超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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37話、学園祭、前日。織斑一夏VS更識楯無

 八月の下旬。

 セミの鳴き声で煩い夜。

 夏休みの終わりである。

 大晃は弾と話し込んでいた。

 

「相変わらず強いねぇ。お前さんは」

「へへへ、まぁな」

 

 今日は弾の家でゲームをしていた。

 以前、あまりに熱中して弾の祖父である五反田厳が激怒したことがあった。

 そんな巌ですらも大晃のマイペースぶりに翻弄されたのであったが。

 とにかく、今回はボリュームを抑えている。

 

「デカいの。ほら喰え」

「どうも」

 

 その巌の経営する、食堂に大晃はいた。

 有名人の大晃に当初、他の客たちが群がろうとしたのであるが、巌の一喝があった。

 トラックの運転手に大工仕事や土方など立派な身体をしている連中も巌には逆らえない。

 今はゆっくり料理に手を付けている。

 差し出されたメニューは生姜焼き。

 肉の焼けた匂いが漂っている。

 大晃は大盛りのそれらを大きい口に放り込んでいく。

 

「良く喰うな」

「おう、身体がデカいと飯も多くなるんだよ。それにエネルギーを付けなくちゃあ、やってられんしな」

 

 もう何度目のお替りか分からなくなっていた。

 出すたびに無くなる肉。

 明らかに以前よりも喰う量が増えている。

 成長期の大晃の肉体はより多くのエネルギーを必要としているのか、と周囲は静かに納得した。

 

「がははッ! 良い喰いっぷりだ! 見ていて、気持ちが良いぜ!」

「気持ち良いついでに、追加の注文お願いします」

「早いな!? こりゃあ、負けてられんな」

 

 巌の声が上機嫌に弾んでいる。

 ここまで喰う人間はそう居ないのだから。

 巌の持ち上げる中華鍋の回転率が上がっていく。

 より難易度の増す注文に応えることに、巌は快感を覚えていた。

 

「ええっとそれで訊きたいことがあるんだが――」

「一夏のことだろう?」

 

 一夏は居ない。

 一緒に来ていたが、大晃が長い間食べているせいで暇をしていた。

 そして、弾の妹である蘭と外に出ていた。

 

「ああ、そうだ。その様子じゃ俺が何を訊きたいのか、言う必要は無さそうだな」

「結論から言おうか。今の一夏に暴走の危険は無いよ」

「本当か?」

「今の一夏は、自分が何の為に何をすべきか、を知っている。

 己の中にある獣を飼いならすのに時間はかかるだろうが、振り回されることも無い筈だよ」

 

 大晃が穏やかに言うと、弾はほっとした表情を見せた。

 

「それは良かった」

「以前にもそんなことがあったのかい?」

「ああ、不良に絡まれた時に色々あったんだ。一夏にそのときの記憶は無いようだがな――。

 悪い、詳しいことは訊かないでくれるか。あまり思い出したいことじゃないんだよ」

「分かるよ。俺もああいう一夏は見たくない」

 

 一夏は大晃の目の前で一度暴走している。

 タッグトーナメントで危機に陥った一夏は、窮地を乗り越える為に、己の中の獣を解き放ったのだ。

 大晃が取り押さえて正気に戻したが、パートナーであったシャルロットを傷つけてしまった。

 

「はいよ! 青椒肉絲!」

 

 差し出された料理を再び口に運ぶ作業を、大晃が始める。

 と、その前で弾は何かを訊きたそうな素振りを見せた。

 大晃が言った。

 

「なんだい?」

「いやぁ、ちょっと頼みがあってさぁ」

 

 弾の次の言葉で大晃は思い出した。

 

「学園祭のチケット、俺に渡すってのはどうだろうか?」

 

 夏休みが終わりかけ、二学期が始まろうとしている。

 学園祭が視野に入る時期に突入していたのだ。

 

 

 

 IS学園の学園祭。

 一応、催し物は普通の物であるが、場所が場所だけにクオリティが高い。

 細かいディティールの部分から差がついてくるのだ。

 それだけに人気もある。

 この話では、この学園祭で大晃がどう過ごすかに焦点を当てることにする。

 

 

 

 二学期の始め。

 全校集会があった。

 内容は学園祭についてである。

 

「ほう」

 

 壇上に立つ人物を見て、大晃は呟いた。

 青色の短髪を揺らしているのは生徒会長である。

 大晃がオータムの襲撃を受けたときに、駆け付けたのが生徒会長の更識楯無。

 壇上に立っているのはその生徒会長であった。

 

