超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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25話、結晶

 安城大晃と篠ノ之箒。

 二人の動きが止まった。

 ラウラは意識を失った後、一瞬で動き始めていた。

 その動きを注視するような、二人の視線がラウラに集まる。

 動いていた戦況を止めるほどの何か。

 その注視するべき何かをラウラは纏っているらしかった。

 ここではない誰かを見るようにラウラは大晃を見た。

 

「私は……」

 

 ラウラの口が動いた。

 

 

 

<なんだと?>

 

 闇が蠢く。

 本来VTシステムとは国際法で禁じられたものであり、ラウラの機体に仕込まれたこのシステムは秘匿されていた。

 現にこの機体の主であるラウラですらその存在を知らなかったのだ。

 そして、このVTシステムには発動条件があった。

 搭乗者の意識が不安定、なおかつ、機体のダメージレベルが高くなった状態が重なる場合に発動されるのだ。

 これが巧妙なところで、かなり特殊な条件を掛けることで、発見の危険を最小限に抑え、VTシステムが発動する機会を残したのである。

 そのVTシステムが揺らいでいる。

 ISには脳波から感情を読み取る機能があり、VTシステムはこの機能と同期しているのであるが、そこからラウラの変調を読み取っていた。

 不安定だった脳波が確かなものになりつつある。

 意識を失ったもの特有の波形が、覚醒に向けて収束する形へと変貌を遂げようとしている。

 

「断る、と言ったのだ」

 

 ラウラははっきりと言った。

 

<何故だ?>

 

 ラウラの意識がこの空間に来たということは、窮地に陥っているのは間違いないはずであった。

 VTシステムはその窮地を脱するための手段だ。

 例え、自我を失おうとそれに頼ってくるはずだと踏んでいたが、ラウラはその手を跳ね除けた。

 

「それでは意味がないからだ」

 

 ラウラは思う。

 勝つにしても、負けるにしても、それを背負わなければいけないと。

 そうでなければ、自分が負かしてきた強い人間たちに対して申し訳が立たない、と。

 

<だからと言って、勝利を放棄するのか。それで、汝は満足なのか。

 下らぬ。勝てればそれで良いのではないのか?>

 

 VTシステムはなおも問う。

 事前のデータから推測される展開から大きく外れた現状を、軌道修正しようと試みている。

 VTシステムの存在意義は搭乗者に使用されることだ。

 その本分を果たすため、ラウラに揺さぶりをかけている。

 しかし、ラウラには揺らいだ様子はない。

 却って、その決意は強まっているようだった。

 

「勝てるのなら、自分自身さえくれてやる。

 もう少し前なら、そんな考えに疑問さえ抱かなかっただろうな」

 

 ラウラは語る。

 己の思いを言葉という確かな形にするために。

 

「私は闘うために生まれてきた試験管ベイビーだ。

 勝たなければ、私はゴミだ、そう思って生きてきた」

<……>

「そのはずなのに、いざ貴様を前にするとチラつくんだ。

 私が見下していたはずの、私に負けてきた連中の姿が目に付いてくる。

 きっと、私は尊敬しているんだろう。

 この大会で闘ってきたあいつらを」

 

 そうだ。

 そして、そんな自分に腹が立っていたのだ。

 

「私は……」

 

 ラウラの脳波が今までにない波形を象る。

 VTシステムに囚われていながらも、意識の檻から半分外に出ている特殊な状態。

 肉体もラウラの精神に従い動き始めている。

 今のラウラの目に映っているのがVTシステムの作り出す意識の牢獄か、現実の光景であるのか。

 それは判然としないものの、ラウラはしっかりとした雰囲気で前に進み始めた。

 

「人を見下していたかった」

 

 VTシステムか、あるいは現実か、その両方に向けて、ラウラの口は動く。

 

「闘う以外に能のない私は、私に無いものを持っている連中を認めることはできなかった」

 

