大晃は空を飛んでいた。
一夏と箒による作戦は失敗した。
とは言え、福音を放っておくわけにはいかない。
しかし、IS学園上層部はここに来て及び腰になる。
生徒が一人、重傷を負ってしまったのだ。
手を引くこともあり得た。
「俺が行っても良いですよ」
大晃はそう言ったのだった。
そして、IS学園上層部は大晃の希望に沿う指令を出したのだ。
一夏と箒の敗北を受けてIS学園上層部は及び腰になっていた。
しかし、それでも福音を放置することは出来ない。
福音が装備している広域爆撃の武装は強力である。
仮に今回の暴走自体が人為的なものだったとして、福音が誰かにコントロールされれば事態は最悪となる。
そうでなくとも、福音のAIのさじ加減次第では積極的に攻撃を仕掛ける可能性もある。
もし、事態の解決を望むのなら実力者を派遣する必要がある。
――タッグトーナメントを決勝まで勝ち進んだ君の実力を疑うものはいなくなるだろう。
シャルロットの父親であるシャルロに晩餐会へと誘われたことがあった。
そのときシャルロは大晃にそう言っていた。
タッグトーナメントでの成績が大きな影響をもたらすかもしれない、とも。
大晃の言葉にIS学園上層部が頷いたのは、実力が認知されたのが大きかった。
分かりやすく言えば、大晃はいざというときのための鬼札とされたのである。
「十中八九、無手絡みもあるだろうがね」
そして、大晃は一人呟いた。
無手。
どうやら無手がこの決定に際して大きな意味合いを持っているのだ、と大晃は考えているらしい。
今の無手は常とは少し様子が違っていた。
いつもなら無地の大理石のような質感の機体には紅く光る筋が浮かび上がっている。
光の点滅が、血管を流れる血液を想像させた。
高速戦闘モード――、大晃のISもまたパッケージ不要の高速戦闘機能が搭載されていた。
「福音まで、あと十分って所かね」
大晃は笑った。
自信たっぷりの声であった。
しかし、その言葉の通りにはならなかった。
突如、レーザーが複数大晃へと飛んできた。
それを避けてから大晃はその場で停止した。
そこには二人の人間がいた。
ISを纏っている。
二人の内の一人は十代の少女であった。
無関心に大晃を見ている。
そして、もう一人。
その女に大晃は見覚えがあった。
「オータム!?」
「よう、久しぶりだな。クソガキ」
大晃の声にオータムが答えた。
クラス対抗戦での一夏対鈴の試合。
そのときに大晃へ近づいてきた部外者がいた。
女は巻上礼子と名乗り、名刺を渡してきた。
二人きりで話がしたいということで二人きりになった。
そして、途端に正体を現したのであった。
それがオータムであった。
そのオータムは今八本の装甲脚を持つISを纏っていた。
大晃は笑って、言った。
「ふふん、まさかあんたとこんなところで会うことになるなんてな」
「相変わらずのアホ面だなお前は」
「そのISはどうしたんだい? まさか同じのを二つ持っていたとか? 修理は無理だよな、自爆したんだから」
「癪に障るガキだ」
「偶然じゃないんだろう?」
「そうだ」
「目的は俺を殺すことだとして動機はなんだい? 復讐かな?」
「半分はな」
オータムは言ってから思い出していた。
襲撃を仕掛けた当初は楽勝だと思っていた。
思い違いであることに気づかされることになった。
二人きりに持ち込んだまでは良かったが、最初に不意打ちを喰らった。
大晃はオータムが正体を現す前からその目的を察知していた。
オータムはISを纏うことで不意打ちを凌ぐことが出来た。
そして、大晃をISで殺そうとしたのである。
で、失敗した。
ISを纏いすらしなかった大晃に翻弄されて、恐怖を植え付けられたのであった。
恐怖は際限がない。
ただ、悔しいから大晃を襲っているのではない。
オータムは言った。
「お前が危険すぎるからだよ」
大晃はまだまだ成長段階にある。
いずれ、本当に倒せなくなってしまう可能性は大きい。
そうなる前に、ここで仕留めておくつもりであった。
大晃はオータムの返事にウットリとした。
「そいつはいいねぇ。つまり、俺はあんたらに着け狙われることになるってことか」
「何を笑ってやがる!」
「じゃあ、ここであんたらをぶっ飛ばしたらどうなるのかねぇ?
