超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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23話、暗い記憶

 一夏は無限の闇の中にいた。

 大晃の打撃は悉く、一夏の頭部に当たってはいた。

 それは一夏を追い詰めた。

 

 結果、一夏の脳がカチリと鳴ったのだ。

 意識が薄くなり、何かが一夏を乗っ取ろうとしている。

 

 何かを、勝つための何かを、身体は知っていた。

 肉体のほうが頭に合うピースを持って来たようであった。

 

 ――それが、これか。

 

 一夏は闇の中に漂う。

 体には力が入らない。

 指一本動かないその中で映像が浮き上がる。

 

 ――確かあの時の。

 

 一夏には何故か思い出せない記憶がある。

 間違いなく、そこにあると認識できていても、中身の確認できない物体のようなもの。

 それが、一夏の中に間違いなくしこりとしてあった。

 だから、一夏はそれが何なのか、どこで起こったのかはすぐに分かった。

 周りを囲む男たち。

 表情は薄く、何を考えているのかが表に出ていない。

 

 ――そうか、俺は誘拐されたことがあったな。

 

 第二次モンドグロッソ。

 その決勝に駒を進めたのが、姉の千冬であった。

 千冬の弟である一夏が誘拐されたのは、千冬が優勝しないようにする為の人質としてである。

 無論、当時まだ幼い一夏には理解できないことだった。

 

 そして、幼い一夏は恐ろしかった。

 周りの男は一夏にはさほど興味を示していないようにも見える。

 しかし、だからこそ恐ろしかった。

 人質である一夏の身に何が起こったとしてもどうでも良い、と言わんばかりの態度が。

 人を傷つけることに、もしかしたら、平気で人を殺せるかもしれない雰囲気が。

 恐ろしかった。

 

「なあ、坊や」

 

 男の中の一人が一夏に顔を合わせてくる。

 わざわざ、腰を下ろしてまで顔を覗き込んできた男は左手に持つナイフを、見せつけるように近づけて来た。

 

「怖いかい」

 

 そう言って、男は笑ってくる。

 だが、その笑みは一夏の身の安全ではなく、危ない意味を含んでいるようであった。

 獲物をいたぶる前の醜悪さが透けて見える。

 恐ろしかった。

 目を伏せて、しまいたい。

 そう思った。

 だが――、

 

「怖くない」

「へえ」

 

 一夏は勇気を出した。

 男に目を合わせて言ってやったのだ。

 

 男は少しばかり考え込むそぶりを見せた。

 そして、周りの男に確認を取るように首を回し、再び一夏に眼を合わせてきた。

 

「いいねぇ。勇気があるんだな君は」

 

 先ほどまでの醜悪さは嘘のように消えて、良い顔で笑う男がいた。

 一夏はあっけに取られて、男を見る。

 右の頬に痛みが奔った。

 

「え?」

 

 右手を頬に当てる。

 手を見つめると赤かった。

 べったりとついた血が、気持ち悪いほど温かかった。

 男の手を見ると、ナイフが赤く濡れていた。

 

 男が右の頬をナイフで切っていたことに、一夏は気が付いた。

 

「……ッ!?」

「まだ、悲鳴を上げないんだ。凄いね」

 

 男は自分がしたことに、まるで無関心かのように呟く。

 男の顔には再び醜悪さが表れていた。

 

「なあ、みんな。俺、こいつで遊んじゃってもいいかな」

 

 男がそう言っても、他の人間は何も言わない。

 ただ、あまり興味は無さそうに、遠巻きに移動して行くだけである。

 

「これで、だれも邪魔はしないよ」

 

 男の言葉で一夏は理解した。

 ここで殺されるかもしれない、と。

 

 一夏の背に強烈な恐怖が奔った。

 身体が急に震えだした。

 声を出すことは堪えるが、恐怖が理性を乗っ取るのは時間の問題だった。

 

 そして――、

 

