超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

23 / 84
22話、高めあう動機と暗雲

 一夏とシャルルが対峙する男は大きかった。

 身長は180センチを超え、体重は100キロはある。

 肉の厚みは高校生とは思えないほどに重厚である。

 体のパーツの一つ一つが程よく膨らんでいる。

 どんな攻撃の衝撃もしっかり吸収すると確信できるほどだ。

 

 乗っているISは極めて特殊である。

 近接戦オンリーという点では一夏の"白式"と似ているかもしれない。

 しかし、違う点がある。

 それは一夏は刀を使うが、大晃は素手であること。

 普通ならば素手では勝てない。

 しかし、大晃は普通ではなかった。

 ISは遠距離の武装を持っている場合もある。

 大晃もそういう相手と今まで当たってきたが、それらを全て下してきた。

 弾丸をかい潜り、驚異的な打撃力で敵を仕留める。

 その速度はまるで弾丸のようで、動きは肉食獣のようにしなやかで美しくもあり、一撃ごとの威力も凄まじい。

 肉体の圧倒的なポテンシャルと、専用機"無手"の速度と耐久に長じた性能が上手くかみ合っていた。

 とにかく、近づいて殴る戦法で大晃は勝ち上がってきたのだ。

 

 これは驚異的と言えた。

 大会の前から頭角を表していた大晃は、基本的にマークされている。

 自分の戦術を知っている相手が練ってきた戦法を相手に勝たなければいけない。

 それが大晃の今までの闘いであったし、これからもそうであろう。

 準決勝に駒を進めた大晃はそれら全てを正面から乗り越えてきたのである

 

 勝敗の予想は観客の楽しみである。

 今までの闘いの進め方と相性を見る限り、大晃が優勢にも見える。

 

 だが、会場の雰囲気は違う。

 一夏とシャルルのペアが勝つかもしれないと、思っている人間もいた。

 一夏のIS"白式"は一撃必殺の武装"雪片"を持つ。

 エネルギーの消費激しいが、当たれば大晃とて削りきれるだろう正に必殺を体現しているのだ。

 だから、一撃与える機会さえあれば勝てると思っている人間が大勢いた。

 

 準決勝が始まろうとしている。

 一夏とシャルルは今までのことを思い返していた。

 

 

 

 

 

「何故、ラウラと組んだかだと?」

 

 そこは廊下であった。

 長く伸びる通路に箒の声が響く。

 箒の前には一夏がいた。

 

 一夏の想いはセシリアと鈴、そして、箒とラウラに深く関係している。

 箒と鈴とはそれぞれ幼馴染である。

 だから、先に行われたこの準決勝の勝敗に関しては複雑な思いがあった。

 

 特に箒に関しては何とも言えない気持ちがあった。

 何せ、組んでいる相手がラウラである。

 ラウラに関してはあまり良いものを感じていない一夏にとっては、そもそもどうして箒がラウラと組んでいるのか疑問であった。

 試合を見ていて沸いた思いもある。

 これらを一夏は解消したかった。

 

「勝つために決まっているだろう」

「本当に?」

「何だ、疑っているのか?」

「ああ、信じられないな」

「何故だ?」

「……箒は安易に人に頼るような奴じゃないだろ。

 頼るとしても相手は選ぶはずだ」

 

 箒はラウラと一悶着起こしている。

 授業で教える側と教えられる側に分かれた際に、ラウラは箒を教える役になった。

 なったのだが、ラウラにはやる気がなかった。

 そのおざなりな教え方に嫌気がさした箒はこう言ったのだ。

 手を抜くんじゃない、と。

 

「選んだ結果がラウラだ」

「なあ、本当のことを教えてくれないか?」

「だから、私は本当のことを言っている。

 それに私がどのような理由でペアを組んでいようと、私と一夏は敵同士だ。

 関係ないことだろう」

「あるさ」

 

 箒の言うことももっともである、と頷きながら、一夏は抱えているもやもやの正体を掴み始めていた。

 

