五反田弾はほれぼれとその男を見ていた。
弾は一夏の友人である。
中学の頃から一夏とよく遊んでいた。
今年からIS学園に入学した一夏に会う機会はめっきり無くなってしまったが、連絡は取っていた。
女子だけの空間で暮らすことになる一夏を羨ましいと思いつつも、果たして一夏はやっていけるかどうかの不安もあった。
昔から女の子によくモテる"あの一夏"である。
弾には、ピラニアの群れに生肉を放り投げるような行為にしか見えなかった。
痴情の縺れが原因で事件が起きるのではないかと、密かに心配していたのだ。
だが、最も心配しているのはそんなことでは無い。
女尊男碑のこの世、女子の誰かが一夏の逆鱗に触れるのではないか、という懸念もあった。
幸いなことにその手の事故も事件も無さそうで、朗報もある。
なんと、新しい男の友達ができたのだという。
そして、その友達を連れて来るのが今日なのだ。
――安城大晃か。
どういう男だったか。
弾は新聞やテレビ、雑誌などでその男の情報を仕入れていた。
格闘技をやる、と大まかにはそんなことが書いてあった。
大体は経歴のみの紹介で、その経歴もほとんどは謎である。
海外では裏の、つまり、危険なリングに上がったという話もあったが、噂の域は出ない。
本人に尋ねる形のインタビュー記事も読んだはずであったが、その内容もいまいち思い出せない。
どういう内容だったか。
と考えている間に、弾を呼ぶ祖父の声が聞こえてきた。
五反田食堂。
それが、彼の実家である。
祖父は仕込みの最中であり、そんな祖父が自分を呼ぶということは、まだ開店前の店に弾に用のある人間が訪ねてきたということだ。
その人間が誰であるかは言うまでもない。
弾に用事があって、なおかつ開店前にわざわざ訪ねてくる人間の心当たりなど一人しか無かった。
入口まで出迎えると案の定一人の男がいた。
「おう!久しぶりだな、弾」
「元気そうで何よりだ、一夏」
精悍さが増した一夏に弾は笑顔を向けた。
そして――、
「あんたが、弾かい。話は一夏から聞いているよ」
その男が目の前に現れたのである。
弾は目の前の男を知っていた。
その男はテレビで見せた強烈な肉体のままにそこに在った。
「安城大晃だ。宜しく」
大晃がそう言って右手を差し出してくる。
尋常じゃなく分厚い。
弾はそれに応えることもできず、ただ大晃を見つめている。
その男は余りにも雄大だった。
確かに弾は大晃を見ている。
間違いなく大晃は人である。
だが、それは人には見えなかった。
どう捉えればいいのか、弾には見当がつかなかった。
大晃は優しそうな男であった。
優しげではあるが恐ろしくもある。
台風でもあり快晴でもある。
山のようでもあり海のようでもある。
未知の現象を無理やり定義づけようとしてもできない。
そういう歯がゆさがあった。
あらゆる属性を含んでいる、まさに不思議な男であった。
弾は戸惑っている。
大晃は弾を戸惑うがままに任せている。
一夏は二人の間に流れる沈黙をそのままにしている。
やがて、弾の中で大晃の輪郭がおぼろげながらに現れた。
悪いやつではあるまい――、
大晃の雄大さに確かな安心を覚えてようやく前に進んだ。
「五反田弾だ。こちらこそ宜しく」
「ああ」
弾はようやく大晃の右手を握った。
熱い手であった。
「取りあえず上がってけよ。俺の部屋に行こうぜ」
弾はこうして大晃という男との出会いを果たしたのだった。
弾は部屋に二人を招いた。
部屋にはTVに接続されたゲーム機と飲み物が準備されている。
大晃は如何にも珍しそうしている。
「安城はこういうのやったことは無いのか?」
「TVゲームの類は全くやったことがないんだ」
大晃はおもむろにコントローラを手に取って、色々な角度から形を確認している。
弾はその姿を見て思わず笑いそうになった。
「よくよく思い返してみたら、トレーニングと勉強ばっかで遊んだ覚えはなかったな」
