超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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46話、逆転劇

「ち、厄介な相手ね……」

「……糞ッ!」

 

 スコールの冷静な台詞にレインは悪態をついた。

 レインの恋人、フォルテは想定以上に厄介であった。

 静かに怒るフォルテの怒りが、能力を研ぎ澄ませた。

 生み出す冷気は肌を刺す鋭い針のようでもあり、あらゆる存在を停止させる結界のようでもある。

 生み出した火球の威力は空間を進むごとに減衰し、熱波は文字通り冷気に阻まれる。

 スコールとレインのあらゆる武装は、現在の限界を超えたフォルテの能力とは相性が悪かった。

 

「なら、これならどうかしら?」

 

 スコールは何らかの思惑かでフォルテへと近づいた。

 距離が詰められるに従い、スコールの機体を覆う熱線の防御が薄くなる。

 熱が冷気により弱められているのだ。

 

「なッ!?」

 

 フォルテはスコールから距離を取ろうとする。

 理由は簡単だ。

 熱を生み出すのにもエネルギーを使うのならば、物を冷やすのにもエネルギーは使う。

 火球の一つや二つ、張り巡らせた冷気で冷やすことに支障はない。

 しかし、巨大な熱源たるスコールが近づいてくること、これはまずい。

 スコールという巨大な熱を抑えるのに力を使ってしまうのだ。

 一対一ならばまだしも、現在は二対一。

 その状況はやはりフォルテにとって不利に働く。

 スコールのあえての接近はレインに通常ではあり得ない隙を生み出した。

 レインの操る機械犬が炎を口へと灯してレインへと突っ込む。

 通常時なら凍らせていただろうが、スコールへの対処で手一杯。

 フォルテは機械犬の接近を許してしまう。

 

「悪いな」

「くぅ……ッ!」

 

 機械犬がフォルテの左脚へと噛みついた。

 牙が左脚部に潜り込み、炎が内部へと侵入する。

 フォルテは必死に振りほどこうとするも、機械犬は既に牙を喰い込ませていて、簡単ではない。

 しかも、スコールがこの機に乗じて熱を腕へと集中させている。

 火球を生み出す予備動作を前にして、冷気を纏おうとするも、スコールと機械犬が邪魔で不可能。

 フォルテは左脚部のパージを敢行しつつ、スコールから距離を取ったが、火球の狙いは正確。

 炎がフォルテを飲み込み、機体の制動が崩れたフォルテは壁へと激突し、土埃を上げる。

 スコールは舞い上がった土埃を見て、呟いた。

 

「まさか、ここまで手こずることになるとは」

 

 土埃が晴れると、そこにはフォルテがいた。

 左脚部はほとんど全損している為、右脚一本でバランスを取り、立っている。

 しかも、青色の機体は所々が焼け焦げて、焦げ茶色に変色している。

 火球に飲み込まれる瞬間冷気を纏って威力を軽減したものの、ダメージは大きい。

 そして、何より、冷気が弱まっていることが痛い。

 切り離された脚部を爆発させることで、機械犬にも損傷を負わせたが、フォルテにとっては不本意な結果だった。

 

「もうここまでよ……レイン。止めはあなたが刺しなさい」

「……ッ。はい」

 

 底冷えのするスコールの声。

 一瞬、レインの身体に震えが奔ったが、それはすぐに静まり、レインは機械犬を己の傍へと引き寄せる。

 本当は恋人に傷など付けたくはないのであろう。

 それを押し殺してレインはフォルテを見る。

 

「先輩、本当にそれでいいんスか? そのままじゃ、ずっと苦しんで生きることになるっスよ」

「……私のような人間には相応しい生き方だろうが」

 

 フォルテの言葉は真実だ。

 ここでレインがフォルテへの殺しを行うことは、己に呪いをかけることとほぼ同義だ。

 その呪いはレインの今後の人生を決定し、まともな日の当たる生き方を許しはしないだろう。

 それこそがスコールの望みだった。

 

「……すまないな」

「そうよ、それでいいの」

 

 レインが涙を流して機械犬をけしかける刹那。

 スコールは確信した。

 この子もいずれ『こう』なる。

 今日無くしたものを埋めようと足掻く日々を繰り返して、いつか摩耗するのだ、と。

 その第一歩を踏み出したのだ、と。

 だが――。

 

「させない」

 

 スコールが取るに足らないと思っていた存在が、それを阻んだ。

 機械犬とフォルテの間を一筋の光が飛んだ。

 