「だから、どう関係あるんだ?」

「お前、実はあいつのことが気になっているんだろう?」

「何?」

「箒はあいつのことが嫌いだ。

 でも、それだけじゃない。

 あいつのことが気になっていて、それで組んだんだ。

 少なくともさっきの準決勝であいつに力を貸せて喜んでたもんな」

「……だとしたら、何だ?」

「箒は決勝でどっちと闘いたいんだ?」

 

 言葉にして一夏ははっきりと分かった。

 次の闘いで、大晃と闘い勝った方が箒たちと闘うことになる。

 箒は大晃と闘うことを、つまり、一夏の敗北を望んでいるのでは。

 最後の問いにはそういう恐れが過分に表れている。

 現に、どうせ大晃と闘いたいのだろう、という決めつけが見える言い方を一夏はしていた。

 一夏は目を伏せる。

 

「私は大晃と闘うことを望んでいる。

 今のお前たちでは私を満足はさせてはくれないだろう」

 

 はっきりとした、箒の口調であった。

 一夏は手のひらに爪が食い込むほど強く手を握った。

 その痛みで、ナイフのような箒の言葉に耐えるかのように、一夏は何も言わない。

 やはり、そうか。

 黒々とした炎が心に現れる。

 一夏はアリーナで、姉であり最強のIS使いであると言われる千冬と、大晃を比較する会話を聞いた。

 その時、弟を差し置いて比較対象に上る大晃への劣等感と嫉妬が一瞬、浮かび上がったのだ。

 それにそっくりの感情であった。

 

「だが――」

 

 箒は続けた。

 この期に及んで何を言うつもりなのか。

 今更、何を言われたって、この炎は消えやしないのに。

 そう俯いた一夏を箒は真剣に見つめる。

 

「大晃に勝ったお前たちであれば、話は別だ」

 

 一夏が顔を上げた。

 箒の真剣な視線には、一夏の敗北を望む気持ちなどなかった。

 その視線が言っていた。

 頂点で待つ、と。

 その視線は唸っていた。

 そこに来た相手であれば誰であろうと叩きのめしてやる、と。

 

「私と闘りたいのなら、勝ってくることだ。

 全力をもって相手をして、叩き潰してやろう」

 

 不敵に笑って、箒は背を向けた。

 明らかな敵対の意である。

 もはや、言葉はこれまで。

 箒の背中はそう語っていた。

 

 その敵意が心地よかった。

 その敵意に救われた。

 箒に、幼馴染に、己の敗北を願われていなかったからか。

 あるいは、激励を裏返したかのような言葉だったからか。

 一夏の心は晴れやかだった。

 

 

 

 シャルルは大晃と同部屋である。

 寝るときと、ご飯を食べるときは一緒であった。

 その日は準決勝の前日である。

 

 シャルルは大晃と一緒に夕飯を食べていた。

 食べながら大晃を窺っている。

 

「どうしたんだ、シャルロット?」

「いや、ちょっとね」

 

 シャルルは所謂スパイである。

 シャルルの実家である、デュノア社からの命令で男と偽って、IS学園に潜入している。

 大晃のISのデータを盗んで来い、という指令であった。

 だが、それが果たされることはなかった。

 大晃はすでにシャルルの正体に気が付いていたのである。

 ここでシャルルは半ば諦めていた。

 突き出されていれば処罰を受けることになっていただろう。

 しかし、大晃はそうしなかった。

 

「飯でも喰いながら、話をしようぜ」

 

 そんなことを言ってから、話を聞いてくれたのである。

 観念していたからか、シャルルは個人的な身の上話を交えて、事情を伝えた。

 それで、結局、シャルルはIS学園で男の振りをしながら生活している。

 シャルルが一夏とペアになって、大会に参加できたのも大晃の計らいと言えるだろう。

 

 そして、そんな大晃と明日、闘うことになる。

 負けるつもりはない。

 ペアである一夏の為に、何より、自分自身の為に手を抜くことは出来ない。

 しかし、それでも割り切れないものがあった。

 

「明日は、僕と大晃くんが闘うんだよね?」

「そうだな」

「本気で闘っちゃてもいいのかな、って」

 