しみじみと一夏は呟いた。
いつの間にか腰を下ろしてスナック菓子を口に含んでいる。
「そっか、じゃあ今日は羽目を外さないとな」
そう言って、弾はソフトを持ってきた。
ソフト名は"エフ・ファイブ"、レースゲームである。
強い。
弾はそう思った。
エフ・ファイブ。
始めてからぶっ続けで二時間ほどたち、弾は横にいる大晃を盗み見た。
大晃は強かった。
無論、最初は不慣れであった。
しかし、回数を重ねてくにつれ、大晃は爆発的に強くなっていく。
例えば、今疾走しているのはゴールドカップの第三ステージ、―ボルケーノクライシス―。
そこは活火山の河口付近を疾走するという、刺激的なコースである。
マグマに飲み込まれて大きくタイムロスするというのが
恒例のコースである。
ゲーム上級者である弾はそんなミスをしない。
今も一位の地位を守り抜いている。
しかし、そんな弾のすぐ後ろに大晃はいたのである。
「そこを譲れよ」
「嫌だね」
たかがゲームとは思えないほどの威圧感をまき散らしながら大晃は言う。
冷や汗をかきながら弾は集中する。
「負けたら、変われよな」
「静かにしてくれよ……ッ、気が散るからさぁッ」
一夏の煽りを精一杯無視して、弾は画面を見る。
大晃との差は時間にすると僅かなもの。
どこかでミスをすれば逆転されてしまう。
加えて、このステージの厄介な仕掛けが発動しているこの状況。
僅かな気の緩みが命取りになりうる。
「オラぁッ!」
横で妙に気合を入れた雄たけびを上げる大晃。
画面に入り込んでいるなコイツ、と若干呆れながら弾は自身の機体を横に逸らした。
すると、盛大に空気を押し広げながら機体よりやや大きな岩が通り過ぎていく。
もし、軌道を途中で変えていなければ押しつぶされていた。
そして、これこそがこのステージ特有のギミック――を利用した攻撃である。
その仕掛けとは――、空中から大量に降り注いでくる岩だ。
火山の噴火により炎を纏った岩石が宙に放られる、という設定はなんともこのステージに合っている。
大晃は空から降ってくる岩を弾き飛ばして、弾の機体を狙い打ったのである。
普通の人間ならあまり取らないこの大晃の行動に弾は舌を巻いた。
そもそも、この"エフ・ファイブ"、全ての機体はコース上のオブジェクトを弾き飛ばすことが可能である。
最初から最後まで速度重視で相手を引き離すことがレースの基本である。
現に弾は、パワーと引き換えに加速と速度を重視した機体を選んでいる。
しかし、この機能がもう一つのプレイスタイルを生むことになる。
最初は敢えて二位以下に甘んじ、終盤に巻き返すプレイスタイル。
この二つのスタイルから生まれる駆け引きこそがこのゲームの醍醐味である、と言ってもいい。
最も、これはギミックの豊富なレースゲームには有りがちな要素ではあるが――。
とにもかくにも、今は弾と大晃の間には如何にして避けるか当てるかという関係が生まれた。
どちらが、優勢か。
「おいおい、これはひょっとしたら、ひょっとするかもしれないぞ」
遂に弾の牙城が崩れるかもしれない。
そういう意味で一夏は呟いたが、熱中している二人には届いていないようだった。
何とも言えない寂しさを感じながら、しょぼくれた一夏。
ああ、誰か話し相手になってはくれないか、と。
せめて相槌を打ってくれる人間でもいれば――。
「うん?」
影の差した一夏の背に響いたのはノックの音だ。
誰だろうか、と疑問を挟む間もなく。
「ちょっとお兄!先から、うるさいんだけどッ!」
元気の良い声だ。
一夏のよく知る声である。
襖が開いてそこにあった顔は、何度も見た顔である。
「久しぶり」
一夏は声を掛ける。
五反田蘭、弾の一つ下の妹であった。
「へ?一夏さん……」
「ちょうど良かった。まあ、ここに座ってくれ」
「え?ちょっと……」
蘭を強引に引き込んで隣に座らせる一夏。
