超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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45話、見たくないもの

 簪はアリーナの廊下を飛ぶ。

 代表候補生らしく、危なげなく廊下を進んでいく。

 目的地はISのハイパーセンサーが感知した熱源だった。

 熱源はその場にとどまってはいない。

 アリーナのピット内を縦横無尽に動き回っているらしく、方向が微妙にふれるのだ。

 そして、熱量は絶えず変化し、複数に分裂しては元に戻りを繰り返している。

 熱源の主は熱を発する特殊な兵器を使用しているらしい。

 簪は移動に費やす時間を使ってそこまでは推測できた。

 

「……何が起きているの?」

 

 ハイパーセンサーが拾う熱の量が一瞬で倍以上に増えて、元に戻る。

 誰かが武器を限界近くまで解放したに違いない。

 それが楯無であれ、謎の襲撃者であれ、どちらにしても簪は不吉に思えてならなかった。

 大晃は楯無が無理をする人だと言った。

 楯無の人間性への大晃の評価があってはならないことを想像させた。

 謎の熱源の元へとたどり着いた簪はスコールとレインを発見した。

 ピットの中に立ち二人で同じものを見下ろしている。

 その視線の先にあるものを簪は見てしまった。

 

「……え?」

 

 自身と同じ青い髪をしたその少女は端正な顔立ちで健康的な身体をしていた。

 しかし、それが今は所々に血と痣がついていた。

 綺麗な身体き傷が付いていることで、逆に無残さが際立っている。

 顔もそうだ。

 腫れてこそいないものの、ぐったりとした顔は血の気が悪く、病死寸前の悲壮さが漂っている。

 数多くの人間に支持されているその人物。

 簪は彼女を良く知っていた。

 それは簪の姉、楯無であった。

 

 

 

 その人はいつだって凄かった。

 自分では無理なこと、不可能なこと、やりたくないこと。

 そういうものを簡単にこなせる人だった。

 たとえ壁があったとしても、努力で壁を乗り越えられるようになる人だった。

 簪はそれを知っている。

 だから、容易に想像できてしまうのだ。

 楯無が専用機を自らの手で完成させた時、どれほどの努力を積み重ねて成し遂げたのだろうか。

 楯無が生徒会長として振る舞う時、動作の一つ一つをどれほど意識して行っているのだろうか。

 簪は全部知っていた。

 だから、簪は姉に追いつきたかった。

 簪は姉に憧れていた。

 しかし、努力を積み重ねても見えない姉の背中。

 姉と同じ領分では全く敵わなかったことが憧れを別のものに変える。

 姉に敵っていないと思い続けた十年以上の日々が憧れを嫉妬へと変える。

 いつしか簪は姉を遠ざけるようになった。

 それでも、簪は姉が傷ついている姿なんて、見たいと思ったことなどない。

 いつだって完璧だった姉が倒れている。

 こんな楯無を簪は見たくなかった。

 

「あ……ッ、ああああああッ!」

 

 絶叫。

 簪は一瞬で加速して、二人へと肉薄する。

 簪の人生で最高のイグニッションブーストを用いた接近は二人の予想を超えていた。

 反応が遅れる二人に簪は薙刀での連撃を仕掛けるも、それが簪の限界だった。

 感情に従い放った薙刀での攻撃は、その全てが避けられた。

 

「あらあら、誰かしらこの子は?」

「……更識簪。そこで伸びてる会長の妹だよ」

「なるほどねぇ」

 

 簪の攻撃を避け切った上で、この余裕の発言。

 相手は間違いなく強者で、簪が勝てる見込みはほぼない。

 しかし、それでも簪は楯無をかばうように立ちはだかった。

 

「あ……、あなたたちがお姉ちゃんをこんな風に……」

 

