超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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47話、壊撃

 キングゴーレムと安城大晃。

 どちらも、己の五体を武器とする、生粋のファイターである。

 体格こそ違えども、その戦闘スタイルは似ている。

 しかし、当然そこには差がある。

 では、その違いはどのように表れてくるのか?

 拳の攻防においては特にそれが顕著だった。

 技の緩急。

 突きと蹴りのコンビネーション。

 速力。

 それらの完成度は大晃の方に分がある。

 キングゴーレムのAIは流石に完成度が高かったが、それでも動きにはどこか一面的なものがある。

 動きの複雑さと予測不能な動きという点では、キングゴーレムは大晃に及ばない。

 そして、もう一つ、装甲の強度においても同様に、差があった。

 大晃の頑強な肉体はそれだけで並みの金属を凌駕し、その肉体を包み込むのは金子昇傑作の超合金だ。

 キングゴーレムがどれほど硬かろうと、これを超えることは困難だ。

 両者を単純に比べた場合、膂力が互角となれば、優劣は自然と付く。

 そう、大晃が優っている部分は多い。

 しかし、それにも関わらず、無手の限定解除を使用してもなお、大晃は苦戦しているのだ。 

 

「相当、深くまで巣食っているようだね。『無手ちゃん』は……」

 

 響いたのは束の声だ。

 キングゴーレムを中継して届いたその声には、何が嬉しいのか、喜色が満ちていた。

 何かを祝福するように、束は呟いている。

 それは、しかし、とんでもなく不穏な台詞だ。

 

「……シャッ!」

 

 大晃が前へと出た。

 口から漏れた呼気すらも置き去りにして、キングゴーレムの頭部へと拳を突きつける。

 並みのIS使いでは回避も、防御も、困難な一撃でさえ、キングゴーレムには当たらない。

 拳の連打をキングゴーレムはひとしきり受けると、今度はキングゴーレムの番だ。

 キングゴーレムのジャブの嵐を大晃はぎりぎりで避けていく。

 拳のみのやり取り。

 自然とその動きはボクシングに似てくる。

 ジャブを互いに放ち、交差し、地を蹴ることにより間合いを制御。

 上体を動かして的を絞らせぬように立ち回りつつ、拳による防御を固め、時には敵の拳を払いのける。

 あえて蹴りを使わず、互角に渡り合う両者。

 ここに来て両者に差が現れる。

 キングゴーレムの拳をかいくぐり、懐へと潜り込んだ大晃。

 電脳頭脳の選択を読み切ったような動きには流石のキングゴーレムも反応はできずに、カウンターの形で拳を貰い吹っ飛ぶ。

 大晃は追撃の為にキングゴーレムを追う。

 しかし、追撃は叶わなかった。

 吹き飛んだ中程でキングゴーレムは自身のPICと頑強さを利用して体勢を立て直したのだ。

 大晃の追撃をキングゴーレムは両腕で弾き飛ばし、今度は、拳足両方を生かしたやり取りが始まった。

 一見、優勢に見える大晃であったが、その実ーー。

 

「例えば、骨。破骨細胞による破壊と骨芽細胞による創造を繰り返している」

 

 束は呟いた。

 闘いとは無関係に。

 

「一見して無機質な骨でさえも、破壊と創造によるバランスを取って、頑強さを保っている」

 

 大晃とキングゴーレムの突きが交差し、一瞬早く到達した大晃の拳はキングゴーレムの顔面を打ち据える。

 しかし、その拳には見た目ほどの威力はないのか。

 本来ならば大晃が打ち勝つはずが、相打ちに、更に言うのであれば、キングゴーレムの一撃で大晃の上半身が仰け反る。

 大晃は堪えて、キングゴーレムの打ち終わりへと拳を突きつけるが、しかし――。

 

「今、だいちゃんはそのバランスが取れているのかな?」

 

 束の言葉が引き金となったのか否か。

 内に巣食う元凶が牙を剥いたのか。

 大晃の拳から、血が流れた。

 それでも大晃は拳を振り続ける。

 振るたびに装甲内に溜まった血が隙間から飛び散る。

 血が宙を舞い、大晃とキングゴーレムを赤く染めていく。

 それは大晃が大晃自身を攻撃しているかのように痛々しかった。

 