 大晃にシャルルは助けてもらった。

 そんな大晃と本気で闘うことには後ろめたさがある。

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

「え?」

「本気で闘えば俺に勝っちゃうかもしれない、ってわけだ。

 俄然燃えてくるな」

「違うよ!」

 

 焦点は違うが大晃は本気である。

 敗北の可能性が、勝負に面白みを与える。

 そう信じているらしい大晃ならではの、言葉かもしれない。

 しかし、シャルルはそんな話がしたいのではない。

 大晃と全力で向き合いたいのに、後ろめたさが足を引っ張る。

 それをどうにかしたいのに、出てくる言葉があまりに闘い本位すぎる。

 自分の想いも勝手かもしれないが、大晃の言葉も少々勝手が過ぎるように思えた。

 

「そうだ、違うな」

「何? からかってるの?」

「そうじゃない、俺は普通とは違うってことさ」

 

 大晃はぐつぐつと煮えたぎった心の内を曝け出す。

 

「俺は普通じゃない。

 お前さんが俺を負かしてくれるって言ってくれれば、興奮するし、お前さんが俺に全力を出してくれるっていうのならこれほど嬉しいことはない」

 

 背負った闘気がぬらぬらと背景を歪めていく。

 景色が大晃を中心に落ちてゆく。

 

「だから、お前さんが俺に気を使う必要はないんだ。

 やりたいようにやればいいのさ。俺もやりたいようにやっているだけなんだからな」

 

 柔和に笑うその顔を見てシャルルは、自らの本当の名を告げた時のことを思い出した。

 あの時もそうだった。

 何故助けるのかという問いに、大晃はシャルルと本気で闘りたいからだと言ったのだった。

 それは正直な言葉だった。

 だから、シャルルも正直に自分の名を言ったのだ。

 

「ねえ。大晃くん」

「うん?」

「謝っておくね」

「謝る?」

「うん。次の準決勝、勝つことに決めちゃったから。

 本気で、君を負かしてやるって決めちゃったから」

「嬉しいねぇ」

「でしょ」

 

 シャルルは再び正直に告げた。

 楽しそうに笑う大晃に、小首を傾げて呟いてやった。

 

 悲壮感はなくなっていた。

 

 

 

 二人にはそんなことがあった。

 そして、今、大晃と向き合っている。

 

 二人はお互いの動機を話してはいない。

 シャルルが大晃とのことを話せば、一夏は多かれ少なかれ気にするだろう。

 一夏に気を使わせたくないシャルルとしてはわざわざ言うべきことでもない。

 一夏も箒と話したのはついさっきだ。

 特に打ち明ける機会もなかった。

 

 しかし、言葉に出さなくても分かるものはある。

 二人はお互いのモチベーションが高まっていることを感じていた。

 

「勝たなくっちゃな」

「うん」

 

 想いを確かめるように二人は呟く。

 それだけで十分だった。

 大晃に闘いを挑むのにあたって、不足は無い。

 

 開始まで後僅か。

 客席に居る観客たちや、各々教室や自室のモニターから観戦しているIS学園生徒たちも、その始まりを見逃すまいと集中している。

 学園中がしん、と静まり返り。

 そして――、試合が始まった。

 

 

 

 近接戦闘のみのIS、"白式"と"無手"が闘う。

 結末の予想は多数あれど、始まりは全員が同じことを考えていた。

 

 大晃の拳が放たれて、一夏の刀が振り下ろされて、それが同時に交差する。

 派手な音を立てて、二つの凶器が中央で止まった。

 柄の部分で大晃の拳を防ぐ形となる。

 みしりと音を立てて、圧を加えてくる拳。

 冷や汗をかきながらも一夏は真っ向から対する。

 "白式"の重量とさらに最適化されたISの補助を生かして押す。

 片腕と言えど、相手は安城大晃。

 肉体のスペックでは歯が立たないこの相手だ。

 それでも、両腕で、それも機体のアシストを生かした力であれば互角に持ち込める。

 

 しかし。

 それでもなお、肉体の差を埋めることができない。

 そもそも、からして素手での闘いにおいては習熟度の高い大晃だ。

 ISを着込んでいても、伸し掛かる機体の重みさえも肉体の一部として生かすことは造作もない。

 

