超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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38話、学園祭、当日。大晃の百人組手

 一夏の目から見て、大晃は忙しくなっていた。

 大晃の企画がどんなものかを一夏は知らない。

 知らないが、企画の運営に関しての具体案を練っていることは容易に想像がついた。

 放課後、大晃はいつも訓練に顔を出している。

 この訓練に大晃は姿を見せなくなっていた。

 放課後は生徒会室に行くことが多くなった。

 大晃自身、こういった企画を立案するのは初めての機会であるらしく、分からないことも多いのだろう。

 だから、折を見ては虚と話をして、企画内容を詰めてるのであった。

 もっとも、大晃にとっては新鮮な経験であるようだ。

 これはこれで悪くない、と大晃は嘯いている。

 

「そっちの方はどうなんだい? 一夏?」

「ああ、大晃に比べたら気楽な物さ……、それにしたって勘弁して欲しいけどな」

 

 放課後が始まった直後。

 席を立った大晃に一夏は話しかけた。

 

「楯無先輩が部屋に転がり込んだんだって?」

 

 察しの良い大晃に一夏は頷いた。

 一夏の部屋には楯無が居座っていた。

 それからというもの、毎日、セクハラ紛いのことをされて困っている。

 かと言って、追い出すことも難しい。

 

「まあ、俺を真剣に鍛えるために寝食を共にするって話だけどな」

 

 一夏は今、楯無の指導を受けている。

 一夏にとって、同年代の専用機持ちは好敵手であると同時に、指導者みたいなものであった。

 IS操縦者としても、武道家としても、彼女らに学ぶべき点は大いにある。

 その指導役に楯無が加わったのであるが、もうすでに六人の専用機持ちがいる。

 今さら楯無が出張ったところで劇的な変化はないと高を括っていた。

 しかし、ロシアの代表であると言うだけあって、楯無の指導は今までの訓練に比べて、一歩踏み込んだものであった。

 マニュアル制御。

 ISの挙動をアシスト機能によらず、己の感覚で捉えることで可能となる高等技術。

 これの訓練を行ったのである。

 訓練中に失敗は付き物であるが、このときのアドバイスが分かりやすかった。

 そのアドバイスに従うと、どんどん機体制御のコツが掴めてくるのである。

 

「いや、あのセクハラさえなければ俺は文句も無いんだが……」

 

 そう不満を口にするが、一夏の顔には満足げだ。

 訓練は地道ではあったが、苦にはならなかった。

 地道な訓練こそが実を結ぶ。

 それを知っている一夏にとって、楯無の指導は望むところであった。

 だから、不満も自然と少なくなる。

 大晃は頬を緩ませた。

 

「羨ましいな」

「え?」

「是非とも一緒に訓練したいものなんだが」

「大晃は放課後、忙しいからな」

「ああ、企画運営って奴は意外に考えることが多いんだな。

 すんなり行くと思っていたことに手間取ったりするんだよ。

 虚先輩からの援助を取り付けておいて本当に良かった」

 

 楽しそうに息を吐いた大晃。

 そんな大晃の姿に、一夏はふと気になることがあった。

 

「そう言えばさ、大晃はコスプレ喫茶どうするんだ?

 執事服姿で出るらしいが、当日企画の運営があるから難しいように思えるけど」

「ああ、俺の企画は午後に開催されるんだよ。だから、午前中は参加する」

「それだと、忙しくないか? 企画の準備とか午前中に必要だろう?」

「いやいや、大丈夫。午前中は俺がいなくても、なんとかなるように調整するからさ」

「そんなことができるのか?」

「虚先輩に頼み込んでみるよ」

 

 妙にうきうきとした面持ちで大晃は言っている。

 誰かと折衝して、企画を練り、運営する。

 大晃はこの初めての経験を楽しんでいるようであった。

 一夏はそんな大晃を見て、笑みが浮かび上がって来た。

 大晃の企画がどういうものかを、一夏は知らない。

 しかし、一夏はだんだんと学園祭が楽しみになっていた。

 祭りの気分を先取りしている、いや、実際に企画運営という形で学園祭に関わっている大晃の雰囲気に当てられていた。

 

「楽しみだな、学園祭」

「ああ」

 

