昼を挟んだ長い実技の授業が終わり、ホームルームが始まる直前の時間、やはり注目を集めていたのはシャルル・デュノアであった。
艶のある金髪を短くまとめ、どこか女性的な顔立ちは中性的で、同じ男が見ても魅力的である。
そんな容姿端麗なシャルルに集う女子達。
朝はラウラが熱を冷ましたから遠慮がちにしていたが、少女達は好奇心を再び燃え上がらせてシャルルに突撃して行く。
結果、シャルルは渦に巻き込まれるのであるが、質問の雨は対応するには無秩序すぎた。
「僕の為に花の一時を無駄にすることはできません。
このままでは僕は何一つ答えることなく、貴方達をがっかりさせてしまう。
だから、僕の好きなことを一つだけ皆さんに教えましょう」
シャルルは椅子から立ち上がって周りを見渡した。
その目に映っているのは花畑である。
眼には花に向ける愛情が籠っている。
「可憐な花を愛でることが最上の楽しみ。
今の貴方達のような花をね」
クラスメイト達は身体を震わせた。
シャルルの音色が想像以上に色香に溢れているからだ。
「ここはきっと最高の花畑の一つなんだと思う。
でも、今はここまでにしておきたい。
僕もこんなにたくさんの花に囲まれるのは初めてだから。
この香りだけで酔ってしまいそうだよ」
果たして酔っているのは、集う少女達かシャルルかは、顔を見れば分かる。
少女達は顔を赤くして輪を広げ、シャルルは涼しげに笑っている。
「凄いねぇ」
だから、その男の出現に女子達は体温を上げた。
女の子達が花に例えられるのなら、この男の場合はごろりと磨き上げられた大岩か樹齢数千年の大樹か。
いずれにせよ、この花畑の中にあって、異質な人間であることは間違いない。
「ここまで人をあしらうのが上手い人間を初めて見たよ」
「安城くん?えっと、それはひょっとして皮肉?」
「とんでもない。
気分が悪くなるようなものじゃなかった。
気持ちの良い演劇を見させて貰ったら、こんな気持ちになるのかもしれないな」
「演劇?」
「そう、演劇さ。
周りの連中とお前さんの関係は舞台俳優とファンみたいなものだった。
それが突然お前さんがお芝居混じりに話してくれたお陰で別のものに変わった。
花を愛でる少年とそれに酔う少女達――、一つの演劇ができるさまを見せてもらった気分だ」
「おかしなことを言うね。
つまり、僕と彼女達は同じ舞台に立つ俳優のようだった、と安城くんは言いたいわけだ」
「そういうことだ」
シャルルと大晃は向かい合った。
「俺のことを知っているらしいが、一応自己紹介をしておこう。
安城大晃だ」
「じゃあ、僕も名乗っておこうか、シャルル・デュノアだよ」
握りあう手が二人を結んだ。
「どこで、俺のことを知ったんだい?」
「別にどこでってこともないよ。
テレビや新聞で大きく取り上げられたんだから、知らないほうがおかしいと思うな」
「俺も有名人になったもんだ。
ファンクラブが出来ていたりしてな」
「ファンクラブがあるかは分からないけど、僕は君のファンだよ」
「へえ」
シャルルは髪に手を伸ばしてはにかんだ。
「君の闘いを見させてもらってね」
「俺の闘いを?」
「うん。それで、ファンになっちゃったってわけ」
「渋い趣味をしてるねぇ」
「本当に渋いのは君の闘い方だよ」
シャルルの視線が顔から身体に移る。
大晃の闘い。
重力に縛られぬ格闘戦。
ISという超兵器に乗りながらも、素手に凝った闘いは渋いかもしれない。
その根源は肉体に宿っていた。
「飛び道具も近接武器さえも持たない人間は凄い身体をしているんだね」
「むず痒いなぁ」
「ごめんね。どうしても気になっちゃってさ。
だって、本当に拳一つで闘うんだよ。
機体そのものを武器と捉えることもできるかもしれないけど、武器を装備しないなんてことは本当に凄いことなんだ。
今も安城くんの闘いを思い出すとぞくぞくするよ」
「おいおい、少し過激すぎやしないか?」
今度は酔い始めたシャルルに大晃が苦笑する番だった。
困ったように頭をポリポリと掻いている。
「しかし、よく知っているな。
