IS学園のトーナメントは人が多いものだ。
外からISの研究者や国家の重鎮が未来の国家代表を見物に来る。
一般の人間でも審査さえ通れば見に来ることができるのだ。
しかし、今回は違う。
出場者が専用機持ちだけ、と限られている今回のトーナメントに外からの見物人はいない。
人が来ればそれだけIS学園の負担も多くなる。
学園祭のようなある種のイベントであれば別であるが、授業の一環としても行われる今大会は外から人を呼ばないことを決定していた。
「……緊張する」
大会の開会式で、簪が緊張を吐き出した。
人の目を気にする簪とって、観客の目とは緊張を身体に行き渡らせるものでしかない。
それが簪の心を慰めることはなかった。
いくら学園外からの見物人がいなくても、学園内の生徒はこの大会に注目を向けている。
数百もの視線が集まる試合のプレッシャーはきっと自分を押しつぶしてしまうだろう。
そんなネガティブな思考を更に加速させるものがある。
「では、更識楯無さん」
「はい」
楯無が壇上に立った。
その姉の開会宣言が進んでいくごとに、マイナスの思考は早くなる。
何故なら、それは大会が本当に始まってしまうことを意味するからだ。
ひょっとしたら、『あの男』と闘うことになるかもしれないからだ。
「では対戦相手を発表します!」
そして、その時はやってきた。
楯無が高らかに宣言すると組み合わせが発表された。
「……ああ」
第一試合、安城大晃VS更識簪。
いくら生徒会長といえど抽選の結果を操作することは出来なかったのだろう。
簪は青ざめて、楯無は僅かに顔を暗くし、大晃は会心の笑みを浮かべる。
現実はどこまでも恐ろしいものだった。
簪は一人、ピットにいた。
時間が過ぎるのも早いもので、もう試合開始まで二時間ほどである。
今は入念にIS『打鉄弍式』の準備をしている。
『打鉄弍式』の調子は悪くない。
今すぐ闘っても良さそうである。
手元のチェック項目をもう一度見てみる。
上から順番に見ても、逆に下から順番に見てみても、抜けはない。
問題はないのである。
しかし、簪の心は落ち着かない。
「……本当に大丈夫かな?」
それは何度も呟いた台詞であった。
全ての項目を目に穴が空くほど目に通し、項目外のチェックも怠らない。
何度確認しても結果は同じ。
システムオールグリーン。
ベストコンディション。
簪が考えうる限り最高の状態に機体はあった。
だというのに、不安が晴れないのである。
最大限の注意を払って、機体の点検を何度もしているというのに。
安城大晃という名前の恐怖が纏わり付いている。
だから、その不安を一時でも忘れる為に、簪はディスプレイを動かす手を止めない。
「……ううう、やっぱり怖い」
簪の顔が恐怖に歪んだ。
試合開始までまだ二時間もある。
このままでは試合開始直前にはプレッシャーで潰れてしまうだろう。
それを分かっていても、簪にはどうしようもない。
己の中で重量を増したマイナスの思考。
そこから逃れる為には別のことを考えるしかない。
その為には、ただ座っているだけではダメだった。
それでは、結局、己の思考から逃れることはできない。
専用機『打鉄弐式』の点検は簪にとって格好の逃避先であったのだ。
「やっほ~~。応援に来たよ~~」
簪の無為な行いは中断された。
本音がいつの間にか簪の背後にいたのだった。
はっとなって、簪は振り返った。
「……本音」
「どうしたの~~。ひょっとして、怖いの~~?」
「……うん、まあね。本音の方こそどうしたの? どうして、ここに?」
「言ったでしょ~~。応援しに来たんだよ~~」
「……ありがとう」
「他の皆は来れなかったけど、ごめんね~~」
「大会の前になると大抵ばたばたしちゃうから……仕方ないよ」
「ちょっと、お話しでもしようよ」
本音が備え付けられた椅子に座った。
自分の隣をポンポンと叩く。
そこに座れということなのだろう。
簪は本音の隣に座った。
少しだけ簪の心が落ち着き、それから、しばらく沈黙があってから、本音が切り出した。
「でも、びっくりしたよ。いきなりだいちゃんと当たっちゃうなんて」
「……そうだね」
「やっぱり、だいちゃんとは闘いたくない?」
「……本当だったらね」