「そんなわけないよね。だって、拳だってまともに作れていないのに」

 

 大晃の身体能力の高さは、そのまま、要求される頑強さの指標でもある。

 大きな力を発揮するのには身体が丈夫でなければならない。

 自分の肉を敵へとぶつける原始的な闘いを主とする以上、そうでなければ身体が壊れてしまう。

 全力で拳を握ることができないほどに、骨が脆くなっているのだろうか。

 束の言葉が本当であれば、自身の身体能力ですら本人にとっては毒となっていることになる。

 

「もう、やめたらどうかな? そんな様子じゃ、無手ちゃんに打ち勝つことなんてできないよ」

 

 束の勧告。

 それには僅かながらに気遣いのようなものが見えた。

 どうせ、勝てないのならば。

 どうせ、負けてしまうのならば。

 心穏やかに逝けばいい。

 少しでも楽に過ごせばいい。

 束から見ても、大晃の様子は重篤らしく――。

 今更ながらに、無手の放棄を大晃へと提案する。

 

「今なら、まだ、間に合うよ」

 

 夏の臨海学校のときも束は言っていた。

 大晃のIS、無手のコアは明らかな害意を持っていると。

 それを裏付けるように、大晃は夢を見たこともあった。

 謎の少女が、大晃の夢の中で、喰ってやると宣言したのだ。

 事実、大晃はその影響ゆえか身体に変調をきたしつつある。

 嘘のない束の言葉。

 一体、どういう答えを返すのか?

 

「なぜ、そんなに悲しそうなんですか?」

 

 束の声に含まれる悲哀の色に大晃は興味を示すも、その原因となった自身の不調に対しては何の関心もなさそうで。

 しかし、自身の不調ははっきりと自覚しているような。

 どこか噛み合わない質問に束は言葉を返す。

 

「だって、そうでしょ? だいちゃんは今、調子が悪くて、本当だったら勝てる戦いでも負けそうになっている。

 可哀想だなって思うのは普通でしょ?」

 

 自身の不調が原因で敗北した人間がいたとする。

 その人間と近しい者、仲の良い者ならば、その痛々しい姿に何も思わないはずがない。

 避けることの出来ない不運でつまづいたのだとすれば、なおさら痛ましく見えることだろう。

 大晃にとっての不運は、自身のISが無手であったことだ。

 もし、大晃が最初に出会ったISが無手でさえなければ。

 大晃は無手の危険性を知りつつ、無手を身に纏っている。

 すでに何らかの覚悟を決めているのであろうが、そもそも纏っているISが無手でなければ、そんな覚悟をする必要もなかった。

 そういう意味では、やはり、大晃は不運と言ってもいい境遇であるのだろう。

 だが、大晃は笑った。

 

「どれほど小さい闘いであっても、それが己をどのような苦境に追いやる闘いであったとしても、楽しくない闘いなど存在しない」

 

 不意に闘いが止み。

 一人と一機は対峙する。

 それはあり得ないことであったが、言葉を聴き逃さないためにキングゴーレムは静聴の形をとっているかのようで。

 何か偉大な言葉を発しようとする雰囲気が大晃から溢れ出ていた。

 

「この闘いもまたその範疇から外れない。この闘いもまた俺が楽しむべき闘いの一つに過ぎない」

 

 大晃が全身に力を込める。

 それだけで装甲の隙間から溜まった膿のように血が噴き出た。

 無論、拳からも。

 その時、甲高い音がなった。

 金属の破壊音だ。

 そして、血は止まる。

 傷は深いにもかかわらず、特に止血した様子も無いのに。

 

「さあ、闘志も十分。続きを……」

 

 苦境を迎えたことによる精神の高揚とそれが齎したアドレナリン。

 増大した闘志が精神と肉体のコンディションを一時的に高める。

 大晃とキングゴーレムは再び至近距離となる。

 瞬間、動いた。

 音の波が部屋の壁を叩いた。

 

 

