超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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35話、束の忠告

「随分と好き放題やってくれたわね」

 

 スコールと名乗ると金髪の女はそう言った。

 その横にはオータムがいつの間にか侍っている。

 それを庇うようにオータムは大晃と対峙する。

 

「なるほど、今度はあんたが相手をしてくれるのかい?」

「あなたにきついお灸を据えてあげるのも良いけれど、それはまた今度。

 今の状況であなたたちを相手取るのは難しいわ」

 

 高い実力を感じさせるスコール。

 そのスコールですらもこの戦場はきつい。

 相手は大晃だけではない。

 その横でエムを抱えているセシリアも強敵だ。

 それに引き換え、スコールの陣営で動けるのはスコールとオータムの二人だけ。

 しかも、オータムに至ってはほとんど戦闘不能な状態ときている。

 

「逃げる? それも良いが、あんたをこの場で逃がすほど俺たちがお人よしに見えるのかい?

 折角だから遊ぼうぜ? なぁ?」

「呆れた人ね。今日はもう十分、遊んだんじゃないの?」

「こうして新しい遊び相手が来てくれたんだ。

 欲が膨れるのは当然じゃあないか」

 

 大晃とセシリアに、この二人を逃がす気はない。

 物腰からして見ても、このスコールが亡国機業という秘密結社でも相当な地位にいるだろうことは明らか。

 既に二度、IS学園の厄介ごとに関わっている亡国機業に対してのカウンター。

 それを狙うのには絶好のチャンスだった。

 そういう事情を抜きにしても、大晃は闘うだろう。

 闘いを繰り返すごとに大きくなった戦闘欲求が、戦闘の中断を許すわけがない。

 

「さあ、やろう」

 

 闘いの再開は近い。

 叩き付けられる気配の濃さが増している。

 臨戦態勢の獅子が放つようなそれをどうにか受け流して、スコールは言った。

 

「消えなさい」

 

 スコール――土砂降りの雨を形容するその名に不釣り合いな、本当に短い表現で、不快感を滲ませる。

 スコールを中心に火球が周囲へと放たれる。

 特にその中でもひと際大きな火球が大晃へと向かう。

 再び大晃の身体に力が灯る。

 僅かな種火が、瞬きほどの時間で燃え盛る業火へと変わる。

 装甲と身体を刺し貫くような熱さなど気にも留めずに、大晃は再び拳を向けた。

 感情の炎を込めた、右の正拳突き。

 それが業火を刺し貫いて霧散させる。

 大晃はそれを確認する間もなく飛んだ。

 無数の火球による足止めと目くらましなど気にならない。

 その先にいるであろうスコール。

 それを目指して大晃は火球を蹴散らしていく。

 

「本当に厄介ね」

 

 オータムを連れて飛ぶスコールは更に火球を放っていく。

 能力には制限があるはずだが、それを感じさせない質と量を伴う、火球の群れ。

 拳、拳、拳。

 蹴、蹴、蹴。

 拳と蹴りを織り交ぜた地面に脚を着いていないからこその、回転連打。

 強烈な連打による一撃一撃が火球を消していく。

 火球に接近するたびに焼け死ぬほどの熱が大晃を襲う。

 しかし、大晃は怯まない。

 そのまま前へと――、

 

 豪ッ!

 

 大晃が拳を当てた火球の内の一つ。

 それが爆発を起こした。

 衝撃により爆散する火球。

 少々小さめのそれは本来ならば避ければ良いものだ。

 しかし、最短距離に陣取るそれを大晃は避けようなど思わない。

 他の火球と同様の処理を行おうとして、結果としてババを引いた。

 身体に燃え移った火を見た大晃に怯えはない。

 が、流石に放っておくわけにはいかない。

 即座に全身を捻り、身体を廻して、火を消した。

 幸い、大きな怪我は見当たらないが、大きな時間のロスだ。

 

「全く、困った御人ですわ」

 

