超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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20話、虚空獣

 箒は鈴と正面からぶつかった。

 衝撃砲という遠距離の武器があるにも関わらず、近接戦を挑んでくる鈴の度胸は流石であった。

 

 ブレードと双天牙月が火花を散らし、金属音を鳴り響かせる。

 ぶつかり合う刃と刃。

 絡み合う視線。

 二人の思惑は同じだった。

 短期決戦。

 それが狙いである。

 

 ラウラとセシリアの闘いは決着まで時間が掛かるはずで、だからこそ、ここで勝たねばならない。

 勝った人間にのみ、味方の援護に向かう権利を与えられるのだ。

 

「かぁッ!」

 

 鈴が吠える。

 今までの試合でも見せなかった程の、苛烈さで得物を振る。

 刃が箒に迫り、避けたその目の前に現れるのは、回転する鈴が背を見せながら振った、両刃特有の剣術。

 一切の間を置かずに現れたそれすらもよけた箒は眼前に、無数の刃が押し寄せてくるのを幻視した。

 そして、実際にそれ通りになった。

 一気にトップスピードまで上がった鈴の回転が、刃に嵐の凶暴さを与えた。

 

 眼で捉えることが難しい、それらを箒はどう凌ぐべきか?

 

 全てを避けることなど不可能で、受け切るなぞもっての外。

 ならば、前に出る。

 間合いを詰める行為は、鈴の後退という行動に阻まれるが、それでもいい。

 例えば、自分から間合いを取ろうとすれば、鈴はこちらを追いかけることも出来るし、衝撃砲に切り替えることも出来る。

 相手に間合いの選択権を委ねるよりは、こちらから詰めてしまう方がよほど良かった。

 

 そして――。

 

「掴まえた」

 

 箒の口から不気味な台詞が漏れた。

 間合いを詰めながら箒は無理やり、鈴の刃を抑えた。

 より深く受けることで刃の嵐の勢いを殺したのだ。

 それで笑みを深めたのであった。

 

「こっちの台詞」

 

 鈴もまたそんなことは知っていた。

 箒が間合いを詰めてきた時点で、もうその対策も取って合った。

 鈴の全身が強張る。

 発射されるのは、目に見えない弾丸。

 空間の歪みそのもの。

 撓んだ空間が、元に戻るその力が、鈴の前方に押し出され――。

 

「鈴よ、それは何度も見た」

 

 鈴の衝撃砲によるカウンターさえ箒は読んでいた。

 箒は背後に回り込んだ。

 かつて、衝撃砲を潜り抜けた一夏を連想させるその行動は、しかし、一夏のそれよりもずっと淀みなかった。

 何回も繰り返した動きが生身の肉体に仕込んであるからこそ出来る、見事な動きであった。

 背後に回ってからも早い。

 鈴が気が付いた時にはもう剣を振り下ろしている。

 

 完全に虚を突いた一撃である。

 鈴の背に、衝撃が奔った。

 良い一撃を貰ってしまった。

 それでも鈴は怯んでいなかった。

 双天牙月を器用に使って後方の刺突を行っていた。

 それが先の一撃と交差していたのだ。

 その刺突もまた、箒の顔面に入っていた。

 

「くあッ!」

 

 箒が奇声を上げた。

 未だに背を見せている鈴を、ここで片づけてしまおうと前に出る。

 普通なら顔面に貰った一撃で取り乱すはずなのに、前に出る箒の肝は太い。

 全く怯んでいない。

 むしろ、顔面に入った一撃が箒に火を付けたようであった。

 笑みにも取れる奇妙な歪みを顔に貼り付けて、箒は次の一撃を放とうとした。

 

 鈴は逃げる。

 後方に衝撃砲を放ったものの、それは迎撃ではなく、むしろその反動を利用しての逃走の為。

 ある程度の距離を取ってから鈴は振り返った。

 完全に仕切り直しであった。

 

「……倒しきれないか」

 