 

 再び動いた大晃。

 その動きは肉食獣のように獰猛で、しなやかで美しい動きだった。

 そして、拳。

 今までであれば、キングゴーレムへと大きなダメージを与えることのなかった拳である。

 しかし、今は違う。

 握りしめられた拳がキングゴーレムへと突き刺さる。

 

「なんで……?」

 

 束は理解が追いつかない故に呟いた。

 束はキングゴーレムを通じて、現場の様子を把握している。

 であるのなら、キングゴーレムのダメージについても当然、情報は入ってくる。

 だからこそ、理解できない。

 束の見立てでは大晃はまともに拳も握れないはずであった。

 もし、キングゴーレムにダメージを与えるほどの拳を作ったとしてもせいぜい一撃が関の山。

 だが、現実では大晃が無数の拳を放ち、一撃一撃が確かなダメージへと繋がっている。

 

「ISのアシスト機能……?」

 

 アシスト機能とは術者の動きを、特に発揮する力を機体側で補強する機能だ。

 物を持ち上げたり大地を蹴ったりするなど、ほとんどの動作を増幅させる優れた機能だ。

 この機能を用いることで、手の装甲を拳状に固定する。

 そうすれば、肉体が砕けようとも拳を作り続ける。

 一般的ではないがアシスト機能を用いれば不可能ではなかった。

 だが、束には違和感がある。

 もっと、それ以上に常軌を逸して何かをしているように思えてならなかった。

 束は目を凝らす。

 自分が見落としたであろう何かを視覚情報から拾い上げようと。

 それが功を奏してか、ほとんど影しか映らない大晃の映像から一コマ、決定的なものを。

 握り込められた大晃の拳。

 その手の甲を四本の棒が突き破っていた。

 その太さは指の太さとちょうど同じで、本数も親指を除いた指の数と同じ。

 それはつまり――。

 

「……嘘でしょ?」

 

 大晃は強く強く、己の手の甲を指が突き抜けるほどに強烈に拳を握りこんでいたのである。

 闘いが再び始まる直前に、鳴り響いた金属音は、手の甲の装甲を指が突き破った音だったのだ。

 束の呟きは、こんなことするはずがない、という呟きだった。

 そして、こんなことができるはずない、という呟きでもあった。

 普通、自分の指で掌に穴を開けるなんてことはできない。

 仮にできたとして、突き破った指がフックの役割を果たしたとしても、そのまま拳を握り続けることなどできるだろうか?

 普通は無理がある。

 掌に穴が空いているのだから、当然握りこむ力も落ちているはず。

 だが、現実に、大晃は指をフックとして機能させつつ、思いっきり拳に力を入れている。

 一体どうして大晃はそんなことができるのか?

 その束の頭の中の問いは、しかし、大晃にしてみれば順序の違う問いだ。

 何故、出来るかではない。

 まずは、確信が先にあった。

 出来る確信が大晃にあっただけなのだ。

 その確信を実行に移した。

 それだけなのだ。

 砕ける骨を握りこむことで拳の形状を保持するという、まるで荒縄で砕けた岩を強引に締め上げるような発想も。

 さらには拳に加える衝撃で指を更に内側に押し込みより強固な拳を形作るという、砕けた岩の不揃いをハンマーで矯正するかの如き発想も。

 大晃にとっては突飛でもなんでもなく、ただ実現可能な発想だっただけに過ぎない。

 

「GYAAAAAAッ!」

 

 キングゴーレムは吠える。

 それは大晃への恐れを隠すような、咆哮だった。

 今までは冷静に大晃の戦力を測っていたキングゴーレムにとってもまた、今の大晃は測定不能な存在だった。

 装甲は凹み、無数の拳が与えたダメージはキングゴーレムを窮地に追いやっている。

 一撃ごとに壊れゆく拳は、確かなダメージへと繋がっている。

 

「GYッ!?」

 

 そして、拳へと気を取られた刹那。

 大晃は素早く腰を落とし、超重の蹴りを放つ。

 その蹴りにより大晃の脚が損傷するも、もはや、関係ない。

 キングゴーレムが姿勢を崩して、床へと倒れたからだ。

 大晃はキングゴーレムが立ち上がるよりもずっと早く仁王立ちした。

 倒れたキングゴーレムの頭部へと拳の照準が合わさった。

 

 ――駑ッ!

