超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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12話、鍛錬と模擬戦と小動物の笑み

 箒はトラックを走っていた。

 一周当たりの距離は普通の学校よりもある。

 そのトラックをすでに箒は何周もしていた。

 胸につっかえている熱いものを吐き出すように、息を吐いている。

 

 IS学園。

 まだ、日が昇る前である。

 夜に冷やされた空気が箒はトラックを走っていた。

 一周当たりの距離は普通の学校よりもある。

 そのトラックをすでに箒は何周もしていた。

 胸につっかえている熱いものを吐き出すように、息を吐いている。

 

 いつからこうしているのだろうか?

 

 もう、一時間以上は走っている。

 ウォーミングアップとしてはやりすぎな位かもしれない。

 本当ならそろそろ、自分の型を見直す作業に入ってもいいはずである。

 道場の鏡の前で、篠ノ之流の型を確認する。

 大事なことである。

 何故、その作業に入らないのか?

 

 ――脚が止まらない。

 

 胸の中で焦げ付きそうなほどに熱いものがあった。

 それが箒を押し続けている。

 その押し続ける力に箒は逆らうことができなかった。

 だから、箒は没頭する。

 IS学園で起きた闘いの一つ一つを振り返る。

 

 一夏と鈴のクラス対抗戦。

 二人が恐れを乗り越えた試合であった。

 リスクを超えた戦術を鈴は取った。

 あえて、一夏に接近戦を挑んだのである。

 側面に回り込み、剣の間合いのギリギリで鈴は双天月牙を振るったのである。

 そして、最後には一夏に抱き着いて、自分もダメージを受ける至近距離であるにも関わらず、衝撃砲を使った。

 一夏よりもダメージが軽微であるとはいえ、痛みがないわけではない。

 受けるダメージよりも、与えるダメージが大きければ構わない。

 そういう闘いであった。

 

 途中で邪魔が入ってしまったが、良い闘いであった。

 

 一夏の闘いを挙げるのなら、忘れてはいけないのは、大晃との闘いだろう。

 

 クラス代表を決める際セシリアが一夏に喧嘩を売ったことが、そもそもの始まりである。

 物珍しさだけで選ばれてしまった一夏をセシリアは気に入らなかったのだ。

 それでクラス代表を決める闘いが始まった。

 一夏、セシリア、大晃のメンバーでのバトルロイヤルになったのは、クラス代表の候補になったのがこの三人だからである。

 

 そこで、大晃のISを見た人間は驚いただろう。

 大晃のIS――"無手"は素手であったからだ。

 人の肉体をそのまま拡張しただけのISであった。

 それが、恐ろしく強かった。

 直進と静止しかできない。

 そして、進路を変えることは静止中にしかできない奇妙なIS。

 平たく言えば、圧倒的な性能を持つが機能が限定されるISである。

 しかし、その限られた機能で大晃はセシリアを制した。

 セシリアに恐怖を刻み付けて、消耗させ、負けを自ら受け入れてしまうほどの苦境を与えた。

 一夏が動いたのはそんな時だった。

 止めの連撃を放とうとする大晃の前に躍り出たのだ。

 

 ――俺がセシリアを守る。

 

 そんな決意が一夏の力を膨らました。

 一夏は守る方があった方が力を発揮できる人間なのかもしれない。

 PICを剣に掛けることによって力をコントロールし、大晃の拳による力すらも制御したのである。

 その異常な冴えをもって大晃に肉薄した。

 閉所に追い詰めることにより、一撃必殺の零落白夜を大晃に叩き込む寸前までいったのだ。

 

 問題は相手が大晃であったことだ。

 動きを制限していたはずのアリーナのバリアを、地面に見立てて大晃は踏ん張ったのである。

 全身の駆動から放たれた一撃は一夏を敗北に追いやった。

 

 そして、それすらも本当の闘いの始まりに過ぎなかった。

 一度は折れたはずのセシリアが、再び立ち上がったのだ。

 

 まず、セシリアはビットを目隠しとして放った。

 生き残るためだけに攻撃の頻度を少なくした。

 それらの行動は全てが本気でもあり、偽装でもあった。

 目隠しとしてビットを放っていたが、ミサイルは本当に放たれていたのだ。

 それを大晃にぶつけたのだ。

 しかし――、それすらも大晃の負けには結びつかなかった。

 

