ISとは超兵器である。
既存のどの兵器すらも超えた能力を持っている。
では、その兵器を扱うためにはどれほどの知識が必要なのだろうか?
その答えは一夏の目の前にあった。
電話帳のような教科書をげんなりと見る。
その中身も専門用語ばかりで理解が追い付かない。
教壇で副担任の山田真耶が教鞭を取っているが、その内容は鼓膜を不毛に揺らすだけで、意味を形作ることがない。
ふと、右隣の大晃を見るとしっかりと内容を汲み取っているのか、ノートを録る手は淀みなく動いている。
一夏には納得しがたい光景であった。
「あの、大丈夫ですか?」
真耶は穏やかに一夏に近づく。
緑色のショートヘアが掛けている眼鏡の上でゆらゆらと揺れている。
一夏が内容を理解していないということを察知してくれたのではあろうが、その気遣いは一夏には重い。
「分からないことがあったら、何でも聞いてくださいね」
そう微笑む真耶を前に、誤魔化すこともできなかった。
一夏は意を決して正直に話した。
「全部分かりません」
言葉を失う真耶の表情を見て一夏は申し訳なく思う。
「ISの教本を電話帳と間違えて捨ててしまって……」
そこからすいませんやごめんなさい等の謝罪の言葉に一夏はつなげるつもりだったが、口にすることはできなかった。
頭に受けた衝撃に頭を押さえ、隣を見るといつの間にか千冬が立っていた。
千冬の右手に持っている出席簿から煙が立っている所から殴られたのがよく分かったが、肝心のその動作が見えなかったので痛みで初めて殴られたのが分かった。
「あとで再発行してやるから、一週間で覚えろ」
「そんな、一週間でなんて無理だよ、千冬姉……」
「口答えをするな。今日の授業ではそうだな、予備の教科書があるからそれを使え」
一夏は本当は色々と文句を言いたかった。
しかし、織斑千冬は姉である。
一夏は千冬が現実主義の人間だとよく知っていた。
だらしないところはあるにはあるが、こういうときに優しくしてくれる人間でもないのである。
何も言わないのが正解である。
それに、一夏には分かっていた。
これが千冬の優しさであるということに。
出遅れている一夏がこの学校でやっていく為には、努力が必要であった。
一夏はそう納得する。
納得していると歯切れの良い音と同時に、一夏は頭に痛みを感じた。
「私のことは織斑先生と呼べ」
頭を押さえながらこの一年間を無事に過ごせるのかどうか、一夏は不安に思う。
ともかく、この授業を乗り切ることが先だった。
授業が終わり一夏は頭を抱えた。
教科書を見たがそれでも授業についていけなかったのである。
専門用語の意味を調べようにも、その用語を理解するにはまた別の用語を理解しなければならない。
「ちょっと、聞いていまして?」
甲高い声が一夏の耳に入った。
一夏の前に一人の女子が立って話しかけていた。
金髪でロールを二つ作っている。
海外からの留学生らしかった。
「あら、やっと反応しましたか? わたくしが話してあげているのですから、それ相応の態度があるのではありませんか?」
なにやら、尊大な物言いに一夏は怪訝な顔をする。
ISができて以来この手の女子はそう珍しいものでもなくなっていた。
一夏は助けを求めるように大晃を探した。
大晃に相手をしてもらおうと思ったのだ。
しかし、そこに大晃はいなかった。
「安城さんをお探しで? なら、どこかに行きましたわよ」
「そうか」
「少しだけ話をしましたが、野蛮な割に知識はあるようですわね」
知識がないことを馬鹿にされているようだった。
一夏は言った。
「一体何の用なんだ?」
「良い質問ですわ。せっかく一緒のクラスになったのですから、あなた方を助けてあげようと思いまして」
セシリアはその言葉と蔑んだ視線を一夏に投げかけた。
「特にあなたには必要なものが欠けているようにお見受けしました。それをわたくしが助けようというのですから、光栄なことではありませんか?」