「今度の相手は……私達だ!」

 

 ピットにいくつも空いた穴。

 その中の一つから出てきたのは、スコールが足蹴にしたはずの少女、簪であった。

 

 

 

「私達? あなた一人だけじゃない?」

「一人じゃないよ」

「意味が分からないわ。まあ、良いわ。すぐに殺してあげるから」

 

 スコールが簪を嘲る。

 既に簪の底は割れている。

 楯無の援護があればまだしも、簪一人では何ら脅威ではない。

 出来ることは時間稼ぎが関の山だろう。

 スコールはそう思っている。

 簪が未だに切り札を切っていないことも知らずに。

 

「これを見ても、同じことが言える?」

「……何よ、それ」

 

 簪は自身の切り札を出した。

 簪を囲い込むように現れた巨大な箱。

 これこそが『山嵐』であった。

 その物量ゆえに荷電粒子砲も薙刀もパージしなければ使うことのできない最終兵器だ。

 浮遊する砲台の威圧感は半端なものではなく、そこから発射される弾頭の物量を否でも想像させるからだ。

 

「……いくよ」

「『プロミネンス・カーテン』!」

「『ヘル・シールド』!」

 

 簪はPICで浮き上がり、装甲を解除した両腕・両足の先には空間投影型のキーボードを展開。

 コンテナからミサイルが発射されて、白い煙の尾を残して飛んで行く。

 それと同時に技を発動するスコールとレイン。

 熱を大気へと放出して敵を仕留める、攻防一体の技であった。

 熱が二人の周囲に幕を張って、ある種の結界を作り上げた。

 この熱のカーテンによって二人は守られるはずだった。

 しかし――。

 

「なんですってッ!?」

「爆発しない……だとッ!?」

 

 スコールとレインは驚きの声を上げる。

 相反する冷気が部屋全体を満たしていることを加味しても、むき出しの弾頭では熱による誘爆を防ぐことはできまい。

 二人はそう踏んでいた。

 しかし、現実には弾頭は誘爆することなく執拗に追いすがってくる。

 流石に火球をぶつければ派手な音を立てて爆散するが、機体が自然と纏う熱程度では誘爆を誘うこともできない。

 だから、スコールは次々と火球を生み出しては、投げる。

 それだけではミサイル群に追いつかれてしまうために、器用に動きながらだ。

 

「あなたたちの機体は形は違えど、同じ性質を持っている。

 熱を操り、攻撃する。ただ、その操る方法が違うだけ」

 

 スコールとレイン。

 彼女らが駆る『ゴールデン・ドーン』と『ヘルハウンド』はどちらも熱を操る。

 屋内の密閉空間ではただ機体の能力を使うだけで、室温は上昇し熱の地獄を作り出すだろう。

 

「だから、私は困っていた。私の最強の武装『山嵐』のミサイル弾頭も熱で遮られて、無効化されるから。

 でも、私が近接戦をしたところであなた達を倒せるとも思えない。手詰まりの状況の中で考えて、思わぬところにヒントがあった」

 

 ヒントになったのは済んでのところで自分を助けたフォルテの行動だった。

 彼女が火で包み込まれる寸前に簪へと施した冷気のコーティング。

 それによって、簪は業火から生き残ることができたのだ。

 だとするのなら、ミサイルの弾頭をコーティングによって熱から守れるのでは?

 例えば、それが冷気でなくとも、何かの代用でも熱からの防御は十分に可能ではないか?

 そこから得た着想が一つの形へと行き着いた。

 

「ミサイルの弾頭の一つ一つをアクア・ナノマシンでコーティングしてもらった」

 

 アクア・ナノマシンでミサイルの弾頭を一つ一つ覆う。

 ただそれだけのことだ。

 しかし、それはミサイルの弾頭を確かに熱から守り、敵へと届けることの一因となった。

 

「だから、どうしたというのッ! 全弾打ち落とせば良いだけの話よ!」

 

 スコールは火球を次々と生み出し、ミサイル群へと放り投げた。

 レインもまた機械犬の口から火球を放って、ミサイルを牽制する。

 次々と飛来する火球。

 しかし、それらを前にミサイル達の軌道が一つ一つ変化する。

 意思を持った生き物のように精密な動きで、火球を回避しスコールとレインへと迫る。

 スコールとレインは散開して回避。

 その回避動作に合わせて火球を放つ。

 狙いを分散させて、中央の群れに二方向から火球をぶつける咄嗟の戦術だった。

 だが、その二方向からの火球すらもミサイルには当たらず、それぞれに向かって十分な物量を以ってミサイルは向かう。

 

