超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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36話、『闘い』の始まり

 そこは生命の香りに満ちた山であった。

 木がうっそうと茂っている。

 虫の鳴き声が聞こえる。

 そんな中に安城大晃はいた。

 

「これほどまでに豊かな精神世界を持っているとは。

 流石は安城大晃、私が目を付けた男なだけはある」

 

 声が聞こえた。

 活発な少女のそれは、周囲に響き渡り、山を駆け抜けた。

 大晃は周囲を探る。

 声の人物がどこにいるのか、その気配を見つけようとした。

 感じ取れるのは、濃い山の気配だけ。

 

「私はここよ」

 

 大晃は背後を振り返った。

 その背のすぐ後ろに、少女がいた。

 白い髪のツインテール。

 中学生ほどの見た目をしていて、白いワンピースを着ている。

 この世界には不釣り合いなほどに白い見た目は、濃い緑の中でははっきりと浮かび上がっており、何故大晃がその姿に気が付かなかったのか不思議なくらいだった。

 

「お前さんが俺をここに呼んだのかい?」

「自力でここに来れないあなたを私が呼んだ。その考えで間違いないわよ」

 

 少女は快活に笑った。

 その奥にある感情を隠す笑みであった。

 

「何故、俺をここに招いたんだい?」

「決まっているじゃない。篠ノ之束から、いや、それ以前に金子昇から話は聞いているんでしょう?」

「なるほどね、つまり――」

「そう、私はね、あなたにお礼を言い来たのよ」

 

 少女はそう言った。

 言ってから、少女の笑みの性質が変わる。

 笑顔の仮面の奥から、生々しい感情が表れてくる。

 

「私を解放してくれて、ありがとう」

 

 名づけるのならば、欲望。

 捕食への欲望が少女の顔に出ていた。

 

「お陰で私はあなたを食べることが出来る。

 あなた自身に、ううん、あなた以上のモノに成ることが出来る……!」

 

 宣戦布告どころではない。

 正真正銘の捕食宣言を聞き、それでも大晃の顔に変化はない。

 驚きこそあれ、あるかなしかの笑みを口に浮かべて少女を見つめている。

 

「ゆっくりと味わってあげる。血も、骨も、肉も、あなたの全てを味わいつくして、あなたに成り代わってあげる。

 そして――」

 

 少女は大晃と向き合う。

 一歩近づき、身長差を無視して、二人の顔が至近距離へとなった。

 

「永遠を手に入れる」

 

 それだけが言いたかったのだろう。

 そう少女が宣言すると、大晃の姿が朧げになる。

 空気に溶け込むようにして、この空間から大晃はいなくなった。

 邪魔者はいなくなった。

 少女は指を鳴らし、この世界を喰らう準備を開始する。

 

「さあ、始めましょうか」

 

 白い白い、牛乳のような液体が空から降ってくる。

 雨のように降り注ぐ白い液体は、山へ土へ川へと染み込んでいく。

 まるで侵食していくように――。

 

「捕食活動を」

 

 少女は愛おしそうに世界を眺めた。

 

 

 

 大晃はベッドの中で目を空けた。

 腕を組んで、首をかしげる。

 その動作は稚気すら感じさせるほど愛嬌のあるものだった

 

「ふふん」

 

 口から洩れる呼気が、笑い声のように響いた。

 そして、大晃は横を見た。

 同じ布団の中から寝息が聞こえてくるのである。

 誰かが布団に潜り込んでいるらしかった。

 掛け布団をめくるとそこには少女がいた。

 

「ふわぁ……"お父さん"、おはよう」

「おはよう」

 

 ラウラが目を擦りながら上体を起こした。

 ラウラは時折、大晃のベッドに忍び寄ろうとする。

 しかも、全裸だ。

 今こうしている間も、胸が大晃の前に露わになっている。

 大晃はラウラの裸体を目に入れないようにして、ベッドから抜け出した。

 

「悪いな、起こしちまって。

 まだ、朝は早いんだ、もう少し寝てなよ」

「大丈夫、もう少ししたら完全に目が覚めるから」

 

 まだ、日が出る前の時刻だった。

 大晃は寝間着からジャージに着替えて、部屋を出ようとしている。

 外の空気を吸いに行くつもりであった。

 部屋を出る前に大晃はラウラに声を掛けた。

 

「そうかい、ゆっくりしてな」

「ああ、そうする」

 

 大晃は扉に手を掛けた。

 大晃が部屋から出て行くのを眺めるラウラはようやく頭の回転が良くなった。

 そのお陰か気が付いた。

 いつもならば忍び寄る気配を察知していたはずの大晃が、今日に限ってラウラの接近を見逃したことを。

 体調でも悪いのだろうか、とラウラは考えた。

 

