超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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49話、魅入られる

 病院の廊下であった。

 床や壁、天井にはシミひとつなく、ここが清潔に保たれていることがよく分かる。

 時折、薬品のにおいが漂って来て、それもまたここが病院出ることを強く印象付けた。

 七人の人間が歩いていた。

 専用機持ちの人間である。

 メンバーは、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪。

 一夏はそのメンバーの一人として廊下を歩いている。

 その表情はどこか沈んでいた。

 一夏だけではない。

 全員の表情が重く沈んでいた。

 島ごとまるまるの規模を誇るIS学園から出ているモノレールに乗って着く駅。

 そこから車で十分ほどの距離にある病院であった。

 さまざまな国からエリートが集まることもあり、その保健室の設備は通常の高校などと比べ物にならないが、流石に病院には敵わない。

 ここはIS学園が手配し、大晃を運び込んだ病院である。

 この七人は大晃に会いに来たのであった。

 

「大丈夫かな……」

「一夏さんは心配性ですわね」

「だって、もう一週間だぜ。どんなに大きな怪我をしても一日でほとんど回復していたのに……」

 

 思わず口から出た精一杯の呟きにセシリアが反応した。

 心配することはないのだと。

 だが、その関心の無さそうなセシリアも、そして、会話を聞く残りの五人も顔にどこか沈痛なものが見て取れる。

 元々、身体も強く、回復力もずば抜けている大晃だ。

 それが少しばかり入院したところで心配するのはオーバーかもしれなかった。

 だが、それは逆にこう考えることもできるのだ。

 かつて、生身でISとやった時ですら、大晃は回復にほとんど時間を取らなかった。

 そんな男がもう一週間も入院している。

 それも面会すら許されぬ絶対安静の状態で、だ。

 つまり、過去に負った生身でISとやりあった時以上の怪我をしていることは否定できない。

 そして、それほどの怪我を負った人間が果たして無事でいられるとは到底思えない。

 大晃の身体がかつてない危機に晒されていることはほぼ確定しているようなものであった。

 

「ごめんね、私のせいでこんなことに……」

「簪さんは何も悪くないよ。大晃のした怪我について訊いたのは私たちだから……。

 それよりも私たちの方こそごめんね。怖がらせるようなこと訊いちゃって」

 

 責任を感じているらしい簪とそれを慰めるシャルロットの会話が後方から聞こえてくる。 

 そもそも、大晃の怪我については簪以外、ここにいるメンバーは直接目にしてはいない。

 何故なら、大晃と合流するよりも早く、千冬の指示のもと大晃は病院に搬送されたのだ。

 大晃の怪我を見たのは、簪、楯無、フォルテの四人。

 その中で楯無とフォルテは学年が違うため、自然と簪に話を聞くことになる。

 出血多量の大怪我に、壊れ切った拳。

 そういう話を簪は怯えながらしたことで、自分の感じた恐怖が周りに移ってしまったのではないか。

 簪はそういう責任を感じているらしかった。

 そして、そういう会話があるものだから、雰囲気は自然と暗い方に流れていく。

 

「まあ、心配ないんじゃない? だって、大晃だよ?

 何があっても絶対に死なないような奴が今更死ぬ? せいぜい死にかけたってだけでしょ」

 

 鈴は無神経な言葉を吐いた。

 誰かが注意してもおかしくはない言葉だった。

 鈴もそれを承知の上で口にしたのだろう。

 誰かが反論してくれれば、沈黙の重さも多少は和らぐからだ。

 しかし、誰もが押し黙っている。

 もし、大晃が無事だという確信があれば、シャルロットかラウラが怒っていただろう。

 だが、今はみんなにそんな余裕はなかった。

 それぞれが、それぞれの悪い予感と向き合うのに精一杯だった。

 一夏もその例からは漏れず、だから、いちいちりんの言葉に反応することもなかった。

 大晃の病室に着くまでの間、会話はそれ以上は無く、無言の嫌な時間が流れた。

 

「……着いたな。ここが大晃の病室だ」

 

 そして、大晃の病室へと続く扉を見たとき、一夏の心臓が少し高鳴った。

 いつの間にか一夏は先頭に立っていて、扉の前に立っている。

 振り向くと全員が頷いた。

 セシリアだけがそっぽを向いている。

 

