「ね~~、かんちゃん。出ておいでよ~~」
「……嫌だ」
あの試運転の翌日だった。
簪が自分の部屋に引きこもったのだ。
授業には出ていたものの、放課後に自分の部屋に逃げるように退散していた。
それで困ったのは簪の助っ人である。
専用機の打鉄弐式は完成目前ではあるが、それでも手を加えるべきところはある。
しかし、作業をしようにも肝心の簪がいなければ話は始まらない。
「困りましたね」
「まあ、しょうがないわよ」
「あの子も悪い子ではないはずなのですが」
「私もそれは知ってるよ。それでも、今回ばかりは安城君が悪い」
それでも、彼女らが簪を見捨てないのは同情する部分が多いからだ。
特に、最後にはなった大晃の寸止めには異様な迫力がある。
気の弱いものが、それも動揺しているときに受けてしまえば、心も折れてしまうことだろう。
引きこもりたくなる気持ちも分からないではないし、余計なことをした大晃への怒りの方が大きい。
虚と薫子の会話にはそういう意味もある。
「じゃあ~~、私がかんちゃんを連れてくるよ~~」
「任せたわよ、本音」
「まっかせて~~おねえちゃん」
そして、本音は簪の下へと来ていたのだった。
本音はいつもの間延びした声を扉の向こうへと届けている。
「ね~~かんちゃん。いつまで、そうしている気?」
「……本音が向こうに行ってくれるまで」
「じゃあずっと待ってようかな」
「え?」
「ルームメイトの子が来たら流石に鍵開けちゃうよね?」
「そ、それは……ダメ……」
「う~~ん、どうしよっかな~~」
IS学園は基本二人部屋であり、簪にも同室の子がいる。
そのルームメイトはまだ部屋にはいない。
簪はそのルームメイトのスケジュールを知らないが、今、帰って来てもおかしくない。
「出て来てよ~~かんちゃん。皆も待ってるんだよ」
「……私なんかに構わないで」
「どうして? 何が嫌なの?」
「……知ってるくせに」
「ほら、ちゃんと教えてくれないと帰ってあげないよ」
本音は簪の言葉を待った。
「私はね……安城君が怖いの」
簪が言い始めた。
「もし……、もし……、今回のトーナメントに出たら、安城君と当たるかもしれない。
今度は寸止めなんかじゃ済まない。『あれ』を……寸止めでも死ぬほどに怖かった『あれ』を喰らってしまう。
だから、大会には出たくない」
「……かんちゃん」
本音には簪の姿は見えない。
しかし、本音は簪がすすり泣いているように思えた。
「それに安城君は言ってた。姉さんの依頼で私の所に来たって……」
「うん。言ってたね」
「やっと、姉さんに追いつけると思ったのに、結局、それも姉さんの力のお陰だった。
それがショックで私は安城君と闘ったのに、結局負けて、姉さんに助けられた。こんなの最低だよ」
「簪ちゃん」
「……皆もそうなんでしょ?」
「え?」
「皆もそうなんでしょ?
姉さんに頼まれて渋々手伝ってくれていたんでしょ?
