超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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16話、シャルルの秘密とペア決めの模様

 訓練後。

 疲れた身体を引きずって、シャルルは更衣室に入る。

 当然、男なので男子更衣室に、もっともIS学園では珍しいものではあるが、を使うことになる。

 

「なあ、一緒に着替えようぜ」

「いや、僕は部屋のシャワーを浴びたいから」

 

 そこで一夏が絡んできた。

 

 それで困った。

 と言うのも、シャルルにはある秘密があった。

 その秘密の正体自体は置いておく。

 問題は、誰かの前で着替えをするということが、その秘密の暴露に繋がりかねない事実である。

 シャルルは秘密を守らなければいけなかった。

 

「まあまあ、そう言わずにさ。

 男同士だろ?

 別に恥ずかしくはないだろうからさ」

「ごめんね、汗を掻いちゃって気持ち悪いんだ。

 早く部屋のシャワーが浴びたくて……」

 

 シャルルはやんわりと断りながら、一夏の出方を見る。

 男同士の親睦を深める、一夏にはその程度の想いしか無い。

 しかし、秘密を抱えているシャルルにはどうしても疑念が湧いてしまう。

 じんわりと身体に浮いてくる汗が冷たく流れていった。

 

「残念だけど、しょうがないか。

 今度は一緒に着替えようぜ!」

「……うん、本当にごめんね」

 

 ――つまり、着替える度に一夏に迫られるんだ……。

 

 一夏の反応からして、秘密についてはバレているとは思えない。

 だが、この調子が続くようならばいつかボロが出てしまうだろう。

 

 シャルルは一夏の態度にある種の執念じみたものを垣間見た。

 恥ずかしいから一緒に着替えたくないと言った所で通用するとは思えない。

 

 シャルルは必死に取り繕いながら足早に更衣室を出て行く。

 その顔を熱気が叩いた。

 目の前には大晃がいる。

 シャルルの顔が緩んだ。

 

「どうした?思いつめたような顔をして」

「安城君。どうもしないよ。

 ただ、転校初日からハードな一日を過ごしたから、ちょっと疲れちゃって」

「そうかい、俺は少しばっかり遅くなるからゆっくり風呂にでも浸かっててくれよ。

 どうせ、シャワーを使うつもりなんだろう?」

「え?でも、お風呂に入っちゃったら、食堂に行く気がなくなっちゃうと思うんだけど」

「だからさ、今日は部屋で食おうじゃないか。

 ものにもよるが、食堂にはお持ち帰りの食べ物も置いてあるんだ。

 何か適当に買って帰ってくれよ」

「分かったよ、じゃあ遠慮なく使わせてもおうかな」

「ああ、食べながらゆっくり話でもしような」

 

 シャルルはこのルームメイトと気持ちよく日々を過ごしたい。

 部屋をどう使うか。

 それを汗を流したさっぱりとした状態で夕食を食べながら話をする。

 実に魅力的だった。

 

 シャルルは足取り軽く、食堂に向かった。

 

 

 

 更衣室に話を戻す。

 一夏は一人で着替えていた。

 シャルルとすれ違った大晃が入ってくる。

 

「なあ、大晃」

「どうした?」

「シャルルの奴は大丈夫か?」

「なんで、またそんなことを訊くんだい?」

「シャルルと一緒に着替えようと思ったんだけどな。

 あいつなんか疲れてるみたいでさ、シャワーを浴びたいからって断られちゃったんだよ」

「初日からハードだったからな。

 疲れるのも無理はないさ」

「やっぱりそうか」

 

 一夏は残念そうに頷いた。

 大晃は息を吐いた。

 

「一夏、お前さんまさか、しつこく粘ったんじゃないだろうな?」

「はぁ?そんなわけないだろ。

 今日は残念だったけど、次は一緒に着替えようなって」

 

 当然のように口にする一夏。

 どうやら男同士は一緒に着替えるものだと当たり前のように思っているようだ。

 相手が恥ずかしがっていたとしても、まあ男同士だし、と突っ切るだろう。

 男が相手だと異様に距離感が近いのが一夏であった。

 

「シャルルが疲れていた理由が分かった」

「え?」

「お前さんが"あっち系"だと思われたんだよ」

「なんでだぁ!?」

 

 一夏にとっては荒唐無稽な大晃の発言である。

 

「一緒に着替えることにお前さんが凝るもんだからさ」

「いや、普通だろ!」

「一緒に着替えることとそれを楽しみにすることの間には、雲泥の差があると思うぜ。

 まあ、程度にもよるんだろうが」

「女ばかりの環境でシャルルも心細いだろ!

