超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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18話、肉体演武

 安城大晃。

 世界で二番目のISを使える男である。

 180センチを超える骨格に筋肉を多く搭載した肉体は山の風格を持っていた。

 他の人間には無いものであった。

 

 IS用のアリーナは大きい。

 超兵器ISでの試合を満足に行うためにはどうしても莫大なスペースが必要となる。

 その試合場でお互いがまだ端っこにいる今、相当な距離があるはずであった。

 なのに、大晃の気配は間近で発せられているように感じられた。

 恐らく、観客席の人間も同じ感覚でいるはずであった。

 桁違いの重厚さは、発せられる肉の圧力でさらに増幅し、その存在感は山と変わらない。

 

 

 

 大晃と当たることになってしまった少女はこの三ヶ月ほどを思い出していた。

 

 桁違いの男であった。

 あの織斑千冬を相手にバトルロイヤル形式での決闘を提案し、その決闘においても最後まで勝ち残った。

 凄いのは素手でありながら一夏の"白式"を接近戦闘で圧倒し、セシリアの"ブルーティアーズ"による多角的な射撃をほぼ読み切ったことである。

 どちらも、その専門の分野においては一年で屈指の力を持っている。

 その二人を相手取り、なおかつ勝って見せるその姿には只ならぬものがあった。

 

 大晃を相手にどう闘うのか、つまり、どう勝つのか?

 一年に共通する話題がそれであった。

 

 まず、考えたのは物量で押すことであった。

 大口径のマシンガンで弾をばら撒き続ければ、"無手"の重厚な装甲とて削り切れるのでは?

 考えて、その策を最初に否定した。

 仮に"無手"を単独で打ち倒せるほどの装備を積むとなると、重量はどうしても大きくなる。

 動作も鈍くなってしまうだろう。

 速力のある男を前にして、それは致命的な弱点となる。

 

 では、他に方法はあるのか?

 後押ししてくれたのは少女のパートナーであった。

 

「そもそも、動く必要はないのかもしれませんね」

「でも、それだと逃げられてしまうんじゃない?」

「どうして、こちらから攻め入る必要があるのですか?

 近づかないと攻撃できないのは素手の安城さんの方です」

「あっ……」

 

 素手とは不便な闘い方でもある。

 どれほど、速かろうと、力があろうと、例え無限に拳を放ち続けられたとしても、前提として距離を詰めねば話にならない。

 大晃の"無手"は抜群の機動力持っている。

 そこに目を奪われて忘れていたが、本来は圧倒的に不利な闘い方であるはずだ。

 武装に使うはずの容量を捧げ、速度を上げていることでその不利を覆しているのである。

 

 ふと思った。

 分厚い装甲と圧倒的な速さを両立したかったから素手で闘うのか、素手で闘いたかったから二つの両立を果たしたのか。

 どちらだろうか、と。

 あの大晃のスタイルはどのような経緯で生まれたのだろうか、と。

 

「彼は歩です。最強の歩かもしれませんが、歩は歩。

 最強の歩兵であっても、城は落とせぬのが道理。

 私たちは城……、ただ迎え撃てば良いのです」

 

 機動力を削ぎ落とした、対大晃に特化した戦術はこうして生まれた。

 自らを城と定義し、これを守り抜けば勝利。

 平たく言えばこういうことになる。

 

「へへ、えらく重装備じゃないか」

 

 大晃の笑い声で少女の意識が表層に上った。

 大晃は両手に持つマシンガンに熱い視線を向けていた。

 

「これがおかしいの?」

「大口径の機銃に、何やら隠しているそちらのお嬢さん。

 俺の為に特別なものを使ってくれる、あんたらの心遣いが嬉しいんだ」

「……変なの」

 

 少女は微妙な顔をする。

 よく知る男ではないが、同じクラスである。

 この男が闘いを好きだということは既に把握していた。

 

 校内の新聞にもそんな記事が載っていたはずである。

 ISでの闘いは相互理解に打ってつけ――、そんな発言が切り取られていたはずだ。

 

 大晃の思想に付き合うつもりはなかった。

 何故なら、触れ合う事さえ無く、拳の一つですら貰うことなく勝つつもりであったからだ。

 それはきっと相互理解とは程遠いものであるはずだった。

 

