学年別タッグトーナメント。
六月の末に開催されるトーナメントである。
この大会の凄い所は参加人数の規模であった。
学年の全員が出場権を持ち、何らかの都合が無ければ、出場を義務付けられる。
一学年当たりの人数は百二十人をほどなので、三学年合わされば三百ほどに人数が膨れ上がる。
単純な規模として考えれば最大の大会であった。
そして、来賓。
これもまた凄いものがある。
各国政府関係者、研究所員、企業エージェント。
そうそうたるメンバーが揃っている。
一般客もかなりの数がいた。
事前に申請をして、入場を許可された人間たちであるが、その数も多い。
IS学園生徒の家族あるいは関係者が主で、生徒との再会を喜ぶ人間や活躍を待ち遠しくしている人間もいる。
観客席の全員が試合を心待ちにしていた。
男子用の更衣室には三人の生徒がいた。
一夏にシャルル、そして、大晃がいる。
三人して、モニターを眺めていた。
「人の入りがいいな」
「それはそうだよ。
未来の国家代表がこの大会から出てくることも十分に考えられるからね。
注目度は結構高いよ」
シャルルは意味ありげに一夏と大晃を見た。
「特に、今年は二人がいるからね」
「俺たちが?」
「うん。男の操縦者がしかも二人もいるんだから世間からの注目度も高くなるさ」
そう言ってシャルルはモニターを指さした。
「おいおい、シャルル違うだろう」
「え?」
「二人じゃなくて三人だぜ。
来賓が注目しているのは俺と大晃だけじゃないんだから」
「あ、そっか。僕も男のふりをしてるから……」
「気を付けてくれよ。
今みたいなことを他の連中の前で言ったら、シャルルが本当は女でしたってバレちゃうからな」
「ふふふ。そうだね」
「それにしても、人が多い」
一夏はそう言ってモニターを見ている。
緊張しているからか口数が多くなっている。
「正直、緊張はするけど、頑張って特訓の成果を生かさなきゃな」
「大丈夫、僕も協力するから。ね?」
アリーナの熱気はモニター越しにも伝わるほどで、シャルルにも緊張する一夏の気持ちはよく分かった。
元々、IS学園の注目度が高い。
それが今年は男が三人いる前代未聞の事態になったので、自然と期待も大きくなったのである。
「でもな?」
「うん?」
「今でも信じられないよ。シャルル実は女だったなんて」
「えへへ」
結局の所、シャルルは大晃の勧め通り一夏と組むことにした。
更衣室での出来事から、どうせ女であるとばれることは十分予想できる。
自ら明かした方が良い印象で受け入れてもらえるはずであった。
それは、大晃と話し合いを終えてからのことである。
大晃は早速、一夏を部屋に呼んだのだ。
「どうしたんだ?」
「ちょっと、シャルルの事で大事な話が合ってな」
「分かった。ちょっと待ってろ」
電話で怪訝な声を上げたものの、一夏は快諾した。
シャルルを相当気に掛けていたらしい。
道中女子達から絡まれたりしたものの、それらを適当にいなして、すぐに駆けてつけて来た。
「それで話っていうのは、何なんだ?」
その後はシャルロットから話をした。
自分がデュノア家、つまりフランスのIS企業であるデュノア社の社長の娘であり、同時に愛人との間の子であること。
二人で暮らしていた母親が亡くなったのをきっかけに、自分が妾の子であることを知ったこと。
引き取られたデュノア社でテストパイロットとして過ごしている自身の元に、スパイとしての指令が下り"無手"のデータを盗み出すことになったこと、などを。
シャルルの話を聞いていると、一夏の表情は次第に歪んでいった。
怒りが胸の中にあった。
一夏はシャルルを見て、言った。
「おい、シャルル。お前はどうしたいんだ?」
声は静かではあった。
それだけに、何かを決めた意志はしっかりと聞き取れる。
見ようによっては自分を騙していたことへの怒りにも見え、シャルロットは顔を暗くする。
