更識簪は戸惑っていた。
場所は整備室。
ISを自らの手で開発しようとしている彼女にとってはいつもいる、所謂、居場所の様なものである。
そんなホームグラウンドにいる筈の簪はまるで他人の部屋にいるかのように委縮してしまっている。
簪はその元凶を見つめていた。
「なあ、俺に何か出来ることは無いのかい?」
大きな男が身体を折りたたんでいる。
でかい身体を出来るだけ小さく見せることで威圧しないようにしているのかもしれないが、ほとんど逆効果だ。
それを指摘することもできずに、おろおろする簪は思い出していた。
この男がやって来た時のことを――。
簪はいつもと同じように整備室に籠っていた。
たくさんの機材に囲まれて、作業を行っている。
その簪の前に置かれているのは未完成と思われるISであった。
打鉄と呼ばれる日本製の機体。
簪はこれを自分専用にカスタマイズしようと試みているのだ。
もっと正確に言うのならそれはカスタマイズではない。
ISのカスタマイズ事態はIS競技者の間では普通に行われている。
日本の代表候補生である簪はISのカスタマイズ程度に手こずりはしない。
簪が未完成のISを前にして苦悶の表情を浮かべているのには、ある理由があった。
簪はISのカスタマイズではなく、製作を行っているのである。
簪が試みているのは、打鉄をベースに新武装システムの開発、及び機動力増加の為にブースター等を増設し、実機に落とし込むことだ。
それは当然、既存の武装を付け替えて自分好みの性能を実現するカスタマイズとは一線を画す行為である。
もし、この試みを完遂したのならば、それは自信に繋がるだろう。
そうすれば、もう姉の陰にビクビクしないで済むかもしれない。
だが、現実は甘くない。
出力の調整はおろか武装のシステムにすら完成まで程遠い。
その目の前にある未完成の機体が己を罵ってくるようで辛い。
何故、こんなことも出来ないのか、と。
何故、出来もしないことをしようと思ったのか、と。
その罵倒に立ち向かうように簪は作業を続ける。
「あんたが更識簪さんかい?」
だから、声が掛けられた時、僅かではあるがほっとしたのだ。
誰かの声を聴いていれば、答えのない問いを延々と考え続ける必要がなくなる。
しかし、簪はそんなことなど御くびにも出さずに答えた。
「誰?」
周囲に対して関心、あるいは興味を抱いていない振りをすることの多い簪はそう言ってしまった。
しかし、声の主が誰かなど流石に聞くまでもなく分かっていた。
眩しい闘いをする男を、この学園にいて知らない人間などいない。
「俺かい? 安城大晃ってものだよ」
そう言う大晃と簪の目が合う。
真っ直ぐな視線である。
簪はたじろぎつつも、言った。
「……何の用?」
もし、これが織斑一夏であったのなら、簪は無視していただろう。
ISの開発のそもそもの動機は、自分の専用機ではなく一夏の白式が優先されてしまったからである。
自分の専用機がちゃんと用意されていれば、ひいては一夏のIS適正さえ明らかにならなければ簪は専用機をもらっていたはずだった。
何の関係も無い大晃が話しかけてきたとしても、無視する理由はない。
それに、である。
大晃の気配は無視するにはあまりにも強すぎた。
近くにいるだけではっきりと存在を感じてしまうのである。
「あんたの力になりたいんだよ」
それはISの製作を助けたいという意味にしか取れなくて、簪は酷く動揺した。
勘違いであってほしいと、簪は強く願った。
「それはどういう意味?」
「ISを作る手伝いをしたいんだ。良いだろう? 俺は何でもやるよ」
大晃の力強い言葉に簪は気圧された。
「帰って」
簪は絞り出すように言った。
しかし、大晃は動こうとしない。
笑みを深めて簪を見つめている。
「何故だい?」
そう言いながら笑う大晃。
その笑みに簪の目は釘付けになった。
吸引力のある魅力的な笑み。
イケメンとも言い難く、ハンサムとも少し遠い、しかし、愛嬌のある顔に簪は赤面しかける。
視線を外すのに、かなりの努力を必要とする、笑みであった。
「必要なんて無いから」
