超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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29話、『天災』登場

 大晃は空を見た。

 本来ならどこまでも広がる空が続いているはずである。

 しかし、空は切り取られていた。

 大晃が今いるのは砂浜である。

 周囲を崖が覆っており、砂浜から上空を見上げると当然ながら崖が視界を遮る。

 その崖の向こうに見える空が、まるで崖に切り取られているように見えたのだ。

 臨海学校は始まっていた。

 初日は丸一日が自由時間だった。

 合宿に参加している人間の全てが海を楽しんだのであった。

 大晃とて例外ではない。

 ISスーツを着ているから分からないが、スーツの下には程よく日に焼けた肌があるはずだ。

 旅館では魚が振る舞われた。

 新鮮な魚に舌鼓を打って一日目は終わった。

 今は二日目である。

 装備の試験運転とそのデータ取りというスケジュールで一日が埋まっていた。

 初日とは打って変わってハードな予定であった。

 大晃を含む一年生たち全員がこの砂浜に集まっていた。

 

「全員集まったな」

 

 千冬が生徒たちの前に立った。

 千冬もまた初日に海を楽しんだ人間であったはずだが、それを感じさせない威厳に満ちた声だ。

 

「諸君も知っての通り、今日は一日を掛けて装備の試験運転及びデータ取りを行う。

 終わらなければ居残りも有り得る、迅速に動け」

 

 全員が返事をした。

 千冬が言った。

 

「篠ノ之、お前はこっちに来い」

「はい」

 

 授業が始まりクラスメイトたちが散らばったところで箒が呼ばれた。

 箒が千冬の下へと向かった。

 

「なんでしょうか?」

「ああ、呼びつけておいて悪いが、一つ訊きたいことがある。束から何か聞いていないか?」

「……いえ、何も」

 

 束とは篠ノ之束のことである。

 束は箒の姉であった。

 その姉の名を聞いて箒は顔をしかめた。

 千冬が言った。

 

「何も連絡はなかったのか?」

「はい、姉さんのことで何かあったんですか」

「ああ、お前の姉さんから突然連絡があってな。

 こういうのは直接話をした方が良いだろうと思っていたが、そうか、あいつは篠ノ之に何も言っていないのか……」

「あの、用件を教えてもらって良いですか?」

「実は――」

 

 千冬が箒の質問に答える寸前だった。

 突如響いた音で声がかき消された。

 何かが砂埃を上げて走ってきている。

 

「ちーちゃーん!」

 

 それは人であるらしかった。

 人とは思えないほどの速さであった。

 真直ぐに千冬まで向かってくる。

 

「……束」

 

 千冬は呆れかえっていた。

 本来ならば立ち入りが禁止になっているこの区域に乱入して見せた人物。

 それは全世界に知られた大天才。

 今起こりつつある騒動の生みの親。

 篠ノ之束であった。

 束は千冬へとたどり着くと跳びかかった。

 熱い抱擁のつもりらしい。

 しかし、それは手酷い反撃にあった。

 千冬の右手が束の顔面を掴み取っていた。

 一言二言言葉が交わされると、千冬は右手を離した。

 拘束から自由になった束は箒へと駆け寄った。

 箒にも殴られた。

 殴られて涙目になった状態で一夏と話をする。

 そして、

 

「いやぁ、君が安城くんかぁ」

 

 束は大晃へと声を掛けたのだった。

 大晃は今作業の途中である。

 背中を向けていた。

 その背中に向けて束は続けた。

 

「金子先生があの問題児を預けるだけのことあるね」

 

 大晃は振り返った。

 

「じいちゃんを知っているんですか」

「うん、知ってるよ」

 

 束は言った。

 

「だって、ISを初めて認めてくれた人だもん」

「それはどういう――」

「おい束、さっさと用事を済ませたらどうだ」

「そうだね、その話は後ですることにして、今は大事な話からしないとね」

 

 千冬の指摘を受けて束が箒に向き直った。

 そして、驚くべきことを口にしたのだ。

 

「箒ちゃんにプレゼントを持って来たよ。

 現行の全てのISを上回る"紅椿"を」

「えっ!?」

 