「悪いな。教えを乞う人間はもうすでにいるからな。君に教えてもらう必要はない」
一夏は胸のムカつきを吐き出すように言う。
セシリアの力を背景に人を見下す態度を、一夏は嫌っていた。
ISのことなら授業をよく理解していた大晃に教えてもらえばいいし、それが無理なら箒を頼ってもいい。
なんにせよ、セシリアの力を借りることはないと思いながら、一夏はセシリアのこめかみがひくひくと動くのを見た。
「あら?あらあらあら、このイギリス代表候補生であり入試主席でもあるわたくし、セシリア・オルコットの申し出を断るというのですか?」
「そうかい。それはすごいが、俺はあんたが人にモノを教えるのが向いてる人間には見えないな」
「なんですって? わたくしを馬鹿にしているのですか?」
「そんなつもりはない。代表候補生が何なのかもよく分かってないし」
「なんですって!?」
セシリアは信じられないものを見るように一夏を見た。
代表候補生とは、国家代表のIS操縦者の候補として選ばれた人間である。
ISはスポーツとして競技化されているが、兵器としての側面が強い。
しかも、ISのコアは貴重でどの国でも持てるというものでもない。
そんな貴重なIS、それも国防に関わるものを持つことが許される代表候補生はエリート中のエリートである。
その知名度の高い単語を知らないというのは到底信じられることではなかった。
「まあまあ、どれほど無知なのですか?普通、新聞やテレビを見ていれば分かることだと思いますが?」
セシリアの声に含まれる侮りの色が濃くなっていく。
「代表候補生とは国家に選ばれた人間のことですわ。専用機を持つことを許されているエリート、と言ってもあなたじゃ理解できないでしょう……。
その質問と言い、この学年で唯一試験官に勝利したセシリア・オルコットを知らないことと言い、あなた本当に無知ですのね」
聞いてもいないことを長々と言われて気が立ったのだろう。
わざわざ言わなくてもいいことだったが、一夏は言ってしまった。
「俺も勝ったぞ」
「なんですって?」
「俺も試験官に勝ったんだよ」
「わたくしは試験官に勝ったのは一人だけだと聞いていますがッ!?」
「知らないよ。女子では一人だけって意味だったんじゃないのか?」
もっとも、その勝ちは試験官である麻耶が自爆したものによるのであるが、それを一夏は言わない。
授業の開始を知らせるチャイムが鳴り。
「また来ますから、逃げないことですよッ!」
セシリアは去っていく。
「よう」
背後からの声に一夏が振り向くと、大晃が立っていた。
笑みを浮かべている。
「どこに行ってたんだよ」
「便所だ。男用のは数が少なくてな、時間がかかった。しかし、一夏よ……」
「なんだ?」
「面白いことになるぜ、こいつはぁよ」
大晃は意味深に笑ったままだった。
そして、その意味深な笑みの通りと言うべきか、トラブルが起こったのである。
それはクラス代表を決める時のことだった。
推薦される、大晃と一夏。
ある種の悪ふざけみたいなものであったが、それにセシリアがかみついた。
男が代表になるのは論外だ、日本のような辺鄙な国に来たのにそんなことは我慢できないと言い放ったのだ。
エスカレートするセシリアの言動に血が上った一夏がイギリスにも自慢できるものなどないと言い返して、両方が引けない所まで行ってしまった。
「決闘ですわッ!」
セシリアの高い声が教室に響き、一夏はその返事を返そうとし。
「いいじゃないか、決闘」
大晃が一夏よりも早くそう応えたのである。
「どうして、安城さんが…」
セシリアも一夏も困惑する中、大晃は嬉しそうに話している。
「俺も推薦された身としては、実力を示す必要があるだろうが」
「しかし、これはわたくしと一夏さんの問題では……」
「男が代表になるのが嫌なんだろう?どうせ決闘で勝った奴の言うことを何でも聞くなんて話になるんだろうし、クラス代表決めるいい機会にもなるんじゃないのかい?