 そのまま睨み合った。

 大晃の中にある感情の昂りを二人は感じ、ブザーが鳴った。

 少女達と大晃は同時に動き始めた。

 

 

 

 少女は弾丸をばら撒いた。

 近寄られるのを避けるのではなく、削り倒す為の暴力的な弾丸だ。

 高密度、広範囲に広がった弾幕を大晃は避け切る。

 大晃の速度は圧倒的であった。

 

 狙いをつけて引き金を引く。

 その動作に掛かる数瞬でもう射線上から消え去っている。

 軌道を慌てて追えば、別の軌道上に移っていた。

 真直ぐと前に進みながら機体を別の方向に向けて直進していたのだ。

 動きながら機体に自由な回転が掛けられるようになったことで、可能になった挙動であった。

 これを駆使することで、一昔前の未確認飛行物体のような、鋭角に折れ曲がる軌道を描いていた。

 その動きは速く、淀みも無く、眼を離せばその一瞬で近寄られることを予感させる動きであった。

 

 だからこそ、逃すわけにはいかなかった。

 もし、その速度で近寄られて拳を撃ち込まれれば、肉体に突き刺さるようなダメージがあるはずであった。

 ハイパーセンサーの機能により俯瞰でその動きを眺め、速度の落ちた一瞬を見出す。

 間も空けずに大晃とその軌道を機銃で掃射せんと――。

 

「!?」

 

 いきなりであった。

 大晃の落ちていた速度がトップスピードになった。

 引き金を引きながら、動きに追随する。

 反動をPICで抑え、力づくで振り回すように追いかけた。

 そうでもしなければ追いつけなかったのだ。

 大晃を追い越さんとマシンガンを振り、照準に目を凝らしながらマシンガンを振りぬいた。

 大晃は居なかった。

 射線を合わせた先のはるか後方に大晃はいたのだ。

 "無手"の加速性能の高さは減速に於いても生かされるものであった。

 視界の狭まった頃合いを見計らい急減速をすることで、大晃はやり過ごしていた。

 

「……ちぃ!」

 

 苛立ちからの舌打ちを少女はした。

 大晃を見失う瞬間は合ったものの、大晃との間にある距離と照準を合わせる技量もあってか接近はされていない。

 大晃はただ、右に左に少女の周りを飛び回るだけである。

 少女から気持ちの悪い汗が噴き出る。

 弾丸を避けながら、隙を窺いながら、こちらの反応を観察しているような視線を向けてくるその行動。

 自らの限界を暴いてくる様子の大晃は不気味であった。

 

 必殺の想いを乗せたマシンガンの掃射は牽制に成り下がった。

 大晃の接近を防いだのは牽制でばら撒き続けた弾丸であったが、決め手に欠ける。

 焦りが少女を支配し始めていた。

 

「落ち着いて下さい」

 

 心に染み入るのはパートナーの声。

 横ではパートナーが警戒を緩めず、奇襲への備えをしていた。

 射撃の際はどうしても視野が狭くなる。

 警戒の網を掻い潜りかねない大晃が接近してきた際の迎撃はパートナーの役割の一つであった。

 

「現状では明確なダメージを与えられていませんが、反撃を許してもいません。

 私たちの思惑から外れてしまいましたが、敵の手は全て晒させています。

 未だに切り札を隠しているこちらが有利な事に変わりはありません」

 

 その言葉が少女の記憶を揺さぶった。

 パートナーが手を出さずにいるのは先に述べた警戒の為だけではない。

 

 大晃の動きは頭では理解できる。

 しかし、その動きを直に体験しなければ戸惑ってしまう類のものだ。

 それを見越したパートナーは相手の出方を伺うことを提案した。

 まずは相手の動きに慣れることと何らかの癖や動きのパターンを、見つけようということだった。

 パートナーは未だに武器を展開せずに待機しているが、情報集めという役割も兼ねて警戒に当たっていたのだ。

 こちらを観察する大晃と同じように大晃を観察する、パートナーは頼もしかった。

 

「では、こちらも切りますか。切り札を」

 