「いやぁ、二人が俺を除け者にするからさ。話し相手が欲しかったんだよ」
「はぁ?」
「迷惑だったか?」
「いえ!とんでもない!」
顔を真っ赤にして、どぎまぎとしている蘭はTV画面を見た。
そこには彼女にも見覚えのあるゲームが映っていた。
「"エフ・ファイブ"ですか?」
「おおッ!知っているのかッ!?」
「ええ、お兄と良く遊んでいますよ。
いつも負けてしまいますけどね」
そう蘭は胸を張った。
何やら一夏の役に立てそうだと張り切っている。
「今は右の人のほうが有利ですね」
「やっぱり思うか?」
「あれ?この右の人ってひょっとしてあの安城さんでは?」
「ああ、あのうるさい雄たけびを上げたのが安城だ」
へぇ、と相槌を打って蘭はお菓子に手を付けた。
「なんで、ここにいるのかは後で聞くことにして、ISをやっている人間はゲームも上手いものなんですね?」
「俺はこの二人よりも下手くそだからそうとも限らないけど」
「お兄にとっては数少ない取柄ですからね」
「おい、聞こえてるぞ」
弾が唐突に声を上げた。
「何よ。その通りじゃない」
「違う、文句があるのはそっちのことじゃない」
「そっち?」
「俺の取柄の話」
「じゃあ、何の話よ?」
「俺が不利だって話だ」
すうっと、弾の気配が深みに収まった気がした。
「降り注ぐ岩に、大晃が弾いた岩。
後ろから飛んでくる岩をよける必要がある以上、俺の方が不利な要素は多い」
浮かべているのは会心の笑み。
全てが俺の掌の上だと言わんばかり。
「だが、それは本当か?本当に全てが俺の不利に働くことばかりか?」
「ほう」
その堂々とした物言いに、一夏も蘭も黙り込む。
ただ、大晃だけが意識を画面に置いたまま反応する。
「この状況を利用する?どうやってだ?」
「こうやってだッ!」
目の前には今まさに地面に激突しようとする岩が後ろからは岩の砲弾が迫るこの状況で、弾は答えを示すために動いた。
機体の速度が上がる。
岩と地面の間を、すれすれで潜り抜ける。
機体の後方で、岩同士がぶつかり合う。
大晃は舌打ちをして、その岩をわきに殴り飛ばす。
重なり合う岩を前方に弾くのは不可能なのだ。
「お兄、上手いッ!回避と加速を今ので同時に行いました!」
「逆に大晃の方はぶつかり合った岩が邪魔になってしまった!
弾の牙城は崩れないままなのかッ!?」
一夏と蘭の言葉通り、二人の距離がさらに、ほんの僅かにではあるが開いた。
レースの終盤においては致命的なものである。
「どうだッ!これで俺の勝ちだッ!」
「……」
最後の直線。
岩が降ってきてはいるが、今の弾は感覚が研ぎ澄まされている。
予想をぶっちぎった快感が弾に力をもたらしたのだ。
今ならば、鼻歌交じりで岩の雨雪崩でも避けきれる気がした。
「……良いヒントになったよ」
「何!?」
だから、分からない。
この為すすべの無い状況で、何故そんな笑みを浮かべることができるのか。
そう思ってしまうほどに、余裕の表情で大晃は笑ったのだ。
「ぶつかり合った岩はその場に留まる。つまりはだ……」
「まさか!?」
弾は身構えた。
弾には一つ心当たりがあったのだ。
それは、
「フンッ!」
岩と岩をぶつけて障害物とすること。
当然、ただ目の前で岩同士衝突させても意味はない。
しかし、それが弾の前に落ちるようにコントロールするのであれば、話は別。
「くッ!」
目の前でぶつかり合った岩を弾は避ける。
逆に、大晃はそれらをパワーで突っ切る。
時間のロスは大晃のほうが少ない。
二人の差は徐々に縮まる。
「二人が並びましたッ!」
「ここからは純粋なスピード勝負ッ!下手な小細工はもうできないぞッ!」
ゴールまであと僅か。
並んだ二人にできることは、機体に力を籠めることだけ。
「負あぁぁけてたまるかッ!」
祈りの叫びを弾は上げ、大晃は無言でコントローラーを軋ませている。
一体どちらが先に――?