だから、もうこんな最低な私なんかに構わないで――」
簪の言葉はそこまでであった。
より強い語調で遮るものがいたからだ。
「それは違うよ。簪ちゃんは最低なんかじゃない」
おちゃらけていない。
間延びもしていない。
本音にしては珍しい静かではっきりとした声だった。
簪の語った『本音』に『本音』で応えたい。
その思いが本音から溢れていた。
「皆は簪ちゃんの力になりたくて手伝っているんだよ。私だってそうだよ。
それだけじゃない、かんちゃんの専用機を完成させるのが面白いって思っているんだよ。
ほらあの子も言ってたじゃない。『あなたの試みには価値がある』って」
「……でも」
「思い出して。皆、喜んでたでしょ」
そうなのだ。
簪の下に集まったメンバーは全員がそれぞれの意義を見出している。
決して、嫌々参加しているわけではないのだ。
試運転で皆が最初に喜んでくれていたのを簪は思い出した。
「だからさ、出ておいでよ。
折角ここまで頑張ったのに、ここで挫けたら勿体ないよ」
「……」
「じゃあ、待ってるから」
言いたいことは言った。
出てくるか、出てこないかは簪の心次第だ。
最も、扉の向こうで決心を固めただろう簪の気配に気が付いた本音は、対して心配していない。
自分の『本音』が伝わらないはずがない。
そんな想いが本音にはあった。
「うう……」
部屋の中で簪は泣いていた。
カーテンは閉め切っているので、薄暗くなっている。
太陽の光は今の簪には眩しすぎたのである。
そうして、出来上がった薄暗い部屋は簪の心中と見事に一致していた。
そういう部屋にいるからだろうか。
本音の『本音』で立ち直りかけているものの、未だに決心がつかない。
「怖いよ」
大晃への恐怖は未だに消えない。
簪がドアノブを掴むと、その先には大晃の背中がある。
そして、それはただの幻覚には思えなかった。
何故なら、ここで扉をあけて整備室へと行き、専用機を完成させれば、トーナメントがあるからだ。
トーナメントに出れば大晃と闘うことになるかもしれない。
そして、大晃との対戦に意識を囚われている簪にとっては大晃と『闘う』か『闘わない』かの二択しか存在しない。
大晃と闘わない確率の方が高いはずなのだが、その二択を強く意識するせいで、そんな当たり前のことも考えられなくなっていた。
「怖いよ……怖いけど、皆が待っているから」
それでも仲間がいる、と思えたのは本音の言葉が届いた証だろう。
扉を開けるのは大晃に会いに行くためではなく、整備室で待っている仲間がいるからだ。
その仲間に会いに行くことに、何を恐怖することがあるのだろうか。
仲間の顔を一人一人思い描く。
そうすることでやっと簪は重いドアノブを動かしたのだった。
簪は整備室に行った。
そこに待っていたメンバーを見つけると、簪は頭を下げた。
「待たせちゃってごめんなさい。私なんかの為に」
そう言ってから、簪が顔を上げると、そこには優しい視線を向けてくるメンバーがいた。
「調子が悪いなんて誰でもあることだぜ。気にすんなよ」
「ええ。簪さんは何も悪くありませんよぉ」
「……皆、ありがとう。……こんな私の為に、ありがとう」
京子とフィーの励ましを受けて簪は涙ぐんだ。
京子とフィーだけではない。
優しい視線を受けて簪は思ったのだ。
来て良かった、と。
少しの間、簪は拙い言葉で礼を言い続けた。
「じゃあ、早速始めましょうか」
簪が落ち着いたのを見計らって、薫子が手を叩いた。
メンバーがそれぞれの役割を果たす為に動こうとした。
「あ! 待ってください! この子が言いたいことがあるらしいんで、ちょっと待ってもらえますか」
それを少女の友人が引き止めた。
引き合いに出された少女が驚いた。
「……そうなんですか?」
簪に真剣そのものな視線を向けられた少女は焦った。
確かに少女は悩んでいる。
大晃との一件以来ずっと、専用機に『あれ』搭載することを考えていた。
『あれ』が実現できるのならば簪の持ちうる戦闘能力は増加するだろう。
しかし、『あれ』を実行するとなれば専用機の仕様を一部見直しが迫られることを思えば、口に出すことを憚られる。
「それは――」
だが、仕様の見直しを余儀なくされたとしても。