 

 

「そう言うわけで、お父さんのことが心配なんだ!」

「そう言われてもね……」

 

 シャルロットはルームメイトのラウラの言葉にため息をついた。

 調子が悪いのかもしれないことに多少の心配は覚えつつも、相手が大晃であることもあってそう深刻に思えない。

 それよりも、大晃の部屋に忍び込むのはやめろ、と言い聞かせているはずなのに、止めないラウラの方が問題に思えた。

 

「何故、わたくしまで連れられているのでしょうか」

「決まっているだろう。お前もお父さんの娘だからだ」

「……言いたいことは沢山ありますが、一つだけ言って差し上げます。

 わたくしあのお方の娘になった覚えはありませんわ」

「ならば訊くが、時折、お父さんに向けるセシリアの視線はなんだ?

 まるで、尊敬する父親を見るような目ではないか!」

「気のせいですわよ」

 

 シャルロットは二人の会話を横目にジュースをすすった。

 臨海学校から時は経ち八月。

 日本の夏は暑い。

 気温もそうだが、特有の湿気でべたついてくる熱さはシャルロットには初めてのものだった。

 エアコンは効いているが、それでも汗はかくし、それだけにジュースはうまかった。

 

「いや、気のせいなわけがない。私が、いや皆が気付いていないと思っていたのか?

 模擬戦の時のお前はやたら熱っぽい視線を大晃に向けているんだぞ」

「それはわたくしだけではなく、箒さんや一夏さんもそうなのでは? ラウラさんだって――」

「セシリアほどではない」

「はい!?」

「あれほどの視線をお父さんに向ける者は私を除けばセシリア位のもの。

 だから、セシリアはお父さんの娘に決まっている!」

「いい加減にしませんと、怒りますわよ!」

「ムキになるところが余計に怪しい!」

「ラウラ、しつこいよ」

 

 一応、二人を止めようとするシャルロットではあったが、ラウラの言うことも分からないでもなかった。

 セシリアの大晃に対する凝りは一ライバルに向けるものではない。

 何せ、あらゆる訓練で大晃を意識している節があるからである。

 四六時中大晃のことを考えているようにも見えるセシリアの意識に名を付けるとすれば、父親を超えようとする娘のそれを言っても良いかもしれない。 

 もっとも、それをここで指摘すれば面倒なことになるのは明らかなので、わざわざ口には出さないが。

 

「で、話を戻すけど、ラウラは大晃に何かしてあげたい。そう言っているわけだね」

「流石はシャルロット。私の言いたいことを全て言ってくれた」

「でもねぇ、大晃が喜ぶことってなんだろうか?」

 

 大晃が喜びそうなものはなんであろうか。

 例えば、戦闘はどうであろう。

 模擬戦は一戦一戦を楽しみながらやっている。

 身体をひたすら虐めるような訓練も大晃の大好物かもしれなかった。

 あるいは運動はどうだろう。

 臨海学校ではバレーボールに水泳など、照り付ける太陽の下で思いっきり運動していた。

 身体を使った遊びを大晃は好んでいるはずだ。

 しかし――、

 

「身体を動かすこと以外で好きなことって、ありましたっけ」

 

 それら全ては身体を使った激しいもの。

 ラウラの懸念する大晃の体調不良にとって悪影響なものばかり。

 しかし、それ以外で大晃が好きなものなど思いつかない。

 部屋の中で縮こまっている大晃など想像がつかないのだ。

 

「だから、困っているのだ」

「うーん、動くこと以外なら食べることとか? 身体に良いものでもあげてみる?」

「料理は苦手だ」

「わたくしも料理はちょっと。前に失敗しましたし」

「……セシリア、自分を責めることはない」

「そうだよ。落ち込むことなんてないんだよ」

 

 以前、セシリアが料理を専用機持ちに振る舞ったときの悪夢が蘇る。

 大晃以外が全員のたうち回った。

 一人、意識を保っていた大晃も無表情で口を閉ざしていた。

 

「それはともかく、どうしようか? 何か良い案のある人いる」

「うーむ」

「思いつきませんわね」

「困ったなぁ」

 

 シャルロットは二人の様子に頭を抱えた。

 この分だと、自分で考えるしかない。

 と、ここでシャルロットは一つ思いついた。

 疲れも取れる上に、大晃が喜びそうなことを――。

 

「ねえ、一つ提案があるんだけど」

 

 

 

