超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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48話、大晃という存在

 IS学園の保健室。

 並んでいるベッド。

 その内の一つに簪は横になっていた。

 

「……はぁ」

 

 簪はため息をついた。

 IS学園のトーナメント。

 今日、実施されるはずだった、学園の専用機持ち達の闘いはトラブルにより中止となった。

 過去、性能のアップした無人機達の襲来、そして、それに紛れて何らかの目的を果たそうとした亡国機業の奇襲。

 この二つの同時に起きた困難の為に闘いの祭典は中止されたのだ。

 もっとも、ある意味では闘いに終わりはなかった。

 襲撃を仕掛けてきた者との戦闘が始まったからだ。

 十機を超える数の無人機に亡国機業の刺客達。

 いずれも強敵ぞろいで質量を揃えた敵の攻勢は、しかし、専用機持ち達の脅威の戦闘力によって跳ね除けられる。

 そして、全員が生き残こった。

 亡国機業の幹部の捕縛という、後に繋がる大きな成果を添えて。

 しかし、簪の顔は晴れない。

 亡国企業は謎の多い秘密結社だ。

 その幹部を捕まえたということは、その謎の一端に迫れるということだ。

 組織の成り立ちとその目的は何か。

 どれだけの規模があり、その構成員がどこに潜り込んでいるのか。

 簪達が捕らえたスコール。

 彼女こそが組織の中で重要な立ち位置にあり、それだけに大きな情報を知っていることは明白だ。

 簪にもそれは理解できる。

 しかし、胸の中にあるモヤモヤを消せないでいた。

 原因は、このトーナメントに参加する元凶でもあり、簪に一時は恐怖を植え付けて奮起する原因となった男であった。

 

「安城君……」

 

 簪は見ていた。

 この騒動の中にあって不動と思えた大晃が傷を追っている姿を。

 

「簪ちゃん。やけに彼のことを気にしているのね」

「お姉ちゃん……」

「もう少し私の心配もして欲しいものね」

 

 簪は隣のベッドと見る。

 そこには、嫉妬、と書かれた扇子を広げて拗ねている楯無がいた。

 簪も楯無も怪我人だ。

 重症ではないが、あまり無理をできる身体ではない。

 軽い火傷や切り傷と打撲痕が全身に出来ているし関節に痛みもある。

 大事を取って傷の一つ一つを処置して、こうして横になっているのだ。

 怪我をしているという点ではさほど変わらないはずなのに、簪は姉を差し置いて男の心配をしている。

 それを楯無はわざとらしく拗ねているのである。

 

「ごめんねお姉ちゃん……」

「やれやれ、簪ちゃんあんな男がタイプなの? お姉ちゃんちょっと心配だわ」

「……そうじゃないよ。ただ、安城君には助けてもらったから」

 

 トーナメント開始前に簪が悩む理由を作ったのが大晃だ。

 しかし、その大晃には恩がある。

 最初、無人機に襲われた時、簪は何もできなかった。

 いきなり天井をぶち破って現れた無人機を前にして、簪にできることは震えて怯えるだけだった。

 無人機が何の感慨もなく簪に手を伸ばした。

 機械的なその動作に簪が絶望した、その時だった。

 大晃が現れたのは。

 それは誰も気がつけないほど静かで、そして素早い動きだった。

 無人機の伸ばした腕をつかむ大晃。

 その姿には簪への関心があり、無人機の冷淡な態度に比べて暖かく思えた。

 そんな大晃は無人機と競り合い、圧倒した。

 無人機の力も火器も大晃には及ばず、竜巻に巻き込まれてバラバラになる家屋のように、無人機は呆気なく鉄くずとなる。

 その圧倒的な姿は、無人機への恐怖を大晃への畏れへと塗り替える。

 人が災害へと抱く、ある種の畏れ。

 簪の中で災害と肩を並べた大晃の存在感。

 しかし、そんな畏れですらも吹き飛んでいた。

 

「だって、あんな酷い怪我なんて見たことないんだもん……」

 