例え、どれだけ苦労しようとも、『あれ』をやらねば、きっと勝てはしない。
掛かるコストと得られるものの大きさ。
その比較は一瞬では終わらない。
しかし、仲間を待たせてまで考えに没頭するつもりにもなれない。
「まず、私が用意したプランの説明をさせてください」
そう言って、少女は投影型のディスプレイを取り出した。
投影されたディスプレイに表示されるのは、武装ポッド『山嵐』の3D形状データとその詳細なスペックだった。
「確かに『山嵐』は現状IS学園で使われるミサイルポッドとしてはほぼ最高の性能を持っています」
『山嵐』のミサイル制御可能本数は四十八。
これはかなりのものである。
「しかし、これ以上の領域があります。このデータを見てください」
集まった一同は声をあげた。
そこに表示されたのは『山嵐』に近い見た目の武装ポッドだ。
違いは『山嵐』は六基なのに対して、少女の表示したデータには十二基のポッドが並んでいる。
連結の仕方も異なっており、『山嵐』が六基上方へと砲口が向けられているが、少女のデータは上下対称の形で六基のポッドが追加されている。
それは連なった天使の羽のようでもあった。
「このデータは私が昨日即興で作ったものですが、これにより同時に九十六発発射可能となります。
手数と火力が倍になるのです。……簪さん」
少女はここでディスプレイを操る手を止めて、簪と視線を合わせた。
ここからが大事な話であった。
「簪さん、勝ちたくはありませんか?」
「え?」
「安城さんに勝ちたくはありませんか?」
「そ……、それは……」
「私は安城さんを倒して欲しいです。他ならぬあなたに」
安城大晃。
その名に恐怖する簪に構わず、少女は言った。
突きつけるような言葉に全員が戸惑う。
それでも少女は続けた。
性能の話は大事でこそあれ、今この場ではその動機の方こそが重要であった。
「だって、悔しいじゃないですか。
いくら安城さんが強いからって、私たちが手を貸した打鉄弐式があんな風に負けてしまうなんて」
全員が思い出した。
ミサイルを全て打ち砕き、簪へと正拳を突きつける大晃の姿を。
「もし、今のプランのまま打鉄弐式を完成させたとしても、きっと安城さんには勝てない。
負けると分かっていて何もしないままではいられません」
その少女の言葉を最後に沈黙があった。
その沈黙の中で思い出されるのは、やはり少女が『山嵐』を大きくサポートしたことだろう。
それがああまで良いようにされてしまっては、少女としては頭に来るかもしれない。
簪だって、心から恐怖を取り除けば残っているのは悔しさだけだ。
勝ちたい想いに変わりはない。
今度こそ、自分の力を証明したい。
「……分かった」
簪は呟いた。
「ちょっと大変かもしれないけど、勝つためにやれることは何でもやる。
だから、皆も力を貸してください。お願いします」
そう言って頭を下げる簪に全員が微笑んだ。
幼馴染の本音が簪の肩に手をかける。
「だいじょ~~ぶ。だって、私たちも大ちゃんに勝ちたいんだから。ね~~、みんな~~」
本音がみんなの方を振り向くと、全員がうなづいた。
「そうだな、折角、専用機に手を加えられるんだ。安城の野郎をぶちのめしてやれる、最高の機体にしてやろうぜ」
京子が興奮混じりに言った。
武器開発が進路である為か、『山嵐』以外の武装を担当している。
どういう武器で大晃を驚かせてやろうか、と唸っている。
「安城君はぁ、隙がないからねぇ。勝つのは難しいねぇ。でも、目標が高いと燃えてくるねぇ」
「そうねぇ。更識さんが安城君に勝ったらきっと良いネタになるでしょう」
「安城君には悪いですが、今回ばかりは簪さんの味方になります」
そして、頭に来ているのは少女だけではない。
打鉄弐式に関わった全員がそうなのだ。
フィーと薫子と虚もまた口を揃えて言っている。
大晃に勝ちたい、と。
この場にいる全員が大晃に勝ちたいという想いを抱いているのだ。
「……じゃあ、早速ミーティングに入ります。まず、どういう案があるのか――」
簪を指揮を取りながら思った。
ここに来て、本当に良かったと。
トーナメントは近づいている。
その参加者はそれぞれが勝ち上がるために己に訓練を課していた。
そんな中である。