本当のことを言えば、それは姉を越えるためである。
しかし、自分のコンプレックスを公にしたくはない。
かと言って、理由を告げずに断るのも気がひける。
だから、理由など言わなくても良いのに、適当なことを簪は言ったのだ。
本当は分かっている。
別に断ることに理由などいらない。
勝手に押しかけている大晃に気を使う必要などないし、大晃はそんなこと気にも留めないだろう。
だが、それでも、思考に染み付いた自虐癖とでもいうものが、自己否定の悪癖が簪にそれを許さない。
「そうかい、俺には行き詰っているように見えるが?」
表面をなぞっただけの言葉はすぐに看破された。
簪はすぐにそれらしいことを考えた。
「……気のせい。もう、解決の方法は見え始めて来たところだから」
「ふうん」
嘘ではない筈だった。
解決の方法は見え始めたと言ったがこれも本当のことだ。
ただ、その方法が本当に正しいのかはこれから検証の必要があるだけで。
それにかなりの時間を割かなければならないし、その結果が徒労に終わることもある。
それでも嘘ではない。
本当に解決できるかもしれないからだ。
そうやって、自分自身に言い訳をした。
簪は大晃の視線が嘘を探るものに変わったことを感じ始めていた。
それは簪が嘘をついていたということであった。
大晃の視線に変化などない。
ただ、簪が嘘をついていると思っているから、その嘘がバレないかと冷や冷やしているのだ。
自分自身への言い訳に忙しい簪はそれに気が付かない、気が付けない。
「そうかい、しかし、それでも俺はあんたの力になりたいんだよ。
どうだい? 俺を使えば作業の時間が一分でも二分でも短くなるかもしれないよ」
「……どうして、私の力になりたいの?」
ここで簪は思った。
何故、この男は力を貸す等と言うのだろうか。
確かに、雑用でもなんでもして貰えば、その時間分作業は進むことになる。
それで、この男は何を得するのだろう。
簪が専用機を完成させたとして、それが何になるのか。
「お前さんとやってみたい」
「は?」
「専用機を完成させたお前さんと、俺はやりたいんだよ」
「……意味が分からないんだけど」
恐らく、大晃は本音を単刀直入に言っている。
あまりにも最短距離を突き進む言葉の速度に、理解が追いつかないのだ。
「俺は聞いたんだよ。あんたがその専用機で何をしようとしているのかをな。
確か、大量のミサイルを一つ一つ操ることにより、膨大な火力と柔軟な運用を両立する。
それがその専用機をコンセプトのはずだ。合ってるかい?」
「……合ってるけど」
「俺はそれを聞いていても立ってもいられなかったんだよ」
それは大晃の肌から分泌されているようだった。
空気に溶け込む粘液の様なもの。
大晃の感情から生まれて、大晃の肉体から染み出て来た異様な物体。
世界が塗り替えられていく。
大晃の闘争心で空間が満たされていく。
「かつて、闘った相手にもそういう武装を使いこなす奴がいた。
四枚羽根にも見えるシルエットのミサイルコンテナからありったけの弾頭を発射する危ない奴がな」
タッグトーナメントの初戦で闘った相手のことであった。
「凄い火力だった。敵方には援護もあって俺は機を見つけるまでは逃げる以外に無かった。
幸いなことにミサイルの動きは精密だったが、比較的に単調とも言えた。
どうにか耐えてから、敵へとミサイル打ち返すことで勝利を拾ったが、あんたの話を聞いて思ってしまったんだよ。
もし、ミサイルの一つ一つが完全に術者の制御下にあり、なおかつ、それを操る能力に長けているのであれば。
――そんな奴相手に俺はどう闘うのか、そして、その結果は、とね」
大晃の身体が一回りも大きく見えた。
「近いうちに大会があるのを知っているかい?」
「……うん」
大会が予定されていた。
今度は専用機持ちのみが対象である。
規模こそ小さいものの専用機持ちが激突する大会は、生徒たちの注目度の高い大会であった。
「俺はお前さんと、次の大会で闘わねばならない」
大晃はもう一度噛みしめるように言った。
「お前さんと闘うために、俺はお前さんを助けたいんだよ」