 さらに追い込まれたセシリアは成長することになる。

 ビットの動作には意識を集中させねばならない。

 その弱点を克服したのである。

 回避と攻撃を同時に行うことのできるスタイルがこの時に確立された。

 それによって、大晃の攻撃は当たらずに、逆にセシリアの攻撃は当たるようになった。

 完全に形勢は逆転したかのように見えた。

 

 不利な状況覆すために、遠距離攻撃手段を持たないのに、大晃は敢えて地面に降り立った。

 始まった化かし合い。

 アリーナの天井さえも利用し、アリーナの地面に砂埃を発生させる大晃。

 大晃の思惑をほぼ読み切ったセシリア。

 何が、二人の勝敗を分けたのか?

 箒には分からない。

 どちらが勝っていてもおかしくなかった。

 最終的に勝ったのは大晃であった。

 セシリアは充足の笑みを浮かべて倒れた。

 

 ISよりも二人の化かし合いの方が印象に残る、凄まじい闘いであった。

 否。

 それも少し違う。

 二人の闘いはISの特性を生かし切ったものだ。

 その生かし切った性能よりも、そこに至る過程のほうに強い意味があっただけのことだ。

 

 そこまで考えて、箒はようやく足を止めた。

 昇り始めた日を見ながら、深く息をしている。

 

 学年別トーナメントが六月末にある。

 今は五月末なので一か月後になるわけである。

 当然目指すのは優勝であった。

 例え、代表候補生が相手だろうと、闘いであれば負けるわけにはいかないと思っている。

 

 やはり、ネックになるのは大晃だな――。

 

 自分が誰と組むか、そもそも組む相手がいるのかは置いておく。

 それより気になるのは大晃のことだ。

 一年生の中で最も厄介な人間は、大晃であった。

 

 無人機との闘いでは、大晃はISの機能をより開放していた。

 移動の際に自由に回転ができるようになった。

 それだけで、大晃の取れる選択肢が格段に増えた。

 

 そして、武芸を嗜む者として気になるのは終盤に見せた奇妙な動き。

 肉体はその場で素振りするようでありながら、ISは動き、敵を己の懐に導いた。

 機体の動きと肉体の動きに乖離がありながら、しっかりとかみ合っている。

 

 あれこそは――。

 

 ISを使った肉体の闘いという意味では一つの完成形である、と箒は思っている。

 例えば、前方の離れた敵に対して、突きを放つ。

 その場合、肉体はその場で打つだけであれば本来当たらないが、ISが前進するという動作が加われば、距離のある相手にも拳を当てることができる。

 

 ISと肉体の動きをどのように組み合わせるかを考えて、それを実行する。

 

 言葉にすればこれだけであるが、実際に行うのは難しい。

 しかし、その組み合わせを自在に操れるのであれば、これほど厄介なことは無いだろう。

 少なくとも大晃は無人機相手にそれを実行してみせた。

 

 箒は苦笑した。

 闘いのことを考えてしまう自分に呆れてしまったのだ。

 自分は変わったのだろうか。

 確かに変わった。

 入学してすぐの時からは大きく変わった。

 何が自分を変えたのか。

 

 日差しを心地よく浴びながら、箒は髪をなでた。

 

 家族が離れ離れになってからずいぶん経つ。

 篠ノ之流の道場も閉じてしまった。

 箒に残っていたのは、身体に刻まれた篠ノ之流だけであった。

 それだけは忘れないようにしていた。

 型を繰り返し、素振りを繰り返し、秘伝書をもとに自分の知らない技を覚えたり――。

 そういう毎日であった。

 その甲斐あってか力はついた。

 剣道では全国大会で優勝という快挙を成し遂げた。

 しかし、その勝利は喜ばしいものではなかった。

 誰でもいいから叩きのめしたい。

 そう思って試合を終えて眼にしたのは、対戦相手の涙であった。

 自分が如何に醜かったのかを突き付けられたような気がして、あまりにも惨めであった。

 だから、篠ノ之流を誇れる機会など今までなかった。

 

 篠ノ之流をやっていて報われた瞬間があったとすれば、それは大晃に会った時だろうと箒は思っている。

 