 それから、数時間後。

 大晃は部屋で寛いでいた。

 今日の訓練も終わり、良い汗をかいた。

 それでシャワーを浴びてすっきりしたところである。

 一人ではない。

 ラウラが、セシリアが、一夏が、同じテーブルに座っている。

 

「しかし、いきなりだな」

「済まないな。だが、私はお父さんのことが心配なんだ」

「悪いね、心配かけてしまったようで」

 

 ラウラが突然の来訪を謝っている。

 その二人のやり取りを見ながら、一夏は言った。

 

「なんだ、大晃。調子でも悪いのか?」

「まあ、ちょっとな」

「そうは見えなかったけど」

 

 一夏から見て大晃に体調不良の兆候はない。

 至って健康そのものに見えるし、模擬戦でも圧倒的な力を見せつけている。

 ラウラが得意げに一夏に告げた。

 

「ふふん、お父さんはな、多少調子が悪い程度で戦闘能力が落ちるほど軟じゃないんだ」

「ラウラは相変わらず大晃が好きなんだな」

「うん!」

 

 何処か幼児退行したようなラウラの言葉に場が和んだ。

 その中でも顔をしかめる人が一人いた。

 セシリアは尚も勝てない現実に捻くれたように、顔を歪める。

 

「次こそは必ず勝ってみせますわ」

「おう。俺もうかうかしてられんな」

 

 フレキシブルを習得したものの、大晃はレーザーを放たれた瞬間に軌道を読む。

 その読んだ射線上に肉体を置かない。

 的確な回避と回避動作すらも接近と攻撃へと繋げる行為。

 それによって大晃はフレキシブルを上回ったのである。

 しかし、それでもセシリアは諦めない。

 この技術を磨いていけばいつかは勝てる。

 勝つために正しい道を進んでいる確信がセシリアを強気にする。

 

「今はまだあなたには届きませんが、いずれ貴方を超えてみせます」

「楽しみにしているよ」

 

 そういう会話をして時間を潰している。

 すると、厨房の方から声がかかった。

 

「お待たせ、大晃! 出来たよ! 元気になる料理!」

「中国の薬膳料理なんてのもあるわよ! 一夏!」

「やはり、日本人は和食だ! そう思わないか、一夏!」

 

 テーブルの上に並べられるのはシャルロット、鈴、箒の作った料理。

 シャルロットは大晃に、鈴と箒は一夏に向けてアピールするように料理を並べていく。

 テーブルの上はあっという間に料理であふれかえった。

 

「おお! うまそうじゃないか!」

「でしょう!」

 

 大晃が声を上げた。

 シャルロットはフランスの郷土料理だろうか。

 誰も良く知りはしないものだったが、確かにうまそうな料理だった。

 逆に鈴は中華料理をベースに各種薬草を合わせたもので、青椒肉絲、麻婆豆腐など、良く知られているものが大半だった。

 

「酢豚! 俺これが好きなんだよな~」

「ふふーん。こんなものよ」

 

 特に酢豚は一夏の琴線に触れたようで、鈴はひそかにガッツポーズをする。

 

「いなり寿司! 懐かしいな~、良く箒のとこで食ったよな」

「だろう! やはり、和食が一番だ!」

 

 そして、もう一つ、一夏お気に入りのものがあった。

 いなり寿司は思い出の一品で、箒の作ったものの中で一番、思い入れがあるらしかった。

 

「やるわね、箒」

「鈴、貴様もな」

 

 箒と鈴の間でひそかに飛び散る火花に気が付かないで、一夏は呑気に料理を眺めている。

 

「じゃあ、食うかい」

 

 料理を作った三人も席に着いた。

 そこで大晃は号令をかけた。

 

「では、いただきます」

 

 いただきますと思い思いに声を上げてから、全員が料理に手を付ける。

 フォークにスプーンに箸と国際色豊かな料理に合わせた食器を使って食べていく。

 

「美味いな! これは、フランスの料理かい?」

「うん! ちょっとマイナーな郷土料理ってやつだね」

「シャルロットの故郷の料理か……」

「どうしたの、大晃?」

「いや、お前さんの故郷がどういう所か興味があってな」

 