 箒は背後に回った時点で半ば勝利を確信していた。

 正面で鈴の動きを止めて、背後に回るまではほぼ、瞬間的に思い描いた通りであった。

 背後への刺突と衝撃砲を利用した潔い逃走。

 鈴の対応が箒の予想を上回っていたから、仕留めきれなかったのだ。

 

「良く言うわね……、こんだけ凌いでおきながら」

 

 鈴もまた驚いていた。

 双天牙月と衝撃砲のコンビネーション。

 専用機でもない、代表候補生でもない、箒がこれを上手く躱したことそのものが凄い。

 鈴はその箒の脅威を噛み締めている。

 持っているのだ。

 敵の攻撃を察知する知覚を。

 だから、突然の衝撃砲を相手にもしっかりと動くことが出来る。

 それは箒が篠ノ之流を学ぶ中で培ってきた感覚に間違いないようであった。

 

 ――どうする!?

 

 二人は同時に思考した。

 すでに最大火力での攻撃を仕掛けた後である。

 それをさらに上回るとなると、もう一工夫も二工夫もしなければならない。

 一体どうするべきか?

 そう考える二人は同時に視線を横に向けた。

 無論、相手に意識を向けたままではあった。

 そこには異様な光景があった。

 セシリアとラウラ。

 二人が壮絶な闘いを繰り広げていた。

 

 

 

 セシリアとラウラの武器は思念を元にするという点で似る。

 "ブルーティアーズ"のビットはセシリアの意識によって動く。

 "AIC"の停止結界はラウラの意志で物体はおろかエネルギー体でさえ停止させる。

 そして、それに必要なのは意思。

 

 ラウラはセシリアが相手なら楽に勝てると思っていた。

 ビットの動き自体には見るべきものがある。

 しかし、最大稼働であるフレキシブル、つまりはレーザーを曲げて撃つ芸当ができない、セシリアなぞ相手にもなるまい。

 それが正直な感想であった。

 

「ちぃッ!」

 

 ラウラは苛立ちを込めて舌打ちをした。

 周りから飛来する光の筋は突き立てられた牙であった。

 当然、ラウラは防御するか避けるか。

 そのいずれかを行う。

 もっとも、最初はAICの結界を張るだけで良かった。

 ビットの射撃は正確である。

 射線がはっきりしていれば、それを遮るように結界を張れば良い。

 逆にセシリアに接近して、ワイヤーブレードで切り刻んでやろうとした。

 ビットがその間合いに入り込めば、それを破壊してやろうと思った。

 だが、セシリアは動いた。

 光の牙はラウラに突き付けられたままであった。

 回避行動によって"ブルーティアーズ"のビットの動きが鈍ることはなかった。

 それでも、ラウラはすぐに対処した。

 

 AIC、その強みの一つは発動の素早さにある。

 予想外のセシリアの動きにもラウラの意思は間に合った。

 結界が牙を遮った。

 結界を張りながら、ラウラは肩のレールカノンを起動する。

 照準を合わせるのに時間はかからない。

 起動と発射はほぼ同時であった。

 そして、レールカノンの徹甲弾はセシリアの肩パーツを貫いた。

 

「ぬぅ!」

 

 ラウラもまた反撃を受けていた。

 ビットからの多角的攻撃はラウラを全方位から狙っていた。

 遮っていたはずの射線がほんの一瞬で結界の隙間を付き、そこからレーザーが差し込まれていた。

 ラウラの腹部に強い衝撃があった。

 だが、ラウラも相手の肩パーツを破壊している。

 ならば、状況は互角に見える。

 事実は異なっていた。

 攻撃が胴体に刺さっていた分だけ、ラウラの方がダメージは大きい。

 

 ――こいつ、狙っていたなッ!