 簪の口から出た今更な質問は、それが信じられない事だったからだ。

 見たこともない金髪の美女、スコールが襲撃者であることは疑いようがない。

 しかし、その横にいる人物が楯無を襲ったとはどうにも思えなかった。

 何故なら、スコールと並び立つレインは代表候補生にしてIS学園の生徒でもある。

 もし、レインがスコールの側になっているのだとすれば、それはレインがIS学園を裏切ったことに他ならない。

 

「そうだ、私たちが二人でこれをやった」

「そ……、そんな」

 

 簪がレインの宣言に俯いた。

 レインの裏切りに驚愕しつつも、より強い感情がせり上がってくる。

 怒りと哀しみがごちゃ混ぜになって簪の心をかき回した。

 楯無が傷ついたことで強い感情が湧いて出てくるのである。

 今の今までこんなに強い感情を抱くことを想像すらしなかった。

 

「ゆ……、許さ……ない」

 

 感情が簪の未発達の心を満たして溢れ出る時、感情は衝動へと変わっていく。

 簪の心はその衝動に抗うことはできなかった。

 

「許さないッ!」

 

 簪が吠えた。

 衝動に従い放たれる、重い斬撃。

 薙刀という武器の特性を生かした途切れる事のない連撃、と背中に搭載された荷電粒子砲をミックスさせた簪の立ち回り。

 それを前に、スコールとレインは防戦一方になる。

 怒りゆえの限界突破、そして、地道に強化されていた専用機の能力が噛み合っているのだ。

 大晃との闘いをシュミレートしていたこともプラスに働いた。

 今日、ある筈だった大会への備えは簪を今助けている。

 しかし、それすらも一時的なものに過ぎない。

 慣れない動きを繰り返したことによる、僅かな反応の遅れ。

 それが契機となる。

 

「行け!」

「ッ!?」

 

 レインの操る機械犬。

 『ヘルハウンド』がその隙を食い破った。

 簪は右手が噛み付かれるものの、即座に荷電粒子砲を速射し、ヘルハウンドを振り払う。

 レインとスコールの二人へと意識を張り巡らしつつ、瞬時にリカバリーするその腕前は確かなものだ。

 しかし、その費やした僅かな遅れは、やがて積み重なる。

 レインとスコールは冷静にその遅れに乗じた。

 

「『プロミネンス・ウィップ』!」

「『ヘル・バイト』!」

 

 スコールの放った小規模な火球を避ける、その刹那。

 簪の回避方向を読み切ったレインが、口へ炎を灯した機械犬をけしかける。

 機械犬の噛みつきは避けたが、カチンと噛み鳴らされた歯で増幅された炎が簪を一瞬で飲み込んだ。

 例え牙を避けようとも、飛び散る火花に見立てた爆発が相手を襲う二段構えの攻撃。

 それが簪を襲ったのだ。

 爆発の勢いで床へと叩きつけられた簪は床に手をついて立ち上がろうとする。

 まだ、簪の怒りの炎は消えていないのだ。

 しかし、それを許すほど甘い相手ではない。

 

「ぐっ!?」

「ほう、頑張るもんだな」

「う……うるさい。よくもお姉ちゃんを!」

 

 簪の背をレインが踏みつける。

 

「弱いくせに調子にのるなよ。そういうのはもっと強い奴がやることだぜ」

「そ、そんなの関係ないよ!」

「いや、大有りだぜ。教えてやるが、私たちにはこれから大きな仕事がある。

 だから、力をセーブする必要があって……、何が言いたいのかっていうと、私たちは全く本気を出していないってことだ」

「……え」

「お前は自分の力が僅かにでも通用しているなんて思っているようだが、とんだ勘違いだぜ」

 

 レインの言葉はある意味では本当で、しかし、明らかな嘘であった。

 スコールは楯無との闘いで予想以上に消耗しており、レインは攻撃の切り札を切ってはいない。

 それでも、簪の立ち回りに対して堅実に立ち回っている。

 簪を格下として扱ったのは本当であろうが、手抜きは一切ない。

 簪の心を折り、その表情を見るためだけに、レインは嘘をついている。

 