 シャルロットは大晃の情報を入手するためのスパイとして送り込まれたのであった。

 まず、男の振りをしてIS学園に入学する。

 そして、同じ男同士として大晃と同室になり、隙を見て男性パイロットの貴重なデータを入手する。

 それがシャルロットに命じられたことであった。

 大晃はそれをすぐに見破った。

 スパイとして突き出される。

 シャルロットはそんなことを覚悟する。

 しかし、大晃はシャルロットを庇ったのである。

 シャルロットの事情を聞いた上で、それを信じ、助けようとした。

 だから、シャルロットは今、問題を抱えていない。

 牢屋に入る心配もない。

 妾の子であるがゆえに父親との関係があまり良好ではないが、それはシャルロットが父親と話をして解決すべき問題だ。

 シャルロットの故郷。

 シャルロットが生まれ育ったフランスの片田舎。

 そして、母が亡くなった場所。

 

「良い所だよ。今は無理だけどいつか案内するよ」

「楽しみにしている」

 

 自分がどこで、どう育ってきたのかを知ってほしい。

 シャルロットのその想いは伝わったようだった。

 

「私もドイツの仲間たちを紹介したいぞ」

「へえ、そいつは嬉しいね」

「ああ、お父さんに仲間たちをしごいてもらいたいんだ」

「なんだ? 模擬戦のお誘いかい?」

「隊員たちにとっても良い経験になると思ってな。

 もちろん、観光も兼ねてと言うことになるだろうが――」

「それも良いな」

 

 そして、それはラウラも同じですかさずアピールする。

 同じヨーロッパと言うこともある。

 フランスに行く機会があれば、ドイツに立ち寄ることも可能だろう。

 そのときの日程次第であるが。

 

「あ大晃。私の作った中華はどうよ!」

 

 ここで、一夏の方を向いていた鈴が会話に割り込んできた。

 自分の中華料理の感想を訊いてきた。

 

「美味いよ。これはただ中華じゃないな。中華料理がベースの薬膳料理って奴かい?」

「そうよ。あんたの調子が悪いって聞いたから、特別に作ってあげたんだから。

 シャルロットに感謝しなさいな」

「分かってるよ」

「調子が悪いようには見えないが、な。くくく、意外だな――」

「なんだい? 箒、俺をからかっているのかい?」

「いや、一夏にはモテルだなんだ言っておいて、大晃。貴様もなかなか隅に置けない奴だな、と思ってな」

「おいおい」

「随分とそこの二人に心配されているじゃないか」

 

 箒がいたずら気にラウラとシャルロットを見た。

 

「ああ、私はお父さんが大好きだからな。ちょっとした不調も見逃さないんだ」

「一応言っておくけど私はそう大して心配していないよ。

 ただ、こうでもしないとラウラは納得しないし、それに――」

「それに?」

「大晃は毎日、無茶してるから、ね。たまには、身体に気を使ってあげないと」

 

 不調は無くとも、積み重なった疲れはあるかもしれない。

 無人機の乱入に、侵入者の襲撃に、銀の福音事件など、IS学園はハプニングが多い。

 ハプニングが無くとも、大晃は日常的に肉体への負荷を欠かさない。

 いくら身体が頑強であろうとも、どこかで休息の時間は必要だが、大晃はその休息を十分に取れているかどうか――。

 シャルロットは疑問を抱いていた。

 どこかで疲れを取るべきだろう、とも日頃から思っていた。

 ラウラの話を鵜呑みにするつもりはないが、気がかりを解消するには良い機会だ。

 と言うことで、シャルロットは急遽この食事会を企画したのだった。

 

「でね、これで終わりじゃないんだ」

「え?」

「楽しみにしててね」

 

 悪戯っぽくシャルロットが笑ったのだった。

 

 

 

 

「まさか、マッサージまでして貰えるとはね」

 

 食事後、ある部屋へと連れられた大晃は用意されたベッドの上にうつ伏せになっていた。

 上半身が裸で、立派な肉体が露わになっている。

 シャルロットはそんな大晃の上に跨った。

 

「えへへ、一夏にやり方を教わったんだ」

「へぇ」

「ああ、俺がやっても良かったんだが、シャルロットがどうしても自分でやるって」

「大晃もそっちの方が良いでしょ?」

「まあな」

「どういう意味だよ?」

「絵面の問題だよ」

 

 シャルロットは話をしながらも的確に大晃の身体をプッシュする。

 腕の力に頼るのではなく、体重を乗せるのがコツだ。

 

「なあ、一夏? 折角だから、私たちにもマッサージをしないか?」

「じゃあもう一つ空いてるベッドに――」

「何言ってるのよ、別の部屋に行くに決まっているじゃないの?」

「え?」

「じゃあ、シャルロット、ラウラ、そして、セシリアはここで楽しんでね」

 

 一夏は、箒と鈴に連れられて別室に行く。

 それから、シャルロットはマッサージを続ける。

 

「気持ち良い?」

「ああ」

 