「無駄だよ。私はあの『安城君』に当てる為に、何度もシュミレートしてきた。……それに比べればはるかに遅い」

 

 そして、ミサイルは二人を逃さない。

 元々、超速の大晃に追いつく為に調整されているミサイルだ。

 二人に分かれても的を逃すことは無い。

 更にはアクア・ナノマシンのコーティングにより得た熱への耐性。

 それだけではない。

 大晃の実力の誇示によるミサイルの搭載数の増加。

 これにより、ミサイルの操作中はどうしても無防備となる簪の盾となりうる物量すらも確保する。

 

「まさか、こんなところでこの私がッ!」

 

 スコールは必死に対抗しようとしたが、物量と精密性を併せ持ったミサイル郡にはあまりにも分が悪く。

 ミサイルの群れは容赦なく、スコールへと押し寄せたのだった。

 そして――。

 

「なるほど、そういうことだったのね……」

 

 容赦のない爆発の中でスコールは何かを悟ったように目を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 アリーナでの闘いは決着へと向かい始めていた。

 

「ふん! そんなものか!」

 

 エムが嘲笑と共に一夏を見下す。

 エネルギー残量、そして、装甲の破損具合。

 それらでエムは一夏を上回っている。

 エムの黒騎士は未だに黒く鈍く輝き、有り余るエネルギーを見た目で分からせてくる。

 それとは反対に一夏の白式は薄く汚れ、ささくれ立った機体の傷は痛ましい。

 もし、一夏が勝っているとすればそれは武装の残存具合であろうか。

 

「俺の台詞だ。今のお前には遠距離攻撃用の武装は無いはずだ。俺が念入りにぶっ壊したからな……」

「それで? 近接戦闘ならば私に勝てるとでも?」

 

 この闘いの最中、一夏は徹底して、エムの武装を潰したのだ。

 ランサービットはすれ違いざまに破壊し、遠くから執拗に射撃を繰り返してきた射撃ビットもわざわざ追いかけてまで潰した。

 結果、残っているのは大型のバスターブレード一つだけ。

 武器破壊に凝った結果、一夏に残ったのは少ないエネルギーのみ。

 しかし、それで得たものもある。

 エムが止めを刺す為には、近接戦の距離へと、つまり零落白夜の間合いに入らなければならないからだ。

 ここに一夏の逆転のチャンスが残っている。

 

「さぁな? もうお前が俺に勝つ為には、俺の領域に踏み込む以外に方法が無いってだけだ」

「俺の領域だと? その未熟な技量で良くそこまで吠えたものだ……」

 

 表面上は挑発を軽く受け流すエム。

 だが、その内部には消すことのできない炎がある。

 織斑千冬と比べれば遥かに未熟な腕前で、その代名詞たる零落白夜を振るう一夏への、嫉妬にも似た怒り。

 それがエムの一夏を見下す視線に表れている。

 一夏は汗を流した。

 ギリギリで耐えてきた疲労が積み重なっていた。

 もうこの闘いで何度、雪片弐型を振って来たか分からない。

 何度敵の攻撃を受けて来たか分からない。

 腕への疲労の蓄積もそうだし、全身に鈍い痛みがあった。

 それでも、一夏には、それら全てを跳ね返すだけの気力がある。

 一合。

 もはや、お互いに考えることも少ない。

 そして、この条件を整える為に、一夏はこの闘いを立ち回っていた。

 一夏の考えはシンプルだった。

 残りのエネルギーを全て込めて零落白夜を発動させるだけ。

 そして、それ故に気力は充実している。

 

「さあ、行くぞ」

「……ふん」

 

 一夏は構えた。

 雪片弐型を上段へと構えた。

 振り下ろすことのみを考えた、それだけしかできない、不器用な型。

 その不器用さを一夏は何よりも気に入っているのかもしれなかった。

 そして、二人は同時に前に飛び出した。

 互いに剣を抜き放ち、一合。

 二人は交差して、剣を振り切った状態で静止した。

 その結果は――。

 

 

 

「馬鹿な……ッ!?」

 

 アリーナで行われる一夏とエムの闘いは今まさに終止符が打たれた。

 エムがアリーナの地面へと墜落し、一夏が上空でそれを見下ろしている。

 その事実に認められず、エムは立ち上がろうとするものの、うまく力が入らず膝をついてしまう。

 

「決着だな」

 