あんたらよりもっと強い奴が来て俺を襲ってくれるのかねぇ?
そしたら、そいつをぶっ飛ばして、さらにもっと強い奴が――」
大晃が言い終わらないうちにレーザーが奔った。
大晃はPICを生かした回転で全てを避けた。
未だ名乗らぬ少女はやはり、何の関心も見せない。
「面倒くさい、さっさと終わらせよう」
「珍しく意見が一致したな、"エム"」
襲撃者二人が言葉を交わす。
大晃はこの状況に思い出していた。
あのタッグトーナメントを。
「へへへ、良いぜ。俺ぁ、さんざん二対一で闘ってきたからなぁ。
こういうのは慣れているんだ。タッグトーナメントは俺にとって良い経験になったなぁ」
大晃は腕を広げる。
襲撃者の二人を抱きとめるような形で。
「おいで」
大晃の顔が笑みを形作っていた。
オータムともう一人の少女は一斉に飛び出していた。
一夏には分からなかった。
手遅れでない。
千冬はそう言ってくれた。
しかし、それでもどうやり直せばよいのか、分からないものは分からない。
そもそもどうやり直すというのか?
確かに箒は死んではいない。
ISの防御機能により昏睡状態にあるだけだ。
ISと繋がっている状態で下手に手は出せないが、逆に言えばISの機能が回復すれば必ず目を覚ますということだ。
だが、箒が自分の決断故に傷ついた。
その事実は一夏の中に残り続ける。
「一夏、居る?」
鈴だった。
部屋の中にいつの間にか入りこんでいた。
「箒も大変な目に合っちゃったわね」
「…………」
「一夏のせいでこんな風になったのよね」
きつい台詞であった。
一夏の胸が張り裂けそうになる。
鈴は話すのを止めない。
「それで、落ち込んでいるの? そんなことをして何になるって言うのよ?」
「じゃあ、俺に何ができるって言うんだ?」
一夏はそんなことはすでに分かっていた。
ここで落ち込んで、箒に懺悔したところで何も変わらない。
それは知っている。
それで、どうすれば良いのか。
作戦の途中、まだ避難を終えていない船舶があった。
それは密漁船であったのだが、一夏は攻撃のチャンスを潰してまで助けることを選択した。
箒はその一夏を身を挺して庇ったのだった。
「俺が船を助けたのは間違っていたのか?」
「……後悔しているの?」
「分からない。ただ、自然に身体が動いていたし、それで俺は目の前の人間を守れると思っていた。
でも、俺は箒を守れなかった」
そう言って、一夏はうなだれた。
鈴はそんな一夏の肩を掴んで、目を合わせた。
突然のことに少しドキリとした一夏に構わず、鈴は言った。
「一夏は優しいね。私だったらそんな密漁船は見捨ててたと思うわ」
「ダメだ。俺にはそんなことできない」
「そうだろうね。多分、一夏には人を見捨てることなんてできない」
「そのせいで――」
「それは終わったことだよ。もう二度と同じことを繰り返さないためにどうするべきか。
それを考えるべきじゃない?
確かに一夏は今回、失敗しちゃったけど諦めてはいないんでしょう?