簪は目を伏せた。
そこにある恐怖から目をそらすように。
「でも、皆と頑張って『打鉄弐式』を完成させたんだもの。棄権しようとは思ってないよ」
そして、目を逸らした先にいるのはやはり専用機を一緒に完成させたメンバーだった。
平常心を失っていた先までとは違い、一度、心を落ち着かせてみれば想像することは難しくもない。
完成間近だった専用機をアップデートして生まれた新生『打鉄弐式』は一味も二味も違う。
「そっか。ふふふ――」
「何かおかしい?」
「いやぁ、かんちゃんは変わったなぁ、と思って」
「そう?」
「うん。だって、『皆と頑張って』だなんて、ちょっと前なら言えない台詞だったと思うよ」
言われてみれば、と簪は己を振り返った。
今まで、一人で専用機を作ることに強いこだわりがあった。
それはただの意地に過ぎなかった。
姉に追いつく。
その為だけの、しかし、それ以上に最も大事な目標であった。
もし、あの頃の自分であれば。
きっと、誰かと一緒に専用機を完成させたとして、目標を達成できなかった落胆しか胸になかっただろう。
そんな自分が今では皆と一緒に作った『打鉄弐式』を、その製作過程を含めて己の支えとしている。
そこに大きな驚きがあった。
そして、それ以上に――。
「そういえばかんちゃんさぁ」
「何?」
「だいちゃんに勝ったらどうする?」
本音の予想外の質問に簪は気づいた。
今まであった姉に追いつきたい、という気持ち。
それに近い想いを大晃へと抱いていることに。
「……考えてもいなかった」
「勝ったら、かんちゃんはさ、優勝候補だよ」
「どうして?」
「簡単だよ。だって、だいちゃんはさぁ優勝候補だよ。勝ったら一気に注目度が上がるよ??」
「確かに――」
「そしたら、かんちゃんはお姉ちゃんと並び立つことになるね」
大晃の戦績は凄まじい。
タッグトーナメントで優勝こそ逃しているものの、二対一の闘いで決勝まで勝ち進んでいる。
この大会でも大晃は優勝候補の一角として注目されているのだ。
簪の姉である更識楯無、IS学園でも最強と名高い生徒会長と並び称されるほどには。
その大晃に勝つということは、簪自身が強豪として名を上げることも意味しているのだ。
「……今はあまり興味はないかな」
「え?」
「正直言って、安城君と闘うのは怖い。でもね、安城君と闘うことしか想像できないんだ。
多分、そうでもしないと安城君に勝てないって身体が理解している」
「かんちゃん……」
「おかしいよね。本当ならずっと目標にしていた姉さんと闘うことも想像しなくちゃいけないのに」
恐怖を刻み付けられたあの日からずっと意識していた。
安城大晃という名の恐怖を。
安城大晃という名の力を。
姉のことを忘れていたのではない。
しかし、姉のことに目を向ける余裕がなくなるほどに、大晃の存在感は濃い。
簪の意識を釘付けにする。
大晃の狙いはこれだったのかもしれない。
「かんちゃん、本当に変わったよね」
「そうかな?」
「うん。励ましに来たつもりだったけど心配なかったみたいだね??」
「……ううん。私もお喋りして少しホッとした。これなら、悔いなく闘えるよ」
大晃への恐怖は消えないが、それでも闘うことは出来る。
それを確信して簪は安心したのであった。
だが、簪はこの時分かっていなかった。
安城大晃とアリーナで対峙する以上の恐怖を、味わうことになると。
本音が外に出てから、いくらか時間が経った。
簪は一人で腰を下ろしている。
一人でいるとやはり不安が鎌首を持ち上げてくる。
その不安をどうにかあやしながら簪は試合の時間を待っている。
恐怖は消えない。
しかし、恐怖に呑まれてはいなかった。
逆にこの恐怖を全て大晃にぶつけることができる。
そういう精神状況に簪はあった。
簡単ではないが、しかし、本音に不安を口にしたことで心を平静に保てることができたのだ。
「きゃぁ!」
しかし、そんな簪の精神は突如乱された。
ピットが激しく揺れて、簪の身体が床に投げ出されたのだ。
土埃が待って、視界を埋め尽くす。
簪はどうにか上体だけを持ち上げ目を凝らした。
何も見えないが時間が経つにつれて、土埃は晴れていく。
それは同時に恐怖の大元の存在をゆっくりと浮かび上がらせるのであった。
