超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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40話、簪の恐怖

 簪は充実な日々を送っていた。

 それは大晃と大晃が連れてきた助っ人がもたらした物だった。

 この一週間、放課後になると簪は意気揚々と整備室に向かう。

 そこで待っているとやってくるのは助っ人の少女である。

 少女はやってくるなり、いつもこう口を開いた。

 

「昨日、出てきた課題についてですが――」

 

 そう言って、一晩の時間を使って組み立てられた考えを展開してくる。

 少女の考えは筋が通っている。

 どうミサイルを運用するべきか、それを長く考えていたのであろう少女の理論には目を見張った。

 もちろん、簪だって意見は言う。

 しかし、その意見に対して少女はより発展した理屈を述べてくるのだ。

 そして、それが専用機の完成への一歩になっていく。

 その実感があった。

 それは決して錯覚などではなく、『マルチ・ロックオン・システム』の完成が徐々に見え始めてきている。

 

「ありがとう……。あなたのお陰で予想以上の出来になりそう……」

「私もあなたの力になれて嬉しいです」

 

 そう言葉を交わす。

 すると、嫉妬まじりの声が飛んでくる。

 

「む~~。かんちゃんまたあの子と仲良くしてる~~。

 私だって装甲のチェックしたんだから褒めてよ~~」

「本当よ。あなたが私を連れてきたくせに、私を放っておくんじゃないわよ」

 

 この一週間、手伝ってくれている二人であった。

 幼馴染の本音が冗談めかして言っている。

 もう一人は少女の友達である。

 この娘は少女とタッグを組んで、一学期の終わり頃にあったトーナメントに参加していたらしい。

 しかも、その相手というのは――。

 

「……あの安城君と闘ってたんだ」

「ええ、負けてしまいましたけどね」

 

 少女が困った顔で笑っているのを見ながら、思い出していた。

 大晃が言っていた。

 四枚羽根のミサイルコンテナを使いこなす相手と闘ったのだと。

 少女のISも主武装は四枚羽根のミサイルコンテナである。

 つまり、この少女が大晃とタッグトーナメントで対戦したのである。

 その少女が手助けをしてくれている。

 ある意味では、大晃との闘いは少女の代理で闘うことに近かった。

 本音が欠伸をした。

 

「それで~~、これからどうするの?」

「一度、この専用機がどれだけ動けるのか試してみない?」

 

 この一週間で進んだのは武装だけではない。

 助っ人として参戦したのは大晃が連れてきた少女だけではなかった。

 少女が連れてきた友人。

 彼女も整備のことには詳しかった。

 幼馴染の本音はそのあだ名が現すままにのほほんとしながらも整備に抜かりはないし、その姉の虚もしっかりとサポートをしてくれている。

 他にも二年整備課のエースである黛薫子、同じく整備課のフィーや京子は大きな力になってくれている。

 何より、大晃。

 呼びかけの中心になったのはこの男といってもいい。

 整備にも進んで参加してくれている。

 その肝心な整備の方は今手伝ってくれている娘達には及ばないためほとんど雑用ばかりやっているが――。

 ともかくそういう助力があった結果、装甲と出力の調整も大分進んでおり、全体の出来栄えを確認するのにちょうど良い時期に来ていた。

 もし、不具合があったとしてもトーナメントまでは日にちが開いているので、修正を加える余裕もある。

 

「良いんじゃないかい? アリーナなら俺が借りておくよ」

「安城君……分かった。アリーナを借りて……そこで試運転をやってみよう」

 

 専用機の出来栄えがどれほどのものになっているのか。

 平静を装おうとしつつも、胸の高鳴りを止めることはできず、声の抑揚を抑えることはできなかった。

 

 

 

 アリーナにやってきた。

 放課後という時間帯もあって、人が多い。

 IS学園の中でも、ISを遠慮なく使える数少ない空間である。

 当然、やってくる人間はISの使用を目的にしているのだった。

 

「あっ!」

 

 簪は珍しく大声をあげた。

 その視線の先にはある二人の人間の訓練風景がある。

 

「うおっと!」

「一夏くん、また、集中が途切れたわね」

 

 楯無が一夏を訓練している。

 自分が苦手としている姉がいるので声をあげてしまったのだ。

 

「ああ、楯無先輩と一夏じゃないか」

「あら、本当ですね」

「どうやら、楯無先輩の訓練に手抜かりはないようですね」

 

 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 自分の視線の先にある二人の姿に皆が気づいてしまった。

 大晃と虚が早速、二人の話題で会話をしている。

 いや、それよりも自分が二人を見て大声をあげたと思われたくなかった。

 姉と自分の関係について誰にも口出しはされたくない。

 