「うわあああああああああッ!」

 

 一夏は叫んだ。

 遠くで鎖が引きちぎられる音が響いた。

 

 

 

 

 

「おおおおおおッ!」

 

 一夏は吠えた。

 凶悪な表情であった。

 凶暴な獣が肉を求めて獲物に飛び掛かるときに、するような顔つきであった。

 

 一夏は吠えて、刀を振る。

 やたらめったらに、振る。

 無秩序にも見える、凶暴な剣。

 しかし、その理合いからは遠く離れた剣にも篠ノ之流は宿っていた。

 そして、PICによる加速。

 初戦でしか出来なかったそれが出来ていた。

 

 大晃とて零落白夜を受けるわけにはいかない。

 しかし、この斬撃を避けることは困難。

 ならば、と拳を剣の柄に当てていく。

 

 初めに闘った時と同じように、拳と剣が交差し火花を散らす。

 違うのは、一夏の剣の冴えとその表情。

 IS学園に入ってからの稽古で一夏は、篠ノ之流を取り戻しかけている。

 一合ごとの速度、威力、そして、技術。

 一段上になった剣捌き。

 それはひたすらに鋭かった。

 少なくとも打ち合いにおいては、互角であった。

 

「厄介だな……」

 

 しかも、シャルルがいる。

 今の一夏に片手間で対処するのは難しく、放たれる弾丸全てを避けるのは不可能である。

 多少の被弾は覚悟の上であろうが、シャルルが扱う火器は一線を画す火力を誇る。

 援護射撃ですぐさま削り切られることは無いだろうが、このままではじりじりと追い込まれるだけである。

 厄介。

 これ以上にこの状況を表す言葉は無い。

 

「ならば……」

 

 大晃は前に出る。

 剣ではなく拳の間合いに持ち込む。

 そして、拳。

 アッパーぎみに放たれたそれが一夏の顔面に迫る。

 しかし、拳は空を切っていた。

 

「ぬぅ」

 

 大晃が唸ったのは一夏が常とは違う挙動をしたからだ。

 

 一夏は大晃が前に出る以上に後ろに下がっていた。

 PICで宙を蹴り、ブーストを噴かすことでスピードを出したのだ。

 さらに、一夏の身体が回る。

 横から近づいてくる拳と同じ速度で頭が動き、ぐるりと横に回転する。

 そこからさらに加速し、大晃が拳を振り切った時には、ほぼ一回転して回り込んでいた。

 そして、剣を振る。

 背を見せる大晃に対して容赦のない一撃。

 大晃はそれを避ける。

 回転し、斬撃の軌道から逃れて、蹴りを叩き込む。

 一夏はそれを受けた。

 衝撃を最小限に抑えて、反撃。

 拳。拳。拳。

 剣。剣。剣。

 二人の間で交わされる、二つの凶器がぶつかり、無数の閃光が生まれる。

 生まれては消え、生まれては消え、を繰り返し、チカチカと二人の闘いを彩る。

 四肢を武器として活かす大晃。

 シャルルの援護も込みとはいえ、そんな大晃と打ち合える一夏の動きはもはや人のようではなかった。

 あらゆる姿勢から、剣を振る。

 その姿は獣のようであった。

 

 そして、だからこそ戸惑う人間がいた。

 

「一夏……、もっと動きを抑えて、合わせられないよ!」

 

 シャルルだ。

 常とは違うその動きに合わせることは困難だった。

 今までも、常に一夏は全力で闘っていた。

 相手に近づいて斬る以外に能はない、と割り切っていた。

 そして、それはシャルルを生かす為でもあった。

 今までの闘いでは、そこの所を考えて一夏は闘っていたはずで。

 しかし、今の一夏にはそんな配慮は見られない。

 己の欲求のままに動いている。

 いつでも他人を思いやる心を持っているはずが、人が変わってしまったように見えた。

 