 そうやって、プッシュを続けるのであるが、シャルロットの指先には妙な感覚があった。

 肉が凝固して固くなっている部分がある。

 傷が再生しても、その傷跡が残るように――。

 表面化していなくとも、身体の奥深くに怪我の残骸が放置されているようであった。

 

「ねえ、大晃?」

「なんだい?」

「あんまり無理したら駄目だよ」

 

 どれだけ、傷を負おうと再生を果たす肉体。

 生身でISを叩いて重度の火傷を負っても。

 福音との闘いで戦闘用ISの打撃と広域爆撃で傷を負っても。

 スコールの火球で焙られようとも、平気な顔で闘う大晃。

 しかし、どれだけ本人が平気であっても、周りが平気とは限らない。

 

「そうだな」

「約束だからね」

 

 闘うときは肉体への負荷をも辞さない、この男がそんな約束を守れるはずもない。

 それでも、シャルロットと約束したという事実があれば――。

 それを無下にすることも無い。

 

「わたくしも、シャルロットさんの言葉には賛成ですわね。

 わたくしに負けるそのときまで、大晃さんには万全の状態でいる義務があります」

「俺が闘うときはいつも万全だよ」

 

 部屋のソファーで脚を組み、本を読むセシリアは挑戦者としての言葉を掛ける。

 自分本位のその言葉には、しかし、幾分かの思いやりが見え隠れするのは気のせいだろうか。

 強い口調は照れ隠しにも見える。

 そして、ラウラは黙っている。

 

 

 

 黙ってマッサージを受ける大晃を眺めている。

 ラウラは突然声を上げた。

 

「シャルロットだけずるいぞ! 私もお父さんに乗りたい!」

「えっ!?」

 

 駄々をこねるラウラにシャルロットはたじろいだ。

 

「でも、ラウラってマッサージできたっけ?」

「力を込めて押すだけだろう?」

「結構難しいんだよ、これ」

「一夏にちょっと教わっただけのシャルロットが出来るんだから、私に出来ない道理は無い筈だ」

「まあ、出来ないことはないと思うけど、今日は私に任せてくれないかな?」

 

 シャルロットがラウラをなだめるが、ラウラはますます意固地になっていく。

 

「嫌だ! 私もやりたい!」

「ダメだよ。ラウラは軽いから押すのが大変だろうし」

「私だってやれるんだ!」

「ダメだよ」

 

 シャルロットはシャルロットでとにかく理由を付けて、交代を断る。

 大晃に跨るのを楽しんでいるのかもしれない。

 

「まあ、変わってやっても良いだろう。シャルロット?」

「でも――」

「シャルロットが教えながらやれば良いだろう? これ以上は喧嘩になるだろうしな」

 

 大晃の説得で、シャルロットは渋々、ラウラにその座を明け渡した。

 

「やった!」

 

 ラウラが歓声を上げて大晃の背に乗る。

 そんな光景を横目にセシリアはため息をついた。

 

「全く、騒がしいですわね」

 

 毒づきながらも、セシリアはマッサージが終わるまで部屋から出ることはなかった。

 

 

 

 IS学園で数少ない男子用の設備。

 マッサージが終わってから、大晃は男子用トイレに来ていた。

 

「ふう」

 

 洗面台の前で鏡に映る己の姿を見ている。

 そして、見ているのは外側だけではないらしい。

 鏡に映る己、その眼球から、自らの内側を覗き見ようとしている。

 そういう視線であった。

 

「ぐ……!むぅ……!」

 

 相変わらずの笑みであるが、その笑みは苦痛を孕んでいる。

 

「くっくっくっ……"無手"の野郎、早速暴れてやがるなぁ」

 

 大晃の口から赤いものが溢れて来た。

 血だ。

 血が口の中を満たして、さらに溢れてこようとしているのだ。

 大晃は洗面器に血を吐いた。

 

「げっほ、はぁ……はぁ……、シャルロット、悪いね。どうやら、約束は守れそうにないな」

 

 大晃は確信を持った。

 己の中で暴れている者がいることに、そして、それに勝利する以外に生き残る手段は無いことに。

 無理をせざる得ないことに。

 

「しかし、精神生命体との闘いとは、また、乙なもんだ。

 とりあえず、あいつらにはばれないようにしないと」

 

 呑気に呟いた。

 しかし、笑顔のその顔に、張り付く不吉なものは拭い去れない。

 大晃はそれを無理やり抑えてトイレを後にする。

 誰にも気取られることのないように、身体の最奥に不吉さを押し込めて。

 既に、大晃にとっての"闘い"は始まっていたのだ。

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