超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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30話、失策と記憶

 一夏と箒は何度も福音へと攻撃を仕掛けた。

 しかし、その攻撃は何度も避けられる。

 ひらり、ひらりと福音が攻撃の軌道から逸れていくのだ。

 それも数ミリ単位で。

 データ上では大型のスラスターには機体の制動に関わる重大な機密事項があると載っていた。

 それが今ならば納得できる。

 これほど見事に機体を制御しているISはそうはない。

 だが、一夏はこれほどの動きを過去に何度も体験していた。

 安城大晃。

 この男に一夏は勝ったことが無かった。

 無手は確かに限られた動作しかない。

 未だに直進しかできないし、直進さえすれば体勢を自由自在に変えられるものの、軌道変更の為には機体の正面へと進むしかない。

 だが、逆を言えばその限られたことに関して言えばかなり精密なことが出来る。

 速度は淀みなく変化し、その速度と体勢の変化を組み合わせることで予想外の行動を取ることなど朝飯前であった。

 それに大晃自身の見切りが加われば、ミリ単位での回避も可能であった。

 事実、一夏は零落白夜をきわどい部分で外したことがかなりある。

 この福音の回避は驚異的だ。

 しかし、それは過去に大晃との対決で何度も体験していたことに過ぎなかったのである。

 

「……La!?」

 

 福音の機械音声に感情らしきものが現れていた。

 一夏の攻撃がより最適なものへと変じている。

 福音の回避と反撃への対応が鋭くなり始めている。

 

「しゃぁ!」

 

 福音が箒の刀を避けた。

 避けてから反撃へと移る。

 しかし――、

 

「おらぁ!」

 

 回避したその先に一夏が現れて、零落白夜を叩き付けてくる。

 福音は再び弾丸をばら撒き、接近を防ごうとする。

 それでも一夏は突撃をやめない。

 弾丸の間をすり抜けた。

 もはや、避けるのは不可能。

 ならば、と福音は速度を上げた。

 一夏に衝撃があった。

 一夏が刀を振り切る前に、一夏と福音は激突したのだった。

 福音の砲口が怪しく光った。

 密着した状況で弾丸を叩き込むつもりらしい。

 翼が一夏を包み込もうとする。

 だが、一夏は慌てはしない。

 福音がこの場で射撃を行うことが不可能であると知っていたからだ。

 福音の後ろから箒が迫っている。

 この場にとどまって弾丸を放つ時間的余裕は福音にはないはずであった。

 事実、その通りであった。

 福音は位置を入れ替えて、一夏を突き飛ばした。

 そして、後方へと飛ぶ。

 一夏は追撃を仕掛けようとした。

 しかし、無理だった。

 福音は逃げながら弾丸を放っていた。

 それが一夏の進路上にあったのだ。

 回避に徹することで、被弾はなかった。

 しかし――、

 

「キリがないな」

「糞っ!」

「焦るなよ、一夏」

 

 既に似たようなやり取りは繰り返していた。

 福音の弾丸を潜りきっての攻撃。

 福音への接近は二人掛りであれば、どうにかなる。

 問題は福音が攻撃を受けてはくれないことだ。

 一夏と箒が何度も仕掛けても福音は致命的な一打を決して受けてはくれない。

 一夏が攻撃を仕掛けることが出来たとしても、数度が限界。

 しかし、その数回で仕留められるとは限らない。

 焦りが一夏の中に積み重なっていく。

 一方、箒には焦る一夏をなだめる余裕があった。

 既に何らかの覚悟を決めているようであった。

 箒は切り出した。

 

「攻め方を変えよう。アタックの前に奴を徹底的に追い込むぞ」

「どういう意味だ?」

「今のまま攻めても通用しないということだ」

 

 箒は言った。

 

「恐らく今のまま攻撃をすれば攻撃のチャンスを無為に消費していくだけだ。

 それならばここぞという一回をものにする以外に無い」

「今までだってそうだろう」

「本当に?」

「――」

「焦りから攻撃のチャンスを見誤ったことが無いと言い切れるのか?」

「――」

「今のお前は積極的だ。それは良い。

 しかし、その積極性は焦りの裏返しとも言えるんじゃないのか?」

 