 傾いていく。

 押し合う両者。

 その均衡が、力の天秤は、ゆっくりと、しかし確実に大晃へと傾いていく。

 ぐぐっと力を籠める気配が拳を通じて、一夏へと流れ込む。

 

 大晃がもう少しで押し勝とうとした、その時であった。

 銃声が鳴る。

 それはシャルルが放った銃弾の音。

 至近距離に一夏がいるにも関わらず、アサルトライフルを乱射する。

 器用なことに、一夏の機体にはぎりぎり触れずに、標的のみに弾丸が到達する射線で大晃を狙っている。

 

 大晃の機体に吸い寄せられるその銃弾たちが、機体に触れようとする。

 その時、ふっと一夏に加わっていた力が抜けた。

 

 ハイパーセンサーにより強化された五感。

 それが、銃弾をギリギリまで引き付けつつも、決して触れない領域での回避、を可能にする。

 大晃のIS"無手"はその推力を基本的に前進にしか生かせない。

 前方にいる一夏を押しのけることは流石に不可能であるのだろうか。

 回転を選択したのだ。

 脅威なのはその速度。

 残像さえ見える速さ。

 しかも、捻りを加えつつの前転の最中、脚が直上に延ばされた。

 時間にすれば僅かなものであったが、視認できずともに感じ取れる、威圧感。

 まるで、巨大な斧。

 空気を纏った踵落としが盛大に放たれた。

 一夏の首ごと、全身を袈裟切りにするほどの一撃。

 左右に避けるか、後ろに退くか。

 逡巡に掛ける時間はほとんど無かった。

 

 一夏は前に出る。

 雪片を振り上げて、発動するのは一撃必殺の零落白夜。

 だが――、

 

 がつんッ!

 

 剣を振り上げる速度と踵を振り落とす速度には明らかな差がある。

 そもそもが、一夏は速さで大晃に勝ったことはない。

 唯一互角だったのは、初戦で異様な冴えを見せた時くらいである。

 大晃とほぼ同じタイミングで技を出せば先に届くのは、大晃の方だ。

 強烈な踵落としで体勢を保つことさえ覚束なく、吹き飛ばされる。

 一夏に出来たことは、少ない。

 吹き飛ばされれながらも、刀を振り切ったことだけだ。

 

「むぅ!」

 

 大晃から唸り声が上がった。

 剣の先が大晃に到達しようとしている。

 崩れた体勢から放たれた斬撃に威圧感はない。

 しかし、そんな力の籠っていない刀であっても、威力は馬鹿にはならない。

 エネルギーを纏う光刃は機体に触れずとも良い。

 ただ、機体を覆うシールドに触れさえすれば、そのシールドを削ぎ取るようにして、エネルギーを消費させる。

 そんな危険なものに触る気は毛頭なく、踵を振り落とした体勢から無理やり、次の回転へと繋ぎ、回避へと移行する。

 

 回転を止めることなく、捻りを加えての回避に穴はない。

 もし、問題があるとすれば、そこにシャルルがいたことである。

 優れた回避であろうが、限界は存在する。

 未だに照準を合わせているシャルルは遠慮なく弾をばら撒く。

 しかも、それはいつぞや大晃が受けた大口径のマシンガンよりも集積している。

 弾道を読もうが、いくらかは銃弾が当たる。

 

 さらに敵は一人ではない。

 

「おおぅッ!」

 

 一夏が戦線へと復帰する。

 再び振り上げられた刀を大晃は避けて、逆に蹴りを叩き込んでやる。

 横からの圧力に一夏の身体が、折り曲げられたかのように歪む。

 横っ腹に生まれた速度に脚、頭の速度がついていけない。

 それを強引に一夏は立て直す。

 PICの操作には覚束ないところがある。

 それでも、練習は欠かさなかった。

 体捌きが命の近接戦闘においてこれほど重要な技術はないからだ。

 だから、こらえることができて、もう一度、切り掛かる。

 