 IS学園入学初日。

 最初は一夏と会えた嬉しさがあった。

 しかし、一夏と話す内に気まずい沈黙ができて、それを埋めるように大晃は話しかけてきたのだ。

 

「あんた、あの篠ノ之かい?」

 

 その"篠ノ之"という言葉に思わず激高した。

 篠ノ之という言葉をわざわざ使う場合、相手は大抵"姉"のことを話すからである。

 大晃は違った。

 箒が大声を出したことなど気にしない素振りで否定したのである。

 

「俺が知っているのは篠ノ之流のことだよ」

 

 何とも嬉しそうに大晃は笑っていたのである。

 篠ノ之流のことを知りたくて堪らない、と笑みを浮かべていたのだ。

 それを見て箒も嬉しい気持ちになった。

 篠ノ之流は自分にとっては思い入れの強いものであるのと同時に、知る者が少ない流派である。

 道場が閉じている今、篠ノ之流は消え行く運命にある。

 その篠ノ之流を知っている人間がいるということは、箒にとっては嬉しいことであった。

 

「俺に技を掛けてくれないか?」

 

 だから、大晃が挑発の言葉を投げかけて来たときには、怒りが沸いた。

 しかも、篠ノ之流を舐める発言も直後に放ってきた。

 

「俺からは仕掛けないから安心してくれ」

 

 気遣いにも聞こえるその言葉は、箒にとってみれば侮辱と同じことであった。

 もっとも大晃にはほかの思惑もあったのかもしれない、と今にして思う。

 こちらからは手を出さない、と言って置きながら遠慮なく仕掛けてくることもありえた。

 このときはそんなことを考えもしないで、ただ思い知らせてやる、としか考えていなかった。

 そして、例えどのような意図が大晃にあろうと、至近距離で手を差し出さした時点でそれらの意味は無くなっていた。

 

 箒はすぐさま腕を掴んだ。

 腕が掴まれることで、大晃の身体が自然と反応し力が生まれる。

 その力を掌握して箒は大晃の身体を浮かせたのである。

 もし、このとき大晃が反撃を考えていようと、その力さえ利用して身体を浮かされていたことだろう。

 ふわりと浮いて反撃もできない状況に陥った大晃を、箒は容赦なく地面に叩き付けた。

 ――結果。

 大晃はしっかりと両の脚で立っていた。

 教室の天井を蹴ることにより、叩き付けられるのとほぼ同時に地面に着地したのである。

 

「中々の腕前だな」

 

 その言葉を聞いていた時には、もう怒りも収まっていた。

 大晃が本気で篠ノ之流を挑発していたわけではないと、理解したからである。

 

 今にして思えば、大晃に挑発されたことも良い思い出である。

 確かに、自分の大事なものを侮辱されると、頭にくる。

 だが、大晃の挑発の裏には一貫した敬意があった。

 篠ノ之流を知りたい。

 その為ならば、自分の身体を実験台にすることも辞さない。

 

 箒にとって篠ノ之流は家族との繋がりの証でしかなかった。

 大晃との出会いが、染み付いた篠ノ之流を"強さ"へと変えた。

 己の持っている力を篠ノ之流という軸が貫いた瞬間であった。

 

 そして、今――

 その篠ノ之流が試されている。

 

 箒はISに限ってはほぼ初心者である。

 もし、他の人間に対して優位性があるとすれば篠ノ之流しかない。

 どう勝っていくのか。

 具体的な方法はまだ浮かばない。

 増してや相手は代表候補生に安城大晃である。

 正直に言って、不利である。

 

 しかし、腹の底から湧いてくる興奮が収まることは無かった。

 

 昇り始めた太陽の日の光に大晃を幻視しながら、箒は力強く踏み出した。

 

 

 

 

 

 セシリア・オルコットはイギリス代表候補生である。

 代表候補生とは、国から専用機を持つことを許された人間のことである。

 ISは全世界に限られた数しか存在しない上に、恐らくは増えることはない。

 その専用機を持つということは、国家の威信を背負うこととほぼ同義である、と考える人間は多い。

 

 セシリアはそういうタイプの人間であり、なおかつ、ISのことで舐められることを極度に嫌っている。

 自分の背後にある祖国を舐められていると感じてしまうからである。

 