目の前の誰かを助けることを」
鈴は一度、口を止めて一夏を見つめた。
そして、言った。
「今、考えることが出来ないのなら私の考えを聞かせてあげるわ」
「――」
「福音を倒しに行くわよ!」
鈴の声に強烈な力が宿った。
いきなりだったので一夏は驚いた。
鈴は考えを述べていく。
「千冬さんから聞いているだろうけど、大晃が福音との闘いに向かっている。
あいつは多分、福音を倒すんだと思う。
でも、絶対じゃない。あいつは一回だけ負けている」
タッグトーナメント戦で、大晃は一人の出場であった。
決勝まで進んだものの箒とラウラのペアに敗れている。
今回も負けないとは限らない。
軍事用のISとはそれほどのものなのだ。
「だから、行くわよ。あいつを助けに」
「……」
一夏は少しの間考えた。
今、専用機持ちは出撃している大晃を除いて待機を命じられている。
無視をすれば懲罰ものである。
では、大晃が一人で闘っているのを見逃してよいものか。
そんな逡巡があった。
結論はすぐに出た。
「分かった」
一夏が返事をして、鈴がにやりと笑った。
そのとき、またしても誰かが部屋に入ってきた。
「大変だ!」
「どうしたの、ラウラ?」
鈴は訊いた。
部屋に現れたばかりのラウラが答えた。
大晃のことを"お父さん"と表現して。
「お父さんが福音の無力化へと向かっていた途中、所属不明のIS二機に襲われた。それだけじゃない――」
「何があったの!?」
「どういうわけかそこに福音が乱入して来たらしい」
「なんですって!?」
鈴は声を上げていた。
ラウラは短く言った。
「すぐに出撃だ! 詳しいことは現場に向かう途中で話すから、すぐに準備を始めてくれ」
「他のみんなには――」
「もう伝えてある。とにかく、急いでくれ」
こうして、一夏は再び福音へと挑むことになった。
大晃は所属不明の二機と闘っていた。
しかし、大晃にとっては所属不明の増してや初めての相手でもなかった。
襲ってきた二機は亡国機業と呼ばれる組織に属する者たちであった。
その手は広い。
どこからかこの暴走を聞きつけて乱入を果たしてきたのかもしれない。
あるいは、この暴走自体が人為的なものでありそれを仕組んでいた、もしくは、事前に知っていたのかもしれない。
しかし、そんなことはどうでも良いことであった。
目の前に敵がいる。
それも強い敵だ。
ならば、闘えば良い。
大晃の大部分を占める思考がそれであった。
「紛ッ!」
大晃の口から呼気が漏れる。
拳を、蹴りを、敵へと放っていく。
まず、標的は近くにいるオータムだ。
「ぬぅ!」
オータムは迎撃する。
以前、自爆により無くしていた機体だが、再び調達した機体にコアを馴染ませることにより、再び空を舞っていた。
より強力になった、八本の装甲脚を操る。
激突する、両者。
大晃は二本の腕にて、八本の装甲脚に立ち向かう。
二対八。
数の上では全く勝負になるはずもない。
大晃の乱打が八本の腕で受けられる。
今度はオータムが攻撃を仕掛けようとして――
しかし、出来ない。
大晃の攻撃が終わらないからだ。
更に言うのなら、一撃一撃の威力も凄まじい。
小型ミサイルを、はるかに凌駕している。
それが矢継ぎ早に飛んでくることがどれほど厄介なことか。
そして――、
「餓ッ!」
オータムが呻いた。
オータムの顔面に凄まじい衝撃があったからだ
意識が一瞬だけ白く塗りつぶされていた。
大晃の拳が八本腕の防御を破り始めている。
八本の腕を弾き、その隙間に拳をねじ込むようにして、打撃を当てていく。
まだ、乱打は終わらない。
衝撃の一つや二つで防御を緩めるつもりはオータムにはない。
しかし、このままではまずい。
そんなところにレーザーが飛び込んできた。
大晃は乱打をやめた。
やめてレーザーから逃れる動きをする。
避けた。
しかし、それで終わらない。
大晃の周りには六機のビットが浮いていた。
大晃がオータムに集中している間にもう片方が配置を終えていたのだろう。
そこから次から次へとレーザーが飛んでくる。
それを大晃は丁寧に避けていく。
かつてセシリアと闘ったときと同じように――。
「ふん! セシリアと同じようなことは出来るようだが、あいつほどじゃないな!」
「それはどうかな?」
エム。
そう呼ばれた少女が冷酷に答えた。
言葉に呼応するように変化が起きた。
大晃が光弾を避けた。
レーザーは射線上を真直ぐに通り抜けて行くだけであった。
普通であれば。
レーザーが軌道を変えた。
その軌道の先には大晃がいた。
「ぬぅッ!」
被弾。
大晃がここで初めて驚いたような声を上げた。
しかし、笑みは浮かべたままだ。
驚く、という行為そのものを楽しんでいる笑みだった。
「ちィッ」
エムは舌打ちをした。
この局面で笑って見せた大晃が気に入らなかった。
この作戦自体への興味は薄い。
ならば、せめて怯える姿の一つや二つくらい見ておかねば割に合わない。
笑みを見ても気に障るだけだ。
エムは大晃を見下した。
しかし、エムは知らなかった。
大晃という男を。
ビットから放たれるレーザーの苛烈さが増していく。
大晃は被弾した状態から立て直していた。
直進、そして、方向変更を兼ねた姿勢制御により回避していく。
エムはさらにその先を読む。
大晃が回避したその先へとレーザーの軌道を変化させていく。
大晃はそれを避ける。
緩急を操り、自在に体勢を変えて、レーザーをすり抜けていく。
――まさか!?