 二人はそれからしばらくして別れたのだった。

 一夏はアリーナに、大晃は生徒会室に向かって行った。

 そして、それから何日か経った。

 

 

 

 IS学園に人が集まっていた。

 普通ならば関係者以外には入り込めない筈であったが、そうでない人間ばかりである。

 具体的に言葉にすると、ごく普通の格好をした人間、つまり一般人がほとんどなのである。

 IS絡みの人間も何人かいるようであったが、むしろそういう人間の方が少なかった。

 今日は特別であった。

 何故なら、IS学園の学園祭が今日催されるからである。

 

「ここが、IS学園か……」

 

 弾が正門の前で呟いた。

 正門にはでかでかと学園祭と謳ってある。

 それをひとしきり眺めた後、彼は正門から学園の中へと入った。

 

「はあ、あいつら早く迎えに来ないかな」

 

 どうやら、弾は誰かと待ち合わせをしているらしい。

 弾がそこで十分ほどじっとしていると、声を掛けられた。

 

「あなたは誰かに招待されたのよね?」

 

 それは虚であった。

 生徒会役員として学園祭を仕切っているのだ。

 今は見回りの最中であった。

 IS学園では珍しい男である。

 嫌でも目に付く弾はチケットの確認をお願いされた。

 緊張でくしゃくしゃにしてしまったチケットを見せる。

 

「安城君の招待ね」

 

 大晃から学園祭のチケットを受け取ることができた弾は念願のIS学園に来たのであった。

 だから、虚にアプローチを仕掛ける位に弾は興奮していた。

 もっとも、本人的には手ごたえはあまりなかったが。

 

「おう、弾」

「一夏!」

 

 そして、夏休みぶりに再会を果たした二人は肩を並べて歩き出す。

 

「大晃はどうしているんだ?」

「あいつはコスプレ喫茶にいるよ」

「ご奉仕喫茶?」

「午後は忙しくなるからな。午前中はクラスの催し物に協力してくれるんだってさ」

「へえ」

 

 見回りながらそんな話をする。

 二人に今のところ目的の催し物などない。

 順番に気になるイベントに参加していく。

 爆弾解除を体験できるコーナーでは、そのあまりに専門的な内容と、それについて行ける一夏への驚きが強かった。

 とにかく、IS学園は普通ではない。

 そんなことを思い知らされながら弾は学園祭を回っていく。

 

「悪い、一夏ちょっときつい。休憩させてくれないか?」

「じゃあ、あそこに行かないか?」

 

 一夏の指した指の先にはご奉仕喫茶の看板があった。

 

「休憩がてらに、大晃の紳士服姿でも見て行かないか?」

 

 一夏がいたずら気に笑った。

 弾もつられて笑った。

 

 

 

 ご奉仕喫茶は盛況であった。

 IS学園の女子のメイド姿が堂に入っているというのも理由の一つだ。

 しかし、それ以上にISを動かせる世界にただ二人の男。

 その男たちが紳士服で給仕をしている。

 その事実が客の入りを良くしていたのである。

 

「よう、弾楽しんでいるかい?」

「ああ、大晃のお陰で貴重なものを見ることができた。ありがとうよ」

「ふふん、似合っているだろう?」

「まあな」

 

 大晃は紳士服に身を包んでいた。

 中々に様になる格好であった。

 肉厚の肉体は見事に服の中に収まっていた。

 しかし、それでも抑えきれない肉の気配が全身に漂っている。

 

「おう、折角来たんだから、なんか頼んでくれよ。あまり、手間取ると運営にも支障が出るからな」

「客にする態度じゃないだろ?」

「一夏め、しょうがないな。一度だけ言ってやるからしっかり聞くんだぞ。

 ご注文はお決まりですか?」

 

 と、急かしてくるので、二人はすぐさまメニューを見た。

 ご奉仕メニューなど気になる文言があったが、そのことについて弾はあえて訊かなかった。

 脳に浮かぶ絵面が恐ろしかった。

 

「ご注文は以上ですか?」

 

 大晃は注文を取ると別の客へと向かって行った。

 ウエイトレスに徹したその姿に不穏なものを感じた弾は、一夏に耳打ちした。

 