「みなさん、今回の学園祭について、特別ルールをお知らせするわ」

 

 そう言って、告げた内容こそ波乱の始まりであった。

 

「"各部対抗男子争奪戦"よ」

 

 歓声を上げる生徒たちを静めながら、楯無は言う。

 各部活動ごとの催し物に対して投票が行われる。

 その結果上位の部活動には助成金等の優遇措置が講じられるのである。

 今年はそれに加えて、男子二人の内どちらかを獲得できるのだ、と。

 

「はぁ!?」

「面白いことを考える人だねぇ」

 

 愕然とする一夏に対して、大晃は余裕の笑みであった。

 

「なんで、大晃は平気そうな顔しているんだ?」

「いやねぇ、こんだけ無茶苦茶なことを、生徒会長自らが言うんだ。

 俺も面白いことを考えついてしまってな」

「は?」

「一夏、お前もせいぜい楽しめよ。俺は俺で好きにやらせてもらうからな」

 

 大晃は楽し気に笑った。

 

 

 

「喫茶店、それもコスプレ喫茶ときたか」

「良いでしょう?」

「ふん! 安城もコスプレをするのか?」

「ええ、需要があるとは思えませんが」

「それは安城ではなく、客が決めることだ」

「不安になることは無いぜ! 俺は結構いけると思うから」

「一夏には負ける」

 

 職員室でクラスの催し物を報告する、一夏と大晃。

 千冬はそんな二人の報告を聞いていた。

 

「で、誰が提案したんだ?」

「ラウラですよ」

 

 千冬が予想していたのは田島かリアーデとかそこら辺の名前であった。

 いずれも騒ぎたがる性質の生徒たちで、それとは真逆のラウラの名前が出たことに千冬は噴き出した。

 

「うわぁ、すげえ笑ってるよ」

「最近見たような光景だな」

「あれ、そんなのあったっけ?」

「いや、あれは内緒の話だった」

 

 ひそひそと話をする二人を前に千冬はハッとする。

 二人はそんな千冬を無視して話を進めていた。

 

「なんだよ、内緒の話って。聞かせてくれよ」

「ダメだ。話をすると法に触れるやもしれん」

「千冬姉が笑っただけの話が何で法に触れるんだよ?」

 

 話が見事に脱線しかけているので、千冬は軌道修正をする。

 

「そこまでにしておけよ。それと織斑、私のことは織斑先生と呼べよ」

「すいません」

「ともかく、貴様らを二人呼んだ理由は分かるか?」

「例の催しの件ですか? 生徒会長の企んでいる、企画について――」

「そうだ、貴様らには迷惑をかけるが色々と事情があってな」

 

 ただ、催し物について話を聞くなら、一夏だけでも良い。

 千冬が二人をわざわざ呼んだのには理由があった。

 楯無がぶち上げた男子争奪戦の話である。

 

「しかし、貴様らも言いたいことの一つや二つはあるだろう。

 それを聞いておこうと思ってな」

「一つ、織斑先生にお願いがあります」

「安城か、どうした?」

「いえね、俺も生徒会長のぶち上げたイベントに触発されまして……、

 いくつかの案が浮かび上がったのですよ」

「ほう」

「しかし、俺には何のノウハウもありません。

 そもそも、学園祭というイベント自体が俺にとっては初めてのものでして」

「貴様の経歴についてはある程度把握していたが、そうか、そう言えば学園祭は初めてだったな」

「ええ、そこで一つ手伝いをして頂きたいんです」

「具体的には何が必要なんだ?」

「まずは俺が企画しているイベントが形として成り立っているのか、成り立たせる為にはどうするべきかのアドバイス。

 そして、そのイベント運営の為に必要な物や人の手配――、とにかく全部必要なのです」

「まあ、楯無のぶち上げたイベントに付き合うんだ、報酬としてそれくらいはあってしかるべきだ、という方向で攻めてみるか」

「俺もそう考えていました」

「よし、分かった。貴様が何を企んでいるかは知らんが、生徒会の連中に手伝わせてみようじゃないか」

「お願いします」

 

 それでは、と二人は頭を下げて職員室を後にした。

 

「やあ」

 

 そこに件の生徒会長が現れたのだった。

 

 

 

「……」

「いやぁ、生徒会長殿! ちょうど、話をしたいと思っていたんですよ。

 わざわざ出向いて頂けたということは、今は時間が空いていると解釈してもよろしいんですよね?」

「ええ、私もあなた達を生徒会室に案内するつもりだったから、渡りに船って所かしら?