 流石の箒もこれには驚いた。

 束が言うのであれば『はったり』ということはあり得ない。

 紛れもない事実に違いが無かった。

 

「ふふん、その顔が見たかったんだよ。

 いやぁ、内緒にしていた甲斐があったね」

「その為だけに、私に黙っていたのですか?」

「もちろんそれだけじゃないよ。

 作るのに夢中になったってことはあるけどね。

 お祝いの前に話すなんて無粋じゃないか」

「それはどういう――」

 

 箒が話していると束が割り込んできた。

 たしなめるように舌打ちをすると、満面の笑みで言った。

 

「タッグトーナメント優勝おめでとう」

「――」

 

 箒が言葉を返す前に、束が言った。

 

「じゃあ、フィッティングとパーソナライズ始ようか」

 

 空中投影のディスプレイとキーボードを取り出した。

 眼に見えない速さで打鍵が行われ、傍目からも分かるほどに素早く処理がされていく。

 周囲の生徒たちはそれをちらちらと盗み見ている。

 皆が箒の腕前を知っている。

 未だに訓練機しか使っていない箒はそれでもタッグトーナメントで優勝を勝ち取った。

 それが最新の機体を与えられた、つまり、より強くなったというわけである。

 

「はい、後は自動処理に任せようか」

 

 そう言うと、束は一夏と大晃に視線を合わせる。

 手招きをするように言った。

 

「じゃあ、いっくん、となんて呼ぼう? 大ちゃん、で良いかな。

 こっちにおいで。白式と無手を見てあげるよ」

 

 束が促すので一夏と大晃は束へと歩いて行った。

 一夏は一瞬の集中の後に、大晃はほとんど無造作に、二人の身体が光りに包まれた。

 それぞれが専用のISを纏っていた。

 

「白式はどうかな……ふーむ、中々面白い、いや不思議な形のフラグメントマップになっているね」

 

 束はまず白式から点検に入った。

 コードを白式に差し込みそれを空中投影のディスプレイに反映させていく。

 大晃が割り込むように質問をした。

 

「確か、成長の道筋が形として残ったものがフラグメントマップという奴ですか?」

「そうそう。大ちゃんは勉強熱心だね」

 

 大晃の言う通りでフラグセグメントとはISの成長の記録である。

 ISはフィッティングとパーソナライズを絶えず繰り返すことで自己進化を続けている。

 フラグセグメントマップを見ればそのISの傾向が把握できるのだ。

 不思議。

 束はそう言った。

 では一体何が不思議なのか。

 一夏は訊いてみることにした。

 

「具体的にはどう不思議なんですか?」

「うーん……詳しくは分からないけど白式はどうやら君の記憶を読み取っているらしいね」

「記憶を読み取っている?」

「そう、例えばピンチに陥った時にIS自身が考えて状況を打開しようとする。

 そんな時にいっくんの頭の中に役に立つ記憶を見つけたんだろうね」

「そんなことが――」

「うん、出来てしまうんだよ。

 君も心当たりがあるんでしょ?」

 

 一夏は大晃と初めて闘ったときのことを思い出していた。

 敗北の直前、一夏は突如としてあの記憶を思い出したのだ。

 幼い自分が男に囲まれる記憶だ。

 その後、タッグトーナメントの準決勝で大晃と闘ったときも思い出していた。

 今度は男たちとの会話の内容や味わったであろう恐怖を鮮明に思い描くことが出来たのだ。

 そして――、そのときに錯乱状態に陥りタッグを組んでいたシャルロットを傷つけてしまったのだ。

 皆は事故だと言う。

 しかし、一夏だけはあれを事故だとは思えなかった。

 考え込んでいる間に束はフラグメントマップを見終えた。

 今度は大晃の無手にコードを差し込んだ。

 