 だったら、親睦は深めるべきだろ」

「男同士で着替えるのが好きなんだろ」

「それは、まあ……」

 

 口ごもる一夏に大晃は優しく声をかける。

 攻めるために話をしているわけではないのだ。

 

「勘違いしちゃあいけないな、一夏。

 お前さんが楽しみにするのは良いんだが、あいつはフランスの出だろ。

 当然男同士の距離感はこっちとは違うんだから、あいつに合わせてやれよ。

 その内、向こうから歩み寄ってくるだろうさ」

 

 あまりにもしつこいと嫌われるかもしれん、と暗に仄めかす。

 しかし――、

 

「分かった。しつこく誘うのは止めておくよ」

「……ほどほどにな」

 

 しつこくは誘いはしないが、誘うこと自体は止めるつもりは無い、と一夏は言う。

 彼なりの譲歩なのであろうが、大晃は大晃で時折突飛なことを言うように、一夏は一夏で焦点がずれていることがある。

 今がそうだった。

 

「今度のトーナメントでペアでも組んでみたらどうだ?

 女子と組むよりはやり易いんじゃないか?」

「いいなぁ、それ」

 

 大晃は珍しく呆れたように一夏を見るのであった。

 

 

 

 

 

 風呂は良いものだ。

 改めてシャルルは思っていた。

 

 身体を隅々まで洗ってから湯船に浸かる。

 そうすると、身体に溜まった疲れがお湯に染み出していくのだ。

 ここで重要なのは、中途半端な時間で風呂から上がらないことだ。

 表面に染み出た疲れを全て出さないと、かえって疲れが表にでる。

 だから、長い時間風呂に入る機会があることは大変に嬉しい。

 

「気持ちいい」

 

 艶めかしく身体を動かしながら、呟いた声には色気がある。

 手で身体を撫でていく。

 肩から胸、胸から腹、腹からさらにその下に伸びていく。

 

 もし、ここに誰かが居て見ていたとしたら、特に普通の性癖の男であれば、目を離すことは出来なかっただろう。

 顔にはあどけなさと色気が同居しており、胸は小ぶりながら魅力的に膨らみ、腰は健康的にくびれている。

 男としてあるべきものがなく、ないはずのものがある。

 それは誰がどう見ても女体であった。

 制服を着ていた時には隠されていた丸みと膨らみが完全に露わになっていた。

 

 そう、シャルルは女なのである。

 一夏と一緒に着替えることを拒否するのは当然のことであった。

 

 そして、安城大晃。

 彼と一緒の部屋になれたことに安堵していた。

 一夏は少し距離が近すぎる。

 例えばの話、一夏は男同士だからと、シャワーを使っているときに入り込んでくることもあり得る。

 対して、大晃は今のところ一夏よりかは距離を置いてくれている。

 闘いが絡むと独自の理屈で動く部分もあるが、自身の秘密に関しては踏み込んでこなければ問題はない。

 

 別に一夏を嫌っているわけではなかったが、秘密を抱えている身としてはほどよい距離を保ってくれそうな大晃の方が安心できた。

 

「ただいま。シャルルはまだ風呂かい?」

「あ、ごめん今すぐ出るから!」

 

 大晃が帰ってきた。

 不意だったものだから、女としての声を上げてしまったので、シャルルは心配になった。

 

「疲れているんだろう?

 ゆっくりしてくれればいい」

「疲れはもう取れたよ。

 それより、安城くんも汗を流したいでしょ?

 すぐに着替えるからちょっと待ってて」

 

 自分だけが風呂を満喫することにはちょっぴり罪悪感がある。

 それに違う壁一枚隔てているとはいえ、異性と一緒にいるのに裸は恥ずかしい。

 

「分かったよ。

 風呂から上がるときは、いちいち隠し事なんてしなくてもいいからな」

 

 シャルルは身体を強く抱いた。

 それはシャルルからしてみれば怖い台詞だった。

 お前が女だってことは分かっている、とも取れる台詞である。

 もし、秘密がばれればどうなるか?