 今回の学園祭についての説明ついでに、話を聞きましょうか」

 

 手に持った扇子を広げて、閉じてを繰り返して生徒会長、更識楯無は二人に背を向ける。

 大晃は意気揚々と、一夏は渋々と言った形で付いていく。

 

「あの……」

「何かな?」

「俺たちにちょっかいを掛けて、会長は一体何をしたいんですか?」

 

 ちょっかいとは学園祭で一夏たちを景品にしたことである。

 大晃は飄々と楽しむ素振りさえ見せているが、一夏はかなり不満であった。

 

「さあ、どうしてかな?」

「……」

「はは、そんなに塞ぎこまないで。それを含めて生徒会室で説明するから」

「はぁ」

「まあ、簡単に言うとだね――」

 

 と、楯無はそこまで言って、口を閉じた。

 楯無の前方から粉塵を巻き上げ突撃する者がいた。

 袴と道着姿の女子は手に竹刀を持っている。

 

「生徒会長! 覚悟!」

 

 両手で竹刀を振る、女子生徒の狙いは楯無ただ一人である。

 大振りではない、脇を締めて踏み込む、基本を重視した上段の打突。

 それが楯無を襲う。

 楯無の顔面を竹刀が強打する、かに見えた。

 しかし、楯無は扇子で竹刀を受け止めた。

 竹刀の横から力を加えて、一撃を逸らす。

 敵の力をコントロールするという、篠ノ之流の理合いにも通じる動きであった。

 女子は竹刀をあらぬ方向へと逸らされたことで、姿勢を崩した。

 

「ふんっ!」

「!?」

 

 無防備な首筋を楯無は手刀で叩くと、女子は意識を失って床へと転がった。

 

「なに!?」

 

 異変はまだ終わらない。

 今度は開け放たれた窓から矢が降って来た。

 矢の先端は丸まっており、刺さりはしないだろう。

 しかし、例えば頭部に当たろうものなら、意識が朦朧とするはずであった。

 隣の建物から矢を放ってくる人物は、明らかに楯無の頭部を狙っている。

 更に――、

 

「あらま」

 

 一度に番える矢の本数が増えていく。

 二本。

 同時に弾く。

 三本。

 二本を弾いて、残りの一本を頭を振って避ける。

 四本。

 二本を弾いて、残り二本を脚を使って避ける。

 そして、五本。

 弓道技の女生徒は、ほとんど間を置かずに矢を番え――、

 弓道着の女生徒の頭部に竹刀が激突していた。

 先端が突き刺さるほどの勢いで女生徒の眉間を撃ち抜いている。

 その先には楯無が投球後のピッチャーの様な姿で立っている。

 剣道着の少女から奪った竹刀を楯無が投げたのである。

 

「今度はなんだ!?」

 

 突然、用具入れの扉が開いた。

 中から出てきたのは一人の少女である。

 その両手にはボクシンググローブが装着されている。

 その少女は軽やかなフットワークで楯無に接近し、体重の乗ったパンチで襲い掛かってきた。

 右と左の見事なコンビネーションであった。

 

「ふぅん、中々やるじゃないの」

 

 その勝算とは裏腹にパンチは当たらない。

 楯無が避けているのだ。

 それも紙一重で。

 楯無の身体が回り、全身の回転が乗った蹴りが、ボクシングを操る女子へと当たった。

 吹っ飛んだ女子はビデオを巻き戻しにする勢いで用具箱へと吸い込まれて、沈黙した。

 

「やれやれ、三人も一気に来るとは。想像以上の結果ね」

「これは一体……」

 

 一夏の疑問は最もだった。

 どんな理由があろうと、会長を襲撃するなどは普通ない。

 しかし、ここはIS学園。

 根底に普通ではない、ルールが存在していた。

 

「IS学園の生徒会長とは、ある一つの概念と結びついている」

「え?」

「全ての生徒の上に君臨する生徒会長は最強たれ。

 生徒会長だから最強なのか、最強だから生徒会長なのか、どちらにせよ、IS学園生徒会長は最強でなくてはならない」

 

 IS学園という機関の性格上、あらゆる国からの干渉は避けようがない。

 何故なら、IS学園の生徒そのものがどこかの国からか派遣されてその指示に従っているからだ。

 生徒に学園をどうこうする権力が無くとも、影響をゼロにはできない。

 そういう生徒たちの上に立つ以上、ある程度の強権が、生徒会長には求められている。

 生徒会長と最強。

 二つの概念はIS学園という特殊な環境で結びついたのである。

 

