃の手と足はぼろぼろになったのである。

 しかし、である。

 それはおかしいのである。

 何故なら、大晃はISを持っている。

 生身で壊せないのなら、ISを纏えばいいのだ。

 どんな事情があろうと、手や足がぼろぼろになる位ならそうするべきである。

 

 セシリアは大晃の怪我は本来避けられたものだと思っているのだ。

 実際にその考えは間違っていない。

 ISを装備さえしていれば、怪我をしていたにしてもはるかにましだったろう。

 

 図星だからか、大晃も僅かにバツが悪そうにごまかそうとしている。

 

「おいおい。大怪我は言い過ぎだぜ。数日はベットの上だと言ったが、一晩寝れば問題ないと俺は思っているんだ」

「そんなこと絶対に許しませんわよッ!」

 

 セシリアはほとんど叫んでいた。

 二人の会話に割り込む形で、千冬が話し始めた。

 

「セシリア、お前の憤りももっともだがな、今は黙っていろ」

「しかし――」

「何度も言わせるなよ。

 お前が憤るのも分かるが、今はそんな話がしたいんじゃない。

 今日何が起こったのか、情報の整理を行う必要がある」

「……」

「まずは、大晃の身に何が起きたのか?

 説明するのに相応しい人間に来てもらった」

 

 千冬がそう言うと、一人の人間が入ってきた。

 青のショートヘアの女子生徒であった。

 リボンの色から察するに二年生であるらしい。

 

「更識楯無よ。当然この中にも知っている人は居るわよね?」

 

 そう言って、手に持った扇子を広げた。

 "学園最強 生徒会長"と書いてある。

 

「でも、良いんですか?

 今からする話は広言されると困る類のものなんですが?」

「大丈夫だ。ここにいる人間には伝えてある」

 

 楯無のもっともな疑問にそう答えた。

 大晃以外の四人は保健室の前で、これからする話を漏らせば無事では済まない、と伝えられている。

 大晃も既に警告は受けている。

 その確認を取った楯無は話し始めた。

 

「大体想像はつくでしょうけど、そこの大晃君は襲われたのよ。

 犯人は試合の前に、ISの企業の人間として接触してきたわ。

 狙いは大晃君のIS"無手"の強奪」

 

 楯無の言葉に一夏は息を呑んだ。

 自分も大晃と同じ男の操縦者である。

 大晃は男の操縦者だからという理由で襲われたのだろうか。

 もし、大晃がクラス代表を辞退していなかったら。

 

 ――俺も同じ目に合っていたかもしれない。

 

 一夏の背が震えた。

 

「相手はISを所有していたわ」

 

 ISとは貴重なものである。

 世界に467機しかない上に、管理は各国が厳重に行っている。

 そのISを持っている。

 それはつまり、その敵の所属のしている組織の規模が国に匹敵することを意味していた。

 

「敵は亡国機業のオータムと名乗っていた。

 今、情報の裏を取っている最中よ」

 

 裏を取る。

 それはつまり、すでにその敵は捕縛されており、尋問している最中なのか。

 その言葉から推測できる状況を、否定するように楯無は話をする。

 

「――残念だけど、敵を捕縛することはできなかった。

 学園の外で追い詰めたけれども、邪魔が入って取り逃がしてしまったわ」

 

 "無念"と扇子の文字に思いを乗せる楯無。

 その楯無の話を引き継いで、千冬が続けた。

 

「大晃を襲った組織と、アリーナに乱入した無人機との関係は未だ不明だ。

 ただ、IS学園に身分を偽って侵入した人間がいた以上、人の出入りは制限される。

 後日、全校生徒にその旨が伝えられるが、各自気を抜かないように日常を過ごすように」 

 

 その言葉に強く頷いたのは、セシリアと鈴の代表候補生であった。

 国家の広報の一部を担うのが代表候補生である。

 その性質として、ISの専門誌やその他雑誌、新聞、とあらゆる媒体のメディアの取材を受けることになる。

 それだけに外から接触してくる人間も多い。

 襲われる可能性は他の生徒よりも高いのである。

 

 その自覚があるからセシリアと鈴は強く頷いたのである。

 

 一夏と箒はそれに少しだけ遅れて頷いた。

 二人も襲撃される可能性は高いのだ。

 

 それも見てから千冬は保健室を出て行った。

 楯無も一緒に出て行った。

 会長としてやるべきことが沢山あるのだろう。

 

 二人が出て行ってから、しばらくして一夏は大晃を眺めた。

 眺めていると罪悪感が胸の底から湧いてくる。

 理由はすぐにわかった。

 大晃が襲われたのは試合中である。

 もし、自分がクラス代表にならなければ襲われていたのは自分だったかもしれない。

 逆に言えば、大晃がクラス代表であれば、生身の状態で襲われることは無かっただろう、ということだ。

 アリーナには無人機の襲撃があるにはあったが、あの程度の敵を相手に大晃が遅れを取るとも思えない。

 実際に、大晃は無人機を二機、圧倒している。

 少なくとも、手や足がボロボロになるような怪我はしなかっただろう。

 一夏は大晃の怪我が自分のせいに思えて仕方なかった。

 一夏の目の前では大晃がセシリアに詰め寄られている。

 困ったように頭を掻く大晃を見かねて、箒と鈴がなんとか間に入ろうとしている。

 

 その中心にある傷だらけの肉体を見て、一夏の胸には苦いものが広がったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。