俺もお前さんが大嫌いな野蛮な男だしな」
言っていることは間違っていない。
男が代表になることを拒む台詞を確かにセシリアは言っていた。
推薦された人間の実力を試すというのも確かに必要なことではある。
大晃は頬を緩ませて、肌は上気したように赤くなっている。
眼がぎらぎらと光り、セシリアと一夏を射抜く。
二人は身じろぎをした。
「三人で一緒に闘うのも悪くないと思いませんか? ねえ、織斑先生?」
先生の発音にワザとらしく力を込めて大晃は千冬を見る。
三つ巴の提案。
確かに候補に挙げられている人間を手っ取り早く絞り込むのにいい提案だった。
二対二で闘うのを複数回繰り返すよりはずっと分かりやすい。
嬉しそうな大晃の問いが千冬に投げかけられ。
「いいだろう。一週間後に三人でバトルロイヤルだ」
千冬はそれを了承した。
大晃は二人に笑みを向けて。
「良い決闘にしようじゃないか」
歯をむき出しにする。
それは肉食獣が獲物に向ける笑みであった。
正午。
その食堂は稀にみるほど、良い造りをしていた。
机と椅子は人がたくさん入るように、しかし、それで窮屈にならないようにバランスよく配置され、その全体の色は白を基調に整えられている。
それは都内のレベルの高いレストランと同様のレベルの造形を誇っていた。
当然、食事の内容にも相応の配慮がされている。
あらゆる国の人間が満足できるように種類も豊富で味も良い。
そうできるようなシステムがこの食堂では採用されているが、神経質と言ってもいいほど細かいところまで手が届いている。
ISの操縦者をどれだけ国が重要視しているかが分かる光景であった。
そして、本来そこから弾かれる人間が、堂々と席についていた。
安城大晃。
彼はそんな事情に憚ることもなく、平然とそこにあった。
周囲の人間はそんな大晃を山や川を見るような心地で眺めている。
一夏もその一人であった。
席の周りには女子の群れができているのだが、同じ席についているのは二人だけではない。
六人は座れる机に、箒、セシリア、新聞部の黛薫子が座っている。
薫子と言う女子は、一夏たちのクラス代表決定戦の情報を入手し、インタビューと言う形で訪ねてきたのだった。
新聞部副部長と書かれた名刺を既に一夏と大晃は受け取っている。
それぞれが思い思いの昼食を机に置いている。
「そう言えば、セシリアさんにはまだ名刺を渡しませんでしたね。あ、篠ノ之さんもどうぞ」
セシリアは大晃が食堂に行く途中で無理やり誘うまで、箒は一夏に声が掛けられるまで一緒に行動していなかったために名刺をもらってはいなかった。
「では、インタビューですが、そもそもの切っ掛けというのは何でしょうか?」
薫子は奥から一夏・大晃・セシリアの順で座る三人に質問を始める。
これまでの経緯について大晃が掻い摘んだ説明を始めて最後に、
「まあ、喧嘩だな」
と締める。
「そんな野蛮な言い方はしないで下さい!」
そのあんまりと言えば、あんまりな言い方にセシリアは抗議の声を上げた。
「いいじゃないか。お互い気に入らないもの同士が闘うんだから喧嘩じゃないのかい?」
「いいえ。わたくしはあなたのように野蛮ではありませんから、そんな表現は嫌いです。せめて決闘と言ってください、決闘と」
「ああ、はいはい。分かったよ」
大晃は、クラス代表に推薦された一夏を気に入らなかったセシリアが暴言を吐いたこと、一夏もそれに暴言で返して引くに引けなくなったことを改めて説明した。
「意気込みはどうですか?一夏さんからどうぞ」
説明を聞いた薫子に振られた一夏は意外にも口籠ることはなかった。
セシリアを睨みながら、簡潔に応えた。
「相手は代表候補生だけど、男だからと言って舐められるような戦いはしません。全力で勝ちに行きます」
「あら、それはわたくしのセリフですわ。相手がどんな蚊トンボであっても手を抜くようなことは致しませんわ」
一夏とセシリアが大晃越しに睨み合いを始め、それを中断するために薫子が大晃に話題を振った。
「いい返事をありがとうございます。大晃さんはどうですか?」
「ああ、私もそれは気になっている」
箒は手を組み大晃を見た。
「俺のことを是非とも理解してもらいたいと思っている」
「理解してもらう?」
「ああ、その人間のことを知ろうと思ったら、闘うのが一番手っ取り早いんだよ」
「しかし、ISを着ていたらそうもいかないんじゃないですか」
「そうでもない」
「……と言いますと?」
「ISってやつは人が人のまま振る舞える兵器だと思う」