「つまり、私を倒し最強の座から引きずり下ろした者は、私に成り代わることできる。そういうことだよ」

 

 しかし、である。

 いくらIS学園の生徒会長が強権を振るえたとしても、一気に三人も襲撃に掛かってくるこのペースは異常である。

 楯無は独り言のように、事態を解説する。

 

「今回、襲ってきたのは、剣道部、弓道部、ボクシング部で全て体育会系。

 男子二人は欲しいけど、学園祭の投票では勝ち目が無いから、私を倒して、ついでに男子二人も手に入れちゃおうという魂胆だろうね」

「つまりは、俺たちのせいですか?」

 

 その大晃の言葉に楯無は頷いた。

 

「そうだよ、大晃君。君らがどこの部活にも所属しないから、皆やきもきしているのさ。

 今回の特別ルールはそんな苦情を解決する為のものだったけど、却って、皆の欲望に火を付けちゃったようだね」

「うわぁ」

 

 事態を凡そ飲み込んで一夏は苦い顔をした。

 まさか、自分たちが襲撃の標的にされるとは思っていないが、景品が自分である現状にはため息しか出ない。

 

「へえぇぇぇ」

 

 そして、大晃は嗤う。

 自分の景品としての価値に、本人にとっては高すぎる値札もプレッシャーにはならない。

 むしろ、その利用価値に目を輝かせているようで。

 大晃らしいな、と一夏は納得する。

 

「生徒会室に来なさいな。お茶くらいは出すわよ」

 

 楯無は穏やかに言った。

 

 

 

「のほほんさんじゃないか」

「だいちゃんだ……、おりむーもいる……」

 

 生徒会室に入ると本音がいた。

 袖が異様に伸びた制服をを着て、机に突っ伏している。

 

「布仏虚。妹の本音が世話になっているわね」

 

 そして、本音の姉である虚がいた。

 この姉妹は更識家、つまりは楯無に仕えているらしい。

 生徒会長である楯無の指名で、二人は生徒会役員になっているのだ。

 

「君らにはどこかの部活に所属してもらわないといけない事態になったのよ」

「そう言われましても」

 

 そして、楯無は改めて事情を説明する。

 大晃は快活に笑う。

 そもそも、この企画に対してどういう感想を持っているのか定かではないが、そう悪い印象は持っていないようだった。

 それに対して、一夏は困っていた。

 今は忙しい。

 部活動に専念している余裕はなく、この企画もいい迷惑である。

 そんな一夏をあやす様に楯無は言う。

 

「交換条件として私が特別に鍛えてあげましょう」

 

 生身もISもね、とほほ笑んだ。

 自信満々の楯無の様子に一夏はげんなりした。

 それが何の埋め合わせになるのだろうか。

 

「遠慮します」

 

 専用機持ちに取り囲まれている現在、楯無の手を借りることなど無いように一夏には思えた。

 

「あら、悪くない話だと思うわよ。君の周りには優秀な子が多いけど、私はその子たちよりも飛びぬけて優れているわ」

「それでも、わざわざ生徒会長の手を借りるだなんて……、そもそもどうして鍛えてくれるんですか?」

 

 一夏の質問に、楯無は簡潔に答える。

 

「君が弱いから」

 

 その言葉は一夏に盛大に刺さった。

 一夏は言い返す。

 俺は弱くないと。

 これから、強くなろうとしていると。

 それを楯無は一蹴した。

 

「今は弱いってことじゃない」

 

 一夏の頭に血が上る。

 強くなろうとしている、その努力さえも否定されたようで。

 

「俺と勝負してください。負けたら従いますよ」

「分かったわ」

 

 安い挑発と分かっていても、一夏は己を止めることは出来なかった。

 

 

 

「それで、安城君は何故ここに残っているのかしら?」

 

 一夏と楯無の二人は生徒会室を出て行った。

 

「じゃあな、一夏」

「おう、一応言っておくけど、手助けは要らないからな」

「安心しろよ、骨は拾ってやる」

「馬鹿」

「頑張れよ」

 

 大晃と一夏は部屋を出ていく寸前に言葉を交わしたものの、大晃は動かない。

 大晃は二人に付き添うつもりは無いらしかった。

 それが虚には不思議でならない。

 しかし、大晃ははぐらかした様に答える。

 

「いえ、この紅茶がおいしいもので、ついね」

 

 二人が出て行ってから五分ほどたった今、大晃は紅茶に舌鼓を打っている。

 