 それはこの闘いの前から幾度も思っていたことだった。

 ラウラは闘うために生まれてきた。

 それ以外の何かを真剣にやったことなどない。

 例え、やっていたとしても結局は、軍事行動に結び付くだけだ。

 そんな闘いに全てを捧げてきた自分が、その肝心な闘いで劣ってしまえば、これまでの自分は一体何だったのであろうか。

 ラウラは常にその不安を抱えて生きてきたといっても過言では無かった。

 

「あいつらの姿が教えてくれた。それは間違いなのだと」

 

 しかし、この大会で闘った人間が教えてくれた。

 パートナーを庇う姿が、劣勢に奮起する姿が、最後まで諦めない姿が、強さを教えてくれた。

 力の有無と、我を通す強さとは別のものであることを。

 力で劣る者たちが、実際にそれを教えてくれたのだ。

 そして、今、圧倒的に強い男が、己の強さを刻み込んで来ている。

 本気でだ。

 それが今は嬉しい。

 この機会を逃したくはない。

 

<馬鹿な……>

 

 もはやラウラはVTシステムを見てはいなかった。

 ラウラは大晃の目を見て言った。

 

「貴様との闘いを勝利で飾り、それを新たな私のスタートとしたい」

 

 ラウラの意識からはVTシステムのことなど?き消えていた。

 

 

 

 ラウラと対峙する大晃の肉体は、風を纏っていた。

 この大会で大晃は勝利を飽食していた。

 一回戦から今まで、その全ての闘いで、充実した勝利を味わっていた。

 そして、目の前にはラウラがいる。

 ほんの少し意識が飛んだ隙に何かが起こったらしい。

 ラウラの発する空気に大きな変化があった。

 それを箒も、アリーナの観客たちも感じ取っているらしい。

 アリーナをざわめきが埋め尽くしていた。

 

 全員が一つの思いを共有していた。

 強くなった。

 意識を失う前にあった頑なさが、もっとしなやかにそれでいて頑強になったかのように、ラウラの表情は晴れ晴れとしている。

 一つの壁を越えたような雰囲気がラウラにある。

 その雰囲気が多かれ少なかれ、同じ感想を抱かせているのだ。

 

 大晃の肉体を濃い感情が凄まじい勢いで流れている。

 それは空気を巻き込んで、風を引き起こし、大晃を中心に吹いているようだった。

 アリーナという巨大な空間に大規模な渦が巻いているかのような――。

 もし、ラウラが決勝戦という舞台で、一つ上のステージに上ったのだとしたら。

 もし、この大会の成り行きが、大晃の拳が、ラウラの覚醒へのトリガーとなったのだとしたら。

 これほどまでに、この大会のクライマックスに相応しいものなどない。

 

 それが嬉しいのだろう。

 多くの者が闘ったきた、そのクライマックスの瞬間に立ち会える幸福に、興奮しているのだろう。

 

 今から、この大会の結晶が現れようとしている。

 

 力を全身に送る。

 全身が硬直し、その結果として、大晃は仁王立ちとなる。

 構えとは呼べぬ構え。

 無形の構えであった。

 しかし、蹴りか、突きか、あるいは、肘、膝、はたまたタックルか。

 あらゆる動きが瞬時に現れてきそうであった。

 どこから何が出てくるのか分からない、恐ろしい構え。

 

 ラウラ一人で立つのは荷が重い。

 

「どうやら、吹っ切れたようだな」

「ああ」

 

 隣に箒が立っていた。

 刀を手に持っている。

 頼もしい姿だった。

 

「箒よ」

「なんだ?」

「礼を言うよ」

 

 箒は誰よりも身近で、強さがどういうものかを教えてくれた。

 それだけではない。

 箒がいなければ準決勝でセシリアと鈴に負けているはずだ。

 この舞台に立てたのは箒のお陰である。

 一度、感謝の言葉を伝えておきたかった。

 

 箒は目を見開いたが、口元に笑みを残したまま、大晃に向き直った。

 二人は大晃と至近距離で対峙した。

 