だから、一夏が次に言った言葉は予想外であった。
「俺は、シャルルを助けたいと思っている」
「え?」
「たぶん、大晃も同じ気持ちなんだろう。
だって、わざわざ俺を呼んだんだからな」
驚くシャルルの前で一夏は大晃を見た。
「そうだよ。
俺がお前さんを呼んだのは、どうしても力を借りたくてだ」
「具体的にはどうして欲しいんだ?」
「なに、簡単なことさぁ。
この娘とペアを組んで欲しいんだよ」
「お安い御用だ」
「どうして、私を助けてくれるの?」
安請け合いとも思えるほど簡単に一夏は引き受けた。
シャルルはもう何度になるのか分からない、質問をするのであった。
「俺と千冬姉は両親に捨てられたから」
一夏には両親の記憶は無い。
シャルルの境遇は他人ごとでは無かったのだ。
それで一夏とシャルルはペアとなった。
シャルルはペアになって気が付いたことがある。
一夏とは気が合うのだ。
この一ヶ月、タッグでの闘いをものにする為に訓練を繰り返していた。
一夏は真摯であった。
教えられたことを全て覚えるような明晰さは無いが、それを補って余りあるセンスがある。
何より、身近な人間を守りたいと、練習に打ち込む姿には胸を打つものがあった。
力を貸したい。
いつしか、シャルルに一夏を応援する気持ちが芽生え、今は隣に立っている。
このトーナメントは人数も多い。
ISに触れたことのある人間が少ないとしても、強化月間で力をつけた者もいる。
それだけに優勝を目指すとなると、量産機が相手でも油断はできない。
ことさらに厄介なのは専用機を持たない国家の代表候補生である。
ISは貴重だ。
全世界に限られた数しか存在しない上に、追加生産も不可能。
その事情から代表候補生でありながら、専用機を持てない人間は存在する。
技量がある人間が使う量産機はその汎用性を遺憾なく発揮することだろう。
皮肉なのは大晃である。
シャルルを助けると決めた男であった。
山。
巨岩。
大樹。
そう形容できるほどの存在感は包容力に転じることもある。
秘密を打ち明けた夜、その気配に包まれて安心してしまったのだ。
本名さえも打ち明けるほどに、この男を信頼していた。
しかし、トーナメントではこの男は敵であった。
勝ち進めば当たる確率も高くなる。
優勝を目標とするのなら、この男に勝たねばならない公算が高い。
奇妙な巡り合わせである。
では、その事実に痛みを覚えているのか、と問われればシャルルは頭を捻ってしまう。
嫌な気分はなく、大晃と当たることさえ望んでいる自分がいた。
シャルルは大晃を見た。
笑みを浮かべた大晃の顔には、これからへの期待が溢れている。
「どうしたんだい?」
「……良い顔で笑うな、って」
「そりゃあ、お祭りは好きだからねぇ」
放射された熱気でシャルルの身体が熱くなった気がした。
「シャルル、もうそろそろ準備しに行こうぜ。
試合の時間が近くなってきた。
大晃、お先に失礼するぜ」
「そうだね。じゃあね、大晃くん」
「おう」
一夏とシャルルは一回戦の第一試合を控えている。
まだ、時間に余裕はあるが準備をするのなら今からが良い。
二人は大晃を残して更衣室から出たのであった。
量産機二機。
それが初戦の相手であった。
二人の少女は決意を眼差しに込めて、一夏とシャルルのペアと対峙している。
「専用機持ちだからって楽に勝てるとは思わないでよ」
「そうそう、私たちだって頑張ったんだからね!」
猛っている、相手ペア。
一夏はその二人を見て、気を引き締める。
量産機であることを確認した瞬間、勝てるという確信が不意に生まれてしまったのである。
しかし、勝負に絶対は無い。
一夏は二人の武装を確認する。
少しでも優位に進めなければ、勝てるものも勝てない、と。
二人の武装は極めてスタンダードであった。
通常仕様の"ラファール"で両方ともが両手にアサルトライフルを装備している。
遠距離が狙いか?