大晃の言葉に簪は震えた。
簪はベッドで携帯端末を覗き込んでいた。
画面はいつも見ているヒーローもののアニメが流れている。
展開はいつも同じだった。
悪を正義が倒し、虐げられているものを助ける。
要約すればそれだけの内容である。
その単純な話の構造が、簪は好きだった。
弱きものを救い上げてくれる物語のヒーローは特にお気に入りだった。
現実にヒーローがいるわけがない。
現実に打ちのめされている簪は、すでにそのことを知っている。
だからこそ物語の英雄に簪は惹かれているのだ。
しかし、簪はアニメに集中できなかった。
今日あったばかりの男のことが気になって仕方ないのだ。
「安城大晃……」
呟いたのは大きな男の名前だった。
『お前さんと闘うために、俺はお前さんを助けたいんだよ』
フラッシュバックした台詞は強烈なものだった。
それは素直になれないライバルポジションのセリフにも似ている。
誰かを助けたい。
しかし、素直にそれを言えないから、遠回しにそれを伝えるのだ。
お前を倒すのは俺だ、という台詞は最たるものだろう。
だが、大晃のそれは違う。
大晃の台詞はとても素直なのである。
嘘偽りは微塵もない。
己の欲望が発露した台詞なのである。
闘うことが好きで、時には対戦相手の援助も惜しまない。
安城大晃とはそういう男なのだ。
「本気で私なんかと闘いたいんだ」
大晃の闘いぶりはこの学園にいるものならば、嫌でも耳にする。
大晃が試合で何の躊躇もしないことも、聞いていた。
近いうちに開かれる大会で、大晃は本気で闘い、自分を倒そうとするだろう。
そんなことは分かっている。
なのに、不思議だった。
「彼はヒーローなの?」
物騒な言葉の響きは思いの外優しいものだった。
それこそ自分を救い上げようとしているのではないか。
そう思ってしまうほどに。
もし、本当にそうなのならば、考えが正しければ、大晃はヒーローということになる。
闘いを通じて人を助ける奇妙なヒーロー。
それが彼なのだろうか?
分からない。
ただ、一つだけ分かることがある。
彼のことを思うと、胸の奥がドキドキしてくることだ。
今も胸のドキドキが止まらない。
ワクワクすると言ってもいい。
この気持ちが何なのかを簪は知っている。
ヒーローを思うときの気持ちとそっくりだった。
だが、大晃が本当にヒーローなのかは分からない。
大晃が本当にヒーローなのか?
それを知るための方法は一つあった。
大晃の近くにいればそれを知ることもできるかもしれなかった。
「受けてもいいかもしれない」
簪は言った。
大晃の笑みが脳裏に浮かんだ。
翌日の放課後。
簪はいつものように整備室にいた。
作業台に座って、ディスプレイを眺めている。
表面上は、普段と同じようであった。
しかし、心の中ではあの男の登場を今か今かと待ち構えていた。
来るならもうそろそろのはずであった。
「やあ、簪さん」
「あ!」
前触れもなしに響いた声に思わず反応してしまった。
それが恥ずかしくて赤面してしまう。
いつの間に接近していたのか、大晃の柔和な笑みが至近距離にあった。
大晃は簪の隣に座って顔の高さを合わせている。
「昨日の話は考えてくれたかい?」
「昨日の話?」
「ほら、俺がお前さんの手伝いをするって奴だよ」
こちらの内面を見透かしているような視線にドキドキした。
内心を悟られないように、勤めて平静を装って、それこそ普段の無関心な態度を頑張って維持した。
「いいよ、私はあなたに雑用くらいしか頼めないけど」
「そうかい。それは良かった、ここに来た甲斐があったもんだぜ」
大晃が笑った。
それを見ているとこちらも嬉しくなってくる。
この話を受けて良かったと思えるほどに。
だが、話はここで終わりではなかった。
大晃は振り返った。
その先には整備室の入り口がある。
「入っておいで」
「はい」
出てきたのは黒髪の少女だった。
メガネを掛けている。
その奥には鋭い光を放っている眼があった。
どういう意図で彼女を連れてきたのか?
そもそも、彼女は何者なのだろうか?