「あ……、あっああ」
現れたのはフルフェイスのISだった。
漆黒の装甲で覆われた機体は、マネキンのような生気のない顔面で簪を見つめた。
鉄の乙女の無機質な視線に簪は後ずさりする。
いきなり現れた襲撃者に怯えきっていた。
「こ……、こないで……」
そう言って、IS展開しようとする刹那。
簪の脳裏に去来したのは無残に散る自身の姿であった。
もし、ISを展開すれば、目の前の襲撃者は無機質さの裏にある、凶暴性を遺憾無く発揮するだろう。
大晃からも確かに恐怖を受けたが、あれとはまた違う。
ISのどこか機械的な動作。
それはだからこそ、なんの感慨もなく自身の命を踏みにじるだろうと想像させる。
それとは逆に、大晃の所作は極めて好戦的だった。
大晃の気配には燃えるほど熱いものがあって、しかし、それでも殺意などきっとなかったのだろう。
命に何の価値も抱いていないであろう存在に簪はそんなことを思う。
思いながら恐怖する。
それは殺意でさえなかった。
ただ、己の命を奪う『だけ』の存在でありながら、人間が虫を潰すのと同じような無関心さしか持ち合わせていない。
何の意味も、感慨もなく殺されてしまうことへの怯え。
今までの、どんな恐怖をも上回る恐怖に簪の心は折れかける。
「たっ……、たすけっ……て」
もう逃げる場所などない。
壁際へと追い詰められて、嗚咽交じりに簪は叫ぼうとする。
これが今できる精一杯の抵抗だった。
「誰か! 助けて!」
嗚咽を数度繰り返して、簪はようやく叫んだ。
しかし、何も起こらない。
簪はもう一度叫んだ。
「助けて!」
そして、名前を呼んだ。
「安城君!」
現在、アリーナに複数あるビットに散らばっている専用機持ち。
同時刻に彼らの前にもまた無人機は現れていた。
「ふー、まさか、また、邪魔が入るとは思いませんでしたわ」
「ふん! 相変わらず懲りない連中……」
セシリアと鈴に怯えはない。
暴力の気配に押しつぶされていない。
無人機が強化されていることにも特に思う所はなさそうで、それは余裕というよりうんざりという態度に近かった。
傲慢ともとれるが、二度目の、しかもイベントをぶち壊しにした無人機に対して、二人の向ける視線にはうんざりという感情とそこから生まれる侮蔑が多く籠ってしまう。
二人は適当にやって、その上で瞬殺することを選んだ。
「ラウラこれって……」
「ああ、どうやら、以前にもあったらしい無人機の襲撃のようだな。しかも、強化されてるようだ」
シャルロットとラウラは己の担任である千冬から得ていた情報から敵を特定する。
初見の二人には敵を舐める理由も手を抜く理由もない。
ある程度の戦力を分析できるセシリアと鈴とは違い、最速で、全力で倒す。
だから、そう決めた。
「また、こいつらか……!」
「相も変わらず、無粋な」
「これは前回の無人機の発展形かしらね……、二人とも用心しなさい!」
一夏、箒、楯無。
一夏と箒は、やはりうんざりという表情を見せるも、楯無はそれを叱責する。
普段は割といい加減な態度を見せることも多い楯無。
そんな楯無であっても上に立つ者特有の威圧感を発揮して、二人は改めて敵を見る。
一夏はさらに味方を見た。
「大丈夫ですよ! 妹さんのことなら!」
「……どうして、それを」
「楯無さんの顔が、俺を心配しているときの千冬姉と似ていました」
それは一夏ならではの視点。
尊敬する姉が家族として自分に向けてくれている眼差しをよく知っている一夏だからこそ出た言葉だ。
箒にもその言葉は刺さった。
姉との確執を超えられていない箒は、しかし、姉の愛情を確信できないでいる。
姉との距離を測りかねているという意味で箒と簪は同じだった。
「なるほど、確かに大晃がいる」
「なんで、大晃君の名前が出てくるのよ?」
「あいつはあなたの妹さんに執着しているようですから」
そして、大晃という男に対して、箒は一夏と同じ見解を持っていた。
だから、言った。
あの男は決して闘いを諦めない。
簪との対戦を大晃が諦めていない限り、簪の安全は保障される。
大晃はこの場にいない、ということはつまり――。
獣の理屈であった。
それはある種の信頼の上に成り立った言葉でもあった。
フルフェイスのIS。