そう思っていると、シャルルの警告が飛んできた。
「量産機の格納領域にはまだまだ装備品が隠されているはず。
今の段階で相手の戦法を看破することは不可能だよ」
闘う前に考えるべきことは多い。
だから、相手の出方を探ろうとしたのであるが、格納領域に武装を隠しているであろう状態ではその意味も薄い。
相手が何を得意としているかも知らない。
しかし、少なくとも自分に関しては種が割れてしまっている。
その不利を強く認識した。
――そうかこれがトーナメントか。
ただ向かい合っているだけだというのに体温が上がっていく。
自分の思いが定まらない。
観客の視線を強く感じ、身体が強張る。
「大丈夫だよ。
一夏のやることは決まっている。
僕のフォローを信じて」
シャルルが微笑んでくれた。
そのお陰で少しは落ち着く。
そうだ、と一夏は頷く。
一夏にできることは少ない。
だったら、その出来ることを全力でやれば良いのだ。
それがシャルルを生かす。
タッグでの闘いで貢献する方法は敵を撃破することだけではない。
自らに注意を引き付けることもまた、立派なコンビネーションである。
開始時間が近づいてくる。
観客席の人間達の熱気が高まり続け。
ブースターへ集まるエネルギーが上昇し。
試合開始のブザーとともにそれらは限界を迎えた。
一夏は一直線に突撃した。
初っ端からのイグニッションブースト、に零落白夜。
敵を分断する形で刀を振るう。
一夏の思惑通りであった。
正確には、一夏とシャルルが事前に決めていた通りの流れであった。
各個撃破。
シャルル達はこれを基本戦術として採用した。
分断した内の片方をシャルルが選択し、シャルルが攻撃を仕掛けるのと同時に、一夏も攻め立てるのが大体の概要である。
あわよくばその最初の突撃で一人を仕留めたいという思いもあった。
だが、シャルルは訝しんだ。
一夏の突撃で虚を突いたはずであったが、敵の動きには迷いが見えない。
まるで、最初から分断される闘いを想定しているような――。
「なッ!?」
シャルルの懸念は実現する。
いつの間にか敵の各々が構えていた、二丁のアサルトライフル。
計四丁のそれらが、一夏に向けられていた。
分断ではなく包囲ッ!
左右から敵に狙われる状況に陥った一夏という状況。
シャルルは一瞬迷う。
各個撃破を狙っていたのは、向こうも同じであった。
しかも、まずいことに相手は一夏から十分に距離を取っている。
左右から弾幕を張られればひとたまりもない。
「右をやってくれ」
一夏からの通信が入った。
思いを即座に汲み取り、シャルルは右の敵を狙う。
アサルトライフルの掃射と一夏とシャルルの動きはほぼ同時だった。
「きゃあッ!?」
驚愕に染まる、相手。
一夏がいきなり目の前に現れたからだ。
シャルルはもう片方に銃撃を浴びせている。
一夏は零落白夜を発動した。
悲鳴を上げた敵はその一振りで片付けられた。
圧倒的な攻撃力であった。
「まだ勝負はついてないからねッ!」
二丁のアサルトライフルを乱射しながら、もう片方の敵は諦めない。
今は二対一の状況。
不利ではあるが、光明はある。
一夏の"白式"はダメージを受けた。
強引な突撃の代償として、各パーツは破損し、あと一回でも攻撃を加えられれば負け。
イグニッションブーストは行えず、零落白夜も残り一回分のエネルギーがあるのみであった。
だから、シャルルさえ凌ぐことができれば、勝てるかもしれない。
本当は先に一夏に機銃を乱射したかったが、シャルルを相手にその余裕はない。
「意外に基礎がしっかりしてる!」
「こればっかりやってたからね!」
遠距離戦闘を主軸にするのなら、抑えるべき技術――、シューターフロー。
円の動きで銃撃を回避し、逆に銃弾を叩き込むための技術。
不完全ではあるものの、アサルトライフルの面制圧力でそれを補いシャルルと渡り合う。
無論この不完全な動きも身に着けるのは難しいものである。
一夏から離れるように二人は円の軌道を繰り返す。
一夏も追いかけようとするが著しく機動力が落ちて、追いつくことができない。
結果、膠着状態に陥る。
何が原因で動くか分からないこの状況にシャルルは揺さぶりを掛けた。
シャルルの"ラファール"の軌道が変化する。
緩やかな円から、鋭い直線への唐突な転換。
円の動きに慣れた眼は動きの変化についていけない。
シャルルの接近を許してしまった。
至近距離からの銃撃を警戒する敵の眼には信じられないものが映った。
――ブレード!?
