ラウラは必死だった。
"シュヴァルツェア・レーゲン"の装備を駆使し、それでも劣勢に置かれている。
セシリアの閃きが原因で遅れを取ったのもあるが、それだけではない。
フレキシブルを使えないとは思えぬほどのビットの鋭さはラウラの想像を超えていた。
今も四基のビットによる攻撃は継続している。
ラウラは移動とAICによる防御を繰り返して追いかける。
その甲斐あって距離は少しづつ縮んでいる。
だが、それでも足りない。
距離を縮めるために力を尽くせば尽くすほどに、エネルギーは減る上に精神力も消費する。
端的に言えば、距離を詰める為の労力に対しての成果があまりにも少なすぎた。
その原因はやはりセシリアの攻撃に一切の隙間が無かったことである。
速力に優れるはずの第三世代であっても、苛烈な攻撃を前にすれば速度は落ちる。
落としてはいるが最小限に留めている。
しかし、それを言うのならセシリアだって速度が落ちるはずなのである。
切り離された子機を己の肉体のように扱うのには相当な意思力が必要なはずだ。
であるにも関わらず、セシリアは速度を一定の速度以上に保ったままにひたすら動き続けている。
それは"ブルーティアーズ"というISがどうしても持ってしまう、その弱点を克服したことによるものなのか。
セシリア自身の動きに不足は無い。
このままでは追いつけたとしてもどれほど闘えるか。
どこかに追い込めないか。
獣に一歩近づいたラウラの精神。
それがそう考えた。
逃げ道を塞ぐことができれば――。
例え、それがほんの些細な障害物であったとしても、セシリアは何らかのアクションをする羽目になるだろう。
そこで生まれたロスが一拍であったとしても、遠距離系の武装を利用すれば容易に接近できる可能性がいくらか高くなる。
では、どこに追い込めばいいのか。
肝心なその心当たりはない。
アリーナの端に追い込もうにも距離があり、とてもではないが誘導できそうにない。
と、ラウラが視界の端にとらえたのは箒と鈴の二人が対峙する姿であった。
反射的にラウラは動いた。
普段であればプライドが介入していただろう。
しかし、ラウラの精神は獣に近づいている。
本能が抑える理性の働きがひどく薄くなっている。
AICを張り、セシリアの逃げ道を塞いだ。
防御が手薄になることで被弾も増えてしまうが、二人の距離はそう遠くはなく、ダメージ量は少ない。
とにかくセシリアを追い詰めていく。
そして――、二組は合流を果たしたのだった。
チャンスであった。
セシリアの進路を塞ぐAIC。
それは鈴と箒の間にも張り巡らされている。
しかし、箒とセシリアの間にはAICは張られていない。
これは、箒がセシリアを攻撃することは出来て、鈴はその攻撃を阻むことが困難であることを意味している。
AICの結界は衝撃砲の弾丸を散らす上に、機体で突っ込めば固定されてしまう。
AICは正しく結界として機能し、鈴の介入を阻んだのであった。
「おおッ!」
箒を避けようと僅かに減速するセシリア。
背中から突っ込んでくるそんなセシリアに向けて、箒は剣を打ち込む。
セシリアの正中線を分断するが如き凶刃が空気を巻き込み、背を捉えんとし。
豪ッ!
派手な音を立ててぶつかった。
しかし、それは箒の意図する形ではない。
速度を落としたかに見えたセシリアは直前で急加速したのだ。
蹴り足の力加減の調整とブーストの一斉過熱による速度変換で狙いが狂った。
剣ではなく柄の部分で打ち据えていた。
ダメージは思いのほか少ない。
だが――、それもまた良し。
と、箒は笑った。
箒は即座に軌道修正する。
押すのではなく、引く。
相手の力をそのまま維持し、引き込むように体勢を変える。
その場で回転し、セシリアをやり過ごす。
通り過ぎたセシリアを正面に置いた箒は。
弩ッ!