 

 セシリアはわざと隙を晒していたと、ラウラは感じる。

 

 その根拠は二つ。

 セシリアがレールカノンを放つ瞬間を正確に狙ってきたことが、まず一つ。

 レールカノンを放つときに湧いた敵を屠る喜び。

 それがラウラの視界を狭めていたのだ。

 その瞬間をセシリアが捉えたからこそ、ラウラは無防備に攻撃を受けてしまったのだ。

 ある程度、こういうやり取りを想定していなければ、出来ない芸当であった。

 

 そして、もう一つが軽微なダメージで済んでいることだ。

 肩パーツは、ダメージにもつながらず、後の機動にも影響の少ない、比較的受けるダメージを少ない部位。

 レールカノンの一撃をそこで受けたということは、咄嗟のことではなく、前もって覚悟ができていたからだとラウラは思う。

 そうでなければ、被弾の衝撃はセシリアの精神を乱し、ビットの射撃は乱れてたはずである。

 つまり、AICの隙を縫うような一撃を放つ為には事前に覚悟を決めている必要があるということだ。

 それが出来た、セシリアも当然その覚悟ができていたはずである。

 

 ラウラの意識は切り替わった。

 眼から相手を見下す嫌な雰囲気は消え、色の無い冷たさだけが残った。

 

 ラウラは唐突に動いた。

 円から直線への動きに変え、レールカノンでの攻撃を行いながら、AICを随時展開しビットからの攻撃を防ぐ。

 セシリアは最小限の動きで避けながら、ビットを操り、AICの隙間を突こうとする。

 それを、AICの展開部分を変えて防ぎながら、ラウラは思う。

 

 ――こいつ、あなどれない!

 

 セシリアの所作はラウラに確信をもたらす。

 先ほどレールカノンを方で受けたあれは覚悟以上のものであったと。

 セシリアは自身が攻撃を避けるその動作に割く意識さえも惜しんでいるようであった。

 回避にかける労力を惜しんで、攻撃に意識を回している。

 その表現が相応しかった。

 

 ラウラが身を逸らした瞬間、先ほどまで身体があった空間を光が貫く。

 さらに突き立てられる光の筋をAICで防ぎながら、ラウラは動く。

 

 AICにある隙を突かれる以上、その場に留まるのは得策ではなく、常に射線を意識していなければ攻撃を受ける恐れがある。

 それはラウラにとっても全神経を以てして掛からねばならない難題であり、同時に余計な事を考える暇もないほどの集中を必要とすることであった。

 だから、今のラウラには見下していた相手に一杯食わされたという想いが浮かび上がる余裕もない。

 ただ、現状に対応することで頭がいっぱいだった。

 そうしなければ勝てないからだ。

 余計な感情が敗北に繋がることをラウラは知っていた。

 

 ブーストが火を噴いた。

 赤い、それでいて温度を感じさせない光が機体を押し出す。

 狙いは近接戦。

 もはや油断は無い。

 相手の得意な戦法に付き合うなどという、凝った闘いはしない。

 それをさせじと、ビットを操り、距離を取ろうとセシリアも動くが関係ない。

 同じ第三世代のISであっても"シュヴァルツェア・レーゲン"と"ブルーティアーズ"には速力差がある。

 多少の被弾は覚悟の上で突っ切る、その選択には冷徹な意思が見え隠れしていた。

 

 ワイヤーブレードの間合いに入り込み、振り回す。

 セシリアには当たらないが、ラウラの狙いはあくまで牽制に過ぎない。

 ブレードの対処に労力を割かせて、その隙に接近しようということであった。

 精妙なブレードの動きと、機体の軌跡により遂にセシリアを追い詰め――、

 

「かぁッ!」

 

 発動させたのはイグニッションブースト。

 ISのシールドエネルギーを一部転用し、爆発的な加速で前に出るラウラの両手から、光る剣が伸びる。

 袖口から伸びているのは、レーザーブレード。

 生半可な近接戦ブレードよりもよほど威力のある、この光刃に切り刻まれればただでは済まない。

 そんな危険なものを叩き込もうとするラウラは、セシリアの浮かべる笑みに気が付いた。

 まるで、自分を餌にして釣り上げた大魚を向かい入れるような、嬉々とした表情。

 白く見える小さな歯が、鋭く見えるほど、少しだけ開いた口の間から不気味に光っている。

 