 地面へと降り立った一夏がそう言った。

 エムが一夏を睨み、信じられない、とばかりに呟く。

 

「何故、私が負けた……ッ!」

 

 地に降り立ち向かい合う両者。

 その違いは歴然としている。

 装甲への傷は目立たず、機動を司る部位への破損がないエム。

 反対に装甲はボロボロで、全体的に泥臭い印象を受ける一夏。

 勝者と敗者を見た目で判断するのならエムにが群杯が上がることだろう。

 しかし、勝者はエムではない。

 どれほど装甲を削ぎ落とそうとも、最後まで動ける体力とエネルギーを残している一夏の勝ちは揺るぎない。

 例え、それがいかに泥臭くとも、勝利の価値が否定されることはないだろう。

 

「私が最後まで優勢に進めていたのに……、何故ッ!?」

 

 勝負の最後。

 互いに己の得物を抜きはなった瞬間それが起きた。

 エムのバスターソードが紫のオーラを纏い、一夏を両断するかに見えた。

 そのエムの一撃を一夏の一太刀が上回ったのだ。

 一夏の近接用ブレード、雪片が寸前のところで急加速したのである。

 纏ったエネルギーが弾けることにより刀身が加速したのだ。

 渾身の力を込めた零落白夜がエムの体力とエネルギーを全て削り取った。

 

「なるほど、確かにお前は強かったよ。俺が負けてもおかしくは……いや順当に行けば俺が負けてただろう」

 

 彼我の実力差は大きい。

 その実力差を覆し、一夏を勝利に導いたもの。

 その正体を一夏は自らの口で語る。

 

「俺にとって、格上との闘いは日常だった。それでも俺が闘ってきたあいつらとお前の間には力量以前に大きな違いがあった」

 

 専用機持ち達で繰り広げられる、日常的な模擬戦。

 その中での力関係は次のようになる。

 セシリア・オルコットとラウラ・が勝率ではほぼ同率。

 その一つ下に篠ノ之箒とシャルロット・デュノアと鈴が並んでいる。

 大晃がそれら専用機持ち達の上に無敗で君臨している、というのが勝率から見た暫定順位である。

 一夏の順位はそれらの中でぶっちぎりの最下位。

 しかし、それでも一撃必殺の零落白夜を持つ一夏を甘く見るものなど、専用機持ちにはいない。

 そこがエムと専用機持ち達との違いだった。

 

「お前は勝負を急ぐあまり、前のめりになりすぎたんだよ。同じ格上でもあいつらは絶対にそんなことはしない。

 俺にダメージを与えることよりもまず先に遠距離攻撃が可能な武装を残しておくべきだった。そうすれば俺にも迷いが生じたかもしれないのに――」

 

 近接戦にて一夏を仕留める、エムの戦術。

 遠距離攻撃可能な武装を全て潰された状況で、それは正しいものだった。

 しかし、エムは見誤ってしまった。

 そもそも、遠距離武器を使えないその状況自体が一夏のお膳立てによるものだということを深く考えなかった。

 己の身を削りつつも、敵の手札を潰す一夏の行為を重く受け止めるべきだった。

 そして、犯してしまった。

 一夏と切磋琢磨する『彼ら』では絶対にすることのない愚を――。

 

「常に格上からと闘ってきた俺にとってはお前の慢心は大きな隙となった」

 

 こちらの強みを熟知し決して油断することのない格上達。

 反対にこちらの強みを甘く見積もり己の領域へと近づいたエム。

 その僅かな差は、しかし、計り知れないほど大きいものだ。

 

「だから、俺が勝った」

 

 全てを語り終えた一夏は静かに、エムを見下ろす。

 

「さあ、教えてくれ。お前が千冬姉の何なのかを――」

「――くッ!?」

 

 エムには理解できなかった。

 闘いの中で、エムが一夏を執拗に狙ったのは、一夏が絶望する顔を見る為だ。

 そうしてこそ、溜飲が下げられる。

 そう思っていた。

 しかし、今になって思う。

 全てが計算づくだったのだ、と。

 一夏がビットを狙う刹那、エムには選択肢があった。

 ビットの操作をより精密にすることで手札を温存するか、手札を壊されることを覚悟で一夏へとダメージを与えるのか。

 エムはひたすら一夏にダメージを与えることを選んだ。

 だが、果たしてそれは自分で選んだと、言えるのだろうか?