 その不安が声を震わせる。

 

「な、何の話を……」

「あんたぁ、女だろ。

 身体の線は上手く隠していたようだが、一目で見抜いたよ」

「何のことだか分からないよ、僕は男だ」

 

 シャルルは決して認めない。

 これから生きていく為にも、使命を果たす為にもこんなところで諦めるわけにはいかなかった。

 

「いやいや、お前さんほど可愛い女の子はなかなかいないよ」

「か、かわッ!」

「まあ、理由は食いながらでもいいから、話してもらおうかな」

「……僕をどうするつもりなの?」

「言ったままだよ。

 お前さんが何故男の振りをしているのか、俺に教えて欲しいんだ」

「……僕は君を騙していたんだよ。

 ここで僕が同情的な嘘を付くとは思わないの?」

 

 シャルルの声は沈んでいる。

 今まで、といってもほんの僅かな時間しか一緒にいないが、仲良くしたいと思っていた相手に嫌われるかもしれないからだ。

 

「腹が減ってると、いつもより不安だろう?

 こんな時は、腹に何かを入れるのが一番いいのさ」

 

 大晃の気持ちのいい笑顔が、壁を隔てた向こうにある気がした。

 

 

 

 二人はテーブルを挟んで向かい合っている。

 テーブルの上には食べかけの夕食が並んでいる。

 大晃は既に食べ終わり、シャルルはいくらか腹が膨れて人心地ついてから話し始めた。

 

「僕はね妾の子なんだ」

「へぇ」

 

 デュノア社、社長の娘が何故こんなことをしているのか、を端的に説明する言葉である。

 大晃はただ相槌を打っている。

 

「妾の子っていうのを知ったのも二年前に母が死んだときでね。

 母さんからは父親はずっと昔に死んだって聞かされていたから、父の部下が来たときは驚いたなぁ……」

 

 シャルルが遠い記憶を眺めるように、視線を這わせた。

 

「それからは、デュノア社でテストパイロットとして活動してたんだ。

 極秘裏で、なんだけどね。

 色んな武器を使ったから、最近は腕に自信が出てきて、そんな時に"あの人"から命令されたんだ」

 

 シャルルが一通り話し終えると大晃は神妙にしていた。

 

「ふーん、シャルルの親父さんがそんなことをねぇ」

「……」

「量産期ISシェアが三位のデュノア社も、第三世代のデータは喉から手が出るほど欲しいって事かい?」

「うん、あの人はそう言っていたよ」

「随分と裏工作に手を掛けたようだな」

 

 IS学園に男と偽って女子を潜り込ませるには、かなりの広範囲に手を回す必要がある。

 女を男と偽ることそのものが難しいし、IS学園のチェックを潜り抜けるのはさらに困難だ。

 障害はあまりにも多い。

 

 それでも、尚シャルルをスパイとして差し向けたのはリターンがあるからである。

 "無手"――仮にも数少ない男性操縦者が纏うISであるのだから、蓄積されているデータも貴重である。

 第三世代であることも含めれば、相当な成果を見込めることができるのだ。

 

「しかし、お前さんの親父さんも馬鹿だねぇ。

 肝心な部分で抜けている」

「えっ?」

「嘘が得意な人間を用意しないといけなかったな」

 

 シャルルはスパイに向いていない。

 一見すると感情を制御できているように見えるが、時折出てくる自身の境遇への不満と苛立ちは隠せてはいなかった。

 人が良いからか、食い下がる相手には強気で出ることができない。

 秘密の周りを刺激すれば割と動揺することもある。

 

 よく顔を合わせるルームメイトを相手にシャルルが秘密を隠し通すのは無理な話だったのである。

 

「ごめんね、安城くん。騙したりして」

「俺は最初から騙されてなんていないよ。

 お前さんが勝手に俺を騙していたつもりになっていただけさ」

「でも、僕が嘘を吐いていたことに変わりはないよ」

「まあ、そう後ろ向きになることはないさ。

 それより今後のことを考えないとな。

 シャルルが女だってことはバレないようにしなきゃあならん」

「え?」

 

 最悪突き出されることも考えていたシャルルは驚いている。

 大晃はそんなシャルルに取り合わず続ける。

 それは学年別トーナメントタッグトーナメントのことであった。

 

「まずは、男同士でペアを組むかい?