 この場にいるもう一人。

 そんな大晃を見ても焦ることのなく、セシリアはライフルをスコールへと向けた。

 放たれたレーザーは俊敏に軌道を変えて、スコールへと吸い込まれる。

 しかし――、

 

「むっ!」

 

 それはスコールがいつの間にか纏っていた黄金に光る膜に掻き消された。

 能力の応用によるという類推はつく。

 火球を生み出し、放つだけが能ではないらしく、応用力の高さと操縦者の能力に対する理解の深さを実感する。

 そういう思考の合間にも火球は飛んでくるのでセシリアは避ける。

 セシリアのレーザーでは火球は打ち消せず、防御を突破することは難しい。

 かと言って、火球を潜りぬけて接近するには距離がある。

 

「大晃さん、流石にもうこれ以上は無理ですわ」

「ここが潮時か。仕方ないな」

 

 足止めをして逃げれば良いだけのスコール。

 しかも、その攻撃は広範囲で高火力だ。

 それを乗り越えたとしても、全速力のスコールに追いつくのは難しい。

 火球が消えるともう何もない。

 スコールとオータムはもう水平線の向こうに消えている。

 

「まあ、収穫はあった。後は一夏たちが無事かどうかだが、あいつらなら大丈夫だろう」

 

 火照った身体を冷ますように大晃は言った。

 

 

 

 崖の岬の上に一人の女性がいた。

 空には満月が上っている。

 ウサギを模したファッションの女性の姿も会いまって、ウサギが故郷の月を眺めているようにすら見えた。

 篠ノ之束は柵の上に腰を掛けて、足をゆらゆらと揺らす。

 

「赤椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても、まずまずと言ったところだね。

 まあ、なんか絢爛舞踏とは名ばかりの別物になっている感じがあるから数字はあまり当てにならないかな!」

 

 空中投影型のディスプレイを眺めて一人呟く。

 表されているのは箒と赤椿のデータだ。

 そして、一夏と白式のデータだ。

 

「いっくんがこの土壇場で第二次移行するなんて流石だけど、まさかこんな展開になるとは――」

「――本当なら、一夏の方に生体再生機能が発現するはずだったのに、か?」

 

 後ろから現れたのは千冬だった。

 静かな気配の中に、僅かな敵意を滲ませながら声を掛ける。

 

「"白式"と"白騎士"。確かにこの二つは似ているな。

 名前だけでなくその機能も、見た目にも何処となく面影がある。これは私の気のせいなのか?」

「ううん、気のせいなんかじゃないよ。事実、白騎士は白式の中にいるんだから」

 

 かつて、各国の核ミサイル2341発が日本に撃ち出されるテロが発生。

 それを食い止めたISの通称が白騎士だった。

 白銀の姿をしたフルフェイスの機体は、世界に初めて現れたISで、その性能を世界に示した。

 この一連の出来事は"白騎士事件"として世に知られている。

 その白騎士と白式が同一であると、束はあっさりと認めた。

 

「でも、勘違いしないでよ? 私だって白騎士と白式がほぼ同一の能力を持っている理由なんて分からないんだから。

 いくら、白騎士のコアを積んだって初期化されていれば再現することは無いはずなんだよ」

「そうなのか? 私は束が故意に再現したものだとばかり――」

「ちーちゃんは私がなんでも知っていると思っているようだけど、私にだって分からないことはあるよ」

「ほう」

「だって、未だにISのコアがどうなっているのか、私にだって分からない所は多いんだよ?」

 

 束は振り返った。

 千冬の横を見た。

 

「やあ、だいちゃん。こんなところに何しに来たのかな?」

「私が連れて来た」

 

 大晃がいた。

 千冬が連れて来たらしく、大晃は月を見上げている。

 未だに胸の中にある、ほてりを覚ますように月に見入っている。

 月に目を向けたまま大晃は言った。

 

「月見に誘われたもので」

「ふうん。にしても、楽しそうだね君は」

「ええ、好きなことを好きなだけさせて貰いましたから」

 

