試合直後、セシリアは4基、流線型のビットを飛ばした。
自立兵器であるそれはレーザーを発射する自動砲台となる。
立体的な攻めを可能としている。
まずは姿勢を崩し、ライフルで大ダメージを与える狙いだ。
ビットは一夏と大晃を大きく囲むように取り囲んだ。
いつの間にか包囲された状況になり、その場を離れようとする一夏であった。
「ぐわぁッ!」
セシリアのライフルにより肩の装甲を削られた。
姿勢を崩した一夏に2基のビットの集中砲火が迫る。
「危なッ!」
一夏はいくらか喰らいながらも、その場を移動する。
ISの基本機能であるPICの空中制御はある程度身についているらしく、動き自体はスムーズである。
きれいな曲線の軌道を描きながら、一夏は回避に集中する。
全てを避けることはできないが、初心者として考えればかなり頑張っている。
一方の大晃。
セシリアの攻撃は大晃にも及んでいるのであるが、一夏とは全く違う対処をしていた。
まず、大晃は直線に飛び出した。
それはあまりにも速く、あまりにも直線だった。
空中で直線に進むということは意外に難しい。
普通、いくらかのブレがあったり、左右上下へズレたりすることは多い。
完璧な直線での移動となればできる人間はあまりにも少ない。
それにも関わらず、大晃の無手は完璧な直線を描きながら移動していた。
しかも初速からトップスピード、その速度も"瞬間加速"に匹敵するとなれば、ビットが狙いをつけられないのは仕方がないことでもある。
そして、機を見て大晃はトップスピードから一瞬で静止し方向を転換、また直線に移動を始める。
一度、止まってからでないと方向転換できないのだろう。
大晃はそれをひたすら繰り返した。
最初、セシリアはすぐにダメージを与えられると思った。
否、セシリアだけではない。
会場の人間の誰しもが思っていた。
直進と静止しての方向転換。
速度こそ目を見張るものがあるが、それだけでどうセシリアの攻撃を避けるというのだろうか?
しかし、周囲の予想に反してセシリアの攻撃は当たらない。
ビットだけではなくライフルを織り交ぜた弾の雨を、大晃は確実に回避している。
――やりずらいですわッ!
セシリアは苛立ちながらも認めざるを得なかった。
今のまま攻めていては勝てないと言うことを。
大晃がしていることは単純だった。
速度に緩急をつけることで相手の狙いを狂わせることと、フェイントを織り交ぜること。
この二つである。
アリーナの広さは限られている。
どこかで方向転換のために静止する必要がある。
その静止した状態が攻撃のチャンスであるが、大晃の無手は加速性能は高い。
静止すると見せかけて、瞬間でトップスピードになれば狙いを外すことができる。
静止した状態から方向転換をする際の機を大晃が手に入れるか、セシリアが見逃さないかの駆け引きである。
大晃はセシリアの予想をことごとく外すことで、未だに無傷でいられていた。
単純ではあるがその粗野な外見に反して極めて技巧的であった。
このままビット2基で攻めていても、この局面を制することができない。
ならば、大晃を狙うビットを増やすべきだろうか?
そう思案するセシリアであったが――、
「なんですって!?」
叫び、回避行動を取る。
後方に下がったセシリアを追いかけるのは一夏の白式。
近接ブレードを構え、切りつける。
下段から上段への斬撃。
「くぅッ!」
上半身をそらして回避したセシリアは、スラスターを点火。
前方に加速しライフルの銃身で無理やりブレードを根本から押さえた。
ブルーティアーズにスカートの状態で付いているビット。
そこから、レーザー弾特有の音が鳴り響く。
ゼロ距離からの射撃が一夏を容赦なく突き放す。
「これを喰らいなさいッ!」
ライフルから放たれた光が一夏を押し返した。
通常よりも拡散されたレーザー弾は一夏を大きく突き放す。
一夏は体勢を立て直すために空中でビットから受けた勢いを殺し始める。
一夏が狙ったのは、意識の隙。
セシリアのビットは多角的な攻撃を可能にする一方、意識を割かなければならないという弱点がある。
大晃への意識が大きくなり、自分への攻めが若干軽くなった瞬間に一夏は突撃を敢行したのである。
だが、セシリアは代表候補生。
熾烈な競争の中でその程度の戦術を練る人間はごまんといる。
それを克服してきたセシリアにとって、一夏をいなすことはそう難しいことではない。
とはいえ、初戦でそんなことができる人間はそうはいない。
セシリアは一夏への警戒のレベルを上げて、そして、訝しむ。
なぜ今の機を大晃は利用しなかったのか?