「やっぱり、ここのご奉仕メニューって……」

「俺もさ、そろそろ休憩が終わるから、他人事では無いんだよなぁ」

「そっか」

 

 ご奉仕メニューとやらについては何も訊くまいと弾は決意した。

 手持ちぶさたになったので、何となくパンフレットを見返してみる。

 今後回る催し物に当たりを付けるつもりで、そして、妙なことに気が付いた。

 不穏な単語が目に入ったのだ。

 

「百人組手?」

 

 なんの比喩であろうか、と弾は不思議がる。

 一夏が弾の疑問に答えるように言った。

 

「それは大晃の企画だよ」

「本当に?」

「そうだ。企画名にも大晃の名前が書いてあるだろう」

「本当だ」

「どうする? 見学でもしに行くか?」

「見学ができるのか?」

「企画概要に見学も可とあるから、多分な……。席でも用意しているんじゃないかと思っている」

「そうだな、行ってみるかな」

 

 とにかく、午後も退屈しないで済むだろう。

 弾はそれを確信した。

 

 

 

 午後になった。

 二人が向かうのは運動場。

 広大な敷地面積を誇るIS学園は、当然ながらその運動場もでかい。

 特設のステージを設営することが可能だったようだ。

 ドーム状の特設ステージが姿を現していた。

 

「これって、リング?」

 

 円形に並べられた席は中央を見下ろしていた。

 その席はほぼ満席の状態であった。

 ドームの真ん中、つまり、無数の席が見下ろしている中央部分にはリングが設置されていた。

 ボクシングやレスリングをするには十分な広さを持っている。

 

「一夏? ひょっとして、百人組手って言うのは?」

「ああ、格闘技の試合の様なもんだな」

 

 弾は手に持ったパンフレットを見下ろした。

 それはこのステージの入り口で貰ったものだった。

 趣旨には大晃と誰かがリングで闘うらしいということだけが書いてある。

 

「始まるぞ」

 

 一夏がそう言うと、けたたましい音楽が鳴った。

 そして、一人の男が花道に現れた。

 その男は大きな男であった。

 観客たちはすぐに男に気が付いた。

 歓声が鳴り響く。

 まるで地鳴りであった。

 その中を男は悠々とステージへと歩いて行った。

 男はリングへとたどり着くと、一つ跳びでリングの上へと飛び乗った。

 ここで音楽のボリュームが下がった。

 

「安城大晃です」

 

 大晃の名乗りでまた歓声が上がった。

 

「改めまして、このわたくし主催の百人組手の概要を説明させてもらいます。

 少しの間、ご清聴お願いします。お手元のパンフレットをご覧になると、より分かりやすいでしょう」

 

 やけに丁寧な口調だった。

 

「まず、今回のバトルは事前にエントリーする形式になっております。

 パンフレットを捲って見て下さい。挑戦者の詳細な情報が載っているでしょう?」

 

 挑戦者の名前が書いてあった。

 しかし、不思議なのはその書き方であった。

 普通ならば個人名が並んでいるだろう。

 チーム名らしきものが書いてあり、その中に個人名が書いてあるのである。

 中にはチーム名も無しに個人名のみのものもある。

 まさか、と弾は思った。

 

「皆さんはこの挑戦者の情報に疑問を抱くでしょう?

 チーム名が書いてあるがどういうことか、と。まるで、複数で同時にわたくしに挑んでも良いのではないか、と。

 順番に説明しましょう」

 

 大晃がにやりと笑った。

 

「三つルールを説明しましょう。

 第一に、複数人でわたくしに挑戦するのは可能かという疑問についてです。これは可能です。

 その場合はチーム名が書いてあるので、どの参加者がチームを組んで闘うのかは一目見てもらえれば分かるかと思います。

 但し、チームを組めるのは三人まで、という制限はあります。あまり、人数が多いとリングが狭くなってしまいますからね。

 第二に、チームで闘う人間は武器を持つことは許されないということです。

 これにも理由がありまして、わたくしはどれだけ叩かれても怪我は絶対にありませんが、他の方はそうではありません。

 同士討ちを防ぐ目的でこのルールを制定しました。逆に言えば、一人でわたくしに挑む場合は武器を使ってもらっても構いません。

 こちらで用意した何種類かの武器を持ち込む挑戦者もいることでしょう」

 