「だいちゃん」

「うん?」

「おいしいねー」

「おう、美味いねぇ」

 

 大晃と本音が呑気に会話する。

 そのどこか要領の得ない、はぐらかすような言葉にも虚は真剣に対応する。

 

「遠慮はいりませんよ」

「布仏さん」

「虚でいいわ。その呼び方だと妹と区別がつかないから」

「では、虚さん。俺は別に遠慮しているわけでは――」

「いいえ。あなたは話が合ってここに来たのでしょう。

 大方、会長が企画した男子争奪戦について意見があるんじゃないの」

「そんなようなものです」

「恐らく、会長に話をするよりも私たちに話をした方が良い結果を得られると考えて、ここに残ったのでしょう?

 でしたら、遠慮はいりませんよ」

「ううむ」

「緊張しているのかしら?」

「いえ、どう言えばいいのか……」

「焦らなくてもいいですよ」

「いやぁ、焦っているわけじゃないんですよ。ただ――」

「ただ?」

「そうですね、考えても埒があかないので、話を進めながら考えをまとめますか」

「そうしましょう」

 

 大晃は言葉を選んでから口に出した。

 

「早速本題に入りますが、今回の学園祭である企画を考えているのですよ」

「それは良いことですね」

 

 虚は感心しながら言った。

 普通、一年生が単独で企画を持ち込むことは無い。

 生徒会役員としては学園祭に熱心な大晃の態度は好感を持てるものだった。

 

「いやぁ、それがそう褒められたものでもないんですよ。

 俺はこういう企画を立てるなんてことは初めてで、そもそもこの企画が企画として成り立っているかも分からないので」

「ふむ、つまり、私たちに相談役に、あわよくば手を借りられたら、と」

「ええ、織斑先生にも話はしてあるので、時期に話が行くとは思いましたが、直接話ができる機会が転がってきてね」

「分かりました」

 

 やりたいことがあっても、それをどう形にするべきか分からない。

 そういうことは多いだろう。

 普通ならばそこを含めて考えて貰いたいところだが、生徒会にしても本人の了承なしにイベントの景品にしてしまった事情もある。

 生徒会長に逆らうつもりもないが、逆に自分の権限で可能な範囲で力を貸しても罰は当たらないだろう。

 虚は肝心の企画の中身を訪ねた。

 

「それでどういう企画を考えていますか?」

「実は――」

 

 大晃は話し始めた。

 

 

 

「そんなものかしら」

 

 一夏と楯無。

 二人は放課後の道場で向き合っていた。

 いや、正確に言うのなら、畳の上に倒れている一夏を楯無が余裕の表情で見下ろしていた。

 

「まだですよ……!」

「そう来なくちゃ」

 

 立ち上がる一夏を見つめる楯無。

 その顔には笑みが浮かんでいる。

 笑みの向こうにある感情をそのままに出しながら、その出所が不明な、ミステリアスな笑みである。

 最初は楽勝と言わずとも、勝てる気でいた。

 勝負の方法は簡単で一夏が楯無を床に倒せたら勝ち、逆に一夏が行動不能になれば負けである。

 これほど有利な条件は無い。

 しかし、それでも一夏はひたすらに翻弄されていた。

 

「もらった!」

 

 相手のリズムを読みその隙を突く技がある。

 意識の隙間に行動を潜り込ませるように、一夏は右腕を伸ばした。

 楯無の左腕を簡単に取る。

 力づくで投げ飛ばすつもりであった。

 しかし、楯無の右腕が一夏の右腕を掴んでいた。

 

「甘い!」

「なに!?」

 

 一夏が力を込める。

 その一拍こそが命取りであった。

 一夏の力に楯無の力が被さる。

 楯無は一気に一夏を捻り上げた。

 そのまま一夏の身体を綺麗に回して畳へと叩き付ける。

 

「ぐはッ!」

 

 肺の空気を全て吐き出す。

 横隔膜がせり上がり、一夏が身体を丸める。

 

「弱いわね」

 

 痛みに悶える一夏。

 痛みが支配する意識であってもその言葉だけは良く聞こえた。

 一夏はゆっくりと立ち上がる。

 仰向けだった身体をうつ伏せにして、両腕で身体を押し上げた。

 

「知っているよ」

「あら、随分と素直に認めるのね」

 

 一夏は答えた。

 痛みはまだ引かないが、言い返すだけの気力はある。

 

「箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、そして、大晃。あんな強い連中に囲まれているんだ。

 俺は自分が強いだなんて、口が裂けても言えない」

「友達思いなのね」

「ただ、楯無先輩、あんたは一つ勘違いしている」

 

 一夏は集中する。

 楯無の身体から放たれる、鼓動を皮膚で感じていく。

 

「力の強弱、それだけ勝敗は決まらない」

 

 鼓動の内に見出した隙。

 一夏はそこに勝機を見出した。

 

「凡庸ね」

 

 その古武術において奥義の一つとされる技術ですら、楯無は凡庸と切り捨てる。

 技術は問題ではない。

 一夏のセンスには素晴らしいものがある。

 しかし、同じ手を再び講じてくる時点で、発想の貧困さは透けて見える。

 しかも、それは一度退けているものだ。

 楯無は左腕を振るった。

 一夏の右手を払うつもりだった。

 

「!?」

 

 だが、それが空を切る。

 右手の描く軌道が寸前で変化したのである。

 楯無の無造作に振るった腕をさらに掴まえようと、一夏の腕が奔る。

 一夏が楯無の腕を掴んだ。

 楯無は反対の腕でさらに一夏の腕を掴んだ。

 これで先ほどと同じように一夏を投げ飛ばそうとする。

 しかし、出来なかった。

 一夏を掴んだ楯無の腕がさらに、一夏に握られていたからだ。

 両腕が一夏に掌握されてしまった楯無。

 楯無は一夏を押した。

 姿勢を崩して投げに入られるのを阻止しようとした。

 

「かかった!」

「まさか!?」

 

 一夏は押し倒される。

 それは抵抗の末に押し倒されるのではなく、むしろ自分から引き込むように――。

 一夏は楯無に体重を預けたのであった。

 ならば。

 

「ぐはッ!」

 

 楯無は渾身の力を込めて、一夏を畳へと叩き付ける。

 いや、自重を乗せて、肘を胸部へと叩き込む。

 一夏が体重を預けるときに生まれた隙を、楯無は突いていたのである。

 

「まるで、私の身体が重いみたいじゃない。レディに対して失礼よ!」

 

 楯無のジョークも一夏の耳には入らない。

 必死に楯無の身体を引き倒そうとしている。

 楯無の身体はまだ一夏の上にある為に、床には倒されていない。

 すなわち、まだ負けではない。

 

「ふふん、残念でした。またまた、私の勝ち」

 

 一夏の拘束も振りほどかれた。

 楯無にとってダメージで緩くなった拘束を抜け出ることは容易である。

 床に両手をついて起き上がった楯無はするすると動いた。

 闘いの終わりがやって来た。

 

「じゃじゃーん。これなんだ?」

 

 そう言った、楯無。

 その姿勢に一夏の背に戦慄が奔った。

 それはIS戦ではあり得ぬ、しかし、生身の一対一では有効な形であった。

 

 ――馬乗り? 違う、マウントポジションだ!

 

 一夏の戦慄を衝撃が上書きした。

 拳が降って来たのだ。

 

「どんどん、攻めていくよ」

 

 拳が無慈悲に降り注ぐ。

 威力は半減している。

 しかし、手数と一方的に攻められるストレスが一夏を苛んだ。

 積み重なったダメージと楯無の優れた技術。

 二つが合わさり、今は反撃できる状況ではない。

 楯無の股の間から抜け出そうと一夏はうつ伏せになった。

 腹ばいに抜け出すつもりの、この行動。

 

「待っていたわよ」

 

 それこそが落とし穴である。

 楯無は両腕を一夏に巻き付けたのであった。

 裸締め、掛けられれば抜け出すことのできない、完璧な締め技である。

 

「お休みなさい」

 

 一夏の意識はそのまま闇に吸いこまれていった。

 

 

 

 楯無は一夏を見た。

 一夏は意識なく畳の上に転がっている。

 

「ちょっと、本気になっちゃったかなぁ」

 

 楯無に体力の消耗は無い。

 現に、汗を掻いていないし、息を切らしてもいない。

 ダメージもゼロ。

 圧勝である。

 しかし、最後の最後、馬乗り、つまりはマウントポジションになったやり取りに限っては、そうとも言えない。

 

「少し焦ったよ」

 

 楯無は最後の最後、手を抜かなかったのである。

 一夏に引き込まれた際に逆に肘打ちを決めたのは、一夏に篠之流の技を使わせないため。

 マウントポジションを取ったのは、一夏に行動を取らせる時間を与えずに仕留めるため。

 何れにせよ、一夏を警戒してのことである。

 