「じゃあ、開けるぞ」

 

 一夏はそう言ってから扉を開けた。

 開けた扉の先は個室になっていた。

 扉は奥まで続く小さな廊下になっていて、洗面台が右側面に設置してある。

 部屋は奥まで続いていて、奥にはベッドがあった。

 ベッドの向こうは窓になっていて、晴天が広がっていた。

 大晃はベッドの上にいた。

 ベッドに寝転んでいて、布団を被り、顔だけを出していた。

 

「大晃。大丈夫なのか?」

 

 ゆっくりと近づいて、一夏は言った。

 返事はなかった。

 近づきながら大晃の様子を伺った。

 目をつぶって寝息を立てている。

 どうやら眠っているようで、大晃からの反応はない。

 

「どんな、様子だ?」

 

 後ろに控えていたラウラが前に出て来た。

 それを機に、後ろにいた五人が大晃を取り囲むように、ベッドへと近づいた。

 一夏も、全員に習って、恐る恐る、大晃の様子を観察し始めた。

 目に見えて変わっているのは顔であった。

 肉付きが良かった精悍な顔立ち。

 その頬がこけている。

 顔にあった脂肪が落ちて、頬骨の形状が確認できるほどに浮き上がっているのだ。

 眼の周りの脂肪も落ちているから、眼の部分が若干飛び出ているように見える。

 痩せこけた大晃の顔には、単なる不健康さ以上の不穏な影がはっきりと表れていた。

 

「……父さん」

 

 ラウラの声。

 その悲痛さこそが全員の思いを代弁していた。

 流石に布団を捲って身体を確認したりはしないが、見るまでもなく、やせ細っていると想像できた。

 その証拠に布団から外に伸びた腕は萎びていて、カラカラである。

 それに――。

 そこまで一夏が考えた時だった。

 

「ふむ、客か」

 

 一人の老人が病室の入り口に立っていた。

 一夏は驚いた。

 その老人の顔を一度何処かで見たことがあったからだ。

 一夏は記憶を探り終える前に、その正体に気がついてた簪が老人へと話しかけていた。

 

「どうして? ……あなたがここにいるのですか? 金子博士」

 

 簪が口に出した金子という単語で一夏は思い出した。

 一部のISに使われる特殊な合金。

 その製造法を確立し、広めたのが金子昇である、と教科書で小さく取り上げていた。

 大晃のISに使われている合金は教科書に載っているものではないが、金子昇の作品であるということも聞いていたはずだ。

 簪が真っ先に口を開いたのは、金子の知名度が国外ではあまり無いからであろう。

 しかし、その金子が何故ここにいるのか?

 そこまでは一夏には分からないし、それは他の六人もそうなのだろう。

 全員が金子の答えを待った。

 

「そうだな。込み入った話になるが、それでも良ければ話をしようかのぅ」

 

 金子が硬い顔をして、そう言った。

 だが、話をするには問題があった。

 流石に病室で話をするには人数が多すぎた。

 

「そうじゃなぁ。まずはゆっくり話をできる場所まで行くかのう」

「でも、大晃が――」

「なぁに、そやつは当分目を覚まさんよ。話をしてから、また、戻ってくれば良い」

 

 曰く、どうせ当分起きないだろうから、ということで一旦病室を出た。

 

 

 

 金子が話をするのに選んだのは、待合室であった。

 人はいない。

 そもそも、この病院自体人は少ない。

 もちろん、病院を訪れるものはいるだろうが、わざわざ診察に来るような一般市民は殆どはいないのだ。

 では、普段何に使われているのか、といえばそれはIS学園を訪れたVIPの検診などである。

 あるいは体調を崩したりした学園の生徒が訪れることも多い。

 それだけにセキュリティはしっかりしていて、入る前に何らかのチェックを受けることになる。

 身分証の提示も必須だ。

 こんなところにわざわざ来る一般人はそうは多くない。

 ここに来る人間の八割以上が学園の関係者であった。

 この病院は正にIS学園の為にあるような病院である。

 だから、時間帯によっては今みたいに待合室に人がいないこともあった。

 金子は人がいないことを確認して座った。

 それを囲むように一夏たちは席を選んで、腰を下ろした。

 金子は座ってから、しばらくウンウンと唸る。

 何から説明を始めるべきか、を考えているようであった。

 それも当然のことだろう、と一夏は思った。

 わざわざ、病室から出てきて、腰を据えて話をできる場所を選んだのだ。

 大晃の現状を説明するのに、立ち話で済むはずがないと金子は考えたに違いない。

 その長い話をする為には、話の道筋や自分の情報を整理する必要はある。

 そういうことを察してか、一夏以外の専用機持ちも話を急かさなかった。

 