「へえ、へえ、なるほど、なるほど」

「どうですか?」

「これはね、わけが分からないよ」

「と、言いますと」

「そもそもこの無手のコアはね筋金入りの問題児だよ。

 あらゆる武装はおろか滅多なことには機体に反応することもない」

「ISのコアを機体に接続しなければ動かないということですか」

「そう、普通なら機体に自分自身を馴染ませるんだよね。でもね、この子は食わず嫌いって奴なのかな。

 色々試してもね機体に馴染まなかったんだよ」

「――」

「私が作った機体でさえ何一つ反応しなかったからね。

 あれは相当ショックだったなぁ」

「ほほう」

「ああ、フラグメントマップの話だったね」

 

 束が本題に話を戻した。

 

「これは結構やばい奴だね。私はIS開発の第一人者だから分かるけど、やっぱりこのコアは問題児だよ」

「何がどうやばいのですか?」

「もう何もかも。成長の仕方が大ちゃんの身体に負担を掛けるような形で進んでいる。

 その結果として動力に回すエネルギーはどんどん上がっているし、その結果ますます体に負担が掛かる。

 君は見た感じ頑丈そうだし、大丈夫だと思うけど君以外の人間が乗るのはほとんど無理なんじゃないかな」

「へえ、それは大変そうですね」

 

 大晃は興味深そうに返事をした。

 自分のことなのに、どこか他人事のような言葉であった。

 

「いやぁ、金子先生も本当に面白い子を見つけたもんだね。思えば論文を世界中の学者連中に送りつけた時も――」

「そこまでにしておけ」

 

 千冬が鋭く言葉を斬った。

 

「お前は重要なことを知っているくせに口が軽い。あまりしゃべられると困る」

「えー!」

「それにもうそろそろフィッティングとパーソナライズが終わる。良い頃合いだろう」

 

 紅椿の試運転は順調に行われた。

 飛び出した箒はまずその挙動を確かめるように宙を舞った。

 それが様になっている。

 普通、慣れていない機体を動かせばそこにはぎこちなさが生まれる。

 しかし、箒の動きにそのようなものはない。

 むしろ、訓練機を使っているときより軽やかな動きである。

 

「じゃあ、装備の説明をするよ」

 

 束の声がオープン・チャネルに響いた。

 何らかの手段でISの機能に接続しているらしい。

 説明を受けた箒が武装を両手に持つ。

 紅い二本の刀。

 それの二刀流だった。

 

「じゃあ、デモンストレーション行ってみよう」

 

 と、束が言うなり十六連装ミサイルポッドを呼び出した。

 何もない所からいきなり現れてきて、一斉にミサイルを射出した。

 ミサイルが束になって箒へと突撃する。

 

「ふん……」

 

 箒は関心がなさそうに背を向けた。

 十六のミサイルを前にしても箒に恐れはない。

 もっと、怖いものを知っているからだ。

 ミサイルの一つ一つの威力は侮れない。

 直撃すれば、だ。

 しかし、あの男の拳に比べればはるかにましだろう。

 ミサイルが接近しきる前に箒は動いた。

 PICで空を蹴って追尾するミサイルの間を通り抜ける、否、すり抜ける。

 そして――、ミサイル全てが爆発した。

 

「ほう、一瞬であれだけの斬撃を放てるとはな」

 

 大晃が感嘆して言った。

 ミサイルと交差した刹那に箒はそのミサイルを刀で切断していたのであった。

 これは刀の機能のおかげでもある。

 刀を振るうとそこから撒き散らされるように紅いエネルギーが放射される。

 その紅いエネルギーがミサイルのいくつかを切断していた。

 その証拠に紅が宙を僅かに漂っていた。

 紅い残響であった。

 しかし、それはミサイル郡の一部分、箒の刀の射程外の話であり、間合いにあるものは全て実体部分で切り裂いている。

 

「むぅ……」

 

 そういう声がどこからともなく上がった。

 紅椿の挙動とそれに合わせた箒の立ち振る舞いに思わず声が出てしまったのだ。

 

「いやぁ、凄い腕前だね。どうだった、紅椿は?」

「かなり調子が良いです。動きが良すぎて戸惑ってしまうほどに」

「戸惑っていてその動きが出来るなら全然大丈夫だよ。箒ちゃんなら使いこなせるって」

 

 会話する箒と束。

 紅椿の調子が良くてか二人は上機嫌になった。

 そして、そんな二人を差し置いて歓喜に震える男がいた。

 