「あなたの姉は私を追い詰めた。それに比べて今のあなたはどうかしら?」

「……うっ」

「自分自身でも思わない? 自分は不出来な存在だって」

「うううぅぅぅ……」

 

 スコールにとっても簪は加虐心を刺激される存在だったのだろう。

 レインの意図を察知して、簪の心を折りにかかる。

 姉のことを引き合いに出したことは効果的だった。

 簪の顔がみるみるうちに絶望に染まっていく。

 

「や……、やめなさい!」

 

 声が響いた。

 声を背に受けたスコールが振り返ると楯無が立ち上がろうとしているところだった。

 ダメージは大きいらしく、壁を支えに立つのがやっとの様子だった。

 

「あら、目が覚めたのね、更識楯無」

「今すぐ、簪ちゃんを離しなさい……」

 

 楯無は精一杯威嚇する。

 その必死な様子は楯無の妹への思いの丈を十分に表していた。

 スコールはそんな楯無を見て笑う。

 ろくでもないことを考えている、邪悪な笑みであった。

 

「じゃあ、こういうのはあなたに効くでしょうね」

「や、やめなさいッ!」

 

 楯無のなりふり構わない特攻を恐れてだろう。

 ゴールデンドーンのサソリを思わせる尾が、楯無を拘束する。

 スコールが目配せして、レインが機械犬だけで簪を押さえ込んだ。

 スコールの腕に火球が生成される。

 

「ねえ、そこのあなた。最期の別れの挨拶をしてあげなさい」

「簪ちゃん逃げてッ! 簪ちゃんッ! 簪ちゃんッ!」

「お姉ちゃん……」

 

 狂乱する姉。

 今までの取り繕った態度を投げ捨てた、姉の姿に簪は何を見たのだろうか。

 簪は諦めたように微笑み、穏やかに言った。

 

「役に立てなくて、生まれてきて、ごめんなさい」

「……簪ちゃんっ!」

 

 出てきた言葉は謝罪。

 結局、簪は自虐心から逃れることはできなくて。

 そんな己の末路を受け入れたような台詞に、楯無は言うべき言葉を失ってしまう。

 スコールから放たれた火球が簪を飲み込む。

 そして、簪の顔は炎に遮られて見えなくなった。

 楯無はその光景に簪との永遠の別れを想起してしまった。

 

「あ、あああ……」

 

 どうしてこうなる前に何もできなかったのか。

 楯無の心を後悔が襲った。

 

「うわあああああああああッ!」

 

 楯無の絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 エムと一夏の闘い。

 それはエムがひたすらに攻めて、一夏が耐えるという内容であった。

 一夏とて攻撃はする。

 しかし、それは攻めというよりも、敵の攻撃を相殺または切り抜ける手段に近い。

 最適なタイミングで攻撃を行うことで、一夏は格上の相手と何とか渡り合っていた。

 

「何故だ?」

 

 エムは最初すぐに根を上げるだろう、と思っていた。

 一夏は今追い詰められている。

 白式の右腕および左腕、肩の装甲はほぼ全損しており、生身の肉体が見えている。

 当たるとまずい部分が増えている事実は、戦術的にも精神的にも大きな負担になる。

 このまま、闘いが推移すればいずれ一夏は負けて死ぬ。

 だと言うのに――。

 

「何故、貴様はまだ諦めていないんだ?」

 

 一夏の目の奥には決意が宿り続けている。

 消耗しているはずなのに、未だに闘志は消えていない。

 装甲の破損、そして、これまでの闘いの経過は一夏に死を意識させるには十分すぎるはずなのに、諦めは微塵もない。

 エムには理解できない。

 

「諦めていないから、諦めていないんだ」

「馬鹿げたことを言う」

 

 諦めなければ、諦めることはない。

 諦めない理由を考えること、それ自体を否定した言葉は、あまりにも馬鹿げていた。

 そして、それ以上に堂に入っている。

 