今度はエムが驚く番だった。
大晃の対策はシンプルだった。
レーザーが飛んでくるのなら軌道を読めばいい。
回避行動を読んで軌道を自在に変えてくるのなら、それすらも読んでしまえば良い。
確かに曲がるレーザーは厄介だった。
光の速度のレーザーが自在に曲がるとなれば避けきるのは不可能にも思える。
しかし、本当の意味でレーザーが自在に動くわけではない。
レーザーはあくまでも術者の意志により軌道を変化させる。
つまり、レーザーの軌道が術者の思考の外に飛び出ることはないのである。
どれほどレーザーを操ろうと当たらなければ意味がない。
レーザーを当てるためにはレーザーの軌道上に、大晃が存在しなくてはならない。
その為には大晃の動きを捉えて読まなければならない。
大晃はこの手のやり取りに長けている。
普通ならば勝負にならないはずがすでに大晃は対応している。
エムは大晃に翻弄され始めていた。
「おぉぉぉ!」
その大晃の進路の先に割り込もうとする影があった。
オータムだ。
格闘モードの八本腕の全てを攻撃と制御にフルに回した、超攻撃的なスタイル。
それでもって大晃の動きを完全に止めるつもりだった。
大晃は軌道を変えるそぶりを見せた。
その軌道にオータムは飛びつこうとした。
大晃は軌道を変えなかった。
軌道は変えないままに速度を上げた。
拳を放った。
オータムの腹へと。
「ぐぼぉ!」
オータムはせり上がる胃液を飲み込んだ。
生身の時とは段違いの威力に背筋が凍りそうになる。
しかし、耐える。
耐えて打撃を放った。
八本の腕での矢継ぎ早の攻撃。
大晃はこれに連打で対応してくる。
八本の腕であろうと連打の速さ比べで勝てるとはオータムは思えない。
しかし、それで良い。
完全に戦闘態勢に入っているエムがいる。
手柄を譲るようで癪ではあるが、移動を封じられた大晃にレーザーが当たるはずである。
オータムの思惑通りだった。
レーザーが次々と大晃に当たる。
大晃の連打は衰えない。
しかし、このまま状況が推移すれば間違いなく無手のエネルギーが尽きる。
と、オータムは見た。
大晃が連打を止めないまま回転を始めたのを――。
悪い予感がした。
「なに!?」
それは奇妙な光景だった。
大晃は連打を緩めていない。
いや、むしろ回転を掛けた肉体を用いた連打は徐々に速さを増している。
そればかりではない。
大晃のあらゆる攻撃の動作が全て回避につながっているのだ。
事実、レーザーが当たらなくなった。
大晃の頭部を、脇を、腰を、股下を、紙一重で通過していくだけだ。
更に――、
「馬鹿な!?」
大晃が徐々に前へ前へと動き出していた。
オータムの懐のより奥へと潜り込もうとしているのだ。
己の間合いの内側に大晃がいるということは、無限に炸裂する爆弾を抱えることに等しい。
大晃が前に出た分、下がらざるを得ない。
大晃の笑みが深みを増していく。
笑みと共に瘴気にも似た闘気が放たれて、大晃の勢いに引っ張られるように渦を巻く。
楽しい。
大晃の全身を更なる歓喜が満たす。
大晃が何かに気が付いたようだった。
突如、オータムを突き飛ばした。
二人から距離を取るように動き始めた。
エムはそんな大晃へと追撃を掛けようとするがレーザーは当たらない。
ある程度の距離を空けると大晃は二人を同時に視界に収めた。
エムとオータムのどちらへも距離を詰めることができる絶妙な位置だった。
「くっくっくっ、楽しいなぁ」
「なにがおかしい!?」
「オータムよ、気が付かないかい? もの凄いお客さんがすぐそこまで来ている」
大晃がはるか水平線へと目を向けている。
オータムもエムも大晃の視線の先に意識を集中させた。
ほんの豆粒程度も見えない大きさであったが、ISのハイパーセンサーはその影をはっきりと認識した。
銀色に輝く機体にその機体をすっぽり覆うほどの翼。
間違いないあれこそは一夏と箒に苦汁を飲ませたISであった。
「馬鹿な……!?」
「福音だと!?」
オータムとエムが目にしたのは信じられないものだった。