「なあ、箒よ」

 

 大晃が口角を釣り上げていた。

 挑発的な、しかし、それでいて穏やかな顔で箒へと問いかけた。

 

「そんな程度のウォーミングアップで満足なのかい?」

 

 オープン・チャネルに響いた。

 やけに耳に残る声であった。

 束は何も分からないような顔で大晃を見た。

 

「どういうことかな?」

「いやねぇ、紅椿の性能は分かりましたよ。ただ――」

「ただ?」

「箒はもっと色々試したいんじゃないかと思いまして」

 

 言ってから大晃は箒を見た。

 

「是非とも俺に紅椿の性能を教えて欲しいな」

「なに?」

「そう、一つ手合わせでもすれば分かるんじゃないかな。紅椿の性能がどれほどのものか」

 

 大晃はあくまでも穏やかだった。

 しかし、言っていることは挑発である。

 そんな程度のウォーミングアップ。

 そう言った大晃の言葉には挑発の響きが間違いなくあった。

 箒は笑った。

 このやり取りに既視感を覚えたからだ。

 大晃と初めて会って、挑発をされたのだった。

 篠ノ之流をご教授願いたい。

 そんな意味合いのことを言われたのだった。

 箒はその挑発に乗った。

 そして――、箒は篠ノ之流を真の意味で己のものにしたのである。

 否、すでにして篠ノ之流は己の身体の中にあった。

 足りなかったのは自覚だ。

 誰も篠ノ之流の後継として箒を扱わなかった。

 あくまで篠ノ之束の血縁とだけ見られていた。

 しかし、大晃はそんな箒を前に言ったのだった。

 篠ノ之流を教えてくれ、と。

 

「……舐めているのか」

 

 確かそんなことを言ったはずだった。

 箒の口があのときのやり取りを追いかけるように動いていた。

 大晃があのときと同じように言った。

 

「篠ノ之さんが本気を出すのなら、そういうことにしてもいい」

 

 二人の距離は離れていた。

 箒は宙に浮いているし、大晃は砂浜に立っている。

 その二人の間に満ちるものがあった。

 視線がぶつかり合い、生まれたものがどんどん空間にあふれていく。

 周囲の一年生は誰も話をしなかった。

 千冬は一年生たちに手を止めさせている。

 専用機が来るのだ。

 作業どころではないだろうと判断した。

 だから、全員が二人を見ている。

 その中でも二人の過去のやり取りを知る者からしてみれば、これは懐かしいやり取りだった。

 

「そこまでだ!」

 

 千冬が力強く言った。

 過去と全てが同じであるはずが無い。

 あのとき立ち会っていなかった千冬が二人を止めた。

 

「今日はあくまでデータ取りの授業だ。模擬戦までは許可できん」

「それはあれですよ、データ取りの一環として模擬戦をするんですよ」

 

 大晃がそれらしいことを答えた。

 しかし、それはあまりにも白々しい言葉だった。

 データ取りではなく闘いそれそのものが目的であることは明らかだった。

 千冬が一分の隙も見せないで言った。

 

「データ取りの手段は多数ある。わざわざ機体に負担を掛けるやり方は非効率すぎる」

「そんなことはありませんよ。模擬戦は立派な手段の一つです」

「設備が十分に整っていて、時間に余裕があればな。

 ここはIS学園では無いし、スケジュールのこともある。

 いい加減にしないと、私自らが相手をするぞ」

「……分かりました、素敵な提案ですが、諦めることにしますよ」

 

 大晃は言ってから引き下がった。

 

「一年も専用機は十分に見ただろう。データ採取に――」

「織斑先生!」

 

 授業の再開を命じようとした千冬は途中で口を止めた。

 真耶が慌てて千冬に声をかけていた。

 短いやり取りが二人の間であった。

 

「授業は中止。直ちに旅館に戻り、各自割り振られた部屋に待機するように!