 束に目を向けてそう言う。

 感情を笑みで発散させる大晃に束は苦笑した。

 白騎士と白式。

 その関係、口外出来ない秘密を知ってしまっても、大晃はいつもの様子だった。

 

「でもさぁ、本当に良かったの?」

「何のことでしょうか?」

「もう、分かってるくせに。君の無手の話をしているんだよ」

「無手の高速戦闘の話ですか」

「そうだよ! あれはかなり危ない物なんじゃないかな」

 

 気を取り直して束が語ったのは、白式でも赤椿でもなく、無手のこと。

 福音戦で用いた、無手の高速戦闘は束すらも興味を持たせる何かがあるらしい。

 

「無手のアレ、コアの制限を一部取っ払ってるでしょ?」

 

 その一言は確信をついていたのだろう。

 大晃ははっきりと顔色を変えた。

 驚いた風に束へと目を向ける。

 束はその表情を見て勝ち誇ったように笑った。

 

「ふふん。やっとだいちゃんを驚かせることが出来たようだね」

「俺は篠ノ之博士に合ってから驚きっぱなしの様な気がしますよ」

「嘘だよ。さっきまで思い出し笑いなんてしてたくせに」

「それは仕方ありませんよ。今日は、本当に楽しかったんですから」

 

 底抜けの笑みと共に大晃は言った。

 

「本当にだいちゃんは良い顔で笑うね」

 

 一瞬。

 本当に一瞬、束の視線に奇妙な色が浮かんだ。

 自分には無い何かを大晃の中に見出して、それを羨むように――。

 

「きっと、世界が楽しいかどうかなんて考えてる暇すらも無いんだろうね」

 

 束と大晃が話している間中、千冬はただじっと見ていた。

 今回の騒動。

 事の発端に束が関わっていると見てまず間違いがない。

 大晃を連れて来たのは、この惚けた男が何かを束から引き出すのではないか。

 そんな薄い期待があってのことだった。

 しかし、今はもう一つの想いがある。

 束は人に興味を持たない。

 箒と千冬、一夏などのごく僅かな数名のみが束にとって興味に足る人間であって、他の人間のことなど考えたことは無い。

 その束が人に興味を持って、しかも、誰かを羨ましがることは極めてまれだ。

 僅かに浮かんだ束の寂し気な気配を感じ取り、千冬は思ったのだ。

 珍しいな、と。

 そして、束は時折言う。

 世界は楽しいか、と。

 今も本当なら、この世界が楽しいのか、と自分も含めて訊いてくるはずであった。

 それが無いのは知っているからだろう。

 大晃が目の前の出来事を全力で楽しんでいることを。

 

「うん! 良いよ、君は。実に良い! ――だから、特別に教えておいてあげる」

 

 だからこそだろう。

 気に入ったからこそ、無手をよく知る開発者として、束は忠告した。

 

「もう無手を使っちゃダメだよ」

 

 

 

 

 

「もう無手を使っちゃダメだよ」

 

 その衝撃的な一言を前にしても、大晃の顔色に変化はない。

 ただ、理由を教えてくれと、無言の内に催促している。

 

「今日、君はコアの制限の一部を取っ払ったよね。多分、金子先生に貰った専用のキットやらツールで解除したんだろうけど」

 

 そう――、解除して"しまったんだよね"と意味ありげに束は嗤う。

 

「私は言ったよね、無手のコアは問題児だって。君の身体に負担を掛けることを厭わない、と」

 

 かつて、言ったその言葉は、しかし、束にしては珍しいくらい気を使った表現だったのかもしれない。

 

「でも、それは甘い表現だよ。無手は君の身体に負担を掛けることを目的にしている。

 成長の為に君を傷つけるのを厭わないのではなく、君を傷つけることこそが、無手の願いなんだよ

 ねえ、可笑しいと思わなかった? 普通ならできることが出来ないことに」

 