それを訊く前に大晃は手短に説明した。
「俺が呼んできた、頼もしい助っ人だよ」
「どうぞよろしくお願いします」
「彼女は優秀でね、ミサイルの制御システムの事なら、この学園でも五本の指に入るほど詳しいんだ」
「あなたのISについては話を聞きました。私の持つ知識を生かして良い機体を作るお手伝いをさせて貰います」
「ちょっと、待って!」
いきなりの展開に声が大きくなる。
周囲の視線が集まってきたが、それを気にする余裕もなかった。
「私が任せるのは雑用まで……! そんな、システムの根幹まで誰かに任せるつもりは……ッ!」
感情任せの言い方が悪かったのだろうか。
少女の顔が暗いものになる。
それでも、これだけは譲れなかった。
本来、自分の専用機は倉持技研が作ってくれるはずだった。
しかし、その倉持技研は突然現れた男のIS操縦者に掛り切りになっている。
このままでは誰も自分の専用機を用意してはくれないだろう。
日本の代表候補生になったときは嬉しかった。
姉には及ばずとも、自分の力が認められたのだから。
その矢先に訪れた困難。
それはそれで仕方ないとも思う。
男の適合者など世界に二人しかいないのだから。
そして、どうせ誰も専用機を作ってくれないのなら――。
自分で専用機を作ってやろうじゃないか、と思ったのだ。
それも姉と同じように、自分一人の力で。
そして、今度こそ自分の力を証明するつもりだった。
大晃に雑用を任せるのは良い。
それは結局誰でもできることで、誰かに任せたって、自分の力は証明できる。
しかし、自らが考える専用機の根幹に関わるミサイルの制御システム。
これを誰かに任せてしまっては、いざ機体ができたときに納得できない。
自分の力で専用機を作ったのだ、と誇ることはできない。
「私の能力では足りないってことですか?」
だが、少女の真意に気が付いたときには愕然とした。
違うのだ。
足りないのは、少女の能力でもなんでもない。
ただ、自分の能力が足りないから、一人で専用機を完成させると息巻いているのだ。
つまり、できないことをできると言って、虚勢を張っている。
本当に未熟なのは私の方だ、と簪は思った。
「違う……。私はそんなつもりじゃ……」
「では、どういうつもりで?」
こんなときに限って大晃は黙っている。
真剣な顔でこちらのやり取りを見ていた。
静観するつもりなのだろう。
簪は嫌々ながら決意した。
自分の思いを口にしなければいけないことを。
「私は自分一人の力で専用機を組み立てたいの。自分の力を証明するために」
これが口にできる、ギリギリの範囲だった。
姉のことには、絶対に触れたくはない。
「武装の要であるミサイルのシステムをあなたに任せたら、それはできなくなってしまう……」
だから諦めて、とは口にできなかった。
後はもう察して欲しいかったのだ。
少女と目を合わせたくなくて、視線が床へと落ちていく。
自分が役に立てると思ってやってきた少女は、きっと落ち込んでいるだろう。
そう思った。
「では、こう考えてみてはどうでしょう?」
少女の声が上から落ちてきた。
その声は思いの外、冷静そうなものだった。
「あなたは、例えば調べ物をする時に専門書を頼ったりするでしょう?
私をその専門書だと思えばいいのです」
「どういうこと?」
少女の声色にホッとしつつも、新たな疑問で脳が埋め尽くされた。
言葉の意味がいまいち飲み込めない。
少女はその質問を待っていたように話し始める。
「つまり、私は主に提案をするということです。
例えば、複数の方法があったとして、そのメリットとデメリットを私が説明します。
お勧めの方法も教えます。
ただ、採用するシステムを選んで機体に導入するのはあなただということです」
「でも、あなたは本じゃないでしょ? そもそも、本はアドバイスをしてくれないし……」
「そうでしょうか?
書物は人が後世に残した道しるべのようなものです。
私はあなたにしるべを与えるだけですし、ものによってはアドバイスが載っている書物もあるでしょう。
私が提案し、それをあなたが検討して機体に取り入れるのであれば、それはもうあなたの力と言っても変わりはないでしょう。
もちろん、私だけが楽をするわけにはいきません。
制御系システムの構築をお手伝いはしますが、この経験はあなたの次に繋がる、と思います」
少女の提案は屁理屈であったが、あながち間違いでもない。
自分の与り知らないところで話が進むならともかく、提案された案を採用するか否か検討するのが自分であるのなら――。
それに何かを作る時に一番困難なのは取捨選択である。
必要なものと不要なものを見極める作業を自分が担うのであれば、誰かの力を借りようとも己の力を証明できる。
しかし――、本当に良いのだろうか?