「そうじゃなくちゃ、あの男を超えたいと、想い続けられない」

 

 それも仕方のないことだ。

 何故なら、目標はあまりにも高い。

 周りのライバルたちもまた、全員が強者で格上という現実。

 自分にはそこまで価値がないのでは、と思わされることも多い。

 諦めない理由よりも、諦める理由の方が多く転がっているのが一夏の現状だった。

 一夏はそれらを一顧だにしないことに決めた。

 だって、視線の先にいる男はいつだって手招きをして、己を引き上げようとしているのだから。

 他のものに目を向ける必要など何処にもない。

 

「また、あの男か……、忌々しい」

 

 セシリア、そして、一夏。

 エムはIS学園の生徒と二人しか対峙してはいない。

 この二人が一般的なIS学園の生徒の類型だと考えるのは浅はかだ。

 しかし、それでも、エムは思わずにはいられない。

 全てのIS学園生にとって安城大晃が物差しの一つになっているのでは、と。

 それはエムにとって嫌な考えであった。

 仮にも織斑千冬がいる学園で、大晃という男が粗野な男が目立っていることが、許せなかった。

 

「それに、お前に勝てれば、俺はあの男の領域に少し近づける気がする」

「……殺してやる!」

 

 この一夏の発言もそうだ。

 結局のところ、己との闘いを、粗野な男に近づくための手段の一つとして見ている。

 憎悪の炎が更に強くなる。

 あの男の所為で全ての歯車が狂ったのだ、とエムは思った。

 

「お前だけじゃない! 手始めにこのアリーナにいる人間全員を皆殺しにしてくれる!」

「やれるものならやってみろ! この程度で殺されるほど俺たちは弱くない!」

 

 一夏とエムの対峙が終わり、始まった闘い。

 エムの尋常ではない様子に押されもせず、一夏は言葉を返す。

 それは奇しくも現状、もっともふさわしい言葉だった。

 

 

 

 

 

「何をやっているっスか?」

 

 炎に包まれた簪を見て、絶叫を上げる楯無。

 それを見て愉悦の笑みを受かべる、スコールとレイン。

 絶望の空間に響く、何かを感じさせる声。

 瞬間、簪を包む炎が消えた。

 それだけではない、妙に部屋が寒い。

 冷気が部屋を包み込んでいる。

 壁伝いに氷が生成されて、スコールとレインへと牙を剥く。

 

「おばさん!」

「おばさんって呼ぶのをやめなさい!」

 

 いち早く危機を察知したレインがスコールとともに簪と楯無から離れる。

 簪へと駆け寄り抱き上げた楯無は、簪が無事であるどころか火傷一つないことに驚いた。

 一体何が起こったのか?

 その疑問に答えるように、一つの影が躍り出て、二人をかばうように立ちふさがった。

 

「あなたは……」

「お二人はここを離れていてくださいっス」

 

 人影は楯無と簪に退避を促す。

 気を失った簪と傷だらけの自分自身を鑑みて、楯無は場から離れる。 

 楯無と簪がこの場から消え、この場に残ったのはスコールとレイン、謎の人影だけであった。

 その人影を見てレインは驚きと共に呟く。

 それがもう別れを済ませていたはずの恋人だったからだ。

 

「フォルテ……」

「……」

 

 レインの前に立ちふさがったのはフォルテだった。

 箒と言葉を交わしてから、フォルテはレインの下にやって来たのだ。

 もともと、フォルテはレインの恋人であった。

 一緒に裏切ろうとレインに誘われて、しかし、レインは答えを出せなかった。

 その答えを出しにここに来た。

 レインに付いていくことを選ぶ可能性もある。

 フォルテはそう自分を分析していた。

 

「一緒に付いていくのも魅力的だと、思っていたっスよ」

 

 そうだった筈なのに。

 今はレインに付いて行くことが魅力的だとは思えなかった。

 恋仲であるはずのフォルテが何故レインと対峙するのか。

 