 

 

 観客たちのどよめきが変わっていく。

 ラウラが大晃と対峙した時点で静寂に。

 箒がラウラの隣に位置した時点で歓声に。

 そして、近距離で向き合った時点でまたしても静寂。

 しぃん、と静まり返っていた。

 

「いつ、始まるんだ」

 

 観客席で一夏が呟く。

 そう始まりの時は近い。

 しかし、いつ始まるのかは向き合う者たちの呼吸に左右される。

 その緊張感が会場全体を包み込んでいた。

 

「たぶん、もうすぐだよ」

 

 シャルルの口から放たれた言葉は妥当だった。

 いずれも、近距離で力を発揮することが可能な者たちばかり。

 必殺の距離で向き合うのは、それだけで気力を消費する。

 

「いいえ、まだですわ」

 

 セシリアは図らずもそれを否定する。

 向き合っている三人は、気力が充実している。

 先に動くことが隙に繋がりかねないこの状況で迂闊には動けないと予想する。

 

「我慢比べか……、見てるこっちが辛くなってくるわね」

 

 鈴は汗を流す。

 この緊張感は観ている者の精神への負担も大きい。

 しかし、口ではそう言いながら、鈴は決して三人から目を離しはしなかった。

 鈴だけじゃない。

 この闘いを観るもの全てが、この闘いを見続けた。

 大会の終わりを、素晴らしいクライマックスが待っている。

 それを見逃すなど有り得ない話だ。

 クライマックスとは何か。

 それは、この闘いを見届けることで最大限に味わえるものだ。

 今、闘いは岐路にある。

 

 大晃か、箒か、ラウラか、いつ誰が最初に動き出すのかは読めない。

 一秒か、未満、ほんのちょっとでも目を離せば、その隙に三人は動き始めるかもしれなかった。

 観客たちは三人を見つめる。

 観客たちの意識がコマ送りになる。

 対峙する三人の意識に追いつこうと、時間が圧縮される。

 圧縮された時間で、動きの起こりを見逃すまいとしている。

 

 今、この闘いを見つめる人間たちは、同じ時間を共有していた。

 

 そして、そんな観客たちすらも置き去りにするように、三人は動き始めた。

 ほぼ同時ではあったが、常人の眼には映らない程度の差があった。

 最初に動いたのは。

 

 安城大晃――。

 

 

 

 拳。

 

 PICと体捌きの二つが作用して、放たれた拳には予備動作がなかった。

 最初の狙いはラウラ。

 AICは一度でも捕まってしまえば、抜け出すのは至難の業だ。

 二対一で捉えられれば、そこで勝負が決まってしまう可能性もある。

 大晃が、ラウラを狙うのは妥当であった。

 

 拳を振り切り、ラウラに当てる直前。

 

 ピタリ。

 

 拳が止まった。

 ラウラは己に掌を向けていた。

 拳が来るであろう部位を広範に渡ってAICが覆っていたのだ。

 ラウラは己自身にAICをかけていたのである。

 AICにより動けなくはなるが、AICとは元々、自身の機体に作用させるPICの発展形だ。

 機体自らを対象に発動するのは極めて容易なこともあり、大晃の拳が当たる直前に機体をAICで覆うことに成功したのであった。

 AICに捉えられることを嫌った大晃は拳を止めた。

 