 

 金属が金属を叩いた音。

 それはやけに重厚な音だった。

 物と物がただぶつかっただけの音ではない。

 ぶつかった挙句にどちらかの内最低片方が壊れた。

 そんな音だった。

 大晃が放った頭部への下突き。

 その結果壊れたのは無人機、キングゴーレムの頭部だった。

 破壊はそれだけでは終わらない。

 頭部をピットの床へと叩きつけた拳の衝撃は、胴体の方へと流れて、内側から膨れ上がった胴体は爆散して、壁へと叩きつけられた。

 更に、衝撃はピットへと伝わり、建物全体へと伝播し。

 やがてはアリーナ全体を一瞬だけ揺らす。

 それは凄まじい一撃だった。

 大晃を以ってしても、なお、全ての力を『投げ打って』ようやく放てる、正真正銘全力の一撃であった。

 

「……痛えなぁ」

 

 人生で最高の一撃。

 それを放っておいて、大晃の表情はあまり優れない。

 笑みを浮かべているのはいつものことだ。

 しかし、その笑みはどこか哀しそうであった。

 敵を倒した事実とは不釣り合いに、痛みを抱えているようであった。

 大晃が拳を見つめる。

 弱った拳で放った一撃が何故キングゴーレムを一方的に破壊できた答えがそこにはあった。

 大晃の拳は限界を超えた一撃を放つ直前、既に壊れていた。

 壊れた拳は、もうそれ以上に壊れようがない。

 自身の拳を壊す『壊す一撃』ではなく、壊れた拳で放つ『壊れた一撃』。

 そんなふざけた理屈だ。

 だから、大晃の掌を開くことができない。

 力を込めずとも掌が拳の形を維持するように壊れているからだ。

 壊れている状態で掌が固定されているのだ。

 

「……行くか」

 

 大晃は呟いた。

 何かを飲み込んで、彷徨うように大晃は歩き始めた。

 その先にあるはずの、何かを求めて。

 

 

 

「今のは一体?」

 

 アリーナ全体を襲った振動。

 それは容赦なく、簪たちを巻き込んだ。

 どうにか踏ん張ることで事なきを得たが、嫌な予感は消えなくて。

 歩を進める、楯無、簪、フォルテの一同。

 その三人に連行されるスコールと気絶しているレイン。

 その先にはさ迷い歩く、男の姿があった。

 

「嘘……」

 

 簪たちは見た。

 血塗れの大晃を。

 大晃は簪たちを視界に入れると、穏やかに笑った。

 

「おう、どうにか生き残ったらしいな」

「大丈夫なの? その怪我は一体……? それよりも、その拳、何か可笑しくない?」

 

 大晃の姿に真っ先に反応したのは簪だった

 全身が血の色に染まっていて、身を包んでいる装甲はぼろぼろで、亀裂の先には傷ついた肉体が見えている。

 何よりも目を引くのは、手の甲を指が突き破っているようにしか見えない拳だ。

 圧縮された拳は構造上あり得ないと思える程に握りしめられていて、デッサンの狂った近代芸術のようでもある。

 その騙し絵のような拳に、簪は恐怖を抱いた。

 

「あら、その面白い姿はどうしたのかしら?」

 

 静まり返った中でスコールは口を開く。

 この一声で場の全ての視線はスコールへと集まった。

 一同に連行されているスコール。

 敵に囚われて身動きも取れない絶体絶命の状況である。

 しかし、スコールの声色にあるのは焦りではなく愉悦である。

 そもそも、スコールの目的は大晃だ。

 そのスコールにとっては大晃に会えただけでも、大きな幸運だったのかもしれなかった。

 

「丁度、面白い遊びが終わったところでして……、どうです、あなたもこれから俺と遊んでみませんか?」

 