 女子と組んだんじゃきっとバレるからな」

「安城くんは一人で闘うんじゃ……」

 

 大晃はすでにペアを組めないことになっている。

 だから、この学園では唯一秘密を知る大晃とは組むことはできない。

 

「一人、いるだろう?」

「まさか」

「そうだ、一夏だ」

「それじゃあ織斑くんに秘密がバレちゃうよ!」

「シャルル。

 一夏はお前さんのことを妙に気に入っているようだ。

 あいつはペアを組もうと組むまいと、お前さんの秘密に気が付くだろうさ。

 だったら、こっちから打ち明けといたほうが印象が良いってもんだ」

 

 秘密を広めることを恐れて、シャルルはしり込みしている。

 あっさりと女であることを看破されて自棄になっている部分もあるとは言え、事が露見した時の末路を考えたくもない。

 しかし、既に悠長にしていられる状況ではなかった。

 

「もう動いている奴らもいる」

 

 シャルルの秘密はパートナーには悟られてしまうだろう。

 表面上は一夏と同じ男なので、組もうと組むまいと違和感は隠せない。

 もし、一夏が先に他の女子と組んでしまえば、秘密を知ってしまう人間が増えてしまうだけなのである。

 

「あいつらはどうしているかな?」

 

 嬉しそうな声色が大晃から漏れたのであった。

 

 

 

 

 

 学年別タッグトーナメント。

 タッグ同士で闘う変則的なトーナメントである。

 勝敗を分けるのはパートナー間の相性であろう。

 であるならば、己のパートナーを決める段階から闘いは始まっている。

 

「あんたから誘いにくるなんてね」

 

 鈴は意外そうに言った。

 まさか、この女から誘いをかけてくるとは思わなかった。

 

「優勝の為には、大晃さんに勝利する為にはどうしても貴方の力が必要なのです」

 

 セシリア・オルコット。

 "ブルーティアーズ"を操るイギリスの代表候補生である。

 クラス代表決定戦で彼女は大晃に敗北していた。

 

「あたしじゃなきゃいけないって本当?」

「ええ。

 彼に敗北を刻み付ける為には、火力が必要です。

 それも状況に適応できる柔軟なさを併せ持たなければいけません。

 しかし、わたくしの"ブルーティアーズ"はタッグで使うには弱点があります」

 

 "ブルーティアーズ"の自由自在な射線は敵にとっても味方にとっても脅威になりうる。

 特に、パートナーが近接主体であればターゲットへの攻撃に巻き込まれる可能性は高い。

 セシリアにとってもパートナーが敵に近づけば、それは斜線を防ぐ障害となる。

 

 だから、鈴は未だにセシリアが自分を選んだ理由がわからない。

 鈴の機体も技量もどちらかといえば格闘戦に偏っている。

 

「いいですか、鈴さん。

 確かに遠距離に強いパートナーを選ぶのもありです。

 しかし、わたくしは彼を観察して悟りましたわ。

 彼の技量は既に高みにあります。

 順当に飛び道具使いの人と組んで闘った所で、全て対処されてしまうことでしょう。

 遠近の両方から攻めねばなりません」

「でも、それじゃあどっちも中途半端になるんじゃ……」

「そう!それですッ!」

 

 突如、叫んだセシリアに鈴もギョッとする。

 

「な、何よ。いきなり……」

「いいですか、ここで重要なのは火力を損ねることなく、遠近を同時に繰り出すってことです。

 つまり!

 山田先生との模擬戦での闘いをより高度に行うことを、わたくしは提案したいのですわ!」

「!?」

 

 授業中にセシリアと鈴のペアで模擬戦を行ったことがある。

 相手は山田真耶、一年一組の副担任である。

 結果は惨敗。

 いつもの気弱そうな笑みのまま二人を一蹴したのだ。

 しかし、セシリアからしてみればあの闘いは悪いものでは無かった。

 鈴は被弾を覚悟して真耶に接近し、セシリアはそんな鈴の想いを汲んで誤射ぎりぎりの攻めを行った。

 

 結果、二人は互いの力を損ねることなく闘えたのである。

 それをより煮詰めて試合に臨みたいと、セシリアは言っているのだ。

 

「なるほど、今からならそれもできるかもしれないわね」

「無数の射線を相手に動揺しない人を、わたくしは貴方以外には知りませんわ。

 是非ともわたくしに協力してくださいませんか?」

 

 一夏の零落白夜を捌いた経験があるのは大晃を除けば鈴だけである。

 ならば、大晃を相手にも鈴の接近戦は通用するであろう。

 そして、"ブルーティアーズ"のプレッシャーを跳ね除けてくれるはずだ。

 セシリアのその想いは十分伝わった。

 鈴は言った。

 

「面白い。協力しようじゃないの」

 

 

 

 ラウラは悪寒を感じていた。

 背中に生暖かい吐息を吐かれているような感覚がある。

 そして、その発生源らしきものはラウラから付かず離れず一定の距離を保ってつけてきているのだ。

 

 あえて人気の少ない所に出た。

 屋外である。

 周りは木々に囲まれていて、見通しは悪いものの専用機を持つラウラには関係がない。

 

「おい、何の用だ。篠ノ之箒」

 

 木々の陰から姿を現したのは箒である。

 

「ばれていたか」

「ふん!