 大晃は全身が血まみれになっていた。

 無人機の中でも特別に強化された一個体。

 キングゴーレムと名付けられた一機と闘った後のことである。

 闘いの全容を見ていたわけではない。

 しかし、無人機は機械だ。

 血を流すことはない。

 そして、大晃の全身には血がべったりと付いていた。

 それはつまり血は大晃のものであり、全身が赤く染まるほどに大量の血を流したことを意味していてーー。

 いくら頑丈な人間でも血を流せる量には限界があるはずだ。

 その限界ギリギリの血を流したのではないかと想像させる、凄惨な姿だった。

 それ以上に凄惨なのは拳である。

 通常時よりも小さく握り締められた拳。

 その手の甲の部分を四本の棒が突き破っていた。

 親指を除く四本の指が手の甲を突き破っていたのだ。

 更に強く。

 限界以上に強く。

 例え手が壊れようとも構わない。

 壊れきった拳は自壊さえも厭わぬ思想を吐露しているようであった。

 大晃自身の思想が大晃自身を押しつぶしそうとしている。

 普段の振る舞いの裏にある生き方に簪は痛々しさを感じていた。

 

「私、怖いよ……このままじゃ安城君、自分で自分を壊しちゃう……」

「簪ちゃん」

 

 楯無は口を開こうとした。

 しかし、楯無の口から言葉は出ない。

 簪の言葉を否定できないからだ。

 楯無もまた大晃のそういう姿を以前に見たことがあった。

 オータムがISの一企業に勤めるセールスマンを装って、大晃を襲った事件だ。

 ISを持ち出してきたオータムに対して大晃は素手で対抗した。

 それはあり得ないことだった。

 IS以外ではISと闘うことなどできない鉄則からすればあまりにも無謀な話だった。

 普通なら死んでいる。

 しかし、大晃は決定打を与えることはなくとも、IS操縦者に恐怖を植え付け、退けることに成功した。

 その時に大晃は重症を負っていた。

 ISのバリアに素手で触れたことにより負った、熟して潰れたトマトのような怪我。

 部屋の壁という壁に塗りたくられた大量の血。

 そんな状態で更に無人機と闘い大晃は生き残った。

 その凄まじい戦果と闘争本能がいつか自分達に向かうのではないか。

 そういう恐怖を楯無は覚えたのだが、今なら分かる。

 滅びが先にあろうとも突っ走る。

 本当に恐ろしいのは自壊すらも厭わない、大晃の有り様だと。

 楯無はそこまで考えてやっと言葉を絞り出す。

 

「大丈夫よ……彼は何度も死にかけているけど、しっかりと生き残っているから」

 

 それは簪を慰める為だったのか、あるいは、自分に言い聞かせる為にだったのか。

 楯無には分からない。

 ただ、嘘ではなかった。

 大晃は何度も死にかけているはずだ。

 死にかけるところまで行かずとも、生死の境を分ける闘いをしてきたはずだ。

 ただの死にたがりが生き残れるはずはない。

 生きることを大晃は楽しんでいる。

 ただ、楽しむ為に命の危険を厭わないだけのことだろう。

 そう思いたかった。

 だから、死ぬ為に闘うはずがない。

 何度も生き残ってきた大晃にとってこの程度は何度も乗り越えてきたことで、きっと、大丈夫なはずだと。

 楯無は祈るように言ったのだった。

 ただ、それでも大晃が窮地に陥った、その時は――。

 

「もし、彼が本当に死にそうになったら、私は何でもするわ。

 生徒会長として生徒を守るのは私の仕事だもの」

 

 その為にはとにかく今は休むことだ。

 一秒でも早く良くなれば、それだけ大晃の助けになる。

 楯無は簪を優しく諭したのだった。

 

 

 

 

 

 IS学園の廊下を千冬が歩いていた。

 通常時であれ、非常時であれ千冬が担う役割は大きい。

 しかも、今は襲撃の後始末と万が一、敵方に後続が現れた時の為の警戒。

 やることはあまりにも多い。

 量産型ISを纏った教師の配置し、亡国機業のメンバーを確保する。

 言葉にすればそれだけのことでも、指示するべきことも考えるべきことも多い。

 しかも、まだ、亡国機業のメンバーへの尋問が残っている。

 今回襲撃を仕掛けた理由。

 無人機との関係。

 聞くべきことはあまりに多い。

 大晃の様子には気を揉んでいる。

 想像を超えた肉体の酷使とそれによる重い怪我。

 死んでも死にそうにないと評したこともあるが、今の大晃は何処か危うい。

 護衛を付けて近くの病院に送り込んだが、果たしてそれで大晃の怪我が良くなるかと言えば、そうとも思えない。

 大晃の奥にある不調の原因の一端を知ってはいるが、全容は未だに把握できていない。

 大晃に適切な処置を取る為にも、何らかの情報を亡国機業から引き出したいところだった。

 