 普段はスカート状に取り付けられているビットを、セシリアはラウラに向かって発射していた。

 噴煙を描きながらラウラに接近するビットはラウラの目前で止まっていた。

 ラウラは知っていた。

 セシリアの武器の中で与ダメージの大きい武器はミサイルであると。

 そして、それは常にセシリアが身に着けていると。

 

 AIC。

 エネルギーさえ止める結界は、爆風さえも遮る。

 万が一にもダメージを受けないよう、ラウラの前面に張られたAICによる結界は、セシリアの切り札を封じた。

 静止したミサイルを目の前に、ラウラは笑みを深め――、すぐに可笑しいと気が付いた。

 ミサイルでの攻撃を仕掛けようとしたのなら、もう爆発していなければ可笑しいのだ。

 

 もし、これがミサイルに注意を引き付けることが目的だとすれば?

 

 そこまで思い至り。

 衝撃。

 背後に衝撃があった。

 見るまでもなくビットのレーザーだった。

 ミサイルにAICを集中していた分、それ以外への対応が疎かになったラウラを二基のビットによる集中砲火が襲っていたのだ。

 

 ふっとラウラに張り詰めていたものが切れた。

 予想外の出来事に、襲い来る衝撃に、ラウラの集中が切れてしまったのだ。

 同時に霧散するのはAIC――ミサイルを留めている力まで消えていく。

 意思をもって形作られる結界は、込める意識が途切れてしまえば効果を失う。

 解放されたミサイルはラウラの懐に容易く潜り込み、爆炎が内側から膨れ上がった。

 

「お馬鹿さん」

 

 ミサイルの爆音がつんざくラウラの耳にも、セシリアの声ははっきりと聞こえた。

 熱がバリアを貫通し、圧が機体を軋ませ、ラウラの目を光が焼く。

 苦悶の声を上げながらもラウラであったが、決して諦めなかった。

 

 ラウラは爆発の直前にAICを展開していた。

 それでもすでに通り過ぎていた分の爆風と熱だけでかなりのダメージを受けたが、結界により最小限のダメージで抑えることはできた。

 未だに狙ってくるビットを警戒して、ラウラは動く。

 ビットのレーザーを振り切り、セシリアと対峙した。

 

「貴様……ッ!」

 

 距離は十メートルほど。

 IS同士であれば近いとも遠いとも言えない、二人の間に満ちるものがあった。

 

 ラウラのダメージは総エネルギー量の半分程度。

 今まで試合で受けたことのなかった量のダメージを受けたことは衝撃であった。

 許せない。

 完全にしてやられた怒りがラウラの眼にぎらぎらと浮かび上がる。

 感情が再び浮上する。

 

 セシリアは逆に何も発していない。

 といっても、ラウラの無関心な態度ではなく、逆に怒りを吸い上げようとする貪欲な吸引力を身に纏っていた。

 

「しゅッ」

 

 ラウラの呼気と共に放たれたのは、ワイヤーブレード。

 肩のアンロックユニットにワイヤーで接続された円形のブレードは、弧を描く。

 セシリアは避け、そのお返しとばかりに、レーザーを放つ。

 ラウラもまた避けて、あるいはAICで防御を行い、ブレードを振るう。

 レーザーとブレードの応酬。

 間合いの広い武器であるにも関わらず、二人のやり取りは、立ったままでの拳を交差させているようなものに近い。

 

 それは意思の取り合いであった。

 二人にとってここで退くことはその意思が相手に負けたと宣言するようなものであった。

 だと言うのに、ラウラは思わず退がること欲求に駆られた。

 眼に見えぬ何かの息が掛かってくるようで、このままここに居てはいけないという警鐘ががんがんと頭に鳴っている。

 