 代表候補生は私に付いて来い!」

 

 それで授業が中断したのだった。

 

 

 

 

 

 旅館の一室であった。

 そこを丸々使わせてもらって、ミーティングルームとした。

 集まっているのは大晃、一夏、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ――そして、紅椿が届いたばかりの箒であった。

 部屋は照明が落とされており、暗くなった空間に空中投影型のディスプレイが浮いている。

 では、授業を中断してまでしてここに専用機持ちが集まっているのは何故だろうか?

 それを千冬が簡潔に説明した。

 事の発端はこうだ。

 ハワイ沖で実行されていたとある軍事用ISの試験運転。

 そこで事故が起こった。

 ISが突如暴走状態に陥ったのだ。

 監視領域から離脱をし、未だに音速を超える速度で飛んでいる。

 その予想進路に、IS学園の臨海学校の滞在先であるがこの旅館あったのである。

 正確には旅館から二キロ離れた海上だ。

 そこでIS学園上層部はこの事態に当たることを決断した。

 

 作戦はこうだった。

 まず、作戦領域内の空域と海域を共に閉鎖。

 これには訓練機を用いた学園の教師陣が当たることになる。

 そして、問題の軍事用IS、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の無力化には――、

 

「俺たちがやるんですか!?」

 

 一夏たち専用機持ちが担当することになった。

 というのも、やはり、作戦領域内確保の為に教師陣の手が他には回らなくなってしまったからだ。

 福音の接近までの時間は五十分前後。

 その作戦領域を確保するのも一苦労だし、かと言って人員を絞れば漏れが出る可能性もある。

 一夏はそれを予想していなかったので思わず叫んでしまったのだった。

 すぐに押し黙った。

 

「とにかく、ここにいる専用機持ちで事態の解決を図るしかない。細かい作戦をこれから決める、意見のあるものは挙手を――」

 

 と、その千冬の一言で作戦会議が本格的に始まった。

 緊急を要する事態だ。

 必要な情報、外部に漏洩すればなんらかの懲罰は免れない、が提示されて、会議は迅速に進む。

 福音のスペック、武装データーから各々が意見を述べていく。

 作戦の内容が詰められていき、高速戦闘用のパッケージを搭載したISでセシリアが一夏を運び、一夏が零落白夜で一撃を決める。

 そう作戦が決まりかけた。

 しかし、待ったが入った。

 突然、束が会議に乱入して来たのである。

 

「私に良い案があるよ」

 

 そう言って束が提示したのは、一夏を運ぶ役をセシリアではなく箒に代える案であった。

 そもそも、セシリアが選ばれたのは高速パッケージとパッケージ使用下での動作時間が二十時間を超えているからである。

 箒がこの作戦に参加する意味は薄い、と本人を含む全員が思っていた。

 

「紅椿はパッケージなんて外付け品に頼らなくても、高速戦闘ができるんだよ!」

 

 そう言って束は紅椿のスペックデータを開示した。

 そこから先は驚くべき話であった。

 まず、紅椿は展開装甲を調整すればその戦闘能力は幅を持つ。

 ただ、出力が強いとかそういう話ではない。

 ある状況下における最適なスペック。

 その自由な割り振りを実現し、あらゆる状況下で最大の戦闘能力を発揮する。

 それこそが紅椿の展開装甲であった。

 ISの発展の歴史を紐解けばこれがどれほど凄いことか分かるはずであった。

 現在ISは第四世代まで定義づけされている。

 まず、第一世代が『ISの完成を目指し』、第二世代が『後付け武装による多様化』、第三世代が『特殊兵装の実装』

 ――そして、第四世代『パッケージ不要の万能機』である。

 実用化に至っているのは第二世代までで、第三世代は試験機があるのみである。

 束はそれをすっ飛ばして、第四世代機をほぼ完全に近い形でこの世に送り出してきたのだ。

 軍事用ISの暴走よりもはるかに衝撃的な話であった。

 こうして箒がセシリアに変わって作戦に参加することに決まった。

 

 

 

 一夏と箒が所定の位置についていた。

 作戦開始前だ。

 もうすぐ飛び立たなければならない。

 砂浜で二人は息を整えていた。

 

「大丈夫か? 一夏」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 箒の問いに一夏は答えた。

 しかし、箒は大丈夫という一夏の言葉をそのまま受け入れなかった。

 むしろ、不調を隠そうとしている態度に不穏なものさえ感じている。

 

「一夏、お前本当に分かっているのか?