 それが弾かれた。

 初戦で大晃が見せた、"零落白夜"にもっとも効果的な刃物に触れずにして柄を狙う、戦法だ。

 腕が若干痺れる。

 ISのアシスト機能で何とか堪えて、打ち続ける。

 とにかく、剣を振り続ける。

 

 それがシャルルを生かす。

 

 一夏の役目はとにかく攻め続けることだ。

 例え、技量で劣っていようと、"零落白夜"のアドバンテージは大きく、生かさない手はない。

 無論、一人であれば大晃には歯が立たない。

 しかし、二人であれば話は別だ。

 シャルルは援護に徹している。

 しかし、シャルルが今展開している火力は、援護とは名ばかりの殺意にあふれたものだ。

 格納領域に収められた火器を列挙すれば、対峙する相手は一歩引いてしまうだろう。

 その火薬庫のようなISを駆るシャルルは持っている武装の一つ一つについての扱いも上手い。

 

 今にしてもそうだ。

 両手に抱えるアサルトライフルは一般的に生徒たちが使っているものよりも、頭一つ抜けた威力を誇る。

 反動も大きい。

 そんな武器を片腕ずつで扱いながらも器用に大晃のみに弾丸を当てている。

 

 シャルルの援護が一夏を生かし、一夏の猛攻がシャルルの援護を一つ上のレベルに引き立てている。

 理想的な流れで二人は闘っていた。

 それは奇しくも、セシリアと鈴が対大晃に向けて打ち出した戦術と同じ。

 この闘いは、あの二人と大晃が当たっていればこうなる、という要素を多分に含んでもいるかもしれなかった。

 

「……ほう」

 

 だから。

 大晃の眼はどことなく虚ろであった。

 ここにはない何かを幻視するかのごとくの視線を眼の前の光景に向ける。

 

 一夏はそんな大晃に攻めかかる。

 より積極的に動いて大晃の意識を拡散させようと。

 拳と剣の山のようなやり取り。

 そこに一夏は勝機を見出し、位置取りを変えて――。

 

 一夏は己の失策を悟った。

 今までシャルルの射線上には立たないようにしていた。

 だが、今は一夏の影となる位置に大晃はいる。

 

 大晃の視線に宿っていた虚ろがかき消える。

 代わりに力の解放への、喜びが溢れる。

 一つ一つの挙動に精神の高まりが見て取れ。

 

 回避の動作が唐突に留まる。

 背を晒し、拳を構える。

 投球の直前に近い構え。

 全身を捻る。

 その歪みの先にあるのは拳。

 

 一夏とシャルルの背に汗を流す。

 歪みは矯正される宿命にある。

 大晃が意図的に形作った歪みもまた同じく、元に戻る力を内包している。

 

 安城大晃。

 この男を構成する核は機体にではなく、むしろ肉体の方にある。

 どのような修練でその肉体をこさえたかは謎。

 分かるのは、その肉体が肉食動物の、それも特別な個体に、匹敵することだけだ。

 次に放たれる技は構えの通りだろう。

 コースも予想がつく。

 放たれるタイミングも大体分かる。

 しかし、その肉の戻る強さと速さは想像がつかない。

 

 そして、この構えの前に立つ一夏はすでに逃れる手段がなかった。

 

 ――鈍ッ!

 

 鈍い重低音がアリーナに響いた。

 

 一夏が口を開ける。

 肺を直接握られて、空気を吐き出されたかのような苦しみが襲っていた。

 胸が爆発したかのような感触に一夏の意識がぶつ切りとなる。

 ISの機能によりすぐに覚醒したが、痛みは消えない。

 

 大晃の動きは完全に見えなかった。

 拳を放ち切った体勢から動きを類推するしかない。

 渾身の力を込めて振り戻した一撃。

 前に出る力と機体の重さと身体を振り切るタイミングが揃った一撃は、眼にも止まらぬ速さで一夏の腹を刺し貫いていたのだ。

 ダメージは大きい。

 それこそ、同じものを二撃ももらえば、耐えられないほどである。

 幸いなことに、あの技を放つ条件は重いはずであった。

 一夏の身体で遮られることにより生まれた、射線の隙間。

 それが合ったからこその一撃である。

 技を放つ溜めが大きく、集中が必要なあの技を放つ機会は限られているのだった。

 