 持久戦を望んだ、一夏のあからさまな態度。

 防御に徹した敵へと芽生える、攻撃の欲求。

 それらの根底にあるエムの嫉妬心。

 選択を決定づけたこれらの要素が、一夏が意図的に植えつけたものではないと、どうして断言できるのか?

 一夏はエムの心理を巧妙にくすぐり、この闘いの根底を操作していたのだ。

 

「貴様のその凄みはなんだ? 私よりも弱いくせに……、貴様は一体何者なんだ?」

「俺なんて大したことないさ。お前が俺をすごく見えるって言うんなら、見えているものが違うからだろうな」

「見えているもの?」

「俺にはよく見えるよ……、お前の中にある葛藤がな」

「ッ!?」

 

 エムは顔を背けた。

 一夏の視線が急に怖くなったのだ。

 内面を見通すような視線から逃れたかった。

 しかし、一夏はエムを見ることをやめなかった。

 その視線の先にあるのは、エムの内にある屈折した欲求だ。

 

「なあ、お前のことを教えてくれ。千冬姉と同じ顔をしている奴がそんな風に苦しんでいる姿は見たくないんだ」

 

 一夏は再び、問うたのであった。

 

「私は――」

 

 エムはその問いに答え始めた。

 

 

 

 

 

 ミサイル弾頭の群れは確かに命中した。

 ミサイルの爆発に巻き込まれた、スコールとレイン。

 彼女らのISの装甲が光りの粒子となって溶けていき、二人は床へと倒れた。

 ピットに仰向けになっている彼女らに簪は警戒を解かずに近づいて行く。

 

「どうなっているっスか?」

「……二人とも大丈夫みたい」

「そうっスか。良かったっスよ」

 

 山嵐のミサイルの装弾数は九六。

 その全てを直撃させたわけでは無いが、その物量はあまりにも多い。

 二人が昏倒する程度に、しかし、死にはしない程度に収めることを簪は意識していたが万が一ということもありえた。

 その逆に手を緩めすぎて、仕留め切れていない場合も考えられる。

 簪が言った大丈夫、とは二人を無力化しつつ、重傷を負わせずに済んだことへの安堵の台詞である。

 簪は早速、スコールとレインを拘束する作業に入った。

 ハイパーセンサーでISの再展開が不可能な状態であることを確認すると、簪は二人を縄で縛った。

 ここに踏み入る前に楯無から貰っていた、特別製の縄だ。

 強度に優れているので、ナイフで切るのも難しい代物だ。

 更識家に伝わる緊縛の術を使っているので縄抜けも出来ないだろう。

 

「……お姉ちゃん、もう入ってきても良いよ」

「ふう。妹に心配されるとは、私もまだまだね」

 

 楯無が壁の穴からピットへと入ってきた。

 楯無に闘う力は残っていないが、簪のミサイルをアクア・ナノマシンで覆うためには簪の近くにいる必要がある。

 己の身を守る手段を持たない楯無が敵に姿を晒すわけにもいかない。

 アクア・ナノマシンを操り、それでも残った力でISのステルスモードを発動。

 気が付かれないように、陰からこっそりと簪をサポートしていたのだ。

 今になって楯無が姿を現したのも、敵が不意に覚醒したときに、闘う力が不足している楯無を人質に取られる可能性が無くなったから。

 

「この後はどうすればいい?」

「一番怖いのは今になって敵の増援が来ること。特にこのスコールという女は亡国機業の幹部だから、奪還しに来ないとも限らない。

 でも、私達は万全とは程遠い……」

「並大抵の相手に後れを取るとは思わないっスが、スコール級の相手が来たらヤバイっス。無人機の相手も遠慮したいっスね。

 ここに来る途中で、篠ノ之が無人機三機の相手をしてたっスが勝機とは思えないっス」

「……安城君も無人機に襲われてた」

 

 互いのコンディションを確認し合いつつ、三人で情報を交換し合った。

 フォルテは箒が無人機三機と闘っていたことを。

 簪は大晃が特別製の無人機と闘っていたことを。

 楯無は一夏と箒で無人機を二機倒したことを。

 それぞれが簡潔に知っていることを説明した。

 その情報を踏まえて方針を決める作業に入った。

 

「そうね、現状を把握したいのもあるし、残りの専用機持ちと合流しながら、安全圏を目指そうかしら」

「……私とフォルテさんとで索敵に集中すればいい?」

「そうね。幸いなことに二人は無力化してある。二人のことは私に任せておいてね」

 

 三人で話し合いをして、方針が決まった。

 スコールとレインを楯無が担ぎ、簪とフォルテが周囲を警戒。

 仲間と合流しつつ、安全圏を目指すことになった。

 すでに事件が起きてから、三十分が経過しようとしているが、現状が果たしてどうなっているのか?