 もう作戦が始まる前だというのにあまり集中できてないように見えるが」

「緊張しているんだよ、なにせ初めての実戦だからな」

「おいおい、実戦ならもう経験積みだろう」

「そんなことあったか?」

「無人機の襲撃だよ。鈴と闘ってから無人機を一機壊していたじゃないか」

「ああ、確かにそんなこともあったな」

「あのときと同じようにやればいいのさ」

 

 実戦という意味では一夏より箒の方が経験は少ない。

 というよりは、無い。

 よくよく思い出してみればその通りで一夏は驚いた。

 箒の姿には異様な安定感がある。

 とても、初めての実戦とは思えない姿だった。

 箒は髪を掻き分けてから言った。

 

「実戦というのならば、私の方が心配だ」

「箒は大丈夫だろ?」

「何を言うか。初めての機体で初めての実戦だぞ」

「もしかして、箒は怖いのか?」

「怖い。これは試合ではなく紛れもない実戦だ。

 むしろ、私なんかよりラウラの方がこういうことに慣れているだろうに」

 

 一夏の質問にはっきりと箒は答えた。

 怖い、と。

 一夏は思った。

 この幼なじみはとんでもなく強くなっている。

 タッグトーナメントの成績は優勝。

 準決勝ではセシリアと鈴のペアを、決勝では大晃を破っている。

 どちらも難敵であった。

 それをラウラと共にとは言え、量産機で破って見せた箒は強い。

 

「一夏、お前は準決勝での出来事を引きずっているな」

「……ああ」

「別にいいさ、私だって怖いんだ。お前だって怖いんだろう」

 

 箒は海を眺めている。

 ポニーテールにまとめた長い髪が風に揺れている。

 一夏はそんな箒を見て訊いた。

 

「箒はなんでそんなに強いんだ?」

「強い? 私がか?」

「そうだ」

「私には篠ノ之流があるからな」

「だが、俺も篠ノ之流だ」

 

 それを聞いて箒は笑った。

 一夏はむっとした。

 

「おい、なんで笑うんだよ?」

「済まない、お前も篠ノ之流だったな。だがな、私の場合は年季が違うんだよ。

 お前がバイトに明け暮れている間は剣道と並行して篠ノ之流を飽きるほどやったもんだ」

「むぅ」

「そんな顔をするな。責めているのではない」

 

 箒は言ってから、違うな、と付け加えた。

 

「篠ノ之流はただの力だ。それが私の強さになったのはあの男がいたからだ」

「大晃か」

「そう初対面のあのとき、あいつは私の篠ノ之流を見たいと言ってくれた。

 それがどんな形であれ嬉しかった」

「……」

 

 そうか、と一夏は胸の中で頷いていた。

 力はただの力だ。

 そこに乗せる意思こそが、力を別の何かに変える。

 箒はその手段を体得しているのだった。

 そして、そんな箒でも怖いと言っている。

 怖がっても良いのだ。

 その箒の言葉にほっとしている自分がいた。

 

「聞こえるか?」

 

 オープンチャネルに千冬の声が入ってきた。

 その声を聞きながら一夏は作戦内容を整理する。

 一撃必殺。

 結局やることに変わりはない。

 ならば、考えることはいつもと同じだ。

 近づいて斬る。

 それだけには自信があった。

 

「では、行くぞ。一夏」

 

 箒が呼びかけた。

 一夏の中から迷いが消えていた。

 

「おう」

 

 箒の背に一夏は乗った。

 箒は一夏を背に乗せたまま、宙に浮いた。

 上昇を続ける。

 独特な機械音が響いた。

 それは紅椿の展開装甲が開く音であった。

 脚部と背部装甲が開き、そこから赤いエネルギーが迸った。

 

「ッ!?」

 