よく晴れて星々がよく見えるIS学園の穴場。
そこで二人が会ったのは。
「どうして、あなたがここにいるのかしら?」
「俺も呼ばれたんですよ」
楯無が無表情に大晃へと問いかけた。
今は消灯時間は過ぎている。
理由もなしに出歩いているのであれば罰の対象になるが、教員に許可を得ているとなれば対象外だ。
楯無は残念そうに言った。
「もしあなたが理由もなしに出歩いていたなら、ここで罰してあげたのに」
「それは面白そうな話ですねぇ」
その楯無の向ける視線を前にしても大晃は余裕綽々である。
視線の鋭さにむしろ快感すら覚えているらしく、抑えられた声に力がこもっている。
二人がにらみ合う。
それからしばらく睨み合うとどちらからともいえない、タイミングで二人の視線がそれた。
「やめておきましょう。こんなところでISを展開するわけにはいかないわ」
「同感ですね。会長には是非とも無事な身体で大会に出て欲しいですから」
「あら、私に勝てる自信があるってこと?」
「さあ、どうでしょうかね? まあ、それは大会ではっきりさせましょう。お互い目標は優勝でしょう」
「そうね、勝ち続ければあなたと当たることになるものね」
「もっとも、会長と当たる前に妹さんと俺がやりあうことになるかもしれませんが」
「何ですって?」
妹。
更識楯無の妹である、更識簪のことだ。
大晃はその簪を泣かしていた。
つい最近のことだ。
大晃が試運転で模擬戦をした時に、簪の顔面へと拳を放ったのだ。
寸止めの突きではあったが、その迫力に恐怖を感じ、簪は泣いてしまったのである。
「あなた、簪ちゃんに手を出すつもり?」
「俺が妹さんを襲うなんてことはあり得ませんが、大会で当たった場合はその限りではないでしょう。
そうしたら、俺は妹さんとやりあうことになる。無論、本気でね」
「……やめなさい」
楯無は模擬戦を間近で見ている。
大晃と簪が闘っている様子から読み取れたのは彼我の実力差であった。
簪の実力が低いなどと言うつもりはない。
ただ、大晃が怪物じみているだけなのだ。
その大晃と簪が闘う様を想像した。
大晃が一方的に簪を打ちのめす、おぞましい光景が脳裏に広がる。
楯無は声が震えそうになるのを抑えた。
絶対に二人を闘わせてはならない。
そう決意を抱きかける刹那。
大晃が楯無を覗き込み、呟く。
歓喜ゆえに歪んだ口元から放たれるのは、楯無とは反対の想像だった。
「そうしたら、俺はあなたとはやれないかもね」
「え?」
一体、大晃は何を考えているのか?
楯無には分からなかった。
二人が闘えば、大晃が勝つことは明白に思えたのに、当の大晃がそれを否定しているのである。
適当なリップサービスには聞こえなかった。
大晃の顔は正真正銘喜びを感じているようであり、目前に迫る強敵を愛おしそうに眺めているようでもある。
「ずいぶん不思議そうですね? 俺が妹さんに負けるかもしれない、と思うことはそんなにおかしいですか?」
大晃は模擬戦にて実力の差を思い知らせた。
簪の『打鉄弐式』の装備している武装ポッド『山嵐』。
そこから放たれる四八ものミサイル群を弾き飛ばして、無傷にて勝利した。
あくまで試運転でのこととは言え、普通ならば本番での勝利を確信する圧倒的な内容である。
もし、ここで、簪が諦めたのならばそれは妥当だろう。
だが――。
「簪の野郎には仲間がいる。
例え、簪の心が折れようとも簪を引っ張り上げる連中がいる」
熱に浮かされたように大晃は言葉を紡ぐ。
言葉遣いは既に先輩相手に使うものではなくなっている。
だが、そんなことに構っていられない。
簪が今この瞬間、何を思い、何を成そうとするのか。
それを口にすることがたまらなく楽しい。
「連中は俺を一つの目標に据えるはずだ。俺をぶちのめす為に、専用機『打鉄弐式』に更なる改良を施すだろう。
そのときは特に『あの娘』が大きな役割を果たすはずだ。あのミサイルに精通した娘が――」
大晃はふと星空を眺めた。
その眼には、輝く星々が映っている。
「あなた、そんなことを考えて、簪ちゃんを焚きつけたの?」
簪を強くする為に敢えて悪役を引き受ける。
善悪は別として一応簪への思いやりがあの行動を引き起こした、とでも言うつもりだろうか?