機械的なISの正体は無人機であった。
その名は『ゴーレムⅢ』である。
以前、IS学園を襲撃した無人機『ゴーレム』の改良版であった。
その動作が無機質なのは当然のことであった。
機械であるのだから。
そして、機械特有の行動基準で動いている。
頭部に備えられたカメラで捉えるのは目標の姿だ。
簪の涙ぐんだ顔と画像データを照合する。
――データ照合、結果一致。
ターゲット確認。
心拍数、体温などの状況からISを展開可能な心理状態に無いと推測。
照合した結果は一致。
即座に排除に移る。
両の足で目標に迫っていく。
その悠長な動作も機械特有の機械的な思考によるもの。
簪という存在に別段脅威はない。
ISを展開されれば別であるが、簪は生身である。
エネルギーを消費を抑える動作を選ぶ。
任務達成方法も殴打と省エネルギーを念頭に置いた、選択がなされた。
ISが展開されない理由など機械には知ったことではなく、その推測通りに状況は動いて行く。
「助けて!」
簪の叫び。
それを音声データとしては拾うものの、無人機はそれに対して何のアクションも起こさない。
「安城君!」
例えそれが、安城大晃の名だとしても、それは無人機が動作を止めるものにはなり得ない。
無人機は簪へとその鋭い腕を振り下ろした。
ヒーローなんて、いないんだ。
簪の心が絶望に彩られた。
自分はもう間も無く死ぬ。
それだけが分かった。
簪は己の運命を呪った。
前触れもなく現れて、迫り来る死。
それはまさに災害であった。
「もっとも、それはお前さんにとっての……だがね」
そのゴーレムⅢの腕が止まっていた。
横から割り込んできた極太の腕が、掴み取っていたのである。
「あ……」
簪はその姿を見てなんとも言えない声を出す。
音もなく、静かに、しかし、異様な存在感を携えた男が一人。
無人機の前に立ちふさがっていた。
簪はこの男の姿を知っている。
「安城君……!」
簪からはIS『無手』を纏った大晃の背中だけが見えて、顔の様子は窺い知れない。
しかし、大晃の浮かべているであろう深い笑みを想像することは容易だった。
そして、その想像と同じ笑みを大晃は浮かべている。
「LAッ!?」
電子音の音が驚愕の音色をあげる。
自身に搭載されたあらゆるセンサー類は大晃の接近を感知していなかった。
腕を掴まれてその時に始めて大晃の姿を、カメラで捉えたのである。
だが、これはおかしな話であった。
ステルスモードで接近してきたのだとしても、足音など自身の痕跡をそれのみで消すのは不可能。
自身の気配を消して動く技量があって初めて可能な所業である。
センサーの故障もありうるが、『ゴーレムⅢ』の自己診断では不備は見当たらない。
ならば、考えられるのはたった一つしかない。
大晃が静かに、そして、素早く接近したことだけしか可能性はない。
『ゴーレムⅢ』はこの事実から大晃の危険性を瞬時にはじき出した。
物音一つ立てずに動く静音性。
センサーでも捉えきれない速度。
この二つを兼ね備えた大晃の危険度は――。
――危険度、極高
その突如、現れた脅威に対する指針を『ゴーレムⅢ』は決定する。
即刻排除すべし。
その命令に従い、無人機の身体が駆動する。
空いている方の腕で大晃を殴りつける。
その腕もまた大晃が掴み取る。
手四つの形で組み合う形となった両者。
大晃が笑った。
「へえ、俺と力比べをしたいのかい? そいつは嬉しいねぇ!」
「ッ!? ……LAAAAAAッ!」
一瞬、躊躇らしきものを見せた『ゴーレムⅢ』も力を誇示するように、電気の音で鳴いた。
『ゴーレムⅢ』からパワーアップしたのは速度の領域だけではない。
『ゴーレムⅢ』すらも上回る火力とそれを取り回す腕力。
これを備えているのだ。
速度で負けることはあるかもしれない。
それでも、パワーアップした腕力であれば拮抗することはあっても、負ける可能性などない。
そう判断して『ゴーレムⅢ』は力を掛けて行く。
スラスターを点火する。
前へと出る力を押しつぶすために利用する。
全ての機能を大晃を押し切り、後ろの存在もろとも亡き者にしようとする。
その選択の先に道などないことも知らずに――。
「!?」
ビクともしなかった。