大晃は一夏、セシリアの順に目を向ける。
「セシリア、一夏、お前らなんで決闘なんてしようと思ったんだい?」
「え、俺は男だからって舐められたくないからで…」
「わたくしは祖国に恥をかかせないためですわ」
「俺は二人のことが知りたいからだ」
目を白黒させる周囲をしり目に大晃は言い放った。
大きな岩を放るような発言だった。
「はあ?何を言ってるんだ大晃?」
「そうですわ。何故決闘をすることがお互いの理解に繋がるのか、わたくしにはよく分かりませんわ」
一夏とセシリアには大晃の言っていることが理解できなかった。
「俺はISで闘ったことはないが、闘う人の個性が出やすいISは相互理解にうって付けだと考えている」
ふむふむ、とメモを取る薫子が言葉の咀嚼を終え。
「つまり、人の生身の個性が反映されるISだから相互理解に繋がるのではないか…ということが言いたいのですね」
「ああ、そんなようなもんだ」
「本当にそれだけか?」
箒は笑みを口に含んでいる。
何かに気づいているような笑みを作ったまま、口を開いた。
「大事なことを話してないんじゃないのか?」
大晃は悪戯がばれた子供のように頬を掻き。
「あちゃー、ばれたちゃったか」
「上品なセリフばかり吐きすぎるからだ」
「でも、言ってることに嘘は無いよ」
「大事なことを言わないのは、時と場合によっては嘘になるんだがな」
「きついこと言ってくれるじゃないか。覚えとくよ」
観念したように大晃が薫子に向き直った。薫子は不思議そうに大晃を見つめる。
「大事なこととは一体何のことでしょうか?」
「それだけどな、残念ながらここでは言えない」
「言えない?」
「ああ、一応、俺の闘い方に関わることなんでね。まあ、当日のお楽しみと言ったところかな」
大晃は一旦言葉を切り、次の質問を薫子は投げかけるのだった。
インタビューは思いのほか早く終わり、昼食を食べる一同。
一番早くに食べ終わった大晃が席を立ち、
「じゃあ、決闘楽しみにしているよ」
とだけ残していった。
そのあと、ほぼ同時に食べ終わって解散となる。
一夏は箒と一緒に教室に向かっていた。
「さて、一夏どうする」
箒の言葉は真剣のように鋭い。
「どうするって……」
「このままじゃ、セシリアにも大晃にも勝てないぞ」
「それくらい分かってる」
その言葉は一夏の胸を刺した。
どちらも強敵であることは間違いなかった。
今のままでは勝てないことも。
「も、もし心当たりがないのなら、私が教えてやってもいいぞ」
「本当か?」
「同門が恥を晒すのは、篠ノ之流として許せないからな」
それは渡りに船だった。
やると言った手前、最善を尽くすしかなかった。
「ああ、よろしく頼む」
「ふ、ふん。まあ、せ、せいぜいましにしてやる」
大晃と話すときのようにもっと自然体で話をして欲しい、と思いながら時折どもる箒がどれだけのことを教えてくれるのだろうかと不安を抱いた。
しかし、その後一週間そんなことを考える暇は一夏にはなかった。
IS学園は部活動も盛んである。
サッカーや野球、テニスと言ったスポーツ。
茶道、文芸といったインドアな趣味。
そして、柔道や剣道といった武道まで。
一夏は昔、篠ノ之流を学んでいた。
全国で優勝した箒を相手に圧勝できるほどの腕前だった。
姉の千冬に迷惑を掛けないように生活費を稼いでいたために、剣の道からは外れていたが基礎的なトレーニングは欠かしてはいなかった。
だから自信があった。
しかし、その自信は昔なら圧勝していたはずの箒に粉々にされたのだった。
剣道場で一夏が仰向けに倒れている。
剣道着と防具をつけた状態で苦しそうに息をしていた。
「弱くなったな、一夏」
喋ることのできない一夏を落胆した目で箒が見ている。
ギャラリーもいるのであるが、面を外した箒はそんなことを気にしないで一夏だけを見ている。
「言わなくても分かるぞ。お前中学ではろくに鍛えてなかっただろう」
「鍛えなおす、お前をあの時のように強くしてやるぞ」
「わかったな」
箒は一夏の返事を待たずに、剣道部の部長らしき人物に話しかけた。
「部長、部活が終わってからもここを使わしてもらいたいのですが、構いませんか?」
「戸締りさえしてくれればいいけど……。あまり、無理させないでね」
「大丈夫です。加減は分かっていますから」
「一夏、あと10分で呼吸を整えろ。そこから、また特訓を始めるぞ。まずは基本技からだ」
その箒の声でギャラリーは気の毒そうに一夏を見た。
結局その日、夕食にありつけたのは夜の8時からだった。