 箒は言葉を切る。

 そして、福音へと目を向けた。

 

「私たちの力は通用している。後は奴の逃げ道を封じるだけだ。それで勝ちだ」

「……分かったよ」

 

 一夏は頷いた。

 思えば焦り故に軽薄に攻めていた部分は少なからずある。

 それならば――。

 福音を徹底的に追い込み、撃破する。

 その為に生半可な機会は無視し、たった一度の重要な機会を待つ。

 その方が良いと思った。

 

「良いか、徹底的にだ。もう、絶対に逃がさんように、徹底的に奴を追い込むぞ」

 

 箒の言葉に一夏は再び頷いた。

 そして、一夏の脳裏にあの記憶が何故か浮かび上がってきた。

 男に囲まれた暗い記憶だ。

 束は言っていた。

 困難な状況を打破するために、白式が一夏の記憶を読み取っているのだと。

 ならば今、一夏の奥底にある闇の記憶を白式が復元しようとしているのか。

 それが必要なことだと白式は判断したというのだろうか。

 

「行くぞ! 一夏は福音の退路を防げ!」

 

 箒が言った。

 答えの見つからない思考を振り払って、一夏は前に出た。

 ばら撒かれる弾丸をかい潜っていく。

 確かに弾幕は厚い。

 しかし、今は一夏と箒が二手に分かれている。

 そうすれば片方から強烈な攻撃が来るか可能性があるから、どちらか一方に攻撃を集中させることはできないはずであった。

 予想通りで、福音は標的を絞り込めていない。

 その分、弾丸の密度は薄くなっていた。

 箒が福音の進路を防ぐように、一夏が福音を追い込むように。

 徐々に、徐々にではあるが、包囲を狭めていく。

 

「La!? LaLa!?」

 

 真綿で首を絞めるような二人の攻め方に、福音は明らかに戸惑っていた。

 進路は箒が、退路は一夏が封じている。

 そして、片方を力づくで排除するともう片方が襲ってくる。

 どちらかが先行して襲ってくれば話は別だ。

 攻撃後の隙を狙い迎撃、後に回避へ繋げれば良い。

 しかし、今度は辛抱強い。

 隙をわざと作ってやっても、乗ってこない。

 箒の提案した戦術は福音をうまい具合に封じていた。

 そして、遂にそのときが訪れた。

 包囲を狭められて、我慢が出来る限界の地点へと踏み込んできたその瞬間。

 福音は次の手を打った。

 弾丸を箒へと一瞬だけ集中させた。

 箒への攻撃を中断させるためには福音へと攻撃を仕掛ける以外に無い。

 それが出来るのはこの場では一夏しかいない。

 そして、仕掛けてくるのなら、即座に反転し一夏を捉えようとした。

 しかし、箒はそれすらも読んでいた。

 

「まだだ!」

「LA!?」

 

 オープン・チャネルに響く声に一夏は従う。

 一夏はさらに接近するが、それはプレッシャーを掛けるに留まる。

 さらに悪いことに箒は弾丸をいくつか受けつつも、進路を明け渡さなかった。

 福音の意識がプレッシャーを掛けてくる一夏へと移ったところで――、

 

「今だ!」

 

 そう言いつつ箒が迫る。

 この時点で包囲は完成していた。

 接近を果たした一夏と、その進路を完全に防ぎつつも間合いを詰めてくる箒。

 両方を同時に止めることは不可能。

 そして、ここまで距離を詰められれば片方を突破することも困難。

 福音のAIはここにきてようやくそのことにに気が付いた。

 最後の足掻きか、福音が全方位に弾丸を射出した。

 

「怯むな! 一夏!」

「分かっている!」

 

 箒が言うまでもなく、一夏はすでに零落白夜を発動していた。

 もう、福音の懐に潜り込んでいる。

 刀を振った。

 勝敗は決した、

 

「っ!? どうした、一夏!?」

 

 ――かに見えた。

 一夏は弾丸の一つを追い掛けて海上へと突進していた。

 そして、箒は見た。

 弾丸の先に漁船が浮いているのを。

 

「糞!」

 