「あそこで簪を焚きつけていなければ、きっと本番でも俺に勝てはしないだろう。
しかし、今は違う。何故なら、今、簪は恐怖と対峙し、それを仲間とともに乗り越えようとしているからだ。
そして、俺との闘いで簪は遂に開花し、上り詰める。さらなる高みへと」
簪を助ける立場であった癖に威圧するやり方を選んだ大晃。
その理解不能な行動さえも、大晃が口にすればそれだけで説得力が出てくる。
口にしていることが本心であるのだ、と。
簪の前に立ちはだかりたいのだ、と。
大晃は言葉の裏側で言っていた。
「ふふん、楽しみだねぇ」
「……あなたは馬鹿なのねぇ」
「会長ほどじゃありませんよ」
「……なんですって?」
「折角、妹さんの前で良い格好をさせてあげたのに、全然距離が縮まっていないじゃないですか?
本当に妹さんと仲良くなる気はあるんですか?」
「余計なお世話よ」
楯無は簪を大晃から庇った。
しかし、簪は姉に対して何も言わなかった。
より強い畏怖を胸に抱いて、無言で去ったのである。
強引にでも声をかければ二人の中は進展したかもしれないが、妹に対してはどうにも消極的な楯無には無理な要求であろう。
それから、簪と顔を合わせてもいない。
現実は楯無にとってひたすら苦いものになっていた。
「おいおい、騒がしいぞ」
二人を呼びつけた張本人がやっとやって来た。
女性用のスーツを着こなした凛々しい女性は、織斑千冬であった。
「ムードもへったくれもないな」
千冬はニヒルに笑った。
その恋人同士を茶化すような千冬の台詞に楯無はむっとした。
只でさえ、ロケーションとしては絶好の場所である。
星空の下、男と二人きりでいる光景をもし誰かに眼にされたら。
薫子がもしここにいたのならば。
絶対に写真を撮られる。
そして、校内に新聞としてばら撒かれることだろう。
楯無は身震いした。
「お! 今、変なことを想像したな」
「……織斑先生。からかわないでください」
「そうだな、本題に入るか」
千冬は大晃を見た。
「今日ここにお前たち二人を呼んだのは、他でもない。次の大会で、また『ハプニング』が起こるかもしれんということだ」
千冬の視線の鋭さが増した。
「安城。その『ハプニング』の中心はどうやらお前らしい」
緊張感でピィンと張った空気。
その中で大晃は笑ってみせた。
いつもと変わらない、微笑を浮かべていた。
暗闇の中に潜む者がいた。
『亡国機業』という秘密結社がある。
深い深い闇の中に永く息を潜めていた、その組織の手は広い。
今年だけでも二度に渡ってIS学園へと魔の手を伸ばした実績は組織の力を示すには十分だろう。
今までIS学園はその二度の襲撃を撃退して来ているが、彼らは諦めない。
望むものを手に入れる、三度目のチャンスが再び巡って来たのだ。
「それは確かなの? エム?」
「ああ、あの女は確かにそう言っていた」
闇が蠢くよう会話であった。
金色の美しい髪を長く下ろした女。
長身でスラリとしたスタイルは完璧で、否の打ち所のない美女であった。
亡国機業の幹部スコールである。
もう一人は部下のエムである。
こちらは中学生ほどの少女にしか見えないが、『サイレント・ゼフィルス』を、否、『サイレント・ゼフィルスだったもの』を駆る猛者である。
「IS学園のトーナメントに合わせて襲撃をかける為に、既に無人機の数も揃えてある」
「そう、篠ノ之束も本気になったのかしらね」
「知らん。あの女の考えていることなどどうでも良い」
部下であるはずのエム。