 そんな大晃に箒は刀で斬りかかる。

 近接戦闘用の刀には、一夏の一撃必殺の機能などはついていない。

 しかし、箒の気迫が刀に威圧感を与える。

 当たれば、ダメージは免れない一撃。

 それを大晃は寸での所で避けた。

 一瞬止まった動きをPICで無理やり始動させ、後ろへと上半身を傾けたのだ。

 刀を振り切った。

 その箒の身体の斜め後ろから、鉈のような鋭い凶器が迫っていた。

 箒が前屈みにそれを避けると、その場に残った髪だけがはらりと宙を舞った。

 仰け反る体勢を利用しての変則蹴り。

 敵の目前でその相手の後頭部を蹴りに行ける、大晃の柔軟性は驚異的であった。

 箒もその常識外れの技に背筋が凍った。

 もし生身であればまともに受けていたに違いない。

 ISの全方位視覚。

 それが箒を救ったのだ。

 箒は再び刀を振った。

 大晃は避けようとした。

 大晃は刀を避けた。

 しかし、その大晃を衝撃が襲う。

 ラウラのレーザーブレード。

 それが腹部に当たっていた。

 同時にラウラの顔面に拳が当たる。

 お互いが衝撃を殺し合い、僅かなダメージにとどまる。

 大晃は前に出ようとし――。

 

 ドゴォンッ!

 

 ラウラの肩部武装、レールカノンが火を噴いた。

 姿勢を崩し、後退しながら放った一撃でありながら、正確な狙いであった。

 その射線から辛くも逃れた大晃の先には振り切られる直前の刀が迫り――。

 

「がぁッ!」

 

 箒の咆哮と刀が金属を穿つ音が会場に響いた。

 大晃の肩部に大きな穴が開いた。

 何の変哲もない近接用ブレードであった。

 それでも、ここまでの威力を出す、篠ノ之流の凄みである。

 

「むッ!」

 

 大晃が唸り、ラウラを見る。

 後退の後に、即座に切り替えて、迎撃に来ていた。

 レーザブレードの乱れうち。

 光の軌跡が、空間を抉る。

 

 光。

 刀。光。拳。

 

 戦場が輝いた。

 箒が気迫のこもった一撃を放ち、ラウラが光で彩る度に、大晃の肉が呼応する。

 ここまでは一撃を貰うだけで済んだ、大晃。

 だが、箒とラウラの攻撃の間隔が短くなってきている。

 箒が刀を振ったとみれば、大晃が避ける体勢を予想してラウラはレーザーブレードを打つ。

 箒はそんなラウラに対処する大晃へ容赦のない一撃を再び放つ。

 短くなる技の間隔に、自然と増える時間当たりの技の応酬。

 大晃も無傷でいることは不可能だ。

 大晃のアクションに対しての、二人の動きがより洗練される。

 大晃が一撃を放つ。

 例え、それを受けたとしても、大晃の次の動きが遅れるように対処する。

 その結果、残る一人の攻撃は当たる。

 当たらないにしても、それが次の布石へと早変わりする。

 

 ダメージが積み重なっていく。

 少しずつではあるが、確実に、天秤が、箒とラウラに傾き始める。

 

 だが、大晃は薄く笑っていた。

 そして、笑っているのは大晃だけではなかった。

 

 

 

「ここまで、盛り返すとはね」

「ええ、ですが、まだまだ油断ならない状況です」

 

 セシリアは鈴と話をしながら、状況を見守る。

 エネルギー残量で言えば、大晃がやや有利。

 その有利も、ほぼゼロに等しい。

 今の状況で推移すれば、きっと二人が勝利する。

 だが、安城大晃は甘い相手ではない。

 セシリアはそれを誰よりも知っている。

 どれほど有利に事を運んでも、覆す術を編み出すはずである。

 もし、大晃が二人の連携を上回ったとして、それを二人がどう乗り越えるのか。

 そこにこそ勝機はありそうで、セシリアの焦点は既にそこへと移っていた。

 

「でも、良い闘いね」

「ええ、本当にそうですわね」

「……あんたがあそこに立ちたかったんじゃないの?」

「確かに無念ではあります。でもいいのです」

 

 鈴の言葉にセシリアはどこか儚げに頷いた。

 本当なら、あそこで大晃を打ちのめすのは自分のはずだった。

 その意識がないでもない。

 それでも、今、闘いを祝福しているのは、この流れが素晴らしいものだからだろう。

 この三人ならば、この大会に相応しいピリオドを打ってくれるという、期待を持てるのは、きっと幸せなことだった。

 