 現に、シャルルの通信が無視されている。

 普段ならあり得ないことだ。

 やはり、普段とは様子が違う。

 

 そして、肝心要であるシャルルの援護にも、ついに限界が出てくる。

 

「ッ!?」

「ごめん!」

 

 放たれた弾丸のいくつかが、一夏に当たる。

 ダメージは気にするほどではないが、一夏の気がわずかに逸らされた。

 その隙を見逃す大晃ではない。

 

 大晃の動きが一瞬の硬直する。

 肉体の緊張がマックスを迎えた後に、解放されて、破壊の力が生まれた。

 PICが肉体を旋回させ、肉体がその挙動に乗るように動き、拳がその先端を奔る。

 超速の拳。

 それが一夏の顔面に吸い込まれた。

 

 ――ズザン!

 

 不吉な音が響く。

 何か、とんでもないことが起こっていた。

 拳を真正面に放った大晃。

 それと交差したかのように、刀を振り切った姿の一夏がいる。

 一夏は喜悦の表情を浮かべ、大晃は歓喜の表情で優し気に笑う。

 二人はその姿勢のまま静止した。

 

 そして、大晃のIS"無手"に異変が起こる。

 亀裂の入る音が聞こえ、ヒビが現れる。

 そこからはすぐだった。

 人体で言うところの、肩から胸に掛けて大きくヒビが広がったのだ。

 ヒビのように見えたそれはヒビではなかった。

 ぱっくりと綺麗に割れていた。

 大晃は対角線上に斬られていたのだ。

 

 

 

 この闘いを見ているものの中で一夏の変貌に気が付いたのは僅かであった。

 

「どうしたというのだ、一夏」

 

 箒がモニターの前で呟いていた。

 一夏の変貌に戸惑っていた。

 

「そうか、ついに来るべき時が来たか」

 

 千冬が管制室で嘆いていた。

 暗い顔で、しかし、何かを決意していた。

 

 そして、誰よりも近いところで一人の人間が戸惑っていた。

 

 

 

 手を出していいのか。

 シャルルがそう迷うほど、繰り広げられている闘いは常軌を逸していた。

 

 大晃のISの堅牢さは知っている。

 さらにその上には電子バリアを纏っている。

 その堅牢な装甲に傷が着いたことなど今までなかった。

 それが切断されるほどの威力となると、想像が付かなかった。

 

 そんな傷をつけられても大晃は闘っているのだ。

 そんな傷をつけておいて一夏は闘っているのだ。

 

 この闘いを止めなくてはいけないのでは、とシャルルは思う。

 二人の行為はルールには抵触していない。

 ルール上はエネルギーを削りきられるまでは闘いを続けることはできる。

 肉体への著しいダメージが無いのであれば闘いは続けられる。

 大晃のエネルギーは尽きてはいない。

 肉体への損傷はない。

 ならば、闘いが終わらないのは普通とも言える。

 

 しかし、シャルルの危惧はそこにはない。

 もっと別のところにあった。

 

 どうして、そんな顔をするの? 一夏?

 

 犬歯をむき出しにして、剣を振る姿に違和感がある。

 いつもの一夏ならば決してそんな顔をしない。

 大晃に一矢報いた喜びこそあれど、相手を傷つけてしまったことへ僅かに表情が曇ってもいいはずなのだ。

 しかし、そんなものは見られない。

 あるのは相手を斬った喜びと、破壊への欲求だけだ。

 相手への尊敬だとか、労りだとか、本来一夏が持っているはずのあらゆるものが抜け落ちている。

 だから、今の一夏には不吉なものしか感じられない。

 手にしているのが"雪片"であればなおさらであった。

 

 どちらかが大きな傷を負うのではないか。

 大切な友達の内どちらかを、あるいは両方を失ってしまうのではないか。

 そんな、予感がした。

 

 

 

 一夏の動きはより激しくなった。

 