 だから、相手が誰であっても舐められるということはセシリアにとって許せないことであった。

 例え、その相手が世界最強の織斑千冬であったとしても――。

 

「オルコットと凰の二人掛かりで山田先生と闘って貰おうか」

 

 一組と二組の合同で行う実技の授業であった。

 グラウンドに生徒たちが並んでいた。

 列からセシリアと鈴を出した千冬が、模擬戦をするように伝えたのである。

 この場にいる人間は、セシリアと鈴が闘うものだとばかり思っていた。

 しかし、違った。

 相手は山田真耶である。

 代表候補生の二人掛かりで、真耶と闘えと千冬は言ったのであった。

 

 セシリアがとまどった様子で千冬に口をきいた。

 

「どうして二人でやる必要があるのですか?

 わたくし一人でも十分ですのに……」

「あたしも納得いきません。

 何故二対一で闘わなくてはいけないんですか?」

 

 セシリアは一度真耶に勝っている。

 入学試験での模擬戦で真耶を下したはずであった。

 一人で十分だと本気で思っていた。

 

 鈴は鈴で、自分の技量には自信がある。

 その自分が何故セシリアと組んでまで真耶と闘わなくてはいけないのか。

 

 二人はいまいち千冬の意図が読めなかった。

 

「安心していいぞ。

 お前たちは絶対に勝てないからな」

 

 千冬はそう言って、二人を促す。

 ただ、事実をそのまま口にしたような言葉は二人に、特にセシリアに大きく響いた。

 今、自分は舐められている。

 セシリアはそう考えていた。

 セシリアにとっては自分の実力を低く評価されることは、舐められることと同じだった。

 それはつまり祖国さえも舐めているということであった。

 頭に血が上る、その血流の音がドクンドクンと鳴っている。

 

 その点、鈴の方がまだ冷静であった。

 鈴は代表候補生ではあるが、国の誇りと自分を強くは結びつけてはいない。

 あくまでも個人として反感を持っている。

 

 二人の顔を見て、千冬は軽くため息をついた。

 

「成程、貴様らは憤っているんだろうが、大きな勘違いをしている」

「勘違い?」

「どういう意味ですか?」

 

 セシリア、鈴の順番で聞き返された千冬は答えた。

 

「舐めているのは貴様らだ」

「なんですって!?」

 

 セシリアが声を上げた。

 セシリアと千冬の間に流れる不穏な空気。

 クラスメイト達に緊張が走った。

 

「少し黙れ、オルコット。

 山田先生は日本の代表候補生にもなったことがある」

「でも、それはあたしたちもそうです」

「今度は凰か。

 確かに肩書だけ見ればお前たちと同じだろうがな、山田先生は肩書以上の実力は持っているぞ」

「――しかし」

「黙れと言ったはずだぞ、オルコット。

 負けん気が強いのは悪いことじゃないがな、やりもしないで決めつけるのは感心できんな。

 試験ではお前が勝ったんだろうが、あの時とは違う」

 

 千冬がこれで話は終わりだと、真耶に向き直った。

 

「山田先生、準備はできましたか?」

「はい、大丈夫です」

 

 真耶が装備しているのは、ラファール。

 フランスの第二世代量産機である。

 最大の特徴は装備選択の自由度。

 他のISと比較して装備できる武装の量、種類が段違いに多いのである。

 それは戦術の拡大に繋がり、ラファールの熟練者はあらゆる闘いに精通していると言われている。

 

 鈴がセシリアに何やら耳打ちをした。

 セシリアは言い返そうとする素振りを見せるが、鈴は構うことなく模擬戦の準備をする。

 諦めたセシリアは鈴と共に真耶に向き直った。

 真耶とセシリア、鈴のペアが向き合って、それぞれがISの展開を終えた。

 地面から五メートルほど浮き上がった。

 それを他の生徒が遠く離れて見ている。

 

「始めッ!」

 

 開始の号令が響いた。

 

 

 

 模擬戦を遠巻きに見つめる生徒たち。

 号令がかかる少し前に、話題になっていたのは千冬にさえ意見する、セシリアと鈴のことだった。

 