 大晃は最後に自身の格好を観客に見せつけるように両腕を上げた。

 頭部、腕部、胴体に装着しているセーフティは赤く目立っている。

 

「第三に説明しますのは勝利条件であります。

 まず、わたくしの勝利条件は簡単でございます。挑戦者の全てを戦闘不能とすることです。これは審判が判断いたします。

 そして、挑戦者の勝利条件も簡単です。今装着している赤いセーフティ、これに一度でも衝撃を加えることです。

 これを達成した方にはわたくしの時間をいくらか、差し上げたいと思っております。

 つまり、時間制限付きでございますが、わたくしを好きにできる権利を獲得できるわけであります」

 

 大晃は最後にこう付け加える。

 

「では、皆さんお待たせしました。楽しんでください。

 最初の挑戦者の入場です!」

 

 大晃はそう言うと、リングから身を乗り出して、マイクを二人の女子に渡した。

 どうやら彼女たちが実況と解説らしかった。

 音楽のボリュームが元に戻った。

 ステージの大型の液晶にPVが流れ出した。

 そこに名前が現れた。

 ボクシング三人娘。

 それが最初の相手の名前であった。

 

 

 

 大晃の時間を自由にできる。

 それは運動部系の特に格闘技系の部活にとっては十分な報酬であった。

 大会への参加が不可能だとしても、練習相手としてこれほど適した相手はいないのだ。

 だから、ボクシング部の三名は気合を入れて、この試合に臨んでいる。

 

「良い顔をしているな。そんなに俺が欲しいのかい?」

 

 大晃の笑みが深みを増す。

 ボクシング部の気合が大晃のスイッチを押した。

 期待が膨れ上がってくる。

 三人の女子はその様子を間近で見て戸惑った。

 大晃の異様な迫力に圧されたらしい。

 

「君たちは怪我をする心配なんて無いんだよ。優しく倒してあげるから、やりたいことを全部やっていってくれ」

 

 大晃の呟きが逆撫でるように響いた。

 凡そ、格闘技者と呼ばれる者は舐められることを許せない。

 それを熟知した大晃の呟きは意図したとおりに働き、女子部員たちから戸惑いは消え去った。

 一人と三人が向かい合う。

 これで準備は整った。

 

「構えて!」

 

 審判が間に入った。

 

「始め!」

 

 試合が始まった。

 

 

 

 ボクシング部の女子は一斉には突っかけなかった。

 大晃の正面、右斜め後ろ、左斜め後ろ、と三人で大晃を取り囲んだ。

 距離はそれぞれが均等で、その真ん中に大晃がいる。

 大晃は構えなかった。

 リングの中心からも動いていない。

 真正面を見つめているだけだ。

 口元に薄い笑みが浮かんでいる。

 

「シュッ!」

 

 じりじりと包囲網が狭まり、まだ遠いと思われる距離。

 そこで女子が果敢に攻めた。

 大晃の背面に位置を取っていた二人の女子であった。

 背面からの攻撃は普通であれば有効打になるだろうが、相手が相手だ。

 恐らく、反応されるだろう。

 しかし、逆に言えば背中からの攻撃に大晃は何らかのアクションを起こすはずであった。

 その間に、正面に位置する女子が大晃を打ち抜く。

 そういう作戦だった。

 拳が大晃の赤いプロテクターに向けて放たれる。

 その背後から迫る拳に、やはり大晃はしっかりと反応した。

 大晃は上半身を折り曲げた。

 拳は空を切る。

 そして、女子たちの身体を衝撃が襲った。

 横から丸太に叩き付けられたような衝撃だった。

 前かがみになった大晃は右脚を後方へと振っていたのだ。

 軸足が全くぶれない回転が人間二人を跳ね飛ばす威力を生んだのである。

 そして、正面から襲い掛かる女子は笑う。

 背面を蹴った大晃は今まさに背を向けている。

 大晃の技の威力は想定外で、跳ね飛ばされた女子たちはマットからしばらく立ち上がれないだろうが、それでも一撃入る。

 それで勝ちだ。

 女子は拳を放った。

 素人の目には映らない見事なジャブであった。

 