 一夏は一夏で悪態をついていた。

 IS学園の教師が海上封鎖をしている筈だし、ここで運行している船があったとしても避難は完了しているはずだった。

 その海域にいる漁船ということは、確実に密漁船、なんにせよ、犯罪者であるはずだった。

 しかし、一夏は助けずにはいられなかった。

 一夏は弾丸を済んでのところで掻き消すことに成功した。

 大きな代償を払うことによって。

 海上の一夏へと飛んでいくものがあった。

 福音が弾丸を大量に放っていた。

 今、全速力を出したばかりの一夏に弾丸を弾く余力はない。

 かと言って避ければ、後ろの密漁船が確実に沈む。

 せめて、僅かにでもダメージを減らそうと一夏は身を構えた。

 もう、弾が当たると思った瞬間に一夏は目を閉じた。

 

 弾丸が標的へと命中し、炸裂する音が一帯を包み込んだ。

 標的は確実にダメージを受けるであろう。

 それが分かる恐ろしい音だった。

 しかし、不思議だった。

 ダメージがなかったのだ。

 一夏はハッとして目を開けた。

 悪い予感がしていたのだ。

 そして、その悪い予感は当たっていた。

 

「箒ッ!?」

 

 箒が一夏と福音の間に割り込んでいた。

 本当ならば福音を攻撃すれば良かったはずだった。

 しかし、一夏へと迷いなく標的を変えた福音の考えを箒は悟ったのだ。

 確かに箒の紅椿は厄介だが、単体での攻撃力は白式に遠く及ばない。

 今までは箒へと攻撃をすれば一夏の零落白夜が炸裂する。

 だからと言って一夏へと集中攻撃をすれば、箒が攻めてきて結果それが致命的な隙となり得る。

 今ならば。

 一夏が明らかな射程範囲外にいて、しかも、攻撃を避けるそぶりを見せないのであれば――。

 例え、箒からダメージを受けようと十二分にお釣りがくる。

 福音はそう判断したのだった。

 福音のターゲットを切り替えることができない上に、与えられるダメージは軽微。

 だから、箒は一夏を庇うことを選択した。

 

「まだ、やれる。大丈夫だ、まだ、お前がいる。まだ、終わっていない」

 

 薄れゆく意識。

 それを箒は強引に繋ぎとめた。

 全身に激痛があったが、むしろ気付けになって、都合が良かった。

 一夏もまだ余力は残しているはずだ。

 ならば、今残っている全てのエネルギーと生命を掛けて闘う。

 箒はそのつもりだった。

 だが――、

 

「――La……LaLaLa」

 

 福音にはもう敵意はなかった。

 白式と紅椿は共にエネルギーを著しく消耗している。

 逃げるのに必要な距離は十分に開けてある。

 追って来れるというのなら、ともかく、そうでないのなら闘う必要はない。

 そんなのはエネルギーの無駄だ。

 福音は背を向けた。

 

「待て……逃げるのか、貴様」

 

 箒は両手で剣を構えて、その間から福音を睨みつけた。

 闘志は萎えていない。

 

「もう駄目だ。早く帰ろう」

「離せ、一夏。まだ、まだだ……私はまだ」

 

 一夏は泣きそうな声で箒を抑えた。

 箒は一夏を押しのけようとしたが、力が出ない。

 福音はそんな二人を他所にどこぞへと飛んで行く。

 福音の姿が水平線の向こうへと消えていく。

 そこで箒の意識が落ちて行った。

 がくりと力の抜けた箒を一夏は抱えた。

 酷い様子だった。

 機体はところどころが抉れている。

 箒もまた火傷と大きな裂傷を身体に作っていた。

 箒を抱えた一夏の手に赤い血がベッタリとついていた。

 

 ――その血が一夏の記憶の扉を完全に開いた。

 

 一夏の血にまみれた手が、幼い子供のものになる。

 周囲を見渡せば血の海に沈んだ男たち。

 雪片を持つ方の手にはナイフがあった。

 血に塗れている。

 そして、いつの間にか十歳の子供になっていた一夏は全身が血を被ったように赤かった。

 その光景は一瞬で消える。

 しかし、記憶は残り続ける。

 

 ――そうか俺は、人を。

 