「千冬様に口答えするなんて、やっぱり代表候補生は違うね」

「負けん気が強くないとなれないのかな?」

「あの二人ちょっと怖かったよ」

 

 女子たちが盛り上がっている中、大晃は静かに始まりを待っていた。

 怪我はほぼ完治しているようであった。

 

「ねえ、大ちゃん、大ちゃん。

 どっちが勝つと思う?」

「……うーむ。難しい質問だな」

 

 大晃を大ちゃんと呼ぶのは、若干眠そうにしている女の子。

 布仏本音である。

 そのマイペースぶりと常に纏っているゆるゆるとした空気から、"のほほんさん"と呼ばれている。

 

「なんで?」

「山田先生の実力をよく知らないからな……。

 何がこの闘いのポイントになるかってことなら答えられるけどね」

「う~~ん。難しそうな話……」

「まあ、簡単に言うなら、あの二人は相性が悪いってことかねぇ」

「相性?」

「ああ、セシリアと鈴の相性だ」

「どういうことー?」

 

 大晃と本音の話に他の女子たちも聞き耳を立ててきた。

 大晃も本音もひそひそと話しているわけではない。

 自然と周りの人間には話の内容は聞こえてくる。

 

「セシリアは知っての通り、遠距離からの射撃を主体に戦うタイプ。

 攻撃の為には射線を通すのが戦いの基本。

 つまり、敵と自分の間に障害物があれば著しく戦闘力が落ちるってことだ」

「ああ、言われてみればそうだねー」

「そして、鈴は近距離での闘いが最も得意だ。

 だから敵に張り付くことになるがそうなると困るのがセシリアだ」

「ああ、分かった~~。つまり――」

「そう、鈴が山田先生に張り付くってことは、セシリアと山田先生の間に障害物があることと同じでもある。

 狙いの付けやすさが格段に違う。

 誤射する可能性も大きくなるしな」

「へえ~~。じゃあ、あの二人は上手く闘えないんだ?」

「そうとも限らんぞ」

「おう。箒か」

 

 箒がセシリアと鈴の様子を眺めている。

 二人の様子から何やら読み取っているようだった。

 

「あの二人の様子が妙だ」

「何?」

「何かやるつもりかもしれない」

「まあ、これから分かるだろうさ」

 

 話が一区切りつくと、千冬が号令の声を上げた。

 模擬戦が始まった。

 

 

 

 セシリアは戦慄を覚えていた。

 

 鈴は躊躇なくセシリアに背を向けていた。

 真耶に近づいていく。

 鈴は双天牙月を威圧するように構えている。

 動きを封じることが目的であった。

 

 真耶を狙うのは鈴だけではない。

 ブルーティアーズのビットが絶えずあらゆる方向からレーザーを放っている。

 

 最も、真耶もされるがままではない。

 マシンガン――、弾丸をばら撒くことにより、弾幕を張っている。

 弧を描く軌道で、鈴の側面に回り込むように、尚且つ鈴を正面に捉えるように距離を取る。

 同時に、セシリアとセシリアの放ったビットをマシンガンで狙い撃ち、射撃への集中を削ごうとしている。

 

 鈴は、真耶と同じように弧を描いている。

 弾幕に負けないように、時折、衝撃砲を放ちながら真耶を追いかけている。

 

 セシリアは位置を変えながら、ビットを操っている。

 真耶からの反撃もある為に、思うがままには動けていないが、攻撃を切らすことはない。

 

 鈴は極めて普通のことをしている。

 近づくまでに衝撃砲を使って相手の動きを崩して、崩れた相手に接近戦を仕掛ける。

 今はその近づくための下準備をしているのである。

 

 しかし、セシリアはその鈴の行動を普通とは思わなかった。

 普通――、それは鈴が一人であればの話である。

 しかし、今は二人である。

 連携を考えれば序盤にセシリアに遠距離戦を任せて、セシリアによって崩された真耶に接近する。

 そういう闘い方もある。

 それでも、鈴が連携を考えないで闘っているのであれば、それはまだ分かる。

 しかし、そうではない。

 その鈴の行動も一つの布石であることをセシリアは知っていた。

 

 模擬戦の直前に鈴はセシリアにしか聞こえない声で、呟いていた。

 