 ビットの包囲も狭まってきている。

 近ければそれだけワイヤーブレードに破壊される危険を伴うが、逆に回り込みやすいというメリットもある。

 つまり、デメリットを無視できるほどにセシリアがラウラを圧倒しているという展開。

 これにはラウラも冷や汗を流す。

 

 そして――、ラウラは見た。

 虚空の虎を。

 

 かつて、大晃は意識の拡がりほどの大きさのそれを見るような眼で、セシリアを見つめたことがあった。

 獣に変じたセシリアの意識がラウラの怒りをかみ砕こうと、口を広げる。

 それを確かにラウラは、今、見ていた。

 それもまたラウラを見ていた。

 その獣と目が合う。

 

 ラウラの意識の高まりか、あるいはビットとの戦闘を繰り返すことでセシリアの本質を掴んだのか。

 いずれにせよ、ラウラの距離であるにも関わらず、優位に立たれていることに間違いは無い。

 

 虎の息が吹きかけられたような、怖気が背に奔り、足が動き。

 

「おきゃあああッ!」

 

 ラウラは前に出る。

 退くことはできない。

 それでも動かなければ負ける。

 ならば、せめて前に動く。

 それがラウラの矜持であった。

 

 腹の中から食い破る勢いで前に出たラウラは正に獣の口内で牙に晒された。

 レーザーの軌跡が、凶悪に光る牙のようであった。

 AICで防ぎ。

 ワイヤー部分を絡ませるようと、ブレードを操作し。

 避けたセシリアをAICで捕えんとし。

 

 再び懐に潜り込む。

 

「しゃあああ!」

 

 使用するのはレーザーブレードとワイヤーブレード。

 ワイヤーブレードでセシリアを包み込んだ。

 逃げ道は防ぎ、強引に逃げれても絡みついて、動きを封じる。

 動けないセシリアをレーザーブレードで滅多切りにするつもりである。

 この至近距離でワイヤーブレードを振れば自身にもワイヤーが絡む可能性もあるが、レーザーブレードで強引に脱出が可能。

 無論、AICでセシリアを停止させてから、仕留める方法もあったが、何を仕掛けてくるかわからないセシリアが相手であれば、話はまた別。

 動きを封じた所でビットは健在なままであるのだから、ダメージを与えるほうが先決であった。

 

 ラウラの振る光刃が標的の首元に到達する、その直前。

 セシリアは動いた。

 スウェーバックに近い形でPICを用いた蹴りとブーストを併用した素早い後退は容易に間合いを外す。

 周囲を覆うワイヤーがセシリアを絡め捕ろうとするも。

 

「なにッ!?」

 

 ビットから放たれたレーザーが正確にワイヤーブレードの円形刃を打ち、軌道の狂った刃に付き従うワイヤーはセシリアに触れることさえ出来ない。

 なおも、レールカノンで追撃を試みるもセシリアはあっさりと避けて、距離を取った。

 

 セシリアは笑っている。

 薄く張り付くような笑みが浮かんでいた。

 一太刀も与えられず、逆に半分もダメージを減らしてしまった現状。

 どうにか逆転しなければならないが、セシリアに有効打を与える方法は思いつかない。

 

 ならば、ここで負けるか?

 大晃と対峙することなく、ここで負けてしまうというのか?

 

 ドクンドクン、と胸が鳴った。

 焦りからの緊張で胸の鼓動がよく聞こえる。

 その中でラウラは己に敗北の可能性を問うたのだ。

 

 負けたくない。

 誰であっても、あの人以外に負けるわけにはいかない。

 闘う為に生まれてきた私が、そうでない人間に負けることは許されない。

 

 ラウラは今の闘いで見た、セシリアの全能力を思い浮かべる。

 最も厄介だと思ったのは、俯瞰でものを見て即座に対処する能力であった。

 この速度で負けていたからこそ、ラウラは有効なダメージを与えることができずにいたのだ

 だったら、それを超える速度で動き、落としてやる。

 ラウラの感覚が研ぎ澄まされていく。

 