その疑問を抱いてすぐにセシリアは右へ緊急回避を行う。
乱回転した一夏がセシリアのすぐ横を通り過ぎる。
大晃に殴り飛ばされたのである。
その後ろからピッタリとくっつくように大晃が現れた。
ちょうどセシリアの側面に位置した大晃は、回転する白式の脚部パーツを片手で掴んだ。
大晃の意図に気が付いたセシリアはビットから光弾を放とうとするが、それより早く一夏がセシリアに叩きつけられた。
大晃は軽々と一夏を振り回したのだった。
揉みくちゃのまま動けない二人の前で大晃が拳を握りしめる。
大理石の指が小指から順に固められ、周囲の空気が軋む音が聞こえる。
きれいに磨かれた岩の球体が、圧縮されたような拳が照準を二人に合わせ――、
「鑼ァッ!」
爆音が響くッ!
急所に吸い込まれた拳が吠えるッ!
ほんの数秒で放たれた連撃はおよそ十は超える。
一撃一撃が大晃の前進とともに放たれ、その威力は二人をアリーナの端までぶっ飛ばすほど。
――押忍ッ!
大喝を放ち残心を取る大晃を、観客席の、アリーナの、モニターの前の人間は驚愕の心地で見つめる。
何かをするとは思っていた。
ISで女尊男卑になってどれだけ経つだろうか?
男の腕力が意味を失って長い時間が経った。
それこそ、IS同士であればセシリアの勝利を疑わない程度には。
それでも、大晃を見ている人間は、何かするのではないか、と思わずにはいれなかったのである。
今、その理由が分かった。
大晃の強さの源泉である、圧倒的な腕力を、無自覚に恐れていたのだ。
その腕力を生み出すエネルギーは底が知れなかった。
現に今それを見せつけられ、その容量が測れずにいる。
そして、腕力の痛みは女性であるセシリアだけでなく、一夏にさえも及んでいる。
腕力は相手を選ばない。
平等に痛みを与え、それは恐怖にも怒りにも、場合によっては悦にさえも変じるのだ。
そして、そこにこそ人の本質が現れる。
大晃はそれが見たいようだった。
「一夏、セシリア。二人は痛みを何に変える?」
二人の内面を覗くような大晃の問いかけは、ただ宙に消えていった。
「一夏……」
ピットのリアルタイムモニターの前で箒はぽつりと呟いた。
「まさか、あそこまでとは……」
山田真耶もそれにつられるように呟く。
二人の言葉にはほんの少しの恐れが含まれていた。
「気をつけろよ、二人とも。容易く呑まれれば、それは恐怖に変わる」
そんな二人を窘めるように千冬は言った。
「箒はこれまでの流れからこの戦いはどうなると考える?」
「……大晃の圧勝かと」
話題を変えるように言った千冬の言葉に、少し考えてから箒は応えた。
悔しさを滲ませつつも、その言葉は冷めていた。
「理由は?」
「まず、一つ目がセシリアの攻撃を限られた手段で避け切ったこと。駆け引きは大晃が制しました」
通常、弾丸を全て避けるということは無理な話である。
被弾ゼロの大晃はセシリアを読み切ったことになる。
「二つ目としては、近接戦しかできない一夏は肝心の近接戦で大晃に勝つことはできません。一夏がISを綺麗に動かせることを加味しても、勝てるとは思えません」
「そうでしょうか?」
横で聞いていた真耶は疑問を口にする。
「二人で多少なりとも連携を取れば、勝てるかもしれませんよ?アリーナの端に追い詰めるように闘えば、安城君のとるべき選択肢も激減するでしょう」
「いえ、きっと連携を取ることはできないと思います」
「何故ですか?」
「二人は今、大晃への恐れを抱いています。腕力に対する免疫が低いセシリアは特にそうでしょう」
「恐れですか?」
頷きながら箒は、セシリアの表面にはまだ表れていない"それ"を読み取っていた。
セシリアが連携を組める冷静な状態であるようにはとても見えなかった。
「あと、一つ間違いがあります」
「間違いですか?」
「はい。大晃をアリーナの端に追い詰めることは得策ではないのかもしれません」
大晃の今までの闘いの大前提を覆す箒の発言であった。千冬はあっさりとそれを認めた。
「そうだ、アリーナの端は、遮断シールドは、恐らく奴のテリトリーだ」
その言葉の直後に事態は動き始めた。
痛みは克服しているはずだった。
ISでの戦いは痛みの連続である。
電子バリアに絶対防御、の二重の守りがあり命の保証はあるものの、拳銃にライフルや近接ブレード、果てはミサイル。
そんな危険なものをぶつけ合うのであれば痛みは、セシリアにとっては日常茶飯事であった。
では、大晃の拳は痛くなかったのであろうか?