俺の闘いは映像ではあまり出回っていないはずなんだが……」
「……父さんが見せてくれてね」
シャルルに宿る暗い表情。
必死に押し隠していた陰の部分が一瞬だけ顔に現れた。
確かに見たはずのそれを、大晃は特に指摘することはなかった。
「そうか、じゃあお前さんの親父さんに感謝しないとな」
「……うん!」
少女という花を背景に二人は笑い合うのであった。
天井の向こうにある青空を二人は感じていた。
「しかし、まさかなぁ……」
「うん、まさかねぇ……」
シャルルの荷物をさっと片付けてからそれぞれのベッドに腰掛ける。
まさか、一緒の部屋になるとは――、声には出さずに二人は見つめ合った。
「俺は一夏じゃないんだがなぁ」
「え?」
出てきた一夏の名前は唐突だった。
シャルルは疑問に思うが。
「いやこっちの話だ」
と、大晃は何でもない風に答える。
ちょっと不自然であったが次の言葉でシャルルはその意図を察したつもりになった。
「周りの連中も変な目で見てくるし、俺は"あっち"の趣味は無いって言ってるんだがなぁ……」
「放っておくしかないんじゃないかな」
ベッドに座り向かい合う二人は思い出していた。
ホームルームが終わった教室。
そこでシャルルと大晃はこう言われた。
「デュノアくんは安城くんと同じ部屋を使って下さいね。
はい、これが部屋の鍵です。
くれぐれも仲良くするようにお願いしますね」
副担任の真耶がシャルルと大晃が相部屋になることを告げると教室は揺れたのであった。
「男同士って良いよね」
「デュノアくんと安城くんは同じ男の子だけど、タイプが違うから見ていて飽きが来ない」
「一緒にいることで、デュノアくんの優雅さ・儚さが、安城くんの無骨さ・雄大さが、互いに強調されるから」
「コントラストか……」
「織斑くんと安城くんとはまた違う、魅力にあふれる組み合わせを間近で見られるとは、なんと光栄な」
「ここに織斑くんが加われば、一体どうなってしまうのだろう?」
無論声は潜めてある。
しかし、聞こえるものは聞こえてしまう。
相変わらず大晃は笑顔であったが、自身がそう見られることには戸惑いがあるようで。
シャルルはその顔を見てクスクスと息を吐いた。
どちらかと言えば中性的な一夏のほうが"あっち"ぽい。
そう考えているのだ、とシャルルは納得した。
分かっていないな――、そんなことを思いながら。
「まあ、いいさ。これから訓練があるんだ。
汗でも流して忘れようや」
「うん」
すでに放課後の予定は決まっていた。
アリーナで訓練をすることになっている。
「部屋の使い方とかはまあ後で決めればいいよなぁ。
あまり、遅くなると流石に悪い」
「うん、僕らも急がないとね」
訓練は一夏、箒、セシリア、鈴と一緒に行う。
あまり、遅れるわけにはいかなかった。
必要なものはISにスーツにタオルにスポーツドリンク、その程度のもの。
専用機持ちの二人はISをアクセサリーの形で待機状態にしているし、その他の物はカバンに詰めればいい。
準備はすぐに終わって、二人は部屋を出た。
更衣室で着替えた二人は、もっともISスーツを着ていたので制服を脱ぐだけであったが、アリーナに到着した。
案の定、先に四人が着いていた。
「あら、遅かったわね」
「おう、鈴。悪いねぇ」
「別にいいわよ。こっちはこっちで勝手に始めてるから」
「セシリアと一夏の対決かぁ。
どっちが有利なんだ」
「当然、セシリアね。
今の一夏じゃ歯が立たないわ、これ」
「しかし、一夏も諦めているわけじゃなさそうだな」
既に模擬戦は始まっている。
「ぐ!」
「ふふん」
一夏とセシリアの闘いは、セシリアが圧倒的に優勢に進めていた。
複数の射線が一夏を襲う。
セシリアは顔面、肩、胴、右手とパーツ単位で狙いをつけてくる。
避けるために必要なのは、移動と回転を同時に制御する技術。
一転に留まらず、なおかつ、身体の向きを変えることで狙いを付けさせないことが肝だ。
一夏はそれを実践する。
絶えず移動を繰り返し、動きに澱みが生まれないように回転を続ける。
一夏の動きは確かな成長と宿している才能の大きさを感じさせた。