「やはりか……」

 

 脚を振りぬき、左脚一本のみで直立している大晃。

 その姿が一瞬ぶれた。

 上半身が残像を残し、再び大晃の身体が駆動する。

 右脚の後方への蹴りで器用に拳を打ち払いつつ、大晃は賞味するように言った。

 

「この中では、お前さんが一番使える」

 

 すでに女子の放つ拳はジャブだけに留まっていない。

 右と左のコンビネーション。

 IS学園という特殊な環境下で鍛え抜かれたそれに淀みは無く、拳のキレと威力には目を見張るものがある。

 事実、女子には自信があった。

 三対一で一撃を入れるだけならば、十分に可能だと。

 その乱打が全て叩き落とされている。

 右脚一本での背面への蹴りで。

 しかも――。

 

「少し、回転を上げるか」

「!?」

 

 打ち払うようにではなく、逆に背後を狙い撃つように、蹴りの性質が防御から攻撃へと変化する。

 今度は、女子が大晃の蹴りを防御するなり回避するなりしなければいけない。

 女子は蹴りに左拳を合わせた。

 グローブ越しに蹴りの力が伝わってくる。

 左拳の方が弾き飛ばされそうになる。

 何とか堪えて、右を放とうとした。

 しかし、それはできなかった。

 大晃の蹴りが真下から顎をぶち抜く軌道で放たれていたからである。

 叩き落すのは不可能だと悟った。

 かと言って、防御しても衝撃で立てなくなるだろう。

 女子に残された道は後ろへと避けるだけであった。

 スウェーで避けて、二メートルほど距離を取った。

 大晃が正面を向く。

 

「今度はこっちからだ」

 

 女子は目を疑った。

 一歩。

 さほど力を入れていない、無造作な一歩で距離が詰められていたのである。

 もう下がれない以上、女子には迎撃以外の選択肢は残されていなかった。

 左ジャブ、と見せかけた右フックで大晃の顔面を狙う。

 大晃はその迎撃に合わせて動く。

 右の掌底がフック気味に女子の顎を狙う。

 そして、決着は着いた。

 女子の身体がぐらりと傾いて、大晃がそれを受け止める。

 

「なかなか楽しかったぜ。本命が楽しみだ」 

 

 試合時間は三分丁度であった。

 

 

 

 次の相手は剣道部の女子であった。

 木刀を手に大晃を見ている。

 

「構わないわよね?」

「もちろん……」

 

 木刀を見た観客たちのざわめきに剣道部の女子は不安になったのだろうか。

 不安の解消と確認を兼ねて大晃に尋ねたのであるが、大晃は嬉しそうに言った。

 

「エントリー受付時に書面に書いていたままです。

 こちらから支給した武器なら、俺に対してどういう風に使っても良いですよ。

 俺はそんなことでは怪我をしませんから」

「それを聞いて安心したわ。人に武器を向けることには多少の抵抗があるから」

 

 二人はリングの中央で向き合った。

 審判が二人の間に入る。

 

「始め!」

 

 号令が鳴った。

 

 

 

 木刀が奔った。

 容赦のない一撃であった。

 人に武器を向けることへの躊躇は一切感じられない。

 顔面へと打ち据えられる木刀は、しかし、空を切った。

 しかし、木刀の主は戸惑う。

 大晃には避けた様子は見られない。

 直立する大晃をすり抜けたようであった。

 

「これは、これは、ここまで思い切りが良いと嬉しくなっちゃうねぇ」

 

 大晃に怯えはない。

 むしろ、相手の躊躇のなさにスリルさえ見出して、大晃のそりと前に出る。

 大型の肉食獣さながらの気配が発散される。

 主将は再び木刀を振った。

 面。小手。胴。

 木刀の切っ先が鋭く光る。

 無数の光の筋が大晃へと伸びる。

 狙いは頭部、腕部、胴体、それぞれの部位ごとにある有効打突範囲。

 一撃当たれば敗北。

 正に真剣と対峙するのと同じ条件。

 大晃はそのシュチュエーションに従い、行動した。

 振られる木刀を真剣に見立て、掌打で刃の腹を叩き、軌道をずらしたのだ。

 木刀による連撃。

 掌打による反撃。

 両者が拮抗し、激しくぶつかり合う。

 木刀を振る少女は驚愕した。

 普通ならば武器を持っている方が圧倒的に有利だ。

 ましてや、剣道の打突は速い。

 それに素手で対抗できるのは異常であった。

 そして、機はやってきた。

 