 パートナーの言葉は常に鋭利だった。

 淡々としている。

 常に冷えているその言動は却って彼女の意思を浮き彫りにする。

 冷えているからこそ、煌々と輝く熱の塊がはっきりと見えるのだ。

 だから、少女は勝ちたかった。

 パートナーの勝利への意思は今も目の当たりにしているからだ。

 

「うん」

 

 少女はパートナーの意思に応えるように返事をした。

 

 

 

 "ラファール"の最大の特徴は量子変換可能な武装の量である。

 例えば、そこそこのスラスターと各種パーツを使っているのなら、武器庫と表現できるほどの武装を積み込める。

 機動力の一切を放棄すれば、大口径のマシンガンは楽々と搭載可能なのだ。

 

 アサルトライフルと同時に搭載した場合ですらも、他を圧倒するほどのミサイルを使用可能になる。

 もしミサイルのみをありったけ積み込めば量はどれ程になるのか?

 

 四基のミサイルユニットを取り付けた"ラファール"は、翼を広げた天使の如き威容を見せつけた。

 当然、これもまた機動力を犠牲にした故の超火力であった。

 しかし、天使の名を冠するその装備を使いこなすのは難しい。

 確かに、機動力を補って有り余る火力も、射程もあるだろう。

 とは言え、感知システムによるミサイルの自動追尾も完璧では無い上に、相手が遠距離武器を持っていた場合に生じる駆け引きには弱くなる。

 もし、これで優勝を目指すのであれば、よほど扱いに長けていなければならないし、苦戦を甘受する覚悟がいるだろう。

 それはマシンガンのみを装備している少女も同様のはずである。

 

 だから、だろう――。

 

 凄まじい感情の嵐が吹きすざっていた。

 大晃は決して腕力一辺倒の人間では無い。

 知識ならIS学園の一般的な生徒を凌駕し、限られた情報から正解に近い推論を立てる頭も持っている。

 少女たちの装備は覚悟の具現化であった。

 それに大晃が気づかないはずがない。

 

 感応した大晃の精神が身体に満ち、細胞の一つ一つが上げる歓喜の雄たけびが空間に充満する。

 不安定さに勝機を見出す姿勢が琴線に触れたらしかった。

 

 闘いの予感と喜びが強烈な力みを生みだす。

 肉体という名の器に液体化した力がなみなみと注がれる。

 縁から溢れ出んとする、正にその瞬間――、

 

 大晃の姿が掻き消えた。

 即座に合わせられるマシンガンの砲口は、瞬時に弾幕を形成した。

 

 喝ッ!

 

 大晃は吠えた。

 マシンガンから放たれる分厚い弾雨に超速で突っ込んでいく。

 自殺志願にしか思えない愚行であったが、その常識的な考えを大晃は覆した。

 

 面で見れば隙間のあるはずの無い弾丸の雨。

 しかし、三次元的に考えれば当然ある程度は存在する空白。

 大晃の極限まで達した動体視力はそれを見切った。

 PICが"無手"を強烈にプッシュし、さらに加えた不均衡な力が肉体を廻す。

 前進しながらも捻りを加えた後転をする肉体。

 大晃の顔面すれすれを、持ち上げられた下半身の空いた空間を、捻られる身体の残像を、弾丸は通り抜けた。

 弾の一つ一つの動きを把握しなければ出来ない、回避における一つの極致。

 それを成すセンスはもはや怪物であった。

 

 神業を目の当たりにした少女の全身を恐怖が駆け抜け、しかし、それでも少女は怯みはしなかった。

 隣にいるパートナーがすでに動いていたからだ。

 

 四基のミサイルユニットによる迎撃。

 大晃を逃すまいと取り囲むミサイルは、噴射煙を撒き軌道上を埋めつくした。

 層のように空間を埋める弾頭。

 

 もはや逃れようが無く、だからこそ、大晃は深く笑って見せた。

 今にも着弾しようとする、無数のミサイル。

 それが突如、弾かれたように向きを変えた。

 見当違いの方向に飛んで行き、爆発を起こし、誘爆を引き起こす。

 大晃はミサイルに打撃を叩き込んでいたのだ。

 幾重もの残像が映るほどの速度で。

 弾かれたミサイルが衝撃によりすぐさま爆発しなかったのは、一撃一撃の鋭さと繊細さを証明していた。

 