跳んだ。
身体をほぼ垂直にするほどに重心を前にした跳躍とブーストの最大火力を合わせた速度はもはやイグニッションブーストと何ら遜色は無く。
その位置を箒の間合いに手繰り寄せることに成功する。
再び近接戦の距離に入った二人はそれぞれが剣とライフルを交差させる。
ライフルが剣を受け止めとめるかに見える。
その刹那、剣が肩から斜めに切り裂くようにセシリアの身体に刺さりこむ。
ライフルの銃身をすり抜けたかのように乗り越える、剣の冴え。
いくらセシリアが強いとはいえ、純粋な近接戦闘ではどうしても後れを取る。
箒は腕に力を籠める。
刃を深く抉り込ませようとする箒はその感触に快感を覚え――。
「かはッ!?」
箒の喉から強制的に声が鳴る。
声というよりも空洞を流れる空気がごうごうとなるような、不穏な音。
肺に衝撃があった。
ライフルの銃身が箒の胸を向いていたのだ。
剣を受け止めるその動作がそのまま、照準合わせの行動であった。
故に反応の遅れた箒は弾丸を避けられなかった。
その箒の身体が強張る。
至近距離で突き刺さった弾丸がその運動エネルギーを余すとこなく箒に伝えていた。
衝撃となったエネルギーはバリアを突き抜け、苦痛を与えてくる。
ISといえど肉体への影響も無視できない。
機体の動き自体が止まることはないが、箒の眼から光が消え、肉体から力が抜けて。
「……逃がさない」
逃げ行くセシリアに箒はしがみ付いた。
ここでセシリアを逃がせばもう次はない。
そんな確信がある。
ほんの少しでもいいからここに留めておかねばならない。
それは分かっている。
しかし、込める力が抜けてゆく。
――……っては……ない
今箒はセシリアの腰に手を回して抱き着いている。
いわゆるタックルのような形だ。
その腕が緩みかける。
理由は単純。
ライフルの衝撃が肉体から抜けきっていないからだ。
腕に力を込めても、不定形の塊になるのみで、不安定。
――裏…っては…けない。
鎖が必要だった。
力を固定する荒縄のような鎖が。
――裏切ってはいけない。
だから、箒は想う。
想いを鎖とする。
鎖と成り得るのなら何だって構わない。
――ラウラを裏切ってはいけない。
そう、それが例えラウラのことであったとしても。
何故、ラウラはここに来たんだ、と箒は問う。
問うといっても相手はラウラではない。
自分自身に問いかける。
お前は私に頼らないんじゃなかったのか、と。
答えはすぐに出た。
勝ちたいからに決まっている。
セシリアに勝つためにはどうしても近接戦に持ち込む必要がある。
その為に、超えるべきハードルは余りにも高い。
それを超える為にはこの方法しかなかったのだ。
もっともただの障害物としての役割しか期待していなかったのかもしれない。
良いさそれでも。
箒は朧気に笑う。
例えどんな理由があろうと自分をほんの少しでも頼って、自分から動いてくれた。
それだけで十分だった。
そして、そんなラウラを裏切りたくはない。
ここでラウラを裏切るとはどういうことだろうか?
セシリアを逃してしまうことだ。
セシリアを逃さずに済むためにはどうすればいいのだろうか?
両腕に力を留め続ければよいのだ。
両腕に力を宿し続けるためには何が必要なのか?
想い続ければ良い。
だから、箒はラウラを想った。
ラウラを裏切ってはいけないと。
期待に応えてやりたいと。
箒の腕が機能を取り戻す。
欠けた部分が埋められていく。
外へ流れゆく力がせき止められ、力の流出が止まる。
渾身の力を腕が宿す。
「ラウラ、やれぇッ!」
箒は叫び、それに応えるように轟音が鳴った。
レールカノンから放たれた徹甲弾がセシリアに向かっていった。
金属と金属のぶつかり合う甲高い音が響いた。
弾はセシリアには命中していなかった。
寸前で弾丸の進路上に割り込んだ鈴に弾丸が命中していた。
「ッ!?」
ラウラは咄嗟にAICを目の前に張った。
衝撃砲の弾丸が散らされる。
目を凝らすラウラ。
その目の前には迫りくる鈴の姿があった。
セシリアと箒の激突。
それはラウラに阻まれている。
であるのなら、鈴に出来ることは限られていた。
ラウラの妨害である。
そもそも箒には火力が少ない。
近接戦闘ならば"篠ノ之流"の剛剣で火力不足を補えるだろうが、セシリアが対処できないとは思えない。
決定打を打つのは箒ではなくラウラであるはずだ。