 忘れてしまいそうになるが、大晃のISは直進しかできない。

 旋回することも、山なりの軌道を描いて飛ぶことも出来ない。

 基本的に真っすぐ前に進むことしか出来ないし、その軌道は直線しか描くことは無い。

 何より、ISとしては基本である宙空で踏ん張ることが出来ない。

 大晃の技量が上がることにより、姿勢制御は融通が利くようになり、結果として機動力が上がった現在においてもそれは変わらないのだ。

 それは無手が機体としてかなり特殊なものであるとしても、異常なことであった。

 大晃ほどの技量があれば、もっと多くのことが可能なはずなのに。

 

「無手はフィッティングなんてしてないよ」

 

 ISのコアは常に操縦者に歩み寄る形で成長を続けている。

 しかし、無手の場合は違う。

 操縦者に歩み寄るためではなく、操縦者を傷つける為の成長を遂げている。

 事実、大晃は第一次移行すら果たしていないのだ。

 そんなコアが一部だけでも、制限から解き放たれればどうなるのか、どうなってしまうのか。

 

「コアに掛けていた制限の鎖、無手はそれから解き放たれてしまった。

 今更、制限を掛けなおしたって、もう遅いよ。そのコアはもう君を逃がさない」

 

 もし、可能性があるとすれば無手を放棄することのみ。

 視線のみで束はそう告げる。

 

「篠ノ之博士。あなたほどの人が心配するんだ。かなりのモノなんでしょうね」

「そうだね」

「ただ、篠ノ之博士と俺には見解の違いがあります」

「是非、聞かせて欲しいね」

「あなたほどの人が危惧する"何か"。俺はこれがただ殺意に塗れているものだとは到底思えないのです」

「殺意以外の何があるって言うの?」

 

 ISのコアには統制人格が宿っている。

 フラグメントマップの成長はこの人格の好みの影響が大きく出る部分だ。

 束ほどの頭脳があればそこから推測可能なことは多い。

 以前からコアの性格を把握していたことも相まって、その精度は高い。

 束が大晃の言葉に耳を傾けるのは、やはり常日頃から無手に触れている大晃ならではの意見が出ることもまた予想していたことだったからだ。

 しかし、その内容までは読み切れなかったのか、束は大晃の言葉に驚くことになる。

 

「無手の野郎は俺に惚れている」

「は?」

 

 らしくない間抜けな声だった。

 こうした真面目な雰囲気で話をしている最中に、思考を遮られることなど今まで一度たりとも無かった。

 安城大晃。

 不思議な男だと思っていたが、想像以上に頭の造りが特殊だ。

 正直何を言っているのか全く分からなかった。

 身体中の喜びをかき集めて出来たであろう、それでいて柔和な笑みは、束をしてそう思わせた。

 

「好きな女の子に悪戯をする悪ガキのように、可愛い娘をついつい虐めてしまう捻くれ者のように、無手は俺に惚れている」

「そうかもね……って、そんなわけないよ」

 

 あまりにも断定的な論調に束は肯定しかけたが、どうにか踏みとどまる。

 大晃の口ぶりには一瞬だけも人を納得させる力があるが、暴論の域を出ない。

 しかし、その暴論にすら束は頷きかけたのだから、論の持つ力は流石と言うべきかもしれない。

 

「は~~、分かったよもう、好きにすれば」

 

 束が道を譲るようにして退くのは、論の乱暴さに束が匙を投げた瞬間だった。

 好意を無駄にされた訳で、それはそれで少し腹立たしいが、妙に納得して束は立ち上がった。

 無邪気な笑みは人の怒りすらも吸い取るのかもしれない。

 千冬はらしくない束を見て、言った。

 

「なんだ、もう行くのか?」

「うん。なんか調子が狂っちゃてね。だいちゃんのことは気に入ったけど、大事な話のときは呼ばないで欲しいな。調子が狂う」

「良いことを聞いた。今度から大事な話をするときは大晃も一緒に連れてこよう」

「やめてよ」

「俺は良いですよ。束さんと話をするのは楽しい」

「断ってよ」

 