 切り抜けたミサイルはあくまで一部であり、層の表面のみであったが、"無手"の速度と大晃の洞察力を持ってすればもはや十分。

 少女がマシンガンで狙うがもう遅い。

 大晃は圧倒的な速度で駆け抜け、ミサイルの群れを置き去りにした。

 取り囲む形で放たれたミサイルが同士討ちの形でぶつかり合い、爆音を上げる。

 置き去りにされたミサイルはなおも追いかける。

 

 大晃は"無手"の速度に任せて逃げ切るつもりでいるらしいが、少女にもその程度はお見通しだった。

 

 パートナーは二度目のミサイル発射を行った。

 再び点火された、真新しいミサイルが飛び出し、軌道を描いていく。

 逃げる大晃の進路を阻むようにであった。

 既に追いかけているミサイルと挟み撃ちになる形だった。

 

 先ほどと同じように弾頭を弾けば容易に窮地を脱せるのではないか、と思えたがそれはできなかった。

 ミサイルだけでなくマシンガンの同時攻撃。

 ミサイルの追尾を逃れているこの瞬間も、少女のマシンガンは爆発音を切り裂く音を響かせ、安易な選択を許さないのだった。

 ミサイルか――。

 弾丸か――。

 一方のみに意識を傾ければそれは敗北に繋がる。

 かと言って回避に専念すれば、増していくミサイルを前に後手に回れことになり、逃げ場すらも無くなってしまうだろう。

 

 少女は笑みを浮かべた。

 一方的に物量で押しつぶす。

 ようやく思い描いた展開に持ち込めたからだ。

 

 無論、油断はできなかった。

 大晃はわざとミサイルを引き付けている。

 引き付けて直角に曲がる。

 ミサイル同士がぶつかりいくらかの目減りが起こる。

 できうる限り同士討ちを起こして、消耗させるつもりらしかった。

 

 弾丸を避けつつ、ミサイルをぎりぎりまで引き付けて同士討ちを引き起こし、物量の増加に対抗してきてはいる。

 が、それはささやかな抵抗であった。

 みるみるうちに大晃を追うミサイルの数は増え、空間を覆いつくす。

 大晃は物量に押し潰されるかに見えた。

 

 だが、少女は忘れていた。

 安城大晃が一筋縄ではいかない人間であることを。

 

 動きの質が変わる。

 ミサイルから逃げ回っている動作に、時折自分からミサイルに飛び込む動きをしてくるようになった。

 何も考えずにミサイルの群れに突っ込めば被弾するだけである。

 が、その間を縫うようにして飛ぶことでミサイルを避けた。

 

 唐突に爆発が起こった。

 大晃が被弾したのではなく、ミサイルの同士討ちによるものでも無い。

 少女の誤射によるものであった。

 もともとが大雑把に狙いを付けて、面での攻撃を行う為に用意したマシンガン。

 自然と遮蔽物となるミサイルに弾丸が当たってしまうことは仕方のないことでもある。

 

 空間に増してゆくミサイルは少女の内に膨れ上がって行く不安のようであった。

 自分が折角の作戦を不意にしてしまうのではないかという恐れがあった。

 

 その恐れがいけなかった。

 射撃が緩んだその一瞬を、大晃の意識は切り取ったようであった。

 

 隙を見て静止した大晃はミサイルを迎撃した。

 

 拳を。

 肘を。

 脚を。

 膝を。

 肉体のありとあらゆる部位を使って、弾頭を弾いていく。

 "無手"のPICによる強烈な回転で全方位に向けて打撃を放つ。

 

 まるで竜巻。

 そう形用できそうな大晃の動きであった。

 

 少女がしまった、と思った時には深刻な状況に陥っていた。

 

 弾かれたミサイルの一部が向かってきていた。

 数にして十を超えるそれらは、偶然ではなく、大晃の意思によるものだ。

 放っておけば痛い目を見るだろうことは明らかだった。

 すぐにマシンガンを向ける。

 引き金を引き絞り、反動ごと抱えるようにした。

 こちらに届く前に全てを撃ち落とした。

 