 いつの間にか変化が起こっていた。

 周囲を見下していたラウラの眼が真剣な、それこそ対等の敵に向けるモノに変わっていた。

 必要なことを事象から抜き出し、いち早く抽出する為に機能を絞った眼。

 虚空の虎に感応し、ラウラの精神が獣に変じ始めていた。

 

 

 

 それまでが箒と鈴の闘いと並行して繰り広げられた、ラウラとセシリアの激突であった。

 

 今もラウラとセシリアの闘いは続いている。

 ラウラの攻め手はよりシンプルになっていた。

 ビットによるレーザーは全てAICで防ぎ、ひたすらに間合いを詰めていく。

 機体の機動にある程度のフェイントを織り交ぜつつ接近する。

 ビットはワイヤーブレードで叩き落せる距離あるが、それは無視する。

 ワイヤーブレードを使うことで行動に制限が出るわけではないが、展開時にできる僅かな隙は命取りになり得る。

 接近してきた分だけ突き刺してくるレーザーの精度と量が増してしまうが、それこそAICでのみ対応すると覚悟さえあれば凌げる。

 

 欲張って余計なことをすれば不利になると、ラウラは考えていた。

 余計なことを考えないから、反応に素早さが出ている。

 ラウラはとにかく詰める。

 セシリアは距離を取る。

 

 闘いは単純な構造にたどり着いた。

 単純だからこそ研ぎ澄まされていた。

 ビットの動きはさらに加速し、AICの展開はよりスムーズで的確なものとなる。

 セシリアはステップを踏む挙動で幻惑する。

 PICを蹴り、しかし、ブーストの推力で予想される軌道から外れ、ラウラの追撃を逃れた。

 ラウラの動きはより曲芸的な趣を見せ始める。

 ビット四基による同時多角的な腰部、脚部、頭部、腕部への軌道予測による攻撃。

 ラウラを阻む四本のレーザー。

 AICで二本を無効化。

 上下に残るレーザーはPICで跳躍し、その勢いで屈んだような姿勢で潜り抜け――。

 

 二人はそんな闘いを横目で見た。

 

「やるわね、あの二人」

「良い感じで闘っているな」

 

 意識をすり減らす闘いがあった。

 それは二人が想定していた長時間に渡る闘いとは程遠く、すぐに決着が付いてしまうものであった。

 

「どうするのよ?

 あんたのお仲間さんの方が不利そうに見えるけど」

「さて、どうするかな……」

 

 残エネルギー量で見ればセシリアが優位に立っている。

 箒はどうにかして助けに行きたかった。

 しかし、助けに行けば鈴に隙を晒すことになってしまう。

 それを嫌って先に動くことを躊躇している。

 ほんの少しの逡巡の後。

 

 やはり、早めに蹴りをつけるべきか――。

 

 箒はそう結論づけた。

 鈴としても焦って仕掛けてくることは計算済みのはずであり、先に動くことが不利であることは否めない。

 箒が焦るのはラウラがここで落とされれば勝ちの目が無くなるから。

 ジッとしていたとしても、ラウラの劣勢に変わりはない今、時間が経てば経つほど状況は悪くなるばかりである。

 その意味で箒には攻める以外の選択肢はなかった。

 

「あれ?」

「ん?」

 

 二人の対峙は長くは続かなかった。

 ラウラとセシリアの終わりなき追いかけっこ。

 追いつくか、突き放すか。

 その流れの中にあって別れた二組が合流しないのは、アリーナに十分な広さがあるから。

 意図的に動かない限り広い空間でぶつかる等ということはない。

 つまり、それはラウラかセシリアか、どちらかもしくは両方の意志により起こされたことは明白であった。

 

 ラウラとセシリアの二人は対峙する、箒と鈴に突っ込んで来たのだ。

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