その上司に向けるには不適当な言葉使いにスコールは苦笑した。
それも当然か、とスコールは思う。
エムはあくまで自分の目的の為に『亡国機業』に所属しているに過ぎない。
恭順の意思など微塵もないのだ。
そう『自分と同じように』だ。
スコールの口端が吊り上がった。
「それで、あなたはどうするつもりかしら?」
一応エムは亡国機業の下にいるが、今は束の庇護下にもいる。
スコールは未だに命令できる立場であるが、束の意向も無視はできない。
そういう意図での質問であった。
「新しいISを手に入れた」
「篠ノ之束があなたに作ってくれたやつね」
「ああ、あの女は私のことを知っていた。きっと、私の出生も知っているのだろう」
「なるほどね」
「この新しく手に入れた力。これで安城大晃とセシリア・オルコットを潰す。そして――」
「そして?」
「織斑千冬を引きずり出してやる」
「出来るのかしら? あなたに?」
「出来るさ。『黒騎士』の力さえあればな」
束の手が入り強化と改造を重ねられたエムのISはもはや『サイレントゼフィルス』などではなかった。
かつて世界を震撼させた初代IS『白騎士』を連想させる『黒騎士』の呼び名が相応しい。
その性能は第四世代相当と見るのが妥当だろう。
第三世代ですら試作段階の今の世にあって、第四世代のISを駆るというのは、圧倒的なアドバンテージであるはずだった。
「本当に大丈夫なのか?」
「オータムか。何が不満なんだ?」
闇の中に響く声が増えた。
オータムである。
IS学園を襲い、二度大晃と対峙したオータムは、別の見解を持っていた。
「『黒騎士』とやらの性能は圧倒的だろうが、それで大晃に勝てるとは思えない」
「……ほう?」
「性能差に胡座をかいている奴があの怪物に勝てるのか?」
「ふん! くだらん! 二度も負けた負け犬が何を言ったところで説得力はない!」
「なんだと!?」
「静かになさい」
口論を始めた二人を止める。
隙があれば喧嘩を始めようとする二人に困ったものだと笑いながら、スコールは告げた。
「エム、一つ言っておくわ。セシリア・オルコットの方は好きにして良いわ。ただ――」
「なんだ?」
「安城大晃の方に手を出すのはやめて欲しいのよ」
「何故だ?」
「私は私で彼には用事があるのよ」
「……好きにすれば良いさ。その代わりにほかの連中も潰せば良いだけだ。そうすればきっと『姉さん』は出てくるはずだ」
「頼りにしてるわよ」
スコールはそう言ってからオータムを見る。
オータムとスコールは上司と部下を超えて恋人の関係である。
そのオータムが心配そうにスコールを見ている。
大きな畏怖を大晃に感じているオータムにとって、スコールが大晃と闘うことは不安の種であった。
「オータム、あなたが心配する気持ちもよく分かるわ。でもね、これは仕方のないことなの。
彼が内なる脅威に打ち勝てるのか、あるいは負けて別の『ナニか』になってしまうのか。
それを私は見届けなければいけない。『永遠』を手に入れる為に――」
「……スコール」
「大丈夫よ。IS学園内に生徒として潜ませているスパイもいる。
彼と一対一で闘う為の手筈は整っているわ。なら、私が負けるわけがない」
「分かったよ」
束の無人機群と、亡国機業の戦力が同時に展開される今回の襲撃。
過去のそれとは比較にならない激しさは、大晃の内なる脅威の来歴とその目的を白日の下に晒すことだろう。
闇の中にいた者達が明らかにする真実が如何なるものなのか。
それをIS学園の者たちが知る時も近い。