「織斑先生」

 

 そんな忙殺される千冬の前に立つのは、一人の男だった。

 

「何の用だ? 織斑」

 

 一夏は静かに佇み、千冬を見る。

 何かを問う視線を投げかけている。

 

「大晃の調子はどうなっているんですか?」

「手配した病院に押し込んだ。既に治療に取り掛かっている。あいつのことだ、心配は無いだろう」

 

 大晃の生命力ならばなんとか持つだろう。

 ただ、諸悪の根元を絶たない限り先は短い。

 そんな言葉を千冬は飲み込んだ。

 ここでのんびりと問答している暇もない。

 

「それは良かったです」

「もういいな。私には時間が無い」

 

 千冬の言葉に、しかし、一夏はまだ視線に込めた問いを止めない。

 まだ、肝心なことを一夏は訊いてはいないのだ。

 千冬もそれには気がついていた。

 その内容も大体は分かっている。

 分かっていながら、いや、分かっているからこそ躱そうとした。

 忙しさを理由に。

 一夏を払いのけるように通り抜けようとした。

 

「エムのことをどうするつもりだ?」

 

 千冬の表情に僅かな陰りが生まれる。

 それは絶妙なタイミングで放たれた問いだった。

 千冬は一夏の口調を教師として注意することも出来なかった。

 

「一夏……、お前、どうして……」

「エムから直接訊きだしたよ、あいつと千冬姉との関係も、あいつ自身の境遇も」

 

 それは千冬が考えまいとしていたことだ。

 千冬とて、エムがここに襲撃を仕掛けに来たことを知っている。

 エムを一夏が捕まえたことも知っている。

 しかし、千冬はエムと距離を取っていた。

 千冬がエムに持っている感情は複雑で、千冬にとってエムの存在は一つの急所だった。

 

「千冬姉、あなたがエムをどう思っているのかは分からないが、助けてやってくれ。俺の大事な妹なんだ」

「……そうだな」

 

 ここに来てようやく千冬は一夏の変化に気がついた。

 エムは強い。

 遠近両方の武装を操り、しかも、今回の機体は第四世代相当だ。

 エムよりも弱く、機体は、最新とはいえ第三世代の白式。

 一撃必殺の零落白夜があるが、一夏の勝ちの目はほとんど無い。

 だから、一夏がエムと闘った末に勝利したと聞いた時に、千冬は一夏の無事にホッとしつつも、耳を疑ったのだ。

 何かの間違いでは無いか、と。

 だが、ここで一夏と目を合わせ、問いをぶつけられて初めて分かった。

 一夏は強くなった。

 戦場を見渡し、己の力を発揮する為に最も必要な力。

 思考を現実のものとする、意志の力。

 一夏はそれをいつのまにか身につけていたのだ。

 エムという格上に勝ったのは、同世代の格上たちとの闘いの中で、己を最大化させる方法論を見つけたからだろう。

 今だってそうだ。

 『教師として』一夏に対していたはずなのに、いつの間にか『姉として』の言葉を交わしている。

 千冬から姉としての顔を引き出したのは成長の証であろう。

 一夏の成長に頬を緩ませそうになるのと同時に、千冬は気を引き締める。

 

「私もまだまだ未熟だな。自分の制御すらままならん」

 

 これから千冬は向き合うことになるだろう。

 今まで目を背けて来たものから、決して目を逸らすことはできない。

 ならば、意思を強く持たなければいけない。

 それを一夏から教えられる日が来るとは思ってもいないことだった。

 

「だが、許せ。今は一人の教師としてエム一人に掛かりっきりにはなれん」

「良いさ。大晃のことも心配だしな。これからあいつの為に動いてくれるんだろう?」

「……そこまで分かっているのなら、もう言うことは何もない」

 

 そして、千冬はまた歩き始めた。

 大晃を助ける為に。

 

 

 

 

 