 普段、千冬は束にしてやられていることが多い。

 そんな千冬にとって、どこか困惑した束の様子は面白いものだった。

 ついにんまりと笑ってしまう。

 そんな邪気まみれの笑みが面白くないのはやはり束だった。

 いつもはマイペースを貫く束にとって、誰かに振り回された様子を見られて笑われるのは結構カチンときた。

 が、ここには大晃がいる。

 調子が狂う元凶がこの場にいる以上、ここで喧嘩をしたって勝ちの目は見えない。

 だから、束はここを去ることにした。

 切り札を切って。

 

「そうだった、一つ言い忘れていたことがあった」

「なんだ?」

「このエムって娘、私が連れて行っちゃうからね」

「な!?」

 

 束はいつの間にか少女を抱えていた。

 何もない空間から少女が出てきたのだ。

 それは旅館にて拘束されているはずのエムだった。

 エムはまだ意識を失っている。

 千冬は驚いて、束はそんな千冬を見て満面の笑みを浮かべた。

 ただ、大晃一人だけが見当違いのことを呟く。

 

「別に異空間に収納したまま、連れて行けば良いんじゃないですか?

 何故わざわざ、目の前で呼び出すなんて真似をするんですか? 人一人抱えるのだって面倒なはずなのに――」

「君は、いちいち言わなくても良いことを言うんだね!」

 

 千冬もその言葉にハッとなる。

 エムをどういう手段でかは分からないが拉致した束。

 それを如何なる方法でここに呼び出したとして然したる意味はない。

 そんな可思議は束に付き物だ。

 そんなことよりも重要なのは、その行動の意味だ。

 つまり、と千冬は束をからかった。

 

「束。お前、ひょっとしたら私たちに見せつけたいのか。エムを連れ去るのを――」

「何で二人してそんなに悠長なわけ! そんなどうでも良いこと言ってる暇なんてないでしょ!」

 

 この馬鹿ッ!

 そんな捨て台詞を吐いて、束は消えた。

 

「あはッ! あはははははッ!」

「いいんですか? エムが連れ去られましたが……」

「束が相手じゃ仕方ないさ。IS学園ならまだしも、出先であいつを止められるとは思っていない。

 なぁに、心配することは無いさ。エムにとっても、亡国機業にいるよりはずっとましだろう」

 それよりも……クックックッ、あいつのあんな顔は久しぶりに見た。

 いやぁ、良い物を見れた!」

「そうですか」

 

 束が焦ったことがよほど可笑しいのか、千冬は職務上での厄介ごととプレイベートでの問題を意識しつつ、尚も笑った。

 大晃は珍しく困惑した表情で、そんな千冬を見るのであった。

 

 

 

 "銀の福音"の騒動から数日が経って、IS学園の臨海学校が最終日を迎えた。

 撤収の準備は既に終えてあり、後はIS学園へと帰るだけである。

 

「それにしても、疲れたなぁ」

「そりゃあ、騒動が終わったばかりだしな」

「それもあるが、あのエムってやつのことだよ」

 

 エムを拘束したセシリアと大晃が福音を撃破した一夏たちと合流した時のことだった。

 銀の福音にやられた専用機持ちがどうにか回復し、動けるようになって、旅館に戻るとする一幕のことだ。

 専用機持ちを回収する傍らに、セシリアが抱いているエムの顔を見て一夏が呆然となったのだ。

 肩を借りようとしていた鈴が、一夏の動きが急に止まったのですっぽ抜けて姿勢を崩して、文句を言う。

 しかし、一夏は答えない。

 代わりに呟いた。

 

「千冬姉?」

 

 どうやら、エムと呼ばれる少女には織斑千冬の面影があるらしい。

 エムの顔しか目に入っていない一夏の様子を見るに、他人の空似とは思えないほどに似ているらしく。

 エムと千冬の間に何らかの関係がありそうである。

 

「で、織斑先生には訊いてみたのかい?」

「いや、正直俺から訊く勇気は無いんだ。本当にただ顔が似ているだけってこともあるかもしれない」

「本当にそう思っているのか?」

「絶対に何かあるんだと思う、けど俺からは訊けないよ。

 千冬姉が俺に打ち明けてくれるまで待ってみようと思う」

 