「そうじゃな、まず、何から説明するべきか……。わしとあやつの関係を語るべきかな」

「はい」

 

 一夏は金子の正面の席を選んで座っている。

 自然と一夏が相槌を打つ役をすることになっていた。

 

「わしはあやつの育ての親みたいなもんなんじゃよ。わけあってあやつを引き取ったのじゃ」

「……養子ですか?」

「そうじゃな、姓は変えなかったが、ほとんど養子みたいなもんじゃな。なにせ、一緒に暮らしておったんじゃから」

 

 金子が語りながら視線をゆっくりと動かした。

 

「あやつと暮らし始めてから、一ヶ月ほど経った頃じゃった」

 

 

 老人はゆっくりと語り始めた。

 

 

 

 こじんまりとした部屋であった。

 部屋には研究机が三つ。

 壁一面を埋める本棚にはISに関連する資料と物理学、量子力学など多種多様な本が収まっている。

 机の上には電子顕微鏡や一昔前のパソコンが置いてあって、書物がごちゃごちゃに積み上がっていた。

 部屋の中には仕切られた部分があった。

 分厚い壁である。

 付いている扉も分厚かった。

 中の様子はガラスで見えるようになっていて、ガラスの前には端末があった。

 マイクとスピーカで仕切られた内側と音のやり取りができるようになっていた。

 端末に備え付けられたディスプレイは各種パラメーターをグラフや色で映している。

 そういう部屋であった。

 研究机が置かれた部分と仕切られた部分。

 その二つを合わせても対して広さはない。

 世界的なISの研究者、金子昇。

 こじんまりとした粗雑な部屋こそが金子の持つ研究者としての全てであった。

 

「ううむ……」

 

 その金子が端末の前で渋い顔をしていた。

 ディスプレイに映った赤色のグラフ。

 緑色を押しのけて、円状に広がった赤。

 それを見て金子は嫌悪感たっぷりに呟いた。

 

「この……じゃじゃ馬め」

 

 仕切られた部屋の真ん中に鎧が鎮座していた。

 無数の配線が鎧に繋いである。

 大理石を思わせるその鎧には異様な気配がある。

 洞窟の最奥に鎮座する武家の鎧のような古めかしさ。

 悪霊でも宿っていそうな禍々しさ。

 無数の配線で繋がれたその姿は、無数の鎖で魔物を封印しているようであった。

 金子はディスプレイとガラスから見える鎧を凝視して、端末のキーボードを乱打している。

 指が凄まじい速さで動く。

 しかし、それでも追いつかないのか、ディスプレイの赤は無くなることはない。

 

「おーい、じいちゃん」

 

 少年の声が金子の耳に響いた。

 それは決して、幻聴などではなく、金子の振り向いた先には少年がいた。

 一人しかいなかった部屋にいつの間にか、少年が入り込んでいた。

 

「……はあ、わしはお前さんのじいちゃんじゃないぞ」

 

 金子は呆れたように声を出したが、どこか満更でもなさそうであった。

 

「へへへ、でもようあんたは俺のじいちゃんみたいなものじゃないか」

「そりゃ、両親の亡くなったお前さんを引き取ったのはわしじゃ。

 じゃが、それは義理みたいなもんでな、別にお前さんに何か期待しているわけじゃないぞ」

「まあまあ、良いじゃないですか。先生」

「ふん! 最初からそう呼べばいいものを……」

 

 金子は口をとがらせて、形ばかりの注意をした。

 

「ともかく、帰ることじゃな。ここにはお主が楽しめるようなものなぞ無いわ」

 