「待っていたよ」

 

 振り下ろされる木刀へと潜り込むように大晃は動いた。

 僅かに振りが大きくなったその刹那。

 浮上する潜水艦のように振り上げられた掌底が剣道部の女子の顎を撃ち抜いた。

 剣道部の女子が倒れた。

 決着まで三分と掛からなかった。

 

 

 

「強いな」

「ああ」

 

 一夏と弾は頷き合っていた。

 大晃が強いことは前々から知ってはいる。

 一夏は普段から感じていることではあるし、弾も話には聞いていた。

 しかし、である。

 一撃、当てれば即敗北という条件は重い。

 余程実力差があっても覆せるほどである。

 大晃は圧倒的不利な状態で相手を圧倒して見せた。

 

「だが、これは勝負として成り立つのか?」

 

 弾の呟きはおおよそ観客たちの総意であった。

 今までの試合の流れはあまりにも一方的だった。

 観客たちは楽しんではいる。

 間近に見る大晃の強さに満足してすらいる。

 しかし、やはり拮抗した勝負が見たい気持ちもある。

 これほど不利な状況に大晃は身を置いているのだ。

 もっと、はらはらする勝負が見たい。

 

「このままじゃ、ちょっとつまらないな」

「じゃあ――」

「だが、ここはIS学園。そう簡単に終わる連中ばかりじゃない」

 

 それにまだほんの小手調べさ。

 一夏が言った。

 そして、次のPVが流れた。

 

 

 

 レスリング部。

 レスリング部は組付きを軸に闘った。

 囮兼捨て石担当の二人が大晃に組みついて、残りで大晃に一撃入れる戦術。

 大晃は組みついてくる二人を同時に力ずくで跳ね除けて勝利した。

 空手部。

 三人同時の強襲。

 三方向からの攻撃を大晃は同時に捌いて、逆に相手を昏倒させた。

 どちらも決着は三分でついた。

 圧倒的な勝利であった。

 そして、次は――。

 

 

 

「まさか、お前さん方まで出てきてくれるとはねぇ」

 

 大晃の前には三人の女子が立っていた。

 

「別に賞品に興味があるわけではないが、この機会は逃せないからな」

「まあ、私はラウラにせがまれて来ただけなんだけどね」

「やるからには勝つ」

 

 箒、鈴、ラウラの三人組がチームを組んでいた。

 

 タッグトーナメント決勝戦。

 大晃は箒とラウラのペアと闘ったのだ。

 そして、公式戦初となる黒星を刻まれた。

 そういう説明が実況から入り、解説がさらに補足情報を入れる。

 鈴がセシリアとコンビを組み、準決勝で惜しくも箒とラウラに敗れた。

 つまり、補足情報を合わせて考えると、現在の一学年の最上位の三名が大晃に挑むことになる。

 同じ学園であれば大晃のことを良く知っているだろうし、対抗策もあるに違いない。

 と、解説席の人間は期待を煽るように言った。

 その甲斐あってか、客席は盛り上がっている。

 

「彼女らには適度に盛り上げてもらうように伝えてあるんだよ」

 

 大晃が解説席を横目にそう言った。

 大晃と箒、鈴、ラウラがリング上で向かい合った。

 

「始め!」

 

 こうして、試合が始まった。

 

 

 

 大晃の目前に迫る手刀。

 それは箒によるものであった。

 大晃はそれを避けた。

 鈴とラウラが左右から回り込み援護する。

 三人の突きと蹴りが複雑に交差した。

 大晃は身体を深く折り曲げることにより箒の追撃をかわた。

 クロスさせた両腕の掌が外側を向き、鈴とラウラの突きと蹴りを受け止める。

 沈んでいた大晃の腰が浮き上がり、直上へと蹴りが放たれる。

 