 その代わりに大晃を見失った。

 何処にいるのかを探した。

 すぐに見つかった。

 懐に潜り込んでいた。

 全方位視点で見えた、パートナーの顔が何故か眼に焼き付いた。

 そして――、

 

「うぐッ!」

 

 腹に奔る衝撃に息を吐く。

 杭が直接撃ち込まれたような痛みが少女を襲っていた。

 機体のダメージとしてはまだ余裕があるが、戦意を失いかねない痛みであった。

 萎えそうになる心を必死で繋ぎ止める。

 思い描くのはついさっき見たパートナーの顔だ。

 流石にこの状況では動揺するのだろう。

 今までに見たことがないほどの不安が表情に表れている。

 いつもは背中を押してもらっていた、と思っている少女は決意した。

 今度は自分の番だと。

 

 その決意の下、少女は手を伸ばした。

 掴んだのは、大晃の腕。

 突きを放ち終わったその腕を取ったのだ。

 腕を取ってそれから先に何をするつもりもなかった。

 少しでも大晃を抑えていられればそれで良かった。

 

「やって」

 

 簡潔な言葉だった。

 自分ごとこの男を、やってしまえ。

 簡潔だからこそ強烈に想いが滲み出る。

 その凄みが人を動かすのだ。

 怜悧な顔に戻ったパートナーは至近距離にてミサイルを放つことを決意した。

 

 誤算があるとしたなら、少女が大晃を抑えられなかったことだ。

 掴んでいる腕を通して力が伝わり、少女は機体ごとコントロールされていた。

 放り投げられた少女はパートナーと衝突し合い、二つの身体はもつれ合った。

 

「付き合ってくれてありがとうな」

 

 少女は確かに大晃の声を聞いた。

 近づくにつれ拡大される大晃の顔には笑みが浮かんでいる。

 楽しそうな笑みだ。

 闘いを純粋に楽しんでいる。

 そういう風だった。

 

「お礼に二人一緒に葬ってやるからな」

 

 物騒な言葉の端々から伝わってくる喜びから、少女は悟った。

 物量で攻め立てる無機質な戦法であっても、大晃は相手を知ることができるのだと。

 自分たちの闘いは決して、相互理解を阻むものではなかったのだと。

 そうでなければここまで良い顔で笑ったりはしないだろうから。

 

 少女はパートナーを腕の中へと引き寄せる。

 せめて痛みを和らげてやりたかった。

 

 そんな二人に大晃の連撃が迫る。

 嵐のような拳の山が二人を打った。

 そして、勝負がついた。

 

 安城大晃。

 無傷の勝利ではあったが、充実した闘いであった。

 

 

 

 

 

「むぅ……ッ!」

 

 一夏は唸った。

 大晃の闘いは直接会場から見ていた。

 会場はうねっていた。

 

 まず、一夏とシャルルの闘い。

 これはかなりギリギリの闘いであった。

 一夏とシャルルの戦術を読み切った敵は、それを逆手にとって攻撃を仕掛けてきたのである。

 もし、一夏が敵の片方を瞬時に攻撃する決断が出来なければ、負けていたかもしれなかった。

 

 量産機と専用機の闘いであっても、勝敗は蓋を開けてみるまで分からない。

 それを如実に表した試合であった。

 

 

 そして、鈴とセシリアの闘い。

 これは専用機持ちの実力を見せつける闘いであった。

 対する量産機は防御を固めつつも、攻撃の出鼻を挫くことさえやってのける実力を持っていた。

 そこまでして、膠着状態に持ち込むのがやっとだった二人は、その防御を最大の攻撃とした。

 大きな盾と高出力のスラスター。

 その奇妙な組み合わせは高速で盾を強打する為のものだった。

 まともに当たれば、大きなダメージを与えられる叩き付けで状況を打開しようとした。

 しかし、セシリアのウィークポイントを正確に打ち抜く技術と、鈴の真正面からの押し合いの技術の前に二人は敗れたのだった。

 

 専用機持ちの高い技量を示した試合であった。

 

 