所詮拳銃にすら劣る武器。
当初持っていたセシリアの観念は覆された。
大晃の拳は痛かった。
今まで喰らってきたどの武器よりも痛い武器であった。
電子バリアを通り抜ける衝撃は容赦なくセシリアを襲った。
大晃の拳は熱かった。
今まで喰らってきたどの重火器よりも熱い武器であった。
ISの腕部パーツに覆われているはずなのに、その下の拳の熱がはっきりと分かった。
――怖い
セシリアの中で抑えられないものが湧いてくる。
虫が湧いて、背中を伝ってどんどん上ってくる感覚。
――怖い、怖いッ
それはある種の懐かしささえある、過去に味わったことがあるであろう感覚。
親に本気で怒られたときに子供が覚える恐怖。
しかし、妙に甘いその感覚は、セシリアの拠り所にはならなかった。
何故なら――、
「いッ、いやああああぁぁッ!」
大晃が優しくこちらを見ていたのである。
それは、真正面から覗きこむように、まるで自分の内側まで見通されるような眼。
微かな甘い感覚さえも見られたような気さえした。
それが怖い。
無理やり自分を暴かれているようで。
現に今、自分の一番大事な所を見られてしまった。
連撃を放つ一瞬、鬼のような笑みを浮かべた大晃。
その顔はまた穏やかに静まっている。
心を奪われるような微笑を浮かべながら……。
その顔がすぐに鬼の顔に変わりそうな気配がある。
それがセシリアの恐怖を煽っていくのだった。
セシリアが叫びとともにありったけのビットと共にライフルを放つ。
ビットの射線を躱した大晃をビットがある程度の間合いを持って、取り囲む。
無数の射線が大晃を襲う。
あらかじめ予想した経路を防ぐ形で配置されたビットにより大晃には逃げ場が無いはずだった。
しかし、そんなセシリアの呼吸を大晃は読んだ。
大晃の身体が腰を中心に回転を始める。
射線を避ける方向への回転。
その回転により光弾は何もない空間を貫き、彼方へ消えることとなる。
そして、直進――
セシリアはそんな大晃に狂ったように弾丸を浴びせかける。
光弾の雨は流星群のようであり、暴力的である。
恐怖がセシリアから余裕という名の装飾を奪っていく。
絶えず、大晃を狙い複数のビットが付け狙い、光弾が発射される。
代表候補生の名に恥じない正確な射撃。
それらが"無手"の速度とそれを生かしたフェイントによって避けられる。
――私の技術が通用しないッ!?