 バスに乗り込む前の自由時間。

 駐車場の近くの公園で大晃と一夏はベンチに座っている。

 今ここには二人しかいない。

 いたとしても、二人の会話が聞こえる距離には誰もいない。

 

「しかし、まあ、お前さんのお家の事情って奴かい? 結構複雑なんだな」

「そんなことは無いよ。両親のことだって、俺たち二人を残して行方不明になったってだけの話だし。

 ただ、意外に千冬姉はそこら辺の事情を知ってるのかも――、あのエムってやつもそこらへんと関係しているのかもな」

「ふぅん」

「あのエムを逃がしてしまったのは、惜しかったな。結局、何も訊けなかったし、一言も話すことすら出来なかった」

 

 エムに対しては色々気になることが多い。

 所属していた亡国機業のこと、その出自。

 訊きたいことはいっぱいあった。

 しかし、そのエムはどうしているのかと言うと、脱走したのだという。

 誰か、それもうさ耳を付けた人間がその脱走を手助けしたらしい。

 そこまで特徴が分かっていれば犯人は一人しかいない。

 一夏は言った。

 

「十中八九、束さんだな。大晃もそう思うだろう?」

「だろうな」

 

 意見を求められて頷いた大晃であったが、大晃は既に事の真相を知っていた。

 それは騒動が終わって、千冬と束の二人と会話をした時のことだった。

 束がエムを連れていた場面を目撃している。

 だが、大晃は知らんぷりをした。

 あの出来事が公にしても良いものではないと、分かっていたからだ。

 大晃は気を取り直すようにして、言った。

 

「また会う機会もあるだろう」

 

 大晃の言葉に一夏は思う。

 今はまだ弱くても良い。

 仲間さえ守れれば弱くとも良い、と思えた。

 しかし、いつまでもそれではいられない。

 エムとの再会がいつになるのかは分からない。

 分かっていることは、エムは今後もIS学園を中心として起こるであろう騒動に加わるだろうことだ。

 そのときに誰かの助けとなるために――、エムのことを知るために――、一夏は強くならなくてはいけないのだ。

 そして、そのときには白式の力を借りることになるだろう。

 それはそれで構わなかった。

 暗い記憶を見せて来たのは白式だが、それは自分が弱いことが大きな要因で、その証拠に白式は今回、素直に力を貸してくれた。

 ならば、それに応えるだけのものを己が示してやれば良いのだ。

 

「バスの時間は近い。そろそろ行くかい」

「ああ」

 

 一夏はひとまず考えることを止めた。

 今はとにかく疲れを取らなければいけない。

 二人はベンチを発って、近くのIS学園バスへと向かう。

 乗車口へと足を掛ける直前。

 二人に声が掛かった。

 

「ちょっと待って。あなた達よね、織斑一夏と安城大晃」

 

 金髪の女性が立っていた。

 カジュアルスーツで胸元を空けた煽情的な服装だった。

 

「確かに、俺が安城大晃、横にいるのが織斑一夏ですが。あなたは?」

「ナターシャ・ファイルス、銀の福音の操縦者よ」

 

 銀の福音に閉じ込められていたテストパイロットだった。

 

「やっぱり、そうですか」

「あら、知っていたの?」

「銀の福音の内から流れて来た操縦者の気配が、あなたにそっくりだっただけですよ。

 俺たちに何か用でもあるんですか?」

「私を助けてくれたお礼を言いに来たのと、もう一つ――」

 

 ナターシャは大晃を見た。

 

「安城君、君に一つ訊きたいことがあるのよ」

「なんですか?」

「朧気ながらに感じた異様な"何か"。あれはあなたのもの?」

「そうですよ」

「へえ」

 

 福音が大晃へと吸い寄せられた原因。

 闘気と呼ばれる正体不明のオーラは大晃が放ったものであった。

 

「安城君、君とはまたどこかで会うことになると思うのよ」

「へえ、それは楽しみですね」

「でしょう。私も楽しみだわ」

 