「本当に見ていられないっスよ」

 

 簪を平気で食い物にして、楯無を絶叫させる。

 その間、レインの顔はずっと歪んでいた。

 捨て鉢になったのか、これがレインの本性なのかは、フォルテには分からない。

 

「なんて、ひどい顔をしているんっスか」

 

 ただ、フォルテの好きなレインはこんな顔をしなかった。

 いつだって、面倒見のいい先輩で、後輩に優しかった。

 誰かを平気で傷つけられるような人じゃなかった。

 こんなレインをフォルテは見たくなかった。

 

「だから、私があなたにそんな顔をさせる世界を壊してやるっス。亡国機業っていう腐った世界を。

 そして、私の知っているあなたを取り戻してみせるっス」

 

 フォルテは決意する。

 レインを取り巻くしがらみの全てを壊してやる、と。

 余計なお世話でも良い。

 それでも、レインが優しく生きられるようにしたかった。

 

「……そうかい。嬉しいが、あいにくそれは無理な相談ってものだ」

 

 フォルテの宣言は確かにレインの心を揺らした。

 それでも、レインを引き戻すのには届かない。

 言葉では止まれない地点にレインは立っていたのだから。

 

「知ってるっス。だから――」

「だから?」

「力づくでも止めてやるっス!」

 

 フォルテが両腕をレインへと向ける。

 冷気により次々と生み出される氷。

 それがレインと側にいるスコールへと押し寄せる。

 

「これは……ッ!?」

「く……ッ!?」

 

 二人は驚いた。

 レインは機械犬から炎を、スコールは右腕から火球を放ったのだ。

 同時に放たれた熱は増幅して、迫り来る冷気を飲み込む筈だった。

 しかし、想像以上の冷気がそれを許さない。

 氷と火球が中程でぶつかり合い、互いに打ち消しあう結果となる。

 

「今の私を甘く見ないことっスね! 多分、今の私は今までの人生で一番強いっスから!」

 

 精神に呼応し溢れ出る冷気を叩きつける為に、フォルテは二人へと近づいていった。

 

 

 

 フォルテが闘う場所とは異なる地点。

 闘いの余波でところどころ崩れてはいる。

 しかし、一応は戦火が届かない地点で楯無は簪の目覚めを待っていた。

 

「ッ! 簪ちゃん! 簪ちゃん!」

「う……ん……。お姉ちゃん……?」

「ああ……、良かった。本当に良かった」

 

 簪は目を開ける。

 抱きついてくる楯無に目を白黒させた。

 楯無の余裕のない有様は普段の姿と比べて、あまりにもギャップが大きすぎた。

 

「もう、何よ、何なのよ。あの最後の言葉は――」

 

 簪の永遠の別れになるはずだった言葉は、楯無の心を深く抉っていた。

 簪が無事だったから良かったものの、もし悲劇が現実となっていたら楯無の心に消えることのない傷を残していただろう。

 だから、楯無は聞きたかった。

 最後になるかもしれない台詞が、あんなに悲しいものだった理由を。

 

「だって、私、私――」

「何?」

「お姉ちゃんみたいに強くないから。役に立てなかったから」

「それは違う。あなたは敵を倒せなかったかもしれない。

 でも、もし、あなたがここに来てくれなかったら、私はとどめを刺されてたわよ」

「でも、私がもっと強ければ、あの二人にも勝っていたかもしれない」

 

 何故、簪は最後に謝ったのか。

 簪は自分が役に立っていないと思い込んでいるようだった。

 窮地の大晃を助けることもできず、楯無の敵を打ち倒せなかった現状に打ちのめされているのだ。

 自分への失望とマイナス思考が合わさって、簪は肝心なことに気がついていないのだ。

 もし、簪が駆けつけるのに遅れていれば、楯無は手遅れになっていたかもしれない。

 もし、簪が限界を超えて闘わなければ、フォルテは間に合わなかったかもしれない。

 しかし、それら事実を簪が受け入れない限り、簪の後ろ向きの思考はそのままだ。

 そして、後ろ向きの思考を変えない限り、簪は事実を見据えることもできない。

 ある種、完成しているマイナス思考。

 楯無は意を決して、一石を投じた。

 今まで生きてきた内で、一番勇気を振り絞った瞬間に違いなかった。

 