特にレールカノンの一撃は大きくエネルギーを削り取る。
絶対に防がなければならない。
鈴はラウラとセシリアの射線上に入ることを決意した。
ここでセシリアが落ちれば負けてしまうと。
もちろん、ただ攻撃を受けるつもりもない。
衝撃砲が溜めに溜めた力を解放し、ラウラへと奔らせる。
結果、鈴は弾丸を受けて、反対にラウラはAICでの防御に成功する。
機体に当たった弾丸はISのエネルギーを大きく削り取る。
だが、受けた位置が良かった。
肉体へのダメージはある。
あるにはあるが、先ほどの箒ほどに重いものではない。
だから、鈴は根性で押し切ることができた。
前へ。
前へ。
鈴の機体が前進を続ける。
ギラリと光る双天牙月を鈴は振りかぶった。
「おぉらぁッ!」
真っ直ぐに振り下ろされる刃にブレは無い。
ラウラはAICで受ける。
――かに見えた。
ラウラはその一撃を避けた。
空気を巻き込んだ刃は風切り音を立てて通りすぎる。
避けてすぐさまラウラは結界を張る。
だが、それは鈴に向けたものではない。
ラウラの後方に迫るものへの警戒であった。
その正体とは、ビットである。
なんとセシリアは箒に抱き着かれた状態でありながら、ビットを操作していたのだ。
鈴の動きに連動する形で放たれたビットのレーザー。
それが、今ラウラの張った結界に阻まれた。
防御に成功したラウラの前にいるのは刃を振り切った形の鈴。
普通剣士が一度刀を振り切った場合、今の鈴の状態は隙だらけである。
だが、ラウラは二の足を踏む。
AICはレーザーへの防御へ使えばいいとして、自身の持つレーザーブレードで切り掛かれば良いはずが、決してそれをしない。
理由は鈴の得物にある。
鈴の武器術はその得物により普通の剣士とは異なる特徴を持っていた。
振り切った勢いをそのままに刃を次々と放つことができるのだ。
これは前後ろの両方に青竜刀の刃を持つ双天牙月ならではの動きである。
鈴の回転が徐々に早くなる。
休むことなく繰り出される一撃一撃は重く、まともに受けるわけにはいかない。
AICでの防御はセシリアのレーザーに割かざるを得ない。
よって、レーザーブレードと双天牙月の打ち合いになる。
光刃と肉厚の鉄が火花を散らす。
そこから離れた位置では箒とセシリアが闘っている。
箒が追い、セシリアがひたすらに逃げる。
箒の武装は基本的に近接武器で、距離さえ取れば攻撃の心配は無い。
それでも箒が追いついて剣を振る場面もある。
が、セシリアはISの卓越した技量を生かしたフェイントで逃れ続ける。
恐ろしいことにビットの動きに緩みはない。
セシリアは箒から遠ざかれば良いわけであるから、ISの技量差もあり、ある程度の余裕はあるのかもしれない。
しかし、ビットの操作が容易であるはずがないのだ。
離れた位置にあるビットで鈴と連携を取ることは難しい。
箒から逃げながらとなれば尚更だ。
この状況に危機感を覚えるのは箒だ。
連携の肝であるセシリアを狙っているのに、依然と続く鈴とセシリアのコンビネーション。
これはまずい。
ここで箒は決意する。
邪道を使う必要があると。
「ッ!?」
セシリアが驚きの声を上げた。
箒が剣を振り切り、その裏を抜けようとする刹那。
未だに距離が開いた状態で、箒は剣を振ったのである。
当然届くはずがない。
しかし、握られているはずの剣が手元になかった。
剣は箒の手を放れ宙を回っていた。
その場で回転しその勢いで刀を放っていた。
それを乗せた投擲がセシリアを襲っていた。
それをセシリアは避ける。
ぐんぐんと近づいてくる刀を左に――。
決して当たることのない刃は、それでもセシリアの意識をわずかに削る。
近接武器を投げることなど普通はない。
ラウラに教わった定点回転と箒の肉体の嚙み合った投擲の速度も合わさり、セシリアをして驚嘆せしめた。
だから、思念に濁りが生まれる。
濁りはコンマ何秒かの迷いに繋がり、迷いは思念を送るまでの時間を増し――。
ビットにセシリアの想いが呼び込まれた時には、致命的なまでにロスが増幅される。
鈴とセシリアの連携に齟齬が生じたその瞬間。
ラウラは箒からのアシストを消して逃さなかった。
前に出る。
全てのスラスターが火を噴き、一筋の光となりて、ラウラは鈴と交差する。
光が満ち、強烈な輝きが鈴を切り刻む。
無数に叩き込まれた斬撃が鈴を焼いていた。