「嬉しそうな声出しちゃってさ??。

 やっぱり、かんちゃんもお姉ちゃんのことが好きなんだね??」

「や、やめてよ、本音……」

「じゃあ、楯無さんだけ除け者にするのは良くないな」

「……え?」

「おーーい! 楯無先輩!」

 

 そんな本音の言葉を真に受けてしまったのだろうか。

 大晃が余計なことに大声で楯無の元に向かって行ってしまった。

 

「あら、安城君。あなたも訓練に来たのかしら?」

「はい。ただ、俺のじゃなくて簪のですがね」

 

 そう言って、大晃はこちらを指差してきた。

 当然、楯無も指の指す方向を見るわけであり。

 簪と楯無の目があった。

 気まずげに目をそらした。

 そして、二人は何やらもめているようであった。

 

「ちょっと、なんでここに簪ちゃんが……」

「専用機の完成度合いも良い塩梅になってきたので、一度、試運転をしてみよう、ということになりました。

 どうですか?」

「『どうですか?』って言われても、何のことだか分からないわよ」

 

 楯無は、楯無で動揺していた。

 何故、大晃がここにいるのか。

 いや、どうして妹を連れてきた上で、わざわざ声などかけてくるのか。

 大晃の一見穏やかな笑みに、不穏なものを感じ取る。

 

「折角だから見学でもしていきませんか?」

「でも、私は一夏くんを訓練しないといけないし……」

 

 断るつもりだった。

 簪の、妹の、専用機を完成直前に見ることへの罪悪感がある。

 それに大晃に『依頼』をしたが、それは妹の状況を見かねてなんとかしてやりたかっただけのこと。

 妹との距離を詰めるのは、妹が専用機を手に入れて自信を深めてからにするつもりで、妹との仲介を頼んだ覚えなどない。

 しかし、大晃はそんな楯無の事情を知っているはずなのに、一歩も引き下がらなかった。

 

「様子を見る限り、訓練も大分煮詰まっています。

 適度な休息は害になるものでもないし、どうせなら見ていきましょうよ」

「でも、あの子が嫌がって……」

「そんなことを言っているようではいつまでたっても、妹さんと仲良くはなれませんよ」

 

 突かれたのは、妹との関係に臆病になっている楯無の姿勢そのもの。

 別に妹の成果を姉が少しばかり見るのには何の不都合もない。

 それができないのは単に臆病だから。

 どこかで自覚していた自身の消極性を指摘されれば、反論の余地もなかった。

 

 

 

 それで始まった簪が完成を目指す専用機『打鉄弐式』の試運転。

 簪の身体がぼうっと光り、全身を機体が覆った。

 通常の打鉄で最も特徴的なのは、日本の武者をイメージしたスカートアーマーである。

 打鉄二式はより機動性を重視して、それが独立したスカートスラスターへと変換されていた。

 簪は緊張する。

 試運転を見守る助っ人たちの面々に一人の人間が混じっているからだ。

 

「あ――、頑張ってね簪ちゃん」

「……うん」

 

 一夏の特訓を一時的に切り上げて、楯無が見物に来たからだ。

 楯無も微妙な関係を意識しているのか、顔を合わせづらそうにしている。

 簪は気を取り直して、大晃へと無線を飛ばした。

 

「大丈夫?」

「俺は準備完了だよ。お前さんは焦らず機体の調整をしてくれよ」

「分かった。飛ぶ前に一声掛けるね」

 

 大晃が無手を展開して宙に浮いているのはサポートのためだ。

 大分出来上がってきたとはいえ、打鉄弐式は未完成の機体。

 トラブルの発生も予想されるのでサポート役は必須なのである。

 大晃の返事を受けて簪の意識が機体へと流れる。

 各種機器の数値を確認し、スカートスラスター、背部スラスターのチェックを済ませる。

 各部位の確認を済ませると今度はそこにハイパーセンサーを接続する。

 五感と関わりの深いハイパーセンサーと連動することで、各パーツごとの動きをIS全体での動作へと繋げることができるのだ。

 ある意味ではこの連動こそが、ISの製作における一つの壁であった。

 

「全機体制御システムチェック完了……異常なし。これなら……いける!」

 

 無事に機体の確認が終わり、息を吐いた。

 機体がカウントダウンを始めていく。

 すぐに飛び出したい欲求もあるが、それを堪えて上空を見た。

 目的地は今のところ大晃のいる地点である。

 距離はそこまでではないが、初飛行としてはちょうど良いくらいだろう。

 カウントがゼロに近づいていく。

 そして――、

 