だが、一夏の顔は苦悶に歪んでいる。
「嫌らしいなぁ、セシリアの奴」
「ビットを動かす訓練を兼ねているらしいから、しょうがないんじゃない?」
セシリアは不動であった。
そして、注視すべきは眼の動きであった。
ビットを動かすときにどうしても眼でビットの位置を追うことがあった。
今は違う。
どことも知れぬ彼方を見つめ、ビットを動かし続けている。
「へぇ、オルコットさんの名前は聞いたことがあったけど、ここまで凄いとは」
「知っていたか、シャルル」
「うん。候補生の名前は大体頭に入っているよ」
シャルルは闘いを眺めている。
セシリアの闘いに感じるものがあったらしく、しきりに頷いている。
「一夏の奴、思うように動けてないな」
「動いているんじゃなくて、動かされているって感じだね」
パターンの組み合わせによるビットの動きは恐ろしく有機的で、素早い。
刻一刻と変化を見せる斜線はまさに変幻自在。
一夏を牢獄のように閉じ込めている。
「お、ついに動くか」
「あちゃ~、粘ってた方がまだ良かったのに」
牢獄の窮屈さは一夏から冷静さを奪い去った。
一瞬だけ開かれた射線の向こうにはセシリアがいる。
距離もイグニッションブーストをするには申し分無く、突撃への欲望が溢れてくる。
エネルギーを込め、宙をかける一筋の光になろうとする刹那――。
一夏の全身に鳥肌が立った。
「……あッ」
全身が突き刺されたかのように熱かった。
通り抜けようとした牢獄が、引っ込めていた鉄格子を勢いよく吐き出し、全身が刺し貫かれた。
身体中を貫通する光の筋が眼に映り、映像が引き起こす痛みが脳を焼き、幻想と現実が不明慮になる。
それはやってきた。
「ぎいぃやぁぁぁッ――」
圧が肺を押しつぶし強制的に空気を押し出し、口から流れる息が声となり、絶叫に変わる。
イグニッションブーストと計四基のビットから放たれた光線の衝撃がぶつかり合っている。
その場に何とか留まった白式であったが、搭乗者の意識はすでに薄く、ゆるゆると下降していく。
途中でビットが一夏を拾い上げて、着地をアシストする。
セシリアが地面に立った時、一夏は悶絶しており、箒と鈴が介抱している最中であった。
「あー、酷い目に合った」
「申し訳ありません、一夏さん」
意識がはっきりとした一夏にセシリアは謝った。
模擬戦にしてはやりすぎである。
現に一夏はベンチに横になっている。
そんな、セシリアに声を掛けるのは大晃だ。
「熱が入ってるな、セシリア」
トーナメントを意識してか、放たれる熱気。
放射される熱は闘いを終えたばかりのセシリアを容易に沸騰させた。
セシリアの血液が感応しているのである。
「当然ですわ! トーナメントでは貴方を、大晃さんを、ボロボロにして差し上げますわ!」
「最高だ……、最高の台詞だよ、セシリア、お前……」
二人の間に満ちる熱で大気が限界を超えて、火花となって散る。
激昂するセシリアに反して、見た目は落ち着いている大晃。
声もやっと聞こえるほどの大きさだ。
しかし、青い炎が涼しげなのは見た目だけで赤い炎よりも遥かに高い温度を持っていると同じように、大晃も昂っている。
第二ラウンドが始まりかけていた。
「いい加減にしなさいよ、二人とも! 特に、そこのセシリアッ!」
「大晃!貴様も火に油を注ぐのはやめろ!」
鈴と箒の怒号にシャルルが身体を震わした。
なんて危険な集まりなんだ――。
シャルルは恐れた。
「なぁ、そこまでにしないか」
一夏はふらふらと立ち上がった。
「一夏、まだ万全じゃないんだから横になってろ」
「そうよ、無理はしないほうがいいって」
「分かった、でもあまり騒ぐなよ。
ほら、デュノアが怯えてるじゃないか」
はっとして、シャルルを見る箒と鈴。
少々うるさくし過ぎたかもしれない、と顔を見合わせる。
「おいおい、うるさいぜぇ、お二人さん」
いったい誰のせいで――。
無責任な態度にも箒と鈴はぐっと堪える。
ここでまた怒鳴ってしまっては間抜けすぎる。
「もういいから!分かったから、謝らないで…ねぇ?