そんな疑念がさらなる恐怖となってセシリアに積み重なっていく。
それでも自分と大晃を結ぶ直線のレール。
そこだけは何としても死守する。
しかし、それにも終わりが近づいていた。
「あッ……」
積み重なった疲労からか、ビットを動かす際の不意を狙われたからか、あるいはその両方。
セシリアの意識が大晃の存在を見失い、見つけた時にはもう手遅れだった。
圧縮された意識でセシリアは大晃の姿を見た。
セシリアの中にある恐怖を嬉しそうに見つめている。
そんな顔をしていた。
少しずつ拡大していく姿とともに、腰に構えられている拳に力が灯っていくのが見える。
――綺麗な光……。
恐怖と疲労によって混濁した意識からか、セシリアは拳へと集まる光を見たような気がした。
それを見ながらセシリアは確信を覚えた。
――ああ、これで終わりですわね。
セシリアは昔から努力していた。
名家に生まれたセシリアには厳しい母がいた。
母は強かった。
ISが生まれる前から男にも負けない、否、男以上の成果を上げる人間であった。
逆に父は弱かった。
ISが生まれる前から母に頭の上がらない人間であった。
セシリアの母親はそんな父親との会話を拒んですらいた。
その両親ももういない。
三年前に鉄道の事故で帰らぬ人となったのである。
いつも別々で過ごしていたはずの二人は、その時だけは一緒にいた。
名家ゆえの莫大な遺産はセシリアに渡され、それを守るためにセシリアはより一層の努力をした。
ISの適性が分かってからはその努力がさらに増した。
そのために積み上げた技術が通用しない。
この戦いはあまりにも辛いものだった。
それはセシリアに戦いが終わることを安堵させるほど。
空気が軋むほどの力を拳は宿していき、力みが大晃の中でマックスを迎える。
そして――、
豪ッ!
押し潰された大気が振動となり伝搬し、アリーナ中に響き、拳が回転し前へ前へと進んでいく。
セシリアは観念したようで、拳を受け入れるように力を抜いた。
おぼろげに笑い、そこには力が感じられない。
金属同士がぶつかる音が響く。
もはや、セシリアの命運は尽きたかに見えた。
「許せねえ……ッ!」
拳は確かにISを捉えていた。
「お前のやり方は気に入らない」
しかし、それはセシリアを敗北に追いやりはしなかった。
「女を……、セシリアを……、泣かしてんじゃねえよッ!」
一夏が近接ブレードを用い、大晃の拳を受け止めていた。
ブレードの柄部分で受けながら、押し返さんと力を籠める。
一夏はただの利害で、セシリアを助けたのだろうか?
それは違う。
一夏はセシリアと大晃のやり取りを、最初はただ呆然と見ていた。
セシリアの叫び声とその剣幕に呆気にとられていたのだ。
その闘いを傍から見ていたのであるが、一夏はその闘いが気に入らなかった。
セシリアは大晃に怯え、大晃はセシリアを更に煽っているようであった。
――それは違うぜ
思いを力に乗せる。
最初、いいやつだと思っていた大晃がセシリアの恐怖を煽る様を見て、それが悔しくて。
――俺は別にセシリアを怯えさせたいわけじゃない
だから、俺がセシリアを守ってやる。
ここで動けないようじゃ、男じゃないからな。
そして、大晃、俺がお前の――、
一際大きい思いを乗せた時、一夏の"白式"に変化が起きる
機体から光が溢れ、力が満ちていく。
――根性を叩き直してやるッ!
機体が一夏の意識に応える。
いつの間にか、余分な角が取れるように、白式のボディが流線型に変化する。
光はボディだけでなく一夏の持つブレードさえも変えてゆく。
直剣から反りを持った、いわば日本刀と言う形になっていた。
「おぉッ!?」
大晃が声を上げた。
一夏の力が予想以上に大きかったらしい。
一夏に流れる力が大晃の拳を弾き、あまつさえ距離を取らせる。
腕力だけではない、中空に踏ん張る力とISの重さを生かした挙動。
「なるほど、一次移行――ファーストシフトか……」
大晃の言う、ファーストシフトは端的に言えば最適化である。
ISは搭乗者との繋がりを深めることで力を発揮するのであるが、最適化することでより絆が深まっていくのである。
その入り口こそがファーストシフトであった。
今この瞬間、初めて白式は一夏のものとなったのである。
そして、一夏の脳裏に走る灰色の記憶。
どこかの廃墟で男たちに囲まれる光景は、過去に体験した恐怖の断片である。
それが浮かんですぐに消える。
白式が一夏と同調することで見せた幻なのか?
だとしたら、何の為に?