 強烈なジャミングにより通信機器が使えず現状の把握さえも困難な状況に、楯無とレインは大して不安を抱かなかった。

 すでにここに至るまでの過程で異様に頼もしかった専用機持ち達である。

 乱入した機体の全てが破壊しつくされていても可笑しくない、とさえ思っていた。

 そんな中で不安を隠せないのは簪だ。

 簪は大晃の内にある不吉なものを垣間見てしまっている。

 そんな簪を励まそうと、楯無が声を掛けようとした。

 しかし、出来なかった。

 

「そう、そういうことなのね」

「あら、目が覚めたのね」

 

 スコールが目を覚ましたからだ。

 楯無はスコールへと注意を向けた。

 

「私をこれからどうするつもりかしら? いっそ殺してみる?」

「……安心しなさい。あなたには訊きたいことがたっぷりとある。大人しく話してくれれば、悪いようにはしないわ」

「私が素直に話をするなんて本気で思っているの?」

「だから、言ったでしょ? 『たっぷり』と聞いてあげるって……」

 

 楯無は暗部だ。

 しかも、更識家は歴史の古い、いわば名門。

 血生臭いイメージとは無縁であっても、楯無が暗部の技を幼少の頃より仕込まれていることに変わりはない。

 『たっぷり』と、という言葉の裏には暴力の匂いがチラついている。

 その匂いに反応したのは簪とフォルテだった。

 簪は生来の気の弱さから、フォルテはレインの身を案じてだ。

 レインもまた裏切り者である。

 当然尋問を受けることになるだろう。

 

「あなたのそれ……、普通の試合で使うには、物騒すぎるわね。どうして、そんなものを使っているのかしら?」

「……安城君に勝つ為」

 

 そんな二人の反応を目に収めたスコールは、何か気になることがあったのだろうか?

 質問を投げかけられた簪は少し間を空けてから答えた。

 わざわざ敵からの質問に答える必要もないが、ほんの少しだけ和らいだスコールの空気に当てられたのかもしれない。

 スコールは返された答えを聞き、満足そうに頷いた。

 

「私はあの男を試すつもりでここに来た。『アレ』に勝つ資質があるかを見定めるつもりだった」

 

 スコールは言った。

 あの男とはすなわち安城大晃のこと。

 

「あの男の影響により強くなったのであろうこの娘に負けたのであれば。ただ、そこに存在しているその影響が私の敗北に繋がっているのなら。

 もはや、直接あの男を試すまでもない……」

 

 独白に近いスコールの語りは止まることなく続く。

 

「あの男ならば手に入れられるかもしれないわね。人の身には過ぎたるもの、永遠が」

 

 永遠。

 ひと際強く呟いたその言葉は、この場にいる全員の耳に残ったのだった。

 それは、スコールのある種の称賛めいた独白の裏に、良からぬものの影があったからか。

 何とも言えない不安に全員が包まれた。

 

 

 

 

 

 戦場と化したアリーナ。

 教員たちが未だ踏み込めていない、無法地帯。

 数の差、通信不能による連携不足などの不利があって尚、専用機持ち達は勝利を収めていた。

 セシリアはビットとレーザーを巧みに操って、無人機を穴だらけにした。

 鈴は衝撃砲の火力を存分に用いて、無人機を平らに潰した。

 シャルロットは貯め込んでいる火器の弾丸をばら撒いて、無人機を粉々にした。

 ラウラは停止結界で締めあげることで、無人機の全身を砕いた。

 箒は赤黒いオーラを纏って、無人機をなで斬りにした。

 一夏は劣勢に自分を追い込むことで、エムへと勝利した。

 簪達は言わずもがな。

 それぞれが、それぞれの相手に勝利した。

 そんなIS学園にとって喜ばしい流れの中で、ただ一人だけ、未だに戦闘を続行しているものがいる。

 

「くっくっく、こいつは予想以上じゃないか」

 

 恐らくIS学園一年の中で最も強い男。

 学年に関係なくやり合えば最後に立っているではないか、という噂さえもある男。

 その男は汗を流して静かに笑っていた。

 腕と脚の装甲の僅かな隙間からは血が漏れ出ている。

 血がそこら中を汚していた。

 大晃の前に仁王立ちするキングゴーレム。

 そいつはその威容を目に焼き付けさせるように、佇んでいた。

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