 そして、怪我をしていても大晃は大晃だ。

 本気ではないのかもしれない。

 それでも言葉には『本当にやってしまってもいい』という響きがある。

 自然と闘いの雰囲気を帯びる空気に簪とフォルテは黙り込む。

 

「……ともかく、早くここを離れるわよ。

 怪我人もいることだし、早くアリーナから出て先生たちと合流しなくちゃ」

「俺は平気ですが」

「ふざけないで。黙ってついてらっしゃい。後、スコール、今度余計なことを言ったらタダじゃおかないわよ」

「ふふん」

 

 楯無はそんな二人の様子を半ば無視した。

 他の代表候補生と合流できるのならそれに越したことはないが、このままでは自分たちの身が危ない。

 特に重い怪我を負っているであろう大晃は早急に医者に見せる必要がある。

 ジャミングが弱まりつつある現状から敵はほとんど打ち倒されている、と判断した楯無は退避優先で動くことを決めたのだった。

 その時だった。

 再び乱入者が現れたのは――。

 

「なるほど、あんたが俺の相手をするってわけかい」

 

 アリーナの外を目指す一同の前に立ちはだかるように現れた、女。

 それは長い金髪を揺らしてそこに立っていた。

 

「……ほう。オータムか、丁度いいところに来たな。もう少し、暴れても良いかもしれない、と思っていたんだ」

 

 亡国機業所属の戦闘員である。

 スコールの部下でもあり、彼女の手足となってIS学園を二度襲撃した張本人である。

 そのオータムは顔を歪めた。

 苦虫を口に中で潰したように渋い顔である。

 大晃に話しかけられたことが余程、嫌だったようである。

 

「……化け物め」

 

 絞り出したような声だった。

 IS学園を襲撃した二回の全てでオータムは大晃と闘っている。

 オータムは決して弱くはなく、手練れと言っても良いほどの力を持っていた。

 しかし、大晃には叶わず、逆にその肉体の強さを存分に叩き込まれている。

 天敵のような存在を前に、オータムが緊張してしまっているという解釈も可能だ。

 だが、オータムの言葉の裏には、博打打ちが勝負の前に抱くような、大きな覚悟が見え隠れしている。

 思わぬ伏兵の存在に簪たちは警戒しつつも無言で待機し、大晃もまた無言で先を促す仕草を見せる。

 

「私がここに来たのは闘いにではない……」

 

 妙であった。

 オータムは亡国機業の所属で過去にあった襲撃の実行犯でもあり、この騒動に関わっているであろう亡国機業の存在は、オータムが敵であると考えるには十分である。

 しかし、それにしてはオータムの敵意は薄い。

 大晃への苦手意識から、オータムも警戒心を発しているが、この場にいる誰かを害する意識は無いようであった。

 拘束されたスコールを視界に収めたオータムの目には、迷いの光が映っている。

 ほんの数秒であるが、敵対するものとの間では永い数秒の沈黙。

 それはオータムの持っている迷いの深さを示していた。

 しかし、オータムからしても迷い続けるわけにはいかない。

 もはや、姿を見せた時点で後戻りはできない筈なのだから。

 

「お前らに降伏しに来た」

 

 オータムは続けた。

 

「その代わりに、そこの二人をIS学園で匿って欲しい」

「……何を言っているのかしら?」

「もちろん、ただでとは言わないさ。亡国機業について知っていることを全て話しても良い。

 特に、そこにいる、安城大晃。そいつに関わる大きな手土産も添えてだ」

 

 オータムの言葉はどう響いたのか。

 嘘では無さそうであるが、果たしてオータムの持つ情報にどこまでの価値があるかは不明である。

 だが、大晃の状況にはただならぬものがあり、楯無としては知っていることを吐いてもらうのが一番良い。

 オータムの思いが本当なのか。

 楯無には念を入れて確かめる必要があった。

 

「そうね、信用してあげてもいいわよ。……その待機状態のISを放り投げてくれるのならね」

「……それはできない。まだ、確信が得られていない」

「何の?」

「私が投降したとして、私の望みが叶えられる確信がだ……」

 