「あんたは誤射とか気にしなくてもいいから、山田先生を容赦なく狙いなさい」

「……っ!何をおっしゃっているので――」

「あたしもあたしで、山田先生を追い詰めることだけ考えるから」

「……」

「あんたがいてもいなくても関係のない闘いをするから」

 

 セシリアには反論をする機会もなかった。

 そのまま、闘いは始まった。

 

 鈴の言っていたことは嘘でなかった。

 ブルーティアーズのレーザーが縦から横から降っているというのに、鈴は一対一で真耶と闘っているように振る舞っていた。

 鈴はかつて一撃必殺の刃に向き合ったことがある。

 その経験が生きているらしい。

 例えダメージはあってもそれが一撃必殺ではないのなら、いくら誤射されてもかまわない。

 鈴の背がそう言っていた。

 

 戦慄の中でセシリアはようやく決意した。

 誤射を避けない。

 もし、鈴に当たってしまっても構わない。

 もっと真耶を攻めることを考える、ぎりぎりの所まで迫る危ない射線を選ぶ。

 

 そして――、自分を舐めた千冬の想像を覆してやる、とセシリアの目がぐるぐると渦を巻いた。

 鈴の闘い方が、セシリアの精神に狂気を叩き込んでいた。

 歪な、それでいて、尖った思考がビットの動きを凶暴に変えた。

 

 真耶の弾幕を潜り抜けるように、ビットが飛ぶ。

 鋭角な軌道のままに、真耶の周囲を抉り取るように、レーザーが連射された。

 ビットは一機だけではない、三基のビットが同時に動き閃光を放っている。

 

 未だに、ダメージを負っていない真耶に追いすがる鈴。

 二人が同時にレーザーの雨に晒された。

 真耶は避けた。

 鈴は避けなかった。

 真耶が避けるための動作をした分だけ、隙を見せた。

 それでも鈴が近づくには少し足りない。

 だから、衝撃砲を放って体勢を崩してやった。

 鈴は真耶に大きく近づいた。

 

 ――ブオンッ!

 

 双天牙月がグルンと振るわれた。

 ISのアシストにより増幅された腕力。

 それで力の限りに振るわれた刃は真耶に向かう。

 確実に当たるタイミングの攻撃であった。

 鈴の特攻が功を奏したかに見えた。

 しかし、それは違った。

 

 セシリアと鈴、二人は山田真耶がどれほどのものであるか、これから知ることになる。

 鈴の攻撃は当たらなかった。

 真耶は避けていた。

 同時に真耶と鈴の位置が入れ替わっていた。

 レーザーの密度が濃いほうに鈴は追いやられていたのだ。

 しかも、入れ替わりながら真耶は左腕を伸ばしていた。

 真耶の左腕は鈴の左腕と背を縫うように貫き、鈴の右腕を掴んでいた。

 鈴は両腕を使えなくなってしまった。

 

 ――キュウゥゥゥン

 

 衝撃砲に撓められていく力が音を発する。

 両腕が使えなくとも射角が自由自在な衝撃砲ならば背にいる真耶を撃ち抜くことができるが、接近の時に使っていたため力を溜める必要があった。

 本当ならすぐに使いたかったが、そのためには時間が少しいる。

 そして、真耶にはその時間だけで充分であった。

 

 右腕に持ったマシンガンでビットを狙う。

 鈴を盾にしているので回避は必要ない。

 つまり、狙って打つことに集中できるということ。

 三基のビットはあっという間に撃墜された。

 

「なッ!?」

 

 セシリアは驚いた。

 真耶は衝撃砲が発射可能になる直前に用済みとばかりに鈴を突き飛ばし、一直線にセシリアに直行してきたからである。

 セシリアは残りのビットを三機を同時に射出した。

 何とか、真耶を足止めして、接近を阻止しなくていけなかった。

 ライフルだけでは足止めは難しいのだ。

 だが、それもできなかった。

 射出したビットはほとんど間をおかずに墜とされたからである。

 

 もちろんビットによる攻撃は行われてはいた。

 真耶はレーザーと紙一重で交差しながら、弾丸をビットに当てていたのである。

 そして、セシリアが何かをする間も無く、真耶は接近していた。

 手を伸ばせば届く距離に真耶はいた。

 