シャルルの手にあった銃器は近接用ブレードに置き換わっていたのだ。
肉薄するブレード。
アサルトライフルでどうにか受けたものの、それすらもシャルルの脅威から逃れることはできなかった。
シャルルはブレードを押し付けて鍔迫り合いの形を堅持。
回転の後に蹴りを腹に叩き込んできた。
吹き飛ばされた、その先にいるのは――。
「織斑一夏ッ!?」
雪片を構えた一夏が待ち構えている。
この状況から逃れる術はなく、零落白夜をその身に受けたのであった。
勝者は一夏とシャルルであった。
試合後に相手が話し掛けてきた。
「あ~、負けちゃったよ」
「やっぱり、きつい。地力で負けているからね」
シャルルは正直に答えた。
「いや、危ない場面は結構あった。
最初だって、一夏がほんの少しでも躊躇していたら、きっと蜂の巣になっていたから」
自身を取り囲む四丁のマシンガンの威圧感。
瞬時に片方を選択して特攻したからこそ生き残れた。
一夏の度胸の量が一定のラインを超えていたことが、第一の勝因である。
「もうすでに、ボロボロになっているんだけど」
「確かに、勝者とは思えない姿だよね」
パーツは所々欠け、エネルギーもぎりぎり。
アリーナに設置されている大型ディスプレイにはその詳細が写っていた。
それを見るだけで、薄氷の勝利であることが如実に分かる。
「ハイテクだよな」
「確か、個人に配布される端末からも試合の流れが確認できるんだって」
ディスプレイにはダメージレベル等の情報を脇にリプレイが流れている。
個人の端末でも同じものが見れる上に、リプレイ等を映しながら試合のスケジュールも確認できるという。
そのハイテクさに無意味なものを感じていた一夏は、直後にその意義を知ることになる。
歓声が四人に向けられていた。
「うおッ!」
「僕たちの闘いが際どかったことを、皆は分かっているみたいだね」
ディスプレイはアリーナに複数設置されているが、この広いアリーナで全員が同じように画面を見ることは難しい。
端末を個人に配ることで、試合の流れは一層分かりやすくなるのだ。
「ふふん、こういうのも悪くないよ」
「本当はもっと闘いたかったけど、負けちゃったからね」
この拍手は四人全員に送られた物である。
雨のように降ってくる歓声と拍手は甘美に響いた。
「折角だから二人とも勝ち進んでよ」
「頑張ってよ。
二人が優勝したら、私たちの評価も相対的に上がるんだからね」
第一試合はこうして終わった。
紙一重の勝負で会場は熱くなったのであった。
オールレンジ攻撃。
その代名詞というべき存在がいる。
セシリア・オルコットの"ブルーティアーズ"はその最先端である。
「しかし、都合が良いですわね」
「あんた、その可笑しな顔やめなさいよ」
牙を剥き出しにするセシリア。
敵をかみ砕きかねないその顔に、相手はもうプレッシャーを感じている。
それはそれでこちらに有利なのだから別に止めなくても良いかな。
そう思いかけて、鈴はやはりセシリアを止める。
相手が気の毒すぎた。
「それにしても、相手は速力重視で来るってわけ。
確かに、大晃と闘う前の調整には持って来いかもね」
「そういうことですわ」
「でも、ちょっと気が早すぎない?
勝ち進めばの話だけど、あの化け物と当たるの決勝だよ」
「いいえ、戦術の問題点は早急に炙り出すべきですわ」
「とんだ馬鹿ね、勤勉馬鹿」
「なんとでも言えば良いですわ。手を抜きさえしなければ、ですが」
「そんなみっともないことするわけないでしょ」
安城大晃の撃破を目的とする二人にとってこの闘いは前座も前座。
相手のISは"打鉄"。
増設されたスラスターは大きく、かなりの容量を喰っていることが推測できる。
打鉄は防御に軸足を置いたISであるが、その速度の大きさは相当に増しているはずである。