 大晃は歩いている。

 そこはいつか訪れた山の中。

 木々が生い茂り、陽の光すらも遮る深い森。

 しかし、今は様子が違っている。

 木々から放たれていた圧倒的なエネルギー。

 それが感じられなくなっている。

 木々から放たれる生気が薄いのだ。

 そして、目に見える形での異変もすでに起こっている。

 枝が付けた葉の一つ一つが萎れていた。

 水分が無くなってカサカサになっている。

 色こそ緑色を保っていたが、葉を通して向こう側の景色が見えるほどに色素が薄い。

 他にも異変はあった。

 地面の湿り気、土中の成分の変化。

 挙げればきりがない。

 それを一つ一つ確かめるように、大晃は視線を巡らせる。

 

「だいぶ酷いことになっているな」

 

 朧げに呟いて歩を進める。

 この世界。

 大晃の精神世界というべきものの存在感。

 それらが薄く、平坦になっていくかのような光景だった。

 

「さぁて、もうそろそろ出て来たらどうだい? 見ているんだろう? どこにいるんだい?」

 

 木々が生えていない、開けた場所に出ると大晃は言った。

 陽光を浴び、辺りを見回しながらだ。

 ここは大晃の精神世界だ。

 本来ならば大晃以外に存在するものなどいないはずだ。

 しかし、大晃は己以外の何かの存在を確信しているようだった。

 

「ここよ」

 

 声が響いた。

 遠くから響いたというよりも、近くで囁かれたというほうが合っている。

 なぜならその声は大晃の耳元で呟かれたものだったからだ。

 大晃が振り向く暇すら無かった。

 背後から背中に強烈な衝撃が襲って来たからだ。

 拳か、蹴りか、同心円状に広がった衝撃波か。

 それが大晃を前のめりに吹っ飛ばす。

 

「ぬぅッ」

 

 大晃は吹き飛ばされながらも体勢を立て直す。

 バウンド中に地面を掴み、引っ掻き跡を残して、勢いを殺しきる。

 片膝と両手を付いた状態で静止した大晃は立ち上がって、その存在を見た。

 

「いきなり攻撃かい? 俺の好みの挨拶ではあるが……、機嫌が悪いのか? 『無手』よ」

 

 そこに立っているのは、白いワンピースの女の子。

 白い髪をツインテールにした少女だった。

 

「機嫌が悪い? 逆よ……今私は最高に機嫌が良いわよ」

 

 少女はその幼い顔を歪ませるように笑った。

 

「何なら、今すぐあなたを食べ切っても良いくらい」

「ほぉ……」

「もっと、熟成させたいところではあるけれどもね。

 ただ、あまり時間をかけてしまうと腐らせてしまうから、それくらいならいっそのこと……」

 

 笑みが残像として宙に残った。

 十メートルほどの距離は一瞬でゼロになる。

 

「だから、死んで?」

 

 拳だった。

 少女の細く柔らかい腕が握り込んだ拳が腹に突き立てられていた。

 一目では柔にしか見えないその拳に破壊力は無さそうである。

 一方、相手は大晃だ。

 精神世界ではあるものの現実世界での在りようが反映されているのか、その肉体は筋骨隆々。

 勝敗は目に見えている。

 しかし、拳は大晃に深く潜り込む。

 一瞬で距離を詰めた勢いと踏み込みを生かした鋭い突きは少女に不釣り合いなほどに見事だった。

 大晃は木々を倒し、へし折りながら吹っ飛んでいく。

 ようやく勢いがなくなり、大晃が足をつけた時には数十本の木々がなぎ倒されていた。

 痛みを味わうように大晃は数秒目を閉じて、苦悶し、そして、立ち上がる。

 大晃の頭にはすでに少女の拳への関心が鎌首をあげている。

 

「なるほど、よく見ているな、俺の技に近い。もっとも、少々のオリジナルがエッセンスとして含まれているが……」

「突きだけじゃ無いよ!」

 

 少女が笑みとともに迫る。

 再び間合いを詰めて来た少女が選択した技は蹴りだった。

 間合いを詰める動作から放たれる蹴りは淀みない。

 吸い込まれるように大晃の頭へと迫り――。

 

「流石に受けてやれんな」

「!?」

 

 大晃も反撃へと移る。

 上半身を後ろに逸らして、払うように軸足を蹴った。

 無手の身体が回転し、その無手へと大晃が拳を向けた。

 宙空での回転で向かってくる顔面へと突きを放った。

 無手は両手で顔面を庇い、勢いよく跳ねた。

 無手の鼻からどろりと赤い筋が垂れてくる。

 