「ゼロ」

「行くね!」

 

 地面を蹴り、宙へと飛び出し、スラスターを吹かした。

 機体は重力を逆らい上へ上へと昇り続ける。

 打鉄弐式は確かに空を飛んでいた。

 スラスターの調整も兼ねて出力は絞っていたものの、大晃の下までたどり着くのはあっという間だった。

 

「じゃあ……私はスラスターの様子を見るために色々試してみるから……安城君はついて来て」

「了解」

 

 空を飛び続ける。

 シールドエネルギーの展開など各種動作を織り交ぜる。

 ハイパーセンサーとの連動にも不備はない。

 下を見る。

 手伝ってくれたみんなが満足そうにこちらを見ていた。

 

「やったな」

「……うん!」

 

 元々、助っ人を頼んだのも簪ではない。

 いつの間にか大晃が人を誘っていて、それを断りきれずにいただけだった。

 本当は不満だった。

 一人で専用機を完成させる悲願の達成は不可能になってしまった。

 だが、今はそれを受け入れている。

 人を頼っていては姉に追いつくなど到底不可能だと思い込んでいた以前ならばあり得ないだろう。

 『あなたの試みにはそれだけの価値があるからです』

 最初に助っ人としてやって来た少女の言葉だ。

 常に優秀な姉と比べられてきた結果身についていた深刻な自虐癖。

 ネガティブな考えが沈殿している簪にとっては新鮮な響きの言葉であった。

 上へ行きたいと願うのは誰しもが同じで、だからこそ少女は力を貸すと言った。

 簪を助けるためだけではなく、簪を助けることでより上へと行くために。

 そんな少女を見ている内に思っていたのだ。

 一人では無理でも、誰かと一緒であればより上へと、いずれ姉のいる地点へとたどり着けるのではないかと。

 その考えは仲間に力を借りて行く過程で強くなっていった。

 誰かに力を貸すことで上へと行けるのなら逆もまた然りで、誰かに力を借りることで自分もまた上へ行けるのだ。

 

「……お姉ちゃん」

 

 そして、楯無の姿をハイパーセンサーで捉える。

 ハイパーセンサーに映った映像は至近距離で見る以上に鮮明だった。

 だから、楯無が自分のことのように喜んでいることもよく分かった。

 今すぐは無理でも、何かきっかけさえあれば、また仲良くできるかもしれない。

 

「じゃあ、武装の確認の方もしておこうか」

「え?」

 

 その提案は予想外のものだった。

 名言こそしていないものの、あくまでこれは制御系を見るための試運転である。

 実戦さながらの訓練など行う気もないし、それは仲間たちも同じはずであった。

 すでに弛緩した空気が流れており、試運転の成功と終了はその気配から察せられる。

 にも関わらず、大晃はそういうことを無視して腕を広げた。

 覇気に近いものが放たれ始めている。

 

「どうだい、一つ俺を相手に試してみないかい? お前さんの武装ポッド『山嵐』を……」

「でも……」

 

 簪は言い澱む。

 断りたい。

 その思いを、しかし、言葉にできないのである。

 全身の肌を刺してくる感覚。

 そして、大晃の物欲しそうな視線。

 合わされば、それはもはや脅しに近い。

 簪は喉の渇きを覚えた。

 そして、恐怖を感じ始めている。

 その様子と程よい距離を取って対峙するように構える大晃を見て見物人は気が付いた。

 何かが起こっていると。

 その何かが戦闘の提案であると全員は思った。

 

「え!? 楯無先輩!?」

 

 そして、この中で最も動きが早いのは、学園最強を自負する生徒会長。

 簪の姉、楯無であった。

 一夏が反応したときにはISを展開し、地を蹴っていた。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 その速度は妹を想う姉の気持ちの大きさなのだろう。

 ほとんど一瞬で楯無は簪と大晃の間に割って入っていた。

 

「安城君、どういうつもりかしら?」

 

 冷たい視線を浴びせかける楯無に対して大晃は普段の調子で、いや、むしろ激昂直前の感情を嬉しそうに受け止めていた。

 

「別にちょっと提案しただけですよ。俺を相手に武装をぶっ放してみないか、とね」

「でも、別に今日じゃなくても良いわよね?」

「ええ、しかし、今日じゃいけない理由もないですよ。それに、俺からは妹さんに一切の攻撃を加えるつもりはありません」

「信用できないわね」

 