二転三転する展開に部屋の温度は上がっていく。
まさしく熱狂であった。
だから、ここにいる人間は自分たちがどれほどうるさいのか、気が付いていなかった。
「うるせえぞッ、何してやがるてめえらッ!」
怒鳴りこんで来たのは、筋骨隆々な八十過ぎの男性。
五反田家の頂点に位置する、五反田厳その人であった。
部屋が静まり返るのと、同時にゴール。
全員の視線が厳に集まる。
最初は隣部屋の蘭が気になる程度の声。
そこに一夏と蘭が加わることで更なるうるささを得て、厨房まで響いたのだ。
当然、厨房に立つ厳が気が付かないわけがない。
結果、怒鳴り込みである。
やってしまった、とそんな空気の中で響いた声。
それは弾の勝ちを告げるコールであった。
弾は振り返った。
そして――、
「やったあああぁぁぁッ!勝ったぞぉぉぉぉぉぉッ!」
膝をつき、天を仰ぎ見るようにして、その身体全てでもって勝利の喜びを表す。
ぎりぎりの勝負を制した快感が弾の体内を奔っていた。
無視される、それもよりによって相手は五反田家ヒエラルキーで下位に位置する弾ということもあり、厳は拳骨を叩き込もうとする。
「ぬぅむ」
厳の前に一人の男が立ち塞がった。
大晃が頭を下げている。
いきなりのことに、厳は面食らった。
「お騒がせして申し訳ありません。
が、あのまま放っておいてはくれませんか」
「はぁッ!?」
突飛な言動につい声を出してしまう厳であったが、大晃は気にせずに笑う。
包み込むような視線で弾を見つめている。
「だって、あんなに気持ちよさそうにしているんですから」
ねぇ、と厳に対しても丁寧な言葉遣いとは裏腹に、妙に親しげだ。
ここに居るのが当然と言わんばかりである。
その山のような存在感と、焦点のずれた言動。
さしもの厳もそんな大晃を相手には戸惑うしかなかった。
結局、騒音の件はうやむやになった。
弾が途中で厳の刺すような視線に気が付いた。
ハッとして気まずそうにする弾と再び重くなる空気。
ぐるぐるぐる~~~~。
またしても何かの音がする。
気の抜けるような音であった。
どこが発信源かと耳を澄ます一同の視線が集まったのは、大晃の腹である。
「そういやぁ、昼飯には良い時間ですね」
これには、厳も怒る気が失せた。
絶妙に間が外されていた。
厳は上手いことはぐらかされてしまったのである。
で、四人は今一階の食堂で他の客と一緒に昼飯を食っている。
一夏と大晃が隣同士、その正面には弾と蘭が座っている。
「一夏、お前さんの言う通りこいつはうめぇな」
「だろ」
一夏おすすめの定食を大晃は勢いよく食べている。
「しかし、大晃のお陰で助かったぜ」
弾はひそひそと声をかける。
「お前がいなきゃ俺がぶん殴られている所だった。礼を言うぜ」
「俺が勝手にやったことだ。気にしないでくれ」
大晃はそう言ったが、弾は"ありがとうな"と何かしらの感謝をしている様子だ。
"気持ちよさそうな弾をそのままにしてやりたかったから"という大晃なりの敬意。
勝負の後の心地よい快感を長続きさせてくれたことを知り、弾はうれしかった。
「でも、お兄ははしゃぎ過ぎだよ。あんな大声出しちゃってさ」
「はぁ?蘭だって騒がしかっただろう。それに一夏も」
「お兄ほどじゃないし。一夏さんだってお兄と比べたら静かなもんですよ」
そう言ってから、蘭は昼飯を口に放り込む。
咀嚼して飲み込んだ後、その矛先が大晃に切り替わった。
「て言うか、安城さんも結構うるさかったですからね。
変な雄叫びが聞こえてきたし。怖かったんですから」
「あちゃぁ~~」
「そんな困った顔しても誤魔化せませんよ。
そもそも、騒がしくなったのは半分あなたが原因なんですから」
「そいつは悪かったなぁ」
困ったなぁ。
瞬間を切り出せば、そんな間抜けな名前が付きそうな大晃の表情。
それがすぐに不敵に笑みに変わった。
「素晴らしいレースをしちまって」
「また、変な理屈ですね」
「いやぁ、あれは良いレースだったぜ。お前さん達が声を上げる気持ちも分かるってもんさ」
自画自賛に近い言葉に蘭は呆れて溜息をつく。
蘭は箸を伸ばした。
「そうだ、一夏。俺たちもゲーム機を買うか。俺か一夏の部屋に置いて、暇なときに箒とセシリアと鈴を呼んで遊ぶんだ」
「う~~ん。鈴はともかくとして、箒とセシリアがゲームをしに来てくれるのか?」
「これだけ面白いものなんだ。あの二人も分かってくれるさ」
「ちょっと待って下さい。今、鈴さんの名前が出ませんでした?」
箸を伸ばした姿勢のままで蘭は制止する。
「ああ、鈴のやつな、中国の代表候補生になっていてな、一月ほど前に転校して来たんだよ」
「ええっと、確か引っ越したのが去年の……、じゃあ一年とちょっとくらいで代表候補生になったんですか!?」
「そうなんだよ。凄いだろう」
誇らしげな一夏を見て、蘭に危機感が走る。
このままでは鈴に先を越されるのではないか?