スラスターで推進力を得て、その力と腕力を合わせて大晃を壁へと叩きつけようとしているにも関わらず、大晃は微動だにしない。
それどころか、一歩一歩、着実に前と出てきている。
大晃の力は想定をはるかに上回っていた。
『ゴーレムⅢ』は完全に力負けしていた。
――掌部レーザーキャノン砲、始動
『ゴーレムⅢ』は手札を切る。
掌のレーザーキャノン。
熱線を放ち射線上のあらゆる物質を蒸発させる兵器だ。
力比べで腕はふさがっているが関係ない。
掌に仕込んである砲口を開けば使用可能なのが、この兵装だった。
むしろ、ゼロ距離から熱線を叩き込める分、有効であるともいえた。
剣呑な音を立てて収束するエネルギー。
『無手』の掌を焼き、白い蒸気が溢れ出る。
『ゴーレムⅢ』のエネルギーが中枢から腕部、掌と流れて、その矛先が大晃へと向けられる。
エネルギーが熱線へと変化した。
光が大晃を焼く。
『ゴーレムⅢ』と大晃の擦り合わせた掌の隙間から、光が漏れ出る。
しかし、大晃はそんなものを気にも止めなかった。
放たれる熱線を気にも止めずに、力を込めていく。
大晃の掌の内側から何かが壊れる音が響いた。
めきめきと音を立てて、『ゴーレムⅢ』の腕が破壊されていく。
大晃の極まった握力が、『ゴーレムⅢ』の腕を握り潰していく。
当然、行き場を失ったエネルギーは暴発。
二乗の破壊を受けた両腕は破片となって消え去った。
「GYAAAAAAッ!」
電子音がけたたましく鳴り響く。
それは勝利の雄叫びとはかけ離れたものだった。
悲鳴と呼ぶのに相応しいものだった。
だが、それでも終わらない。
絶対的な暴威の権化と化した大晃は更なる破壊を実行せんとする。
『ゴーレムⅢ』の頭部を片手で掴み、反対側の壁へと走り出した。
『ゴーレムⅢ』はスラスターを吹かして何とか脱出を試みる。
が、『ゴーレムⅢ』の必死の抵抗も虚しく、大晃は瞬時に壁へと到達する。
「IGIッ!?」
『ゴーレムⅢ』の頭部が潰れた。
頭部から壁へと叩きつけられたのである。
両腕の肘から先の全損、頭部の全壊。
未だに複数の武装が残ってはいるものの、もはや、『ゴーレムⅢ』はまともには闘えないだろう。
それは見て取れるはずであった。
しかし、大晃の拳は止まらない。
『ゴーレムⅢ』を壁に縫い付けるように突きを放っていく。
突きを喰らうたびに拳が機体内部に潜り込み、電子機器が周囲に飛び散る。
それは『ゴーレムⅢ』が完全に機能を失うまで。
コードと半導体と黒鉄を粉々に轢いた残骸、となるまで続いた。
その無惨な光景を見ながら簪は理解した。
この場に存在する災害は『ゴーレムⅢ』などではなく、安城大晃であったのだと。
『ゴーレムⅢ』ですらも、災害に巻き込まれた不運な被害者に過ぎなかったと。
「……安城君」
突如、現れた無人機『ゴーレムⅢ』は簪にとって恐怖を抱く対象であった。
ならば、大晃はどうだろう?
無人機と同様に突如現れて、その前に立ちふさがったこの男はなんなのだろう?
それは無人機をも超える恐怖だった。
無人機から与えられた恐怖は、より大きな安城大晃という恐怖に塗りつぶされたのだ。
どちらも怯えの対象に他ならない。
だが、例え同じ名前の感情であっても、簪が恐怖した要因はそれぞれ別のものだった。
無人機の場合、その命に対する無関心さが恐怖の主な原因だった。
大晃の場合は、それが逆だった。
簡単に言えば、簪は、大晃から狙った獲物の横取りを阻止する獣めいた、巨大な執着を感じていた。
そして、大晃の執着の対象は簪だけではない。
無人機に対しても大きな関心があった。
簪を守るという意志と無人機を倒すという意志。
守護と破壊の相反する意思が矛盾なく溶け合い『無人機を破壊する』という行動に収束した事実。
破壊行為そのものを楽しむ精神性。
それら全てに簪は恐怖を覚えたのだった。
「ありがとう」
だが、それだけではない。
簪はほんの僅かではあるが安堵したのだ。
こんな自分にも関心を払えてもらったことが嬉しかった。
それはきっと無人機の無関心さを経て痛感した、自分が誰かに構ってもらえることへのありがたみだったのかもしれない。
「ああ……お前さんが無事で俺も嬉しいよ」
振り返った大晃の笑みはただひたすらに眩しく映った。