「ごめん、セシリア」
力なく笑う鈴。
そんな鈴に容赦なく放たれたレーザーブレードの一撃。
それで、鈴は堕ちる。
ふらふらと地面に吸い寄せられていき。
衝撃。
鈴は地面に膝をついた。
ラウラはそこで止まらなかった。
止まろうとは思わなかった。
まだ、セシリアがいる。
トップスピードに乗ったまま、ラウラは空中を駆け抜ける。
レーザーの雨を進む。
目まぐるしく動く状況でセシリアはビットを己の近くへと手繰り寄せる。
狙いは正確だ。
しかし、僅かに鈍い。
膨れがる決着への欲望が肩のワイヤーブレードへと流れる。
鞭のようにしなる力がセシリアに到達せんと。
力の爆達を望むその先端がセシリアを葬らんと。
ワイヤーブレードが鞭のように撓った。
だが、
――ガクンッ
ワイヤーでの一撃の後に、レーザーブレードを喰らわせる段に入っていたラウラの体勢が緩む。
箒が逃げ道を防ぐ中、精彩を欠いた狙いの中、明らかに対処のしようのないそれをセシリアは防ぐ。
ビットがワイヤーに引っかかり、ブレードの進路を逸らす。
セシリアはビットをワイヤーにわざと引っ掛けたのだ。
ガツンと音が鳴った。
セシリアもまた前に出ていた。
その前に出た分ラウラの計算が狂い、ブレードを振り切る前に衝突してしまったのだ。
そして、至近距離でのエネルギー収束音。
確かな力がラウラの腹下で生まれる。
懐にビットが潜り込んでいた。
いつビットを操作したのか、ラウラには分からない。
つい先まで周囲を飛んでいたビットが潜り込んでいたことに気が付かなかったのだ。
そうか。
と、ラウラは唸る。
狙いが不正確になったのはビットに速さを求めた結果。
ラウラを近くに寄せてしまうことに対して、セシリアはもう抗おうとは思わなかったのだ。
箒に意表を突かれて僅かながらに取り乱してしまった瞬間に、遠距離から封殺する手はセシリアから遠く離れてしまった。
だから、セシリアはビットに速さを与えた。
正確さという制約から解き放たれたビットは更なる速力を得たのであった。
すでにビットは限界近くまで力を溜めている。
恐らく、この一撃はビットそのものを破壊しつくす威力でラウラをリタイヤへと追い込むだろう。
愚かなと思う。
わざわざビットをすり潰つぶすことなどせずとも、遠距離から仕留めれば良いだろうに、と。
すごいなとも思う。
既に打ち立ててあるプランに執着することなく、軌道修正する、その姿勢に潔さを感じる、と。
事実、セシリアは限界に近かった。
この闘いで常に精神を張り続けていたのは、ビットを操り戦況を常に変えてきたセシリアであった。
それが先ほどの奇襲で表に出始めていた。
ビットを動かすだけならば支障はないが、そのビットの狙いにブレが生じ始めている。
己の限界を察したセシリアが勝負を急くのは、当然の帰結である。
ビットは吠えた。
たらふく喰ったエネルギーを破壊の奔流へと変換した。
その咆哮がラウラを飲み込む。
黄金に輝く光がラウラを飲み込み――、セシリアの後ろに影があった。
箒だ。
予備の刀をすでに取り出していたらしい。
必死の形相で刀を振りかぶっている。
真っすぐに踏み込み、真っすぐに振り下ろす。
それのみが箒の中にあった。
それのみに全能力を使っていた。
全てをかけた一撃には勝敗を決する重みがある。
だが、セシリアはそれすらも防ごうとする。
残り一基のビット。
フルチャージを箒に見舞わんとする。
もはや、近接武器が優位の状況でも諦めることはない。
交差する影と光。
全てを出し尽くし、爆散する影が一つ。
残りの一つはセシリアへと駆けて。
刃がセシリアを穿った。
もう一撃。
連撃に繋げようと前に出る箒。
そこに渾身の力をもって振られるのは、ライフル。
鈍器と化した銃身。
箒はそれを両断する。
その奇麗な断面をセシリアは見もしない。
ライフルを放り投げて、近接用ナイフを展開し、突っ掛けた。
左手で突いてくる。
箒はそんな左手を狙う。
左手を切り裂いて、それでもセシリアは動く。
右手で拳を握り、僅かにでも勝利を得ようと――。
ザク――。
鳥肌が立つ音であった。
セシリアの機体に、肉体に、刃をめぐりこませる音だ。
人の命を奪える音だ。
それがセシリアの肉と箒の腕を伝わっていく。
無論、本当に肉を抉れるはずもないが、セシリアの絶対防御が発動するのは明らかだった。