たちまち心配になってきた蘭は、前々から考えていたことを決意した。
「私、来年IS学園を受験します」
「お前、何言って――」
その唐突な発言に、弾は椅子を倒してしまうほど勢い良く立ち上がった。
ヒュッと風切り音。
厳が投げたおたまが弾の顔面に飛んだ。
さながら教師が態度の悪い生徒にチョークを投げるように、行儀の悪い客に放たれるおたまは五反田食堂常連の間では恐れられている。
誰も避けることも受け止めることができない、命中率100%のおたまが、
「……っくっくっくっく」
大晃の手の中に収まっていた。
喉を低く鳴らし、
「いけませんなぁ……、商売道具を粗末にしちゃあ」
などとのたまう。
これには食堂にいる全員の血の気が引いた。
「じ、じいちゃんごめん。俺が悪かった」
「大晃。馬鹿なマネはやめてくれよ」
大晃の相貌が深い笑みを象る。
「俺が挑発してるって?こんなものは挑発とは言わないなぁ、一夏」
「なに!?」
「挑発とは……、こういうことだッ!」
呼気とともに発射されるおたま。
大晃という砲台から撃ち出されたそれの威力たるや相当なもので。
「くぅッ!」
厳はおたまを掴んだ。
しかし、厳の握力をもってしても勢いが止まらない。
握った手の中で金属部分が滑り、それが顔面の一センチ程でようやく停止する。
ぬむぅ――。
厳も溜まらずに息を呑み。
「IS学園、受けてみればいいじゃないか?」
蘭は突然話しかけられてビクッと身体を震わせた。
「IS学園はいいぜ。
ISは動かせる、面白い奴はいっぱいいる、トラブルは結構起きる、飽きない所だ」
「えっと」
「ただし、気をつけろよ。
ISは最強の兵器だ。
受かったら受かったで厳しいカリキュラムが待っている」
「……覚悟はしています」
「良い答えだ。まあ、そう硬くなるなよ。もし、受かったら俺が面倒を見てやるからさ」
「結構です」
「はは、一夏の方が良かったか?」
「一夏さんは関係ありません!」
「それでさ、暇なときは弾とやったようにゲームでもやろうや。
俺が勝つだろうがね」
そう笑った。
むっとして、蘭は言い返した。
「来年まで待つ必要はありません。
今日、ここで私があなたを負かしてしまうのですから」
「俺に勝つつもりなのかい?」
「ええ、先ほどは後ろからしっかりとプレイを見させて貰いました。
逆に安城さんは私のプレイスタイルを知らない。
私が負ける要素は少ないよう思えますね」
「へぇ……」
ぞくぞくと大晃の背を奔るのは極太の快感。
あの弾との対戦に匹敵する昂ぶりを味わうことが出来るのか、と身体の方が反応している。
二人は静かに向き合うのであった。
「まあ結局、長居は出来なかったわけだが」
「何故だ?」
「追い出されたんですの?」
時と場所は変わって、月曜のIS学園。
ホームルームの前に集まって休日にどう過ごしていたのか、話をしているのである。
「半分はセシリアの言う通りさ。
あんまり騒ぐと店にも迷惑がかかるって話でな。
静かに遊んでくれよってことだったが、自信が無いから、場所を移したのさ」
弾の家は食堂である。
家族が住む部分と食堂部分は繋がっているが、弾の部屋で騒音を立てた所で普通は問題にはならない。
しかし、大晃と弾が勝負をした時は厨房まで音が響いてきた。
また、うるさくされれば店の商売にまで影響が出るかもしれない。
厳はそう言ったのである。
「人様の商売を邪魔するのは流石に悪くてなぁ」