本来は防御によった量産機を敢えて速度を高めるカスタマイズは、対大晃へのシミュレーションとして有り難い。
「あはは、安城くんと比べられるほどの速度があればいいけど」
「うん、速くても所詮は第二世代だし」
「あんたらは怒ってもいいのよ。
こっちは前座扱いしてるんだから」
相手の態度に鈴は呆れた。
しかし、油断はしない。
推し量れていない部分があった。
相手の装備はそれぞれブレードにアサルトライフル。
そして、二人ともが身体が陰に隠れるほどの大盾を持っている。
容量を喰うスラスターを増設しておいて、さらにこれほどの大盾加えることには、当然意味があるはずであったが、その意図を読み切れない。
「セシリア、こいつら何か企んでるわよ」
「ええ、大体察しは尽きますが」
警戒を促す為のプライベートチャネル、つまり二人だけに通じる通信を鈴は飛ばしたが、すでにセシリアは相手の思惑にたどり着いているようである。
「何よ、私にも教えなさいよ」
「わたくしのペアなら、自力で辿り着いてごらんなさいな」
「ああ、分かったわよ。もう聞かない」
思わせぶりなセシリアを問い詰めようとはしない。
試合開始の時間も近く、セシリアと問答している時間は無い。
試合開始のブザーが鳴った。
思いのほか上手い。
鈴の感想はそれであった。
二人はそれぞれが立ち位置を変えながら、防御の姿勢を取っていた。
無論、攻撃を仕掛けてもくる。
張られた弾幕はビットを広い範囲で牽制し、ブレードによる剣戟は双天牙月を受けに回らせる。
鈴が気が付いたのは相手がお互いをカバーし合うように立ち回っていることだ。
それぞれが攻撃を釘づけにすることで、パートナーに攻撃が向かないようにしていた。
お互いが最大の火力を発揮することを目的とする、こちらの闘い方とは真逆である。
防御主体の闘い。
ただ、亀のように防御し、安全を確保した時にだけ攻撃を加える。
そんな消極的な闘いをイメージしてしまう言葉である。
違ったのだ。
むしろ、相手は盾で攻撃を受けに行った。
"ブルーティアーズ"のレーザーはあまりにも多角的なので瞬時に回避か防御かを選択する。
双天牙月による一撃は盾で受けに行き、ブレードでの近接攻撃に移行する。
さらには相手の攻撃にしても攻めではなく、寧ろこちらに攻撃をさせないための要素の方が強い。
機動力を生かしての攪乱は攻撃の出鼻を挫く上に、出した攻撃は盾で受けられる。
実際に、セシリアはビットでの有効打を与えられていないし、鈴も思う通りの攻めはできていない。
ただ、ただ、自分の安全を確保するような闘いをしていれば、二人は負けていただろう。
そうならないのは、機動力と防御力の二つを生かした闘い方をしているからだ。
そして、だからこそ――相手は焦っていた。
セシリアと鈴は有効打を打ち込めていない。
同じように、相手もまた攻撃を当てることができずにいた。
底上げした機動力で撹乱し、攻撃を放ち続け、敵の攻撃を封じ続ける。
そこまでしておきながら、拮抗状態に持ち込むのがやっと。
セシリアと鈴を疲弊させるどころか、むしろ消耗しているのは相手の方であった。
現状を引き延ばしているだけでは勝てないことは明白である。
その現実が動機づけになった。
"打鉄"の二人組。
彼女らの機体の大型のスラスターが一際強く輝いた。
弾丸の速度を瞬時に得る二人はそれぞれが攻撃を引き付けている相手に向かう。
二人に足りないのは火力。
防御と速度に容量を割り振った機体は、装備できる武装が少なくなるのは道理である。
しかし、それ故に得たものは大きいものだった。
ISほどの質量を持つ高速の物体が秘める破壊力はどれ程のものだろうか?
増してやそれが弾丸ほどの速度で衝突すれば、どんなものでも壊せるのではないか?