「あんなに良い顔をされたら、わたくしも認めるしかありませんわ」

 

 ラウラは笑っていた。

 人を見下す嫌らしいものではない。

 目の前の男と闘えることを、心から楽しんでいる。

 傍から見てもそうと分かる笑みであった。

 

 

 

 こんなに楽しいのは初めてだった。

 今日はいつになく、殴られていた。

 泥が纏わりついているように、全身が重い。

 ラウラの身体に痺れるような疲労が溜まっている。

 しかし、それが楽しくて堪らないのだ。

 人に殴られて楽しいと思うなど初めての体験だった。

 本当なら、大晃の拳を真正面から受け止めて、その感触を味わいたいくらいだった。

 最もそんなことをすれば負けてしまうから絶対にしないが、それでも、わざと受けることさえ考えてしまうほどに心地良い拳であった。

 

 その拳を持っている男の動きもいちいち面白かった。

 何度か、完全に決まったと思う瞬間があった。

 大晃の身体が硬直し、そこに追撃を掛けようとしたのだ。

 ラウラはクリーンヒットを予感する。

 だが、その予想は裏切られた。

 何と、身体を硬直させたまま、動いたのだ。

 どれほど優れた肉体を持っていも、全身の筋肉をそのままに動くことなどできない。

 ISに乗っていれば話は別だった。

 例えば、空を飛ぶのにわざわざ足踏みをする必要はなく、ただ、PICとブースターのどちらか、あるいは両方を使えばそれだけで飛べる。

 それと同じように、PICを使えば身体の向きを変えることができるのである。

 大晃はそのPICを利用した。

 PICで肉体を硬直の姿勢で操作して、攻撃の軌道を逃れたのだ。

 しかし、PICのみで完全に硬直した肉体を動かすことは難しい。

 迫りくる攻撃を避け得るレベルの回転を攻防に合わせて繰り出すとなると、その難易度は候補生のレベルを上回る。

 並みの感覚では不可能な芸当であった。

 

 だが、それよりもっと一番面白いのはこの男の顔であった。

 笑顔だ。

 穏やかに笑っている。

 見ているこちらの気持ちが良くなる笑みであった。

 

 そして、ラウラは見る。

 大晃の笑みが深みを増すのを。

 大晃は今二人から集中的に攻撃を受けている。

 ダメージの積み重なっている現状で何の意味もなく、笑みに変容があるわけがない。

 ただ、楽しいから、という感情を超えた戦術的な意味を、ラウラはそこに見た。

 

 再び大晃の動きに変化が起きる。

 積極的に動いていた、大晃の肉が硬直する。

 それも今度は避けるためのではない。

 攻撃の溜めとして、大晃は筋肉に強烈な圧をかけたのである。

 空気が軋むほどの、強烈な溜めであった。

 だが、それはただの自爆行為であるはずだった。

 ひとつ前の闘い、準決勝で大晃は全身に溜めた捻りで、威力の高い一撃を放っている。

 しかし、それは攻防のやり取りに隙があったからこそ可能だった。

 今の、ラウラと箒に隙はない。

 どちらか一人にその一撃を当てたとしても、片方が大晃への攻撃を継続するはずである。

 矢継ぎ早に飛んでくる攻撃を前に、そんなことをしたって何にもならないはずであった。

 

「なに!?」

 

 既視感のある光景にラウラは驚いた。

 硬直した肉体がPICで回転する。

 その動きは攻撃の軌跡を縫っているかのように見事だった。

 

 そして、攻撃が炸裂する。

 対象はラウラだった。

 

 大晃の肉体に生まれた歪みが、その大きさに相応しい矯正力を生み出す。

 その頂点がラウラの顔面に突き刺さり――。

 

 ラウラは見る。

 風景はどろどろに溶けていた。

 どこに誰がいるのか、己の身体がどこからどこであるのか。

 ISの全方位視覚を以てしても、はっきりとしない。

 それでも、ラウラは見据えようとする。

 大晃を、何より、箒の位置を見出そうとする。

 ぼんやりとしそうな頭に、ようやく鮮明な映像が浮かぶ。

 セシリア・オルコット。

 表示されるスペックが当てにならない、強さを持っていた。

 一番この女に驚かされたのは何であったか?