 ハイパーセンサーはISを起動せずとも任意で発動できる。

 その程度の尾行は難なく見破る」

 

 吐き捨てるように言った。

 アリーナでは大晃の口に乗って退いたものの、それでストレスが発散できたわけでは無い。

 むしろより悪化した。

 端的に言ってすこぶる機嫌が悪い。

 人影の少ない所に出たのはそういう意味もある。

 

「お前に頼みがあって、来た」

「身の程知らずが決闘でもしたくなったのか?」

「今度のタッグトーナメント、私とペアを組む気はないか?」

「なに!?」

 

 ラウラは基本的に学園の人間とは険悪である。

 軍人としての自負がどうしても他者を見下す態度に繋がってしまうのである。

 そこを箒も嫌っているはずであった。

 

 パートナーに凝りが無い筈のラウラとてこの予想外の頼みには驚いた。

 

「貴様、どういうつもりだ!?」

「私の目標は優勝だからな。

 だったら、力のある奴と組みたいと思うのは当然のことだ」

「私は誰の力も必要としていない。

 パートナーが誰になったとしても、邪魔でさえ無ければ良いのだ。

 誰が貴様なぞと組むものか!」

 

 ラウラは箒を見下す。

 強いものに付くだけのコバンザメはラウラにとっては侮蔑の対象。

 ただただ、力を借りるだけの為に来たのであれば相手をする価値などない、と追い払う。

 

「篠ノ之博士の妹だから、などと言って便宜を図って貰えると思っているんじゃないだろうな」

「……可愛いな、お前」

 

 だから、ラウラには箒の言う可愛いの意味が分からなかった。

 逆に蔑みの視線を浴びせてくることが不思議でならなかったし、納得もいかない。

 

「舐めているのか?」

「お前は一夏相手でもそうだったな。

 好きなのか……身内いじりが」

 

 箒が内側にたわめていた気が解放された。

 闘志で漲っている。

 肌に無数の針が突き刺されているようであった。

 

「私の実力をお前に見せる。

 パートナーに相応しいかどうかの判断はお前に任せた」

「正気か?私が生身で相手をするとは限らんのだぞ?」

 

 ハイパーセンサーで箒が暗器の類や毒物を持っていないことは確認している。

 つまり、もし私が武器を使うことがあるのなら、同じ生身では対処できない場合のみである。

 それはラウラの矜持からはあり得ず、それにした所で専用機持ちの軍人を相手に生身で闘うのは少々無茶だろう。

 

「別にいい。

 生身の私程度に武器がいるとは思えないからな。

 最も、何かの拍子に使ってしまったのなら、少々期待外れだが」

「貴様……」

 

 そこまで言うのなら相手になってやろうとラウラは静かに構えた。

 軍隊格闘術独特の構えが出現した。

 箒もまた篠ノ之流の構えをとる。

 

 先に手を出すほうが不利。

 しかし、箒は待ちに徹する気などない。

 挑んだ側から動くのが、礼儀である。

 

「ひゅっ」

 

 呼気を吐いて、前に出た。

 

 箒の手刀がラウラの眼前に迫り、そして――。

 

 

 

「なんで、そこまでしてくれるの?」

 

 シャルルと大晃の部屋では二人が向かい合っていた。

 シャルルは言う。

 何故、自分を助けるのか?

 

 普通に考えれば、シャルルを教師に突き出すのが最も面倒の少ない方法である。

 しかし、大晃は秘密を一緒に隠ぺいすることを選んだ。

 ここはIS学園である。

 あらゆる国の力が及ばない場所ではある。

 しかし、それも完璧ではない。

 事実、大規模とはいえ一企業の工作は成功している。

 

 このことが、大晃の将来にどういう影響をもたらすのか。

 シャルルとの共犯者として扱われ、彼もまた法の裁きの対象になることもあるかもしれない。

 

 様々な国の力が集まるIS学園では考えるべきことが多く、シャルルには予想がつかない。

 

 一体どうして、自分などを助けてくれるのか?