「やり過ぎたかもしれないね」

 

 楯無は一夏の顔を見る。

 ひょっとすれば、痣が残るかもしれなかった。

 それだけ、余裕がなかった。

 それは楯無からすれば不本意な結果だ。

 才能に溢れているとはいえ、相手はひよっこである。

 しかも、自分が弱い弱いと煽った相手だ。

 

 ――少し、甘く見過ぎたか。

 

 楯無は一夏との闘いを己の中で総括し、意識を切り替えた。

 一夏が予想以上に手強かったのが決着を急いだ主な理由であった。

 が、もう一つ、それと同じ程度に切迫した事情もあった。

 

「いつまで、隠れているつもりかしら?」

 

 楯無がそう言った。

 すると、空気よりも重く、触れれば身体が熱くなる。

 ――そんな気配が道場の入り口から入り込んできた。

 

「流石は楯無先輩。俺の隠形をこうも容易く見破るとは」

 

 圧倒的な気配を背負って大晃が道場へと現れた。

 

「何故、ここへ来たのかしら?」

「一夏を保健室に連れて行こうと思いましてね。頃合いを見計らって、ここに来たんですよ」

 

 大晃はいつもの調子で答えた。

 どこか人を喰ったような態度。

 しかし、その裏側が果たしてどうなっているのか?

 

「本音ちゃんから聞いたわよ」

「聞いた?」

「無人機の乱入の時に、皆を助けたそうじゃないの? 意外に優しいのね」

「いやぁ、助けただなんて、そんな――」

「それでも、私はあなたのことを信用できない」

 

 五月にあったクラス対抗トーナメント第一試合のことだ。

 無人機の乱入と同時に大晃はオータムに襲撃を受けたときのことだ。

 校内での出来事である。

 楯無はいち早く察知して現場に駆け付けた。

 そこで目にしたのは、尋常ではない光景であった。

 

「あなたは多分優しい人よ。本音ちゃんもそう言っていたわ」

 

 血濡れの部屋だった。

 人間の血を数人分ぶちまけて、壁に部屋中の壁と床に塗り込んだようになっていた。

 血の手形がびっしりと残っていたのだ。

 

「でもね、私はどうしても、あの血に塗れた光景を忘れることはできないの。

 あなたは一体何を考えてあんなことをしたの?」

 

 その全ては大晃の血であった。

 ISと生身で闘っての結果である。

 それが理解できない。

 殺意を持ったIS操縦者に対して、使用を封じられたわけでは無いのに、生身で闘うなどと――。

 大晃の呑気な態度の裏側にあるであろう狂気。

 それがどのようなものかを確かめる必要があった。

 

「たった、一度で良かったんですよ。ISを生身で叩いてみたかった」

「相手は秘密結社の戦闘員よ。怖くなかったの?」

「そりゃあ、怖いですよ。でもね、それ以上に気になったのですよ」

 

 楯無は大晃と目が合った。

 楯無は目の中に好奇の光を見た。

 

「いや、昔から気にはなっていた。地上最強と謳われる兵器。その頑丈さは戦車をもはるかに上回るのだと、言う。

 IS以外では傷つけることは叶わない――、本当に、本当にそうなのか?

 例えば、ISを叩くのが"これ"ならば、傷の一つ位は付けられるのではないか?」

 

 大晃の両手が持ち上がる。

 その先は拳を作っていた。

 

「知りたかった。方法は一つしかない」

「そんな理由で――」

 

 あんな無茶な真似を。

 大晃はそんな楯無の言葉を遮った。

 

「こんなことは"あいつら"には頼めないですしね」

 

 大晃は笑った。

 それは人懐こい笑みで、楯無は一瞬ではあるが見惚れていた。

 そして、ため息を吐いた。

 

「次に同じことがあったら、侵入者の捕縛を最優先に動きなさいね。

 侵入者を逃がすことが生徒を命の危険に晒すことに繋がることは、理解できているでしょう?」

「……はい」

「よろしい」

 

 楯無は短く伝えた。

 まあ、口で言うほどに信用が薄いわけではない。

 本音からも定期的に話を聞いている限りでは、印象は悪くはない。

 ただ、どうしても拭い去れない物がある以上、直接話をして解決する以外にはなく。

 また、生徒会長としての言葉も伝える必要はある。

 

「まあ、良いわよ。もっと早くに伝えるべきだったし。

 そうね、私は最近どうにも後手に回っているわね。

 二人の部活動に対しても然り、安城くんのことも然り」

「男子二人が入学する前例のない状態なんです。仕様がないですよ」

「確かに、今年は異常ね。それだけに気を引き締めないと」

 