「……なんで? なんで、そこまでしてくれるの?」
少女の提案はこちらの意を十分すぎるほどに汲んでくれたものだった。
だから、不安になる。
気を使わせすぎたのか、と。
「あなたの試みにはそれだけの価値があるからです」
少女は淡々と口を開いた。
その口から出てきた思いがけない言葉に驚いた。
そして、驚いたのは一瞬で、すぐに嬉しくなってきた。
自分のしてきたことの価値を認められる台詞には魔力があるようで、意識しなければ笑みがこぼれ落ちそうになる。
それを何とか堪える簪をよそに、少女は話を続ける。
「専用機を完成させる試みには大きな価値があります。
気難しそうなあなたに根気よく付き合う労力に見合う以上には……」
少女は冗談めかして言ってきた。
しかし、冗談めいているのは言葉だけ。
真剣な目でこちらを見つめてくる。
自分のことをどう思っているのかは置いておいて、専用機を組み立てる試みに良い印象を持っているようだった。
「……分かった」
そんな少女の協力を断るのは無理な話で――。
簪は諦めたように呟いたのだった。
「では、あなたの考えているミサイル追尾システムの話からしますか」
簪が完成を目指している専用機。
それにはミサイルがコンテナが内蔵されていた。
一度に八発の高機能小型ミサイルを発射する武装ポッドが計六基。
つまり、一度に合計四八発のミサイルを発射が可能。
それらが全て命中すれば勝負は決する。
強力な武装であった。
しかし、それは命中すればの話で当たらなければ意味がない。
ミサイルがその本領を発揮するかどうかは、ミサイル追尾システムの出来次第。
専用機の攻撃能力はこのシステムに掛かっている。
少女の瞳がキラリと光った。
「まず、私が実際に試合で使ったミサイルの追尾システムを見てみましょう。
私が使用したのは、一度に十二発の小型ミサイルを発射可能な武装ポッドが計四基。
ポッドの数、ミサイルの性能に違いがありますが、一度に発射可能なミサイルの合計は同じ四十八発です。
参考にはなるでしょう」
そう言って、少女は持参したデータをディスプレイに表示した。
具体的には使用したミサイルの種類、コンテナのデータ、そして制御ソフトのコード。
簪はまずミサイルのスペックなどを確認した。
頭の中で専用機のスペックと照らし合わせていく。
そして、コードの方へと目を移した。
すると――、
「ああ、これはですね――」
少女は自らコードについて説明を始めたのである。
その少女の説明を聞いていくにつれて、簪は驚いた。
少女の説明は要点を射抜いていた。
何故、この命令をミサイルに加えるのか?
命令の順序にどのような意味があるのか?
簪が気になっていることを少女は的確に説明してみせた。
「説明は以上ですが使えそうですか?」
「凄いね……」
「そうですか?」
「うん。このコードそのものにも過不足はないし、何よりあなたの説明が分かりやすい」
「ありがとうございます」
「ひょっとして、あなたがこのコードを組んだの?」
「バレちゃいましたか」
簪の指摘に、少女ははにかんだ。
ディスプレイに映るコードを見る目は、愛おしい我が子を見つめる眼差しに似ていた。
製作者としての愛情が確かに少女にはあった。
「単純、それでいて複雑な動きを可能にするこのコードは、ミサイルの力量を最大限に発揮させます。
自慢ではありませんが、このコードは私の最高傑作です」
「……」
「話が逸れましたね」
簪も頷いた。
「話を聞いた限りだと、あなたは『マルチ・ロックオン・システム』を採用するつもりらしいですね」
「……うん」
「なかなか、面白いことを考えますね。
私も一度は考えたのですが、四八発ものミサイルを一つ一つ独立させて動かすのは非効率的で、結局諦めたのです」
その言葉を聞いて、簪の顔色は暗くなる。
ミサイルの追尾に関して少女はエキスパートだ。
そんな彼女がはっきりと言ったのだ。
非効率だと。
そもそものコンセプトを否定されるのはショックだった。
「そんな暗い顔をしないで下さい。
私だって完全に諦めたわけではありません。
その証拠に私はミサイルの一つ一つが独立はしていなくとも、四つごとには制御するコードを作りました。
これを更に発展させれば、ミサイルの一つ一つを制御下に置く、『マルチ・ロックオン・システム』の可能性は見えてくるはずです」
少女が慌てて慰めてきた。
自分のアイデアに実現の可能性があることに安堵しつつも、少女の慌てた姿に申し訳なくなる。
ともかく、少女の提案には説得力があった。
少女の組んだコードは一度に放ったミサイルを制御可能な本数に分けて制御しているからだ。
一度に操るミサイルの数を更に細分化していけば、最終的には『マルチ・ロックオン・システム』は可能になるだろう。
そうして、二人は話し合いを本格的に始めるのだった。