 一夏もそれは心得ている。

 それでも消えることのない、恐怖と痛みがあった。

 後ろに飛んでダメージを軽減こそしたが、微々たるもので、どうしようもない焦りに身体が強張る。

 大晃が恐ろしいのは先のような大技ではない。

 むしろ、技のやり取りの中にある確かな技術と、肉体に裏打ちされた技の威力。

 何気ない技が必殺となることが考えられるこの状況。

 早急に立て直さなくてはならない。

 それは分かっている。

 頭で理解はしていても、身体が動かないのだ。

 痛みという名の電気信号が脳の指令を阻んでいる。

 刀を持つ手に力を乗せて、せめてもの備えに――。

 

 一瞬で距離を詰めての追撃。

 前へと進む大晃を阻む一つの影。

 

「させないよ……!」

 

 グレネード。

 放たれたそれが大晃の進路上に現れた。

 大晃ならば弾き返すこともできたはずだが、シャルルがタイミングを計って投げたことも考えられる。

 そのためか、進路の変更を余儀なくされた。

 

「早いねぇ!」

 

 大晃が目にしたのは、またしてもアサルトライフルを二丁構えるシャルルだ。

 さっきまで片手にグレネードを持っていたはずなのにもう、持ち替えて構えをとっている。

 驚くべきは、武装の展開速度の速さと異なる武器を扱う器用さ。

 闘い方の切り替わりも尋常じゃなく早い。

 

「それがラビットスイッチか! 器用だな!」

「お褒めに預かり光栄! だけど、いつまで余裕でいられるかな!」

 

 大晃の標的がシャルルへと変更される。

 シャルルは引き撃ちを試みた。

 速度では勝てない。

 シャルルもそれは承知の上。

 飛び道具で牽制しながら後退、いわゆる引き撃ちで迎撃する。

 二丁のマシンガンを器用に扱い、弾幕を張り、大晃を遠ざけ。

 しかし――。

 

 大晃の笑みに深みが増す。

 その虚空を見つめるような視線が悪い予感を感じさせた。

 まるで、弾幕の中に抜けるべき道を見つけたような、ふっと気が付いたら見つけていた裏道に心をときめかせるような。

 それはつまりシャルルが展開している弾幕が苦でないと言わんばかりの笑みで。

 シャルルの背に冷や汗が流れた。

 

 飛んでくる。

 それもジグザグに突っ切るように。

 それでいて大晃はその全ての弾丸を避けている。

 驚異的な見切り。

 シャルルはそれでもコースを予想して弾丸を放つ。

 どれほど物量があろうと、分散されていては効果が落ちる。

 そう考えて、シャルルは弾丸を大晃に集中させんと、意識を絞り――。

 それがまた窮地に追い込む。

 弾丸が収束される地点を大晃は読んでいた。

 そして、集中していた分だけ手薄になる空間ができることは道理。

 大晃はそこを悠々と進む。

 

「ッ!」

 

 シャルルは息を呑む。

 弾幕を張り直している暇などない。

 そう判断して、両手のマシンガンを格納領域に収めた。

 瞬間、別の武装が両の手の中に収められる。

 

 黒光りする、長くて太い物体。

 それを両の手に収めたシャルルは構える。

 大晃がそれに構わず至近距離に近づいてきた。

 

 ズドンッ!

 

 シャルルは構わずに引き金を引いた。

 その物体の先から無数の弾丸が発射される。

 一様に広がる弾が面で大晃を制圧してくる。

 それを大晃は避ける。

 そして、面単位で襲ってくる弾丸を相手に、さしもの大晃も大きく避けることを強いられる。

 右に左に――、直進しかできないなどとは信じられないほどの軌道で鋭角に飛ぶ。

 

 シャルルはとにかく撃ち続けた。

 撃って、少しでも大晃を削ろうとする。

 しかし、当たらない。

 軌道を予測して弾丸を放っても別の軌道に移られる。

 ならばと軌道を変えた直後を狙ったとしても速度の急激な変化により、やり過ごされるかすり抜けられるか。

 