それよりも自己紹介とかしない。
お昼は忙しくて結局できなかったでしょう?」
シャルルは気を取り直して悪戯っぽく笑った。
昼は休憩こそあったものの、ほとんど誰かと話をする暇もなかったのだ。
「そうかい。じゃあシャルルからだなぁ。ああ、俺はもうシャルルと一通り話はしたから、飛ばしてくれ」
「うん」
大晃の意見に反対する者はいない。
ここは新入りであるシャルルこそが先陣を切るべきである。
が、ちゃっかりと仕切った大晃を視線で突き刺すことを、箒と鈴は忘れない。
シャルルが自己紹介を始める。
「シャルル・デュノアです。
フランスから来ました。
僕がここに来た理由はみんなもう知ってるよね?」
大晃と一夏に視線が集まった。
男の操縦者は希少価値が高い。
操縦者同士で親密になってくれれば、そんな思惑がフランスにはあるのかもしれないが、シャルルは至って自然に振る舞っている。
「同じ境遇の子が二人いるってことで楽しみにしています。
特に安城くんとは同室になったので、仲良くしていきたいです」
と、シャルルは軽く済ませた。
一度クラスで自己紹介しているから、こんなものだろうと次に回す。
「では、わたくしですわね」
セシリアが胸に手を当てる。
自分がこういう時にどう見られているのかをしっかりと意識しているらしく、所作の一つ一つが洗練されている。
非常に優雅だ。
「セシリア・オルコット、イギリスの代表候補生ですわ。
日々国家代表の座を掴む為に、今はそこの大晃さんに敗北を与える為に、研鑽を継ぐ毎日ですの。
もっとも、デュノアさんはわたくしのことを既に知っているそうですが」
「大体の候補生は頭に入っているよ。
オルコットさんの闘いはビデオで見たこともあるし」
「そうそう、先ほどは醜態をお見せして申し訳ありませんでした。
模擬戦の昂ぶりが収まっていませんでしたから、普段じゃあり得ない反応をしてしまいました」
「気にしてないから、大丈夫だよ」
セシリアの口ぶりからはリベンジの意思が感じ取れる。
嫌っている風ではないが、壁を超える気概があった。
シャルルはその原因となる闘いをも眼に収めていたのだが、特に口にはしない。
「篠ノ之箒だ。
特技と言えるものは剣道だけだが、全国大会一位の腕前は決して伊達ではない。
ISのことでは力になれないだろうが、近接戦闘のことなら力を貸せるやもしれない。
よろしく頼む」
静かに語る箒の姿には侍の佇まいがある。
剣の腕に対する自負が、篠ノ之流への信頼が、箒に強さを与えているのだ。
「凰鈴音、中国代表候補生よ。
鈴音って呼ぶ子はほとんどいなくて、皆が鈴って呼ぶんだけどね。
好きに呼んでくれればいいよ」
鈴は特に言うべきこと言いたいこともあまり無いのだろう。
あっさりと自己紹介を終える所に。
「織斑一夏だ。一夏って呼んでくれればいい。
同じ男の操縦者ってことで、仲良くしたいと思っている。
たまにはそっちの部屋にお邪魔することもあるかもしれない。
その時は一緒に遊ぼうぜ」
「よろしくね、一夏」
一夏は手を伸ばし、シャルルはその手を取った。
同じ境遇の人間がいることが嬉しいから、目が輝いている。
これで全員がシャルルと挨拶を交わしたことになる。
「早速だけどさ、シャルルって何が得意なんだ?」
一夏は手を握ったまま聞いた。
シャルルは僅かに考えるそぶりを見せてから、控えめに答える。
「う~~ん。得意って程じゃないけど、遠近の両方の武器が使えるかな?」
「そうか、じゃあ鈴と似たタイプってことか?」
衝撃砲と双天月牙。
基本近距離でのコンビネーションに苦しめられた一夏であるが、鈴の武装は遠近両方に対応する万能型。
であれば、鈴の名前を出すことは一夏にとっては当然であった。
「どんなISを使っているか分からないから、何とも言えないわよ。
たぶん、リヴァイヴを使っているんだろうけど」
「リヴァイヴ……ああ、フランスの」
「ええ、山田先生が使っているやつよ」
"ラファール・リヴァイヴ"。
フランスの第二世代機である。
「確かに、僕はラファールを使ってるよ。
カスタム仕様になっているから、一応量産機では無くて専用機なんだけどね」
「量産機との具体的な違いは?」
「後付け装備ってのは知ってるよね。
基本武器を外してイコライザの量を通常仕様の倍にしてるよ」
「倍って!通常で十ほどだから……、あんた相当いじくってるわね」
「うん。後は機動力を上げる為にスラスターを増設したりするから、他の人が使うラファールとは大分違う印象になってると思うよ?