 金子はそう言って、辺りを見渡した。

 唯一の最新の設備は金子が扱っている端末のみで、他の機材は全てが旧式か型落ち品ばかりである。

 金子自身に現状への不満などない。

 最新の機材を譲渡する申し出などもあったが、手元にあったところで手に余るだけだし、余計な借りを作るだけである。

 今ある設備で十分研究は出来ている。

 この手狭な研究室こそが自分には合っているのであって、わざわざ拡張する必要もない。

 金子はそう思っていた。

 だが、子供にとってはそうではない。

 本棚に収まった本に子供が興味を持つはずもないし、整理整頓の出来ていない部屋は見栄えも良くない。

 子供が見て面白いものなどはこの部屋にあるはずがなかった。

 少年が何を考えているかは分からないが、こんな部屋に少年を縛り付けておくつもりはない。

 金子はもう一度、少年に言った。

 

「ほら、早く帰らんかい」

「先生はなんで俺を帰そうとするんです?」

「何度も言っておろうが、お主が見て楽しいものなぞここにはないからじゃ」

「そんなことはありませんよ。現に俺はアレを見てすごく楽しいですよ」

 

 大晃は仕切られた部屋にある、鎧を凝視している。

 大晃は言った。

 

「なあ、先生」

「何じゃい」 

「あれを俺に譲ってはくれませんかね」

 

 金子は視線を鎧に釘付けにした大晃に眼を向ける。

 そして――。

 

 

 

「それで、結局どうしたんですか?」

 

 一夏は言葉を口にしてから、まずいと思った。

 金子は話を区切ったのである。

 それで一夏は先をせがむように言ったのであるが、一人の老人に対する態度ではない。

 他の六人が自分を咎める視線を向けているように感じた。

 一夏は慌てて謝った。

 

「ごめんなさい、俺、つい……!」

「謝らなくても良い。お前さんみたいに元気があるのは良いことじゃからな。さて、話を続けようかのぅ」

 

 金子は顎を撫でて、質問に答えた。

 

「結論から言うとじゃな、わしは結局、あやつを引き合わせてしまったのじゃ。無手とな……」

 

 無手。

 金子は特別な意味を込めて、その単語を放った。

 大きな後悔がそこにはあった。

 

 

 

 金子は後悔していた。

 少年は金子の付き添いの下、分厚い壁で仕切った部屋に入っている。

 部屋の雰囲気は重い。

 天井の蛍光灯には十分な光量があり、部屋は十分に明るいはずであった。

 しかし、中央に居座る異質な物体。

 それが部屋の雰囲気を一変させていた。

 鎮座している鎧は心なしか黒い雰囲気を放っている。

 少年はそれに魅入られたように歩いて、鎧へと近づいた。

 

「おい、止まれ!」

 

 制止を物ともせずに鎧を見つめる少年。

 金子はその様子を見ている。

 そう見ているだけだった。

 少年は鎧を凝視している。

 ぼーっと熱を帯びた視線を鎧へと送っているのだ。

 鎧もまた共振現象を起こしているのか、ただならぬ気配をさらに強めている。

 気配だけではない。

 細かい振動で鎧を乗せた机がカタカタと震えている。

 端末からの警告音がスピーカーを通して金子の耳へと届く。

 異常事態だ。

 本来なら止めなければならない。

 少年と共に外へと出て、少年をなだめて、端末を操作し、双方を落ち着かせねばならない。

 それが出来ないのだ。

 少年と鎧が向き合ってから研究者としての好奇心が疼いている。

 研究者としてこの鎧と向き合ってから五年が経とうとしていた。

 何の進展もなかった五年である。

 それが今予想外の形で、何がしかの変化を起こそうとしている。

 そのことへの好奇心がこれを止めることを躊躇させたのだ。

 

「なあ、じいちゃん……」

「……」

「こいつ俺に惚れているぜ……」

「!?」

 

 大晃は予想外の台詞を吐いて、金子へと振り向いた。

 そして、金子ははっきりと見た。

 大晃の顔を。

 金子はいけないと思う。

 もうここまでだ、と。

 それを言う為に、金子は口を開いた。

 

「……お前ではまだそれを扱うことはできん」

「何故だい」

「まだ、お前さんには資格が無いからじゃ」

 