 ともかく、重大な話が終わって、弛緩した空気が流れる。

 世間話めいた雰囲気で話をする二人であった。

 と、ここで楯無はあることに思い至った。

 大晃は話があったはずだと。

 

「大晃君は話があったのよね。今、聞いてあげても良いけど?」

「いえ、もう虚先輩とのほほんさんに話してあるので結構です」

「ちょっと、そこは是非とも話をさせて下さい、とお願いするところでしょう?」

 

 楯無は肘で大晃の腹を叩いた。

 軽く叩いたのであるが、良い音がした。

 

「じゃあ、聞いてもらえますか? 学園祭での催し物を一つ考えているんですよ」

「あら、そういうのは大歓迎よ」

 

 楯無が扇を開くと、"大歓迎"と書いてあった。

 で、何を考えているのか。

 その楯無の質問に大晃は答えたのであった。

 

「名乗り出た何人かが俺を襲う。賞品は俺そのものです」

「え?」

 

 ちなみに、と付け加える。

 

「虚先輩と織斑先生の許可はもう取ってあります。明日、企画の打ち合わせに伺いますのでよろしくお願いします」

「はぁ!?」

 

 不敵なまでに丁寧な、大晃の態度だった。

 

 

 

「なんで、あんな提案を呑んだの?」

「いけませんでしたか?」

「当り前じゃない。無茶苦茶すぎるわよ」

 

 生徒会室で楯無は頭を抱えている。

 その横には侍るようにして、虚が立っている。

 

「会長自ら音頭を取ってあの二人を賞品扱いしたのです。

 織斑先生からの許可もある以上、安城君の多少の無茶は通すべきでしょう」

「分かっているわよ」

「では、何も問題は無いのでは?」

「ええ、企画自体は私がとやかく言う性質のものではないわ。

 問題はね、この企画を安城君自身が考えついたことなのよ」

「と、言いますと」

「今後、これ以上に無茶な企画をポンポン出されたら困るわ」

 

 楯無は虚に愚痴っていた。

 

「私の目論見通りに事が進めばあの二人は生徒会に所属することになるし、実際にそうなることでしょう。

 ただ、そうなった場合私はあの男を制御しないといけない」

「心配のし過ぎじゃないですか? 話をしただけですが、私は良い子だと思いますよ」

「甘い。一度許したら、調子に乗るタイプよあれは」

 

 楯無にはあの二人を生徒会に所属させるという思惑があった。

 自分の下に付ける以上、上に立つ者として大晃を従える必要が出てくる。

 その自信が無くなりかけているのである。

 大晃に対しての苦手意識があるのかもしれなかった。

 

「しっかりして下さい。

 そもそも、今回の各部活動団体からの苦情も、会長がもっと迅速に対応していれば、特別ルールなんて代物を考えなくても済んだのです。

 その不手際に付き合わせる以上、本人からの要望があれば、それを受け入れるべきです」

「そうかしら? 一夏君はともかく、大晃君は自分の扱いを喜んでいるみたいだけど」

「それは安城君の要求を突っぱねる理由にはなりませんよ?」

「う~~む」

 

 虚の意見はもっともでもあった。

 人を賞品扱いにする企画は会長発意である。

 生徒会自ら無茶な企画を立てておいて、その下に抑制を促すのは不公平である。

 いくらIS学園の生徒会が強権的であろうと、大晃の提案を蹴るのは難しい。

 

「ともかく今回の件については、私は安城君の味方ですので、会長は諦めて下さい」

「むう」

「基本的には安城君に企画の管理を任せて、私は補佐に回ります」

「それで大丈夫?」

「ええ、彼は物覚えが早いみたいなので」

 

 楯無はため息を吐いて、分が悪いことを悟った。

 

「分かったわよ。彼のことはあなたに任せるわ」

「はい」

「あなたで対応できないことがあれば、私に声を掛けるのを忘れないで頂戴。

 分かっているとは思うけど、一応ね」

 

 こうして企画の準備が水面下で進むことが決定した。

 楯無の机の上に置かれている書類にはこう書かれていた。

 

 学園祭企画計画書

 企画名――大晃の百人組手

 企画概要――IS学園生徒が安城大晃を襲撃する。

       安城大晃を撃破した者は賞品として権利を獲得する。

       権利内容は企画運営者と本権利獲得者との間で行われる折衝にて決定される。

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