 箒とラウラの闘い。

 実力もそうであるが、専用機の持つ能力の凄まじさが際立った試合だった。

 火力を追求した機体と防御と速度を重視した機体。

 それは驚くべき戦術の下に生まれた組み合わせだった。

 防御に優れた一方が敵を拘束し、その拘束した敵と味方を諸共火力の餌食にする。

 防御を重視した機体のみが生き残り、生き残った機体はその速度を生かしてもう片方に肉薄し、捕らえる。

 自爆が一つの前提となっている戦術だった。

 いくら自分の無事が分かっていても、火器にその身を晒すことへの恐怖は消せないはず。

 これには観客のみならず、他の参加者も騒然となった。

 この量産機のペアが勝つのではないか、と皆が思いかけた。

 ラウラはそんな空気を覆した。

 "シュヴァルツェア・レーゲン"の持つAIC、いわゆる慣性停止能力により、ラウラに向かう弾薬が停止させられた。

 この能力により火力が生かせなくなった量産機のペアは負けてしまうのであった。

 

 専用機の凄まじい能力が浮き彫りになった闘いであった。

 

 

 さらに挙げるのならきりがない。

 一つ一つの闘いが重要であった。

 闘いが始まり、そして、終わる度に確実にアリーナの空気が上がっていった。

 

 そんな中で、大晃が現れた。

 一瞬で会場が静まり返った。

 嵐が到達する直前に空気の震えが止まるようなものだった。

 その一瞬の後、盛大な歓声が起きたのであった。

 会場が破裂するのではないかと思えるほどの歓声であった。

 

 その男の闘いはシンプルだった。

 相手の攻撃を凌ぐ、あるいは利用する。

 相手に近づく。

 相手をぶん殴り続ける。

 それだけの闘いであった。

 だからこそ、分かりやすかった。

 

 事実、闘いの流れの中でどういう葛藤があって、どういう決断をお互いが行ったのか。

 端末とそれを通じた解説があったとしても、観客たちがそれを理解している現状はその分かりやすさに大きな理由があった。

 シンプルだからこそ、そこにあるやり取りが浮かび上がる闘いであった。

 

 大晃の闘いは一夏と同じ物であった。

 どちらも敵に近寄らなければ何もできないのだ。

 しかし、同じスタイルであっても二人は決定的に違っていた。

 闘いに対しての経験値に雲泥の差があった。

 

 一夏の唸りはそこから来ている。

 勝ち進めば準決勝で大晃と当たるだろう。

 一夏と大晃は同じ近接戦しかできない。

 つまり、同じ土俵で闘わなければいけないのだ。

 

 圧倒的な技量の隔たりがある今、どう勝ちを拾えばいいのか?

 

 一夏には分からなかった。

 分かることは一つだけだった。

 勝ちたい。

 その想いが熱を孕んだ鉱石のように、身体の中を転がっていることだ。

 

「強いって噂は本当だったんだ」

 

 そんな言葉が一夏の耳に入った。

 大晃の闘いは一般的には出回っていない。

 学園の外から来た人間は基本的に大晃がどう闘うのかを知らないのだった。

 前知識もなしに、あの圧倒的な速度と技量を眼にすれば驚くに決まっていた。

 

「ひょっとしたら、あのブリュンヒルデより強いかもしれない」

 

 ブリュンヒルデとは織斑千冬のことである。

 ISを使う者の中では世界最強の代名詞としても知られている。

 刀による近接戦闘に於いて無類の強さを誇っていた。

 それはつまり大晃と同じ近接戦闘こそが本領であることを意味している。

 

 そこまで考えて、一夏の胸に一瞬ではあるが憎悪の炎が宿った。

 尊敬する姉の比較対象に、あるいは姉よりも上かもしれないと、評された大晃に対して言い知れぬ憎しみが沸いたのであった。

 

 大晃は決して悪くない。

 大晃と千冬を比べる人間だってそれをするのは本人の自由である。

 誰が悪いわけでもない。

 それを分かっていても、なお沸いた憎しみに一夏は戸惑った。

 千冬の力ではなくその在り方に憧れる自分ですらこれなのだ。

 もし、これが千冬の力そのものにあこがれるラウラであれば、その憎しみはより深いものになると思った。

 ラウラの憎悪に満ちた顔が浮かび上がった。

 もっともそういう声をラウラが自分の知らない所で聞いているかは分からない。

 

 しかし――。

 ラウラが大晃を憎む理由の一端が分かった気がした。

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