盾を構えての突進。
それが正に自らを弾丸となす行為と言えるのなら、今、その答えが出ようとしている。
イグニッションブーストの速度で今まさに、盾を全力で叩き付けようと――。
「感謝しますわ、貴方達の献身に」
彼女らの行いは、大晃に迫るものがあった。
そもそもの機体のコンセプトからして、彼女らにカスタマイズされた"打鉄"は大晃の"無手"に近い。
武装を犠牲に防御と速度を上げているのが"無手"の特徴なのだ。
セシリアの目標は大晃の撃破。
良きライバルの男と似たISはリハーサル相手としては最上であった。
今までどこか緩慢だった"ブルーティアーズ"のビットが、変わる。
より機敏に、より静かに。
今まで盾と防御パーツ、常に位置取りをすることにより避けてきた致命打。
それが最高速に達し、弾丸と化した敵に叩き込まれた。
ウィークポイントにレーザーが四列突き刺さった。
激しい痛みとノイズのような力が制御を乱し、弾丸の速度で墜落する。
弾丸で弾丸を叩き落すような光景であった。
「ぬうううううんッ!」
セシリアの優雅な態度とは逆に鈴は感情をそのままに吼えた。
いなすでもなく、衝撃砲でもって遠距離の内から対処するでもなく、正面から受け止める。
衝突に備えて体勢は整えてあったものの、衝撃は全身を揺さぶってくる。
負けるものか、と鈴は思う。
ISの質量と弾丸の速度の両方ともに叩きつけられた盾には侮れない威力がある。
その手に持つ双天牙月が軋むなど、滅多に無いことなのだから。
しかし、鈴の目標は優勝。
大晃に勝つこと自体に凝りがなくとも、立ち塞がってきたのなら負けてやる気もない。
その闘いへの備えをする機会があるのなら、ものにしない手はなかった。
力は拮抗していた。
盾を押し付ける"打鉄"の操縦者はスラスターの出力を生かしている。
対する鈴は"甲龍"の双天牙月で押し返さんと、両手に力を込めている。
焦れた相手は更なる力を引き出そうとした。
盾に生まれるより一層大きな圧力。
均衡を破るための巨大な力。
力の天秤が相手に傾き始め――。
「ッ!?」
敵の目前から鈴が消えた。
これを鈴は待っていた。
押し込んでくる相手を敢えて引き込むように、半身になり、そのまま回転を始めたのだ。
手にしたタイミングと一瞬で行われた動作を敵は捕らえることができなかった。
対象を失った力はその巨大さが仇となり、制御を受け付けない。
たたらを踏んだ少女の後ろからは双天月牙の刃が襲い掛かる。
回転の形をそのままに振り抜かれた刃は、少女の背へと到達した。
背骨に電流が奔った。
あまりの衝撃に混濁する意識で少女は振り返り、無数の刃の煌きに目を奪われるのであった。
セシリアと鈴の勝利であった。
ラウラと箒が試合場で並んでいる。
"シュヴァルツェア・レーゲン"に乗るラウラには何の感慨もなく、逆に"打鉄"を纏う箒は闘志で漲っている。
ラウラは箒の存在を無視していた。
ペアではなく、パートナーではなく、ただの個人としてその場にいるようであった。
邪魔をしなければいい。
それだけを思っているようであった。
そして、箒もその考えを一応は尊重しているようであり、ラウラを見もしなかった。
ただ、前を向くのみであった。
四つの眼は相手を捉えている。
敵も不敵な面で、無表情に、こちらを見ている。
油断がならない。
箒は闘志を煽り立てるように思考した。
ラウラ達がペアとしては奇妙であるように、相手もまた奇妙であった。
"ラファール"は肩にミサイルユニットを取り付け、両手に大口径のアサルトライフルを抱えている。
機動性を犠牲に火力を追及した武装だ。
それはまだいい。
奇妙なのは"打鉄"であった。
通常は肩部に非固定浮遊型の防御シールドが展開されているが、それで肩と背を覆っていたのだ。
機動性を損なってはいないようで、機動性と防御の両立を目指してそうなったらしい。
しかし、それなら素直に盾を装備する方が空き領域は多くなるので、疑問は残る。
手段も目的も不明慮で、傍から見れば不気味であった。
ラウラは奇妙なものを見ても、変わらない。
必要以上の感想を持っていないようであった。
そして、箒は、読めぬ敵の意図を味わうように笑って見せた。
睨み合いは、場の緊張感を高め続け――、ブザーが鳴った。
けたたましい音と共に銃弾がばら撒かれる。
広範囲の弾幕がラウラと箒に迫った。
二人は別方向に避けた。
連携の練習をしていない為に邪魔をすることを恐れた箒はラウラと逆側に飛ぶ。