 

 大晃にはすでにこの先の道筋が見えていて、その先の利益のために突っ走っているのか。

 だとしたら、自分は所詮その利益を得るための案内人に過ぎないのか。

 自分は道具に過ぎず、父と同じように道具として自分を扱うつもりではないのか。

 

 大晃の愛嬌ある、まるで悪戯を楽しんでいるような笑みさえ信用できない。

 岩のようにある男の思惑が見えないことがシャルルの不安を募らせた。

 

「女の前で格好をつけるのは気持ちがいいからな」

「……本当にそれだけ?」

 

 やれやれ――。

 

 声を出していたわけではない。

 シャルルの眼には首を傾げて苦笑する大晃がいた。

 身を委ねたくなる、たまらない笑みだった。

 

「シャルルは遠近両方の武器を使いこなせるんだろう?

 確かフランスには"砂漠の逃げ水"とやらを使いこなす操縦者がいるって話だ。

 シャルル、それはお前さんのことじゃないのかい?」

 

 ISの武器は二種に大別できる。

 ライフルや拳銃などの遠距離武器、ブレードやナイフなどの近接武器だ。

 さらに細かく分類分けすることもでき、同じ区分けの武装でも武器ごとに違う性能やコストを持っている。

 機体自身にもそれぞれ特徴があり、さらにはカスタマイズも可能である。

 機体と武装の組み合わせをを考えると、その組み合わせは天文学的数値に膨れ上がるのだ。

 

 だから、例え量産機を使っていようと、全く同じ機能を持つとは限らないのである。

 

 その組み合わせに掛ける拘りも人によっては違う。

 戦術の為に組み合わせを考える人間もいれば、自分好みの武装を生かすために戦術を練る人間もいる。

 

 砂漠の逃げ水、とは戦術の一つである。

 遠距離、近接格闘という対極の闘いがあり、闘いの幅はその二つの間にある。

 

 遠距離が主軸の相手には近接格闘で、近距離が主軸の相手には遠距離武器で闘う。

 あらゆる戦術から等距離の位置にあることが重要なのである。

 敵の得意なこととは噛み合わない戦法に随時切り替えて闘うことがそれを可能にするのだ。

 

「もし、そうだとしたら何?」

「お前さんがいなくなったら、今度のトーナメントで闘えなくなってしまう。

 それはもったいないじゃないか」

 

 笑みの裏には熱いものがある。

 

 シャルルはどのような技術を操るのか?

 シャルルはその技術でどう立ち回るのか?

 

 ――シャルルはどのような人間なのか?

 

 好奇心というガソリンが身体の中で燃えているようであった。

 

「本当に可笑しなことを言うんだね」

 

 トーナメントにシャルルが出たとして必ず当たる保証はない。

 大晃と当たるまでに負ける可能性もある。

 あくまで闘えるかもしれない、それだけの為にシャルルを庇うなど、普通は信じられない。

 しかし、それを分かっていてなおシャルルとの対戦の可能性に燃えている。

 その姿はあまりにも無邪気で向こう見ずで、笑わずにはいられなかった。

 

「がっかりしたかい?」

「……大好きだよ、そういうの」

 

 ここでシャルルは気が付いた。

 大晃は何も隠していないことを。

 シャルルを心配する想いも。

 そして、シャルルへの欲望さえも。

 

 下心と紙一重の欲求を、シャルルは心地よく感じていた。

 大晃の欲求の正体がこれ以上ない形ではっきりとしたからである。

 

 ――あんたと闘ってみたい。

 

 これほど素直に自分の欲求を出せる人間がいるのか。

 シャルルは感心していた。

 喜びさえも感じていたのかもしれない。

 

 安城大晃。

 公式での試合は一つだけである。

 しかし、その一つの試合で見せた大晃の動きには百戦錬磨の匂いがした。

 IS事態での闘いの経験に乏しくとも、転用可能な闘いの蓄積があるようであった。

 

 その男が自分と闘いたいと言っている。

 そのことを光栄に感じている自分がいた。

 

 いつの間にか、不安は吹き飛び、大晃から乗り移ってきたかのような欲望がシャルルを覆っていた。

 

「シャルロット……」

 

 興奮の中でシャルルは思い出した。

 まだ、自分には伝えていないことがあることを。

 

 大晃は自らの欲望を素直に出した。

 しかし、自分はまだ隠し事をしている。

 全てを伝えてはいない。

 それはフェアではない。

 だから、口に開く。

 

 一番大事なものをこの男に教えなければいけないから。

 

「私の本当の名前はシャルロット・デュノア……。

 二人っきりの時はシャルロットって呼んでね」

 

 シャルルは甘い声で言ったのであった。

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