その感触を腕で感じ、感情を押し殺した顔で、箒はセシリアを見た。
セシリアもまた箒を見た。
交差する視線が決着の目前に輝き。
絶対防御が発動する。
ダメージの大きさからセシリアは意識を失う。
セシリアの肉体からふっと力が消える。
そして――、
勝者が箒とラウラのペアであること。
それを告げる号令が高らかになった。
箒が肩を貸す形でセシリアを支えてやると、歓声が会場を揺らした。
その中で箒は体を震わせた。
止めようとしても湧いてくる振動は、体内をうねる歓びそのものだった。
その後、会場から箒とラウラは退場した。
次の試合があるからだ。
セシリアを支える箒の前に鈴がやってきた。
自分がセシリアに肩を貸すと言ってきた。
「しかし、お前もダメージが大きいだろう?」
「セシリアのパートナーはあたしよ。
肩を貸すだけの余力は十分にあるわ。
ここで心配されたところで余計なだけよ」
そう言われてしまえば、箒も従わざるを得ない。
結局、セシリアを担いで鈴は自分たちのビットに戻っていった。
ラウラはそんな二人を暗い眼で見つめていた。
ラウラはロッカールームでベンチに腰を掛けた。
屈辱がラウラの胸の中にあった。
完全に負けた。
そう思っている。
無論、試合は自分たちの勝ちであることに変わりはない。
決勝で闘う権利を手に入れたのは自分たちである。
セシリアと鈴ではない。
では、自分は勝ったのか。
あの二人に自分は勝てたのか。
そうラウラは自問自答する。
違う。
そうラウラは胸の中で思う。
自分は勝ってはいない。
何度考えても、そういう結論になってしまうのである。
現に、ラウラはセシリアに墜とされている。
そのセシリアを相手に勝ったとは言えず、負けと変わらないだろう。
だが、ラウラは鈴を墜としてもいる。
であれば、鈴には勝ったという実感を持っていても可笑しくはなかったが、それもない。
思い浮かぶのは、セシリアへのレールカノンを防いで、突撃を仕掛けてくる姿。
その姿に敗北感が付きまとってくる。
――手を抜いているのは、お前の方だろう。
いつだったか、箒の吐いた台詞が蘇る。
一体、何故今更そんな言葉が出てくるのか。
心当たりはない。
この試合、セシリアの脅威を認識してからは本気だった。
武装の出し惜しみはない。
セシリアを葬るために出来る限りのことをしたのだ。
しかし、その思いでさえも揺らぐ。
スペックの不足がありながらも、セシリアと鈴に食らいつく箒。
もう一歩の所でセシリアを窮地から救った鈴。
そして、ラウラを墜とし、最後の最後まで諦めなかったセシリア。
三人を脳裏に浮かべると、自分もあんな風に闘えるのか、疑問に思ってしまうのである。
「いよいよ、次は決勝だな」
「ああ」
「大晃か一夏か、どちらと当たることになっても、お前としては同じだろうな」
いつの間にか箒がいた。
話しかけてくる箒の言葉を反芻する。
次の決勝で当たるのが大晃であろうと一夏であろうと関係はない。
どちらにせよ、決勝で完膚なきまで潰すまでである。
しかし、ラウラはここで一夏の名が出てくるとは思わなかった。
焚きつけられたせいか、決勝に上がってくるのは大晃だという前提条件のようなものがあったらしい。
当たり前のことに今更気が付いて、ラウラは自嘲気味に笑った。
「一つだけ、言っておきたいことがある」
ロッカールームから出ていく直前に、箒が改まった態度を取った。
ラウラの表情は一層暗くなった。
箒とは何度も口論になっている。
遠からずに負けてしまうぞ、と指摘を受けたこともある。
実際にその言葉通りになったとも、思う。
今、胸に抱いている屈辱は自分が負けたという自覚があるからだ。
ラウラは箒の言葉を待った。
「お前、私を頼ってくれたよな」
「……何を言っている?」
ラウラは箒に頼った覚えなどない。
確かに、セシリアを箒の下に追いやった。
だが、それはほとんど反射的に利用しただけで、箒個人を当てにしたものではない。
その箒のアシストにしても、勝手に力を貸してくれただけだと解釈している。
「お前がどういうつもりだったかは分からない。
だが、私が戦況を変える切っ掛けを、ラウラ、お前が作ってくれた」
「……」
「礼を言うよ。次も任せた」
そう言って箒は出て行った。
ラウラは一人、ロッカールームに残った。
胸に沸いた区別がつかない感情。
それとの向き合い方を探していた。