その箒に迫る一つの陰。
シールドで全身を固めた"打鉄"である。
近接ブレードによる斬撃が箒に襲い掛かる。
箒はブレードで迎え撃った。
鍔迫り合いの形になる。
その二人に銃弾の雨が浴びせかけられた。
「馬鹿なッ!?」
それは明らかに味方ごと撃ち抜かれた弾丸であった。
箒は急遽鍔迫り合いから逃れ、全力でその場から移動する。
今ので受けたダメージは軽微。
しかし、箒は驚愕を覚えていた。
味方ごと攻撃することに躊躇をしない、敵の在り方に。
後ろに迫る敵の精神性に。
"打鉄"を纏った敵はなおも箒に追い縋ってくる。
撃たれたことなど気にした様子はない。
全身に装着した防御パーツが弾丸を受けたようで、パーツに軽い破損はあるが本体へのダメージは無いようだった。
抱きついて半ば自爆の形で"ラファール"の火力を生かすのが"打鉄"の役目の一つらしかった。
銃撃に晒されていた箒であったが、それが突然止んだ。
ターゲットがラウラに変更されたようだった。
転進する箒。
また、銃撃の餌食になる前に是非とも"打鉄"を撃破したかった。
ブレードを構え、切り掛かる。
その刹那、シールドが箒の目の前に発射されていた。
咄嗟に振り払うと、今度はブレードを振る敵が視界に現れた。
パージ。
不要になった武装を切り離すあるいは捨てる行為。
専ら、次の武装を展開する為に行われるのである。
敵はダメージを受けたシールドを押し出すように、真新しいシールドを展開したのである。
箒は前に出た。
身体全体で体当たりをかますように、肩の防御パーツから当たりに行った。
そうすることでブレードをかいくぐり逆にダメージを与えるつもりだった。
「……ッ!?」
敵から声が漏れた。
腹から全身を衝撃が巡り、肺から息が漏れたのである。
敵は苦悶の表情を浮かべた。
しかし、箒は止まらなかった。
肩を敵に預ける形に入ったこの状態からさらに畳みかけようとする。
事前にあれこれ考えていたわけではない。
体当たりを仕掛ける時には、自然とすべきことが思い浮かんだのである。
敵に預けた肩を支点に回転――、ブレードの一撃を叩き込まんとした。
敵は腕を掲げた。
腕を覆うようについているシールドでブレードを受け止めた。
だが、箒はそれでも良かった。
ブレードを振りぬきシールドを破壊して、敵に損失を与える。
ダメージは無くとも、敵は脅威を覚えたようであった。
離脱を試みようとした。
箒は逃がさなかった。
剣の間合いを保ち続けた。
敵は応戦しながら後退していった。
機体の制御と一撃一撃を振り抜く豪快な剣術を両立させた動きには理があった。
重く、迅く、鋭く、振われる剣は的確に相手を削った。
軽く、緩く、柔く、敵が振るう剣を呑み込んでいった。
相反する要素が噛み合った剣術は攻防ともに優れ、敵を消耗させる。
敵は前に出た。
どうせ逃れられぬのなら、剣の使えぬ距離で格闘戦に持ち込み、体勢を崩す。
剣を使えなくするその選択は半ば正しい。
しかし、相手は篠ノ之流。
素手の闘いすらも視野に入れた流派に隙は無い。
再びぶつかり合う両者は互いの姿勢を崩そうとし、やり取りの中で優位をとったのは箒だった。
懐に潜り込むと、拳を腹に突き立てた。
「ぐむ……ッ!」
問題なのはその威力。
その場での回転の勢いと体重をしっかりと乗せた一撃。
密着状態からは碌な一撃を放てまいと高を括っていた敵の思惑を粉砕する拳であった。
「うおおおおおおッ!」
敵は吠えた。
なりふり構わない全力の逃走だった。
剣でも、素手でも勝てぬのなら、逃げる。
一対一では負けてしまうのなら、逃げてしまえばいい。
どうやら、敵はそれ以上のことを考えているようだった。
察知した箒は追いかけるが追いつけなかった。
「なッ!」
敵はまたしてもシールドをパージし、射出していた。
足止めされた箒は焦った。
何故なら、敵はラウラに向かって捨て身の突進を敢行していたからだ。
ラウラは問題なく敵に対処していた。
機銃による弾幕は常に移動することで避け、追尾してくるミサイルはワイヤーブレードで切り払い、無傷で切り抜けていた。
向かってくる"打鉄"。
ラウラは即座に気が付いて、肩に備えたレールカノンで迎撃した。
発射されるのは対IS用徹甲弾。
着弾時の衝撃と威力からそれのみで十分退けられる筈であった。
"打鉄"は止まらなかった。
両腕を十字にクロスし、両腕の防御パーツを重ね合わせ全力で突っ切る。
パーツは破損するものの、役目は十分に果たしていた。