 しかし、口から出たのは正反対の言葉で。

 自分の意志で話しているのではなく、誰かの望む台詞を吐かされているようであった。

 金子は自分ではどうにもならない意志が介在しているかのような現状に途方に暮れつつも、最後に自分の望むことをようやく言った。

 

「じゃから、強くなれ」 

 

 だが、それすらも金子の望んでいた台詞なのか怪しかった。

 

 

 

「それはつまり、無手があなたを操っていたってことですか?」

「……あるいはそうかもしれぬ」

 

 金子は一夏の質問に答えた。

 その後にこう続けた。

 

「……魅入られておった」

「それは大晃がですか?」

「……分からぬ」

「分からない?」

「あやつのあの嬉しそうな顔を見てな、わしはそう思ったんじゃが、一体何に対して、誰が魅入られておったのかうまく説明はできんのじゃ。

 あの大晃の顔を見て浮かんだ言葉が『魅入られる』じゃった」

「……はぁ」

「ひょっとしたら魅入られたのはわしだったのかもしれん」

 

 金子は語り終えた。

 不思議な話であった。

 大晃と無手の出会いの話はISと操縦者の一般的な初対面の情景からはかなり離れた話である。

 魔物とそれに魅入られた哀れな少年という表現の方がずっと相応しい。

 無手という魔物がこの状況を作り出していることを一夏たち、専用機持ちは理解した。

 

「もう、そろそろ頃合いじゃろう」

「え?」

「大晃の部屋に行って来ることじゃ。あやつも目覚めとるじゃろう。

 わしは少し疲れた……、ここで一休みしとるよ」

 

 金子の疲れたような声が一夏たちにこれ以上の追求を許さなかった。

 

 

 

 そして、一夏たちは再び病室へと向かっていた。

 その足取りは重い。

 変わり果てた大晃を見るのが怖かった。

 病室の扉に着くと一夏は扉を開けて中へと入った。

 

「大晃? 起きているか?」

 

 一夏はそう言ったが答えはない。

 大晃は一夏たちが部屋を出てからと変わらない体勢でベッドにいる。

 まだ、起きてはいないか。

 一夏たちがそう思った時に、その閉じられていた瞼がピクリと動いた。

 

「ううん……、誰だい?」

 

 大晃がもぞりと動いた。

 七人の人間が部屋に入ってきたのだ。

 一人一人が立てるなんでもない音だって、無音の部屋に響けば目立つことだろう。

 それが七人分も重なっているのだから、大晃が気がついて眼を覚ますのも当然だった。

 

「……うん?」

 

 布団が持ち上がった。

 上半身を起こした大晃が寝ぼけ眼で、取り囲む一夏たちを見渡してくる。

 一同はまずその虚ろな目に驚いた。

 あの力強かった眼から、あらゆる光が消え失せているように見えた。

 大晃はそんな一同の様子には構わずに、顔をうつ伏せて意識を覚醒させている。

 何か見てはいけない気がした一同は、気まずい沈黙に、流れる時間以上の苦痛を感じた。

 これから悪いことが起きるという予感が側にあった。

 ばっと持ち上がった大晃の顔に全員が驚いたのは、いい意味で予想が覆されたからだ。

 

「おお! 久しぶりだなぁ!」

 

 大晃が上げたのはここに集まった七人が想像していたより、ずっと嬉しそうな声であった。

 その眼には暖かい光が宿っていて、その口の両端は僅かに釣り上がり、その顔は笑みを形作っている。

 遠方から訪ねて来た友人との再開に喜ぶ者がいたらこういう顔をするかもしれない。

 そして、何より、頬がこけて眼が浮き出た顔であっても、ほんの一週間前に見た大晃の面影が濃く残っている。

 多少、肉が落ちていようとも大晃は変わってはいない。

 その事実が、部屋に満ちている重苦しい緊張を解いていく。

 

「最近は人にもめっきり合わなくてなぁ。話をする人間なんて、俺の世話をしてくれる人間程度でね。

 いやぁ、お前らが来てくれて嬉しいぜ。お前さん方の話を聞きたいところだが、お前さん方も気になることは多いだろう?

 だから、俺の近況から話をしようか」

 

 魔物に取り憑かれていても大晃は大晃であった。

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