まあ、カスタマイズの自由度はラファールの長所だしね」
シャルルの物言いは静かであったが、だからこそ凄みがある。
武器は増えれば増えるほど、運用に掛ける手間は増える。
通常仕様の倍ともなれば、二十にもなる武装。
使いこなそうと思えばどれほどの技量が必要となるかは想像に難くない。
しかし、シャルルは何の気負いも無く遠近両方の武器を扱える、と言ってみせたのである。
それが普通のことだと言わんばかりに。
「ライフルとかも積んでいるのかい?」
「もちろん」
「……頼みたいことがあるんだ」
大晃は自分と一夏を指した。
「俺達に射撃を教えてはくれないか?」
「え?」
近接のみの大晃が一体なんの心変わりだろうか。
シャルルは訝しんだ。
的は三つ用意された。
一夏と大晃が内二つに向けてライフルを構えている。
「射撃武器の特性を身体で覚えたいんだよ」
射撃武器はとにかく速い。
なにせ引き金を引くだけで、イグニッションブーストに匹敵する速度で弾丸が飛び出すのだ。
軌道予測が正確なら通常被弾は避けられないし、着弾しなくとも牽制にはなる。
頭で知っているだけで対処できる代物ではない。
実際に使ってみることでその特性を把握しよう。
大晃の考えは間違っていない。
銃器への対応の精度を挙げる上で、身体で感覚を掴むことは、最適な手段であるからだ。
「じゃあ、まず構えてみて」
指導に入るシャルル。
一夏と大晃のISは銃器の類を装備してはいない。
だから、シャルルがアサルトライフルを貸している。
ISは他の機体の武器を使うことはできないが、貸し出す側が許可を出せば例外的に使用可能となる。
それを利用したのであった。
三人が構える。
シャルルは構えを見てから、矯正していく。
全員の構えを直し終える。
「じゃあ、撃ってみて」
火薬の炸裂音は密着した身体に浸透し、他の人間が撃つのとはまた違う印象があるらしい。
身体を奔る振動に、三人は何とも言えない顔をしている。
「そのまま、続けて」
炸裂音が響き続け、火薬の匂いが周囲に舞う。
「織斑くん、姿勢が崩れてるよ。
脇はしっかり閉め続けて……、
そうそう、弾の軌道と目線が一致するように心がけて。
うん、筋が良いね」
シャルルの視線が一夏から大晃に移る。
「安城くん、大体は合っているんだけどその撃ち方はちょっと腕力に頼りすぎかな?
もっと身体全体で銃を支える感じで……」
銃の反動を抑える為には、持ち方が重要である。
例え、腕力に自信があろうと、持ち方の基本を押さえてなければ、本人の為にはならない。
「うん、特に言うことはないかな……若干力が入りすぎているようだから落ち着こうか、篠ノ之さん」
トーナメント戦で勝ち続ける為には、飛び道具を相手に勝ち続けなければいけない。
銃の特性を把握したいのは、一夏と大晃だけではない。
箒は自ら志願して、銃を握っているのである。
三人は黙々と撃ち続ける。
炸裂音が響く。
そんな中、ざわざわと周りが騒がしくなってきた。
ISに身を包んだラウラが居た。
第三世代のISが注目を集める中、プライベートチャネルが一夏と大晃に飛んできた。
「おい、そこの二人。
今すぐ私と闘え。
まずは貴様からだ」
そう言って一夏を指名するラウラ。
一人一人叩き潰すつもりなのだろうが、危険な眼をしているラウラが凶行に走らない保証は無い。
相手をすれば唯では済むまい。
「一夏は模擬戦をやったばかりだからな、相手をするのは無理だ」
割って入ってきた大晃は山の気配を振りまいている。
しかし、その程度で軍人は怯まない。
「ならば、貴様が私の相手を今すぐするか?」
「いや、お断りするよ」
「逃げるのか!」
ふふん――、山が笑った。
ラウラに絡まれている現状を楽しんでいるのか。
「今のお前さんとやったら本気になっちまう」
「望むところだ」
「分かってないなぁ」
「なに!」
「トーナメントが控えているんだ。
ここで俺かお前のどちらかが潰れたら、勿体ないだろうに」
「……」
「なあ、一つ教えてはくれないかい」
「なんだ?」
「何故、俺と一夏を目の敵にする?