戸惑いの中に居た一夏は大晃の声で我に返る。
「ISが生み出す力が上がった……、だけではない。補助機能が最適化されたことで力の伝達効率も大幅に上昇しているな」
「呑気に解説してんじゃねえッ!」
白式がうなりを上げ、一夏が刀を振う。
斜め右上から振り下ろされる刃を大晃は半身になり避け、煌びやかに光るのを目にとった。
それはちょうど大晃の身体の在った空間を通り過ぎるほんの一瞬のタイミングであった。
その光刃こそが白式の武装の特殊能力であった。
それが大晃の拳にさえ勝る殺傷力を秘めていることを一夏は感じ取る。
刀を振り切った姿勢で一夏は大晃からジャブの一撃――ジャブとは言っても軽くはないが――を顔面に貰う。
それはまるで、それじゃあ駄目だと叱咤するような一撃だった。
ISに乗っていてもなお、突き抜ける衝撃に意識を失いそうになるが踏みとどまる。
逆に対抗するように一夏は斬撃を放つが、それはボールがミットに収まってからバットを振るような行い。
空ぶってしまう。
殴られる。
そして、それを数度繰り返す。
永遠に続くように思えるそれを覆したのは一夏の方だった。
「ほう」
大晃は感心からか溜息をついた。
一夏の刃が加速し始めたのである。
ISを浮かしている力―PIC―を応用することで刀を加速させているのである。
通常、自動で行われるその操作を意識して行うことをマニュアル操作と言う。
PICを応用すれば機体への力の掛け方を調整することができるが、これを近接戦闘に生かすのはかなり高度なテクニックであった。
大晃はそれすらも易々と避けジャブを放つのであるが、一振りごとに速度を増していく刀を前にジャブを打つ余裕は無くなり避けるのみとなる。
ついには避けることすらも難しくなる。
「これはどうする?」
ならば、と大晃が拳を一夏の振う刀の柄に当てることで、危険な刃に触れることなく弾いた。
問題なのはそれを行うのが大晃だということ。
しびれるような感覚が腕に走る。
しかし、今の一夏は異常に冴えていた。
腕を走る力を制御し、逆に利用する。
力に逆らわず、腕に力を流し、最適な姿勢を保って回転する。
大晃に背中を見せることになるが、それも一瞬のこと。
力の流れる向きを一点に収束させ、力を籠めることで大晃に攻撃の隙を与えない。
回転切りのような格好で振われた一撃は周囲を薙ぎ、大晃に向かう。
大晃はこれも同じように迎撃するのであるが、一夏は力を制御することで連撃を途切らせることは無い。
自然と打ち合いになる。
拳と剣とが交差し、打ち合いにより火花が散る。
打ち合いながら、二人は移動を始める。
それぞれが有利な位置を取ろうとしているのである。
大晃は拳の距離に持ち込むように、一夏は剣の距離を維持するように動いている。
一夏は後ろに下がり、大晃は前に出る。
一夏は剣術の腕前とIS操縦の高い素質を生かして、大晃は限られたISの挙動を高度な技量で補いながら。
それでも、一夏は追い詰められていく。
どれだけ打ち合いを互角に持ち込んでも埋められないものがあったからだ。
それは、体力と消費エネルギーの差。
ISによる補助があっても、自分の身体を動かしているのだから当然疲れる。
しかも、打ち合いの相手は大晃。
一合ごとに入れるべき力はあまりにも大きく、特に腕は蓄積した疲労で感覚が無くなりかけている。
そして、消費するエネルギーにもはるかに差があった。
エネルギーを籠めれば攻撃力が大幅に上がる、白式の武装。
しかし、それは一振りごとにエネルギーを消耗するということでもある。
大晃に触れる瞬間を狙って発動することで、使うエネルギーを最低限に抑えてはいるが、燃費でもかなり不利な状況である。
このままでは、体力かISのエネルギーどちらかが尽きてしまうことは明白であった。
だから、一夏は賭けに出た。
打ち合いの最中、刀にエネルギーを大目に込める。
光刃からエネルギーを短い距離ながらも飛ばす。
エネルギーそのものをガードするわけにもいかず、大晃は後退せざるを得ない。
すぐさま、一夏は反転し白式の最速のスピードでもって電子フィールドの障壁を背にする位置に移動し、大晃を睨んだのである。
エネルギーによる障壁を背にするということは基本的には不利なことである。
進路が大きく制限されるからである。
しかし、それは大晃にとっても同じこと。
一夏は自分を餌にするつもりであった。
明らかに罠と分かる行動であるが、一夏にはそれなりの考えがある。
大晃は闘いを楽しむ。
それが勝利よりも快楽を優先する程なのかどうか、そこまでは一夏には分からない。
ただ、セシリアを相手にしたときはかなり凝った闘い方をしていたように思えた。
勝ちを目指すだけなら、射撃を受けながらでも最短距離でぶん殴れば良い。
"無手"の装甲なら例えIS用ライフルでも耐えることもできる筈である。
だから――、
罠だと解っていてもお前は喰らいついてくる、そうだろう?