 大晃は簪に危害を加えるつもりがないことは承知している。

 しかし、承知しつつも不安にならざるを得ない。

 ぬらぬらと立ち昇る妖しい気配は実戦のそれとほとんど変わらないように見えるし、何より――。

 

「簪ちゃんを怖がらせるんじゃないわよ」

 

 簪が恐怖で震えていた。

 その恐怖を煽り、それを楽しむ輩は許せない。

 大晃の笑みが今は憎たらしかった。

 

「……酷い言いがかりですね。俺に『妹さんを任せた』のはあなたじゃないですか。もっと信用して下さいよ」

「ちょっと――」

「どういうこと?」

 

 簪の声に、楯無は凍りつく。

 

「俺が簪に手を貸した理由は一度話した通りだが、もう一つ理由があるんだ。楯無先輩から依頼されたんだ。

 お前さんを助けてくれってな」

「そうだったんだ……」

 

 そして、気が付いて時にはもう大晃が全て話していた。

 簪が見つめてくる。

 裏切られたと言わんばかりの視線はあまりにも痛くて、楯無は目を合わせることができない。

 違うのだ。

 楯無は簪を裏切るつもりなど全くない。

 むしろ、助けたいとさえ思っている。

 しかし、簪はそう受け取らない。

 ずっと姉と比較されてきた簪にとって、姉とはいつか追いつきたい目標であるのと同時に、畏怖の念を抱く存在でもある。

 もし、助けてくれたのが姉と無関係の者ならともかく、姉からの依頼で助けられたとなれば話は別だ。

 姉を追い越したいのに、姉の助力で専用機を完成させたのでは姉を超えることにはならない。

 

「分かった……安城君……、『山嵐』の調整を始めるから……ちょっと待ってて」

「簪ちゃん!?」

 

 だったら、せめて証明したい。

 姉に頼らなくても自分はやれるんだということを、この男を倒すことで。

 

「良いねぇ」

 

 簪は楯無を押しのける。

 姉の庇護下に無いことを示すかのように。

 そして、大晃を正面から見た。

 騒然とするギャラリーをよそに闘いは始まろうとしている。

 

 

 

 簪は山嵐を展開した。

 現れたのは六つのミサイルポッド。

 一基ごとに八発の同時掃射が可能で、全弾命中すればその火力は凄まじいものになるだろう。

 しかし、それを当てるための制御プログラムは完成してはいない。

 まだ、細かい部分をマニュアルで制御してやらねばならない。

 

「だったら――」

 

 簪は打鉄弍式の両手両足の装甲を解いた。

 その手足の先にはクリアに光る婉曲した板が浮いている。

 それら空間投影キーボードは簪によるカスタマイズが施されている。

 

「球形鍵盤(スフィアキーボード)か」

 

 それらは簪の各手足に二つずつ、挟みこむようにして展開されていた。

 

「それじゃあ……、行くよ」

 

 そして、簪は山嵐のミサイルを解放した。

 四八発の同時斉射が行われ、噴射音が盛大に鳴り響く。

 標的の大晃へと向けてミサイルが向かって行く。

 

「へぇ」

 

 興味深げに大晃は唸った。

 制御プログラムは未完成のはずであるが、それを感じさせない複雑な経路を描いている。

 簪が手足を忙しなく動かしていた。

 キーボードを入力することでマニュアル操作が行われていた。

 しかも、それは指を上げる動作すら利用した打鍵によって為されている。

 各手足を挟み込んで展開された空間投影型のキーボードは最大限活用され、その結果、ミサイルの精度ははるかに増した。

 殺到するミサイルは全身を余すことなく狙っている。

 

「これだけの数をマニュアル操作で……大したもんだ」

 

 しかし、相手は安城大晃。

 ミサイルの山を相手にして、怖じ気付くようなタマではない。

 四八発の一斉掃射による球形の圧力を、己の身体から発せられる闘気で押し拡げる。

 

「ラァッ!」

 

 そして、ついに到達したミサイルへと拳足を用いての迎撃を試みる。

 拳と蹴りの連撃にてミサイルを弾き飛ばす。

 しかし、次々と押し寄せるミサイルの前ではそれも無力。

 無尽蔵のミサイルで圧殺する大晃の姿を幻視し。

 そんな予想はあっさりと裏切られた。

 

「おおおおおおッ!」

 