「その妙な素直さはなんですの?」
「セシリアよ。俺は別に厳さんとは険悪ってわけじゃないんだぜ。
あの人があんまりにもいい肩しているもんだからさぁ、つい試したくなっちまったんだ」
大晃は手をひらひらと振った。
セシリアと箒は訝しんだ。
「箒さん、わたくし誤魔化されているような気がするのですが」
「ああ、こいつは何か隠している」
左右から疑りの視線をセシリアと箒が向けて、大晃はあっさりと胸の内を語った。
「邪険にされてる弾を見ている内に、少し腹が立っちまったんだよ。
なんで、俺の友達の扱いがこんなに悪いのかってよ」
弾との闘いはゲームといえど馬鹿には出来ない、面白みがあった。
大晃はTVゲームなど初めてあったが、弾が相手だったから新しい娯楽を楽しめたと思っている。
大晃はそんな弾が大好きなのだ。
「ふふん。存外に青臭いのですわね」
「友達思いなだけだよ。お節介気味のな」
セシリアが大晃に顔を近づけて、艶っぽい顔を作る。
頬を赤らめて、手招きするような視線を上目遣いで向けてくる。
どこかワザとらしい仕草を前にも、大晃は平然としていた。
セシリアと大晃にとってほんのあいさつ程度のやり取りである。
「ラブラブだな、お前ら」
「なんだぁ?偉く不機嫌だな、一夏」
「蔑ろにされている気分だ。
弾への思いやりを俺に少しは分けてくれてもいいんじゃないか?」
「いつ俺がお前さんを蔑ろにしたって言うんだい?」
一夏は不機嫌そうに頬杖を付いている。
隣の席から、もちろん本気では無いのだろうが、視線が怨めしげだ。
「実はあれ俺がやりたいゲームだったんだ。
結構久しぶりの新作でさ、下手だけど楽しみにしてたんだ」
「へえ」
「俺は昨日、やれなかったよ。"エフ・ファイブ"」
そうである。
大晃と弾は一夏をそっちのけで対戦にのめり込んでいた。
午後も結局外で遊んだので"エフ・ファイブ"をやれなかったのだ。
外で遊ぶこと自体に不満はなかったのだが、交代してくれなかったという事実に思うことはある。
「へへ」
「なに笑ってるんだよ。お前困ったらいつもその顔するけど、もう俺には通じねぇからな」
「仕方ないさ。昨日の主役は俺でも一夏でもない、弾だぜ」
「……まあな」
「弾のやつ最初俺に戸惑っていた。
まあ、俺が性質の悪い人間じゃないかって気になっていたんだろう。
それがどういう意味か分からない一夏じゃないだろう」
「分かってるよ」
弾は一夏を心配していた。
初めての対面時にあった沈黙には、この男は大丈夫だろうか、という意味があった。
「しかし、あいつはなんでお前さんのことをそう心配するのかねぇ。
別にあっちの趣味があるってわけでも無さそうだ。
気になりはしたんだが、結局聞けず仕舞いさ」
「俺も分からない。
IS学園にいるときも細かくこっちの状況を聞いてきたりするけど、何を考えているのか……」
「ふうん」
大晃は神妙に頷いた。
頷いてから、時計を見た。
「もうこんな時間かよ」
そう呟くと、チャイムが鳴った。
「今日は貴様らに特別な報せがある」
続きをというと、麻耶がはいと答えた。
「転校生を紹介します!しかも二名です!」
驚くクラスメイトを他所に転校生を呼んだ。
言葉通りにその二人が入ってきた。
しかも、その片方は――男。
ざわめきが止んだ教室の中で、一夏は見た。
――にぃ。
口を釣り上げて大晃がぞくぞくするような笑みを浮かべているのを。
何かの始まりを予感させる笑みを見たのだ。