 吐き気に近い感情を胸に一夏は胸の中に箒を抱きしめた。

 空は青く、太陽は未だに照り付けている。

 他人事のような明るさだった。

 

 

 

 それは一夏が幼いころの出来事だった。

 一夏は昔、誘拐されたことがあった。

 二回目のIS世界大会の直前であった。

 誘拐した者たちは織斑千冬が優勝を逃すように脅迫をしたのだった。

 千冬の弟である一夏はそのための人質であった。

 人質は無事でなければいけない。

 だから、その意味で一夏の安全は保障されているはずであった。

 しかし、一夏を誘拐した連中は質が悪かった。

 一夏は怯えを見せない。

 姉を脅迫する者たちを相手に負けてたまるかと思っていた。

 それを面白くないと思った奴がいた。

 何を思ったのか一夏へと近づき、世間話のように言ったのだった。

 『怖くないかい?』と。

 ナイフを手にした男の脅しの台詞にも一夏は屈しなかった。

 それが事態を悪化させた。

 男がナイフで一夏の頬を傷つけたのだ。

 一夏が手を頬に当てると血がベッタリと付いていた。

 

「おやおや、痛いねぇ」

 

 男の声が嗜虐に満ちたものに変わりゆく。

 一夏が目の奥に見せた僅かな怯えを、男は見逃さなかった。

 いや、それだけではない。

 男は楽しんでいた。

 自分が楽しんだ結果、一夏が壊れてしまっても良いと思い始めていた。

 

「今、決めたよ。君で遊んじゃう、みんなもそれで良いよね」

 

 周囲の男たちは無反応だった。

 つまり、この男が何かしらの暴力を振るったとしても誰も止めてはくれない。

 死ぬかもしれない。

 喉の奥から恐怖がせりあがってくる。

 そして――、

 

「うぉおおおおおおッ!」

 

 一夏は声を出した。

 ありったけの声だった。

 それで一夏は叫んでいたつもりだった。

 しかし、それは違う。

 一夏は吠えていたのだ。

 恐怖に背中を押されて一夏は動いていた。

 一夏の腕が男の持つナイフへと伸びる。

 

「なっ!? このガキが……ッ!?」

 

 一夏はナイフの刃を掴んでいた。

 まさか、そんな大胆なことをするとは思わなかった男は虚を突かれた。

 ナイフはひったくられていた。

 男が次の動作をする前に男の首から血が噴き出した。

 血の噴水であった。

 

「馬鹿な!?」

 

 男の仲間が反応する暇もなかった。

 一夏はすぐさま距離を詰める。

 そして、一夏はその場にいた全員の首を掻っ切ったのであった。

 十歳そこらの少年がプロを惨殺する。

 あまりにも荒唐無稽であった。

 しかし、それが嘘ではないのだと、リアルな感触と全身を奔る快感が教えていた。

 闇の記憶の正体であった。

 

 

 

 箒は一命を取り留めていた。

 かなり際どかったが、一夏がすぐに千冬へと連絡を入れて旅館へと戻った、そのお陰で箒はなんとか生きている。

 今いるのは旅館に設置した医務室だ。

 少なくとも今の箒を処置するだけの設備はあった。

 そこのベッドに箒は横たわっていた。

 時刻は四時前。

 もう運び込まれて三時間は経過している。

 箒はまだ目を開けない。

 

「俺は一体何なんだ?」

 

 全身に包帯を巻いた箒の痛々しい姿は一夏にそう言わざるを得なかった。

 最善を尽くしたはずだった。

 密漁船を庇ったことは間違ってはいない。

 目の前に救える命があるのなら、見捨てるわけにはいかない。

 その想いに変わりはない。

 しかし、その命を救ったことで箒は今苦しんでいる。

 あのとき、福音へと攻撃することを選択していればこうはなっていなかったはずだ。

 しかも、そのせいで福音を逃してしまっている。

 下手をすれば福音がさらに事態を悪化させることも考えられた。

 それこそ、人死にが出るような。

 

「糞!」

 

 一夏は呻いた。

 お前には所詮人を救うことなどできないのだ。

 フラッシュバックした記憶がそう言っているようだった。

 一夏の精神はさらに乱れていく。

 

「大丈夫か? 一夏」

「千冬姉……」

 