「くぅ」

 

 箒は後ろへ飛んだ。

 呻き声を漏らしつつも、箒は無事であった。

 仰け反りつつ、何とか蹴りの軌道から逃れたのである。

 そして、これは大きな隙となる。

 片脚で立つ大晃の姿に鈴とラウラは勝機を見た。

 鈴は這うような回し蹴りを。

 ラウラは上段への突きを。

 それぞれが大晃の意識を二分するように放った。

 

「それで勝てると思うのならば……甘いな!」

 

 大晃がリングを蹴った。

 不十分だった体制にも関わらず身体が宙に浮き上がる。

 二人の突きと蹴りを飛び越えて、後方へと回転する。

 鈴とラウラがそれを追う。

 大晃の非常識な身体能力も織り込み済み。

 二人は立て続けに打撃を放つ。

 

「むぅ!」

 

 大晃から漏れた。

 プロテクターを狙った、二人の連撃。

 訓練を共にするだけあって、コンビネーションの息が合っている。

 お互いをカバーし合う立ち回りは、元々が敵同士だったとは思えないほどに見事だった。

 しかし、身体能力の差は歴然。

 大晃は一撃でこの状況をひっくり返す。

 半身にして、攻撃を避けたその瞬間。

 身体に生じた捻りに力が生じた。

 空気が軋んだ。

 かのような錯覚をこの場にいる全員が覚えた。

 

「邪ッ!」

 

 鈴とラウラの身体が宙を舞った。

 大晃が全身を振って放った回転蹴り。

 ボクシング部に放ったものよりも、鋭く、速い、それが二人を打ち据えていたのだ。

 その一撃は鈴とラウラを容易く昏倒させた。

 二人がリングに沈み込んだ。

 

「油断したな」

 

 会心の一撃は、その威力ゆえに隙が生じる。

 技を振り切り、一回転し、片脚で立つ大晃に生じた隙。

 箒はその隙を突いた。

 篠ノ之流に伝わる奥義で。

 大晃は目を見開いた。

 隙を突かれることを承知していた。

 それでもなお反応が遅れてしまったのである。

 大晃が驚くのも無理はなかった。

 まず、目にすることのない古武道の技術だった。

 人にはそれぞれの呼吸がある。

 そして、呼吸と呼吸の合間には隙が存在するのだ。

 その隙を突く技はこう呼ばれている。

 零拍子と――。

 

「やるなッ!」

 

 しかし、その技で持ってしても大晃を仕留めることはできない。

 反応が遅れようと、その獣のような反応速度でもってすればリカバリーは十分に可能だった。

 手刀が大晃の胸のプロテクターに放たれる直前。

 大晃が一歩前に踏み込んでいた。

 技が放たれるその前に間合いを潰す。

 そうすることで手刀を放つスペースをゼロにして、技が不発になる。

 だが、これこそが箒の狙いでもあった。

 手刀が開手へと変化し、飛び込んで来た大晃の肉体をがっしりと掴んだ。

 

「ぬッ!」

 

 大晃は反射的に堪えた。

 その力を箒は利用した。

 大晃が脚に込めたその力を、増幅させ、空中へと放り投げようとした。

 そして、大晃の身体が宙に浮いた。

 身動きの取れない宙で攻撃を仕掛けるつもりだった。

 だが、大晃とて素手での闘いに優れている。

 増してや、箒との初対面時に似たようなことをされている。

 大晃は最適解導き出し、すでに実行していた。

 投げられる直前にリングを蹴っていた。

 大晃の身体は箒が望んだ以上の加速が付いていた。

 更に宙で箒の身体を掴んだことで、回転の支点を得た。

 宙で一回転するとリングに着地して箒を狙う。

 両腕のラッシュで箒を追い詰める。

 僅かに拮抗したものの、その拮抗はすぐに崩れ、強烈な打撃が箒を襲った。

 

「ぐはッ!」

 

 箒の身体がリングの上に転がり、大晃の勝利が宣言された。

 試合時間は十分であった。

 

 

 

 試合が終わった。

 だが、まだまだイベントは終わりではない。

 何故なら――、

 

「ふふん、今度は本命か」

 