「へぇ、やるじゃない」

 

 鼻血を舐めとり無手は、しかし、恍惚の表情だ。

 極度の上目遣いは狂気を帯びていて、口から覗く歯は牙を思わせる。

 

「……思ったよりは」

「!?」

 

 そして、大晃にもまた異変が起きる。

 腕に亀裂が奔ったような切り傷が生まれ、血が吹き出したのだ。

 吹き出した血はすぐに止まるものの、その深さは尋常では無い。

 獣の爪の引っ掻き傷に匹敵しそうだった。

 

「引っ掻いたか……」

「そんなに生易しくもんじゃないよ……、だって切り裂いたんだもん」

 

 手から血を垂らしながら少女は爪を見せた。

 鋭く尖った、刃物のような爪だ。

 

「ふふふ、楽しい。こうやって、獲物をいたぶるのってすごく楽しい」

「趣味が悪いんだな」

「そうよ。でも、知っていたでしょう?」

「まあな」

「でも良いよね、別に。弱い奴に選択権なんて無いんだもん」

「確かに力の強弱は、後の明暗を分けるだろうな」

「じゃあ、分かるでしょ。あなたをどうするかは私が決めることだって」

 

 捕食の愉悦。

 無手と呼ばれる少女がそれに身を任せるように笑った。

 ゾッとするような笑みだった。

 少女の気配が強くなる。

 少女は、無手は、いわゆる大晃の精神世界を間借りして顕現しているに過ぎない。

 ここはあくまで大晃のホームグラウンドであって、少女にとってのアウェイだ。

 にも関わらず、少女の力はどんどん上がっているようだった。

 大晃の精神世界を作り変え、自分にとっての都合の良い場所にする。

 少女がしているのはそれだった。

 当然、世界の支配力も上がり、そうなれば発揮できる力も増幅される。

 少女の宣言はハッタリなどではなかった。

 本当に捕食するつもりでここに呼んだのだった。

 

「クックック、俺をここで喰うかい? ここで喰われた方が結果的には早く楽になれそうではある」

「……そうね。そのつもりだったんだけど。何か怪しいわねあなた」

 

 だが、何故だろう?

 少女の欲求にほんの僅かに、躊躇が生まれたのは。

 先ほどの闘いはほんの小競り合いであったが、少女が僅かに優っていた。

 少女が大晃の精神をホームグラウンドにしていることを加味すれば、少女に負ける要素はない。

 だが、それは全ての要素が明らかにされていればだ。

 隠されていることが一つでもあれば、結果は予想もつかない方向に転がるかもしれない。

 そう、例えば――。

 

「あなたはまだ本気を出していない。

 真剣に闘っているように見せかけているだけで、本当は私すらも凌ぐ力を持っていながら隠している」

 

 闘いで後先考えずに力を出しきるのは悪手。

 何事にもタイミングというものがある。

 一見粗野な大晃は意外なほどに理知的で、常にそうやって闘ってきた。

 だから、無手は知っている。

 無手を纏って以来、少女は大晃を常に見ていたのだから。

 

「ただ、思わせぶりな態度を取って私を惑わしているだけかもしれないけど」

 

 もっとも、大晃が思わせぶりな態度を取ることもまた珍しくない。

 ただ、攻防に必要な分のエネルギーを使っているだけで、別段何も隠していないことも否定はできない。

 それでも、大晃の裏にある力の総量。

 その量を見誤っている可能性は十分に有り得る。

 

「さぁてと、私はどうするべきなのかな?」

 

 少女は探るように大晃へと近づいた。

 大晃は構えもとらずに、少女に対する。

 

「自分の直感を信じるべきか」

 

 少女は大晃の背後へと回り込んで、首元に手をかけて顔を近づける。

 もはや、表情すら見えない影で顔を包み込み、目だけを覗かせて、視線をばら撒く。

 

「自分の直感を勘違いと断じて、あなたをここで殺して完食するか?」

 

 どちらにせよ――。

 

「決めるのは私だけどね」

 

 少女は大晃に選択権を譲る気は無かった。

 ニタリと笑ったその口元にはいまだに殺意が残ったままだ。

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