 ラウラは不意に現れた疑問に答える。

 それはビットの多種多様な使い方である。

 自律砲台としての役割が主だったビットに、セシリアは様々な役割を与えたのだ。

 囮であったり、牽制であったり、時には目隠しであったり。

 柔軟で素早い運用には度肝を抜かれた。

 

 そこまで思ってラウラは首を傾げる。

 何か、大事なことを忘れている。

 しかし、それが何かを思い出せない。

 

 ――あれ、なんで私はワイヤーブレードなんて使っているんだ?

 

 ラウラの視界をやけにはっきりとワイヤーブレードが彩る。

 ワイヤーのついた円形ブレードがどろどろの世界を切り開くように進んでいく。

 確たる形を取り戻した景色の中に山が現れる。

 安城大晃、その男だ。

 

 ――当たらない。

 

 ワイヤーブレードは未だ振り切られていないが、すぐに分かる。

 このままでは当たらない。

 大晃は近い間合いにある。

 先端はとてもではないが当たらない。

 ワイヤーが触れる軌道ではあるが、その程度なら簡単に避けられるだろう。

 ほら、とラウラは溜め息にも似た想いを抱く。

 現実に大晃の肉体に触れることなくワイヤーが通り過ぎたからである。

 

 ――でも、なんでだろう、これで良い気がする。

 

 しかし、ラウラの身体を流れる感情は諦観とは別のものであった。

 むしろ、逆。

 勝ち筋にようやく持ち込めたと言わんばかりの歓喜が沸き起こる。

 

 ――なるほど、ここでAICか。

 

 肉体がラウラの意思を超えて動いている。

 かつて刻み込まれた恐怖を、ここで再現するべく、再生している。

 ここまで来て、ようやく気が付いた。

 己が忘れていた大事なことを。

 勝利の目前でセシリアに取られた予想外の戦術を。

 今、自分が利用していることに。

 

 AICが大晃の目前で交差し、左右から挟むように展開される。

 流石の大晃も意図が読めない。

 しかし、直観により上空へと逃れようとする。

 

「ほおッ!?」

 

 大晃の笑みが驚愕に染まる。

 AICは大晃を捕えてはいなかった。

 しかし、あるものを捕えていたのだ。

 それはラウラが放っていた武器であった。

 

「ワイヤーブレードかッ!」

 

 ワイヤーブレードのワイヤー部分がAICに固定されていた。

 セシリアがビットをワイヤーに絡ませて狙いを狂わせたのとは逆に、AICでワイヤーを固定することで予想外の軌道を作り出した。

 固定された部分を新たな支点としてブレードは勢いよく回転し、ワイヤーが大晃の包み込んでいたのだ。

 逃げ場はない。

 そして――、

 

「くぅッ!」

 

 大晃はブレードを弾き返した。

 しかし、ワイヤーは容赦なく大晃を捕らえた。

 何重にもワイヤーが締め上げて、拘束する。

 一瞬動きが止まる。

 チャンスだ。

 

「おおッ!」

 

 ラウラは吠える。

 発動するのは瞬時加速。

 第三世代の機動力に優れたIS。

 唯でさえ速い機体で、瞬時加速を行えば、凄まじい速さになる。

 大晃相手には通用しなかったが、今の状態であればタックルを決めることはできる。

 ラウラは大晃に抱き着いた。

 狙いは腕力で拘束することではない。

 ラウラが全力で締め上げても、きっと大晃はこの状態から脱してしまうだろう。

 もっと良い手がある。

 