 打ち合いとなればどうしても体力差が響いてくる。

 特に純粋な物理的な力に限れば、ISの機能を上乗せした所で大晃には及ばない。

 だから、一夏は宙を跳ねる。

 右へ、左へ。

 姿勢を低く、大晃の足元を跳ぶ。

 見えない天井を這い、大晃の頭上を跳ぶ。

 そして、斬撃。

 脛を切り裂くような、出した拳を根元から断ち切るような、末端を狙ったえげつない技。

 流石にそれは避けるしかない。

 大晃はしばらくの間、見に徹する。

 そして、再び動き始めた。

 斬撃を避け、一夏を正面に置き、間合いを詰め、そして、攻撃を始める。

 手始めに、右腕で、拳を放つ。

 狙いは一夏の腕。

 閃光の如き速さで拳は飛ぶ。

 一夏の肘から先が急速に、駆動する。

 拳は避けられ、一夏はその拳めがけて剣を振ろうとし――。

 剣は動かなかった。

 大晃の左腕が、一夏の右手首を掴んでいた。

 左腕が一夏を引き寄せて、右腕が一夏を殴ろうと動く。

 一発。

 二発。

 三発。

 拳が顔面を襲った。

 ぎしり、と錆びた鉄同士をこすり合わせた、音が一夏から鳴った。

 顔が嬉しそうに歪んだ動きで、顔面の筋肉が軋んでいたようだった。

 一夏の腕から、"雪片"が消える。

 左腕を振り上げると、その先に再び"雪片"が現れた。

 その"雪片"を一夏は振り下ろす。

 大晃はすんでの所で手を放して、それを避けた。

 蹴りを叩き込んで、一夏に強制的に距離を取らせた。

 

 ふふん――。

 

 大晃は笑った。

 ここまでは互角。

 シャルルの援護射撃はすでに途絶えて、なお、押されている。

 あいつは強くなる。

 そう言っていた大晃にとっては、待望の瞬間であったと思われる。

 しかし、その表情にはどこか影がある。

 どうしてしまったんだい?

 そんな声が聞こえてきそうな、笑みだ。

 あるいは、楽しいなぁ一夏、と言いそうでもあった。

 哀しみと喜びが、矛盾なく存在する、不思議な笑みだ。

 

 ――うるぅぅぅぅぅぅッ!

 

 一夏も笑う。

 理性なく笑う。

 奇妙な引き攣れた笑みで大晃を睨みつける。

 唸り声がそのまま、笑いに変じたような凄まじい笑みだった。

 意思を感じさせない笑みだった。

 破壊の喜びと欲求だけがある。

 

 機を二人は伺う。

 距離としては10メートルを超えているが、高機動の機体同士が向き合うのであれば、近距離といっても過言ではない。

 慎重に、極めて慎重に、お互いが隙を探す。

 少しずつ前に出る。

 お互いを包み込む空気が、電気を帯び始める。

 ちりちりと大気が鳴る。

 

 大気が限界を迎える直前。

 突如、銃声が鳴った。

 それが機となる。

 

 二人は同時に急加速し、力が中心地点で拮抗し。

 

「待っていたよ」

 

 シャルルが飛び込んできていた。

 手には巨大な杭が見えた。

 "シールドピアーズ"という名の、破壊杭である。

 シャルルの武装の中でも段違いの破壊力を誇る、その名の通り盾すら破壊する、兵器である。

 

 それをシャルルは大晃の右脇腹に、ごりっと押し当てた。

 