打ってこいとばかりに一夏は力を抜く。
それは高いレベルでの脱力。
まるで解けてしまったような一夏の気配。
甘く蕩ける、蜜の香りを発するように意図的に隙を作る。
――喰いついてこい
一夏のそんな思惑も見通しているだろうはずなのに、大晃はそれを気にする様子も無く。
食虫花に誘われるよう蜂のように、大晃は一夏に近づいた。
容赦なく拳を突きつける。
一夏の顔面を打ち抜き、障壁に叩きつけるのが狙いに見える一撃。
それを一夏は待っていた。
前方に向けて急加速し、頭部を傾けることで拳を避けながら、大晃の脇をすり抜ける。
そして、一夏の刀に光が灯っていく。
今まで一瞬、一瞬、力を籠めていたのとは逆に、爆発させるべきエネルギーを溜める。
一夏は悔しさと怒りを籠めて――。
一閃ッ!
爆発したエネルギーが周囲の空間を喰い潰すッ!
おそらく"無手"の堅牢な装甲でさえも耐えることのできない、圧倒的破壊力。
振われる刀に従い、大晃に横から迫る光はまるで壁のよう。
振われた刀はエネルギーの爆発によりさらに速度を上げ、刀と同じ速度の光の膜を避けるには、大晃は退くしかない。
しかし、退路はエネルギーシールドに阻まれている。
勝ったという思いが一夏の内で確かなものとなる。
この時、大晃は前進をしながら回転していた。
前転にひねりを加えて一夏の方を見る。
それでも移動の方向は変わらない。
アリーナの遮断シールドに向けて勢いよく近づいていた。
その時、それは起こった。
それは水泳の競技者がコースを折り返す際に、プールサイドを蹴るのに似ていた。
大晃は遮断シールドに着けた足にばねを溜めていく。
遮断シールドを地面とするなら、上空に打ち上げるように拳を構える。
大晃が拳を放つ体勢を整えた時には、一夏はすでに半ばまで振り抜いている。
今更、拳を放ったところで間に合うものかと一夏は思う。
もうすでに加速を終えた刃の一撃を今更上回れるものか、と。
しかし――、
「うごぉッ!」
一夏の口から、うめき声とともに液体が吐き出された。
一夏の腹には大晃の拳が突き刺さっている。
予想以上の伸びを見せた大晃の勢いとそれが全て乗せられた拳が潜り込んでゆく。
その衝撃が白式に走り、電子シールドを超え、装甲を伝い、一夏へと殺到する。
絶対防御が発動して一夏を守るが、それはエネルギーを大幅な消費を意味する。
光刃へ行くはずだったエネルギーの全てが失われ、白式のエネルギー残量が危険域に突入する。
この時点で一夏の負けが確定し、電光掲示板の一夏の名前から光が消えた。
自分の負けを噛み締めながら一夏は制御の効かない白式に抱かれていた。
反芻する意識の中で一夏は理解した。
恐ろしいことに大晃は今まで、踏ん張っていなかったのである。
PICを使えば宙空を足場とすることができるが、そもそもそれができかったのだろう。
遮断シールドを大地として利用することで、ようやく下半身の力を効かせた一撃を放つことができたのだ。
その速さ、威力はどう少なく見積もっても通常の倍はある。
ハイパーセンサーを持ってしても、残像さえ捉えることができなかったのだ。
思考さえまともにできない意識の中で一夏は大晃を見た。
快、悦、楽、嬉、驚、昂――、
そのような感情が入り混じった笑みを浮かべる大晃。
その顔は不思議と一夏を称賛しているようにも見え、安堵の中で一夏の意識はそこで途絶えた。