 そう言ったオータムを楯無は警戒して見る。

 こちらの武装解除に応じない楯無は、降伏の宣言がブラフであることを、一瞬疑う。

 武力で以って要求を釣り上げる目的もあるにはあるだろう。

 しかし、そうなるとオータムは手負いとはいえ、四人を相手にすることになる。

 しかも、あの大晃がいるのだ。

 今更、闘ったところで覆る戦力差ではないのだから、降伏するのなら潔い方が良いだろう。

 それはつまり、投降がブラフで何か別の目的があるのでは、と想像させる理由である。

 緊張感が高まる。

 だが、その緊張はオータムの笑い声で掻き消された。

 

「ふふふ、冗談だ。私に今出来ることは何もない。そんなことは分かっている」

 

 そう言って、オータムは待機状態のISを手に取った。

 それを楯無が見えるようにかざしてから、放り投げた。

 

「だから、私は身を放り出すことに決めた。私のことはどうなっても良い、だから、そいつらは助けてやってくれ」

「……IS学園の生徒会長として、あなたの身柄を拘束します」

 

 楯無は生徒会長として宣言した。

 オータムは大人しく捕縛されたのであった。

 

 

 

 

 

 こうして、騒動の元凶は全てアリーナから一掃された。

 無人機は全てが破壊されて、亡国機業の刺客達は目的も果たせずに捕らえれた。

 騒動に関わった全ての者を、一人の女が見下ろしていた。

 

「う~~ん。これは予想外のことになったね」

 

 正確な位置も分からない。

 ただ、薄暗い部屋中を走る配管が、空中投影機から乱雑に伸びた配線が、ここを研究所だと主張している。

 ウサミミを付けた部屋の主人の呟きは、散らかった部屋にすぐに溶ける。

 

「ただいま、戻りました」

 

 そして、声が響く。

 その声で束の顔はパァっと輝く。

 振り返った束の視線の先には一人の少女がいた。

 銀髪の髪をストレートに伸ばして、瞼を閉じている。

 しかし、その少女は今も周りが見えているかのように振る舞い、束に応じようとしている。

 

「あ! クーちゃん~~、お帰り~~、どうだったちーちゃんの様子は? 受け取ってくれた?」

「ええ、織斑千冬は黒鍵を受け取りました」

 

 そして、ミステリアスな雰囲気の少女は胸を張って己の成果を告げる。

 少女の価値観の中心には束がいる。

 それが分かる少女の様子であった。

 

「これで彼女はかつての愛機『暮桜』を蘇らせることが出来るでしょう」

 

 そして、少女は事のあらましを簡潔に説明する。

 騒動に紛れIS学園への潜入を成功させた事。

 織斑千冬と秘密裏に接触し、束の依頼である『黒鍵を渡す』ミッションを完遂した事を。

 しかし、束の表情は晴れず、深刻に何かを考えている。

 少女はまさか自分が何か何か粗相をしてしまったのではないかという不安に駆られた。

 己の行動に落ち度はないはずだが、天災の頭脳にしか分からないものがあるかもしれない。

 少女は恐る恐る、うんうんと唸る束へと尋ねた。

 

「私は何か失敗をしてしまったのでしょうか?」

「ッ!? ああ、ごめんごめん、別にクーちゃんが悪いことをしたとかそういうんじゃないんだよ」

「失礼しました。束さまを疑ってしまうなどと、私はなんと――」

「良いから! 良いから! それよりちょっとお話ししようよ~~」

 

 さしもの束も少女が落ち込む姿を見せれば動揺もする。

 束は少女を拾ってから、彼女のことを娘のように可愛がっていたし、娘のように扱っていた。

 

「私などで良ければ何なりと、話し相手となりましょう」

「じゃあ一緒に無人機の映像でも見よっか~~」

 

 束は少女を膝の上に乗せて猫可愛がりしながら、端末を操り丁度良い位置にディスプレイを投影した。

 そこに映るのは無人機と闘った者たちの映像記録。

 IS学園の専用機持ちの戦闘が映像の中で繰り広げられた。

 

「……これは」

 