銀の福音が迫ってきていた。
距離はあるが福音にとっては短いものだ。
オータムとエムの声には焦りがあった。
それをかぎ取ってか、大晃は言った。
「なるほどね、銀の福音はあくまで暴走状態にあって、あんたらが制御しているわけじゃないようだ。
少なくとも、あんたらの味方じゃない。そうなんだろう?」
「まあな」
オータムが答えた。
大晃は言った。
「図星か、まあ考えてみれば当り前だなぁ。それなら、福音と闘っているところに乱入してくればいいんだから。
しかし、待てよ。福音を制御していないならいないで、俺と福音がやって消耗した俺を襲えばいいな。
あんたら、なんで、今ここで俺を襲ったんだい?」
「決まっているだろう。貴様を完膚なきまでに叩き潰さなければ気が済まなかったからだ」
「二対一で襲っておいてよく言うねぇ」
「何人掛りでもいいんだよ。万全の貴様を殺しさえできればな……」
「ふぅん」
「それに、いつ増援が来るとも限らん。やはり、襲えるうちに襲っておくべきだと思ったのさ」
「随分と素直に話をしてくれるんだな――」
大晃の言葉の最中だった。
オータムが背を向けて逃げ始めた。
それはエムも同様で会話の途中で逃げるつもりだった。
福音というイレギュラーが紛れ込んできた今ここに用はないのだ。
そして、それは最適なタイミングだった。
会話をしている間に、大晃は福音の射程に入っていた。
銀色の羽根を思わせる弾丸が、大晃へと近づいてくる。
視界を覆うほどの量だ。
それを横目に大晃は飛んだ。
逃げる二人へと。
「何故、福音がここに来ているのか、不思議じゃないかい?」
オータムとエムは背中のプレッシャーを振り払うように飛んだ。
決して振り返らない二人の否応なしに声が響いた。
オープン・チャネルの通信によるものなのか、生身の声がそのまま届いているのか、判然としない不思議な声であった。
「奴は俺を追っている。俺の気配、つまり闘気をな」
大晃の笑みが二人の脳裏に浮かんだ。
想像上の大晃は楽しくて仕方がないという笑みで二人を見ている。
それは現実も同じで、気持ちを誰でも良いから分かち合いたくて、二人に声を掛けているようだった。
「無論、福音自身にそんなものを感じ取る機能はない。しかし、それでも奴は俺の闘気を感じ取れるものを内に抱えている」
――ここまで言えばもう分かるだろう?
そう言いたげな大晃の口調に二人は知らず引き込まれていく。
強烈な引力に近いものを大晃は纏っていた。
「ナターシャ・ファイルス、福音の中に閉じ込められている操縦者さ」
確かに人であればこの異様な気配を感じ取れるかもしれない。
しかし、それで何故福音が自ら仕掛けてくるのか。
大晃は確信に触れ始めた。
「ナターシャは優れたIS操縦者だった。その細胞の一つ一つが感じ取ったのだ、俺の気配を。
そして、IS操縦者として、国家代表にまで上り詰めた戦士の本能に火が付いた。この男とやりたいとね」
それはあまりにも突飛な妄想。
「福音は気に入らないだろうさ、機械では感じ取れない、しかし、守るべきものへと確かな変調を与える俺という存在が……」
根拠の薄い戯言。
「だから、福音は俺を倒しにやって来た。
操縦者の望みを叶えるために、福音自身の俺を消したいという望みを叶えるために」
しかし、それはもはや大晃の中では真実だ。
どれほど突飛であろうとも、根拠が薄くとも筋が通っていればそれで良い。
ときには話の筋を通すためだけに無茶苦茶を言う。
それが安城大晃だ。
「さあ、楽しんでくれ!」
大晃は一気にトップスピードまで上り詰めると二人を追い越して、打撃を放つ。
オータムとエムは弾き飛ばされて――、
「Laaaaaaッ!」
絶叫を上げる福音と対面する。
後ろからは安城大晃。
もはや、二人に逃げ場はない。
闘いが始まった。
そして、その闘いの気配をはるか遠くから感じ取っている存在がいた。
それは静かに横たわっていた。
旅館で深いこん睡状態にあった箒は夢を見ていた。