 上下左右から迫りくる、精度の高い四八本ものミサイル。

 いくら大晃でも全てを迎撃するのは不可能だ。

 ならば、方法は一つ。

 無理に迎撃しなければ良い。

 迎撃するべきものと回避するべきものを瞬時に見極め、時間差なく実行しなければ不可能な荒業。

 驚異的な見切りの速度と残像すら残る素早い動作のみがそれを可能とする。

 簪が放ったミサイルの全ては弾き飛ばされ、避けられていた。

 

「で……でもッ!」

 

 簪は強引に立て直した。

 弾き飛ばされてもなお生きているミサイルの全ての軌道を修正し、再び突撃させたのだ。

 簪の判断力の賜物か、四八ものミサイルは一つも失われることはなく、簪はそこに勝利への可能性に掛ける。

 それこそが大晃の狙いだとも知らずに――。

 

「へ?」

 

 突如、全弾が宙にて爆発した。

 大晃の仕業であることは明らかで、しかし、遠距離系の武器を持っていなければ不可能な芸当だ。

 そして、大晃が遠距離の武器を使うなどあり得ない。

 では一体どうやって?

 その答えを知っていてもなお、簪は信じられなかった。

 大晃はミサイルを弾き飛ばして、後続のミサイルへと当てたのである。

 簪が軌道を修正した結果、大きくなっていた一発ごとの時間差。

 甘くなった弾道が招いた結果だった。

 

「嘘?」

 

 だからと言って、これほどの短時間でミサイルの群れ全てを迎撃して見せるなど――。

 まるで、冗談のような幕切れに固まった簪。

 しかし、衝撃はそこで終わりではなかった。

 大晃の姿が爆発的な速度で膨れ上がった。

 

「あ――」

 

 

 圧縮された時の中で簪は、迫り来る剛拳を見た。

 尋常ではない威力が容易に想像できる拳を前に簪は鳥肌がたった。

 避ける暇などない。

 拳はもうすぐそこだ。

 

 ――剛ッ!

 

 風が顔面を叩いていた。

 叩きつけられた風圧に目を閉じて、開けるとそこには拳があった。

 巨大な拳が眼前に突きつけられている。

 もし、これが本気で当てられたらどうなってしまうのだろうか?

 

「あ、あ……」

 

 それを想像した簪は恐怖した。

 あまりにも、圧倒的で、それ以上に何をしてくるのか分からない『安城大晃という存在そのもの』が恐ろしかった。

 自分の力が通用しない絶望と恐怖が混じり合った。

 堪えた涙が溢れ出してくる。

 

「あ、あああ……」

 

 そんな有様の簪を、大晃はただただ見ていた。

 簪の内に芽生えた恐怖と絶望のそのまた向こうを、何かを見出すように見つめて――。

 大晃が衝撃で仰け反っていた。

 激情に駆られた楯無が大晃の顔面へと、自身の武器であるランスを叩きつけていた。

 

 

 

 嫌な沈黙が流れていた。

 楯無が大晃の頭部を強打したのである。

 自身の持つ武装であるランスで。

 簪の涙がその理由だった。

 それが目に映った瞬間、楯無の理性が吹っ飛んでいたのである。

 激昂のままに大晃へと攻撃を続ける、と思えるほどの迫力が楯無にあったが、意外なことに一撃を入れただけである。

 簪を庇うように立って、大晃を睨んでいる。

 

「悪かったわね。殴ったりなんかして」

 

 大晃が簪に危害を加えるつもりがないことは知っている。

 最後の拳にしたってただの寸止めに過ぎない。

 だから、一応は謝る。

 しかし――。

 

「今まで、妹に力を貸してくれてありがとう。それはお礼を言うわ。

 でも、今、あなたがしたことを私は許せない」

 

 大晃は簪を泣かした。

 きっと、彼なりの意図があるのだろうが、そんなものは関係がない。

 姉として許すことはできない。

 

「もう、簪ちゃんには近づかないで」

 

 

 

 楯無の最後通牒を受けて大晃はゆっくりと降りて行った。

 

「だいちゃん……、どうして簪ちゃんを泣かしたの?」

 

 沈黙するギャラリー。

 その中で、簪の幼なじみである本音が声を上げる。

 異様な気配を纏ったまま大晃は本音を見た。

 

「何と言うかな……、少し昂ってしまってな」

「だからってあんなこと……」

「まあ、そう言うな。悪いね。後は任せたよ」

 

 大晃はそう言って、一旦、会話を打ち切った。

 本音の肩に手をやる。

 本音はそんな大晃へと悲しそうに視線を合わせた。

 

「トーナメントまであと一週間、簪は鬱ぎ込むかもしれんが構うことはない。

 無理矢理にでも力を貸してやってくれ」

 

 大晃はアリーナから去って行った。

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