 シャルルの援護が途絶えていたのは一夏へ弾丸が当たることを恐れてではない。

 ずっと機を窺っていたからだ。

 重要なのは角度だった。

 二人が向かい合う、その時に、奇襲をかけるのに相応しい位置を確保した。

 しかし、それだけでは足りない。

 近接戦闘の感覚が二人よりも劣るシャルルが最適なタイミングを掴むには、二人の動く瞬間を察知するしかない。

 しかし、そんな難しいことをする必要はなく、二人を己の機で動かしてしまえば良かった。

 その手段をシャルルは持っている。

 アリーナに響いた銃声はシャルルの銃器によるものだった。

 しかも、弾丸は大晃に向けられて放たれている。

 音と自身に迫る弾丸から大晃は動くことを余儀なくされ、一夏もそんな大晃へ突撃する欲求を抑えきれなくなった。

 そして、それは奇襲に最も良いタイミングであった。

 

 そんなシャルルが狙うのは、一撃必殺。

 既に"零落白夜"を受けた大晃ならば、それも可能と踏んでのこと。

 一夏が勝負の決着を決めてしまうことへの危機感もある。

 勝負が長引くことへの焦りもある。

 その二つがシャルルに決着を急かせこの奇襲を行うことへの、大きな動機になった。

 

 そして、大晃は拳と剣の鍔迫り合いの最中。

 機体のエネルギーを全てつぎ込んだ一夏の突進に、中途半端なことはできない。

 その場に留まって対応していたのでは押し切られる。

 中途半端な出力で対応しても、同じことでやはり大晃も全力を出すしかなかった。

 だからこそ、シャルルは奇襲を掛けることができたのである。

 

 しかし、シャルルの不安は尽きない。

 シャルルの心は勝利ではなく、勝利した後のことにあった。

 今の一夏は正気には見えなかった。

 獣の如き顔を至近距離で見せつけられた、シャルルの正直な感想がそれだ。

 そんな一夏が決着に気が付くかどうか、そもそも、気が付いたとして大晃への攻撃をやめてくれるかは甚だ疑問だった。

 体力の無尽蔵な大晃であれば決着の後にも一夏を抑えてくれるとは思うが、もしそれも無理なら、自分が止めなければならない。

 

 シャルルは気が付かない。

 それが迷いであることに。

 シャルルには気が付く暇がない。

 迷いがある故に。

 シャルルは気が付けない。

 己が半ば勝利を確信してしまったことを。

 それがどれほど致命的な間違いであるかを。

 

 その全てはシャルルの不安が生んだものだった。

 不安が、迷いになり、迷いが事実を歪めた。

 

 一夏とシャルルの最大の強みはそのコンビネーションである。

 シャルルが一夏に尽くし、一夏がそれに報いる形が二人の理想であった。

 

 シャルルが一夏に不安を抱いた時点で、そもそも、一夏がシャルルに報いることを忘れた時点で、二人の勝利は消えていたのだ。

 

 大晃はほんの僅かに動いていた。

 押し当てられている杭の角度が、これで変わる。

 そして――。

 

 杭が発射された。

 装甲をこそげ落とすように、削り取った。

 だが、それだけだ。

 肉体を刺し貫いて絶対防御を発動させるはずだった杭は、装甲部分のみを削り取るのみで終わった。

 身体に多少は負担があろうが、それを意に介する大晃ではない。

 とはいえ、大晃も全く反応しないわけがない。

 身体が機体ごと回った。

 杭に押されるように、杭に逆らわないように、回っていたのだ。

 その回転は、一夏の鍔迫り合いを強引に受け流してもいた。

 "シールドピアーズ"の衝撃を受け流すことと、一夏をいなすことを一つの動作でやってのけたのである。

 一夏の前から、大晃の姿が消えた。

 代わりに一夏の前にシャルルが現れた。

 そう、一夏の刀の、動線上に。

 急なことであった。

 それでも、一夏が刀を止めようと思えば、止めれるはずであった。

 

「え?」

 