 無人機たちは全機が撃破されている。

 相当の数を揃えて襲撃をかけた筈が、一機一機が丁寧に完膚なきまでに潰されたのである。

 当然、映像も華々しいものではなく、無人機たちの敗北の記録を前にして、少女の口が淀んだ。

 

「いくらなんでもこの子ら強すぎだよね?」

 

 そして、束は声をかけて、固まった少女を動かした。

 少女はハッとなる。

 束は少女の様子を確認すると、己の考えを述べていった。

 

「特にこの金髪、なんて言ったけな……」

「セシリア・オルコットでしょうか?」

「うん、セッシーでいっか。この子が一番やばい」

 

 無人機の討伐数及びもっとも苦戦の度合いが少なかったセシリア・オルコットは束の目に留まる。

 ビットのフレキシブルを活用するどころか、レーザーの波長を操り性質を変化させるという職人技。

 機能の活用どころか拡張の域にまで達したセシリアの技量は少しばかり異常であった。

 

「箒ちゃんも『絢爛舞踏』で攻撃力を上げたりしてるし、ちょっと予想外の成長を遂げているね~~」

「……『絢爛舞踏』は精神力のエネルギー変換とそれに伴う戦闘能力の上昇が期待できると伺っていましたが」

「いや~~、だからってあんな風に赤黒いエネルギーを纏って闘う箒ちゃんは想像していなかったよ」

 

 紅黒い闘気を身に纏いそれを攻防に活用する箒の姿は、もはや、魔人である。

 そして、その箒ですらも専用機持ちの中で頂点ではない事実は、IS学園の戦力の充実を物語っていた。

 

「極め付けがこの子だよ」

「……ほぅ」

 

 そして、最後に映されたのは一人の男だった。

 拳を潰してもなお闘い続ける姿には、万人に感嘆を呼ぶほどの威容があり、少女も例外ではなくため息を吐いた。

 

「束さまの『キングゴーレム』を相手に……、これほどの力を示すとは」

 

 束が特製と言っただけのことはあり、その戦闘能力は束の手掛けてきたIS全てを見渡してもトップクラスに入る。

 それを相手に最悪のコンディションで勝利を収めた男の戦闘力と秘めた狂気は想像を絶するものがある。

 束が厄介だと評するだけのことはあり、少女は男に警戒心を抱いた。

 

「だから、困ったことにね、ちーちゃんに出番が回ってこなかったんだよね」

「なるほど、織斑千冬が前線に出てこなかったのにはこういう理由があったのですか」

 

 多勢に無勢の中で、本命の織斑千冬を釣り出す。

 それが本来の目的であった筈だ。

 質と量が揃った無人機の軍団と一枚噛んできた亡国機業の精鋭による奇襲。

 大晃という不確定要素もキングゴーレムを差し向けることで排除し万全の態勢で望んだ今回の計画。 

 しかし、それは予想外の戦力により瓦解することになる。

 単純にIS学園の生徒たちが強すぎたのである。

 

「しかし、どういう手を打てば良いのでしょうか?

 束さまであればすぐに手駒を揃えられるとは思いますが……」

「……」

 

 少女の問いを秘めた視線。

 それを確認すると束は微笑んで答えた。

 

「おおよそ一ヶ月かな……、IS学園に私は手を出さない」

「何もしないのですか?」

「うん。戦力の拡充はしていくけど、こちらから手を出しはしない。少なくともとある『イベント』を見届けるまではね」

 

 束は少女の頭を撫でながら、笑顔で映像に映る大晃を見た。

 

「だいちゃんが無手ちゃんになってしまうのも時間の問題、そうなれば――」

「織斑千冬が表舞台に再び躍り出る、と」

「そういうこと」

 

 束は言った。

 罪悪感など微塵も感じさせない声で。

 

「ごめんね、だいちゃん。でも悪いのは、だいちゃんだからね~~」

 

 束は大晃を気に入っているかもしれない。

 憐れみを感じているかもしれない。

 しかし、束にとって大事なのは、あくまで千冬や箒だ。

 大晃など二人の前では比較の対象にすらならない。

 

「だから、早く無手ちゃんに喰われちゃってね」

 

 ゾッとする束の声色であった。

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