 シャルルが初めて大晃を見たのは、セシリアとの闘いである。

 眼に映るのは飛び道具も近接武器もなしに、セシリアと渡り合う大晃の姿である。

 父に見せられたその闘いは鮮烈であった。

 

 その記憶のままに、否、それ以上に宙を行く大晃を眼にして、シャルルは実感する。

 大晃の飛び道具に対する対処は完璧である、と。

 今はまだいい。

 ショットガンが牽制として機能し、拳の間合いからは大晃を遠ざけてくれている。

 だが、このまま延々と状況を保てるわけがない。

 弾丸の消耗もあるが、それ以上に腕が疲れてきた。

 常からして火力を追求する傾向があるシャルルは、今回の闘いでより気合が入っている。

 用意した銃器は反動が大きく、本来両腕で構えることを想定しているのだ。

 ISのアシストがあるとはいえ、長く使い続けることは難しい。

 

 ならば、他に手はあるのか、と言われれば無い。

 グレネードを使うには距離が近い。

 使う暇も与えてはくれないだろう。

 だから、シャルルは必死に撃ち続ける。

 記憶にあるのは、先ほどの大晃の姿だ。

 もし、拳と蹴りの距離に大晃を引き寄せてしまえば、あの突きや蹴りをまともに喰らうことになってしまう。

 そうなれば、無事に済む保証は無い。

 

 じっとり、と濡れる背。

 どうにか近づけてはいないものの、プレッシャーで汗が噴き出る。

 上昇する体温も合わさって、さほどの時間闘ってもいないのに、もう全身が汗で濡れている。

 祈るように大晃とのやり取りを続けて、その祈りが届いたのだろうか。

 

 光の刃が現れた。

 一夏の零落白夜が大晃を背後から襲っていた。

 

 上段から振り下ろされた刃。

 イグニッションブーストで一気に近づいていた一夏が、その全ての速度と合わせて放つ一撃は当たるかに見えた。

 

「ッちぃ!」

 

 一夏の口からは苛立ちの音が漏れた。

 大晃の後ろへの蹴りが一夏の頭部を捉えていた。

 減速により刀が振り下ろされるよりも早く、間合いが詰まった。

 それで、刀が振り下ろされるよりも早く、蹴りを当てたのだ。

 

 一夏は無理やりにでも刀を当てに行くが、大晃の体勢が変化する。

 刀を避ける形でくるりと周り、回転をそのままに拳。

 それがまたしても顔面を襲い、一夏を後退させる。

 そして、大晃は進む。

 ISを纏っていても、殺すことのできない衝撃が頭部に集中し、ふらふらとする一夏に駄目押しの一撃を見舞う為に。

 

「させないよッ!」

 

 ここぞとばかりにシャルルは援護する。

 先ほどまで持っていたショットガン二丁は、アサルトライフルに持ち替えられていた。

 ばら撒かれる弾丸が大晃に距離を取らせる。

 このまま勝ちまで持っていく。

 一夏の様子は心配で、だからこそ、ここで決めてしまいたい。

 そう思ってシャルルは引き金を引くが、大晃はそう甘くない。

 既に、シャルルからも一夏からも離れた。

 弾丸の無駄な消費を惜しんでシャルルは一旦、腕を休ませる。

 

 一夏もそのやり取りの間にどうにか回復したのか。

 浮遊する姿勢が確かなものになる。

 

 仕切り直しの格好で、シャルルは一夏に通信を入れる。

 どう攻めるかを、そのタイミングをどうするのか、を簡易に伝えるために、何より一夏の様子を確認するために。

 シャルルは一夏に軽く視線を移し。

 

「なんて顔をしているの?」

 

 そう言っていた。

 一夏は異様な顔つきをしていた。

 凶暴に口の端が吊り上がり、威嚇する獣のように歯がぎらぎらと光り、眼に理性の光は薄い。

 眼の前の男をどうしてやろうか、と考えているらしい。

 

 鳥肌が立ってしまう表情であった。

 

「どうやら、俺はとんでもないスイッチを押してしまったようだ」

 

 大晃の呟きが宙に消えた。

 そして、一夏が動いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。