両腕にはまたしても防御パーツが展開されている。
さらにラウラを襲うのは銃弾と追尾ミサイルのコラボレーションだ。
"ラファール"を駆る操縦者は勝負を決する機を今に見出した。
限界ぎりぎりの火器を展開し続け、撃っては捨てて撃っては捨ててを繰り返す。
危険極まりない熱と鉄はラウラのみならず、"ラファール"への接近を試みていた箒すらも襲う。
箒の銃撃を止めるという意図がこれで挫かれたことになる。
ラウラに浮かぶ驚きの表情は、一瞬で不機嫌に人を見下すそれに変わった。
ラウラは負けを考えているようでは無かった。
この状況を切り抜ける術を持っているようであった。
「アクティブ・イナーシャル・キャンセラーッ!」
高らかな宣言と共に発動されるラウラの切り札。
それと同時に劇的な変化が起こった。
ラウラに迫っていたはずの弾丸、ミサイルが動きを止めて、宙に留まっていたのである。
"ラファール"からは次々と弾丸が放たれるがそれら全てが空中で止まり、宙に留まる弾薬の数が増えていく。
「なッ!?」
この機に乗じたのは"打鉄"を駆る箒。
"ラファール"操縦者の呆気にとられた一瞬を感知し、ブーストを全力で起動し接近する。
敵もまた、迎撃してくるが遅かった。
肩の防御シールド、通常の"打鉄"にも取り付けられている装備で、敵の弾丸を受け止めながら前に進み、遂には懐に潜り込んだ。
豪快な剣が"ラファール"を襲った。
アサルトライフルでブレードを受け止めようとするももろとも叩き切られ、肩に備え付けたミサイルの発射台は本体の接続ごと切り離され、なおも展開した武装は容赦なく真っ二つになる。
箒を削りきるまで、剣を振り続けたのであった。
"ラファール"の火力を用い、"打鉄"の自爆特攻で迅速に決着をつけるというスタイル。
"ラファール"が堕ちた今、もはや逆転も不可能であり、決着は直ぐについた。
箒とラウラが勝利を掴んだ。
試合後。
ラウラは更衣室にいた。
先ほどの試合。
接戦に見えた展開は、ラウラがその全能力を発揮しなかったからこそ起こったのだ。
仮にAIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラーという能力を出し惜しまずに使用していれば、比較的スムーズに決着はついていただろう。
あるいは一人であの二人を相手取ることだって出来た筈であった。
問題はそれを必死に言い聞かせている現状であった。
本気を出していれば敵ではない。
二対一でも問題なく勝てる。
戦力の見積もりに問題はあったが、実力では圧倒的に勝っている。
そんな風に自分自身を慰める言葉が頭を流れていた。
あの試合のことを思い出すだけで落ち着かなくなる。
すると、そんなことを自然に考えてしまうのである。
言い訳のような思考は自然とラウラの表情を暗いものに変えていく。
「暗いな……」
「篠ノ之か」
遅れてやってきた箒は汗を拭っている。
均整の取れた肉体には、篠ノ之流という力が宿っている。
それをラウラは知っていた。
ペアの誘いにやってきたと、箒は言ったはずであった。
私の力を試して欲しいとも。
口論の末立ち会うことになった。
箒の使う篠ノ之流には侮れないものがあった。
手数は大して多くなかった。
問題は一撃一撃が鋭く、気を抜けなかったことだ。
こちらの攻撃はまるで布を打っているような手応えしかなかった。
篠ノ之箒――、篠ノ之束の妹としての印象が上書きされた瞬間だった。
「どうした、勝ったんだぞ。嬉しくはないのか?」
「あの程度の相手に勝つのは当然のことだ。
逆に苦戦しすぎた位だ」
「そうか、頼もしいことだな」
箒は自信を持った佇まいをしている。
だからこそラウラには分からない。
なぜ自分と組んでいるのか、と。
ラウラは自分が嫌われているという自覚があった。
そういう風に振る舞ってきたし、箒と衝突したこともある。
わざわざ自分と組む必要はない。
勝つ為に組むと言ったが、気に入った相手を勝ち上がらせるという気概を持つであろう箒が、ラウラと組むのは不自然だ。
他に理由がある。
そう推理するがやはりラウラには分からなかった。
「次からは出し惜しみは無しだと?」
「そうなるな」
「そうか、私は今後もサポートに徹しよう」
「……余計なことはするなよ?
邪魔さえしなければ、後はどうでも良いのだからな」
結局の所箒が何を考えていようと、何も変わらないのだ、とラウラは思い返した。
ラウラは足早に更衣室を去ったのであった。