 シャルルは声を上げた。

 一夏は刀を止めなかったのだ。

 "零落白夜"が発動した刃が、肩のアーマーを破壊し、肩に潜り込む。

 この瞬間、シャルルの機体は絶対防御は搭乗者を守るために絶対防御を発動させる。

 普通なら、そこで止まる。

 絶対防御による反力は、搭乗者への致命的なダメージを防ぐはずだった。

 しかし、それすらも、一夏は乗り越えようとする。

 そもそもがエネルギー無効の特性を持つ"零落白夜"は、機体のエネルギーを利用した絶対防御に対して優位性を持っている。

 競技者の安全を守る仕組みの穴を突くことさえ可能なのだ。

 現に今、その理屈が証明するかのように、刃がシャルルの肉体を深く潜航しようと動いている。

 このままでは、シャルルが大怪我を負ってしまう、どころか、死亡してしまうかもしれないことは明白だった。

 皮膚を切り裂き、その下にある肉の束に到達する寸前。

 刃の動きが、突如止まった。

 大晃が一夏の腕を抑えていた。

 筋量に絶対的な差がある以上、力で敵うはずもなく、少しずつ刃が戻されていく。

 一夏はそれでも力を籠め続ける。

 ISの機能により増した筋力と、PICを腕にかけることでその差を埋めようとする。

 しかし、それは徒労に終わった。

 一夏は完全に抑え込まれていた。

 

「……どうしちゃったの?」

 

 シャルルが唐突に呟く。

 一夏を大晃が押さえつける様子は、ショッキングで。

 それ以上に、一夏が自分を斬り付けてくるなど、シャルルには現実味がなくて。

 悪い夢でも見ている気分だった。

 

「ようやく、落ち着いたかい」

 

 ふっと一夏から力が抜けた。

 大晃は一夏の眼に理性の色を確認すると、解放してやる。

 一夏はシャルルを見た。

 シャルルはびくりと身体を震わせた。

 まだ、恐怖が抜けきっていない。

 

「……俺がやったのか?」

 

 一夏はシャルルの肩の傷と反応から全てを理解したのだろう。

 口から出た言葉は本人の想像以上に震えていた。

 

「まだ、続けるかい?」

 

 一応、ルールの上では試合に決着は着いていない。

 絶対防御が発動してしまったシャルルは、エネルギーの消費によりリタイアが決まっているものの、未だに一夏と大晃は戦闘可能な状態である。

 とは言え、ここでそれを訊くのは野暮というものだ。

 一夏という人間であれば、守るべき味方を傷つけた時点で戦闘の中断を選択するはずだった。

 だから、これは、一夏が本当に正気に戻ったのかを確認する作業と見るのが正しい。

 

「俺の負けで良い! 早くシャルルを医務室に連れてかせてくれ!」

 

 一夏は叫んだ。

 この後すぐに、一夏はシャルルを連れて医務室に駆け込む。

 大晃の勝利がアナウンスされて、準決勝が終わった。

 大晃と箒・ラウラペアの闘いが決まったのだった。

 

 

 

 シャルルは一夏に支えられていた。

 最初は緊張していたものの、それも一夏の腕から感じる優しい力加減と気遣いで、溶けていった。

 そこにいるのはいつもの一夏である。

 試合での凶行が嘘のようであった。

 しかし、紛れもなくあれは現実である。

 

「……すまない」

「いいよ、気にしなくて」

 

 一夏の言葉はあまりにも小さい。

 それはシャルルが同情してしまうほどだった。

 

「そう、あれは事故だったんだよ」

「違う。俺はあの時止めることができたはずなんだ」

「無理だよ。だって、あの時ほとんど気を失ってたんでしょ?