 とてつもない加速であった。

 ぐんぐんと進んでいく。

 一夏の体験した速度の中では、瞬時加速がもっとも速いものであった。

 記憶の中の記録が更新される。

 高速戦闘に対応した紅椿の速度は尋常ではなく、白式のイグニッションブーストを凌いでいる。

 もっとも、高速戦闘に対応しているのは紅椿だけではない。

 白式もまた高速戦闘への対応を施されているはずであった。

 恐らく、通常時よりも速度はある。

 高感度なハイパーセンサーを積んでいるので感覚が追いつかないということは無いと思うが、白式自身で特攻を仕掛けるときは注意をしなければならない。

 しかし――、

 

「凄いなこれは」

 

 一夏の声が置いてきぼりにされた。

 紅椿は速度もさることながら、その出力も大きい。

 今、展開装甲から噴出されているエネルギーは相当の量がありそうだった。

 そして、だからこそ疑問が起こる。

 展開装甲は白式の雪片にも使われている。

 零落白夜の使用時に刀部が展開し、そこからエネルギーを放出するのだ。

 零落白夜はエネルギーを喰う。

 つまり、紅椿の展開装甲にも同じことが言えるのであった。

 しかも、現時点ですら最大出力ではない。

 それだけのエネルギーを一体どこから調達するつもりなのか?

 一夏には見当もつかない。

 

「見えてきたな」

「ああ」

 

 箒に言われるまでもなかった。

 ハイパーセンサーが前方に『銀の福音』を捉えていた。

 全身が銀色に輝いている。

 頭部から生えている翼は機体をすっぽりと覆えるほど大型だった。

 

「加速するぞ」

 

 赤椿の出力がさらに上がる。

 ぐんぐんと速度は上昇し、ついに福音へと近づいた。

 しかし、まだ距離はある。

 一夏はここで瞬時加速を発動した。

 一夏が刀を放つ直前の構えで福音へ斬りかかる。

 

「なに!?」

 

 一夏の驚きが声となった。

 福音が回転していた。

 その回転により刀が避けられていたのだ。

 そして、まだ福音の行動は終わらない。

 

「ごはっ」

 

 蹴りが一夏の腹に刺さっていた。

 肺の空気を吐き出し、一夏は距離を取らされる。

 そして、福音の翼が広げられていく。

 大型に広がられた翼は、そこにある大量の砲口を一夏へと向けた。

 

「迎撃開始」

 

 福音の機械音声には抑揚が無かった。

 それだけに不気味だった。

 その不気味さが実体化したように、砲口から次々と弾丸が発射される。

 一夏は避けた。

 零落白夜ならば迎撃は可能だ。

 しかし、数が多すぎる。

 視界を遮る弾丸を真正面から迎え撃つのは分が悪い。

 避けて、避けきれないものだけ零落白夜で打ち消すつもりだった。

 福音がやったように回転と旋回を組み合わせて、避ける。

 銀色の羽根を思わせる弾丸が白式へと迫り、紙一重でそれを避ける。

 徐々に一夏の身体から迷いが消えていく。

 より弾丸の密度が低い方へ、一夏は動いていく。

 が、それすらも福音は読んでいた。

 

「なっ!?」

 

 福音は福音で一夏を誘導していたのだ。

 わざと回避に適したスペースを作っておいて、いざそこへ移動したら目一杯の弾丸をお見舞いする。

 実戦でそれを実行できる福音のAIは高度だった。

 データから推測される限り弾丸は威力が高そうで、これほどの量を一気に喰らえばISといえども危ない。

 それでも生き残るために刀を構える一夏に通信が入った。

 

「一夏ぁ! 合わせろ!」

 

 いつの間にか横に移動してきていた箒が刀を振るう。

 刀の軌道上に発生した帯状のエネルギーが弾丸を起爆していく。

 至近距離の為に衝撃はあるが、許容範囲。

 まだ、残っている弾丸を――、

 

「おぉらっ!」

 

 零落白夜を大振りすることで消し去った。

 弾丸は突如止み、福音がこちらを正面に捉えた。

 機体のカメラがこちらを睨むように光った。

 

 ――キュイイインッ

 

 福音は一夏たちをここで倒しておくべきだと判断したらしい。

 敵意が大気を塗りつぶしていく。

 二人は福音と向き合った。

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