 大型液晶にボクシング部の名が表示されたからだ。

 それもメンバーは異なっている。

 この催しでのエントリーの条件には各部活動ごとにグループは一つなどの制限はない。

 極端なことを言えば、部活動に所属する全員の人間が参加しても良いのだ。

 そして、大晃の強さを認知している各部活動はこう考えた。

 先に疲弊させてから本命、つまり、部活動の中でより強い人間をぶつければ良いと。

 事実、今までリングに上がった挑戦者は全員が一年生だ。

 これまでの挑戦者を弱いとは言わないが、各部活動の中での主力ではないのだ。

 専用機持ちと言う括りで参加した箒たちは例外とも言えるだろう。

 ともかく、イベントはようやく佳境に入り始めたばかりだ。

 

「さあ、楽しもうじゃないか」

 

 大晃がリングの中心で笑った。

 

 

 

 

 

 あの後、大晃主催のイベントは盛況の後に幕を閉じた。

 つけたハンデもあって際どい場面はいくつかあったが、大晃が負けることはなかった。

 そして、学園祭も終わり、夕方の今。

 大晃は上機嫌で廊下を歩いていた。

 投票の結果、大晃の百人組手は二位となった。

 一位は生徒会、つまり、この学園祭の元締めである。

 ここには自動的に票が入るようになっていたので、実質、一位と変わりが無い。

 その結果に、大晃は大満足であったのだ。

 片付けの手伝い及び関係各所へのお礼をして回った後、生徒会へ向かっていた。

 この企画をサポートしてくれた虚へ礼を言いに行くつもりであった。

 

「あら、奇遇ね」

「おお! 楯無先輩じゃありませんか」

「今日は大盛況だったわね」

「ええ、お陰さまで。生徒会の協力に感謝しますよ」

 

 大晃は満足そうに笑った。

 反対に、楯無は恨めがましく大晃を見た。

 冗談めかしているようにも見えるが、本気で怒っているかもしれなかった。

 

「今日はね、私も企画を考えていたのよ。シンデレラの舞踏会というのをね」

「ほう」

「でも、ご破算になっちゃったのよ」

「何故ですか?」

「あなたの企画のせいよ」

 

 楯無は大晃に扇を突きつけた。

 

「そもそも私が考えていたのは生徒参加型の企画なのよ。

 一夏君と大晃君の二人から王冠をもぎ取れば一緒の部屋になれるっていうね。

 分かるでしょ? 私の企画には人がいっぱいいるのよ。

 あなたが先に立てた企画に予想以上に人が集まったせいで、こっちに人が割けなくなってしまったわけ」

「しかし、それなら俺の企画を潰せばよかったのでは?」

「出来たらそうしたわよ。でも、あなたたちの手際が良すぎた。

 要領の良い虚ちゃんと覚えの早いあなたがトントンと進めるせいで私が口を挟む間もなかったのよ」

「虚先輩には感謝していますよ」

「そうね。今からお礼でも言いに行くわけ?」

「はい」

 

 楯無は少し黙った。

 廊下の窓から差し込んでくる光が二人を赤く染めた。

 

「あなたは素直なのね」

「そうかもしれませんね」

 

 どうにも大晃にはババばかり引かされている感がある。

 しかし、そんな中でも楯無は大晃のことをしっかりと見ていた。

 学園祭を通じて、その中で思ったことがあった。

 それは大晃が思いの外、素直だということだった。

 大晃は虚のアドバイスを聞いて企画を進めていった。

 その虚の力を借りれたのは、そして、他の人たちの協力をいち早く取り付けることができたのは、素直さあってのことだろう。

 楯無の頭の中に、一人の少女が浮かび上がる。

 あの子ももう少し素直ならね。

 そんなことを楯無は思いながら、ある考えが浮かび上がってきた。

 意外に素直なこの男であれば、しっかりと役割を果たしてくれるのではないか?

 少々の時間、楯無は頭を捻ってから提案する。

 

「あなたになら、任せても良いかもしれないわね」

「……」

「あなたのその素直さを見込んで頼みがあるのよ」

「なんでしょうか?」

 

 楯無は意を決して言った。

 

「私の妹をあなたに頼みたいのよ」

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