「簪ちゃん、本当にそれで良いの?」

「え?」

「あなたは役に立ったわよ。あなたも薄々それには気づいているわ。受け入れるのが怖いだけ。

 受け入れて期待を裏切られるのが怖いだけなのよ」

「う……」

「どうして受け入れられないのか分かる?

 それはあなたが完璧を追い求めているからよ。あなたは私の影に完璧を見出している。

 裏切られるのが怖いあなたは完璧になれば裏切られることもなく落胆したくても済む、と思っているから」

 

 簪の目に内心を言い当てられた故の怯えが宿った。

 楯無の言葉は簪の無意識の思考を言い当てている。

 楯無の手が簪の顔へと伸びる。

 簪の怯えを溶かすような暖かさが楯無の手にはあった。

 

「完璧な人なんていない」

「……」

「だから、人はみんな自分で自分を裏切って落胆し、自己嫌悪に陥ることもある。でも、良いのよそれで。

 自分の行いがいずれ自分を助けてくれる。完璧じゃないから、と切り捨てる必要はないの」

 

 だから、その言葉は簪にとって新境地となりうるものだった。

 怖くても良い。

 恐れても良い。

 ただ、それで自分を責める必要などない、開き直っても良いのだ、と言っている気がした。

 

「さてと、今度は私たちがフォルテを助けないとね」

 

 楯無が顔を横に向けた。

 その視線の先のは壁しかないが、その向こうには闘っているフォルテがいる筈であった。

 冷気と熱。

 楯無の見立てでは、熱を操るスコールとレインにとってフォルテの冷気は相性が悪い。

 しかも、フォルテは精神の高揚に伴い、戦闘力が増大している。

 二対一の状況でなお、フォルテは善戦するだろう。

 しかし、それでも勝てない。

 フォルテが恋仲のレインの心に動揺を生んだとしても、スコールがいる。

 そう甘い相手では無い筈だ。

 それに二人にとっての最優先の標的は大晃である。

 短時間で決着が着くはずで、あまり悠長に話をしても居られないのだ。

 

「その、フォルテさんが私たちを助けてくれたの?」

「そうよ、多分、冷気であなたをコーティングしてくれたのでしょうね。炎に包まれていたのに火傷の跡なんて一つもないでしょう」

「……そうなんだ」

「さあ、立ってかんちゃん。フォルテを助ける必要がある。けれど、私だけではそれも無理。だから、あなたの力が必要なのよ」

 

 その言葉が簪の心を後押ししたのか。

 簪は緩慢に、しかし、何かの決意を込めた動作で立ち上がった。

 

「お姉ちゃん、お願いがあるんだけど……。アクア・ナノマシンってまだ残ってる?」

「少しだけならね」

 

 何かを訴えかける眼で見てくる簪に、楯無は答えた。

 アクア・ナノマシンの残りは少なく、出来ることもまた少ない。

 そういう意味を込めて答えたのであるが、簪は意味ありげに考え込む。

 あまり時間を掛けたくはないが、その沈黙に意味があるようで、楯無は辛抱強く待った。

 やがて、日常では大したことのない、しかし、この緊迫した状況では長く思える程の沈黙の後。

 簪は俯いていた顔を上げて、その沈黙の価値を示した。

 ゆっくりと考えが絡まないように簪は言った。

 

「……一つ考えがある」

「……良いわね。聞かして頂戴」

 

 簪だけでは、楯無だけでは切り抜けられないこの状況。

 その中で、止まっていた二人の時間が始まろうとしていた。

 簪と楯無の二人が力を合わせる時がやってきた。

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