お前さんとは今まで顔を合わせたことも無い筈なんだがね」
ラウラは苦々しげに一夏を指さした。
「そこの男がいなければ教官が大会二連覇を成し遂げたことは想像に難しくない。
だから私が存在を認めない」
「それは可笑しいなぁ。
決勝戦の相手は織斑先生に十分勝ち得る、競技者だと記憶しているんだがねぇ」
「トップクラスの実力ではあった……が、教官の二連覇を阻むことはできなかっただろう。
それほどまでに教官は強い」
「ほう」
大晃は言った。
「で、俺はどうなんだい?」
俺の何が気に入らないんだい?
吊り上がった口は声を出さず、しかし、間違いなく問いを発し。
ラウラは思う。
私は――。
その笑みが嫌いだ、と。
黒々とした想いが次々と沸いてくる。
無駄にでかい存在感は邪魔で仕方がない。
勘違いしているその態度は許すことができない。
都合の良いように物事を解釈する、馬鹿さ加減は我慢がならない。
呼び捨てにしてくる気安さは下心があまりにも露骨で反吐が出る。
そうだつまり、私は――。
肺に満たされた負の感情を吐き出した。
「貴様の……存在そのものが気に食わんのだッ!」
今すぐ消すことができれば、少しは気が晴れるだろうと、地を蹴る、機体を前方に押し出す。
レールカノンを放ちながら前進し――、すぐさま停止した。
「貴様ら……邪魔だ!」
「それはこちらの台詞ですわよ」
ラウラをセシリアのビットが取り囲み、鈴の衝撃砲がチャージを終え、シャルルがシールドを構えて立ちふさがる。
一夏は雪片を展開し、箒もまた近接戦闘用ブレードを油断なく構えている。
「その程度の数でこの私を倒せるとでも?」
「勘違いしないで下さる?
わたくしたちは余計な面倒ごとを増やしたくないだけですの。
もっとも、ここで仕掛けてくるようでしたら話は別ですが……」
「ふん!所詮は弱者の戯言だな」
避けられない戦闘の気配に緊張が高まり。
「おい」
大晃が絶妙なタイミングで動いた。
「お前さん、ここで俺を倒すだけじゃつまらなくはないか?」
「馬鹿にしているのか、貴様!」
「公衆の面前で、俺を這いつくばらせてやりたいとは思わんのかい?」
「!?」
「何言ってるんだッ!?」
あまりの言葉に一夏は叫んだ。
セシリアも箒も鈴もシャルルも――、ラウラも面を食らった様子である。
「そのためには我慢しろよ、ラウラ。
お前は勝ち上るつもりなんだろう?
だったら、どこかで俺をぶちのめすチャンスがあるだろう。
上手くいけば、俺のことを皆が幻滅するかもしれんぜ」
なあ、と。
恐ろしさなど微塵も無く、むしろ優しげに諭している印象を与える声であった。
だが、ラウラはここで息を呑んだ。
異様なものと対峙した不気味さが温度を持って身体を包み込んでいる。
「命拾いしたな。
ここは貴様の言う通りにしといてやろう」
どれほどの威容を見せようが、優れたものには勝てない。
山であろうが、岩であろうが、全てのものは強大な力には勝てないのである。
ラウラが経験から導いた彼女なりの真実である。
大晃とて破壊できる有象無象に、虚仮脅しに過ぎない。
決して破壊不能な怪物などではない。
もし例外があるとすれば"あの人"だけなのだから。
ラウラの心は決まった。
「そして、私と当たったその時こそが貴様の最後だ。
せいぜい哀れな姿を私に見せることだな」
ラウラは背を向けて去っていったのだった。