 それなのにどうやって刀を止めるって言うの?」

「それは……」

 

 一夏は口ごもる。

 確かに、記憶はほとんど無い。

 試合の途中から異常な状態になっていたのは確かで、その意味ではシャルルの言う通りかもしれない。

 しかし、あれが故意かどうかは何とでも言える。

 そもそも、どんな理由であれ己の行いを許すことはできない。

 

 そういう意味では変わりはないのだ、あれが事故であろうとなかろうと。

 それよりも恐ろしいことがある。

 意識も、記憶も無かったが、それでも感覚だけは残っていた。

 シャルルを斬りつけた時の感覚も肉体にこびり付いている。

 そして、その感覚が思い浮かぶだけで、一夏は快感を感じてしまうのだ。

 真に恐ろしいのは肉体に残った感覚ではなく、それに快感を感じる、己自身であった。

 例えば、あれが己の抑圧していた欲求が解き放たれたせいだとしたら、これほど恐ろしいことはない。

 同じことを繰り返してしまうしれない。

 己への疑念が一番辛かった。

 

「どうしたの、一夏?」

「いや、なんでもない……」

 

 そんなことをシャルルに言えるはずもなく、一夏は無言で医務室まで肩を貸すのであった。

 

 

 

 一方、アリーナからピットに戻った大晃は、展開状態を維持したまま立っていた。

 観客席からの騒音がアリーナとピットをつなぐ入退場口から伝わり、大勢の人の身動きが振動となってビットを包んでいる。

 そんな中で、大晃は十分ほど、そこに立っていた。

 誰かを待っているようだった。

 

「おう、久しぶりじゃな」

「じいちゃん……」

「その言い方はやめろ」

 

 六十台半ばに見える老人がやって来ていた。

 白髪を短く整えている。

 ラフな格好の上から白衣を羽織っている。

 

「相変わらずのようで何より。

 そのじゃじゃ馬の様子はどうじゃ?」

「俺は気に入っていますよ。

 癖は強いが、そこがまた強みにもなる、俺好みの機体です」

「しかし、驚いた。その装甲をこうも見事に切り裂ける者がIS学園にいるとはな」

「直せますか?」

 

 大晃はそう言いながらも、機体の胸部分にできた亀裂を指でなぞり、脇腹にできた凹みを指さす。

 

「儂を誰だと思っている。

 これくらいなら問題なく直せるわい」

「頼みましたよ。万全の態勢で試合に臨みたいんですから」

「生意気なことを……」

 

 今日行われるのは、各学年の準決勝までで、決勝はまた後日となる。

 それまでに機体の整備をする、ということであった。

 

「あまり壊さんようにな。

 お前さんも知っておろうが、"無手"に使われている特殊合金は丈夫であるが、それだけに加工が難しい、高価で代用不可能な代物じゃ」

「知っていますよ。

 だから、わざわざ電子バリアで攻撃を受ける設定にしているんでしょ?」

「ふむ、装甲で攻撃を受ければ、万一にでも大きな破損があるかもしれぬからな。

 電子バリアで受ければエネルギーの消費が大きくとも、装甲へのダメージを軽微で済ませられる」

「だから、知っていますよ」

 

 大晃はそう言ってから、機体を量子化する。

 右の手甲となった"無手"は鈍く輝いていた。

 

「じゃあ、整備室に行きましょうか」

「おいおい、待たんか」

「何ですか?」

「久しぶりに育ての親が来たんじゃ。もてなそうとは思わんのか?」

「今は大会中ですから。

 次の試合まで時間があるといっても、早めに整備は終えて置きたいんですよ」

「馬鹿、あの合金、あの機体を開発したのは、つまるところ儂じゃ。お主も知っておろうが」

「ええ。何度も聞いていますよ」

「なら、分かるじゃろう。

 あの程度の破損なんぞ、修理に一日も掛からんわい。

 そんなことより、お主に女はいるのか?

 来る途中、すれ違った女は全員可愛かったが」

「なるほど、つまりじいちゃんは女を紹介して欲しい、と」

「そんなこと一言も言っとらん。

 もういいわい。

 直してやるから、付いて来んかい」

 

 老人はそう言ってから、大晃に背を向ける。

 口ではいやいや言いつつも、結局すぐに修理してくれるらしい。

 決勝戦に備えたい大晃としては、そちらのほうがありがたいのだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 感謝の気持ちを述べてから、老人の名前を口にした。

 

「金子先生」

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