あまり食欲はなかったが「食わなければ強くなれない」という箒の言葉で仕方なく多めに食事をとる。
箒はとにかく姿勢にこだわった。
構えや技を放つときの姿勢をまず正しくすることを求められたのだが、これを意識しながらの特訓は意外に難しかった。
姿勢を正しくしようとすると技の勢いがなくなり、力強く技を出そうとすると姿勢が崩れ、その度に箒の叱責が入る。
間違った姿勢のまま練習をすれば間違った変な癖が身体に染み込んでしまうので、箒の指導は正しいが神経と体力を同時に一夏から奪い去った。
あらかじめ真耶から貰っていた部屋の鍵を持って、自室に行くとまだ9時だというのに瞼が重い。
恐らく誰かと同じ部屋なのであるが、その相手はまだいない。
ただ、同居人のものと思わしき荷物が簡単に整理してあるところを見ると、一度部屋を訪れてから今は外にいるらしい。
一夏はそのことに特に何も思うことはなく、ベッドに飛び込んだ。
どちらがどっちのベッドを使うかとか、部屋を使うときのルールを相談しなければとか挨拶もしておかなければとか普段なら考えたのだろうが、とにかく疲れていた。
少しだけだから、と思っていたのに身体にまとわりついた疲れが重みを増して動けなくなっていく。
「寝る時はその日一日の練習を反芻しろ。それだけでだいぶ違う」
眠りに落ちる直前に一夏は箒の声を聞いた気がした。
一週間後、一夏はクラス代表決定戦の準備をしていた。
アリーナへと続く、格納庫でISが到着するのを待っている。
箒に柔軟を手伝ってもらう。
この一週間は本当に地獄を見た。
箒は容赦がなかった。
初日の稽古に加えて、大晃対策の訓練も追加されたのである。
それが終われば、そのままISの基礎を勉強して、くたくたになって眠る。
そんな日々が一週間続いた。
初日は箒が相部屋だとは気が付かずその翌日に一悶着あったが、箒と一緒の部屋だったことは一夏にとって都合の良いことだった。
ISの勉強をするうえでもとても力になった。
授業の内容をおぼろげながらにも理解できるようになっていた。
そこへ、真耶を連れた千冬がやってきた。
「織斑くん」
真耶は大げさに肩を上下させながら、息を乱している。
「織斑くんの専用ISが来ました」
そう言って、コンソールを操作する。
搬入ピットが轟々と音を立ててISが姿を現す。
「……すげぇ」
それは白いISであった。
胴も、脚部も、腕部も何もかもが白い。
解けることのない雪を、それが降り積もったときに放つ白銀をそのままに、雪像にしたかのようなIS。
それはあまりにも侵しがたく、装着するのを躊躇してしまうほど。
「いよいよだな、一夏」
「……ああ」
箒の声で意を決して、白式を背にあてがう。
するとISは一夏に装着され、感覚がクリアになる。
ある種の万能感さえ感じていた。
「じゃあ、勝ってくるよ」
その感覚で感じた箒の心臓の鼓動音、それが不安そうだったので一夏は安心させるためにそう言い。
飛翔した。
白式が一夏の思い描く軌道を描きながら、唯一の武装近接ブレードを装備する。
「逃げずに来ましたのね」
セシリアからの通信が一夏に入った。
セシリアは王国騎士のような蒼いISを装備している。
白式のハイパーセンサーがISと装備を照合し、眼にその情報を映した。
機体名:ブルー・ティーアーズ
装備:自立式遠隔操作兵器――ブルー・ティアーズ
六十七口径特殊レーザーライフル――スターライトmkⅢ
それと同じようにセシリアの侮りもよく映った。
そして――、
「なんだ、俺が最後かい」
大晃がやってきた。
さすがに底が知れないこの男を前にしては余裕がないのだろうか。
セシリアの顔から侮りの表情も消えている。
大晃のISはまるで質感が石のようなものだった。
大理石を削り、それでできた鎧を着こんでいるようであった。
大晃の身体を大理石にして、そのまま一回り大きくしたようなISであった。
電子シールドの採用によって生身が露出することが多い、ISにしては珍しく、顔面だけが露出している。
その重厚さは他のISでは考えられないだろう。
「武装も展開しないなんて、どういうつもりですの?」
「もう、展開しているよ」
「何ですって?」
「このISのパーツ全てが武器そのものだ」
大晃はそう言うと、両手を掲げてから開いて見せた。
何も持っていなかった。
「超重力格闘戦専用IS――"無手"、それがこいつの名前だ」
ハイパーセンサーにそう表示されるのと同時に大晃が呟いた。
始まりのブザーがアリーナに鳴り響いた。
肉食獣の笑みが二人を見つめていた。