「AICかッ!」

 

 AICがラウラ諸共、大晃を停止させる。

 大晃とてAICに捕まれば逃げることは難しい。

 普通ならば勝ちである。

 しかし、勝ったとは思わなかった。

 まだ、最後の我慢比べが残っていた。

 大晃がワイヤーの一部を引きちぎっていた。

 AICで全身を止めていればそれでも攻撃はなかったろうが、それをすると今度は大晃をAICで覆ってしまい、箒の攻撃が届かなくなる可能性もある。

 だから、止めているのは両腕、胴体、腰程度のもので、脚部はAICで覆っていない。

 その拘束されていない脚部で攻撃を仕掛けてきたのだ。

 膝で腹を打たれていた。

 胴体が不自由なために本来の威力は出せないはずだが、凄い衝撃があった。

 

「くぅッ!」

 

 それに耐える。

 ここまで来て負けたくはないから、勝ちたいから、歯を食いしばる。

 完全な実力のせいで負けるのならまだしも、これは違う。

 痛みとの闘いだ。

 根性が物を言う。

 根性が足りなくて負けるなどごめんだった。

 

 そして、箒が近づいてくる。

 箒が大晃の背から腕を回す。

 手に持っているのは短刀だった。

 短いが鋭く突くことのできる、代物だった。

 

 それを大晃の肩に突き立てた。

 最も、その刃では"無手"の装甲を突き破れない。

 

 ――はずだった。

 

 箒が空けていた肩部の穴に、刃は吸い込まれた。

 刃は大晃の肉体に到達する。

 

 そして――。

 

 

 

 ラウラは歓声を浴びていた。

 

 アリーナに観客席から歓声が降り注いでいる。

 大晃と箒・ラウラペア。

 その闘いの決着がついたからである。

 もっと言うと、この大会がフィナーレを迎えたのである。

 それを祝っている。

 

 掲示板の、あらゆる試合を映す機器の映像にある安城大晃の文字。

 それが消えて、篠ノ之箒、ラウラ・ボーデヴィッヒの名前が輝いている。

 

 最初、ラウラは信じられなかった。

 これは本当は夢で、大晃に殴り倒されている自分が見ている幻ではないかと。

 警戒するラウラは辺りを見渡す。

 風景に変わりはなく、リアルな感覚があった。

 これが現実なのだと受け入れるのに十秒ほど時間が経った。

 

「うおおおおおおぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 感情が肺を伝わって、空気を震わせる。

 ありったけに空気を吸って吐いた。

 それでも足りなかった。

 全身が震えていた。

 耐えきれないほどの歓喜に圧倒されていた。

 喜びに押し潰されそうになった。

 拳を突き上げようとする。

 

 ――ぐぅッ!

 

 出来なかった。

 拳を天に突き上げようとすると、肩が上がらないことに気が付いた。

 ここで、へとへとに疲れていることをラウラは思い出す。

 全身に泥が吸い付いているような疲労が蘇った。

 体勢を崩しそうになると、上げようとした腕に誰かが手を貸していた。

 

「仕方のないやつだな、手伝ってやる」

「助かる」

 

 箒が拳を握っていた。

 ラウラは有り難く拳を箒に委ねる。

 しかし、腕は上がらない。

 見ると、箒も肩を大きく上下させている。

 

「済まない、私もこれで精いっぱいなんだ」

「……おいおい」

 

 しかし、そんな箒を見てもラウラは決して呆れたりはしない。

 渾身の力を込めて長い間、闘っていたのだ。

 ISのアシスト機能も万能ではない。

 どうしたって体力は使ってしまう。

 相手が相手だけに仕様がないことであった。

 

「勝者は勝ち名乗りをしないとな」

 

 二人の間に大きな力が生まれた。

 大晃が二人の間に立ち、二人の拳を握っていたのだ。

 それを持ち上げた。

 二つの拳が天を突いていた。

 凄まじい歓声が三人を包み込んだ。

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