 千冬が医務室へと入って来た。

 一夏は千冬に言った。

 

「千冬姉、俺、思い出してしまったよ」

「何をだ?」

「惚けないでくれ、俺が誘拐された時のことを思い出してしまったんだよ」

「……そうか」

 

 一夏は暗い顔で続けた。

 

「千冬姉、俺はさ、最善を尽くしたつもりだったよ」

「――」

「密漁船が福音の攻撃の軌道上にあったんだ。俺は助けなくちゃって思った。

 もう少しで福音を倒せたってのに、俺は密漁船を庇うことを考えたんだ」

「……間違ってはいない」

「そうさ、間違ってはいないさ。でもね、その俺を庇ったせいで箒がこんな風になってしまった。

 俺は密漁船を庇うときにね、そんなことを考えもしなかったよ」

「もし、考えていたとして何か変わったのか?」

「分からないよ。変わらなかったと思う。

 それでも何か出来たんじゃないかって考えてしまうんだ」

 

 一夏が言った。

 気まずい沈黙があった。

 

「千冬姉、俺は誰も助けることが出来ないのかな……」

「いきなり、何を言い出すんだ?」

「俺はみんなを守りたいと思っていた。

 だけど、俺が何かを守ろうとして何か出来たことが一つでもあったかな?」

「言い過ぎだ、一夏。

 現にお前は無人機の騒動でみんなを守ったじゃないか」

「俺一人の力で守ったんじゃない」

「一人で全員を守れるとでも思っているのか?」

「違う!」

 

 一夏は叫んだ。

 ハッとなって声を抑えた。

 

「ただ、怖いんだ」

「怖い?」

「ああ、記憶の中の俺は人を殺していた。今の俺がそうしない保証がどこにあるって言うんだ」

「それは――」

「分かっているさ。今回のことと誘拐のときのことには何の関連もない。

 だが、それならなんで俺は今思い出したんだ。

 何かのトリガーを偶然引いてしまったって言うんなら、その出所が俺の性根にないとどうして言える?」

 

 千冬の顔が強張っていた。

 千冬は言った。

 

「もっと早くにこの話をしてやるべきだった」

 

 千冬が一夏を見つめていた。

 顔はもう強張ってはいない。

 決意を秘めた瞳を千冬は一夏に向けた。

 

「お前が誘拐されたって聞いたときは私も怖かったよ。

 弟がいなくなってしまう、そう思って背筋が震えた」

「……」

「最初、愉快犯のアジトに踏み込んだときは特にそうだった。

 血の匂いがしていたからな、お前が……、お前が殺されてしまったのではないかと」

 

 今でも思い出せば怖くなってしまうのだろうか。

 過去を語る千冬の肩が小刻みに震えていた。

 

「中にいたのは血まみれのお前だった。手には血に塗れたナイフ。

 状況を見るにお前が誘拐犯を返り討ちにした、と思った。

 馬鹿げた考えだったが血だまりの中のお前を見ると、その考えを否定できなかった」

「そうさ、俺がやった」

「だが、正直ほっとしていた」

「――」

「一夏、お前が生きていてくれたことが何よりも嬉しかった」

 

 千冬は真直ぐに一夏を見つめた。

 そして、言った。

 

「これは後から分かったことだが、誘拐犯はかなり質の悪い連中のようだった。

 それこそ、人質を殺しかねないほどにな。お前は自分を責めているんだろうがそんな必要はない。

 きっと、やむにやまれぬ事情があったんだろう」

「殺されるかもしれない、とは思ったさ。それでも、俺は――」

「大丈夫さ。死んだらそれまでだが、お前は今生きている。そこの箒も、じきに目が覚めるだろうさ。だから、手遅れなことなんて一つもないんだ」

「――」

「言いたいことはそれだけだ」

 

 千冬は一夏から視線を外して立ち上がった。

 

「そうだった、織斑。もう一つ伝えるべきことがある」

「なんです?」

 

 教師としての顔で千冬が言った。

 

「IS学園上層部から通達があった。内容は――」

 

 それは驚くべき内容だった。

 要約すると以下のようになる。

 安城大晃単独での福音無力化を命ず。

 大晃は快く引き受けたのだった。

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