 セシリアは迷う。

 ブルーティアーズの武装には近接用の武装も用意されていた。

 名前はインターセプター。

 IS用のナイフである。

 今は量子格納庫に収納してあるが、瞬時に呼び出すことができる。

 完全な近接戦の距離である今なら展開して応戦するべきではある。

 しかし、だ――。

 セシリアは近接戦が苦手である。

 凌ぐことはできても、真耶を追い詰めることはできない。

 ならば、ライフルを生かすことができる、遠距離へ逃れるべきではないか、と。

 幸い、ミサイルは残っている。

 自爆覚悟で放てば、爆炎に紛れて逃れることはできるかもしれない。

 

 その迷いが晴れたのは、鈴が真耶の後方に見えたからだ。

 双天牙月を大きく振りかぶっている。

 セシリアと真耶の両方をたたき切るような気配がある。

 

 迎え撃ちますわ――。

 

 そうセシリアは決意する。

 もし、爆炎で自身が逃れられたとしても、結局は振出しに戻るだけ。

 ビットの残りが少ない今、仕切り直した所で勝てるとは思えない。

 しかし、今ならば、挟み撃ちだ。

 鈴の刃を受けることを承知の上で、捨て身の攻撃をすれば、どちらかの攻撃が当たる。

 どこかで、真耶を拘束できれば、それで勝負がつく。

 

 逆にこれはチャンスだと意思を固める。

 ここしかない、と思って光の灯る右手を、セシリアは振った。

 右手の光が、真耶の首に到達する瞬間にナイフとなる。

 鈴の振るう双天牙月の刃が真耶の背に迫る。

 

 セシリアの振った腕は確かに、真耶に当たった。

 だが効果はなかった。

 真耶はほんの少しだけ前に出て、セシリアの腕を肩で受けていた。

 肩で受けた腕を掴んで――、

 

 くるり

 

 と回った。

 セシリアと真耶の間に回転の中心となる軸があるかのようであった。

 その回転によって、セシリアと真耶の位置が一瞬で入れ替わり――、

 

 ぼき

 

 と音が鳴るのを、セシリアは聞いた。

 機体が、己のブルーティアーズが、悲鳴を上げていた。

 鈴が振った双天牙月が、セシリアを背面から斬っていたのだ。

 背面のパーツに双天牙月の爪痕ができている。

 セシリアにも痛みはあった。

 すんでの所で悲鳴を飲み込んだ。

 

「――ッ!?」

 

 鈴もまた息を呑んでいた。

 セシリアを斬ってしまったことへの負い目からではない。

 真耶の技量を、現実的な危険という形で目の当たりにしたからである。

 

「グレネード!?」

 

 鈴とセシリアの間に爆発寸前のグレネードが滞空していた。

 セシリアと位置を入れ替える時に、真耶はその場にそっとグレネードを残していた、としか思えなかった。

 その動作に鈴は気が付くことができなかったのである。

 

 グレネードが二人を巻き込んで爆発した。

 

 

 

 模擬戦が終わり、真耶が地面に降り立った。

 千冬が手を叩いて生徒の視線を自分に集めた。

 

「これで山田先生の実力がよく分かっただろう。

 以後は敬意を持って接するように心がけろ」

 

 そして――、と千冬はセシリアと鈴を見た。

 

「以後、精進するように」

 

 それだけを言った。

 

 クラスメイト達はその千冬の言葉に反応できなかった。

 あまりにも衝撃的な光景だった。

 セシリアと鈴の実力がこけおどしでないことは全員が知っている。

 増してや、今回の二対一の闘いでは、二人は少なくとも足を引っ張り合ってはいない。

 それを真耶は一つのダメージもなく、あしらって見せたのだ。

 だが、生徒たちが真に恐れたのは真耶の実力ではない。

 

 真耶は平時に浮かべている笑みのまま、模擬戦で闘っていたのである。

 表情だけではなく、身に纏う雰囲気すらがいつもと同じ。

 だから、怖い。

 いつも浮かべている笑みはその実、危険なものであるように思えた。

 今後、どのようなことがあろうと絶対に真耶をからかうまい。

 その決意がここにいる人間に生まれた瞬間であった。

 

 山田真耶。

 とんでもない女であった。

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