 二人は意味深に笑った。

 

「そうだったわ、お礼も忘れずにしておかないとね」

「ならば、俺ではなく一夏に言うべきです」

 

 大晃は一夏の背中を押した。

 一夏はナターシャの前に突き出された。

 ナターシャの煽情的な格好に一夏はドギマギしている。

 

「そう、あなたが私を助けてくれたのね」

「ええっと、微力ながら救出の助力をさせて貰いました」

「じゃあ、お礼をしないとね」

「えっ」

 

 ナターシャの顔が一夏へと近づいた。

 一夏の頬にナターシャの唇が付けられる。

 

「モテル男は辛いねぇ」

「大晃!」

 

 一夏は顔を赤くして大晃を睨んだ。

 しかし、大晃はどこ吹く風である。

 

「いや、俺はからかっちゃいないよ。ただ、一夏はモテルんだなって」

 

 そんなことを宣う大晃にナターシャは向き直った。

 

「あなたもよ」

「なに!?」

 

 ナターシャは一夏にしたのと同じように、頬にキスをした。

 

「あら、意外に初心なのね。恥ずかしがっちゃって」

「別にそんなことはありませんよ」

 

 取り繕う大晃であったが、動揺は目に見えている。

 一夏はざまぁ見ろとばかりに笑っている。

 

「じゃあね」

 

 ナターシャはそう言って去っていった。

 

 

 

 

 ナターシャは歩いている。

 その先に人影が見えてきた。

 スーツを着こなしたその人影は千冬であった。

 

「面倒くさいことをしてくれたもんだな」

「想像していたよりもずっと素敵だったから、つい」

「まあ、いいさ。一夏はともかく大晃も年相応に振る舞うべきだ」

 

 千冬の視線の先にはバスに乗っているメンバーからキスの件でからかわれている二人の姿があった。

 

「それよりも凄い男の子ですね、あの安城大晃というのは」

「自慢の生徒だ、と言いたいところだが、あれを育てたのは私ではない。金子博士だ」

「ああ、例の――」

「そういうことだ」

「確かにあの子は、とんでもない逸材だと思いますよ。

 いつの日か、あなたとやり合うんじゃないか、と考えてしまうほどに」

 

 突然の言葉にも千冬は冷静に返した。

 

「私は既に引退している身だ。世界最強の称号にも執着はしていない」

「嘘ですよ。そんなのは口ばかりの話です」

「現に私は引退している。そして、私が引退してから、私以外のブリュンヒルデが誕生している。

 もし、私が世界最強を誰にも渡したくないのならば、私以外のブリュンヒルデは生まれていなかったよ」

「それは世界最強が自分であることをあなたが知っているからです。

 "引退していなければ、私以外のブリュンヒルデは生まれていなかった"なんて、未だに自分が一番強いと言っているようなものですよ」

「そうか?」

「そうです」

 

 ブリュンヒルデとは世界最強の称号である。

 未だにブリュンヒルデと呼ばれている通り、現役のブリュンヒルデを差し置いて、千冬を未だに最強だと考えている人間は多いのだ。

 無敗で引退したことがこの説を後押ししている。

 

「いつの日か、安城君はあなたの最強の地位を脅かすことでしょう。

 そのとき、あなたがどんな姿を見せるのか……、あの話が本当なら心配です」

「……貴様は知っているのか?」

「ええ、あなたと二代目ブリュンヒルデとの間の確執は広く知れ渡っていますからね」

 

 あの話がどんなものであるのかは定かではない。

 ただ、二代目のブリュンヒルデと千冬の間で何かあったらしいが――。

 そして、ナターシャは、

 

「この件を仕組んだ人間を私は許さない。必ず、追い詰めて報いを受けさせる」

 

 去り際に呟いた。

 千冬はナターシャには目を向けずに、バスに乗り込もうとする大晃を見ていた。

 

「小僧っこ相手に本気になってたまるか」

 

 千冬は意味深に言ったのだった。

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